健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第36話 新歓ライブ!

日も暮れて空が暗闇に包まれている中、僕は中山さんに家まで送り届けてもらった。

「それじゃ、お疲れ」
「お疲れ様です」

中山さんの労いの言葉に、僕も労いの言葉を返すと手を上げて中山さんは車を走らせていった。
僕の背中にはいつも使っているのではないギターが入っているケースがある。
今日、年に一、二回開かれるコンサート形式のライブが行われたのだ。
結果は成功で、会場は盛況となった。

(やっぱり、New starsプロジェクトは好評みたい)

――New starsプロジェクト

それは、まだ名前は知れていないが、とてもいい演奏をする新生バンドにスポットを当てる企画だ。
後半の部の15分を当てて期待のバンドの紹介と、演奏をするというのがこのプロジェクトの目的だ。
来場している観客も、ブーイングを飛ばしたりせずに手拍子をしたり歓声を上げたり等々、非常に盛り上がっていた。
そんなこの企画の参加(というよりは選出だが)方法は、各バンドが送ってくれたPRビデオを基にバンドメンバーの判断で決められる。
完璧でもなくていいので、いい演奏ができるバンドが選考基準である。
応募するバンドも自分の名前を売り出すことができる格好のチャンスであり、こちらは新生バンドの楽曲を演奏させてもらえる契約ができるため双方にメリットがあるのだ。
そんなプロジェクトだが、ある問題があった。

(やっぱり、このプロジェクトの時間は拡大させた方がいいかな)

今回の企画で選ばれたバンド『ラヴ・クライシス』との懇談会で”時間が短すぎる”という意見が出たのだ。
確かに、15分という時間は短すぎる。
だが、会場を貸し切りにしているので、長い時間になればなるほど使用料が高くなる。
しかも、演奏している楽曲はすべて他者が作曲したもの。
それを演奏しているため、その料金も加算される。
チケット代がほかのバンドよりもやや高額なのはそれが理由だ。
少しでも利益を上げるため、限定でアルバムCDを販売した。
完売はしているもののこれも予想以上に費用が掛り、結局利益は5%増のみに留まった。

(いっそのこと3時間30分貸切にでもしてみるか)

そうすれば、1時間ほどはこの企画に割り当てられるはずだ。
とはいえ、これは経営にかかわる話。
一度社長と話し合いをするのが得策だ。
そんなことを思いながら、僕は自宅に戻るとギターを置くために自室へと向かうのであった。










「ふぅ、ライブの後のお風呂はまた格別だ」

お風呂に入って疲れた体をいやした僕はさっぱりとした気分で自室に戻った。

「あれ、電話がかかってきてる」

自室に戻るなりけたたましく鳴り響く携帯の着信音に、僕は少し顔をしかめながら机の上に置かれた携帯を手に取る。

「って、慶介か」

電話の相手は慶介だった。

「気安くコールするな」
『おいおい、いきなりのご挨拶だな』

僕の言葉に、慶介は苦笑しながら返してきた。

「当たり前だ。今何時だと思ってる」
『夜の10時だ』

しれっと悪びれることもなく答える慶介に、僕はため息をつきながら頭を押さえた。

「そんな時間に電話をかけるか?」
『いや、夕方からかけてるけどずっと出なかったんだから仕方がないだろ』

慶介の反論に、僕は携帯の着信履歴を確認すると確かに夕方から何度も連絡をよこしている記録が残っていた。

「ごめん、ちょっと用事が立て込んでいて」
『いや、まあいいけどな』

コンサートに出ていたため電話の連絡に気づけなかったことを謝ると、慶介はそう言って軽い感じで許してくれた。

「で、何の用?」
『ああ、軽音部の新歓ライブでの曲演奏の件だけど』

用件を促すと、慶介の口からそんな内容が聞こえてきた。

「おい、待て。何で、お前の口からその言葉が出る?」
『あれ、言ってなかったか? 俺、生徒会に入ったんだ』

僕の疑問に、慶介はおかしいなと言った感じで説明をしてくれた。

「な……なにぃぃぃぃぃ!!!?」

慶介の言葉に、僕はおそらくこれまでで一番の衝撃を受けてしまい、大声で叫んだ。
部屋を防音仕様にしておいてよかった。

『おわっ!? いきなり大声を上げるなっ!』
「お前、まさか生徒会役員を脅したのか!? なんというやつだ! 今すぐ天に変わってお前に天罰を――――」
『待て待て待て! 俺は悪いことなどしていない! ちゃんと推薦で選ばれたんだ! というかひどい言い草だな』

