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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第37話 新入部員

「ぐえ!?」
「はいはいそこまで」

僕は女子生徒に飛び掛かろうとしている律の襟首を持ち上げた。

「こ、浩介。首が締まってる」
「失礼な。それじゃまるで僕が首を絞めてるみたいじゃないか。そもそも、地面に足がついているんだから締まることもないでしょ」

苦しそうに訴えてくる律に、僕は反論をしながらため息をついた。

「そうだった。てへ」

そう言ってお茶目に笑った律は、咳払いをするので、僕もそれに倣って掴んでいた襟首を離した。

「軽音部へようこそ!」
「さあさあ、こっちこっち」

素早く女子生徒の元まで移動した律と唯は歓迎の言葉を贈ると手を取って奥の方へと引っ張っていく。
そしていつの間に用意されていたのか椅子に座らされた。
そんな熱烈な歓迎に、女子生徒は嬉しそうな表情を浮かべていた。

「ねえねえ、名前は何ていうの?」
「えっと、中野―――」
「楽器は何が得意なの?」
「えっと――」
「好きな食べ物は何?」

矢継ぎ早に浴びせられる質問の嵐に、女子生徒はどうしていいのかがわからない様子で戸惑うだけだった。

「お前ら、気持ちは分かるけど落ち着け」

そんな彼女たちに僕ができたのは、落ち着かせることだけだった。










次は澪の手で落ち着きを取り戻した三人に、女子生徒は改めて自己紹介をした。

「えっと……名前は中野梓と言います」
「ん、中野?」

女子生徒の口から出た名前に引っかかった僕は思わず口を継いで出てしまった。

「どうかしたのか?」
「い、いや。なんでもない。ごめんね、続けて」

僕は気のせいだと思い中野さんに先を促すことにした。

(そうだよ、同じ名前の人なんて数人はいるはずだし)

「は、はい。パートはギターを少し」

(完全にH&Pのファンだっ!?)

ファンレターに書いてあった”ギターをやっている”という文面と一致していたため、もはや目の前の少女が僕のバンドのファンだということは確定した。
これで、僕はさらに追い詰められた。
中野さんはギターに関して技術と知識を有している。
それは文面からも感じられた。
しかも彼女は、ファンレターという形ではあるがギターの弾き方のコツなどを聞いてきたりしている。
僕の音楽に関する技術や知識は独特だと言われたことがある。
それはつまり、いつバレてもおかしくないということだ。
というより確実にばれる。

「お、それだったら唯と浩介と同じだな」
「よろしくお願いします。唯先輩、高月先輩」

律の言葉に、僕と唯に向かって礼儀正しくお辞儀をする彼女の姿は、非常にまぶしかった。
それは唯も同じようだ。

「唯先輩……唯先輩……」
「おーい、帰ってこーい」

とはいえ、唯の場合はとても危ない方向に行きかけているが。

「僕のことも”浩介先輩”でいいよ」
「え? でも……」

そんな唯は置いといて、僕の提案に中野さんは躊躇う。

「いい? バンドたるもの、良好な関係を築くこともまた重要。ならば苗字ではなく下の名前で呼び合うのが効率的なんだ」

それを別の言葉で”絆”ともいうのだが、それはどうでもいいだろう。

「そ、そうなんですか。それじゃ……こ、浩介先輩。私のことも”梓”って呼んでください」
「い゛ッ!?」

顔を赤くしながら言われたことに、僕はまるでのど元を誰かに抑えられたような変な声を出してしまった。

「お、新入生に手を出すとは、浩介ってば大胆♪」
「違うっ! 親睦を深めるという意味でだっ!!」

律のからかうような笑みでの言葉に、僕はむきになって反論する。

「おやおや、顔を赤くして~。むっつりなんだから、もう!」

それでドツボにはまってしまったようで、さらに追撃が掛けられる。

(ちょっと申し訳ないけど、話が進まないし。仕方がないか)

