健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第111話 お金狂騒曲

「あ、あの?」

あまりの金額の大きさに固まっていると、店員から心配そうな声がかけられた。

「ごちそうさまでした!」

一番最初に正気に戻った澪は、何故かそんな言葉を口にしてお辞儀をするとカウンターに背を向けた。

「さあ、帰るぞ」
「おいこら!」
「帰るな」

律が勝手に帰ろうとする澪の肩をつかんで阻止した。

「だ、だって……六千万!」
「落ち着け、桁がものすごく変わってる」

混乱しているからなのか、あたふたとしながら二桁も増やした金額を口にする澪の対応は律に任せることにした。

「ありがとうございます」
「って、少しは躊躇しろ!」

そんな僕たちの横で躊躇なく現金の入った封筒を受け取るムギに思わずツッコミを入れてしまった。

「ムギ、ちょっと唯たちのところで待っていてもらっていい?」
「え、ええ。わかった」

僕はムギに唯たちのほうに行くように告げると、ムギは疑うそぶりも見せずに唯たちのほうへと向かっていった。

「でも、どうしてこんなに高額なんですか?」
「もしかしてムギに気を使って?」

僕と律は店員の人に高価な価格となった理由を尋ねた。
ムギはここの楽器店の系列会社の令嬢だ。
もしかしたらサービスという名目で値段が吊り上げられたのかもしれないと考えたのだ。

「いいえ。それは関係ありません」

だが、店員から帰ってきたのはそんな答えだった。
そのまま店員はカウンターのほうへと向かうので、僕たちもそれに倣って移動した。
そして僕たちのほうを見ながら、店員は静かに口を開いた。

「こちらのモデルのギターですが、1980年代始めに生まれたギターでして―――」

そして店員からギターが効果になった理由を説明された。
話を聞けば、高価な買取価格になったのも頷ける。

「それとお客様の買取りアップクーポンを加味いたしまして、このお値段で買い取らせていただくことになりました」
「……」

店員の説明が終わったが、唯たちから一向に反応が返ってこない。
見れば全員が唖然とした表情で固まっていた。
どうやら、彼女たちにはこの話は難しすぎたのかもしれない。
もしくは、あまりの高額な価格に思考回路が停止しているかのどちらかだろう。

「と、とにかくとても貴重なギターなんです」

そんな彼女たちの様子に慌てた様子で説明しなおす店員に、思わず同情してしまう僕なのであった。










場所を楽器店から近くのファーストフード店に移した僕は、唯たちに席を取っておいてもらうようにお願いをして邪魔にならない場所で電話をかけていた。

『はい、山中です』
「高月です」

電話の相手は山中先生だった。

『どうしたの? いきなり電話なんて』
「先生から預かったギターの売却が終わりましたので、そのお知らせに」

電話の用件は、先生から預かったギターに関してだった。
予想以上に高額な値段が付いたので、持ち主である山中先生に一応確認をすることにしたのだ。

『別に明日でもよかったのに』
「ええ。ですが、少々価格がすごいことになっているので、確認を」
『それで、いくらだったの?』

山中先生の問いかけに、僕はその金額を言うことにした。

「60万円です」
『えぇ!? そんな値段で売れたの!?』

やはり、電話先のほうから驚きに満ちた声が聞こえてきた。

「一応聞きますけど、本当に部費に足しにしていいんですね?」
『……』

僕の問い掛けに、山中先生からの返事がない。

「60万という大金を知っても部費の足しにすればかなり太っ腹な教師として慕われるという私のどうでもいい独り言はともかく、どうするかは先生のご判断にお任せします」
『………』

