風月庵では、草むらだった一か所にかがんでいるユキカゼの姿があった。
それは渉がフォロニャルドを去ってからの日課でもあった。
「ユキカゼ」
「……お館さま」
後ろから声をかけたダルキアンに、ユキカゼは地面から視線をそらしてダルキアンの方へと顔を向ける。
「もう二か月でござるな」
「……はい」
横に腰かけたダルキアンの言葉に、ユキカゼは再び地面に視線を落とした。
渉がフロニャルドを後にしてから二か月という月日が流れていた。
「もしかしたら……」
「何でござる?」
口を開くユキカゼに、ダルキアンは先を促した。
「何も思い出してなくて、もうここには………うぅ」
「ユキカゼ……」
涙声だったその言葉は、やがて嗚咽へと変わる。
そんなユキカゼを悲しげな表情で見るダルキアンはそっとユキカゼの肩に手を置く。
「グス……お館さま?」
「大丈夫でござる。大丈夫でござるよ」
涙を流しながらダルキアンの顔を見上げるユキカゼに、ダルキアンは只々それだけを言い聞かせるようにつぶやいた。
ダルキアンも、ユキカゼと同じ心境だ。
だが、彼女はこの二か月間涙を流したことはない。
なぜなら……
「渉は必ず戻ってくるでござる。そう拙者たちが信じなければ、誰が信じるのでござる?」
「……そう、ですね」
ダルキアンは信じているのだから。
渉が必ず戻ってくるということを。
だからこそ、ダルキアンは待ち続けられるのだ。
「渉が戻ってきたらずっとそばにくっつくでござるよ」
「私もでござります。お風呂に入る時だろうとこのユキカゼ・パネトーネ、渉からは離れないでござる」
ダルキアンの宣言に、ユキカゼは涙を拭うと同じように宣言した。
それはある意味すごいことを言っているようなものだが。
「渉が戻ってきたらまずは稽古をするでござろうか?」
「あはは、拙者たちを待たせた罰でござるな。拙者も参加するでござる」
冗談交じり(とは言っても目は本気だが)に物騒な事を言いながら笑いあう。
と、その時一筋の風が流れる。
――それは困るな――
そして風と共に、その声は二人の元に運ばれた。
「え!?」
「っ!?」
その聞き覚えのある声に、二人の方はびくっと震える。
――待たせたことは謝るが、稽古はやめてくれ。確実にリンチになるから――
再び駆けぬける風に運ばれて、その声は二人の耳に入った。
二人は地面にしゃがみ込んだ体制のまま風上……声のした方へと顔を向けた。
そこに立っていたのは。
「久しぶり……よりはお待たせと言った方がいいかな?」
苦笑を浮かべながら立っている渉の姿があった。
「渉っ!!」
「うわっと!?」
先に駆けだしたのは、ダルキアンだった。
渉に抱き着き顔を肩に埋めている。
渉は突然のことに数歩後ろに下がる。
「渉!!」
「っと!?」
次に抱き着いたのはユキカゼだった。
ダルキアンが飛び掛かったことで、心構えが出来たのか次は、渉は後方に下がらずに済んだ。
そして二人は嗚咽を上げていた。
「良かった。会えてよかったでござるよぉ」
「会いたかった、ずっとずっと待っていたでござる!!」
涙ながらに掛けられる言葉に、渉は驚きに満ちていた表情を緩め二人の頭に手をのせると、静かに撫でる。
「二人とも、ごめんな」
「グス……拙者たちが今聞きたい言葉は、それではないでござる」
二人の様子に謝罪の言葉を口にする渉に、涙を拭いながら、ユキカゼは告げた。
「そうだったな。ただいまユキカゼ、ダルキアン」
「「………」」
涙ぐんだままで、ユキカゼとダルキアンは渉を期待しているような目でじっと見つめる。
「大好きだよ」
そう二人の耳元で囁かれた言葉に、二人の表情に笑顔が戻った。
「拙者も渉の事が、大好きでござる!!」
「拙者もでござる」
渉の言葉に返すように大きな声で返事をしながら渉に、飛び掛かるユキカゼに続いて、ダルキアンも渉目掛けてジャンプした。
今、こうして渉は帰還を果たした。
――彼を必要とする本当の居場所へと。
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