あまり気は進まないが、これ以上醜態をさらすのがいやなのと、話が進まないので僕は強硬手段に出ることにした。

「いいから、とっとと話を戻せ」
「さ、サーイエッサー!」

軽く殺気を律に充てて強引に話を元に戻させることにした。

「それじゃ、何か弾いて見せて」

おかしな世界から戻ってきた唯は、自信の相棒であるレスポールを梓(平然に呼べる自分の尻軽さが憎い)へと手渡しながら促した。

「まだ初心者なので、うまく弾けませんけど」
「大丈夫! 私が教えてあげるから」

梓の初心者という発言に、唯は胸を張って告げた。

「お、もう先輩風ふかしてるな」
「その自信は一体どこから出てくるのやら」

そんな唯に澪と僕はそうツッコんだ。
ちなみに、唯のレベルは”初心者”に毛が生えた程度だ。
それでもあそこまでの演奏ができるのはある種の才能だろう。
そして、梓の言う”初心者”はある種の謙遜だ。
技術は文面から推測しただけだが、知識面ではおそらくこの中では断トツだろう。
梓は恐る恐ると言った様子でレスポールを構えているが、それは今手にしているギターの価値が分かっている証だ。

「それじゃあ」

そう告げて梓はピックをストロークし始めた。
するとどうだろうか。
甘く根太い音が僕たちを包み込んだ。

「う、うまい」
「私より断然っ」

軽快で、それでいて刺激的な音色に律たちは舌を巻いていた。
かくいう僕も、うまい演奏に舌を巻いていたが。
さりげなく入れられたビブラートがまた音に膨らみを付けていく。

「ご、ゴメンなさい。私が下手な演奏をしてしまって」

演奏が終わっても僕たちが唖然としているのを見て下手な演奏だったと勘違いした梓が頭を下げて謝った。

「い、いや。そういうのじゃないから」
「そうだよ。皆うますぎて言葉を失っているだけだから。ね、唯?」

そんな彼女に、澪と僕が必死にフォローをする。
そして、先ほど素直な感想を口にしていた唯に同意を求めるように振った。

「ま、まだまだね!」
「えぇっ!?」

唯のとんでもない感想に、僕たちはいっせいに驚きをあらわにした。

「知らないぞ、そんなこと言って。梓の方を見てみろ」
「………っ?!」

僕の言葉に、唯は視線を梓の方に向けて固まった。
梓は唯の言葉に腹を立てたりショックを受けたりせずに、逆に唯へと尊敬のまなざしを浮かべていた。

「私、もう一度唯先輩のギターが聞きたいです!」
「え!? あの……その……えっと」

墓穴を掘る形になった唯は、とうとう追い込められた。
目の前には、尊敬のまなざしで見つめる後輩の姿。
演奏を失敗すれば最悪の場合、それは失望のまなざしへと変わるだろう。
視線をあちらこちらに巡らせながら唯が出した結論は

「それは私よりもうまい浩君がしてくれるよ!」

僕への丸投げだった。

「逃げた」
「逃げたな」

律と澪の呆れた様子の言葉に、唯は視線を逸らした。

「まあ、唯の言葉はともかく。浩介の演奏はとってもうまいぞ」
「ああ。新歓ライブの時のテクには驚かされたし」

唯の言葉は無視されて、律と澪の評価の言葉が掛けられた。

「あの、できればプレッシャーをかけるのはやめてくれませんか?」

二人に言われてしまうと、僕が中途半端な演奏をできなくなってしまう。
ファンが二人もいる中で本気で演奏するのは自殺行為だった。

「私、浩介先輩の演奏が聴きたいです!」
「うっ。断れない」

梓からの期待と尊敬のまなざしに到底断ることができなくなってしまった。

「はい、浩君」
「………分かった」

僕は観念して唯からギターを受け取った。

「うぅ……私のギターが」

(泣くなら渡すなよ)

涙を流しながら言う唯に、僕は心の中でツッコんだ。

(後輩がうまい演奏をしてくれたんだから、僕もそれに見合った演奏をしないとね)

やるからには徹底的にやるのが一番。
僕は唯から借りたレスポールを肩にストラップをかけて落ちないようにしたうえで構えた。

「梓の演奏はとてもうまかった。だが、何かが足りない」
「何か、ですか?」

僕の話に興味を持ったのか、梓は気を悪くするどころか興味津々に身を乗り出して聞いてきた。

「ズバリ、楽しいプレイだ」
「楽しいプレイ」

僕の答えを復唱する彼女に頷くことで相槌を打ち言葉を続けた。

「うまい演奏をするだけならば、何も会場に来る必要はない。CDとかで聴けばいいだけ。ライブとかでは聴いて楽しみ、見て楽しませるのが必要だと僕は思ってるんだ。そこで、こういうのはどう?」