今度の無返答は、富か名声かの葛藤と見た。

『いいわよ。先生だもの。一度行ったことは覆さないわ』
「ありがとうございます。それでは明日、買取り証明書をお渡ししますので」

ほくそえみたくなるのを必死にこらえて、僕はそう告げると電話を切った。

「さて、早く戻るか」

あまり長く待たせてはだめだと思い、僕は天寧に戻るとポテトのMサイズを注文してそれを手に唯たちの待つ場所へと向かった。










「ポテトXLサイズだ、釣りはいらねえ!」
「って、そのお金を使ったのか!?」

戻ると、律と澪の声が聞こえてきた。
見れば、お金の入った封筒を澪に突き出していた。

「ごめん、遅れた」
「遅いぞ―浩介」

声をかけた僕に、律が口をとがらせて文句を言ってきたが、それを無視して彼女たちの前の席に腰掛ける。

「で、そのポテトは封筒のお金を使ったのか?」
「いや、さすがにこれは自腹だけど」

僕の追及の声に、律は苦笑しながら答えた。
その言葉に嘘はないようなので、僕は心の中でほっと胸をなでおろした。

「でも、本当にいいんですか? こんな大金を部費に当てちゃって」
「いいんだって。さわちゃんが部費にしろって言ってんだから」

60万という大金に、罪悪感を覚えたのか浮かない顔で声を上げる梓に、律は軽く答えた。

「ほれ! 6人で――「僕はいらない」――5人で分け合えば1人で12万円!」

数十枚の万券を梓の前に掲げながら声を上げる律に、僕は微妙に違うと思いつつも辞退した。
理由としては単純。
お金には困っておらず、これ以上お金が増えたらキャパシティーを超えるからだ。
とはいえ、ちゃんと仕事には就くが。

「私、欲しいエフェクターがあったんですよね~」

大金を見せられた梓は目を回してふらふらしながら口を開いた。

「あずにゃん陥落」

まさに唯の言うとおりだった。

「馬鹿っ!こんな場所でそんな大金を見せびらかすな」

そんな中、澪が律に一括する。
驚きなのはそれで梓が元に戻ったことぐらいだろうか。

「そういう澪もほら、12万だぞー」

だが、そんな澪にも律の魔の手(?)が伸びる

「12万かマルチアンプシミュレーターとかいいよな」
「私はツインペダルにフロアタムとかかな」

次々と欲しいものを口にする律たち。
唯一何も口にしていない唯だが、その笑みから何位を考えているのかが大体想像ついてしまった。

「「「「ふふ、ふふふふふ」」」」
「あ、あの……みんな?」
「なんだか、落ちてはいけないところに落ちかかってるぞ」

不気味な笑みを浮かべ続ける唯たちに、おろおろしながら声をかけるムギをしり目に、僕はそう漏らすのであった。
お金が絡むと人が変わるというが、今の唯たちはその典型例なのかもしれない。
結局、ファーストフード店を出るまでこの状態は永遠と続くことになるのであった。










翌日の放課後。
軽音部部室に注文していた棚が届いた。
棚には軽音部関係の物を置いていき、何とかきれいに収めることができた。

(なんだか、無意義は水道の蛇口を磨いていたけど、何をやってるんだろう?)

まるで何かに取りつかれたように磨く麦の姿はまるで魔女を彷彿とさせた。
あまり関わり合いたくないので、放っておくことにしたのだが、気にならないといえばうそになる。

「だいぶ片付いたな」
「はい!」

二人がそんな会話をしている中、僕はふとあるものを見つけた。

「なんだ、これ?」

棚の陰から除く謎の物体に首を傾げながら、僕はそれを引っ張り出した。

「これって、完全に唯の私物だ」

名前は知らないがカエルの置物だった。

「唯!」
「あう!?」

澪の呼びかけに、唯のひきつったような声が聞こえてきた。

「私物は全部持ち帰る約束だったじゃないですか!」
「だって、それ以外にこんなにあるんだよ!」

梓の小言に、唯は震えながら一方を指さした。
その先にあるのは、ベンチの上に置かれた複数個の紙袋だった。
紙袋には様々なものがぎっしりと詰め込まれていた。

「こんなに持って帰ったら憂に怒られちゃうよ!」
「ここに置いてたら私が怒ります!」

梓の切り返しが最近どんどん鋭くなっているような気がしてならないほどにすごかった。

「憂だって怖いもん! この間だって、怒られて一生懸命謝ったんだから」
「姉の威厳まるでないな」

なんとなくその光景が目に浮かんでしまった。

「そういう浩介先輩も、これ忘れてますよ」
「あ、ごめん」

呆れたような表情で梓から手渡されたのは、クリエイト用のメンテナンス道具一式だった。

「とりあえず、格納庫にでもしまっておくか」

とりあえず、それを受け取った僕は、道具一式を格納庫にしまうことにした。

「それって何?」

指を鳴らしたのと同時に頭上に突如出現した黒い靄に、ムギが首を傾げながら疑問の声を投げかけてきた。

「格納庫。こういった道具をしまっておいて、いつでも取り出せるような状態にさせておく。この空間はどことも接点を持たないから、たとえ世界が滅びても僕が生きている限り影響を受けることもない」

