あれから、俺はベッドで横になっていることが出来ず、上着を着て部屋を後にしフィリアンノ城を歩いていた。
あんな事があった後で寝れるのは、相当の鈍感馬鹿か無神経な奴だけだ。
「はぁ……」
そして思わずため息をついてしまった。
俺らしくもない。
ユキカゼの告白、キス……他にも色々と考えなければいけないことがあるはずなのに、さっきからこの二つの事が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
まるで呪いの言葉のように、俺に付きまとう。
(一体全体、俺はどうしてしまったんだ)
「はぁ……」
「何ため息をついているのでありますか? 渉様」
再度ため息をつくと、突然女性の声が聞こえてきた。
その声の方を見ると、そこには何かの本を腕に抱え、不思議そうな目をして俺を見るリコッタの姿があった。
「何だ、リコッタか」
俺の言葉をを聞いたリコッタは頬を膨らませる。
「何だとは酷いであります!」
「……すみません」
リコッタの怒りよう(そんなに怖くはないが、何故か怖いと感じてしまうのはなぜだ?)に、俺は素直に謝ることにした。
「怪我の方はよろしいのでありますか?」
「ああ。おかげさまで何とか」
謝ったことでリコッタはため息をつきながら、心配そうに聞いてきた。
「そうでありますか。ダルキアン卿にユッキーが、とても心配していたであります。あまり無茶は禁物でありますよ」
「善処します」
俺のお礼に、リコッタは満足げに頷いた。
「そう言えば先ほどユッキーが顔を赤くして走って行ったでありますが、どうしてなのか渉様はご存じでありますか?」
「ッ!? ちょっとな」
リコッタの問いかけに、俺は息をのんだがぼかして答える。
「渉様、顔色が悪いでありますよ。大丈夫でありますか?」
「あ、ああ。ちょっと疲れてるだけだ」
どうやら、深く追及はしないようだ。
心配そうに問うてくるリコッタに俺は肩をすくませながら答えた。
「でしたら、大浴場でゆっくりするであります! あそこなら疲れもすぐに取れるでありますよ」
「そうだな。そうする」
リコッタの提案に、俺は頷く。
少しばかりゆっくりとした方がいい。
そうすれば、少しは考え事もなくなるだろう。
「あ、でも一応言っておくと、今は男の人の入浴時間でありますがあまり長湯をしていると、女性の入浴時間になるであります。気を付けて欲しいであります」
「り、了解」
頭の中に、何故か関係ない親衛隊長のエクレールに追い掛け回される自分の姿を想像し、頷いた。
もしかしたら、後ろにはもっと追う人物がいるかもしれない。
取りあえずそれだけは防がなくては。
そして俺はリコッタと別れると、足早に大浴場へと向かった。
「ふぅ……久しぶりにゆっくりできる」
それもどうだとは思うが、俺はのんびりとお湯につかっていた。
念のために言うが、俺は体を一通り洗い終えている。
(やっぱり”世界”からは逃れられないか)
俺は自分の手を見つめながら心の中でそう呟いた。
俺の一連の症状、それは世界と契約をしているがために起こったものだ。
物質化抵抗現象と同じだが、このままでは大変なことになる。
「それだけは防がないと」
「それとは、何でござる?」
「それはだな…………」
俺の呟きに答える少女の声に、普通に答えようとして俺は固まった。
そしてゆっくりと横を見てみた。
「うわぁ!?」
「ひゃっ! い、いきなり大きな声を出してどうしたんでござる?」
俺の横には、俺の悩みのある種の種でもある、ユキカゼが同じようにお湯につかっていたのだ。
「どうしてッ! なんで、ユキカゼがここにいるんだよッ!?」
「ちょっと頭を冷やそうと思っていたでござる」
俺の半ば叫びながらの問いかけに、ユキカゼは顔を赤くしながら答えた。
「冷やそうとしてどうして温まってるんだ?」
「頭に水をかぶったら逆に寒くなったので、こうして温まっているでござるよ」
「………お前馬鹿だろ」
思わずそう口にしてしまった。
”頭を冷やす”というのはあくまで比喩表現。
それを本気にして(しかもまだ薄っすらと寒さが残る気候で)やるのはそうそういない。
だから、口にするのも仕方ないと言えば言える。
「む、拙者は馬鹿ではないでござる!」
「はいはい。ユキカゼは天災なんだな」
「絶対に本心ではないでござる! というより”天才”違いでござるよ!!」
今日のユキカゼは何時にもましてスロットル全開だな。
まあ、俺のせいでもあるが。
「にしたって、まだ男の入浴時間中に……」
「大丈夫でござる。この時間帯に入るのは渉殿ぐらいでござるから」
ユキカゼの言葉に、俺はあたりを見回してみた。
確かに、人の姿は見当たらない。
「………」
「……」
今までの喧騒はまるで嘘だったように静まり返っていた。
「そういえば、この間の”あれ”だけど」
「……っ」
俺が口を開くと、隣で息をのむ声が聞こえた。
「返事はもう少し待ってほしい」
「…………」
「実は、もう返事は決まってるんだ。でも、その返事は雰囲気に流されているだけだと思うんだ」
俺の言葉に無言のユキカゼをしり目に、俺は言葉を続ける。
「だからもう少し待ってほしい。しっかりと答えが返せるようになるまで」
「……分かったでござる」
俺が言い切って少しだけ沈黙が続いた後、ユキカゼが口を開いた。
「拙者、渉殿の答えを待っているでござるよ」
「すまない」
俺はユキカゼに謝ると、深呼吸を一回する。
「さて、そろそろ俺は上がるとする。聞いてくれてありがとう」
「また明日でござるよ。渉殿」
ゆっくりと湯銭から上がり大浴場を後にする俺の背中に、ユキカゼはいつもと変わらない声色で言ってきた。
そんなユキカゼに、俺は片手をあげて答えるのであった。
(俺も、覚悟を決めるか)
まだ、他の問題が解決はしていない。
でも、この問題……ユキカゼから逃げてはいけない。
そう思ったからこそ、俺はしっかりと心の中で気持ちを固めようと決意した。
そして俺は服を着ると、そのまま自室へと足を向けるのであった。
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