混乱する僕に律儀にツッコむ慶介の声はそんな僕を鎮めさせるのに十分だった。

「ご、ごめん。まさか、慶介が生徒会にいるとは予想もできなくて」
『いいんだけど。ていうか、去年の10月にメールしたぞ』
「メール?」

慶介に言われて、僕はメールの方を読み返してみる。
すると、確かに10月にメールが届いていた。

「ごめん、前置きが長くて鬱陶しかったから読んでなかった」
『ヲイヲイ』

慶介のメールは前置きが長くて10行以上はあった。
しかも前置きもくだらない内容だったのと、読む時間がなかったこともあり、読まずに放置していたのだ。

「それで、曲が何?」
『曲目に『命のユースティティア』というのがあっただろ?』
「確かにあるけど、それがどうかした?」

僕はなんとなく嫌な予感を感じながらも続きを促す。

『実は、学校の方に欲名で連絡があったんだ『他者の作曲した曲を演奏させるなど大変遺憾であり、即刻中止にしてもらいたい』とね。それで、申し訳ないんだけど現状のままでのライブは認められないという結論になったんだ』
「何だって!?」

慶介の告げた内容に、僕は思わず叫んでしまった。

(誰が連絡を……版権曲なんて学園祭でも演奏してるだろ)

予想もしていない事態に僕は混乱しないようにするので精いっぱいで、詳しいことを聞くことができなかった。

『だから、曲目を変更してもらいたいんだよ。幸い、申請用紙は手元にあるから曲名さえ言ってもらえればこっちの方で修正できる。明日は色々と忙しいから、できれば今すぐしてもらいたい』
「分かった。それじゃ……」

僕は慶介に代わりに演奏する楽曲の名前を告げるのであった。










翌日、いつもより早めに学校に来ていた僕は、時間を見計らって席を立ちあがる。

「さて、まずは澪からだな」

これから僕は、部員全員に曲目の変更を告げなければいけないのだ。
本来は電話をした後すぐにでも教えるべきなのだが、時間も時間だったため朝のうちに説明して回ることにしたのだ。
ちなみに、苦情の連絡をしそうな相手ということで、真っ先に思い浮かんだ田中さんには電話をしてさりげなく聞いてみたが、知らないと返された。
嘘を言っているようでもなかったので、田中さんではないようだ。

(工作部隊に調査をお願いするか)

僕はそう思い立つとある教科のノートに、依頼文を記していく。
そして今度こそ澪のいる一組へ移動した。
一組の教室には真鍋さんと澪の姿があった。
どうやら澪は真鍋さんと同じクラスだったようで、楽しげに話をしていた。

「澪」
「あ、浩介」

教室に入って、澪の席まで移動して声を掛けた僕に、澪は若干驚いたようすで反応した。

「今日の新歓ライブだけど、曲目を変更する」
「な、何ぃっ!?」

僕の単刀直入な物言いに、澪は驚きのあまりに大きな声で叫んだ。
そのために、何事だとばかりに教室にいた人たちが澪の方に視線を向ける。

「ど、どういうことなんだよ」

視線が集まったことに顔を赤くしながら詳細を尋ねる澪に、僕はふと疑問を抱くがそれを頭の片隅に追いやる。

「『命のユースティティア』を演奏するなという苦情が来て、曲を変更しなければ演奏をさせないと言われたんだ」
「そんな……もう当日なのに、どうするんだよ」

僕の事情の説明を聞き終えた澪のの表情は絶望の色に染まっていた。

「それは大丈夫だ。代わりに入れた曲は既に演奏したことがある曲だから、一回通しで演奏するだけで大丈夫だろうしそれほど心配することはないよ」
「そ、そうなのか」

僕の話を聞いた澪はほっと胸をなでおろす。

(とはいえ、一度演奏しているふわふわ時間であの惨状なんだけどね)