簡単に言ってしまえば、そうこのようなものだろうか?
まあ、大きさに限りがある時点でこの例えは不適合かもしれないけれど

「世界が滅びたら、外に出ることはできないんじゃ?」
「詳しいことはツッコんだら負けなんだよ!」

梓の的確な指摘に、これまた唯の的確な反論が返された。

「ということで、浩君。これを格納庫に入れても――「ダメ」――ぶーぶー」

唯が言い切るよりも早くに断ると、頬を膨らませて抗議してきた。

「あのね、この格納庫は武器や戦闘に役に立つものを入れておくためのものなんだ。関係のないものを入れておくところじゃないし、入れたら入れたで有事の際に必要なものがすぐに見つからなくて命取りになることだってある。だからダメ」
「浩君のケチ」

唯の抗議を無視しながら、僕は先程から床に置いてあるメンテナンス道具(バケツや研ぎ石に掃除をする際に拭くための布や乾拭きをするための布など)を手にすると、それを先ほどから出現している黒い靄へとほうり上げるようにして投げ入れた。
そして即座に格納庫を閉じた。

「よし、これで片付けは終了」

長いようで短かった整頓は何とかこれで終わった。

「そうだな。今後は自分の私物はちゃんと持ち帰るんだぞ」
「……そういう律はいったい何をしているんだ?」

口ではもっともらしいことを口にしている律だが、その手にある本のようなものを棚に入れている律に、澪がジト目で見ながらで問いかけた。

「テヘッ☆」

片目を閉じてお茶目に誤魔化す律の姿に怒りというよりも、もはや呆れたような感情が湧いてくる。
それもある意味律の才能なのかもしれない。

「ひぃっ!?」

そんな中ドアが開く音に律たちは体を震わせるという異様な驚き方をした。

「棚は届いたの?」
「ええ、こちらに」

部室にやってきた山中先生の問いかけに全員が固まったまま微動だにしないので、僕が代わりに受け答えした。

「あら、なかなかいいじゃない」

どうや棚のほうは好印象のようだった。
だが、そんな中、僕や律を除く全員が直立不動で山中先生のほうに向かって整列をし始めた。
律の場合はまるでスローモーションでもしているかのようなゆっくりとした動きでその場を離れようとしている始末だし。

「皆、どうしたのよ。人が話しかけているのに」

そんなどこからどう見ても不自然な様子の皆に、戸惑いの色を隠せない様子で声をかける山中先生に応じるかのごとく、澪が逃げあd層としている律の肩をつかむと強引に山中先生の前まで移動させた。

「あぁ、さわちゃん。何だぁ、来てたんだぁ!?」

本人は、ごまかしているつもりだが、両手を握ったりするそのさまはかなり不自然だった。

(なぜにそんな不自然な態度を)
「……それで昨日はどうだったの?」
「き、昨日!?」

山中先生の”昨日”という単語に体を震わせる律の姿に、なんとなくその理由がわかったような気がした。

「ギターよ。持って行ったんでしょ?」
「あ、あぁ! あれは確か……」

山中先生の言葉を受けた率は声をうわ面セルが、なぜか言葉を詰まらせた。

(あまりの大金に、緊張でもしてるのかな?)
「と、とても古いギターだったらしくて」

そんな律に代わって梓と澪が代わりにギターについて話し始めたが、やはり声が震えてぎこちない態度だった。

「あれぇ!? ということはさわちゃんは50代でいらっしゃる?!」

両手をもみながら、唯が何気に恐ろしい爆弾を投下した。
僕はそっと耳に手を当てた。

「どこにピチピチした50代がいるかっ!!!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

それはまさに爆風であった。
すさまじい気圧に、耳をふさいでいるはずの僕にさえはっきりと声が聞こえてくるほどだ。

「父親の友達から借りたって言ったでしょ?」
「そ、そうでした」

なんとなく、唯はいつも通りのような気がした。

「それで、いくらだったの?」
(尋問?)

値段に関しては、先日僕が話しているはずなので、明らかに山中先生の質問は不自然だった。
だが、僕のほうに意味ありげな視線を送ってきたので、これは試練の類だろうと納得することにした。
嘘つき者がバカを見るという教訓を教えつける昔話のごとく。

「えーっと……1万円」

全員が顔をそむける中、律が告げた金額はとてつもなく少ない額だった。

(残りの59万はどこに行った?)
「やっぱりそんなものよね」

山中先生が一瞬不気味な笑みを浮かべたのを僕は見逃さなかった。
この人、明らかに演技をしてる。

「それじゃ、買取り証明書を頂戴。部費に計上するから」
「はひ!?」

演技だとは知らずに、ほっと胸をなでおろしている律たちに畳みかけるように、山中先生は手を差し出しながら買取り証明書の啓示を求めた。

「まさかもらわなかったの?!」
「えぇっと、ここに」
「なんだ、ちゃんとあるじゃない」

ブレザーのポケットから取り出した買取り証明書と思われる紙切れに、山中先生がそう言葉を漏らした。
隣で固唾を飲んで律を見つめる唯たちの姿が、部室内の緊迫した空気をひしひしと伝えていた。

(詰んだな)

どちらにせよ、買取り証明書を見せることになるのだから、ウソがばれるのは時間の問題だった。
だが、律は予想だにしない行動に打って出た。

(た、食べた!?)

