健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第34話 勧誘

「軽音部です。興味があったら3階の音楽準備室に来てください」
「あ、ありがとうございます」

僕は屋外で地道ではあるが、チラシを配って回る。
これで既に十人以上の新入生にチラシを配ることができた。

(ふぅ、やりがいがあるしいいね)

僕にとってチラシ配りは苦になるのではと考えていたが、どうやらそれは僕の思い過ごしだったようだ。
何せ、それほど苦にはならないのだから。
逆に、楽しくなってくるほどだ。
とはいえ、大変なことはいろいろあるが。
それが、

「この俺をぜひ軽音部に入部させてください!」

と、自ら志願してくる男子の新入生だ。
別に、志願してくるのはありがたい。
ありがたいのだが、

「どのパートを希望するのかな?」
「ギターです! 俺、自慢ではないんですがジュニアコンクールで賞を取ったんです!」

このように自慢してくることだ。
コンクールで賞を取ったのが本当か否かは定かではないが、こういうタイプの人間ははっきり言って鬱陶しい。
要するに、自分は特別(もしくはエリート)だと思い込んでいるタイプだ。
こういう人間が軽音部に入部すれば部としてはマイナスだ。

(それに、こいつギターなんて簡単なのしか弾けないし)

僕たち高月家はある事情から人の嘘にはかなり注意しなければいけない。
そのために、高月家の人は全員が読心術を会得させられている。
その読心術はほんの少しだけ意識を集中すればいいだけのこと。
嘘をついているときの感覚というのは、実は僕にもよくわからない。
ただ、”こいつは嘘をついている!”というのが直観という形で伝わってくるのだ。
だが、これでも僕の場合は8割の確率で正確に読み解いている。
残りの2割は心を巧みに読ませないようにする相手が主だが、そのような人物はここにはなかなか存在しない。
というか、ここにいたほうが驚きだ。

「ギターか……」

僕は、あえて考え込む仕草を取る。

「ごめんね、ギターは今足りているんだ。ジャズ研とかはどうかな? きっと君にぴったり合うと思うよ」

申し訳なさそうな演技をしながら男子生徒に断りを入れる。
大抵の場合は、これで納得してくれる。
だが、中には

「なっ!? この俺よりも下手な奴なんて辞めさせて俺を入れろ! いいか? 俺の遠い親戚のおじさんは国会議員なんだ! お前の存在なんてすぐに消せるんだからなっ!!」

などと、ばかげた妄想を垂れ流して脅しをかけるバカがいる。
ちなみに、今の男子生徒の発言も嘘だ。
こういう時の私の対応は。

「黙れ」

と殺気を強めに込めて言うだけ。

「っ!?!?!?!?」

それだけで先ほどまでの威勢はどこへやら、ヨナヨナと力なく地面に崩れ落ちるとそのまま失神した。

(やれやれ、変な奴もいるもんだ)

ため息交じりに心の中でつぶやくと、僕は生徒手帳を拝借して男子生徒の名前とクラスを確認する。

(この男は要注意人物だな)

僕は失神している男子生徒を要注意人物にするとその場を後にした。










そんな勧誘活動だが、時間が経つにつれて相手の反応が変わり始めた。

「軽音部です。もし興味があったら3階の音楽準備室まで来てね」

僕が声を掛けたのは二人組の女子生徒だった。

「ねえ、軽音部ってあの軽音部?」
「あの変な服を着ていた……」

軽音部の名前を聞いたとたんに二人して何やらこそこそと話し始めた。
二人は小声で話しているのだろうが、僕の耳にはしっかりと聞こえていた。

「あ、ありがとうございます」

そして引き攣った笑みを浮かべてチラシを受け取ると、まるで逃げていくように去っていった。

(これで6人目か)

同じような感じの反応をする新入生が増えてきたのだ。

(変な服っていうことは……)

僕の頭の中には腹黒い笑みを浮かべている山中先生の姿が思い浮かんだ。

(どう考えてもあの人の仕業だよな)

クリスマスのあの一件以来、人に服を着せることが趣味となってしまったらしく、自分が作った服を着せようとしていた。
尤も、その一番の被害者は澪だったりもするが。

(作戦変更。あいつらを回収する)

これ以上傷が大きくなるよりも早く、変な服を着ていると意思われる唯たちを回収することにした。
こうして、僕の唯たちの捜索が始まりを告げた。
もちろん、道中であった新入生にチラシを配ることを忘れない。
だが、やはり大半はこれまでと同じような反応だった。

(変な服って、一体どんな服を着てるんだろう?)

新入生が引くほどなのだから、よっぽどおかしい服なのだろう。

(例えばドレスとか?)

自分の中に浮かんできた服に僕はすぐさま否定する。
いくら何でもドレスはない。
それに引かれるほどおかしくもない。

(だとしたら、ナース服……いや、ここは予想の斜め上を言ってスク水!?)

