「渉殿」
「……何だ?」
ロランさんに言われた場所へ向かう途中、ユキカゼが俺に声をかけてきた。
「どうして渉殿だけ歩きでござる? セルクルに乗れば楽でござるよ」
(またか)
前に同じ疑問を親衛隊長に投げかけられたのを思い出して、俺は思わずため息をつきそうになった。
「も、もしよかったら拙者のセルクルに乗らないでござるか?」
頬を赤らめながらのユキカゼの提案に、俺はガクッと転びそうになった。
「却下だ! セルクルに乗らないのは、乗ることによって出来る危険を防ぐためだ!」
これ以上続けられて変な方向に話が進む前に、俺は理由を話した。
「危険……でござる?」
「動物の足を狙った攻撃は乗っているものに不意打ちをする、一番手っ取り早い方法。確かに動物に乗れば移動労力は軽減できるけど、危険が伴う」
首を傾げているユキカゼに、俺は出来るだけ分かりやすく説明をした。
「なるほど」
「さて、セルクルはそろそろ降りた方がいいかもな」
俺の説明にすごいとばかりに頷いているユキカゼをしり目に、俺は静かに告げた。
「………そうでござるな。この先は空気が違う……確実に魔物がいるでござる」
ユキカゼも先から漂うよどみを感じているのか、真剣な面持ちで答えた。
そして、少しばかり開けた場所でユキカゼはセルクルから降りた。
「行くでござるよ」
「了解」
ユキカゼの合図に、俺は気を引き締めて返事をした。
そして奥へと足を踏み入れるのであった。
開けた場所から進んだ場所は芝生で覆われ、脇には草木が生い茂るという、一種のジャングルのような場所だった。
「これはいかにも出そうな場所でござるな」
辺りを見回しながらその感想を述べるユキカゼに俺は静かに頷く。
「渉殿、気を付けるでござるよ。今回のは今までの比ではないでござるゆえ」
「分かりました」
ユキカゼから注意され、俺は静かに返事をした。
確かにこちらに向けての敵意を感じる。
だが、分かるのはそこまで。
今の俺に分かるのはそれだけだ。
まあ、普通はそれだけでもすごいと言われるほどのレベルだが。
「無茶だけはしないように」
「その言葉。そっくりそのまま返すでござるよ」
俺の注意に、ユキカゼが反論した。
「拙者は、渉殿の方が心配でござる」
ユキカゼの言葉に、心配かけるようなことをしたかと記憶を遡ってみたが、思い当たるのは一つもなかった。
「渉殿を見ていると危なっかしく感じるでござるよ」
そんな俺の考えが分かったのか、再び口を開く。
「………俺が無茶するのはお前たちを守る時か、仲間を守る時ぐらいだ」
「ッ!? そ、そうでござるか」
俺の言葉に、なぜか頬を赤らめ視線を俺から逸らしながら答える。
その時、ふっと敵意が強まった。
「どうやらあちらさんは、せっかちさんだな。自分から来たようだ」
「そのようでござる」
俺の軽口に、ユキカゼは武器を構えながら返すと、来るであろう魔物に備えた。
そしてその魔物は唐突に俺達の前に躍り出た。
「グゥゥォォオ!!」
その魔物は犬ぐらいの大きさで、色は黒かった。
爪先は非常に鋭利であれで引っ掻かれでもしたら、下手すれば致命傷だけは避けられない。
おまけに鋭い牙ときた。
これも噛まれたら大ダメージだ。
どちらにせよ、”爪”と”牙”の二点にだけ気を付ければいいだろう。
「数は10匹。どうやら、一瞬で片が付きそうだ」
「そのようでござる、なッ!」
俺の言葉にユキカゼが言いきるのと同時に飛び掛かって来た魔物を、やや大きめの手裏剣のようなもので斬りつける。
魔物はそのまま地面に横たわり、動かなくなった。
「お見事」
「えへへ」
その一切乱れぬ動きに称賛の声を送ると、ユキカゼは一気に緩んだ表情で喜びをあらわにした。
するとさらに俺達の背後や周辺に魔物が姿を現した。
どうやら前方にいた魔物と同じタイプらしいが、数がものすごく増えた。
おそらくさっきの2,3倍ほどは。
「どうやら敵は数で攻めてきたようだ」
「うむ、拙者たちはものの見事に囲まれているでござるな」
俺は互いに背中を合わせ、意識を集中する。
勝負は一瞬。
判断を誤ればただでは済まない。
そして……
「グオオオオっ!」
魔物たちは雄叫びを上げると、一気に襲い掛かってきた。
ユキカゼが動き出す中、俺は一歩前に出た。
「紋章剣……」
冷静に、無駄のない動きで神剣に輝力を集める。
後は魔物たちをひきつけるだけ。
俺から見て右側の真横から左側の真横までの魔物を俺が狩る。
それが、俺の導き出した戦術だった。
意識を集中していると、見えるはずのないユキカゼの行動が手に取るようにわかった。
目まぐるしい速さで魔物たちを退治していくユキカゼ。
そして、俺の目の前まで迫る魔物たちの姿。
(今だッ!)
「裂空一文字ッ!!」
一気に正宗を横に薙ぎ払うように振るう。
直撃した魔物たちは、断末魔を上げることなく消滅した。
「ふぅ………渉殿、お見事でござる」
「それを言うなればユキカゼの方がだ」
ユキカゼの労いの言葉に、俺はそう返した。
俺がやったのはあくまで真正面の魔物だけだ。
実際ユキカゼはやや広い範囲の魔物を相手にしたのだ。
だからこそ、俺達はそう返したのだ。
「いやいや、渉殿の方が見事でござるよ。お館さまの使っていた紋章剣を、あそこまで再現できるとは羨ましいでござるよ~」
「そ、そこまですごくはない」
ユキカゼの真正面からの称賛の言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
すると、それを見ていたユキカゼはからかうような目で俺を見てきた。
「いや~渉殿が照れるのを、始めて見たでござるよ。顔、真っ赤っかでござるよ」
「ユキカゼ、人をからかうのも大概に――」
ユキカゼの言葉に、注意をしようとした俺の視界がぐにゃりと歪んだ。
「……? どうしたのでござる?」
俺の異変に気付いたユキカゼが首を傾げて訪ねてくるが、俺はそれに答えることはできなかった。
一気に体が重くなったような感じがした。
(体中を襲うこの倦怠感……まさか)
俺は、その原因に心当たりがあった。
しかし、そんな事を考える時間はなかった。
なぜなら、俺の意識はそのまま途切れたのだから。
「いやあぁぁぁッ!!!」
その寸前に、ユキカゼの叫び声が聞こえたような気がした。
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