健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第61話 新学期

合宿というのは過ぎてみればあっという間に終わってしまった。
三日目は一日中遊ぶことになった。
なんでも『昨日で今日の分練習したから!』という律の主張だった。
あの時の梓の呆れたような、律の気持ちも分かるという複雑な表情を浮かべていたのは、僕の記憶にも新しい。
あっという間なのは夏休みとて同じっだ。
つまり、何を言いたいのかというと。

「今日からまた学校が始まる」

ということであった。
僕はしっかりと準備を済ませており、いつでも出られる状態だった。

(うーむ……そろそろ出るか)

時刻は7時30分。
時間的にも今出れば十分に間に合うだろう。
今日は始業式とHRくらいしかない。
ならば早めに行くのもいいだろう。

「よし、行くか」

そして僕は少し早いが自宅を後にするのであった。










「よっ! 浩介」
「慶介か」

踏切を超えたところで呼び止めたのは慶介だった。

「何だよ、久しぶりに会った友にかける言葉がそれかよ」
「お前が友なのかどうかは別として、久しぶり」
「いや、そこはとっても重要だぜ!」

ちゃっかりと僕の言葉の前半を拾う慶介に、いつも通りだと実感した。

「今日放課後暇か?」
「残念ながら、部活です」

部長である律から今日の放課後も部室に集合と告げられている。
言われたのは昨日の夜だけど。

「そっかー、部活じゃ仕方ないよなー。例え、お茶を飲むだけだとしても」
「ちゃんと練習してますから」

慶介の言葉に、ある種の嫌味を感じた。
確かに練習とお茶を飲む時間の比率は3:7だけど。

「まあ、いつか付き合ってくれよ。この間みたいにゲーセンで遊ぼうぜ」
「考えておく」

この間のようにゲーセンで遊びつくすのも悪くないと思い、僕はそう返した。

「ところで、夏休みはどうだったんだ?」
「いつも通りだ。合宿で言った場所の近くにある海で泳いだりしただけだ」

慶介に訊かれた僕は、夏休みのことを思い起こす。
今年の夏はとてもエキサイティングだった。
特に、僕が魔法使いであることを知られるという事態が。

「な、なぁんだとぉ!!」
「うわ!? いきなりなんだ」

道の真ん中で大声を上げた慶介に、周囲を歩く人から視線が集まる。

「浩介、今の言葉をもう一遍言ってみろぉ!」
「うわ!? いきなりなんだ」
「ぬぁにぃ!! って、そうじゃない!」

慶介に言われた通り、先ほどの言葉をもう一度言うと、冷静なツッコミが入った。

「海で泳いだとか言ってたよな!?」
「ああ、言ったよ」

一体何の問題があるのかが分からないまま、僕は慶介に答えた。

「それって、軽音部のメンバー全員とか」
「当たり前でしょ。というか僕が自発的に泳ぎだすわけがない」
「ということは、見たのか?」

慶介が僕の肩に手を回し耳元でささやいてくる。

「何を、だ」
「彼女たちの水着を、だよ」

とりあえず暑苦しいので慶介を引きはがしながら訪ねると、返ってきた答えは何となく予想した通りのものだった。
もう慶介が訊きそうなことはなんとなく想像ができていたのだ。

「くっそー、これがリア充の特権か! っく~! 羨ましいぃ!!」
「………」

ハンカチを噛むぐらいの勢いで悔しがる慶介に、僕は少し距離を取った。
というより、本当にハンカチを噛んでいるし。





歩いて歩いて、気づけば校門前にたどり着いていた。

「それで、どうだったんだ?」
「そうだな……ずっと遊びほうけてたかな。何のための合宿やら」
「いや、違うぞ」

真剣な面持ちの慶介の問いかけに、僕は合宿でのことを思い出しながら答えた。
だが、慶介が首を横に振りながら言ってきた。

「彼女たちの水着姿がどうだったかだZE!」
「………一瞬でも、まじめなことだと考えた僕がバカだった」

慶介のぶれることのない変態キャラに、僕は感心しかけていた。

「そう言うなって。そうだ! 平沢さんはどうなんだ?」
「…………」

慶介の口から出た唯の名前。
それが僕の中で永遠に響き続ける。

「いやー、きっと目の保養になっただろうな~。彼女スタイルもいいから―――――――――――――げぼふぁみれだんさー!?!」
「あ………」

気づくと、僕は魔力を纏った拳を慶介に振るっていた。
慶介は草むらの中に吹き飛ばされていた。

(おかしいな)

僕は首をかしげながら自分の手を見る。
いつもならば、魔力を纏わせないで純粋な力のみで鉄槌を喰らわせていた。
それが、今は本当の意味での全力で慶介に鉄槌を喰らわせていた。

(ただ、唯の名前を言っただけなのに)

何となくだが、腹が立ったのだ。
唯の名前を口にする慶介に。
唯のスタイルの話をする慶介に。

「……………まあ、いいか」

考え込む僕は、そこで止めた。
きっとこれも、夏の暑さのせいだと思い込むことにした。

「は、ははは。浩介、お前世界を、狙える……ぞ……………ガクッ」

草むらでそんなことを言っている慶介のことを忘れて。










「本当にひどい目にあった」
「だから、悪かったって」

講堂にて校長先生の”ありがたいお話”を聞き終えた僕たちが教室に戻る中、慶介が何度目かの愚痴をこぼしたので、僕は何度目かになるかわからない謝罪の言葉を口にする。

「まあ、いいけどさ。俺も少しやりすぎた」
「慶介……本当にごめん」

不承不承ながらも許してくれる慶介の優しさに、僕はひどい罪悪感にかられ

「俺も、中野さんのスタイルを聞けば―――ごふぁ!?」
「お前に謝ろうとした僕があほだった」

たところで言われた慶介の言葉に、僕は前言撤回した。

「にしても、どうして校長の話はああも長いんだろうな?」
「あそこしか自分が話すところがないんだろ。暇なんじゃないの?」

いつものようにとてつもない回復力で立ち直った慶介の疑問に、僕は応えた。
ここにきて知ったが、この世界の校長は話がやけに長い。
それも為になるのかならないのか微妙な内容の話だし。

「時より、浩介の毒舌が怖く感じる時があるぞ」
「そう?」

顔をひきつらせながら言う慶介に、僕は首をかしげながら聞きかえした。

「そう言えば、この後って学園祭だったよな。今年こそ、メイド喫茶にするぞ!」
「言ってろ」

どういう結末になるか、僕にはなんとなく見えていたので、放っておくことにした。

「まあ、その前にあれを終わらせないといけないんだけど」
「そう言えば、マラソン大会があったんだっけ」

僕の指差したポスターを目にした慶介が思い出した様子でつぶやく。
そこにはマラソン大会を告知するポスターが貼り出されていた。

「浩介、一緒に走ろうぜ」
「別にかまわないけど、去年ゴールした時の順位は中間くらいか? それとも前の方だったのか?」

慶介の誘いに乗った僕は、気になって聞いてみた。

「ん? もちろん、後ろの方だぜ!」
「……………一人で走ってろ」
「何故!」

順番を聞いた僕は、一言で切り捨てるのであった。
ちなみに、放課後のHRで挙げられたメイド喫茶の案は、

「それでは学園祭の出し物は『お化け屋敷』で決定しました」

問答無用で却下された。

「何故だ―――ごぼぉ!?」
「うるさい」

叫び声を上げようとした慶介の頭に拳を振り下ろすことで止めさせるのであった。










マラソン大会前日。
いつものように部室である音楽準備室にやってきた。

「何だか、元気がないけど。どうしたんだ?」
「あー、何故マラソンはあるのかしらー」

いつもの元気がない唯に訊くと、唯は両手を上にあげて嘆きだした。

「体力の強化とかじゃない?」
「ま、まあそうなんだけど。何もそんな尤もな答えを出さなくても」
「ノォー」

律の言葉に反応してか、唯は机に突っ伏した。

「唯ちゃん、ケーキよ」
「はむ……うん、うまい!」

本日のデザートであるケーキを突っ伏しながら口にした唯はサムズアップしながら感想を漏らすと、先ほどまでの落ち込み用はなんだったのかと思うほど元気にケーキを食べ始めた。

「立ち直り早いなー」
「まあ、いつものことだけど」

苦笑しながら漏らした律の言葉に、澪が相槌を打った。

「おはようございます」
「お、梓ー何味がいい?」
「今日もお茶ですか?」

律が部室にやってきた梓に、何味がいいかを尋ねると肩を落とし名gら声を上げた。

「いらないんだったら私が食べちゃうぞー」
「それじゃ、バナナタルトで」

(結局食べるんだ)

素早い変わり身で味を指定した梓に、僕は心の中でツッコんだ。

「あれ、あの時計はなんですか?」
「ん? そういえば、さっきから気になってたんだよなー、この時計が」

ケーキを口にしながら、いつものように話に花を咲かせていると、梓が戻側に置かれた棚の方を指差しながら疑問を投げかけた。
そこにはやや大きめな時計が置かれていた。
数字盤に針というアナログな形式で、周辺にはキラキラと光るデコレーションがあった。
それは右に回ったり左に回ったりという動きを繰り返している。
どう見ても高級そうな感じがした。

「あ、それ私がいただいて不要な時計でどうしようか悩んでいる様子だったから、もらったの。ここで時間が見ることができるようになるかなーって」

どうやら、この時計はムギが持ち込んだようだった。

「もしかして迷惑だった?」
「そんなことはないぞ。ちょっとびっくりしただけだから。なあ、澪?」
「あ、ああ。とってもいいと思うよ」

表情を曇らせるムギに、律は慌てながら否定し、さらに突然振られた澪もぎこちなくではあるが頷いた。

「良かった」

その二人に、ムギはほっと胸をなでおろすのであった。
その後、軽く練習をして、この日の部活を終えるのであった。

「よし、ジャージはよし」

夜、寝る前にカバンの中にジャージが入っているのを確認した僕は、カバンのチャックを閉めた。

「あ、もう10時か」

時計を見ると夜の10時を回っていた。
明日はマラソン大会があるので、早めに寝ることに越したことはないだろう。
そう思った僕は、明かりを消すとベッドに潜り込む。

「おやすみ」

そして僕は眠りにつくのであった。










「――――を誓います」

翌日、太陽の光がさんさんと照りつける中、生徒会長(名前は知らない)が台に上がって右手を上げながら宣誓の言葉を告げた。

「それでは、よーい」

校長の掛け声とともに銃声が鳴り響く。
こうして、マラソン大会は幕を開けた。

(今回は中盤を走るか)

