「先生の考えている通り、DKは自分のことです」
僕の言葉に、山中先生は表情を変えることはなかった。
「見下すとか遊びという見方もできなくはないですね。別に否定はしません。もしかしたら、自分が知らないところでそう思っているところもあるかもしれませんから」
僕自身には他者を見下すつもりは全くないが、もしかしたら心の中ではそういう風に思っているのかもしれない。
僕は”ただ”と言葉を続けた。
「ここにいれば、僕は”DK”ではなく、”高月浩介”として演奏ができます。だからここにいるのかもしれませんね」
DKと言う偽名を名乗って、有名になっていくにつれて気づくと僕は複雑な状態になっていた。
それは、ただの学生としての高月浩介と有名なギタリストに名を連ねるDKという二つの顔。
両極端なそれは、時折僕自身に疑問を抱かせる。
どっちが本当の自分なのだろうか?――と
正体を明かせばいいのではないかと言うことになるかもしれないが、今はまだ高校生。
さすがにそれをするのは憚られる。
それに、やはりDKである僕のおかげでH&Pが有名になれたという評価が気になっていた。
「……そう」
僕の話に、山中先生は申し訳なさそうな表情で応えた。
「それに、彼女たちはいつしか僕すらも驚くような最高の演奏をしてくれる。……根拠はないんですけど、そんな気がするんです。だから僕はそれを見てみたいんです」
「そういうことだったのね」
山中先生は否定することもせずに頷きながら相槌を打つ。
田中さんにこの話をしたら、きっと小言とかを言われるかもしれないがそれでも僕は今の言葉を撤回する気はない。
「あと、くれぐれもこのことは――」
「分かってるわ。誰にも話さないわ。さすがに教え子のことをペラペラと話すのは教師失格だからね」
僕の言葉を遮って、笑い飛ばすようにそう告げる山中先生のことを信じることにした。
普段はあれだが、教師としてはとてもいい人なのは確かなのだから。
(あ、そういえば)
「あの、先生。もうひとついいですか?」
「何かしら?」
そんな時、ふとあることを思い出した僕は、ダメもとで山中先生に訊いてみることにした。
「サインとか、もらえませんか?」
「……ごめんなさい。今なんて言ったのかしら?」
僕のお願いに、目を丸くしながら聞きかえしてくる山中先生に、やっぱりかと思いながら事情を説明することにした。
「普段は物静かな性格だけど、楽器を手にすると異様に性格が変わるベーシストがいまして、その人がDEATH DEVILのキャサリン……つまり山中先生の大ファンなんです。前にサインがほしいって言っていたので」
「そ、そう。嬉しいような悲しいような。まあいいわ。ちょっと待っててね」
ダメもとだったのだが、どうやらOKのようでどこから取り出したのか、色紙にサインペンで書きこんでいく。
(どうして色紙なんて持ってるんだろう?)
世の中には、僕にも分からないことが多くあるようだった。
「はい。これをその人に渡してね。ただし――」
「山中先生の名前は決して言いませんので、安心してください」
山中先生の言わんとすることを察した僕は、先生の言葉を遮って応えた。
「お互い、正体を隠すのに苦労するわね」
「ええ、全くです」
山中先生もDEATH DEVILでのことを隠している(と言えるのかどうかは定かではないが)あたり、共感できるところがあった。
「それじゃ、僕はこれで。さようなら」
「さようなら」
僕は手早く荷物をまとめると、先生に一礼して部室を後にした。
(さて、古文の課題を提出しないと)
担当の先生から書き直して再提出されるように言われた課題を提出するべく、僕は職員室へと向かうのであった。
これは余談だが色紙を荻原さんに渡したところ、とても喜んでくれた。
それは嬉しさのあまりに気を失うほどに。
ちなみに、荻原さんを起こすのにかなりの時間がかかることになるのだが、それはどうでもいい話だろう。
それからしばらく立った日の朝。
「何だか変に時間が余った」
いつもより早く目が覚めてしまった僕は、朝食を早めにとったのだが、やはりと言うべきかいつも家を出る時間よりかなり早い時間には準備ができてしまった。
(早く行くのもいいけど、どうせならのんびりしたい)
せっかちすぎるのもあれなので、結局僕はいつもの時間までニュース番組を見ることにした。
「続いてのニュースです」
先ほどまで報道していたニュースから話題を変えるように、女性アナウンサーが告げると遅れて画面下にニュース内容が表示された。
「―――町にて、女子高生が何者かに切りつけられる事件が発生しました」
「ん?」
告げられた内容に、僕は眉をひそめる。
そんな僕をよそに、ニュースはさらに続く。
「先日午後6時ごろ、人が血を流して倒れているのを近所の住人が発見し通報しました。女子高生は病院に搬送されましたが搬送先で死亡が確認されました」
「…………」
あまりにも悲惨な結果に、思わず右手を強く握りしめていた。
それは僕の中にあるかすかな正義によるものなのか、それとも職業病だろうか?
