健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第35話 続・勧誘

放課後、僕たちはいつものように部室へと来ていた。
チラシを配りまわったこともあり、もしかしたら部活の見学に来る人がいるかもしれない。
少ない確率ではあるが、それにかけるしかなかった。
なのだが……

「さあ、これを着るのよ!」
「……」

部室のドアを開けると仁王立ちで立っている山田先生が僕の前に掲げられた執事服に、僕は言葉を失っていた。

「何故ですか?」
「それはね、時代がこれを求めてるからよ!」

意味が分からなかった。

「いい? メイドと執事はセットなの。ほら、あそこを見なさい!」

そう言って山田先生がドアの前から離れることで、ようやく中の様子がはっきりと見えた。

「ねえねえ浩君。似合ってる?」
「…………何をやってるんだ? お前らは」

目の前の光景に、僕は思わずそう尋ねてしまった。
今の僕はさぞかし間抜けな表情を浮かべているだろう。
なぜなら、そこにはメイド服姿の唯に律たちの姿があったのだから。

「律ちゃん隊員、浩君が無視するであります!」
「怯むな、唯隊員。もう一度アタックするんだっ!」

そんな僕の驚きをよそに、唯と律は芝居じみた会話を交わしていた。

「浩君、似合うかな?」
「似合ってる。十分なほどに似合ってるから、事情を説明して!」
「実はね、山中先生が着ろって言ってきたから着てみたら気に入っちゃったの♪」

僕の投げやりな返事に『何、その投げやりな感想は』と、頬を膨らませながら不満げにつぶやく唯をしり目に、ムギが説明してくれた。

(どうすれば気に入るというプロセスになるんだ?)

軽音部に所属して一年。
まだまだ僕にもわからない彼女たちのプロセスの組み方は、僕にとっては大きな謎だった。

「さあ、高月君も着るのよ。さもないと、私が着させるわよ」

眼鏡を怪しく光らせながら、グヘヘヘと不気味な笑みを浮かべる山中先生の雰囲気は本当にやりかねない物だった。

「分かりました。着ましょう」

僕は貞操を守るため、山中先生から執事服一式を受け取るとそれに着替えるべく部室を後にするのであった。



















「……着ました」
「うん、やっぱり浩介には執事服が似合うな~」
「似合ってるよ、浩君」
「まるで本物の執事みたい」

うんうんと頷きながら感想を口にする律と、屈託のない笑みで感想を言ってくる唯に、称賛の声を送るムギに僕は喜んでいいのかそれとも悲しむべきなのか、複雑な心境だった。

「そう言えば、山中先生は?」
「あー、さわちゃんだったら――」

僕の疑問に律が答えようとしたところで声が聞こえてきた。

「さぁ、着ねえ子はいねがぁ!」
「ひぃぃぃ!!?」

山中先生の声に続いて女子生徒の声が聞こえた。

「……な?」
「そう言うことか」

今、この場にいない部員が餌食になってしまったようだ。
ひとまず僕は心の中で手を合わせることにした。
助ける気はない。
というか、そんなことをしたら僕まで巻き込まれる。
”触らぬ神に祟りなし”だ。

(そうだ。アンプの調子でも確認しておくか)

そんな中、僕はアンプの調子を確認するべくギターを取り出してアンプにつなげた。

「あれ、浩君演奏するの?」
「いや、アンプの調子を確認するだけ。明日は大事なライブだし、肝心な時に演奏できなくなるのだけは避けないといけないから」

僕のそんな行動に首をかしげて聞いてきた唯に説明するが、”大変だね”というだけで特に何かをする気はないようだ。
そんなこんなで、僕だけでアンプの調子をすることとなった。
ギターの弦を適当に弾いていく。

「おい、嘘だろ……」

軽く弾いたがアンプから音がしない。
ボリュームのつまみもMINの位置ではないので、考えられるのは”アンプの故障”だった。

(仕方ない修理でもするか)

幸い、僕はアンプを直したことがあるため、できないことではなかった。
僕はアンプの裏側のふたを外して中の基盤を確認すると、故障の原因である場所を探した。

(ここの部品だったら何とかなりそうだ)

すぐに壊れていた箇所を見つけると、いつも持ち歩いている部品が入った箱の中から同じ系統の部品を取り出すと、それを取り付けていく。

「あ、お客さんだ」

そんな僕を先ほどから興味深げに見ていた唯はドアのノック音に気づくとドアの方に向かって立った。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ~」