軽音部の皆と一緒に走ろうと考えたのだが、去年は先頭を走っていたがそれらしい人物の姿を見かけることがなかったのだ。
なので、今年は中盤付近を走ることにした。
ちなみに、走り出す前に探し出せばいいというのもあるが、どうせのマラソン大会だ。
人探しゲームという勝手な遊びを加えたところで罰は当たらないだろう。

(まあ、このマラソン自体が僕にとっては遊びだし)

去年も今年も、僕はそれほど力を出していない。
僕にとっては幼稚園の子供を追いかけているような感じだ。
少しばかり、窮屈な感じはするもののこれはこれで力の制御の練習になるのではないかなと考えていたりする。

(これで1キロか)

周りを走っている生徒たちが、若干ペースダウンをし始めてきた。
だが、みんなの姿は見つからない。

(お、あの後ろ姿は)

「あずに……梓ー」

間違えて”あずにゃん”と呼びそうになった僕は、慌てて元の呼び方に戻した。

「あ、浩介先輩!」

僕の声に気づいたのか、走る足を少しだけ緩めるとこっちの方を振り向いた。
その横に一緒に走っている二人の女子も一緒に。

「浩介さん、早いですね」
「それをそのまま憂達に返すよ」

少し走る速度を速めて彼女たちの斜め後ろにまで迫りながら、僕は憂に返した。

「こんにちは、浩介先輩」
「こんにちは……えっと、沢村さんだっけ?」
「鈴木です!」

名前が出てこなかった僕は思いついた名前を口にすると、彼女からツッコミが入った。

「失礼、鈴木さんだったね。あと2年ほどは覚えておくようにするよ」
「2年って、卒業したらまた忘れるんですか?!」

ちゃっかり計算したのか、鈴木さんが僕に言ってきた。

「記憶とは移ろいゆくもの。色々な人と出会うと、関係性のない古い人物の名前は忘れる物さー」
「それって、人としてどうかと思いますよ?」

ジト目で僕を見つめる梓に、指摘されてしまった。

「まあ、冗談はともかく。ずっと覚えておく努力はするよ。さすがに忘れようとするのは失礼だし」
「お願いします」

項垂れるようにお願いしてきた鈴木さんの姿に、僕は何が何でも記憶にとどめておこうと決めるのであった。

「ところで、唯たちは見たか?」
「唯先輩ですか? 見てませんけど」
「そうか……」

梓の返事に、僕は顎に手を添えて考える。

(ここを走っていないとなると、まさか終盤の方か)

よくよく考えれば軽音部は一部のメンバーを除いて運動が得意そうな印象を受ける人物はいない。
一番後ろの方を走っている可能性が高かった。

「あの、良ければ一緒に走りませんか?」
「……鈴木さんが迷惑でなければ」

憂の提案に、僕は考え込みながら返した。
後ろに下がることは考えなかった。
速度をこれ以上落とすのは僕には無理だからだ。
走るのをやめて待つというのもあるが、それはそれでなんかいやだった。

「私は構わないですよ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」

鈴木さんが頷いたので、僕は梓達と共に走ることにした。

「あ、憂から聞いたんですけど浩介先輩ってギターなんですよね?」
「そうだけど、何か?」

走っている最中、鈴木さんから声が掛けられた。

「その、もしよければ私にも教えてほしいな、と」
「……? どういうことだ?」
「あ、純ちゃんはジャズ研究部でベースを担当しているんです」

鈴木さんの問いかけの理由がよくわからなかった僕に、憂がすかさず説明をしてくれた。

「なるほど。だが、ベースだったら僕ではなく澪の方が適任だろ? ギターとベースとでは若干奏法も異なってくるし」
「そうなんですけど、ジャズ研の先輩から浩介先輩のギターは格好いいって聞いたので」

(理由が”かっこいいから”かよ)

素直に喜んでいいのかわからない理由に、僕は心の中で苦笑する。

「まあ、考えておくよ」
「お願いします」

考えるとは言ったが教える可能性は限りなく0に近い。
理由としては部同士の問題だ。
軽音部とジャズ研究部はある種の競合関係……つまり、ライバルになる。
それぞれの部長が、部外者の介入を快く思うかどうの問題だ。
例えるならば、別の会社の社長が、ライバル会社の経営に介入するような感じだ。
どちらにせよ、律に話を通す必要があるが、それをする気は今の僕にはなかった。
僕をその気にさせる”何か”があれば話は別だが。
彼女には悪いが。
そんなこんなで、僕たちは走りきるのであった。










「はぁ~、マラソンの後のお菓子は格別どすなー」
「そうですな~」
「おやじか、お前らは」

マラソン大会を終えた日の放課後、部室でムギの出してくれたケーキに舌鼓を打っている中、椅子にもたれかかりながら声を上げる唯と、それに乗る律に、澪がツッコみを入れた。

「でも、楽しかったわ」
「はい。また来年が楽しみですね」

とはいえ、梓とムギの二人はある意味間違っているような気がしたが。

「はぁ~疲れたわ」
「あ、さわちゃん」

そんな中、ため息交じりに入ってきた山中先生に、唯が反応した。

「ムギちゃん、紅茶とお菓子をお願い~」
「分かりました」
「完全にたかってる」
「というより、教師の面目丸つぶれですね」

ムギが席を立って紅茶とお菓子の用意をしている中、律のつぶやきに僕が続いた。

「だって、大変なのよ。教師というのも」
「へぇ~」
「先生ですしね」

山中先生の反論に、唯は分かっているのいないのか微妙な声を上げ、梓は想像がついたのか頷きながら答えた。

「お待たせしました。紅茶が入り―――きゃ!?」
「わぷ!?」

いきなり頭上から厚い液体が降り注いできた。

「だ、大丈夫かムギ?」
「わ、私は大丈夫だけど……」
「あ……」

ムギの言葉に導かれるように、全員がこっちを見る。

「僕も大丈夫だから」
「ご、ゴメンなさい。本当にわざとじゃないのよ。本当よ!」
「いや、分かってるから。こんなのかすり傷にもならないし」

とりあえずハンカチで頭をふきながら目の端に涙を浮かべながら謝るムギを落ち着かせた。

「僕にも、お茶のおかわりをもらえるかな? それでこの件はおしまい」
「わ、わかったわ。とびきりおいしい紅茶を淹れるわね」

拭き終えた僕は、ムギに紅茶のおかわりをお願いした。

「あの、練習はしないんですか?」
「私は燃え尽きた……」
「私もだー」

梓の言葉に、唯と律は同時に背もたれにもたれかかった。

「だそうです」
「……」

梓の肩が下がった。

「そう言えば、浩君たちは順位はどうだったの?」
「僕はあずにゃんと同じだったと思うよ」
「浩介君はやっぱり早いんだね」

僕の答えに、ムギは紅茶のおかわりが入ったカップを置きながら言った。

「まあね」
「去年はトップでゴールしてた程よ」

そんな中、山中先生が、ウインクしながら人差し指を立てて補足した。

「あんたは化け物か!」
「あ、でも。浩君だから当然かー」

ツッコミを入れる律に、納得顔の唯。

「ずるでもしたのか?!」
「するか! 普通に走っただけだ」

律に掛けられたあらぬ誤解に、僕は猛反論した。

「そうよ。今回のコースは近道なんてないもの」

唯たちが示している言葉の意味を知らない山中先生は、言葉通りに受け取って僕の言葉に賛同した。

「あ、そうだ。走ってる時に、おいしいケーキ屋さんがあったんだよー」

ふと唯が話題を変えたことで、話はケーキ屋のこととなった。

「やっぱり、今日も練習は無しですか」
「あはは……明日は大丈夫だと思うよ……たぶん」

肩を落としている梓に、僕は苦笑しながらそうフォローの声を掛けるのであった。










「お風呂も入って、予習復習もできたし、今日は早く寝るか~」

時刻は夜の9時30分。
やることをすべて終えた僕は、自室に入って腕を伸ばしながらつぶやいた。

「って、そう言えばあったね。やること」

そんな僕の視線の片隅に見えた段ボール箱に、先ほどまで上げていた腕を力なく降ろしながらつぶやいた。
それは魔法連盟での僕の仕事用の書類が入ったものだ。

「やれやれ、起訴か不起訴かを決めるのも大変だよ……」

ため息交じりに呟きながら、僕は段ボール箱の中からファイルを10個程度取り出した。
本当は500ほどあったが、これまでにコツコツやって終わらせたのだ。
それの提出期限は今日の23時59分59秒までだ。
だからこそ急いでやらなければならない。

「一つ10分以内に終わらせれば間に合うか」

ファイルの内容は数百ページにも及ぶが、何とかなるだろう。
……たぶん。
僕は、できる限り急いで仕事に取り組むのであった。
そして、二時間後の11時30分。

「終わったー!」

何とか仕事を終わらせることができた僕は、固まった筋肉をほぐしながら仕事を終えた解放感に浸っていた。

「さて、この書類を段ボールに詰めて……」

僕は段ボールの箱に10このファイルを詰めるとテープで閉じた。

「後は、転送システムで送ればいいだけ」

右腕を前方に掲げ、手を開くようなしぐさをしてホロウィンドウを展開させる。
そして『転送』の項目に手を触れると、目の前の段ボール箱が光りだし大きく光を放った。
光が薄まると、目の前の段ボール箱は跡形もなく無くなっていた。

「さて、早く寝よう。明日に響くし」

僕はそうつぶやくと、部屋の明かりを消してベッドに潜り込んで目を閉じた。
そして意識が闇の中へと沈んでいく。
この時、僕はまだ知らなかった。
とんでもないことが僕の身に降りかかることになるということを。

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第60話 練習とサプライズ

「えー、私は中山 翠。リズムギターを担当している。よろしく」

あれから数分後、遊びほうけていた皆を折檻した僕たちは、別荘に戻ると唯たちの前に中山さんたちを連れて行き、一人ずつ自己紹介をさせていくことにした。

「わ、私は荻原 涼子です。パートはベースです」
「俺は田中 竜輝。ドラムをやっている。よろしく」
「僕は、太田 保。パートはキーボードです」

荻原さんたちの自己紹介に、唯たちは唖然としていた。

「―――――――――」

尤も、そのうち二名は硬直しているが。

「そっちも自己紹介したら?」
「ハッ!? わ、わしゃ平沢 唯と申すものです! パートはリードです」

(わしって何?)

