「渉殿」
「何?」
自室へ戻る際中、俺を呼び止めたのはブリオッシュだった。
「ちょっと聞きたいことがあるでござる」
そう言ってブリオッシュは周囲を見回した。
どうやら人には聞かれたくない話のようだ。
「気になっていたのでござるが、ユキカゼと何かあったでござるか?」
「ッ! どうして、そう思う」
ブリオッシュの問いかけに思わず反応しそうになるのを無理やり止めて、俺は平静を装い聞き返した。
「先ほどのユキカゼと渉殿の接し方が少しいつもと違っていたでござるから気になったでござる」
「………」
確かにそうだった。
俺は彼女を袖にし、向こうはされた方だ。
いつも通りに接していること自体がおかしい。
しかも昨日の今日だ。
俺もそうだが向こうも割り切れていないのだろう。
「良ければ拙者に話してほしいでござる。そうすれば何か役に立てるかもしれないでござるし」
確かに、ブリオッシュの言うとおりだ。
一人で悩んでいても仕方がない。
こういう時は第三者の手を借りるしかない。
でも
(その張本人に言うのはな……)
徐々にはっきりとしだした俺の”応え”は、おのずと彼女を関係者にさせている。
だとすれば、当の本人に打ち明けていいような物ではない。
「ダメでござるよ。何でも一人で抱え込むのは渉殿の悪い癖でござる」
「………だよ」
ブリオッシュのその一言は、俺の中にあった何かを切り裂いた。
「な、なんでござるか? あまりよく聞こえなかった―――」
「俺の何を知ってるんだって言ってんだよ!」
思わず口を次いで出てしまった言葉。
「何も知らない癖に、勝手なことを言うなっ!!!」
止めようとしたが、一度口にしてしまった感情は止まることがなかった。
「渉……殿」
俺のそんな罵声に、ブリオッシュは起こるわけでもなく憐れむわけでもなく、悲しげな表情で俺を見ていた。
「っ!!」
ブリオッシュの目元からこぼれる物を目にした俺は、いてもたってもいられずにその場から逃げるように走り去った。
(何をやってるんだよ、俺は)
どのくらい走ったのか、俺は近くにある木の幹に寄りかかった。
こみ上げてくるのは後悔の念ばかりだった。
(今回の件は俺が原因だ。誰のせいでもないのだ。ブリオッシュを責める資格は俺にはまったくなかった)
今すぐに謝りに行くべきだということは、俺にもわかっている。
でも、
「今更、どんな顔して会えばいいんだ」
あれだけひどいことを言ってどうやって合えばいいのかが、俺にはわからなかった。
「くそッ!」
自分への不甲斐なさにいら立つ俺は地面に足を強くたたきつけた。
(本当に、俺って最低)
ため息をつきながら、俺はゆっくりとその場を後にする。
せめて、次にブリオッシュと会ったときは平静を装えるようにするべく俺は散歩をすることにした。
こうして、謝ることもできぬまま、開戦の日を迎えるのであった。
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