部室を訪れたのは唯の妹の憂だったが、唯はまるで喫茶店のようなノリで迎えた。

「お、お姉ちゃん!?」
「お、憂ちゃん」
「もしかして軽音部に?」

姉の姿に驚きを隠せない憂に、律とムギが声を掛けていく。
僕も一旦作業を止めて立ち上がると彼女の方に向かい合う。

「律さんに紬さんに浩介さんまで!?」

そんな僕たちの服装に憂はさらに驚くが、先ほどから二人の気配がこっちの方に近づいてきてるのを僕は見逃さなかった。

「あ、二人ともそこ退いた方がいいよ」
「え? どうしてです―――」
「助けてぇぇぇぇっ!!!!」

憂が言い切るよりも早く必至に抵抗している澪を引きずりながら凄まじい速度でかけていく山中先生が二人のわきを通って外へと出て行った。

「さあ入って入って。歓迎するよん」

そして、それをなんでもないという風にスルーする律はある意味大物だと感じさせられた。

「そ、それよりも今のって」
「抵抗してたのが裏目に出たか」

困惑を隠せない憂と同じく新入生で左右に髪を束ねている女子生徒をしり目に、僕はそう漏らすと再びアンプの修理に取り掛かった。
二人は先ほどのことは気にしないことにしたらしく、唯に導かれるがまま席に着いた。

「先生クリスマスから人に服を着せるのが癖になっちゃったみたいで」
「そうなんだ」

年が明けて早々にコスプレをさせられたときは驚いたものだ。

「あ、うちのお姉ちゃんで唯です」
「平沢唯です。あ、まお茶を持っていくね」

憂の紹介に自己紹介をした唯は先輩としていいところを見せなくてはと思ったのか、それともただの親切心からなのかそう口にする。

「これを持っていけばいいんだよね?」
「熱いから気を付けてね」

唯の問いかけに、ムギが注意を促す。

「熱っ!?」
「だ、大丈夫?」
「お、お姉ちゃん!?」

唯に尋ねるムギと心配そうに声を上げる憂の雰囲気に圧されて、僕は作業を止めると唯の方へと向かっていく。

「頼むから転ぶなよ?」
「大丈夫だよ、浩君!」

どこから湧いてくるのかわからないが、自信満々に返事をすると、唯はティーカップが乗せられたトレイを手にして歩き出した。

「お、お……あわ……あわわわわ!?」

その手は最初は静かに震えだし、しまいには大きく震えた。
とてもではないが危なっかしい。
僕は唯から距離を取ろうと後ろに下がる。

「危ない!」
「あ、ありがとう憂ちゃん」

今にもティーカップを落としそうな様子の唯に、憂は腕をつかむことで最悪の事態を免れた。

「良かった~、けがをしなくて」

憂は怪我をしている人(主に唯だが)がいなかったことに、ほっと胸をなでおろしている。
とはいえ、

「おい………」
「あ、浩介……さん」

僕の頭にあるティーカップがなければ完全に良かったのだが。

「もしかして、狙ってないか?」
「ね、狙ってなんかいないでありますよ!?」

僕のジト目に、唯は非常におかしな口調で答えた。

「だ、大丈夫ですか? 浩介さん」
「痛い。それと、熱い」

若干及び腰な様子の宇井の問いかけに、僕は思わずハードボイルドな声が出てしまった。

「ティーカップが割れなくてよかったよ」
「それはいいんだけど、頭大丈夫?」
「あはは……ちょっと冷やしてくる」

燃えるほど熱い紅茶をかぶった僕は、心配そうに聞いてくるムギに、僕は苦笑しながらいったん部室を後にした。
それから数分後、頭を文字通り冷やした僕は軽音部の部室に戻った。
ちなみに唯はというと

「お姉ちゃんは座ってて。あとは私の方でやるから」

憂によって椅子に座らされていた。

(下級生にお茶を配膳することになる上級生って)

僕はそこで考えるのをやめた。
いくら何でも唯に失礼なような気がしたからだ。
僕は再びアンプの修理に取り掛かることにした。

「紹介するね。部長の田井中律さん」
「どうも、部長の田井中律。よろしく」

かっこよく見せようと、いつもよりボーイッシュに自己紹介をする律。
そんな彼女の様子に、もう一人の新入生がかっこいい人だと漏らす。

「ちょっと、律!」
「ん?」

そんな律を尋ねてきたのは生徒会役員の真鍋さんだった。
声色は少しばかり怒りが混じっているような気がした。

「講堂の使用申請がまた出ていないじゃない! このままだと講堂が使えなくなるよ!」
「あ、そうだった!?」

(またかよ)