緊張かそれとも突然話題をふられたことによる動転かは定かではないが、一人称のおかしい唯に僕は心の中でツッコんだ。

「澪―、自己紹介だぞー」
「あ、わ、わわわっ!」
「落ち着け」

声が震えている澪に、律が肩を置いて落ち着かせる。

「私は、秋山 澪です。パートはベースを」
「わ、私は中野 梓と言います。この間は本当にすみませんでした!」
「自己紹介と謝罪をごっちゃにしない!」

謝る必要はないが、どこか悪いと思っていたのか、自己紹介をするはずが謝罪の言葉になっていた。

「私は琴吹 紬と申します。パートはキーボードです。どうぞ、よろしくお願いします」

そして、ムギは動じるどころか堂々とした口調でお辞儀をすると自己紹介を終えた。

「私は、田井中律です。ドラムをやっています」

お互いに自己紹介を終えた。

「あ、それであの女性が軽音部の顧問の」
「山中さわ子です」

最後に残った山中先生の紹介をすることで、今度こそ本当に自己紹介を済ませることができた。

「で、パートリーダ―に訊くが。今回、俺たちが来た理由は聞いてるのか?」
「パートリーダって、誰?」

唯の疑問の声に、田中さんが固まった。

「浩介。まさかとは思うが、リーダーも決めていなかったのか?」
「失敬な。もうすでに決まってる」

田中さんの問いかけに、僕はため息交じりに答える。

「そんなのいつ決めたっけ?」
「バンドリーダーはみんなのリーダーの人物。部長のことだ!」
「へ? 私?!」

どうやら完全に自覚がなかったようだ。
まあ、部活レベルでバンドリーダーというのはあまり常識ではないのかもしれない。

「では、改めて聞くが俺たちの来た理由は聞いているか?」
「は、はい。私たちに指導をしてくれるんですよね?」

田中さんの問いかけに、律は頷いて答えた。

「そうだ。これから、お前たちの練習の指導をする。そこの参謀」
「もしかしなくても、”参謀”は自分のことですか?」

僕の方を明らかに見ながら告げられた呼び名に、僕は聞きかえした。

「そうだ。お前のことだ。浩介にピッタリな称号だと思うぞ」
「いらないので、破棄してください」

確かに、いろいろ計画を練ったりしているので、参謀というのはぴったりかもしれないが、なんとなく受け付けなかったので僕は辞退した。

「例の物を渡せ」
「はい、どうぞ」

田中さんの促す声に、僕は用意しておいた五枚の用紙を田中さんに手渡す。
さらにそれを後ろに控えていた中山さんたちにも配っていく。
そして最後に僕にも手渡された。

「今日は、お前らの苦手分野と問題点にスポットを入れた練習メニューを組んである。これを使って音を合わせる前に個別練習をする」
「えっと、どういうこと? 浩介君」

練習の理由がわからなかったのか、ムギが首をかしげながら聞いてきたので、僕はそれに応じるように答えた。

「音合わせは、確かに全員のタイミングをそろえることができる効率的なものだけど、それぞれに問題点があるのに音合わせをしても上達しにくくなる。だから、まずは個別に問題点や苦手を克服していくんだ」
「なるほど」

僕の答えに納得がいったのか、澪が頷いていた。

「指導をするのは同じパートメンバーだ」
「私は、貴女となるから、よろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそ」

ベースの澪の指導は同じベースの荻原さんが担当することとなった。
だが、二人とも声が上ずっているが大丈夫なのだろうか?

「俺はお前とだ。厳しく行くぞ」
「は、はい」

律の指導は田中さんが行う。
律から救いのまなざしが向けられるが、僕はあえてそれを無視することにした。

「僕は、君とだね。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」

そして太田さんはムギの指導を担当する。

「私は君とだ。残念だとは思うけどよろしく」
「は、はい!」

そして中山さんは、梓の担当だ。
”残念”が何を意味するのかは、僕には何となくではあるがわかった。

「僕は唯の指導担当だ。遠慮せずに行くから、しっかりとついてこい」
「了解であります!」

こうして、各メンバーの担当ペアが形成された。
そして練習が幕を開けるのであった。










練習が始まって数分ほどが経過した。
練習はある意味順調だった。

「唯の場合はリズムを一定に保つリズムキープができていない」
「うーん、どうしてかな?」

僕の指摘に、唯は腕を組む。

「コードチェンジの際に、次の音を出すのがワンテンポずれてるから。そしてずれたのを直そうとテンポを速めてまた遅れてを繰り返すために、リズムがおかしくなる」
「……なるほど」
「リズムというのは他のパートとの連携では一番要になる物になる。音域とかに問題はないんだから、コード進行を一定の速度でやる練習をしよう」
「ふむふむ」

先ほどから何度も頷いて相槌を打っている唯に、僕はジト目で見つめる。

「唯、今言ったこと理解してないだろ?」
「まったく!」
「だろうと思った」

今のを唯が理解できていたらとっくの昔に、唯のギターの腕は凄まじいほどに上達しているはずだ。

(まあ、それが唯らしいところではあるけど)

「簡単に言えば、リズムをキープする練習をするということ」
「具体的にはどんな?」

唯の問いかけに、僕はピックを手にする。

「今から僕の弾くコードを僕と同じテンポで何回も繰り返して弾いてもらう」
「それなら簡単そう」

(果たしてそうかな)

唯の漏らした言葉に、僕は心の中でつぶやく。
この反復練習というのはとても難しいものだ。
なぜならば、耳で聞いた音のみを頼りに弾いたコードを判断し、さらにはリズムも同様にしなければいけないからだ。
だが、唯の絶対音感があれば、どの音がいいかはなんとなくではある物の把握することはできるだろう。
後はリズムを一定に保つことが重要なカギとなる。

「それじゃ、行くよ」

唯に告げてから、僕は右手をストロークさせていく。
一定のテンポ(とはいえ、スローテンポだが)でGとCとAm系のコードを弾いていく。

「はい、どうぞ」

コードを弾き終えた僕は、唯に同じコードを弾くように促す。
そして唯も同じコードを弾いていく。
それを確認した僕は、少しテンポを早くして同じコードを弾いていく。
この練習で、テンポの方を250程まで早めていくことで、スムーズなコードチェンジができるようにしているのだ。
これで唯のコードチェンジの際のタイムロスを減少させるようにする。
その傍ら、意識を唯から外す。

「そこはもう少し色を付けるべきよ。例えばこんな風に」
「は、はい」

梓達も練習は順調そうだ。
他の箇所も、練習は順調そうだった。
澪の方も心配していたが、練習の方は順調に進んでいた。
ちなみに、僕が手渡した資料は、五人の問題点がかかれたものだった。
唯の場合は先ほども言ったとおり、リズムキープがうまくできていない部分。
梓の場合は、演奏のスパイス不足。
見て楽しむという要素を加えても問題がないと判断したからこその記述だった。
澪は、ベースのパワー不足だ。
澪の性格上仕方がないのかもしれないが、若干パワーが足りていないようにも感じたからだ。
あと少しだけパワーを上げてもらえると、音自体がいい感じに引き締まるのだ。
ムギは梓と同じく色不足。
キーボードはバンド内では装飾だと僕は思っている。
ギターやドラムなどの音に色を付けて華やかにしていく。
そんな感じのパートだからこそ、重要なのかもしれないというのが僕の持論だ。
だからこそ、その色が不足しているために、ムギに対して色付けの指導をお願いしたのだ。
どうやってなのかは僕にもわからないが。
最後に残った律は、言わずもがなでリズムキープだ。
律はパワーは非常にいいのだが、走ったり遅くなったりとヨレていることが多い。
ドラムはリズムの要。
ドラムこそがリズムキープを求められるのだ。
その基準点のリズムがずれていけば、全体のリズムがずれることになる。
そこで田中さんにはリズムを一定にすることをお願いしてもらったのだ。
走りすぎたりするのはいいとしても、テンポが途中で不用意にころころ変えられたら修正していくのが大変になる。
一人残された山中先生はその光景を静かに見守っていた。

「よし、今度は早めに行くから、ちゃんと弾いてね」
「了解であります! 師匠」

敬礼をしながら返事を返す唯に苦笑をしながらも、僕はテンポをさらに速めて同じコードを弾いていく。
それを何度も何度も繰り返した。









練習もひと段落したところで、昼食となった。

「くぅ~、練習をした後のご飯はうまいですねー、律ちゃん隊長!」
「唯はいいよな、元気そうで」

昼食であるホットケーキを頬張りながら幸せそうな声を上げる唯に、律は燃え尽きた様子で相槌を打った。

「私もちょっと疲れました」
「ここまですごい密度の練習はなかったからな」

疲れた様子の梓に、同じくどこか疲れたような表情を浮かべている澪が口を開いた。

「ちょっと、やりすぎたかな?」

そんな彼女たちを、少し離れた場所で見ていた僕は、田中さんに尋ねた。

「さあな。だがまあ、面白いほどに習得していくもんだから、教えがいはあるかもな」
「確かに。天才の塊もいますからね」

特に唯とか。

「しかし、あれだけで良かったのかい? 見た感じもっと問題点はあるようにも思えるけど」
「ええ。大丈夫です」

ホットケーキを口にしながら聞いてくる中山さんの問いかけに、僕は頷きながら答えた。

「彼女たちは、今はまだプロではないです。だから、まずはスタートラインに立てるように導くことが、僕の役割だと思いません?」
「……確かに」

僕の言葉に、中山さんは頷きながら相槌を打つ。
プロとアマというのは大きくて高い壁がある。
それを彼女たちが本当に超える覚悟があれば、僕はそれに答えるつもりだ。
だが、今はその覚悟があるのか否かが分からない状況だ。
だからこそアマを基準にした問題点のみを列挙したのだ。
プロに本気になるつもりがあるのであれば、さらに厳しい練習をする必要があるのは当たり前のことだ。

「それじゃ、私たちは先に準備をしてくるから」
「お願いします」

中山さんに、僕は軽くお辞儀をしながらお願いすると、中山さんたちは”任せて”と言い残して去っていった。

「皆、大丈夫」
「はい、何とか」

疲れ切った様子で返事を返す梓に、大丈夫ではないことが伺えた。

「律は特に大変だったようだけど」
「そうだよ! あの人、ものすごく怖い顔で睨みながらこういうんだ! 『やり直し』って!」
「あー、分かるその気持ち」

何度もそれをされているので、僕も律の気持ちが痛いほどわかる。
田中さんは何が悪いかを言わない。
もっとも今回の場合は、最初に問題点を上げているのだから、それから推測すればいいだけのような気もするが。

「浩介はあんな風に、練習をしていたんだな」
「いつもではないけど、最初のころはそんな感じだったよ。最近は音合わせと微調整位だけど」

澪の漏らした感想に、僕は昔を思い出しながら答えた。
昔は毎日が練習の毎日だった。
リズムキープにコード進行の方法。
ドラムの自己主張の度合い等々、問題は山積みだった。
それが今のようによくなったのは、みんなの努力の賜物だったのかもしれない。

