健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第60話 練習とサプライズ

「えー、私は中山 翠。リズムギターを担当している。よろしく」

あれから数分後、遊びほうけていた皆を折檻した僕たちは、別荘に戻ると唯たちの前に中山さんたちを連れて行き、一人ずつ自己紹介をさせていくことにした。

「わ、私は荻原 涼子です。パートはベースです」
「俺は田中 竜輝。ドラムをやっている。よろしく」
「僕は、太田 保。パートはキーボードです」

荻原さんたちの自己紹介に、唯たちは唖然としていた。

「―――――――――」

尤も、そのうち二名は硬直しているが。

「そっちも自己紹介したら?」
「ハッ!? わ、わしゃ平沢 唯と申すものです! パートはリードです」

(わしって何?)

緊張かそれとも突然話題をふられたことによる動転かは定かではないが、一人称のおかしい唯に僕は心の中でツッコんだ。

「澪―、自己紹介だぞー」
「あ、わ、わわわっ!」
「落ち着け」

声が震えている澪に、律が肩を置いて落ち着かせる。

「私は、秋山 澪です。パートはベースを」
「わ、私は中野 梓と言います。この間は本当にすみませんでした!」
「自己紹介と謝罪をごっちゃにしない!」

謝る必要はないが、どこか悪いと思っていたのか、自己紹介をするはずが謝罪の言葉になっていた。

「私は琴吹 紬と申します。パートはキーボードです。どうぞ、よろしくお願いします」

そして、ムギは動じるどころか堂々とした口調でお辞儀をすると自己紹介を終えた。

「私は、田井中律です。ドラムをやっています」

お互いに自己紹介を終えた。

「あ、それであの女性が軽音部の顧問の」
「山中さわ子です」

最後に残った山中先生の紹介をすることで、今度こそ本当に自己紹介を済ませることができた。

「で、パートリーダ―に訊くが。今回、俺たちが来た理由は聞いてるのか?」
「パートリーダって、誰?」

唯の疑問の声に、田中さんが固まった。

「浩介。まさかとは思うが、リーダーも決めていなかったのか?」
「失敬な。もうすでに決まってる」

田中さんの問いかけに、僕はため息交じりに答える。

「そんなのいつ決めたっけ?」
「バンドリーダーはみんなのリーダーの人物。部長のことだ!」
「へ? 私?!」

どうやら完全に自覚がなかったようだ。
まあ、部活レベルでバンドリーダーというのはあまり常識ではないのかもしれない。

「では、改めて聞くが俺たちの来た理由は聞いているか?」
「は、はい。私たちに指導をしてくれるんですよね?」

田中さんの問いかけに、律は頷いて答えた。

「そうだ。これから、お前たちの練習の指導をする。そこの参謀」
「もしかしなくても、”参謀”は自分のことですか?」

僕の方を明らかに見ながら告げられた呼び名に、僕は聞きかえした。

「そうだ。お前のことだ。浩介にピッタリな称号だと思うぞ」
「いらないので、破棄してください」

確かに、いろいろ計画を練ったりしているので、参謀というのはぴったりかもしれないが、なんとなく受け付けなかったので僕は辞退した。

「例の物を渡せ」
「はい、どうぞ」

田中さんの促す声に、僕は用意しておいた五枚の用紙を田中さんに手渡す。
さらにそれを後ろに控えていた中山さんたちにも配っていく。
そして最後に僕にも手渡された。

「今日は、お前らの苦手分野と問題点にスポットを入れた練習メニューを組んである。これを使って音を合わせる前に個別練習をする」
「えっと、どういうこと? 浩介君」

練習の理由がわからなかったのか、ムギが首をかしげながら聞いてきたので、僕はそれに応じるように答えた。

「音合わせは、確かに全員のタイミングをそろえることができる効率的なものだけど、それぞれに問題点があるのに音合わせをしても上達しにくくなる。だから、まずは個別に問題点や苦手を克服していくんだ」
「なるほど」

僕の答えに納得がいったのか、澪が頷いていた。

「指導をするのは同じパートメンバーだ」
「私は、貴女となるから、よろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそ」

ベースの澪の指導は同じベースの荻原さんが担当することとなった。
だが、二人とも声が上ずっているが大丈夫なのだろうか?