次々と浮かんでくる服装に、今度は僕の方がダウンした。

(やめよう辞めよう。考えるだけでおかしくなりそうだ)

僕の最優先事項は、唯たちの回収なのだから、服装が何かはどうでもいいことだ。
僕は再び自分を奮い立たせて唯たちの捜索を再開した。

(校舎内とかにいたりして)

そんな可能性を基に、僕は校舎内に移動することにした。
やがて一階部分も残す所、一本の通路のみとなった。
この通路には死角はそれほどないため、今見えなければ、この階には唯たちがいないということになる。
そして、唯の姿はないためやはりこの階ではないようだ。
突き当りの方ではL字になっているがその方向は外につながる通路になるため、中にいるのだとすれば関係がない場所ということになる。

(上に行くか、外を探すか)

重大な決断を迫られた僕だったが、とりあえず廊下の突き当たりまで歩くことにした。

「のわぁ!?」

少し歩いたところで、凄まじい勢いで栗色の髪の女子生徒が僕の横を走り去っていった。

(危ないな……一体どういう神経をしてるんだ?)

先ほどの女子生徒の行動に首をかしげながらも、僕はさらに先に進む。

「きゃ!?」
「っと?!」

今日はすごく驚くなと、どうでもいいことを考えてしまった。
突き当りの方から突然女子生徒が飛び出してきたのだ。
突然のことだったため僕は回避することもできずそのままぶつかってしまい、ぶつかった女子生徒は勢いのあまりしりもちをつく形で後ろの方に飛ばされた。

「おい、大丈夫か?」
「は、はい。すみません」

手を差し伸べながら訊くと、黒髪をツインテールにした謝りながら僕の手を取ったので、僕は軽く引っ張って女子生徒を立ちあがらせた。

(ん? この手の感触は)

手を取った際に感じた感触に、僕は目の前の女子生徒が只者ではないことに気づいた。
指先が若干ではあるが硬かったのだ。
それは、ギターをある程度弾いている人であるということの証だ。

(これは勧誘してみるか)

もしかしたら、すごいあたりを引いたのかもしれないと僕は心の中でほくそ笑む。
それはともかく、気になることが一つあった。

「どうして走ってたんだ?」
「そ、それは――「待てぇっ!!」――ひぃぃ!?」

僕の疑問に答える女子生徒の言葉を遮るようにして声が聞こえたかと思うと、怯えた様子で僕の後ろの方に隠れた。
僕は声のした方に視線を向けてみる。

「な、なんだありゃ!?」

そこにはものすごい勢いでこちらにかけて来る、犬のぬいぐるみの姿があった。

「あの、ぬいぐるみに追いかけられてるんです!」

(ぬいぐるみを着たやつが、か弱い女子生徒を追いかける………これって、変質者!?)

僕の頭の中では、犬のぬいぐるみを着て、女子を追いかけまわす変質者にしか見えなかった。

(しかし、いったい誰が……む)

誰がこのようなことをしているのかと考えをめぐらした時、ある人物の言葉が蘇った。

『そこで俺は思ったわけだ! 先輩としてできることが何かを! ずばり、コスプレをして女子を追いかけて声援を受けることSA!!』

馬鹿げたことを口にしていた慶介の言葉だった。

(まさか、あれは慶介か?)

確かに犬のコスプレをしているし、女子を追いかけている。
それに何より、

(あのバカならやりかねない)

それが一番の理由だった。

「安心しな、変質者はこの僕が始末するから」
「え? 始末?!」

僕はできる限り笑顔を浮かべて、女子生徒を安心させる。
そして犬のぬいぐるみに向き合う。

「浩介! 彼女を捕まえて!」

よりによって慶介はこの僕に変質者の真似事をさせようとしているようだ。

「ったく、忠告したのにわからないやつだな」

心の中では怒りの炎が煮えたぎっているのに、口調はいつも通りの呆れたといったようなものだったのに自分でも驚いていた。

「だったら、お約束通り宇宙の果てまで吹き飛ばしてやろうじゃないか」

いまだに犬のぬいぐるみはその勢いを弱めることを知らない。
だが、それは僕にとっては好都合だった。

「ふぅ……」

大きく息を吐き出しながら、右足を後ろの方に移動させ右腕を後ろ側に振りかぶる。

「高の月武術」

静かに口にしながら、後ろに移動させた足を大きく前方に踏み込ませる。
そして後ろ側に振りかぶっている右腕の手を力強く握りしめる。

「圧っ!!」

その右腕を犬のぬいぐるみが間合いに入ったのを確認して思いっきり前方に突き出した。

――高の月武術。

それは僕が編み出した武術。
自分の力に特徴性を持たせることによって様々な効果を与えることができるものだ。
そして、今の”圧”は、相手の力のかかっている方向を逆向きにして、さらに力のエネルギーを倍にさせるものだ。
これを受けると、どんなに頑丈な者でも、後ろに吹き飛ばされる。
当然だが、これも魔法に分類される。
とはいえ、今のは自分の覇気を基にしているので、厳密には違うが。
閑話休題。
僕の一撃を受けた犬のぬいぐるみは凄まじい速度で吹き飛ばされていった。
少ししてものすごい音が聞こえたような気がしたが、慶介のことだからすぐさま回復するだろう。