「警察は手口や時間帯が二日ほど前から発生している連続通り魔事件と酷似していることから、同一人物による犯行と断定し犯人の行方を追っています」
「やっぱりあの通り魔事件か」
――連続通り魔事件。
それは三日ほど前から発生している事件だ。
最初は今回の事件が発生した場所から二駅分離れた場所の住宅地でそれは起こった。
帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられたのだ。
その次の日の同じ時間帯に今回の事件が発生した場所の隣の住宅地でも帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられた。
二件とも通報が早かったため、幸いにも一命を取り留めることができたが、今回はそうではなかったようだ。
(一日に一駅分移動しているな)
犯人は、どういう理由なのかは分からないが一駅ずつ移動して犯行に及んでいる。
だとすると、次の犯行場所は自ずと分かってくる。
「もし、今日もあるのだとすれば。それは………ここか」
二日ほど前から徐々にこちらに近づき、そしてとうとうここへとたどり着いた。
もちろん、これは僕の勝手な憶測だが注意するに越したことはないだろう。
(部活の時に言って早く帰るように促そう)
僕はそう心の中で決めると、出るのにちょうどいい時間帯だったのでテレビの電源を切って家を後にするのであった。
季節とはすぐに移ろうものだ。
「今日も冷えるな~」
冬真っ只中の12月。
僕は、寒い風が吹き付ける道を歩いていた。
「浩く~ん!」
「ん?」
背後からかけられる声に、僕は声のした方へと振り向く。
「唯に憂か」
「おはよう、浩君」
「おはようございます。浩介さん」
いつものようと変わらぬにこにこと幸せ全開の表情を浮かべている唯たちの姿があった。
いつもと違うのはマフラーを一緒にかけていたり手をつないでいたりしていることだが。
「おはよう二人とも。今日も仲良しだよな、二人とも」
「えへへ~、そうでしょそうでしょ~」
僕の言葉に、嬉しそうに反応する唯。
憂の方を見てみると、同じく嬉しそうだったのでまんざらではない様子だ。
「うんうん。仲好きことは良きかなよきかな」
不仲よりは断然いいので、僕も頷きながら歩き始める。
「あ、待ってよ浩君!」
「はいはい」
歩くのが早すぎたのか、遅れ気味の唯たちに呼び止められた僕は、二人が追いつくのを待つことにした。
(できれば、ここで”浩君”と大声で呼ぶのはやめてほしかったりもするんだけどね)
おそらく言っても無駄なので、口には出さずに心の中で苦笑しながらつぶやいた。
現に、周りから視線を感じるようなきがする。
そして追いついた二人に、僕は歩調を合わせる。
「それにしても浩君は寒くないの?」
「なぜに?」
突然そんなことを聞いてきた唯に、僕は首を傾げながら理由を尋ねた。
「だってマフラーとかコートとかを羽織らないのに平気そうにしているから」
「カイロとかをつけてるんですか?」
二人から理由を聞いて大体把握ができた。
「いや、生まれてこの方つけたことはない」
ここに来て初めて知った”カイロ”という便利な道具。
とはいえ、僕には必要なものではなかったのでこれまで使ったことがない。
「そうなんですか!?」
「ずる~い」
「いや、ずるいと言われても」
唯の非難に、僕はどういえばいいのかがわからずそれしか口にできなかった。
「皆―! クリスマス会をしようぜー」
「クリスマス会?」
放課後、いつものように部室で部活動(とは言ってもお茶を飲んだりしているだけだが)をしている中、突然切り出したのは律だった。
「クリスマス会なんて聞いていないけど」
「うん、今話したばっかりだから。これがそのチラシ」
人数分用意していたのか、律からクリスマス会に関するチラシを一枚受け取った僕は、それに目を通す。
そこに書かれていたのはこんな内容だった。
――クリスマス会――
日時:12月24日
場所:ムギの家
会費:一人1000円
―――
「おい、人の家で開催するのになぜお金を取るんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん」
ムギからも会費を取るのだろうか?
だとしたらものすごくあれなことになりそうなんだが。
「ごめんなさい、その日は都合が悪いの」
「あ、やっぱりだめか~」
律も想像はついていたのか、無理だと言うムギに対してすんなりと引き下がった。
「私の家は毎日何がしらかの予定があって、一か月前に予約をする必要があるの。本当にごめんなさい」
(一体どんな家なんだ?)