「この後も、あそこに集合だからね」
『はーい』

元気のない様子で返事をする皆に苦笑をしながらも、僕は昼食をとるのであった。










昼食を終え、少しの間休憩をしたのちに、僕たちはスタジオに戻った。

「それで、今からする練習はなんだ?」
「いや、皆はそこに座るだけでいい」

僕の返事に、全員が不思議そうに首をかしげていた。

「あの、一体何をするんですか?」
「演奏」

梓の問いかけに、僕は簡潔に答えた。

「演奏って、どういうこと? 浩君」
「そのままの意味さ。私たちの演奏を聴いてもらうということだよ」

僕の答えにさらに疑問が深まったのか聞いてくる唯に、中山さんが代わりに答えてくれた。

「皆が頑張ったご褒美みたいなものだよ。H&Pの特別ライブの開幕だ」
「………り、律これは夢ですか!?」
「うお!? 気持ちは分かるから、落ち着け」

僕の言葉に、呆然としていた澪は興奮した様子で律の身体を揺さぶり出した。

「あの、曲目はなんですか?」
「軽音部の皆がこれまで演奏した曲、そしてこれから演奏しようとしている曲をメドレーにした曲だから、題して『軽音部メドレー』になるね」

梓の問いかけに、僕はこれまで準備をしてきた曲の内容を告げた。

「ささ、皆さんご着席を」
「は、早いな」

僕の言葉が言い終わるよりも前に、全員が用意しておいた長椅子に腰掛けたのを見て中山さんが苦笑しながらつぶやいた。

「準備はいいな?」

田中さんの呼びかけに、僕たちはお互いに頷きあう。

「1,2,3,4、1,2!」

田中さんのリズムコールが終わるのと同時に、最初に産声を上げたのは僕のギターだった。
最初の曲目はふわふわ時間タイムだ。
次にベースやドラムにキーボードが産声を上げる。
そして歌いだしたのは荻原さんだった。
本来はリードを弾いている僕が歌うべきなのだが、できれば歌いたくなかったので、僕は荻原さんにボーカルをお願いしたのだ。
唯たちが演奏する時と比べて少しばかり大人っぽさが出てはいるが、H&Pの色は出ていると思う。
Aメロはギターの音色は細かく区切り、Bメロでは伸ばすところは伸ばすというメリハリをつけた感じで演奏をしていく。
サビでは中山さんと荻原さんの二人が歌声を上げる中、僕はさらに細かくストロークをさせていく。
サビが終わるところで、僕のギターの音色以外の音がいったん止まる。
それは次の曲へ移ることを告げる合図だった。
キーボードの音色が再び鳴り響く。
それに一歩送れるようにドラムやベースのにギターの音色が続く。
曲名は『Happy!? Sorry!!』だ。
新歓ライブでお披露目になるはずが、僕のミスで叶わなかった曲。
全体的に難易度は高いが、目を見張るのは途中のギターソロだ。
ソロを担当するのはリズムギター。
今回は中山さんだ。
僕はリードのためミュートをして音を伸ばさないようにしながら前奏を演奏する。
そしていったん音を伸ばし再びミュートにすると再び音を伸ばす。
この曲はいつものふんわりでゆるゆるな軽音部という印象とは正反対の曲調になっている。
サビが終わり、ついにリズムのソロが始まった。
僕はただギターの音色を伸ばすだけ。
サビが再び始まったところで、少なカッティングで音を伸ばす。
やがて最後の方になり早いテンポで弦を弾いていく。
ドラムの最期の音で曲が終わるが、今度は田中さんがシンバルを叩く。
それはリズムコールの代わりでもあった。
その音を頼りに、僕は弦を弾いた。
曲名は『カレーのちライス』だ。
テンポが異様に早いため、リズムキープを謝ると破滅が待っている。
この曲の一番の餌食になるのは今僕が演奏しているリードギターだろう。
それはギターのソロだ。
サビが終わったところでソロが始まる。
僕はそこをビブラートを効かせ素早くコードチェンジをしていく。
ストロークも小刻みにしていかなければならないため、ややきついが何とか乗り切った。
というより、これよりも難しい曲を何度も演奏しているのだから、できて当然なのかもしれないが。
最後にスクラッチで音を引き締めると、サビの方へと戻る。
サビの方はストロークはやや大きくなるが、それでも伸ばしたりミュートしたりと不規則な演奏をしていく。
それにドラムやキーボードベースの音色にリズムギターの細かなギターの音色が続く。
最後に、ギターとキーボードの音を伸ばすことでこの曲は終わりかける。
そこで再び田中さんがシンバルを鳴らす。
次の曲は僕と中山さんのデュエットだ。
曲名は『Don't say lazy』
今回は僕はリードなので、ミュートをしながらの小刻みなストロークとなる。
田中さんのリズムキープ非常に安定していた。
Bメロに入り、今度は音を伸ばしていく。
そしてサビでは再び音を軽く伸ばすか所はあるもののミュートをしていくため小刻みな音色となる。
そして間奏に入った。
僕は数個のコードを繰り返して弾くだけだが、中山さんはソロがある。
中山さんの方を見てみた。
ソロを演奏する中山さんは艶めかしい動きで、見ている者をひきつける演奏をしていた。
それに負けないように、僕もサビでは歌声でクールさを出し、ギターの音色を引き締めていくようにした。
最後にギターパートの音で曲は終わるが、中山さんのギターの音色が長く伸びていく。
そのつなぎを利用して、僕は次の曲のコードを弾いていく。
曲名は『ふでペン ~ボールペン~』
音を伸ばしながらもビブラートを効かせ、また音を伸ばすというのが前奏を終えると、今度は地獄のAメロに入る。
中山さんが歌う中、僕はブリッジミュートをしながら細かくストロークをし続ける。
そしてBメロでは今度はミュートはするもののストロークの間隔は大きくなった。
一番大変なのは、終始小刻みなストロークを求められるベースだろう。
サビでは僕はただ音を伸ばせばいいだけなので、それほど難しくはない。
サビが終わり、再び間奏に入るが、そこは前奏と同じコードなので、同じ要領で弾いていく。
間奏の後にBメロからサビに変わるか所になる。
ブリッジミュートをしたり、音を伸ばしたりしながらサビへと入る。
そしてこの曲もまた演奏を終えた。
最初にブレイク状態に入ったドラムの田中さんが、フィルを始めた。
それにのって、僕は次の曲の前奏を始める。
曲名は『私の恋はホッチキス』
恋をしている女子の心境を歌っている曲(たぶん)の出だしは複数のコード進行によるリフだった。

(そう言えば、唯はこの箇所と前の曲の前奏で躓いていたっけ)

梓のおかげで克服したみたいだけど。
そして曲も終盤に入った。
テンポがゆっくりになり、ドラムとベースの音が消えた。
そしてギターの音色も止まる。
残ったのはキーボードのピアノの音だけ。
最後にギターとベースの開放弦で曲は終わった。
曲が終わって、しばらくはみんなは茫然と固まっていたが、正気に戻ったのか拍手をしようと立ち上がった。
それを確認した僕は、右腕を回した。
その瞬間、キーボードの音色が音を刻みだす。

「え?」

その驚きの声は誰だったのかは分からない。
でも、みんなの顔には驚きがあったのは確かだ。
それだけでも、このメドレーは大成功であることを証明していた。
なぜなら、これは前もって計画していた奏法なのだから。
数拍おいてドラムの音が加わる。
さらにそれから数拍おいて、次はベースの音が加わる。
徐々に徐々に曲が形成されていくというのを通して、いくつものパーツを組み合わせて曲はできる……音楽の演奏に誰も欠けてはいけないという思いを込めていた。
澪が欠ければ、ベースの音色は流れないし、ムギがいなければキーボードの音色も流れない。
目立つか否かが重要ではなく、曲の構成ができてるかどうかが重要なのだ。
数拍おいて今度はリズムギターである中山さんの音色が加わり、それから数拍で僕のギターの音色が加わる。
これで完全に『ふわふわ時間タイム』は完成した。
それから数拍ほど前奏の部分を弾いたのちに、サビへと入った。
サビが終わり、最初に演奏した時と同じように中山さんの歌に続いて荻原さんが曲名の部分を歌っていくというのを繰り返しドラムが高速フィルをする中、僕と中山さんのギターの音色を伸ばしていく。
そして、タイミングを合わせて全員で音色をあげると、今度こそメドレーは終わりを告げた。

「どうも、ありがとう!」

僕は立ち上がって聞いていた唯たちに終わりという意味を込めてお礼の言葉を告げた。
それから少しの間を持って、拍手が送られた。

「とってもすごかったわ」
「はい! 何だか感動しちゃいました!」

その拍手に乗せられてムギと梓の声が聞こえた。

(そこまで感動するのかな?)

何となくオーバーなような気もした。

「何だか、良いかもな。こういうのも」

いつの間にか横に来ていた田中さんが漏らした言葉に、僕も頷く。
自分の中にあるのはある種の達成感だった。

(観客はいつもよりかなり少ないのにね)

観客はたったの6人。
だが、いつものライブの時のような達成感を感じていたりする。

(きっと観客の数は関係ないんだ)

僕はそう感じていた。
こうして、僕が考えていた贈り物は唯たちに喜んでもらうことができたのであった。

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第59話 ゲスト

「ふぅ……覚悟していたとはいえ、少し疲れた」

一通りの作業を終えた僕は、息をつきながら別荘に戻っていた。
あの後、少しばかり大暴れした。
どちらかというとその後の作業が疲れる要因になったわけだが。

(そう言えば、梓はどうなってるかな?)