「成敗っ」

一人の変質者を退治することができ、僕は清々しい気持ちだった。

「あ、そうだ。君、ちょっといいかな?」
「あ、はい。何ですか?」

そこでふと自分の役割を思い出した僕は、女子生徒を呼び止めると役割を全うすることにした。

「実は僕、軽音部に所属してるんだけど、もしよかったら君もどうかな? これがチラシ」
「は、はぁ」

若干気もそそろと言う感じでチラシを受け取った女子生徒は、これまでのような反応は見られない。

「もし興味があったら覗きに来てみてよ。場所は3階の音楽準備室だから」
「分かりました。ありがとうございます」

丁寧にお辞儀をした女子生徒は、そのまますたすたと去っていった。

(ところで、あいつらはどこにいるんだ?)

僕はその後ろ姿を見ながら再び唯たちの捜索を再開させるのであった。










「昼休みも残りわずか……結局見つからず」

色々な場所を歩き回ったが、おかしな服装の人影は全く見当たらなかった。
それなのに、軽音部の名前を出すと引かれるという反応が続いた。

(早くあいつらを見つけ出さないとすべてがダメになる)

そう思ったところで、ふと僕はあることに気づいた。

(僕ってもしかして、いい感触がないのを唯たちのせいにしてないか?)

いい感触がないのは、単に僕の説明が下手なだけ。
それを唯たちのせいにするというのは、あまりにも最悪な人のやることだろう。

(人の中には自分がいい子で周りが悪だと思わせる偽善者がいるとは聞いたが、僕も人のこと言えないな)

自分の偽善者ぶりに呆れてしまった僕は、唯たちを探すことをやめて部室に戻ることにした。

「あ、浩君」
「あれ、皆戻ってたんだ?」

部室に戻ると、そこには唯たちの姿があった。
その全員の表情には疲労の色が見えた。

「一体皆は何をやってたんだ? というより、律は何で燃え尽きてるわけ?」
「…………自分の胸に訊いてみろ」

なぜか机にぐったりとしている律の姿に疑問を抱いた僕に、律は唸るような声色で答えた。

「実はね、これを着てビラを配ってたんだけど、誰も受け取ってくれなかったんだよ」
「これって、ぬいぐるみ……」

唯が指し示す方向に置かれた物体を確認した僕は、言葉を失った。
なぜなら、そこには例の変質者が着ていた犬のぬいぐるみとそっくりな頭の部分があったからだ。

「この犬のを着てたのって、もしかして……」
「私だよ」

とてつもなくドスの利いた声に、僕は背筋が震えあがった。

「本当に申し訳ありませんでしたっ!!!」

それから土下座をするまでに、それほど時間はかからなかった。





「まったく、ひどい目にあったぞ」
「ごめん、ものすごく馬鹿げたことを口にしているバカたれがいたもんだから、そいつだと思って」

何とか律に許してもらった(とは言っても、ケーキを好きなだけごちそうするという制裁と引き換えにだが)僕に、律がため息交じりにつぶやくので、僕は釈明をした。

「そいつっていったい……ああ、なるほどな」

名前を言ってもいないのに悟られてしまった。
それほどあいつは有名なのだろう。

(良かったな慶介。これでお前は注目の的だ)

まあ、悪い意味でだけど。

「それにしても、疲れるだけで、受け取ってもらえなかったね」
「これは明日のライブで取り返すしかないな」

果たして、明日のライブでどれほどプラスに転じさせられるのか。
絶望的な状態ではあるが、僕は奇跡にかけてみることにした。

「あのー、これなんてどうかしら?」

そんな僕たちに、ある種の元凶である山中先生が声を掛けてきた。
その手には執事服とメイド服が合った。

「さあ、午後の授業が始まるぞ」
「そうだね、とっとと戻るか」

四人は音楽室と音楽準備室の連絡通路の方へと着替えるために向かい、僕は四人が戻ってくるのを待つことにした。

「あの、無視だけはやめて」

(もう少しちゃんとしたのは用意できないのだろうか?)

思わず頭を抱えたくなるのを必死にこらえた。
そして、着替え終わった唯たちと共に、ぬいぐるみを(適当に)片づけると山中先生を教室に残して部室を後にした。

「お願いだから、無視だけはやめて~!!」

部室からそんなむなしい叫び声が聞こえてきたが、それにも目もくれずに階段を下りていくのであった。
この行動が放課後にとんでもない嵐を巻き起こすとも知らずに。

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