律と唯のやり取りに、僕は心の中でため息をついた。
部活申請用紙の時にも同じことをしていたような気が……

「すみませんすみません!」

先ほどまでのかっこよさはどこへやら、謝り続けている律の姿は実にあれだった。

「それで、こちらが琴吹紬さん」

そんな律たちをしり目に、部員の紹介を続ける憂はある意味大物なのかもしれない。

「初めまして。騒がしくてごめんね」
「あ、いえ」

おっとりとして温厚そうなムギの印象は、新入生にも伝わったようで”優しそうな人だね”と漏らしていた。

「大体、その恰好は何よ!」
「律ちゃんったら」

尤も、律と和の絡みにうっとりとしたような声を出している時点でそれも半減しそうな気もするが。

「そして、あそこにいる人が高月浩介さん」
「高月浩介だ。よろしく」

修理をしている手を休めて、新入生の元まで向かうとそう言いながら、新入生に手を差し伸べる。

「ど、どうも」

そして握手を交わした。

(昼休みの彼女ほどではないけど、ギターとかに触れているみたい)

握手をしながら僕は得られた情報を頭の中で整理する。
僕はまだ終わっていないアンプの修理をするべくアンプの元へと向かうが、後ろの方で”かっこいい人だね”という声が聞こえたのは僕の幻聴だろう。

「それで、最後が……あれ?」

まだ紹介していない澪の姿を探すが、部室内のどこにも見当たらないので、困惑したような声を上げる。

「もしかして、あそこにいる人?」
「う、うん。秋山澪さん。とても恥ずかしがり屋なの」

僕はアンプの修理を終え、ふたを閉める終えてからドアの方に視線を向けると、ドアから顔だけを出して顔を赤らめながら僕たちを見ている澪の姿があった。

「そんなところにいないで入ってこいよ」
「いや。笑うもん」

律が促すが澪はさらに顔を引っ込めてしまった。

「笑いませんよ。似合ってますし」
「ほ、本当?」

憂に言われて安心したのかようやく部室内に入ってきた澪は唯たちが着ているメイド服だった。

「「か、かわいい」」

思わずそう漏らしてしまう新入生の二人の反応も正しいものだった。
そんな二人に迫る魔の手に二人は気付いていない。

「…………」
「あの、この人は?」
「山中さわ子先生。軽音部の顧問」

睨みつけるように憂と新入生を見比べる山中先生の様子に、困惑した様子で問いかける新入生に同じく憂も困惑した様子で答えた

「貴方たち」
「は、はい!?」

山中先生の呼びかけに、二人は体を震わせながら返事をする。
そんな二人の前に後ろに隠していたメイド服を掲げると

「着てみない?」

と声を掛けた。
返事はもちろん

「「結構です」」

だった。










それからしばらくして、演奏をすることになり各々が準備を始める。
僕はギターをアンプにつなげて準備を整えていた。

「何だかかっこいいかも!」

女子生徒のその言葉はある意味僕には救いの言葉にも見えた。

(彼女は”かっこいい”のが好きなのだろうか?)

そんな疑問を抱くが、僕はそれを頭の片隅へと追いやることにした。
今は演奏をしっかりとすることに意識を集中させるためだ。
だが、

「澪ちゃん、ストラップが引っ掛かる」
「私も」
「裾が邪魔でペダルが踏みずらい」
「………袖が……あ、大丈夫か」

唯をきっかけに次々に不満を口にし始めた。

「だぁっ! 演奏しづらい!」
「誰だ、この服を着ようと言い出したのはっ!!」

ついに律が癇癪を起こした。
ちなみに、主犯は用があるとのことで部室を去っていった。

「着替えよう!」
「賛成~!」

そして、僕を除くみんなは服を着替えるため音楽室とここをつなぐ通路のドアを開けて中に入っていった。

「いい度胸してるよな。お前ら」
「あ、あはは……」

僕は叫びたくなるのを必死にこらえながら口を開いた。
そんな僕に返ってくる苦笑がとても痛かった。

「結局ジャージになりました」

着替えたのは良かったのだが、なぜかジャージに着替えていた。

(分からない、全く分からない)

ジャージを着る理由が僕には見当がつかなかった。

「早くやるよ。時は金なりだ」
「分かってるって。浩介、ちょっと退いて」

僕の促しに律は頷くと退くようにジェスチャー交じりで行ってきた。

「分かった」
「よしっ! 唯!」
「あいよ!」

僕が横に避けると、律は唯に声を掛けた。
掛けられた唯はその場でくの字に頭を下げる。

(一体何をする気だ?)