ふと、梓のことが気になった。
あの後梓には別荘の方に戻ってもらった(当然その間の記憶はない)が、ちゃんとたどり着いているかが不安になったのだ。

(まあ、梓を向かわせた場所に行けばいいか)

僕はそう考えると、梓が歩いて行った方へと向かうのであった。










「あれ、明かりがついてる」

梓が歩いて行った方へと向かっている途中で、ドアのガラス部分から明かりが漏れているのを見つけた。

(あそこはスタジオだったはずだけど……)

気になった僕は、いったん足を止めてガラス部分から中をのぞき見た。

「………」

そこには、目的の人物がいた。
僕はゆっくりとドアを開けた。

「ゴホン、ゴホン!」

僕は床に寝転がりながら抱きついている二人に向かって、聞こえるように咳ばらいをした。
尤も、一緒にいた唯が梓に抱きついているだけだが。

「にゃ!?」
「あ、浩君」

僕の咳払いに気づいたのか、梓が驚きの声を上げるのに対して、唯はいつものようにマイペースな感じで僕の名前を口にした。

「確かに世界は広いからそういう関係はいいのかもしれないが、少しばかり時と場合を考えるべきじゃない?」
「ち、違うんですよ! これは唯先輩と練習をしていて、それがうまく行ったから抱きつかれただけですっ!」

本当はどういう経緯かはわかっているが、少しばかり魔が差した僕の言葉に、梓が大声で反論してきた。

(あはは、疲れた体に大声はきつい)

「あー分かってるって。冗談だから、大きな声を出すのはやめてくださいなあずにゃん。頭に響くので」
「なっ!? 浩介先輩のイジワル!」

落ち着かせるように宥める僕に、梓はそっぽを向いてしまった。

「ごめんごめん、反応があまりにも面白くてね。というより、本当に元気だね」
「……次からは気を付けてくださいね」

僕の謝罪の言葉に、梓はしぶしぶと許してくれたようだ。

「それで、練習の方は続けるの? 続けるんだったら僕も付き合うけど」
「もちろんですたい!」

僕の問いかけに、唯は手を上げて答えた。

「あ、でも浩介先輩のギターは……」
「これで問題ないでしょ?」
「ですよね」

指を鳴らすことで取り出したギターケースに、梓が答えた。

「それじゃ、練習をしようか」
「おー!」

そして僕たちは練習を始めるのであった。
練習が終わったのは午前一時ごろだった。










「おはよう、浩君」
「おっす、浩介。寝坊してないようだな」
「おはよう浩介」
「おはよう、浩介君」
「浩介先輩おはようございます」
「早いのね」
「おはよう皆。僕は寝坊助じゃないからね」

朝、身支度を終えてダイニングで朝食の支度を済ませていると、起きてきた唯たちが亜札をしてきたので、僕もそれに応じた。

「お、スクランブルエッグにトーストとはまたベタどすなー」
「ですわねー」

律の演技じみた言葉に、唯が便乗する。

「べたなのが一番いいの。文句があるなら二人は朝食抜きにするよ」
「「べたが一番! 浩介は一番!」」

僕の言葉に、まるで手のひらを返すように叫ぶ二人に、僕はある意味尊敬の念を覚えた。

「早く食べよう。せっかくの料理が冷めるから」
「はーい」

僕が促すと全員がテーブルを囲むように座った。

「それじゃ、いただきます」
『いただきます』

山中先生の言葉に続くように手を合わせた僕たちは、朝食をとるのであった。





「それでは、今日の予定を発表する!」

朝食を食べ終え、食器を片づけ終わったところで、リビングに戻った僕たちは、律の次の言葉を待つ。

「今日は……遊ぶぞー!!」
「おー!!!」

右腕を上げながら律が告げると、唯もそれに続く。

「こらこらー!」

僕が口を開くよりも先に、澪が叫び声を上げた。

「それじゃ、合宿の意味がないだろ!」
「えー。だって昨日だけじゃ遊び足りないんだもん」

澪の言葉に、唯が両手の人差し指をくっつけたり離したりしながら反論した。

(何だか、去年と同じ光景だ)

去年にもこんなやり取りをしたような気がする。
だが、今年はそうはいかない。
なぜなら今年は、

「そうですよ! 私たちは練習をするために合宿に来たんですよ!」

梓という強力な仲間がいるのだから。

「そう言う梓は昨日は真っ黒になるほど遊んでたくせに」
「うっ!?」

そんな梓も律の一言でバッサリと返り討ちにあっていたが。

「浩介は、反対だよな?」

そして向けられる視線。
なまじ去年は僕が”強引に”練習をするようにさせたため期待も高いのだろう。
だが、今年は普通に練習をさせるつもりだ。

「別に僕は構わないけど、いいのかな?」
「え、何が?」

そっぽを向きながら、僕は律たちに疑問を投げかけた。

「今日実は、みんなの練習に少しでも貢献できればと思って、プロのバンドを呼んでるんだよね」
『えぇ!?』

僕の言葉に、全員が驚きの声を上げた。

「う、嘘だろ?」
「本当だよ。というよりあと1,2時間もすれば来ると思うよ」

僕の作り話と思っている律が聞いてくるが、本当のことなので、僕はきっぱりと言い切った。
尤も、プロかどうかは僕にもわからないが。

「しかも、そのバンドのドラマーはとても鬼のように怖い人でね。もし到着した時に遊んでたりしたら……」
「「し、したら?」」

緊張の面持ちで言葉の続きを待つ律と唯に、僕は勝利を確信しながら答えた。

「うーん……良くて半殺し?」
「は………」

考え込む仕草をして告げた言葉に、律と唯(ついでに澪もだが)は固まった。
ちなみに、田中さんは怖いが、そこまではしない。
つまり、嘘だ。

(これが本人に知られれば僕が締められるけど)

願わくば、本人に知られないことを願おう。

「み、みんな―。今日は練習をするぞー!」
『お、おー!』

とはいえ、見事律に練習をさせる気にすることができたのだから、結果往来だろう。
その後、みんなは到着予定の時間までに各自で練習の準備をすることとなった。

「あの、浩介先輩」
「あずにゃんに、澪。どうしたんだ?」

練習を終えて玄関先でH&Pの皆が来るのを待っていると、梓が声を掛けてきた。
見れば後ろの方には澪の姿もあった。

「あの、私思ったんですけど浩介先輩が魔法を使って唯先輩たちに練習をさせる気を出させた方が早くないですか?」
「…………」

僕は梓の言葉に答えずに、続きを促した。
何となく、話には続きがあるような気がしたからだ。

「浩介先輩が、唯先輩や律先輩に練習をする気を出させているのは分かっているんです。でも、何だか私には今の浩介先輩の方法が遠回りをしているように思えるんです」
「それは、澪も同意見かな?」

僕の問いかけに、澪は控えめではあるものの頷いて答えた。

「ふーむ……」

少しだけ考える。
誤魔化す方法ではなく、分かりやすく説明する方法をだ。

「二人に訊くけど、テストとかでカンニングをして全教科百点を取ったらうれしいと思う?」

僕のその問いかけに、二人は首を横に振って答えた。

「それが、僕の答えだよ」
「あの、もう少しわかりやすくお願いします」

どうやら、僕の言いたいことはしっかりと伝わっていなかったようで、梓の言葉に僕はしっかりと説明をすることにした。

「一言でいえば、”魔法を使って成しえたことに意味はない”ということ」

全てはそれだった。

「仮に、僕が律と唯に練習をさせるように魔法で操ったとしよう。それって、唯と律の人間性を完全に潰してると思わない?」
「思います」

僕の挙げた例に、梓が頷いた。

「それじゃ、僕が練習をすることによって魔法の恩恵を受けたとしよう。これって完全に二人を動物扱いしてるよね? 芸をすれば餌を与える……動物に芸事を躾ける手段の一つ」

どちらも、人権を無視しているのは言うまでもなかった。

「僕はそういうのが嫌いなの。魔法を使った大会や戦いならばそういうことをするかもしれないけれど、そうでなければ僕はしない。いついかなる時も正々堂々と自分達の実力で勝負をしたいから」
「……浩介」

僕は二人から視線を外すと二人に背を向けた。

「僕は、二人がきっと練習をするようになると信じている。それが例え一週間に一日だとしても。僕は自主性を重んじたい。だからこそ、遠回りになってるんだけどね」
「浩介先輩」
「もちろん、ある程度のレベルを下回ったらこっちからアクションを起こすようにはするよ。そうだね……あみだくじをさせてその結果でその日の活動を決めさせるのはどう?」

僕はふと思いついた案を二人に話してみた。
あみだくじならば、完全に運のみになって、魔法が介入する余地はない。
ちなみに、ずるはしない。

「いいと思います。私は」
「ま、まあ。それだったら」
「じゃ、決定だね」

願わくば、それをする日が来ないことを願うばかりだ。

「二人は、準備の方は終わったのか?」
「ああ。もうすでに。たぶん律たちも」
「私もです」

澪と梓の返事に僕は”そう”と相槌を打つ。

「二人は、待機してるといい。僕はここでゲストの到着を待つから」
「分かった。行こうか、梓」
「はい!」

僕の言葉に頷くと、梓に声を掛けそのまま梓と共に去っていった。

「らしくもないことを言ったな。僕も」

それを見送った僕は、ポツリとつぶやいた。
魔法というのはとても便利だ。
魔法という力があれば、僕はこの世界のあらゆるジャンルで頂点に君臨することができる。
だが、それにいったい何の意味があるのだろうか?
僕の力は、くだらないプライドを守る物ではない。
だからこそ、僕は魔法をずるをする道具としては使わない。
この力は、家族や仲間を守るための矛と盾として使う。
それが昔自分で決めた”契約”だった。
でも、僕はそれを口にすることは今までなかった。
言うまでもないと思っていたのと、恥ずかしいというのが理由だったが、僕はそれを口にしたのだ。

「本当に僕は変わったよ」

先日、クリエイトから言われた言葉を思い出した。
そして、僕はこの後来るであろうH&Pの皆を玄関口で待つのであった。





「……来ない」

どれほど経ったのかはわからないが、一向に来る気配がない。

(時計は持ってないし……)

どうしようと考えた結果、時計を確認するべくリビングの方へと戻ることにした。
リビングでは冷たい飲み物を飲んでくつろいでいる律たちの姿があった。

「あ、浩介先輩」
「もう2時間経ったけど、まだ来ないのか?」
「というより、本当に来るのか?」

律と澪の問いかけが僕に浴びせられる。

「いや、来るはずなんだけど」

時刻はすでに10時を20分ほど回っていた。
本来であればとっくに到着していてもおかしくない時間帯だ。
だが、どう考えても到着している様子には感じられない。

「ちょっと外の方見てくる。皆は待ってて」
「あ、ちょっと!」

僕は律たちに言うだけ言って、リビングを後にして靴を履くと玄関を飛び出した。

「まだこの辺りには来ていない……気配を探るか」

僕は目を閉じて全神経を集中させる。
H&Pの中で最も強い気配を発しているのは田中さんだ。
田中さんの気配を探せば、たどり着ける。

「…………………は?」

結果はすぐに出た。

(何で近くから気配がするんだ?)