あえて式を低くさせるようなことを言うのもあれなので、僕は口にはしなかった。
そこで、ふと疑問がわいたのか僕の方に視線を向けた。

「それで、その曲ってなんなんだ?」
「それはだな……」

そして僕は澪に、変更となった曲目を告げた。
その瞬間、澪の顔が真っ青になった。










一組を後にした僕は続いて二組の方に来ていた。

「律、ムギ、唯」
「お、浩介じゃん」
「どうしたの? 浩介君」

すでに学校に来ていた三人に声を掛けると三者三様に反応を示した。

「今日の新歓ライブだけど、曲目を変更する」
「おーけー……って、何だって?」

ノリのように頷いた律だったが、話の内容に気が付くと顔をこわばらせながら聞きかえしてきた。

「だから、今日の新歓ライブの曲目を変更する」
「な、なんだって!?」
「ど、どういうことなの浩君?!」

再度告げた言葉に、律は驚きをあらわにし、唯は事情を聴いてきたため僕は澪にしたのと同じことを説明した。

「陰謀だ。競合の部活が陰謀を――「そんなわけないだろ」――ですよねー」

陰謀説を唱え始めた律に僕は即座に否定した。
当人もあり得ないと思っていたのかすんなりと引き下がった。

「でも困ったわ。今新しい曲の練習をしてもうまくできるかどうか……」
「安心して。そこはしっかりと考えている。一度演奏した楽曲に変更しているから、昼休みに練習をしておけば大丈夫」

ムギの不安そうな言葉に、僕は安心させられるように笑顔で答えた。

「それで、どんな曲?」
「それはだな―――」

唯の疑問に、僕は新たな曲名を告げた。
これで、全ての準備が整った。
後は昼休みでの練習だけだ。










変更になった曲を弾き終えた僕たちは、お互いに顔を向い合せると頷きあった。

「今のすごくよかったんじゃない?」
「ああ、ものすごく揃ってた」
「こんなに気持ちのいい演奏は初めてだよ」

ムギの問いに続いて澪と僕は弾き終えた感想を漏らした。
昨日のふわふわ時間での一件が嘘みたいに合わさっていたのだ。
リズムキープも正確で、コードのミスも目立たなかったほどに。

「それに浩君のアレンジもすごかったよ」
「あぁ。あれは私も驚いたぐらいだ」

唯の称賛の声に乗るようにして律も声を上げた。

「いや、皆が頑張ってるんなら僕ももっと頑張らないとと思ってね」
「やっぱり浩君ってギターうまいよね~」

改まって褒められるとどうもむずがゆくて仕方がない。
僕は、そんな気持ちをごまかすように頭の後ろの方に手を当てるのであった。

「あ、もう昼休みも終わりだ」
「それじゃ、移動の方を始めましょ」
「そうだな」

新入生歓迎会に参加する生徒は公欠が認められており、5,6限は授業を受けなくてもいいのだ。
とは言っても、後程教師の方から課題を出されはするが。
そして、最初の5限で楽器の移動などの準備を、6限で本番の歓迎ライブを行うことになっている。
ちなみに5限と6限は新入生は歓迎会の為に授業は自習扱いになっている。
僕も慶介と共に歓迎会を見たのである意味経験者だったりもする。
閑話休題。

「ひ、人がいっぱい」
「歓迎会なんだから当然でしょ」

舞台で最後の準備をしている中、幕の端の方から外の様子を確認した澪が体を震わせながら声を漏らす彼女に、僕はため息をつきながら返した。

「いつも通りにやれば大丈夫よ」
「で、ででででもっ」

(やっぱり緊張するんだね)

