翌日、俺はお城内の庭を歩いていた。
何でも、フロニャルドとビスコッティを救った勇者シンクに、感謝をするお食事会が行われるらしい。
だからこそ、俺はユキカゼ達の目を盗んで、逃げてきたのだ。
俺はあの魔物退治の時に何もしていない。
それにああいうのは苦手だ。
昔を思い出すから。
(どうしようか)
そして考えるのは、今後のこと。
ここに永住することはすでに決めた。
ただ、それをするためには一度天界に戻らなければいけない。
そこでノヴァに、ここでの永住を許してもらう。
許されることで、俺はここでも一定の霊質を保つことが出来るようになる。
だがそれは元の場所にはもう戻れないことを意味していた。
ここで永住するということは、この土地の土地神になるのとイコール。
土地神は天界の神族の中では下級の存在だ。
そんな存在が世界の原点に入れるわけがない。
(まあ、あそこには何の思い残しもないからいいが)
後は、俺が持つかだ。
少しずつ全身の倦怠感が増してきているようにも感じていた。
そして体の力も徐々に出なくなっている。
早くここを出なければ俺の運命はもう確定する。
”消滅”という最悪の形で。
(二人に悲しい思いをさせるのは嫌だが、消滅するよりはましだ)
そう心の中で考えていた時、俺の横に立つ人の気配を感じた。
「ここにいたのか、渉」
「ん? エクレールか。どうした?」
声をかけてきたエクレールに、俺はそう尋ねた。
そのエクレは、明らかに怒っているような感じがした。
「どうしたではない! 食事会に来るように言ったのになぜここにいる!!」
「どうも俺はああいうのが苦手なんだよ」
俺はエクレールに、答える。
「ええい! 渉がいないと、会が進まないんだ! 泣いてでも連れて行く!!」
「は? それはどういう――――って、引っ張るな!」
俺の問いかけに答えることなく、エクールレは強引に俺の腕を取ると、ずんずんと引っ張って行く。
「ところで渉」
「な、なんだ」
引っ張って行く中、エクレールが声を上げた。
「風のうわさで知ったが、お前ユッキーとダルキアン卿の二人と付き合っているというのは本当なのか?」
「ッ!?」
エクレールの口から出た問いかけに、俺は息をのんだ。
(一体誰が流した!?)
「なるほど、本当だったか」
そんな俺の反応から、エクレールはすぐさま答えを読み取った。
「………」
そしてジト目で俺の方を見てくる。
「な、なんだ?」
「不潔」
ジト目に耐えかねて声を上げた俺に、エクレールは一刀両断した。
「俺も疑問なんだ。どうしてこうなったんだ?」
「知るかッ!」
俺の疑問に帰ってきたのは、エクレールの怒号にも似た声と頭の痛みだった。
「痛ッ!? ちょっと今のは本気で痛い―――ッて、だから引っ張るなッ!」
そんなこんなをしているうちに、お城内に入り、大きな広間にたどり着いた。
「姫様、渉を連れてきまし、た!!」
「のわぁ!?」
エクレールに思いっきり押し出されるように、俺は前に飛ばされた。
そして、浴びせられるのはメイドさん達やジェノワーズ達、そしてシンクやリコッタたちの視線だった。
浴びせられる方としては、何とも居心地が悪かったりする。
「えっと、それでは……」
そう言って話し出したのは、台の上に立つ、姫君だった。
「今回、勇者シンクと一緒にこの国の危機を救ってくれた渉さんが、隠密部隊で一緒に頑張ってくれることになりました」
「………は?」
姫君の一言に、俺は一瞬固まった。
今なんといった?
俺が隠密部隊で一緒に頑張る?
(いったん天界に帰ってからここに戻ると姫君に伝えるように、お願いしたはずだぞ)
それがどうして、ここまで話が飛躍しているんだ?
(まぁ、二人が喜んでるからいいか)
俺は万弁の笑みを壁ている二人を見て、そう思った。
これが惚れてしまった弱みという物なのだろうか?