反応は近くの方から感じた。
それはどう考えてもこの付近に来ているということになる。
だが、近くには車のようなものはおろか人影すら見かけない。

「とりあえず、気配を感じたほうに向かってみるか」

僕は先ほど感じた方向へと足を進める。

「…………………」

そこに、みんなの姿があった。

「よっしゃ! 次は海水飛込みだー!」
「ちょっと待ちなよ。私も参加するからさ」

服を着たまま、海辺の方ではしゃいでいる田中さんたちの姿が。

(そう言えば、田中さんはそう言う性格だったよな。忘れてた)

いつもは厳しい正確の田中さんだが、時より羽目を外して大はしゃぎして遊ぶことがある。
それが、海だ。
田中さんいわく『海は俺の家のようなものだ。魂だ』だが、まさか遊んでいるとは思いもしなかった。

(時間が限られてるから、早め早めに頼むって言っておいたんだけどな)

明日はまた別の番組の収録があるため、早く帰してあげたいと田中さんたちの貯めを思ってお願いしたことをすっかり忘れているみんなに、僕は唖然としていた。

(とはいえ、こうしている間にも時間が過ぎるんだよね)

それはとても無駄な時間だった。

「すぅ………」

僕は息を大きく吸い込んだ。
そして、

「てめぇらっ! 何、油を売っていやがんだ!! 自分たちの本分を全うしないか、この大馬鹿者っ!!!」

大声で怒鳴り声を上げるのであった。
これは関係ない話だが、この時の怒鳴り声は、唯たちの方にも聞こえていたとか。
その時に地響きが起こったと言われたが、誇大表現だと判断することにした。
いくら僕でも、声だけで地響きを起こすことは不可能だ。

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第58話 肝試しと

今現在、澪から少し遅れるようにして森の中に入った僕たちは、律に指示されたルートを通っていく。

「何だか、雰囲気があるわね」
「そ、そうだね」
「あの、二人とも。それをいうのなら、せめて僕の腕を話してからにしてくれませんか?」

僕の左腕に唯が、右腕にムギがそれぞれ掴んでいるのを見ながら、指摘した。

「だって……」
「「とっても怖いんだもん」」

二人でタイミングよく答えてきた。

「男の子でしょ?」
「そう言う問題でもないんだけど。というより、歩きづらいし」

ムギの言葉に、反論しながらも僕は周囲に視線を配る。

(感じる。ものすごく強い邪気だ)

森の内部に入って進めば進むほど、深く濃い邪気を感じる。
邪気というのは人の邪な気持ちや恨みつらみなどが形となって現れるオーラのようなものだ。
ここの言葉でいうと、”霊気”と言ったほうが正確だろう。
僕が感じたのは、幽霊の気配だったのだ。
そして、おそらく霊体がいるのはこの森の中。
正確な位置は特定できていないが奥の方であるのは間違いない。

(とにかくとっとと終わらせよう。最悪な事態が起こる前に)

僕は心の中でつぶやきながら周囲を警戒する。
そんな時だった。

「ひいいいぃぃ!!!」
「ッ!?」

突然奥の方から絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
僕は突き動かされるように駆け出そうとしたが、それを遮るものが二名。

「うわ!? いきなり走り出したら危ないよ」
「そうだよ、浩君」
「ごめん。二人の存在を忘れてた」

抗議の声を上げる二人に、僕は素直に謝った。
そしてできるだけ早く澪たちの方へと向かうことにした。
さすがに、両腕は離してもらったが。

「大丈夫……」

人影を見つけた僕が最初に人影の方に駆け寄ると、そこにいたのは梓に肩を支えられている山中先生の姿だった。

「って、さわちゃん先生どうしたんですか? というより何でここにいるんですか?」
「何気にひどいな、唯」

何気なく毒を吐く唯に、僕はツッコミを入れた。

「皆を驚かそうと、思ったけれど道に迷って」
「驚かせる目的は成功してますけど」

山中先生が告げたある意味くだらない理由に梓がそうつぶやいた。
そして後ろの方に目を向ける。
僕もそれにならって億の方に視線を向けると、そこにはムギによって介抱されている、澪の姿があった。

(ありゃ、完全に気を失ってるな)

僕は心の中でため息をつくのであった。










結局澪が気を取り戻した後に、山中先生を連れて別荘の方へと僕たちは戻った。

「はぁ……やっと着いた」
「ちゃんと行くって言っていればよかったのに」

別荘に到着した途端、脱力した様子で床に座り込む山中先生に、唯があきれた口調で言い返した。

「だって、バーベキューとか泳いだりとかするだなんて知らなかったんだもん!」
「子供ですか。アナタは!」

山中先生の来る事となった理由に、ツッコんだ。
というより、もうそれらは終わっているんだが。

(あれ、そう言え何か忘れているような………)

ふと、何かを忘れているような気がした。

「そう言えば、律ちゃんは」
「「「「「あ」」」」」

山中先生の問いかけで、ようやく僕はそれが何だったのかに気づいた。

(よりによって律を忘れてた!)

慌てて探しに行こうとしたところで、玄関のドアが開いた。

『きゃああ!?』

突然のことに、みんなが悲鳴を上げた。

「わ、私を……忘れるな!」

大きな声を上げて現れたのは律だった。

「り、律ちゃん」
「ご、ごめんね。さわ子先生が来ていたことで思わず」

息を切らせながら怒る律に、ムギが必死になだめた。

「ま、まあ……いいけど」
「というより、そのこんにゃくはなんだ?」

手に持っていた棒の先にひもでくくりつけられた板こんにゃくに気づいた澪が疑問を投げかけた。

「これか? これは通りかかったやつに、こうやってペタ――っとぉぉ!!?」
「ふん!」

こんにゃくを澪の頬にくっつけた律の頭に、澪の鉄拳が振り下ろされた。

「浩君、どうしたの? そんなに下がって」
「というより、顔怖いわよ」

そんな中、後ずさりをする僕に唯と山中先生が、不思議そうな表情を浮かべながら聞いてきた。

「私、睨まれるようなことした?」
「いや……」

(今ここでいうのはまずい)

彼女は今、律であり、律ではない。
ここで話せばやりやすくなるが、皆を余計に怖がらせることになる。

「こんにゃくという古典的な手法を使って脅かそうとした律に、呆れてただけだから」
「なにをぉ! 古典的とか言うけど、怖がる奴はいるんだからな!」

とっさに誤魔化した僕に、律が力強く主張する。
その視線はそっぽを向いている澪の方に向けられている。

「確かに」
「それはともかく、お風呂に入りたいんだけど。さんざん道に迷ったから汚れちゃって」

頷く僕に、すかさず山中先生がお風呂に入るのを提案した。

「私も、入りたい!」
「それじゃ、私も」

唯が手を上げながら山中先生の提案に賛成をすると、それが次々に広がっていく。
こうして、みんなはお風呂に入ることとなった。

「浩介、覗きは絶対に、絶対、ダメだからな!」
「………前に行ったときしなかっただろ」

澪の強い注意の言葉に、僕はため息交じりにツッコんだ。

(僕は何かしたのかな?)

一度澪に確認をしてみようと思う僕なのであった。










「はぁ……良いお湯」

唯たちがお風呂を上がって30分ほどして、僕はお風呂に入った。
なぜそれほどの時間差があったのかというと、山中先生が上がってこなかったからだ。
よほどお風呂に入りたかったのかなと思っていたが、上がってきたときの山中先生の姿に納得がいった。
山中先生の頭には二つほど大きなたんこぶがあった。

(一体何があったんだろう?)

それは唯たちのみが知ることだ。
僕は人に尋ねるほど特に気にもならなかったので、聞かなかったが。

「にしても、まいったな」

体を洗い終え、浴槽に浸かった僕はため息をつきながらつぶやいた。
悩みの種は律だ。

「お風呂から上がった時、律からは変な感じはしなくなった」

ここに戻ってきたとき、律の体を覆う白い靄のようなものが見えたのだ。
それが霊体であることがわかるまで時間はかからなかった。
その律が、お風呂から上がると彼女を覆っていた白い靄は消えていた。
ここまでならば、いいことのようにも思えるかもしれないが、問題なのはここから。
その白い靄が他の人物を覆っていたのだ。
つまりは、

(乗り移ったということか)

どのような霊なのかはわからないが、かなり力が強い霊であるのは間違いない。

(とにかく、寝静まるまで待とう。そうすれば何らかのアクションを起こすはずだ)

本来であればすぐにやるべきことなのだが、どうしてもそれが憚られた。
幸い、離れて行ったりつの方には、後遺症のようなものは感じられない。
幽霊をさらにひきつけるという事態もないだろう。

「ただ、あいつだけは何とかしないと」

彼女が今後どのような行動をとるのかが、僕にも全く見当がつかない。

「まあ、マーキングはしておいたから、追跡できるはずだけど」

唯たちがお風呂から上がった際に、憑りつかれた人物に、スキンシップを装って触れた時に追跡をするときに必要なマーキングをしたのだ。
そのマーキングはただの魔力である
これは一日もすれば勝手に消えるようになっている。
そもそもただのマーキングなのだから、永続的に残るわけではない。
時間経過とともに、自然と空気に混ざり合うようにして消えていくのだ。

(少しばかりやり方が外道じみてるけど、これもあいつを守るため)

心の中で釈明するが、今度おいしい物でもご馳走しようかなと僕は心の中に決めることにした。

「そう言えば、彼女の好きな食べ物とか全く知らなかったな」

今度聞いておくかと考えながら、僕はお風呂から出るのであった。





「それじゃ、お休み。浩君」
「おやすみなさい、浩介君」
「お休み浩介」
「寝坊すんなよー」
「夜這いはダメだからね」
「おやすみなさいです。浩介先輩」
「はいはい、お休み」

お風呂から上がり、一通り話をした後で唯たちは眠りにつくべくそれぞれが色々な言葉を掛けながら去っていった。

「さて、僕も行きますか」

僕もさっそく行動を起こすことにした。
静かに誰にも見つからないように、別荘を後にした。

「よっと!」

そして軽くジャンプをして別荘の屋根に着地した。
聞こえるのは海のさざ波の音。
そして時より流れる心地よい風の音。
セミの鳴き声だった。
ある種の夏の風物詩ともいえるそれを、楽しむ余裕はなかった。
僕は右手を広げるようなしぐさで目の前にホロウィンドウを展開させる。
その画面は先ほどマーキングした人物の現在地を詳しく表示している物だ。
赤い丸のマークが彼女の現在地となる。

「まだ動きはない。あと1時間ほど待つか」

僕はそうつぶやくと画面を開いたまま屋根の上に立ち上がる。
そして首にかけてある勾玉のネックレスを外すと、それを上空に掲げる。
たったそれだけで、反応した勾玉は光を発すると、僕を包み込んでいく。
光が晴れた時、手には杖状になっているクリエイトがあった。
服装も黒一色のマントへと変わっている。

『その姿ということは、やる気のようですね』
「ああ。今回は久々に全力を出すよ」

僕の服装を見ただけで、僕の気合が伝わったのかクリエイトの言葉に頷いて答えた。
僕はいつも、全力を出すときはこの服装にしている。
いわゆる勝負服というやつだ。
とはいえ、全力を出すのは戦いにおいてのみだが。

『しかし、意外です』
「何が?」

時間までまだ少しある。
クリエイトの話に僕は付き合うことにした。

『マスターが、これまで何も言わないことです』
「………」
『いつものマスターでしたら、空気が悪くなろうとすぐに真実を告げてました。でも、今は雰囲気を悪くさせないことを優先にしています』
「……唯たちはともかく、梓は初めての合宿だ。いい思い出を残しておきたいと思うのは当然のことだと思うけど?」