「俺はお前とだ。厳しく行くぞ」
「は、はい」

律の指導は田中さんが行う。
律から救いのまなざしが向けられるが、僕はあえてそれを無視することにした。

「僕は、君とだね。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」

そして太田さんはムギの指導を担当する。

「私は君とだ。残念だとは思うけどよろしく」
「は、はい!」

そして中山さんは、梓の担当だ。
”残念”が何を意味するのかは、僕には何となくではあるがわかった。

「僕は唯の指導担当だ。遠慮せずに行くから、しっかりとついてこい」
「了解であります!」

こうして、各メンバーの担当ペアが形成された。
そして練習が幕を開けるのであった。










練習が始まって数分ほどが経過した。
練習はある意味順調だった。

「唯の場合はリズムを一定に保つリズムキープができていない」
「うーん、どうしてかな?」

僕の指摘に、唯は腕を組む。

「コードチェンジの際に、次の音を出すのがワンテンポずれてるから。そしてずれたのを直そうとテンポを速めてまた遅れてを繰り返すために、リズムがおかしくなる」
「……なるほど」
「リズムというのは他のパートとの連携では一番要になる物になる。音域とかに問題はないんだから、コード進行を一定の速度でやる練習をしよう」
「ふむふむ」

先ほどから何度も頷いて相槌を打っている唯に、僕はジト目で見つめる。

「唯、今言ったこと理解してないだろ?」
「まったく!」
「だろうと思った」

今のを唯が理解できていたらとっくの昔に、唯のギターの腕は凄まじいほどに上達しているはずだ。

(まあ、それが唯らしいところではあるけど)

「簡単に言えば、リズムをキープする練習をするということ」
「具体的にはどんな?」

唯の問いかけに、僕はピックを手にする。

「今から僕の弾くコードを僕と同じテンポで何回も繰り返して弾いてもらう」
「それなら簡単そう」

(果たしてそうかな)

唯の漏らした言葉に、僕は心の中でつぶやく。
この反復練習というのはとても難しいものだ。
なぜならば、耳で聞いた音のみを頼りに弾いたコードを判断し、さらにはリズムも同様にしなければいけないからだ。
だが、唯の絶対音感があれば、どの音がいいかはなんとなくではある物の把握することはできるだろう。
後はリズムを一定に保つことが重要なカギとなる。

「それじゃ、行くよ」

唯に告げてから、僕は右手をストロークさせていく。
一定のテンポ(とはいえ、スローテンポだが)でGとCとAm系のコードを弾いていく。

「はい、どうぞ」

コードを弾き終えた僕は、唯に同じコードを弾くように促す。
そして唯も同じコードを弾いていく。
それを確認した僕は、少しテンポを早くして同じコードを弾いていく。
この練習で、テンポの方を250程まで早めていくことで、スムーズなコードチェンジができるようにしているのだ。
これで唯のコードチェンジの際のタイムロスを減少させるようにする。
その傍ら、意識を唯から外す。

「そこはもう少し色を付けるべきよ。例えばこんな風に」
「は、はい」

梓達も練習は順調そうだ。
他の箇所も、練習は順調そうだった。
澪の方も心配していたが、練習の方は順調に進んでいた。
ちなみに、僕が手渡した資料は、五人の問題点がかかれたものだった。
唯の場合は先ほども言ったとおり、リズムキープがうまくできていない部分。
梓の場合は、演奏のスパイス不足。
見て楽しむという要素を加えても問題がないと判断したからこその記述だった。
澪は、ベースのパワー不足だ。
澪の性格上仕方がないのかもしれないが、若干パワーが足りていないようにも感じたからだ。
あと少しだけパワーを上げてもらえると、音自体がいい感じに引き締まるのだ。
ムギは梓と同じく色不足。
キーボードはバンド内では装飾だと僕は思っている。
ギターやドラムなどの音に色を付けて華やかにしていく。
そんな感じのパートだからこそ、重要なのかもしれないというのが僕の持論だ。
だからこそ、その色が不足しているために、ムギに対して色付けの指導をお願いしたのだ。
どうやってなのかは僕にもわからないが。
最後に残った律は、言わずもがなでリズムキープだ。
律はパワーは非常にいいのだが、走ったり遅くなったりとヨレていることが多い。
ドラムはリズムの要。
ドラムこそがリズムキープを求められるのだ。
その基準点のリズムがずれていけば、全体のリズムがずれることになる。
そこで田中さんにはリズムを一定にすることをお願いしてもらったのだ。
走りすぎたりするのはいいとしても、テンポが途中で不用意にころころ変えられたら修正していくのが大変になる。
一人残された山中先生はその光景を静かに見守っていた。