「つきましては、もう一人の主賓である渉さんにも、一言頂こうと思います。渉さんどうぞ」
「はッ!?」
そう解釈していると、姫君の言葉と共にものすごい拍手が俺に送られる。
俺は冗談ではないと思い逃げようと後ろを振り向くと、いつの間にか回り込んでいたのか、ブリオッシュとユキカゼが立っていた。
「「そぉれ!!」」
「うわっ!!?」
二人に押され数歩前に出た俺に、逃げ道はなかった。
(そういえば俺、一番苦手なのがスピーチだったな)
現実逃避ともとれる考えをしながら、俺は眼鏡をかけた女性の人からマイクを受け取ると、壇上に上がった。
「えっと……ご紹介に授かりました、小野渉です」
まずは無難に自己紹介から始めた。
「自分は、あまりこういう場でのスピーチは得意ではないので、つまらないかもしれないですが、ご辛抱ください」
俺は、一言一句間違えないように、不慣れな敬語で話す。
それを聞いていたシンク達は、静かに笑っていた。
それを見ていると、体中の緊張がふっと柔らんだような気がした。
「姫君の先ほどの紹介に間違いがあるので、訂正します。この国の危機を救ったのは、あくまでも勇者シンクです」
俺の言葉に、周りがざわついた。
姫君の言葉を真っ向から否定するのはかなり失礼に値する。
だが、シンクの活躍と言う真実が捻じ曲げられるのは、俺としても後味が悪いので、しっかりと意見を告げたのだ。
「最初にここに来たのは、本当に偶然が重なった事故でした。困っている私を助けてくれたパネトーネ筆頭を始め、ビスコッティの皆さんにはお礼を言っても言い切れません」
(もしかしたら必然だったのかもしれないな)
俺はスピーチの中でそう考えていた。
あの時、俺はここに来るべくして巻き込まれたのだ。
そうであれば、きっと俺は……
「なので、助けて頂いた皆さんに、少しでもお返しが出来ればなと思います。ビスコッティの……特に隠密部隊の人には迷惑を掛けますが、どうぞよろしくお願いします」
俺はそう言うと、もう一度お辞儀をした。
そして、再び広間は、拍手が響き渡った。
それがとても居心地がよく、楽しかった。
その後食事会となったが、その頃にはすっかり公式の場と言うものに対する苦手意識はなくなっていた。
「はい、渉殿。あーん、でござる」
「あ、あーん……」
会場の隅の方で、俺はダルキアンに野菜を食べさせてもらっていた。
俺の名誉の為にも言おう。
俺がやらせているのではなく、向こうがやっているのだ。
「ど、どうでござる?」
「お、おいしい」
俺の答えに、ダルキアンは花が咲いたように笑顔になった。
「そうでござるか。では次は――「お館さまっ!」――」
ダルキアンが別の料理を取ろうとした時、それを遮るようにして駆け寄ってきたのは、ユキカゼだった。
「お館さまばかりずるいでござる! 次は拙者の番でござる!」
そう言うと、ユキカゼは徐に何かの肉を箸で撮ると俺に差し出してきた。
「わ、渉殿。あーんでござる」
「あ、あーん」
そしてまたダルキアンと同じ要領で食べさせてもらう。
「どうでござる?」
「……おいしい」
俺の答えに、ユキカゼは嬉しそうに料理を取るべく駆けて行った。
(絶対に、ダルキアンに対抗したよな。今)
一品しかお皿に乗ってなかったことと、駆ける速度の速さから、俺はそう考えていた。
(ああ、これなら噂にもなるか)
俺はあたりの好奇にも似たような雰囲気を感じながら、しみじみとそう感じていた。
こうして、お食事会は無事に幕を閉じることができたのであった。
ちなみに、俺のスピーチの時に笑っていたシンクには、たっぷりと”お礼”をしておいた。
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