クリエイトの言葉に、僕は反論するように口にした。
もしあそこで真実を告げれば、唯たちは恐怖のどん底に突き落とされるだろう。
そうなれば明日にもそれは響くかもしれない。
みんながみんな、僕のように強いわけではない。
皆の雰囲気を悪くしないように、なおかつ、雰囲気が悪くならないようにするという相反する方法をとっている僕は、きっと祖国にいたころの自分から見れば”異常”な行動になるのかもしれない。

『ええ。だから、私は思います。”マスターはいい方向に変わられた”と』
「変わった……か」

クリエイトの言葉に、僕はぽつりとつぶやく。

(変わったのか、それとも変えられたのか)

もしかしたら、軽音部という場所は僕にとっては本当の意味での”居場所”なのではないかと思う。
全員が心を一つにして演奏をする。
楽しいことも悲しいこともすべてを共有していく。
そんな場所だからこそ、もしかしたら僕はここまで変わったのかもしれない。

(考えてみれば、家族以外にここまで本音を言えるのは唯たちが初めてかもしれないな)

僕は今、とても充実した毎日を過ごしているのかもしれない。

「っと、もう一時間か。そろそろ頃合いかな」

気が付けば皆が寝てから一時間ほど経過していた。
時刻は頂点を超えるかどうかの時間帯。

「本当はあと二時間待った方がいいのかもしれないんだけど、そんなに待てない」

午前二時は、”草木も眠る丑三つ時”と言われている。
この時間になると、幽霊などの活動が活発になるのは良く知られていること。
その理由は、空気中に満ちる魔力のようなものの量が関係していることが判明している。
僕たち魔法使いは、一日で消費した魔力の3~4割を食事から回復している。
残りが睡眠中だ。
睡眠中は魔力の消費量が大幅に減少して、効率的に魔力の回復ができるからだと言われている。
魔力の回復は空気中に満ちている魔力または魔力残渣を体内に取り込み、それを自身の魔力に変換することで行われる。
それのピークが午前二時頃なのだ。
つまり、二時頃になると空気中に満ちる魔力や残渣の量が大幅に増える。
そのため、魔法使いにとっては夜の方が活発的に動けるのだ。
逆に昼間になるとこれらが少なくなるため、一番消費量が大きくなる。
そして、これは幽霊にも言えること。
幽霊の活動エネルギーの一部に魔力などがあると言われている。
実際に心霊スポットでは魔力の量が他の場所と比べて多いことが判明している。

(魔力を意図的に流しさえすれば、幽霊は午前二時になった時と同様に活発に行動を始める。)

それが僕の作戦だった。

「クリエイト、1万5千ほどの量の魔力をこの別荘に向けて放出するから、サポートを」
『了解です。魔力の放出リミッターを付けます。どうぞ』

クリエイトからOKをもらった僕は、杖の先を屋根にあてて午前二時頃相当の魔力を放出する。

「後は、相手の出方次第か」

僕はウィンドウの方に目を向ける。
数分は何の異変もなかったが、すぐにそれは起こった。

『動き出しましたね』
「ああ。ゆっくりと歩いてるな」

寝ているであろう場所から動き出す彼女の現在地を示すマークが動き出している。

「あ、外に出た」

やがて、別荘からマークが出たのを確認した僕はウィンドウを閉じると、屋根から下の方を覗き見る。
そこにはふらついた足取りで歩く彼女の姿があった。

「では、行きましょうか」

そして僕は行動に移すのであった。










「あずにゃん二号?」
「あれ? 浩介先輩……どうしてこんなところに?」

別荘近くの浜辺をに着地した僕はクリエイト元の勾玉に戻して彼女の姿を探していると、梓の姿を見かけたので声を掛けた。

「僕は散歩だ。そっちは?」
「え? あた……私ですか? 私も散歩です」

僕はその返事を聞いて心の中で確信した。

「というのは嘘だろ?」
「何を言うんですか? 本当ですよ」
「本当は、この海に入るつもりだったんだろ?」

僕は、不思議そうな表情を浮かべる梓に、彼女の本当の目的を指摘した。

「”彼女”を殺すために」
「………」

僕の言葉に、梓は何も答えない。
そんな彼女に、僕は止めを刺すことにした。

「そうだろ? 中野梓の姿をした、亡霊さん」

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第57話 夏の風物詩

遊び終えた僕たちは水着から普段着へと着替え、ムギの案内の元別荘にあるスタジオへと向かった。

「ここよ」
「それじゃ、失礼して」

ドアの上側に円型のガラスがありそこで中の様子が見えるようになっているドアの取っ手を澪が抑えた。
すると空気の抜けるような音と共に、ドアが開いた。

「疲れた~」
「お腹すいたー」
「我慢しろ」

唯と律の訴えを澪は一言で一蹴した。

「うわぁ、すごいな」

そのスタジオを目の当たりにした澪が感嘆の声を上げた。
広さはダンス教室並みの広さ(数字にすると数十畳ほど)を誇り、奥の方には様々な機材が置いてあった。

「あ、あんなアンプ見たことないです」

そんな機材の数々に、梓は言葉を失っていた。

(ここなら、練習には申し分ないな)

前回もそうだが、今回も練習場としては最上級クラスのスタジオに、僕は改めてムギの偉大さを感じるのであった。

「澪、澪」
「何? 律」

そんな中、いつの間にかドラムの前でスティックを構えた律が澪に声を掛けた。

「早く練習をしようぜ。スネアが新品だ」

(物に惹かれて……現金な性格だよね)

とはいえ、練習する気になっている律に水を差すのもあれなので、僕は何も言わずに練習の準備に取り掛かった。
それぞれが自分の楽器のセッティングをしていくなか、僕の方も簡単にではあるがチューニングが終わった。
後はチューナーを使って確認するだけだ。
二度手間になるかもしれないが、最終確認なので、それほど面倒にはならない。

「ねえあずにゃん。それなあに?」
「これですか? これはチューナーですけど」

そんな中、チューナーを使ってチューニングをしている梓が珍しいのか、チューナーを珍しそうに見ながら尋ねる唯に梓は怪訝そうな口調で答えた。

「チューナーを見たことがないんですか?」
「うん」

梓の問いかけに、唯は覗き込みながら答えた。

「それじゃ、どうやってチューニングとかをしてるんですか?」
「えっと、こうやって適当に………ほら」

ペグを適当に回した唯は右手をストロークさせることによって音を鳴らした。
開放弦だったが、その音に乱れはなくしっかりとチューニングがされているようだった。

「ぜ、絶対音感!?」

今目の前で唯が行った芸当で、唯の持つ才能に気づいた梓が驚きの声を上げる。
とはいえ、当の本人は全くそれを理解している様子ではなかったが。
やがて、全員の準備が終わり、いつでも演奏ができる状態になった。

「どういう風にやる?」
「時間も時間だし、今回は全曲通しで演奏していく形でいいと思う」

律の問いかけに、僕は今の時間と律たちの疲労状態を考えてプランを口にした。
海で散々泳ぎまくった律たちはおそらくかなり疲れがたまっている状態。
そんな状態で演奏の練習をしたところで、逆効果だろう。
それに今回は三日間ある。
初日は通しで練習を行い、次の日からはあげられた問題点の克服練習にあてる形をとれば十分だろう。

(後は遊びたがる律たちをどう動かすかか)

こればかりはかなりの難題だ。
だが、考えていても始まらないのでまずは今回の演奏に集中することにした。

【クリエイト、録音をお願い】
【了解です。マスター】

とりあえず音の録音はクリエイトに頼むことにした。

「それじゃ、まずはカレーから。1,2,3,4!」

律のリズムコールで始めたのは『カレーのちライス』からだった。
そこから通しでリストに前もって書き上げておいた曲を演奏していくのであった。










「今の、いい感じじゃなかったですか?」
「ぴったりだったね。唯ちゃんもすごくすてきだったよ」

演奏をし終え、興奮冷めやらないと言った様子で声を上げる梓にムギが返事をすると、唯に称賛の声を掛けた。
褒められた唯は嬉しげに顔の前で手を横に振っていた。

「浩介君もとてもよかったよ」
「どうも」

うまく弾けて当然の僕ではあるが、それでもうれしく感じるものだ。

「律もリズムキープがよくできてたよな。練習でもしたのか?」

今回の一番の上達を見せたドラムの律にも澪は感心したように問いかけた。
今回の演奏は一貫してリズムキープができていた。
完璧とは言えないものの、これまでのような感じは一切しなかったので、これは上達と言っても過言ではない。

「お腹がすいて力が出ない」
「お腹がすいたから余分な力が抜けたのね」

ぐったりとドラムに突っ伏す律に、澪はあきれた様子で声を上げた。

「お腹すいた~、飯食わせろ~!!」

そして、大きな声で律は欲望の限り叫んだ。

「私も」
「そうだね。今日はこれで切り上げるか」

遠慮がちに手を上げるムギの一言と、僕の一言で、練習はお開きとなった。










「戻ったよー」

周囲が夕日の明かりに照らされる中、夕食の買い出しを済ませた僕たちは別荘へと戻ってきた。

「ほら律ちゃん。お肉だよー、お野菜だよー」

別荘で留守番をしていた一人の律(ちなみにもう一人は澪)の前に唯が野菜とお肉の入った袋を掲げる。

「うわ、丸ごとキャベツ! こうなったら丸ごとでも!」
「少しは我慢しろ」

本気でキャベツを丸ごと食べようとする律を澪が止める。

「キャベツの、キャベツの神様が降臨したぞぉ………」
「それじゃ、私火の方を見ますね」

非常におかしなことを口にしている律をしり目に、梓はそう言いながらコンロの方へと向かっていった。
結局律は澪の”後輩が率先してるんだから”の一言で、渋々と持ち上げていたキャベツを下した。
今回の夕食はBBQ……通称バーベキューだ。
ここで問題になるのが僕の役割。
正直言って、もう僕のやることはない。
コンロの火はムギが見ているし、野菜を切るのは律と唯がやっている。
おにぎりの方は澪と梓の二人がやる。

「僕、何かやることある?」
「えーっと……それぞれのお手伝い、かな?」

ムギに尋ねてみると、何故か疑問形で返されてしまった。

「分かった」

僕は頷くと最初に野菜を切っている律たちの方へと向かう。

「律ちゃん。死ぬときは、一緒だよ」
「………何をやってるんだ? お前ら」

涙を流しながら律と二人で手を組んでいる二人の姿に、思わずため息をつきそうになるのをこらえながら問いかけた。

「玉ねぎを切ると目に染みて涙が出るんだよ、浩君」
「知ってるし。というより、常識だし」

当然のことを大発見したように言ってくる唯に、僕は肩を落としながら相槌を打つ。

「それに、目にしみるんなら、しみる前に切ればいいんだ」
「それって、どういう意味だ?」

僕の言葉の意味が分からなかったのか、首をかしげている律から玉ねぎを取ると、僕は何もないところで人差し指を伸ばすと数回ほど左右に動かす。
そして人差し指をそのまま素早く縦に動かしていく。