「よし、今度は早めに行くから、ちゃんと弾いてね」
「了解であります! 師匠」

敬礼をしながら返事を返す唯に苦笑をしながらも、僕はテンポをさらに速めて同じコードを弾いていく。
それを何度も何度も繰り返した。









練習もひと段落したところで、昼食となった。

「くぅ~、練習をした後のご飯はうまいですねー、律ちゃん隊長!」
「唯はいいよな、元気そうで」

昼食であるホットケーキを頬張りながら幸せそうな声を上げる唯に、律は燃え尽きた様子で相槌を打った。

「私もちょっと疲れました」
「ここまですごい密度の練習はなかったからな」

疲れた様子の梓に、同じくどこか疲れたような表情を浮かべている澪が口を開いた。

「ちょっと、やりすぎたかな?」

そんな彼女たちを、少し離れた場所で見ていた僕は、田中さんに尋ねた。

「さあな。だがまあ、面白いほどに習得していくもんだから、教えがいはあるかもな」
「確かに。天才の塊もいますからね」

特に唯とか。

「しかし、あれだけで良かったのかい? 見た感じもっと問題点はあるようにも思えるけど」
「ええ。大丈夫です」

ホットケーキを口にしながら聞いてくる中山さんの問いかけに、僕は頷きながら答えた。

「彼女たちは、今はまだプロではないです。だから、まずはスタートラインに立てるように導くことが、僕の役割だと思いません?」
「……確かに」

僕の言葉に、中山さんは頷きながら相槌を打つ。
プロとアマというのは大きくて高い壁がある。
それを彼女たちが本当に超える覚悟があれば、僕はそれに答えるつもりだ。
だが、今はその覚悟があるのか否かが分からない状況だ。
だからこそアマを基準にした問題点のみを列挙したのだ。
プロに本気になるつもりがあるのであれば、さらに厳しい練習をする必要があるのは当たり前のことだ。

「それじゃ、私たちは先に準備をしてくるから」
「お願いします」

中山さんに、僕は軽くお辞儀をしながらお願いすると、中山さんたちは”任せて”と言い残して去っていった。

「皆、大丈夫」
「はい、何とか」

疲れ切った様子で返事を返す梓に、大丈夫ではないことが伺えた。

「律は特に大変だったようだけど」
「そうだよ! あの人、ものすごく怖い顔で睨みながらこういうんだ! 『やり直し』って!」
「あー、分かるその気持ち」

何度もそれをされているので、僕も律の気持ちが痛いほどわかる。
田中さんは何が悪いかを言わない。
もっとも今回の場合は、最初に問題点を上げているのだから、それから推測すればいいだけのような気もするが。

「浩介はあんな風に、練習をしていたんだな」
「いつもではないけど、最初のころはそんな感じだったよ。最近は音合わせと微調整位だけど」

澪の漏らした感想に、僕は昔を思い出しながら答えた。
昔は毎日が練習の毎日だった。
リズムキープにコード進行の方法。
ドラムの自己主張の度合い等々、問題は山積みだった。
それが今のようによくなったのは、みんなの努力の賜物だったのかもしれない。

