遊び終えた僕たちは水着から普段着へと着替え、ムギの案内の元別荘にあるスタジオへと向かった。
「ここよ」
「それじゃ、失礼して」
ドアの上側に円型のガラスがありそこで中の様子が見えるようになっているドアの取っ手を澪が抑えた。
すると空気の抜けるような音と共に、ドアが開いた。
「疲れた~」
「お腹すいたー」
「我慢しろ」
唯と律の訴えを澪は一言で一蹴した。
「うわぁ、すごいな」
そのスタジオを目の当たりにした澪が感嘆の声を上げた。
広さはダンス教室並みの広さ(数字にすると数十畳ほど)を誇り、奥の方には様々な機材が置いてあった。
「あ、あんなアンプ見たことないです」
そんな機材の数々に、梓は言葉を失っていた。
(ここなら、練習には申し分ないな)
前回もそうだが、今回も練習場としては最上級クラスのスタジオに、僕は改めてムギの偉大さを感じるのであった。
「澪、澪」
「何? 律」
そんな中、いつの間にかドラムの前でスティックを構えた律が澪に声を掛けた。
「早く練習をしようぜ。スネアが新品だ」
(物に惹かれて……現金な性格だよね)
とはいえ、練習する気になっている律に水を差すのもあれなので、僕は何も言わずに練習の準備に取り掛かった。
それぞれが自分の楽器のセッティングをしていくなか、僕の方も簡単にではあるがチューニングが終わった。
後はチューナーを使って確認するだけだ。
二度手間になるかもしれないが、最終確認なので、それほど面倒にはならない。
「ねえあずにゃん。それなあに?」
「これですか? これはチューナーですけど」
そんな中、チューナーを使ってチューニングをしている梓が珍しいのか、チューナーを珍しそうに見ながら尋ねる唯に梓は怪訝そうな口調で答えた。
「チューナーを見たことがないんですか?」
「うん」
梓の問いかけに、唯は覗き込みながら答えた。
「それじゃ、どうやってチューニングとかをしてるんですか?」
「えっと、こうやって適当に………ほら」
ペグを適当に回した唯は右手をストロークさせることによって音を鳴らした。
開放弦だったが、その音に乱れはなくしっかりとチューニングがされているようだった。
「ぜ、絶対音感!?」
今目の前で唯が行った芸当で、唯の持つ才能に気づいた梓が驚きの声を上げる。
とはいえ、当の本人は全くそれを理解している様子ではなかったが。
やがて、全員の準備が終わり、いつでも演奏ができる状態になった。
「どういう風にやる?」
「時間も時間だし、今回は全曲通しで演奏していく形でいいと思う」
律の問いかけに、僕は今の時間と律たちの疲労状態を考えてプランを口にした。
海で散々泳ぎまくった律たちはおそらくかなり疲れがたまっている状態。
そんな状態で演奏の練習をしたところで、逆効果だろう。
それに今回は三日間ある。
初日は通しで練習を行い、次の日からはあげられた問題点の克服練習にあてる形をとれば十分だろう。
(後は遊びたがる律たちをどう動かすかか)
こればかりはかなりの難題だ。
だが、考えていても始まらないのでまずは今回の演奏に集中することにした。
【クリエイト、録音をお願い】
【了解です。マスター】
とりあえず音の録音はクリエイトに頼むことにした。
「それじゃ、まずはカレーから。1,2,3,4!」
律のリズムコールで始めたのは『カレーのちライス』からだった。
そこから通しでリストに前もって書き上げておいた曲を演奏していくのであった。
「今の、いい感じじゃなかったですか?」
「ぴったりだったね。唯ちゃんもすごくすてきだったよ」
演奏をし終え、興奮冷めやらないと言った様子で声を上げる梓にムギが返事をすると、唯に称賛の声を掛けた。
褒められた唯は嬉しげに顔の前で手を横に振っていた。
「浩介君もとてもよかったよ」
「どうも」
うまく弾けて当然の僕ではあるが、それでもうれしく感じるものだ。
「律もリズムキープがよくできてたよな。練習でもしたのか?」
今回の一番の上達を見せたドラムの律にも澪は感心したように問いかけた。
今回の演奏は一貫してリズムキープができていた。
完璧とは言えないものの、これまでのような感じは一切しなかったので、これは上達と言っても過言ではない。