何となく緊張することは予測はついていたが、澪が緊張をしないようになるのはおそらく今後も無理な課題なのかなと心の中で悟っていた。

「ねえねえ律ちゃん、浩君」
「なんだ?」
「何?」

そんな僕と律に声を掛ける唯の方に視線を向けると用件を尋ねた。

「そこで百円玉を拾ったよ!」
「お前は緊張しろ!」

緊張の”き”の字も知らないと言った様子で嬉しそうに先ほど拾ったと思われる百円玉を僕たちに見せてくる唯に、律がツッコんだ。

「はい没収っ! 後で生徒会の方に届ける」
「うなっ!? 浩君のけちんぼ~」

唯がブーイングするが僕はそれに構うことなく唯から奪った百円玉を近くにいた生徒会の人に渡した。

「それにしても、澪のセンスは独特だよな~」
「そうか?」

そんな僕たちをしり目に、今回の新歓ライブの曲目を確認していた律がポツリと漏らした。
僕もリストの方を覗き見た。

――
1:ふわふわ|時間《タイム》
2:私の恋はホッチキス
3:カレーのちライス
4:Don't say lazy
――

確かに、微妙に独特だった。

「ねえ、本当にボーカルは私と浩君だけでいいの?」
「うぇッ!?」

唯の疑問に、澪が引き攣ったような声を上げた。

「そうだな。せっかく三人もいるんだし澪も一曲歌って―――」
「ヤダっ!」

律が言い切るよりも早く澪は拒絶した。

「あんなアクシデントも、もう怒らないって」
「ヤダっ! 絶対ヤダ!」

律の言葉に、学園祭での悲劇を思い出したのか、さらに拒絶反応を強くした。

「澪ちゃん――」
「ヤダっ!」
「澪――」
「ヤダっ!」

とうとうムギと唯が声を掛けただけでも拒否をするという極限の拒絶反応を見せた。
そんな中、唯の表情が何かをひらめいたと言わんばかりの者となった。

「ラーメンだけじゃ?」
「ヤダっ!」
「餃子もつかなきゃ?」
「ヤダっ!」

唯とムギは澪を使って遊び出した。

(何だか面白そう)

「チーズケーキも出さないと」
「ヤダっ!」

そんな二人に触発されて僕もやってみるが、この体中に感じる達成感のようなものはなんだろう?

「ものすごい拒否反応だな、おい。というより澪を使って遊ぶなよ」

本来は僕が言うべきセリフを律に言われてしまった。
何事も適度が一番いいのだ。

「しょうがないわね。全部唯ちゃんと高月君でいいんじゃない?」

一連のやり取りを見ていた山中先生はやれやれと言った様子で促した。

『次は、軽音楽部によるクラブ紹介と演奏です』

そんな山中先生の言葉の直後に、僕たちの出番を告げるアナウンスが入った。

「みんな頑張ってね最後に顧問として、言いたいことがあるの」
「さわちゃん」
「山中先生」

山中先生の応援に、僕たちは感動に包まれた。
コスプレさせるなどの暴挙をしてきたあれな人ではなかったのだ。。
僕は改めて山中先生のことを教師だと実感した。

(これが終わったら山中先生にはお礼を言わなきゃ)

「制服も意外といいっ!」
「「「「「「………」」」」」

そう思っていた僕に、山中先生はサムズアップをしながら、恥じらうこともなく大きな声で告げた。
これまでの僕の感動は一瞬で崩壊した。

「準備をするので、とっとと舞台のそでに引っ込んでください」

それは律も同じだったようで、律はそれだけ言うとドラムの方に歩み寄った。
それに倣って、山中先生には目もくれずに皆も準備の方を始めた。

「澪」
「何、浩介?」

僕もそれに倣って澪の方へと向かうと声を掛けた。

「忘れてないとは思うが、最後の曲は澪がボーカルだぞ?」
「うっ……………」

本当に忘れていたのか、それとも忘れようとしていたのかは定か恵はないが、僕の指摘に澪が言葉を詰まらせた。

「………分かった。僕一人で歌うよ。澪の歌声は曲の感じを引き締めていいんだけど、残念だ。本当に残念だ」

僕は大げさに言いながら肩をすくめると澪に背を向けた。

(何だか悪人になったような気がする)