「こういうこと」
「うわ!? 一瞬で玉ねぎが切れた!?」

僕が言い切るのと同時に玉ねぎは律が切っていたように切れた。

「風邪を利用してかまいたちを起こしてみた」
「べ、便利だなー」

拍手をする二人に、僕は、

「他に切る野菜とかある?」

と、尋ねた。

「それじゃ、浩君はキャベツの千切りをお願いね」
「分かった」

半分に切られたキャベツを受け取った僕は、横に置かれた包丁を手にキャベツを刻んでいく。

「むむ……包丁使いづらい」

剣などを使っていなれているせいか、どうしても包丁になると思うように切れない。

「浩介、この前料理してたじゃん」
「あの時も包丁を使ってたんだよね?」

僕のボヤキが聞こえたのか、律と唯が声を掛けてきた。

「あの時は最初は包丁でやろうとしたんだけど、やりづらくてこれを使ったんだ」
「な、ナイフ?」
「そんなものでどうやって切ってるんだ?……」

僕が取り出したのはただのキッチンナイフ。
僕はそれを外側に刃が向くように構えた。
そして、僕はキャベツに向き合うとナイフを数回ほどキャベツの上で往復させる。

「う、うそ!?」
「す、すごい……」

一振りで、キャベツの千切りを完成させた僕に、二人は言葉を失っていた。

「一振り二撃……一回振っただけで二回分のダメージを与える技法。料理にも役に立つよ」
「立つかい!」

僕の言葉に、律から鋭いツッコミが入った。

「ナイフ禁止! 時間かかってもいいから包丁で切れ!」
「………了解」

律の強い言葉に圧されるようにして、僕は応じるとナイフをしまって包丁を持つと野菜を切っていく。
時間はかかったものの、野菜を切り終えることができた。
切った野菜をまとめておいた僕は、一番奥の方のおにぎりを作るブースに向かった。

「僕も手伝ってもいいかな?」
「もちろん。そっちの方は終わったんだよな?」

澪に声を掛けると、二つ返事でOKが出た。
澪の問いかけに僕は頷くことで答える。

「それじゃ、浩介もお願い」
「任せて」

そして僕は澪と梓と共に、おにぎりを握っていく。
僕よりも先に、梓と澪は握り終えたらしくお皿の上におにぎりが二つ置かれた。
小さなおにぎりと、大きなおにぎりが。

「………」

澪の方を見てみると、自分の手のひらを呆然と見ていた。

「澪ちゃんの手が大きいのかしら?」
「うるさいっ!」

そんな澪の様子の原因がわかったのか、からかうような口調で律が澪に声を掛けると大きな声で叫んだ。

「でも、おにぎりは大きいほうが僕にはありがたいかな。ボリュームがよさそうだし」
「そ、そうだよな」

僕のフォローに澪は何とか持ち直したようだった。
その後も、僕たちはおにぎりを握っていく。
三人ということもあり、おにぎりはすぐに完成した。
その後お肉や野菜などを鉄串に均等に刺していく。
律がお肉だけさすという暴挙をしていたが澪によって元に戻された。
そして完成したのをコンロで焼いていく。

「変わるよ」
「ありがとう、浩介君」

コンロで焼いている料理を見ているムギと、僕は交代した。
そうでないと、ムギがずっと見続けることになり食べられなくなるかもしれなかったからだ。
食事中、楽しそうな話声が尽きることはなかった。










「はぁー……おいしかった~」
「満腹じゃ~」

食事を終え、唯は椅子の上にもたれかかりながら食事後の余韻を感じていた。

「それじゃ、今度は花火しよう」

そう言ってムギが取り出したのは二つの花火セットだった。

「でも、火はどうするんだ?」
「それなら僕に任せて」

律の言葉に、僕はそう答えると右手を一回転させた。
その仕草で一枚の紙を取り出す。

「それはなんの紙ですか?」
「火の魔法陣。魔力を込めれば火を起こすことができる」

梓の疑問に、僕は簡単に答えた。
これは遭難した時に暖を取るための魔方陣だ。
他にも水を出すことができる魔法陣等もある。

「これを使えば、節約になるでしょ」
「おぉ~。それじゃ、やろうやろう!」

ということで、僕たちは場所を変え別荘の入り口の階段を降りたところで花火をすることとなった。
魔法陣を風が吹いても燃え移らないところの地面に置き、四方を石などで固定するとそれに向けて手をかざす。
たったそれだけで火の手が上がった。

「ん?」

その時、再び気配を感じた。

「………………」

周囲を見渡しても気配を発しているであろう人の姿はない。
これは唯たちの気配でもない。

(おかしい)

昼間に海で感じた気配といい、今回の気配といい。

(これは、少し注意する必要があるか)

「うわ、もう点いてる」

そんな時、後ろの方から唯たちの声が聞こえたので、僕は視線を唯たちの方へと向けた。

「残念、見ようと思ってたんだけど」

一足早く火を点けた僕に、残念そうに肩を落とすムギ。

「それよりも、花火をするよ」
「それじゃ、まずはこれから。はい、唯と梓とムギと澪に浩介の分」

まずは普通の棒状の花火を、律が僕たちに手渡してきた。
そしてそれぞれが花火に火を点けていく。

「うわあ、律ちゃん隊長見てくだされ!」
「おおー、だが唯隊員、こっちも負けてはいないでございますわよ!」

花火から出る色鮮やかな火に、律と唯は大はしゃぎしていた。

「子供か、まったく」
「まあまあ。楽しみましょう♪ね、澪ちゃんに梓ちゃん」
「あ、はい」

ムギの呼びかけに梓は頷くと、花火に視線を落とした。
それぞれが、花火を楽しんでいる。
それでも、すぐに花火はなくなってくる。

「残ったのは線香花火か」
「よぉし、誰が一番長いか競争だ!」
「負けないよ~」

線香花火を手にした律の言葉に、唯が気合を入れた様子で勝負に乗った。
こうして、線香花火勝負となった。

『……』

全員が無言で線香花火を見つめる。

「あっ。落ちちゃった」

一番最初に落ちたムギに、梓は柔らかい表情で相槌を打った。

「あはは、わかるわかる。何となくがんばれーって言いたくなるんだよな。がんばれーがんばれー」
「私だって。がんばれーがんばれー」

苦笑しながら律はムギに言うと、線香花火を見つめながら念じ始めた。

「よぉし、私ももう一本」

どうでもいいが、勝負のことは律の頭の中から完全にすっ飛んでいるようだった。
唯と律にムギの三人の”がんばれー”という念じの声がしばらくの間聞こえていた。
ちなみに僕の場合は、それをするとろくなことが起こらないので、やらなかったが。

「あ、律ちゃん。花火が消えちゃいそう」
「そういう時は合体させるんだ!」

線香花火が消えそうになった唯の言葉に、律がそう告げると二人の持つ線香花火をくっつけた。

「「合体! 線香花火モン」」
「あ、ずるい」

何だかいかつい名前を叫ぶ二人に、うらやましそうに声を上げるムギ。

(というより、そんなことしたら)

「あぁ! 落ちちゃった」
「なんということだっ!」
「……アホ」

案の定完全に消えてしまったことに落ち込んでいる律に、澪がポツリとツッコんだ。
そんなこんなで、花火は幕を閉じた。

「重くない?」
「はい、大丈夫です」

花火の片付け作業をしている中、一番重いであろう水の入ったバケツを持つ梓にムギが尋ねた。

「でも、僕が持つよ。というよりもたせて」
「あ、はい」

完全に手持無沙汰になっていた僕は、半ば強引に梓の手にあるバケツを受け取った。





(まずいな)

バケツの中にある花火を所定の場所に捨ながら、僕は危機感を感じていた。
というのも、先ほどの気配がさらに強くなり始めているのだ。

(早急にみんなを中に入れたほうがいいか)

現在は大丈夫だが、いつここも危険になるかがわからない。
力を持つ者として、みんなを危機から守る責任がある。
皆を中に入れようと決心しながらも完全に片づけを終えた時、再び律が立ち止った。

「よし、肝試しをやるぞ!!」
「次から次に遊びを思いつくな」
「夏と言えばやっぱり肝試しだよね!」

拳を握りしめて力説する律。

「私はやらないからな」
「ははん? そうだよなー、澪ちゃんは怖いの苦手だもんなー」

断りの言葉を口にする澪を煽るように律はいたずらっぽい笑みを浮かべながら澪に相槌を打つ。、

「なっ!? 全っ然余裕よ。やってやろうじゃない!」

そんな律の手のひらに乗せられるようにして、澪は賛成に回った。

「僕は反対」
「おやおや、男で魔法使いで死神が怖いからいやだと言うんだ~」

僕の反対の意見に、律が薄ら笑いを浮かべて僕を煽る。

「そんなわけはない。肝試しなんて全然余裕だ」

頷けばいいものを、余計なプライドが邪魔をした。

「いよっしゃ! それじゃ、組み合わせは………」

とうとう障害がなくなり、話は進んでしまった。
こればかりは危険すぎる。
何かが起こるような予感がしてならなかった。

(もうここまで来たら無理か)

それほどまで肝試しをやるという雰囲気が形成されて辞めさせることが不可能な状態になっている。

「ということで、組み合わせは澪と梓、唯とムギと浩介に決定しました!」
「「おぉ~」」

考え込んでいる中、すでに組み合わせは決まったようで、唯とムギが歓声を上げながら手を叩いた。

「皆、ちょっといい?」

そんなみんなに、僕は声を掛けた。

「何だよ。今更辞めるは無しだぞ?」
「そうじゃなくて。もし何か起こったら、その場を動かずに大きな声を上げて。すぐに駆けつけるから」
「駆けつけるって、まるで何かあるみたいな言い方ですね」

僕の言葉に、梓が鋭く切り返した。

(下手にみんなを怖がらせてもまずい)

何より、確証がない段階で断言することはできない。

「念のためだよ念のため」

そのため、僕はお茶を濁して言うことにした。

「それじゃ、最初は澪たちからな。私は向こうの森の方でちょちょいとしかけるから。5分後に森の中に入るんだぞ。で、それから5分ほどしたら浩介たちな」
「「はーい」」

唯たちの返事に満足したのか、律はそのまますたすたと肝試し会場と思われる森の方へと向かっていった。
僕は何も起こらないことを祈りながら、律の背中を見送るのであった。

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