「お腹がすいて力が出ない」
「お腹がすいたから余分な力が抜けたのね」
ぐったりとドラムに突っ伏す律に、澪はあきれた様子で声を上げた。
「お腹すいた~、飯食わせろ~!!」
そして、大きな声で律は欲望の限り叫んだ。
「私も」
「そうだね。今日はこれで切り上げるか」
遠慮がちに手を上げるムギの一言と、僕の一言で、練習はお開きとなった。
「戻ったよー」
周囲が夕日の明かりに照らされる中、夕食の買い出しを済ませた僕たちは別荘へと戻ってきた。
「ほら律ちゃん。お肉だよー、お野菜だよー」
別荘で留守番をしていた一人の律(ちなみにもう一人は澪)の前に唯が野菜とお肉の入った袋を掲げる。
「うわ、丸ごとキャベツ! こうなったら丸ごとでも!」
「少しは我慢しろ」
本気でキャベツを丸ごと食べようとする律を澪が止める。
「キャベツの、キャベツの神様が降臨したぞぉ………」
「それじゃ、私火の方を見ますね」
非常におかしなことを口にしている律をしり目に、梓はそう言いながらコンロの方へと向かっていった。
結局律は澪の”後輩が率先してるんだから”の一言で、渋々と持ち上げていたキャベツを下した。
今回の夕食はBBQ……通称バーベキューだ。
ここで問題になるのが僕の役割。
正直言って、もう僕のやることはない。
コンロの火はムギが見ているし、野菜を切るのは律と唯がやっている。
おにぎりの方は澪と梓の二人がやる。
「僕、何かやることある?」
「えーっと……それぞれのお手伝い、かな?」
ムギに尋ねてみると、何故か疑問形で返されてしまった。
「分かった」
僕は頷くと最初に野菜を切っている律たちの方へと向かう。
「律ちゃん。死ぬときは、一緒だよ」
「………何をやってるんだ? お前ら」
涙を流しながら律と二人で手を組んでいる二人の姿に、思わずため息をつきそうになるのをこらえながら問いかけた。
「玉ねぎを切ると目に染みて涙が出るんだよ、浩君」
「知ってるし。というより、常識だし」
当然のことを大発見したように言ってくる唯に、僕は肩を落としながら相槌を打つ。
「それに、目にしみるんなら、しみる前に切ればいいんだ」
「それって、どういう意味だ?」
僕の言葉の意味が分からなかったのか、首をかしげている律から玉ねぎを取ると、僕は何もないところで人差し指を伸ばすと数回ほど左右に動かす。
そして人差し指をそのまま素早く縦に動かしていく。
「こういうこと」
「うわ!? 一瞬で玉ねぎが切れた!?」
僕が言い切るのと同時に玉ねぎは律が切っていたように切れた。
「風邪を利用してかまいたちを起こしてみた」
「べ、便利だなー」
拍手をする二人に、僕は、
「他に切る野菜とかある?」
と、尋ねた。
「それじゃ、浩君はキャベツの千切りをお願いね」
「分かった」
半分に切られたキャベツを受け取った僕は、横に置かれた包丁を手にキャベツを刻んでいく。
「むむ……包丁使いづらい」
剣などを使っていなれているせいか、どうしても包丁になると思うように切れない。
「浩介、この前料理してたじゃん」
「あの時も包丁を使ってたんだよね?」
僕のボヤキが聞こえたのか、律と唯が声を掛けてきた。
「あの時は最初は包丁でやろうとしたんだけど、やりづらくてこれを使ったんだ」
「な、ナイフ?」
「そんなものでどうやって切ってるんだ?……」
僕が取り出したのはただのキッチンナイフ。
僕はそれを外側に刃が向くように構えた。
そして、僕はキャベツに向き合うとナイフを数回ほどキャベツの上で往復させる。
「う、うそ!?」
「す、すごい……」
一振りで、キャベツの千切りを完成させた僕に、二人は言葉を失っていた。
「一振り二撃……一回振っただけで二回分のダメージを与える技法。料理にも役に立つよ」
「立つかい!」
僕の言葉に、律から鋭いツッコミが入った。
「ナイフ禁止! 時間かかってもいいから包丁で切れ!」
「………了解」
律の強い言葉に圧されるようにして、僕は応じるとナイフをしまって包丁を持つと野菜を切っていく。
時間はかかったものの、野菜を切り終えることができた。