澪の性格上、ああ言えば実際に歌う可能性があることをわかって僕はあえて言ったのだ。
とは言っても1割2割程度の話だが、澪の性格を利用したことへの罪悪感にかられた。

「あ、唯」
「何、浩君?」

そして、僕は唯にも言っておかなければいけないことがあった。

「今回のMCはすべて唯がやることになっているのは覚えてるよね?」
「頑張ります!」

ムスッと胸を張る唯に僕は軽く頷くと言葉を続けた。

「それはいいんだけど、くれぐれもオチで僕を使わないように頼むよ」
「了解であります!」

僕のお願いに、本当に信じていいのかが不安になるような反応だったが、とりあえず彼女のことを信じてみることにした。

「あ、それと足元のペダルには気を付けて」
「これって、何?」

そう言って視線を向けたのは、今回投入した新兵器だった。

「エフェクトと言って、音に色々な効果を出すものだよ。そのペダルを踏むとエフェクトがかかって音色が変わるから、演奏中に踏まないように気を付けてね」
「なるほど……」

興味深げにペダルを観察している唯に、僕は不安を抱く。
ペダルは僕のポジションの方に置かれているが、手違いで踏まれる可能性もあるので、注意をしておいたのだ。
アドリブを入れてきたりする可能性もあるのもその一つだ。
そして、一通り用が終わった僕は、自分のポジション(唯の隣)に移動するのだが、もう一つ問題が残っていた。

「山中先生、本当に邪魔何でとっととすっこんでください。というかすぐに退いて」
「ちょっと! みんなして扱いがひどすぎるわよ!」

僕の一言が止めだったのか、山中先生は抗議の声を上げるが、僕達はそれを無視した。
山中先生はすぐに観念して舞台そでへと移動していった。

(これは終わった後に埋め合わせとかをする必要があるよな)

埋め合わせが何を指すのかがわかっている以上、あまり気は進まないが。

(まあ、今はこのライブを成功させることに意識を向けよう)

僕は気持ちを切り替えながら開きつつある幕を見るのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、一年の教室。
自習という形にはなっているものの、HRが終わっているため下校しても良い状態のため、部活動に興味のある者は既に新入生歓迎会の会場へと向かっていた。
そうでない者や既に入部気を決めた者は、下校していたり部室に向かっていたりとなっているため、教室に残っているのは数人程度だった。
その数人も、9割が既に歓迎会で目的の部活の紹介を見終わった者たちだったりするが。

「………」

そんな教室に残る生徒たちの一人でもある黒髪にツインテールの髪形をした少女は、荷物をまとめていた。
その生徒は、当初『ジャズ研究部』への入部を考えていたが少女の思い描いているジャズとは違っていたため入部を見送っていた。
もう一つの部活もあるが、まじめにやっている部活という印象を持てなかった彼女は、自宅に戻ってこれからどうするかを考えようとしていた。

「え、もう決めちゃったの!?」

そんな彼女の耳に、女子生徒の驚きに満ちた声が聞こえてきた。
その声の方を見ると、二人の生徒が話をしていた。
片や申し訳なさそうに、片や残念そうな様子で。

(確かあの人は……)

少女はその女子生徒を思い起こそうとした時、片方の女子生徒が去って行った。

「っ!?」

そして残された女子生徒と目が合ってしまった少女は慌てて荷物を手にするとドアに向かって足を進めようとした。

「あ、あの!」
「………」

ドアを開けるよりも早く呼び止められた少女――中野 梓はゆっくりと呼びとめた人物の方へと振り返った。

「もしよかったら一緒に新入生歓迎会に行きませんか?」
「……………」

女子生徒の言葉に、梓は考え込んだ。

(確か、この時間帯は『軽音部』のライブをやってるんだっけ)

「別にいいけど」

まじめにやっていないという印象を抱いた部だったが、演奏だけでも聞いてみてもいいのではないかという結論になった梓は頷いて答えた。

「本当! ありがとう」
「別にお礼を言われることじゃないと思うんだけど。えっと、平沢さんだっけ?」

梓の答えに嬉しそうにお礼を言う女子生徒――平沢 憂に梓は返すとそう尋ねた。
覚えていないわけではないが、間違っているのかもしれないという考えがあったためだ。

「憂でいいよ。中野さん」
「私のことも、梓でいいよ」

二人はあっという間に意気投合し、下の名前で呼び合う仲となった。
こうして、二人は歓迎会が開かれている講堂へと向かうのであった。










「うわぁ、結構いっぱいだ」
「…………」

憂の後に続いて会場内に足を踏み入れた梓は、その光景に息をのんだ。
会場内を埋め尽くす生徒たち。
そして演奏が終わったのか、会場内を包み込む拍手の音。
それは梓が予想していたのとは全く異なる光景だった。