「この後も、あそこに集合だからね」
『はーい』

元気のない様子で返事をする皆に苦笑をしながらも、僕は昼食をとるのであった。










昼食を終え、少しの間休憩をしたのちに、僕たちはスタジオに戻った。

「それで、今からする練習はなんだ?」
「いや、皆はそこに座るだけでいい」

僕の返事に、全員が不思議そうに首をかしげていた。

「あの、一体何をするんですか?」
「演奏」

梓の問いかけに、僕は簡潔に答えた。

「演奏って、どういうこと? 浩君」
「そのままの意味さ。私たちの演奏を聴いてもらうということだよ」

僕の答えにさらに疑問が深まったのか聞いてくる唯に、中山さんが代わりに答えてくれた。

「皆が頑張ったご褒美みたいなものだよ。H&Pの特別ライブの開幕だ」
「………り、律これは夢ですか!?」
「うお!? 気持ちは分かるから、落ち着け」

僕の言葉に、呆然としていた澪は興奮した様子で律の身体を揺さぶり出した。

「あの、曲目はなんですか?」
「軽音部の皆がこれまで演奏した曲、そしてこれから演奏しようとしている曲をメドレーにした曲だから、題して『軽音部メドレー』になるね」

梓の問いかけに、僕はこれまで準備をしてきた曲の内容を告げた。

「ささ、皆さんご着席を」
「は、早いな」

僕の言葉が言い終わるよりも前に、全員が用意しておいた長椅子に腰掛けたのを見て中山さんが苦笑しながらつぶやいた。

「準備はいいな?」

田中さんの呼びかけに、僕たちはお互いに頷きあう。

「1,2,3,4、1,2!」

田中さんのリズムコールが終わるのと同時に、最初に産声を上げたのは僕のギターだった。
最初の曲目はふわふわ時間タイムだ。
次にベースやドラムにキーボードが産声を上げる。
そして歌いだしたのは荻原さんだった。
本来はリードを弾いている僕が歌うべきなのだが、できれば歌いたくなかったので、僕は荻原さんにボーカルをお願いしたのだ。
唯たちが演奏する時と比べて少しばかり大人っぽさが出てはいるが、H&Pの色は出ていると思う。
Aメロはギターの音色は細かく区切り、Bメロでは伸ばすところは伸ばすというメリハリをつけた感じで演奏をしていく。
サビでは中山さんと荻原さんの二人が歌声を上げる中、僕はさらに細かくストロークをさせていく。
サビが終わるところで、僕のギターの音色以外の音がいったん止まる。
それは次の曲へ移ることを告げる合図だった。
キーボードの音色が再び鳴り響く。
それに一歩送れるようにドラムやベースのにギターの音色が続く。
曲名は『Happy!? Sorry!!』だ。
新歓ライブでお披露目になるはずが、僕のミスで叶わなかった曲。
全体的に難易度は高いが、目を見張るのは途中のギターソロだ。
ソロを担当するのはリズムギター。
今回は中山さんだ。
僕はリードのためミュートをして音を伸ばさないようにしながら前奏を演奏する。
そしていったん音を伸ばし再びミュートにすると再び音を伸ばす。
この曲はいつものふんわりでゆるゆるな軽音部という印象とは正反対の曲調になっている。
サビが終わり、ついにリズムのソロが始まった。
僕はただギターの音色を伸ばすだけ。
サビが再び始まったところで、少なカッティングで音を伸ばす。
やがて最後の方になり早いテンポで弦を弾いていく。
ドラムの最期の音で曲が終わるが、今度は田中さんがシンバルを叩く。
それはリズムコールの代わりでもあった。
その音を頼りに、僕は弦を弾いた。
曲名は『カレーのちライス』だ。
テンポが異様に早いため、リズムキープを謝ると破滅が待っている。
この曲の一番の餌食になるのは今僕が演奏しているリードギターだろう。
それはギターのソロだ。
サビが終わったところでソロが始まる。
僕はそこをビブラートを効かせ素早くコードチェンジをしていく。
ストロークも小刻みにしていかなければならないため、ややきついが何とか乗り切った。
というより、これよりも難しい曲を何度も演奏しているのだから、できて当然なのかもしれないが。
最後にスクラッチで音を引き締めると、サビの方へと戻る。
サビの方はストロークはやや大きくなるが、それでも伸ばしたりミュートしたりと不規則な演奏をしていく。
それにドラムやキーボードベースの音色にリズムギターの細かなギターの音色が続く。
最後に、ギターとキーボードの音を伸ばすことでこの曲は終わりかける。
そこで再び田中さんがシンバルを鳴らす。
次の曲は僕と中山さんのデュエットだ。
曲名は『Don't say lazy』
今回は僕はリードなので、ミュートをしながらの小刻みなストロークとなる。
田中さんのリズムキープ非常に安定していた。
Bメロに入り、今度は音を伸ばしていく。
そしてサビでは再び音を軽く伸ばすか所はあるもののミュートをしていくため小刻みな音色となる。
そして間奏に入った。
僕は数個のコードを繰り返して弾くだけだが、中山さんはソロがある。
中山さんの方を見てみた。
ソロを演奏する中山さんは艶めかしい動きで、見ている者をひきつける演奏をしていた。
それに負けないように、僕もサビでは歌声でクールさを出し、ギターの音色を引き締めていくようにした。
最後にギターパートの音で曲は終わるが、中山さんのギターの音色が長く伸びていく。
そのつなぎを利用して、僕は次の曲のコードを弾いていく。
曲名は『ふでペン ~ボールペン~』
音を伸ばしながらもビブラートを効かせ、また音を伸ばすというのが前奏を終えると、今度は地獄のAメロに入る。
中山さんが歌う中、僕はブリッジミュートをしながら細かくストロークをし続ける。
そしてBメロでは今度はミュートはするもののストロークの間隔は大きくなった。
一番大変なのは、終始小刻みなストロークを求められるベースだろう。
サビでは僕はただ音を伸ばせばいいだけなので、それほど難しくはない。
サビが終わり、再び間奏に入るが、そこは前奏と同じコードなので、同じ要領で弾いていく。
間奏の後にBメロからサビに変わるか所になる。
ブリッジミュートをしたり、音を伸ばしたりしながらサビへと入る。
そしてこの曲もまた演奏を終えた。
最初にブレイク状態に入ったドラムの田中さんが、フィルを始めた。
それにのって、僕は次の曲の前奏を始める。
曲名は『私の恋はホッチキス』
恋をしている女子の心境を歌っている曲(たぶん)の出だしは複数のコード進行によるリフだった。