なんと手にしていたと思われる買取り証明書を口に入れたのだ。

(そ、そこまでして60万円を手にしたいのか)

律の執着心に、僕は驚きを隠せなかった。

『食え! 食え!』
「食えじゃないから!」

何よりもすごいのは、隣で全身を左右に振りながら食えコールをする唯たちのほうだけど。

(でも、これって無駄なような気がするんだけど)

なんたって、相手はあの山中先生なのだから。

「何をしているの! 早く出しなさい!!」
「絶対に嫌だっ」

買取り証明書を口から出そうとする山中先生、方やなんとしてでも飲み込みたい律との壮絶な戦いは

「出しなさいっ」
「ひぃぃぃぃ!!!?」

メガネをはずした山中先生の渾身の一言で幕をが下りることになるのであった。

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『けいおん!~~軽音部と月の加護を受けし者』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

大変お待たせしました。
本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回はホームセンターでの話が主な内容となります。
実際に店内で遊ぶのはほかのお客様に迷惑になるのでやめた方がいいというのはある意味常識だったりもします。
……たぶん。

さて、拍手コメントへの返信を行いたいと思います。

『ラブライブの小説も書かれているんですか。今度見てみようと思います』

コスモさんコメントありがとうございます。
はい、実は少し前から『ラブライブ!』の小説を書いていたりします。
ただ、この原作は色々な作品との各櫃が強く、不要なトラブルを起こしたくなかったため、こちらでは告知しておりませんでした。
もし読んでいただけるのでしたら、参考までにご感想などをいただければ幸いです。

『ラブライブ!ヒロイン希望アンケートで絵里、真姫、凛をお願いします!』

エレキさん、コメント&投票ありがとうございます。
絵里、真姫、凛の三名への投票を確認しました。
こちらでの回答も有効となっておりますので、ご安心ください。

『花陽をヒロインにお願いします』

ぬこっちさん、コメント&投票をありがとうございます。
花陽への投票を確認しました。

なんだか、票数が微妙に偏っているなと思っている今日この頃です。


それでは、これにて失礼します。

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第110話 ホームセンター珍道中

荷物持ちをかけたじゃんけん勝負は第八戦を終えていた。
現在の戦況を言うのであれば、

澪:1回
律:2回
ムギ:0回
梓:2回
唯:3回

というのが、それzれの荷物を運んだ回数だ。
どうやら僕は運がいいようで1回もギターケースを持つことはなかった。
とはいえ、一番の悲劇は

「待ってよ~」
「じゃんけん三連敗は自分の責任だぞー」

じゃんけんで三回連続で負けて永遠とギターケースを持ち続けることになった唯だろう。

「今日は鞄だって重いんだよ!」
「それも自業自得だ」

唯の反論に、僕はため息交じりに言い返した。
重くなった原因の荷物は、これまでの付けを支払う形になっている。
要するに自業自得ということになるのだ。

「そんな目で見ても、持たないぞ」

そんな中、唯が恨めしそうな眼で僕を見ていることに気が付いたので、僕はそう言い放った。

「浩介君、助けて~」
「うお!? 女性の武器を利用しやがった!」

上目づかい+涙目で助けを求めてきた唯に、律が驚いたような声を上げた。

「……勝負とは、いつも理不尽なものだ。諦めな」
「ば、バッサリ……」

唯の助けてアピールを一蹴した僕に驚いたのだか、あきれたのだかわからない声を上げる律をしり目に、僕は唯から視線を逸らした。

(危ない。あと少しで本当に変わるところだった)