切った野菜をまとめておいた僕は、一番奥の方のおにぎりを作るブースに向かった。
「僕も手伝ってもいいかな?」
「もちろん。そっちの方は終わったんだよな?」
澪に声を掛けると、二つ返事でOKが出た。
澪の問いかけに僕は頷くことで答える。
「それじゃ、浩介もお願い」
「任せて」
そして僕は澪と梓と共に、おにぎりを握っていく。
僕よりも先に、梓と澪は握り終えたらしくお皿の上におにぎりが二つ置かれた。
小さなおにぎりと、大きなおにぎりが。
「………」
澪の方を見てみると、自分の手のひらを呆然と見ていた。
「澪ちゃんの手が大きいのかしら?」
「うるさいっ!」
そんな澪の様子の原因がわかったのか、からかうような口調で律が澪に声を掛けると大きな声で叫んだ。
「でも、おにぎりは大きいほうが僕にはありがたいかな。ボリュームがよさそうだし」
「そ、そうだよな」
僕のフォローに澪は何とか持ち直したようだった。
その後も、僕たちはおにぎりを握っていく。
三人ということもあり、おにぎりはすぐに完成した。
その後お肉や野菜などを鉄串に均等に刺していく。
律がお肉だけさすという暴挙をしていたが澪によって元に戻された。
そして完成したのをコンロで焼いていく。
「変わるよ」
「ありがとう、浩介君」
コンロで焼いている料理を見ているムギと、僕は交代した。
そうでないと、ムギがずっと見続けることになり食べられなくなるかもしれなかったからだ。
食事中、楽しそうな話声が尽きることはなかった。
「はぁー……おいしかった~」
「満腹じゃ~」
食事を終え、唯は椅子の上にもたれかかりながら食事後の余韻を感じていた。
「それじゃ、今度は花火しよう」
そう言ってムギが取り出したのは二つの花火セットだった。
「でも、火はどうするんだ?」
「それなら僕に任せて」
律の言葉に、僕はそう答えると右手を一回転させた。
その仕草で一枚の紙を取り出す。
「それはなんの紙ですか?」
「火の魔法陣。魔力を込めれば火を起こすことができる」
梓の疑問に、僕は簡単に答えた。
これは遭難した時に暖を取るための魔方陣だ。
他にも水を出すことができる魔法陣等もある。
「これを使えば、節約になるでしょ」
「おぉ~。それじゃ、やろうやろう!」
ということで、僕たちは場所を変え別荘の入り口の階段を降りたところで花火をすることとなった。
魔法陣を風が吹いても燃え移らないところの地面に置き、四方を石などで固定するとそれに向けて手をかざす。
たったそれだけで火の手が上がった。
「ん?」
その時、再び気配を感じた。
「………………」
周囲を見渡しても気配を発しているであろう人の姿はない。
これは唯たちの気配でもない。
(おかしい)
昼間に海で感じた気配といい、今回の気配といい。
(これは、少し注意する必要があるか)
「うわ、もう点いてる」
そんな時、後ろの方から唯たちの声が聞こえたので、僕は視線を唯たちの方へと向けた。
「残念、見ようと思ってたんだけど」
一足早く火を点けた僕に、残念そうに肩を落とすムギ。
「それよりも、花火をするよ」
「それじゃ、まずはこれから。はい、唯と梓とムギと澪に浩介の分」
まずは普通の棒状の花火を、律が僕たちに手渡してきた。
そしてそれぞれが花火に火を点けていく。
「うわあ、律ちゃん隊長見てくだされ!」
「おおー、だが唯隊員、こっちも負けてはいないでございますわよ!」
花火から出る色鮮やかな火に、律と唯は大はしゃぎしていた。
「子供か、まったく」
「まあまあ。楽しみましょう♪ね、澪ちゃんに梓ちゃん」
「あ、はい」
ムギの呼びかけに梓は頷くと、花火に視線を落とした。
それぞれが、花火を楽しんでいる。
それでも、すぐに花火はなくなってくる。
「残ったのは線香花火か」
「よぉし、誰が一番長いか競争だ!」
「負けないよ~」
線香花火を手にした律の言葉に、唯が気合を入れた様子で勝負に乗った。
こうして、線香花火勝負となった。
『……』
全員が無言で線香花火を見つめる。
「あっ。落ちちゃった」
一番最初に落ちたムギに、梓は柔らかい表情で相槌を打った。
「あはは、わかるわかる。何となくがんばれーって言いたくなるんだよな。がんばれーがんばれー」