(そう言えば、唯はこの箇所と前の曲の前奏で躓いていたっけ)

梓のおかげで克服したみたいだけど。
そして曲も終盤に入った。
テンポがゆっくりになり、ドラムとベースの音が消えた。
そしてギターの音色も止まる。
残ったのはキーボードのピアノの音だけ。
最後にギターとベースの開放弦で曲は終わった。
曲が終わって、しばらくはみんなは茫然と固まっていたが、正気に戻ったのか拍手をしようと立ち上がった。
それを確認した僕は、右腕を回した。
その瞬間、キーボードの音色が音を刻みだす。

「え?」

その驚きの声は誰だったのかは分からない。
でも、みんなの顔には驚きがあったのは確かだ。
それだけでも、このメドレーは大成功であることを証明していた。
なぜなら、これは前もって計画していた奏法なのだから。
数拍おいてドラムの音が加わる。
さらにそれから数拍おいて、次はベースの音が加わる。
徐々に徐々に曲が形成されていくというのを通して、いくつものパーツを組み合わせて曲はできる……音楽の演奏に誰も欠けてはいけないという思いを込めていた。
澪が欠ければ、ベースの音色は流れないし、ムギがいなければキーボードの音色も流れない。
目立つか否かが重要ではなく、曲の構成ができてるかどうかが重要なのだ。
数拍おいて今度はリズムギターである中山さんの音色が加わり、それから数拍で僕のギターの音色が加わる。
これで完全に『ふわふわ時間タイム』は完成した。
それから数拍ほど前奏の部分を弾いたのちに、サビへと入った。
サビが終わり、最初に演奏した時と同じように中山さんの歌に続いて荻原さんが曲名の部分を歌っていくというのを繰り返しドラムが高速フィルをする中、僕と中山さんのギターの音色を伸ばしていく。
そして、タイミングを合わせて全員で音色をあげると、今度こそメドレーは終わりを告げた。

「どうも、ありがとう!」

僕は立ち上がって聞いていた唯たちに終わりという意味を込めてお礼の言葉を告げた。
それから少しの間を持って、拍手が送られた。

「とってもすごかったわ」
「はい! 何だか感動しちゃいました!」

その拍手に乗せられてムギと梓の声が聞こえた。

(そこまで感動するのかな?)

何となくオーバーなような気もした。

「何だか、良いかもな。こういうのも」

いつの間にか横に来ていた田中さんが漏らした言葉に、僕も頷く。
自分の中にあるのはある種の達成感だった。

(観客はいつもよりかなり少ないのにね)

観客はたったの6人。
だが、いつものライブの時のような達成感を感じていたりする。

(きっと観客の数は関係ないんだ)

僕はそう感じていた。
こうして、僕が考えていた贈り物は唯たちに喜んでもらうことができたのであった。

拍手[0回]

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カウンター

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

最新CM

[03/25 イヴァ]
[01/14 イヴァ]
[10/07 NONAME]
[10/06 ペンネーム不詳。場合によっては明かします。]
[08/28 TR]

ブログ内検索

バーコード

コガネモチ

P R