「わぁ、お姉ちゃんと浩介さんボーカルなんだ」

そんな梓の横で、憂は嬉しそうに言葉を漏らしていた。

「どうも。うわ!?」

女子生徒の声と共にハウリングが鳴り響き、とっさに耳に手を当てた。

「どうも、軽音部です!」

だが、すぐ後にもう一度女子生徒の声が聞こえてきたので、梓は耳を押さえていた手を退けた。
女子生徒のMCに周囲で笑い声で包まれた。

「それじゃ、次の曲。『Don't say lazy』浩君はクレイジーだってことは言っちゃだめだよー」
「ッ!」

女子生徒がそう言い切った瞬間に、会場中を冷たい風が吹き抜けていくのを梓は感じた。

(冷房とか掛ってるのかな?)

冷たい風に震える梓はそう考えながら天井の方を見上げようとした。
ところで、スティック同士が合わさる音が耳に入ってきた。
その直後、ドラムのフィルで曲の演奏が始まった。
梓は風のことを頭の片隅に追いやり、ステージの方に視線を戻した。
会場である講堂内に音楽が響き始めた。
キーボードの音色とパワーのあるドラムに目立たず、されど力強いビートが絡み合い、さらにそこにギターの音色が合わさる。
そして歌声もそれに乗っかった。

(すごい)

曲の出だしを聞いた梓が感じた感想はそれだった。
全ての音が相殺するのではなく曲自体を磨き上げていた。

(ボーカルもうまいなぁ)

聞いていても違和感がなく、まるで曲と一緒に歌声も奏でているのではないかという錯覚を受けるほどに合わさっていた。
時より違う人物の歌声も聞こえてくるが、全くと言っていいほど違和感を感じることもなかった。

(これって、ワウだよね?)

Bメロに差し掛かった瞬間、これまでのギターの音色が大きく変わった。
これまでの軽く薄い音色から、甘く深いギターの音色へと変化したのだ。

(うぅ……見えない)

どういう人たちが演奏しているのかを目に焼き付けようとするが、自分の背の関係で、よく見えなかった。
梓は自分の背の低さをこの時は恨んだ。
そして、間奏に入る。

(リフもいいな)

同じコードを繰り返すリフはほとんど同じ音色だった。
二本のギターの音色が聞こえたが、リズムにばらつきがあることもない。

(あれ、音が減った)

何回目かのリフでこれまで二本分のギターの音色が一本減った。
かと思えばスクラッチ音が会場を駆け抜けた。

(これって、ピックスクラッチ!?)

梓は先ほどのギターの音色の正体を見抜いていた。

――ピックスクラッチ

ピックを弦上でこするように滑らせる演奏法だ。
迫力のあるサウンドが出せる効果を持つが、場面を間違えると局自体を壊すものとなってしまう
閑話休題。
そこからギターのソロが始まった。

(ビブラートが効いてるし、格好いいな!)

そんな感想を抱いていると、周りからどよめきが走った。
梓はその正体探ろうと背伸びをするが、やはり見えない。

「浩介さんすごいっ」

隣で憂がそう漏らしていたが、梓の耳には聞こえていなかった。
そして駆けるようにして演奏は終わった。

「……」

会場内から拍手がわきあがる中、梓はまるで熱に浮かされたような感覚に襲われていた。
それほどまでに、軽音部の演奏は梓に思わせるところがあったのだ。
そして、これが中野梓にとって新たな道を生み出す結果となるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