野暮だとは思うが思わず心の中でそうつぶやいてしまった。
それはともかくとして、ムギの家がだめになったことで代わりの場所を決めることになった。
「律ちゃんのお家はどう?」
「あー、ダメダメ。律の部屋は足の踏み場もないほどに散らかっているから」
最初に白羽の矢が立った律の家だが、澪によって却下された。
……何となく容易に納得ができてしまう自分が恨めしかった。
「なにをー!」
澪の言葉に食って掛かる律だったが、意外なことにたった一言だけだった。
静かに席に着いた律がにやりとほくそ笑む。
「澪の部屋は服が脱ぎ散らかしてあるもんな。下着とか」
「なっ!?」
律の言葉に、澪は一気に頬を赤らめさせる。
「浩介の前でデタラメなことを言うなっ!」
「証拠ならここにあるぞ」
そう言って取り出したのは数枚の写真だった。
その一枚を僕たちに見えるように掲げた。
写真に写っていたのは下着ではなく、どこかのテーブルの上に置かれた二つのパンだった。
「パンが二つでパン………」
律の言いたいことの意図がわかった僕たちは、何とも言えない空気に包まれた。
「他にもある―――」
「そ、それじゃあ浩介君の家はどうかな?」
別の写真を見せようとした律から写真をひったくろうとする澪と、それをガードする律との取り合いが始まった。
それをしり目にムギが次に白羽の矢が立ったのは僕だった。
「あー、僕の家はまだ食器棚の方が直ってないからご勘弁を」
「まだ直ってなかったのかよっ!?」
澪と写真の取り合いをしていた律にツッコまれた。
「この間新しい食器棚が届いたから、まだ組み立てている最中なんだよ」
「食器棚って何?」
事情を知らない唯に、律が簡単に説明を始めた。
ちなみに、食器棚だがまだ半分程度しか完成していない。
ここ最近バンド関係で時間が取れなかったためなのだが、それはただの言い訳に過ぎない。
できれば年末までには完成させたい。
「唯ちゃんのお家は?」
「大丈夫だよー」
即答だった。
「でも、クリスマスなのに両親とか大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。いつもお父さんとお母さん、旅行に行っていて今度はドイツだって」
だからいつもいないのか。
とすれば、両親に会えた僕はまさしく運がいいと言える。
……尤も、会った状況が良ければなおよかったのだが。
「それじゃ、決定だな」
「料理は任せて!」
「だ、大丈夫なのか?」
あまりにも自信を持って言われたため、僕は心配になって訊いた。
唯には失礼だが、どう考えても危険な気がするのだ。
「うん! 憂が作ってくれるから」
「………だと思ったよ」
今度憂には労いの言葉でもかけようと、心の中で誓うのであった。
「そうだ。プレゼント交換をやろうよ!」
「「やろう~やろう」」
律の提案に、ムギと唯が手を挙げて賛成した。
「変なものを持ってくるなよ?」
「それはお前だろ!」
にやりと笑みを浮かべる律の注意に澪が目を細めて返した。
「小学生の時に、プレゼントだとか言ってびっくり箱を渡したのは律だろ!」
「あー、あれはすごかったな。いきなり気絶するんだもん」
澪と律の会話だけで、その時に何があったのかが容易に想像できてしまった。
「何やってんだ? お前」
「べたですなー」
呆れながらツッコむ僕に続くように唯がツッコんだ。
(びっくり箱はプレゼント交換のべたなのか?)
後で調べてみようと、心の中で決めた。
「あ、和ちゃんも誘ってもいい?」
「もちろんだよ」
唯の問いかけに、律は二つ返事でOKを出した。
「それじゃ、すぐに誘いに行こう!」
「とか言いながら、引っ張るな!」
即断即決とばかりに僕の腕をつかんで歩き出す唯に、僕は慌てて抗議するが止まるどころかさらに歩く速度を速めた。
「急がないと和ちゃんが帰っちゃう!」
「分かったから、せめて引っ張るのだけはやめて! 転ぶからこれ、絶対に転ぶからッ!」
僕のお願いは、生徒会室前にたどり着くまで聞かれることはなかった。
ちなみに、真鍋さんだが、最初は
「部外者の私が参加してもいいのかしら?」
と渋っていたが、いつの間にかやってきていた律の「大丈夫だって。私たちはもう友達じゃん!」の一言で参加することとなった。
ちなみにそのあとの「参加者が増えれば会費が多くなるし」という声は僕は聞き逃さなかった。
「律、ろくでもない使い方はしないでね」
「もちろんだよ。まったく、浩介は気にしすぎだって~」
律にくぎを刺すように言ってみたところ、あからさまな笑顔で返された。
(絶対に変なことに使う気だったな)
願わくば、”変なこと”が軽音部にとってプラスになることであることを祈るばかりだった。
そんなこんなで、あれよ来れよという間に軽音部のクリスマス会の開催が決まるのであった。
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