一瞬でもケースを持とうと心が動いた自分を叱咤する。

「唯ちゃん、そろそろ時間よ」
「はぁー……今度こそ負けない!」

ムギの言葉を受けて僕たちのところにまで歩いてきた唯はギターケースを置くと気合を入れなおして手を組んだ。

「返り討ちにしてくれよう!」

そんな唯に応じるように律達も手を組み始めた。

「なんだか子どもですね」
「私は子供だっ」

梓のつぶやきに、胸を張って答える律は、ある意味清々しささえ感じた。

「大人になりましょうよ……」
「というか、威張るなよ」

そういいながらも、手を構えている梓や僕も同じなのかもしれない。
そんな中、一人手を構えていない人物がいた。

「澪、どうしたんだ?」
「じゃんけんだよ!」

それに気が付いた律たちの呼びかけに、澪は僕たちのほうへと視線を向けた。

「これなんだけど」

そういって僕たちに見えるように差し出してきたのは、先ほど手渡されたチラシだった。
チラシには『春の新生活応援セール』と銘打って、さまざまな商品と値段が書かれていた。
安いかどうかは分からないが、春先で新生活を始める人が多いこの季節。
セールと銘打てばお客が集まるという戦略が見え見えなチラシだった。

(食器棚があったら買ったんだけど)

なんだかんだで放置していたが、家の食器棚の問題はいまだに解決していないのだ。
あまりにもひどいので、現在は色々なものを使って棚を支えている状態だが、これが非常に面倒くさい。

「こういう棚とかを一つ置けばすっきりすると思うんだ」
「いいんじゃない?」
「そうですね。この値段なら何とか部費で買えそうですし」
「まあ、置き場所が増えるのはいいことだもんね」

僕を含めた全員が、賛成だった。

「それじゃ、ホームセンターにでも行こうか」
「っ!?」

なんだかホームセンターという単語にムギが強い反応を示したような気がしたが、気のせいだろうか?

「おっと、その前にこれをやろうぜ!」
「そうだね! 今度こそ、勝つよ!」
「まだ続けるのか」

もうやめたと思っていただけに、ため息が出そうだったが、やらないわけにはいかず、僕たちは再びギターケースを持つ人物を決めるべくじゃんけんをするのであった。










「ここがホームセンター!」

チラシに記載されていたホームセンターに到着するや否や、感動したような声を上げたのはムギだった。

「ここにはいろいろな便利なものが、揃っているのよね!」
「は、はい」

そのままのテンションで問いかけられた梓は若干押され気味に答えた。

「ムギ、ホームセンターに来るのは初めてかー?」
「うん。前から一度来てみたいって思ってたのよ!」

ブレザーをひらひらと開いたり閉じたりしている律の問いかけに、ムギは目を輝かせながら頷くと僕たちに背を向けた。

「行きましょう!」

ずんずんと前に進んでいくその姿は、まるで未開の地へと探検する隊長という異名を持つ男性タレントを思わせる感じだった。

「あ、私も!」
「おい! ギターを忘れてるぞ」

それに続くように駆けだした唯を律が呼び止めた。

「ごめん、ごめん」

頭をかきながら戻ってきた唯は、ここ来るまでに数回連続で負けたために持ち続けているギターケースを手にすると、店の奥のほうへと姿を消した。

「家具売り場はどこだろう」
「いや、僕に聞かれても」

二人の後姿を見送ったところで投げかけられた疑問の声に、僕は首を傾げながら答えた。

「仕方ないな、全員で手分けして探そう」
「そうだな」
「その方が早いですね」

律の提案に、僕たちは満場一致で賛成すると、家具売り場を探すべく手分けして捜索に当たることになった。

(それにしても、本当にいろいろ揃ってるな)

家具売り場を探しながら店内を見て回っていると、その品揃えに僕は舌を巻いていた。
まるでほとんどの物がここで揃うのではないかという錯覚を感じるほど、品ぞろえが良かったのだ。

「で、もう見つけちゃったけど」

目的の家具売り場を見つけた僕は、息を吐き出しながらあたりを見回す。

(目印は……あの布団でいいか)

近くにあった布団売場に陳列されていたピンク色の布団を目印にした僕は、唯たちを探すべくその場を後にした。

「確かこっちのほうに唯の反応が……」

あてずっぽうに探すとかなり時間がかかるので、僕は軽く魔法を使っていた。
とはいえ、唯の生体反応をたどっているだけだが。
その反応をたどった僕がたどり着いた場所で見た光景は

「ズギューーーン!!!」

電動式のねじ回しを動かしてはしゃぐ唯の姿だった。

「何をやってるんだ?」
「あ、浩君! これ、かっこいいでしょ!」

満面の笑みを浮かべながら電動式のねじ回しを僕に差し出してきたが、僕はいったいどういう反応をすればいいのだろうか?