「いいよー」
「よし、行くぞっ!」

唯の合図に律は宣言をして駆け出した。
そして唯の背中に手をついて唯を飛び越えた。
清々しい笑顔で見事に飛び越えた律は華麗に着地した。
まさに素晴らしいフォームだった。

「次、ムギだぞ!」
「おー!」

そのやり取りを見ていて、僕の中で何かが切れた。

「あたっ!?」
「練習をしろ、練習を!!」

この間完成した”ハリセンmark26”(25まですべて破損のため役目を終えた)で二人の頭を軽く叩いた。
それからものの数分で全員は演奏の準備を整えた。

「それじゃ、行くぞ」
「うん」

律の呼びかけに頷いた唯はレスポールの弦を軽くストロークさせ甘く太い音を上げた。

「お、かっこいい!」

(やっぱりかっこいいものが好きなんだ)

目の前の女子生徒の好みがなんとなく把握できてしまった。
それはともかく、これから始まる演奏は絶好のアピールチャンスだ。
ここで素晴らしい演奏をすれば、目の前の女子生徒の入部の可能性は上がるだろう。

(よし、ここは気を引き締めよう。正体がばれるとかそんなのはここでは忘れよう)

僕も本気で演奏をすることにした。
ちなみに、いつもは全力で演奏をしているがそれでもある程度手を抜いている。
とはいえ、それでも人から見ればうまいという分類になるわけだが。
閑話休題。
そして律がスティック同士を打ち鳴らすことでリズムコールを行う。
そして始まった曲は初めてのオリジナル曲でもある『ふわふわ|時間《タイム》』だ。
なのだが、一言で言うならば、最悪だった。
律のリズムキープはめちゃくちゃで、もはや清々しいほどのヨレ方だった。
ドラムはある意味リズム面ではリーダー格の存在。
そのリズムが狂ってしまえば、リズムを聞いて演奏をするパートもめちゃくちゃになるのは当然のことだ。
それは基礎がしっかりとしていない家のように、ちょっとした衝撃があっただけでも崩れるようなものだ。
とはいえ、唯の方も所々コードを間違えたりしていたり、ベースも若干ではあるが弱かったり僕の方も空回りしだしていて音にムラガできていたりと、全体がおかしかった。


(あはは、もうこれは無理かも)

僕にはもう結果が見えてしまったような気がした。
それでも、この演奏で良かったことと言えば”最後まで諦めずに弾ききることができた”ことだろう。










「ちゃんとした演奏を見せてあげられなくてごめんね」
「いつもはちゃんとやってるんだよ」

女子生徒に謝る唯に、フォローを口にする澪。

「そうだっけ?」
「そうだろうが」

そんな澪のフォローも唯の一言で無になったが。

「とにかく、明日ライブをするからぜひ見に来てね」
「ぜひ、わが軽音部に清き一票を」
「選挙か!」

ムギの言葉に続いて口を開いた律に、僕はそうツッコんだ。

「は、はい」

(あー、やっぱり駄目だったか)

女子生徒の表情が曇ったのを見た僕は、彼女が入部する可能性が限りなくゼロに近いということを悟った。

「そ、それじゃあ行こうか」

それは憂も同じだったようで、誤魔化すように女子生徒に声を掛けると唯に先に帰っていることを告げて、僕たちに一礼すると女子生徒と共に部室を後にした。

「ふぅ……」

二人を見届けると誰かがゆっくりと息を吐き出した。

「浩君、明日も来てくれるかな?」
「さ、さあ?」

”可能性は低い”とは言えずとぼけることしかできなかった。
そんな自分の弱いところがとても恨めしかった。

「いよぉし、明日のライブ成功させるぞ!!」
「「「「おー!」」」」

とはいえ、ライブに向けてさらに士気が高められたのだとすれば、それはそれでもいいかと思う僕なのであった。

拍手[0回]

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カウンター

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

最新CM

[03/25 イヴァ]
[01/14 イヴァ]
[10/07 NONAME]
[10/06 ペンネーム不詳。場合によっては明かします。]
[08/28 TR]

ブログ内検索

バーコード

コガネモチ

P R