新歓ライブも盛況という良い結果を残して、幕を閉じることができた。
ちなみに、これは余談だが。

「ねえ、唯」
「何? 浩君」

ライブが終わって舞台そでの方に移動したところで、僕は唯に声を掛けた。

「僕ライブが始まる前に、オチで僕を使うなって言わなかったっけ?」
「えーっと、言っておりました」

僕の問いかけに、唯は素直に白状した。

「それじゃ、『浩君はクレイジーだってことは言っちゃだめだよー』っていうのは何?」
「それは、言った方が面白そうかなーって思いまして」

あのMCでオチに使われたことに怒っているのもあるが、それだけではない。

「まあ、確かに受けるMCができるのはすごいとは思うけど、唯は僕のことを狂ったやつだって思ってたんだな。あれで、はっきりとわかったよ」
「いや、それは言葉のあやでして。って、どうしてハリセンを持っていらっしゃる!?」

引き攣った表情をしながら聞いてくる唯に、僕はきっとこれまでで最高の笑みを浮かべているだろう。

「どうして? 教えてあげるよ。それはね、こうするためだっ」
「あたっ」

僕はハリセンを大きく振りかぶると”軽く”本当に軽く頭を叩いた。

「今度から、オチに使うときは前もっていうこと。オーケー?」
「了解であります」

そんなやり取りがあった。
結局、自分で嫌がっていた”自分がMCのオチに使われること”を許してしまうという何とも、意思の弱さを感じさせる一幕だった。
閑話休題。

「あのー、そうやっていると来るものも来ないんじゃ……」

楽器等もすべて部室に運び終わり、ムギがお茶菓子を置きながら先ほどからドアの方に張り付いて動こうとしない唯と律に澪の三人に声を掛けた。

「だって、ライブはとてもうまく行ったのに誰も来ないんだよ? はっ!? もしかして、私が失敗したからかな?!」
「やはり、部員が少ないのがいけないのかも」

澪の言葉に、全員がため息をつく。

(というより、勧誘でしょ)

そんな三人に、僕は心の中でツッコんだ。
おかしな恰好で勧誘すれば、どう考えてもその結論になるのが当然だ。

(まあ、止められなかった僕も悪いんだけど)

この結果は全員の責任でもあるのだから。

「お茶入りましたよ」

律たちがドアの前から離れたのは、その一言だった。

「浩介は食べないのか?」
「何やってるの?」

三人が席に着く中、しゃがみこんで作業をしている僕に、律と唯が声を掛けてくる。

「ギター用のアンプを治してるの。ライブの時に壊れたみたいだから」

何が原因だったのか、治したはずのアンプのスピーカーが突然ダメになってしまったのだ。
僕は、再び必要な部品の交換を行っていた。

「大変どすなー」

(これ、本当はお前もやらないといけないんだけど)

他人事のように相槌を打ちながらのんびりとしているギタリストに、僕は心の中で指摘した。

「こうなったら憂ちゃんを捕まえてくるしかないか」
「憂は虫じゃないぞ」

今後どうするのかの話になった際に、律が漏らした提案を僕が即座に却下した。
もしかしたら唯が誘えば来るかもしれないが、だからと言って虫のように捕まえるのはあまり気が進まなかった。

(まあ、奇跡でも起きない限り新入部員は期待できないか)

ライブでは大きくプラスに加算されたが、それまでの勧誘でマイナスの極限状態になっているのだから、来る可能性の方がゼロに近いという状態だった。
僕はすでに新入部員をあきらめていた。
そんな中、静かにドアが開けられた。

(山中先生じゃないよな)

あの人はもう少し音を立ててドアを開ける。
ならばいったい誰だろうと、ドアの方を見た。

「あのー」
「はい?」

上半身をドアの隙間からのぞかせて声を上げた少女は、この間変質者(犬のぬいぐるみを着た律だったが)から助けた時の少女だった。
唯が返事を返すと、今度は部室の方に入って後ろ手でドアを締めながら、少女は告げた

「入部希望、なんですけど」
「…………………………ごめん。今なんて?」

少女の言葉に、部室が静まり返った。

「入部希望――」

思わず尋ねた僕に、少女が答えるのと、後ろの方で歓声が上がるのとほぼ同時だった。

(奇跡だ。奇跡が起こった!)

限りなくゼロに近い新入部員が今、ここに現れたのだ。

「確保~!!!」

感動に浸っていると、律は大きな声で叫びながら新入部員である女子生徒の方に駆け出し始めた。

「きゃああああああ!!!」

この日一番の絶叫が、軽音部の部室内に響き渡るのであった。

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