「バァン、バァン、バァン!」
「こら、うるさい!」

梓と澪と僕に向けてねじ回しを動かす唯に、澪が叱咤する。

「はい、三人は死にました!」

そして何故か僕はやられてしまった。

「子供か」

澪たちのいるほうに歩きながら思わず口からそんな言葉が漏れてしまったが、出来ればわかって欲しかった。
自分がどれほど恥ずかしい行為をしているのかということを。

「まったく。浩介の言うとおりだぞ」
「……そういう律は何をしている」

僕の言葉に賛同する律だが、その頭には工事現場などでかぶっている黄色に緑色の細い線が横に入ったヘルメットのようなものに四角形の物体がくっついているものをかぶっている律に、僕は問い掛けた。
そんな妙な格好をしている律は視線を澪のほうへと移すと

「のわ!?」

四角形の物体(ヘッドライトだった)に明かりを灯して澪を照らした。

「店の物を用もなく触るな!」
「いやーん。おやめになって―★」

今度は澪と律が騒ぎ始めた。
もはや呆れるしかなかった。
とはいえ、一番呆れているのは僕の横に立っている梓だろうけど

「ねえ、見てみて!」
「今度は何ですか?」

そんな僕たちに声をかける唯に、げんなりとした声色で返事をしながら視線を向けると

「これなんか、動きやすそうだよ!」
「ぶかぶかじゃないですか」

工事現場などでよく着られている作業着を身に纏っている唯の姿があった。
とはいえ完全にぶかぶかでお世辞にも動きやすいという感じはしなかった。

「それでね背中に”放課後ティータイム”って書いてもらおうよ」
「暴走族かっ」

唯の提案に思わずツッコミを入れてしまった僕に、唯はその場に座り込むと誇らしげに胸を張った。

「……ムギは?」
「ムギ先輩はあっちのほうで色々と見て回っています」

これ以上はさすがに付き合いきれない(主にツッコみの関係で)ため、僕はこの場にいないムギの場所に行くことにした。
梓からムギの居場所を教えてもらった僕は、この混沌と化した場所を梓に任せ(半ば押しつけだが)て、ムギを探すべくその場を後にするのであった。





「結局見つからなかったな」

お店の中を一通り歩き回ったところで僕は一つ大きく息を吐き出しながらつぶやいた。
ムギを探していたのだが、ムギを見つけることができなかったのだ。

(痕跡をたどってはみたけど、どれだけ移動してるんだ?)

ムギの生体反応をたどって歩いていた僕は、いろいろな場所をぐるぐると歩く羽目になっていた。
それはまさしく、好奇心旺盛な子供のような感じだった。
そして、気づけば出入り口のほうへとたどり着いていたのだ。