そう言い切って、僕はピックを持つ手を動かした。
演奏するのは前の合宿の時に澪が持ってきた、カセットテープに入っていた曲のギターソロの箇所。
あの時は、最後の方に凄まじい声が入っていたが、調べた結果その曲は『Maddy Candy』であることが判明した。
それはともかく、ビブラートやチョーキングを効かせながら素早くコード進行していく。
そしてコード進行がいったん途切れ、音を伸ばすところでギターのヘッドを持つとそれを垂直に立てた。
ギターを縦に構え先ほどよりも比較的にコード進行の激しいパートを弾いていく。

「うお!?」
「う、うま?!」

すると、それを見ていた梓達が驚きの声を上げる。
最後まで引き切り音を伸ばしながらギターの位置を元の場所まで戻す。

「とまあ、こんな風にパフォーマンスをするのもありかな。はい、どうぞ」
「これはどうもご丁寧に」

両手でレスポールを持ちながら返すと、それに唯も倣って両手で受け取った。

「と、とにかく入部ってことでいいんだよね?」
「は、はい。新歓ライブでの皆さんの演奏に感動しました!」

そんな僕たちをしり目に、律は話を進めた。

「これからもよろしくお願いします!」

そう言って再びお辞儀をする彼女の姿は本当に礼儀正しいという印象を与えるのに十分だった。

「ま、眩しすぎて直視できません!」
「…………」

そんな彼女の姿に、空気を読んでいないような気もしなくもないことを口にする唯に律が一瞬睨みつけた。

「あ、これ入部届です」
「確かに。明日からよろしくな」

入部届の入った封筒を律に差し出す彼女から預かった律は梓にそう声を掛けた。

「はい、よろしくお願いします」

再び僕たちに一礼して梓は部室を去っていった。
こうして僕たちは待望の新入部員を獲得するのであった。

「はっ!? わ、私どうしよう?!」
「「「練習しとけ」」」

梓がいなくなった途端に慌てだした唯に、僕たちは同時に答えるのであった。

「それにしても、浩介が初対面の女子を呼び捨てにするとはな―」
「まだ掘り返すか。お前は」

軽い殺気を充ててもなお口にできる律の心強さ(悪く言えば怖いもの知らず)に感心したような呆れたような複雑な心境だった。

「さっきも言ったけど、別に他意はない。ただ、向こうがそう呼んでほしいと言ってそう呼ばないとエンドレスになりそうだから」

それは平沢姉妹で十分経験済みだ。

「っと、ちょっと職員室に行ってくる」

新入部員が来たことで忘れていたが、僕には一つだけやらなければいけないことがあったのだ。

「職員室? なんか悪いことでもやったのか?」
「えぇ!? まさか、校舎中の窓ガラスを割って回ったの!?」
「まあまあ♪」

律の疑問の声に、唯が壮絶な妄想を口にした。

「誰がするかっ! そこも、嬉しそうに目を輝かせるな!」

妄想を口にした唯と、目を輝かせてある種の尊敬のまなざしを浮かべるムギにツッコみを入れた。

「古文のことで分からないことを聞きに行くだけだよ」
「何だ。つまらないの」

用件を知った律は興味を失ったのか、頭に手を当てながら席の方に戻っていった。
そんな律にため息をつきながら、僕はカバンから取り出した古文のノートを片手に部室を後にするのであった。










「失礼します。小松先生」
「高月か。どうかしたのか?」

デスクワークをしていた小松先生に声を掛けた僕は、手にあるノートを開いて先生の前においた。

「このことについて教えてほしいんですけど」
「…………」

古文の文面の下に落書きのような文字が書かれているページをまじまじと見ていた小松先生は、僕の方を見上げた。

「なるほど。ここは四段活用をしてみるといい」
「四段活用ですね。分かりました」

僕は小松先生に一礼をして職員室を後にした。
これで、僕の目的も達成された。

(明日からの部活、どういう風にするのかを考えないと)

そして僕は明日新入部員の梓を加えたことによる今後の方針を考えながら部室へと戻るのであった。

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