「私だって。がんばれーがんばれー」
苦笑しながら律はムギに言うと、線香花火を見つめながら念じ始めた。
「よぉし、私ももう一本」
どうでもいいが、勝負のことは律の頭の中から完全にすっ飛んでいるようだった。
唯と律にムギの三人の”がんばれー”という念じの声がしばらくの間聞こえていた。
ちなみに僕の場合は、それをするとろくなことが起こらないので、やらなかったが。
「あ、律ちゃん。花火が消えちゃいそう」
「そういう時は合体させるんだ!」
線香花火が消えそうになった唯の言葉に、律がそう告げると二人の持つ線香花火をくっつけた。
「「合体! 線香花火モン」」
「あ、ずるい」
何だかいかつい名前を叫ぶ二人に、うらやましそうに声を上げるムギ。
(というより、そんなことしたら)
「あぁ! 落ちちゃった」
「なんということだっ!」
「……アホ」
案の定完全に消えてしまったことに落ち込んでいる律に、澪がポツリとツッコんだ。
そんなこんなで、花火は幕を閉じた。
「重くない?」
「はい、大丈夫です」
花火の片付け作業をしている中、一番重いであろう水の入ったバケツを持つ梓にムギが尋ねた。
「でも、僕が持つよ。というよりもたせて」
「あ、はい」
完全に手持無沙汰になっていた僕は、半ば強引に梓の手にあるバケツを受け取った。
(まずいな)
バケツの中にある花火を所定の場所に捨ながら、僕は危機感を感じていた。
というのも、先ほどの気配がさらに強くなり始めているのだ。
(早急にみんなを中に入れたほうがいいか)
現在は大丈夫だが、いつここも危険になるかがわからない。
力を持つ者として、みんなを危機から守る責任がある。
皆を中に入れようと決心しながらも完全に片づけを終えた時、再び律が立ち止った。
「よし、肝試しをやるぞ!!」
「次から次に遊びを思いつくな」
「夏と言えばやっぱり肝試しだよね!」
拳を握りしめて力説する律。
「私はやらないからな」
「ははん? そうだよなー、澪ちゃんは怖いの苦手だもんなー」
断りの言葉を口にする澪を煽るように律はいたずらっぽい笑みを浮かべながら澪に相槌を打つ。、
「なっ!? 全っ然余裕よ。やってやろうじゃない!」
そんな律の手のひらに乗せられるようにして、澪は賛成に回った。
「僕は反対」
「おやおや、男で魔法使いで死神が怖いからいやだと言うんだ~」
僕の反対の意見に、律が薄ら笑いを浮かべて僕を煽る。
「そんなわけはない。肝試しなんて全然余裕だ」
頷けばいいものを、余計なプライドが邪魔をした。
「いよっしゃ! それじゃ、組み合わせは………」
とうとう障害がなくなり、話は進んでしまった。
こればかりは危険すぎる。
何かが起こるような予感がしてならなかった。
(もうここまで来たら無理か)
それほどまで肝試しをやるという雰囲気が形成されて辞めさせることが不可能な状態になっている。
「ということで、組み合わせは澪と梓、唯とムギと浩介に決定しました!」
「「おぉ~」」
考え込んでいる中、すでに組み合わせは決まったようで、唯とムギが歓声を上げながら手を叩いた。
「皆、ちょっといい?」
そんなみんなに、僕は声を掛けた。
「何だよ。今更辞めるは無しだぞ?」
「そうじゃなくて。もし何か起こったら、その場を動かずに大きな声を上げて。すぐに駆けつけるから」
「駆けつけるって、まるで何かあるみたいな言い方ですね」
僕の言葉に、梓が鋭く切り返した。
(下手にみんなを怖がらせてもまずい)
何より、確証がない段階で断言することはできない。
「念のためだよ念のため」
そのため、僕はお茶を濁して言うことにした。
「それじゃ、最初は澪たちからな。私は向こうの森の方でちょちょいとしかけるから。5分後に森の中に入るんだぞ。で、それから5分ほどしたら浩介たちな」
「「はーい」」
唯たちの返事に満足したのか、律はそのまますたすたと肝試し会場と思われる森の方へと向かっていった。
僕は何も起こらないことを祈りながら、律の背中を見送るのであった。
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