「あれ?」

ふと気づくと、テーブルのようなものが置かれている場所に律や澪たちの姿があった。
それだけではなく、探していたムギの姿も。

「あ、浩介! どこ行ってたんだよ。まったく、子供か?」
「お店の物を使って遊んでいたやつの言葉か? それ」

わき腹に両手を添えて呆れたような口調で言葉を投げかけてくる律に、僕はジト目で反論した。

「というより、ムギのその大荷物は何?」
「買っちゃったの♪ ホームセンターって本当に素晴らしい場所ね」

満面の笑みで答えるムギの両手にはパンパンに膨れているレジ袋があった。

「それで、棚のほうは?」
「明日の放課後に学校まで届けてもらうことになった」

ムギから視線を外した僕の問いかけに、携帯電話を手にしていた澪が答えた。

「それで、唯たちは?」
「さあ? どこか見てるんじゃない?」

次いで出た僕の疑問に、律は首を傾げてながら答えた。

「みんな~」
「お、噂をすればだな」

僕たちに駆けられる唯の声に、視線を向けると手を振りながらこっちに向かってきている唯と梓の姿があった。
なんだか梓は強引に連れてこられている形だけど。

「それじゃ、皆も揃ったんだし、楽器店にでも行くぞ」
「ちょっと待った」

楽器店へと向かおうとした僕を呼び止めたのは、唯だった。

「まだゲームは終わってないよ!」
「……まだやる気か」

腕を構えている唯の姿に、僕はため息を漏らしながら唯たちのところに戻った。

「それじゃ、いくよ! じゃんけんポン!」

こうして、僕たちは再びギターケースを持つ人物を決めるじゃんけんをするのであった。










なんだかんだあってようやく本来の目的地でもある楽器店『10GIA』へと到着した。

「すみません」
「はい、何でしょうか?」

カウンターのほうに向かった僕が店員に声をかけると、店員の男性はこちらに向かってきた。

「このギターの査定をお願いしたいんですが」
「こちらですね」

律から受け取るような形でギターケースを手にするとそれをカウンターの上に置いた。
店員はケースのふたを開けて中を見る。

「はぁ、まさかあのあと四連敗するとは」
「勝利のブイ!」

どうでもいい話だが、あのあと律は四連敗という稀にみる大敗の結果を残していた。
さすがに肩が痛いのか手で肩を抑えながら腕を回していた。

「後、このクーポン使えますか?」
「失礼します……ええ。お使いになれます」

僕が差し出したクーポンを受け取り確認した店員は頷きながら答えるので、クーポンを使うようにお願いした。

「それでは、査定いたしますので、店内でお待ちください」

そんな店員の言葉で、僕たちは少しの間店内を見て回ることにした。

(とはいえ、楽器関係で買うのはないんだけどね)

本当に見ているだけだ。

「唯、どうしたんだ?」
「ねえ、浩君。あれってどうやって演奏するのかな?」

ギターを販売しているスペースで何かを見ている唯に声をかけると、一つのギターを指さして聞いてきた。
その先を見てみると、弦が上下二つあるタイプのギターがあった。

「ほかのギターと同じ。ただ、手の動きはこれまで以上にシビアに難しくなるから、やめておいた方がいいかもしれないな」

唯だったらもしかしたらものにするかもしれないが、さすがにこればかりはギャンブル過ぎる。

「へぇ~」
「査定をお待ちのお客様、お待たせしました!」

そんな時、遠くのほうから店員の声が聞こえた。

「どうやら査定が終わったみたいだ。戻ろうか、唯」
「うん♪」

僕の呼びかけに笑みを浮かべて頷いた唯は僕の腕に自分の腕をからめる。
まるでそれが普通だといわんばかりに。

(少し前までは離せとか言っていたのに……僕でも変わるものなんだね)

そんな人間じみた自分がどこか嬉しく感じつつある僕なのであった。





カウンターのほうにはすでに律たちが集まっており、僕と唯が最後に来る形となっていた。

「お待たせしました。こちらのギターですが60万円で買い取らせていただきます」

そして店員から営業スマイルで告げられた金額に、僕たちは愕然とするのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんにちは、TRcrantです。
大変お待たせしました。

本日『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回より、第2話の話に本格的に移っていきます。
まだまだ先は長いなと思わせつつ進んでいく感じになります。
この第2羽の話が終わるのに数話ぐらいはかかると思います。

さて、拍手コメントへの返信を行いたいと思います。

『冒頭に誤字がありました。唯が寝ているのを見て律がずっこけるところで 律ではなく率になっていました』

コスモさんご指摘のコメントありがとうございます。
ご指摘の箇所はしっかりと修正させていただきました。
また何か誤字等見つかりましたら、ご一報いただけると幸いです。

『 ハーメルンのアカウントを持ってないのでこちらに書かせていただきます。「ラブライブ!~たった一人の男子とスクールアイドル~」いつも楽しみに読んでます。 ヒロインの希望ですが活動報告でないですけど大丈夫ですかね? 大丈夫だとしたら凛ちゃんヒロインを見てみたいです。 他の作品ではあまり見ないので……』

ウィードさん拍手コメントありがとうございます。
一応ハーメルンのほうではアカウントを持っていない方でも感想をかける設定となっておりますが、どちらも目を通しているので、大丈夫です。
ヒロインの希望ですが、もちろん大丈夫ですよ。
実際に活動報告ではそういったものを作っていなかったりしますので、次回の投稿をめどに作成したいと思います。
ということで、凛のヒロイン希望を確認いたしましたので、その後報告という形で失礼します。


それでは、これにて失礼します。

拍手[0回]

第109話 掘り出し物

「それにしても、こうしてみるといろいろありますね」

連絡通路内のすべての荷物を部室のほうに運び終えたのを見た梓が、しみじみとした様子でつぶやいた。

「何かあるたびにとりあえずということで置いていたからね」

ムギの言うとおりだ。

『置く場所がないからとりあえずここに』や『使うかもしれないからとりあえず』

そんな感じで連絡通路に置いていったのだが、気づけばまるでジャングルのような惨状となっていた。
フォローするのであれば、これが三年かけてであるということぐらいだろうか。

「それにしてもなんだ、このぬいぐるみの山は? お店でも開くつもりか?」
「それ、私が200円で取ったやつだよ!」
「知るか。とっとと持って帰れ」

胸を張りながら答える唯に僕は一周して近くにあったレモンか何かのぬいぐるみを唯に手渡した。

「ぶーぶー」

そんな僕の反応に、頬を膨らませながら抗議してくるが、僕はそれを無視した。

「あ、これも持ってけ」

そう言って律が渡したのは、お世辞にもかわいくもなんともないおじさんの頭だった。
おそらくはキーホルダーか何かだろう。

「それは私のじゃないよ」
「へ? それじゃあ、誰の」

唯の返事に、律はキーホルダーのようなものをまじまじと見つめながら首をかしげていると、それを強奪する人物がいた。
強奪した人物……澪は大事そうに抱えるとすたすたと自分のカバンのほうに向かっていく。

「あんたのかよ!!」

律がそうツッコみたくなるのもわかるような気がした。

「あれ、そっちのほうまで片づけるのか?」
「うん。使うことがなかったからついでにね」

連絡通路ではなく食器棚と化した場所の整理をしているムギに声をかけるとそんな答えが返ってきた。
そして次々にテーブルの上に置かれていくお皿やグラスの数々。

「こうして見てみると豪華だよなー」

テーブルの上に置かれた売れば数百万の値は下るであろう者の数々に、律は感嘆の声を上げた。
そんな中、唯はおもむろに一つの箱を手にした。
それはムギが箱の中に詰めていたものなので、中に入っているのは何らかの食器だろう。

「ムギちゃん、これっていくらぐらいするの?」
「それを聞きますか」

ある意味禁断の質問に、僕は驚きながらもムギの答えを待った。

「えっと、値段は分からないけれどベルギー王室で使われていたものと同じだったはずだけど」
「王室」

ムギの答えは僕の予想の斜め上を行くものであった。

(確実に万はいくな)

価値は分からないが、割ったらシャレにならないのだけは分かった。
そんな中、王室という衝撃の単語を耳にした唯は唖然とした様子で手に持っている王室御用達(?)の食器が入った箱を落とした。

「のわぁ!?」

間一髪のところで滑り込んだ律が箱をキャッチしたことで難を逃れた。

「ゆ、唯。心臓に悪いことをするな」
「ご、ごめんなせえ。わい、つい驚いちまって」
「誰?」

注意する律の言葉に、誰かのキャラを演じながら謝る唯に、僕は思わず小さな声でツッコむのであった。

「これは誰のだ? バケツに石とかが入ってるやつ」
「あ、それは僕のだ」

澪が見えるように掲げたのは、僕がよく使う道具だった。

「いったい何に使うんだよ?」
「何って、研ぐんだけど」

そうでなければ石(正確には研ぎ石だけど)を置いておかないはずがない。

「いや、そんな”常識だろ”みたいな感じで言われても」
「でも、何を研ぐんですか?」

律のツッコみをよそに、梓が疑問を投げかけてきた。

「魔導媒体……わかりやすく言えば魔法使いの杖のようなもの。形は色々あるから杖や水晶玉に剣とか。その中で剣の場合は威力を落とさないようにするために定期的研いで切れ味を維持する必要がある」
「なんだか大変なんだね」

僕の説明を聞いたムギが感心したような口調でつぶやいた。

「大変なのは最初のうちだけ。少しすれば全く苦にもならないよ。メンテナンスはいつも酷使していることに対する感謝の気持ち。そう思えば、どのようなメンテナンスも大変だとは思わなくなるもんだ。毎朝顔を洗ったりするのと一緒だ」
「へぇ……」

そんな僕の言葉に、間の抜けたような声で相槌を打つ律に僕は言うのも野暮だということを悟った。

「ほら、早く片付けの作業を進めるよ。これじゃいつまでたっても終わらない」
『はーい』

僕の催促にみんなはうなづきながら返事をすると再び片付け作業へと戻っていくのであった。










「何とか片付いたな」
「一仕事をした後のお菓子はうまいなぁ」

片づけの作業も一通り終えた僕たちは、いつものようにお菓子を食べていた。

「一仕事って……そもそもだらしなくしていたのが原因だけどね」
「そいつは言わねえお約束だよ」
「だから誰だよ」

僕の言葉に、渋い声で言ってくる律に、何度目になるかわからないツッコみを入れた。

「でも、私たちの物ではない私物もあるよな」

澪の視線の先にあるのは床に置かれt数箱の段ボールだった。
中身は音楽関係の雑誌などで、軽音部らしさを感じることができるものだった。

「真面目に活動していた頃もあったんですね」
「あずにゃん、今の軽音部が異常なだけで、過去の軽音部がいい加減な活動をし続けているわけじゃないからね」

梓がポツリと漏らした言葉に、僕は苦笑しながら口にした。

「高月君、それフォローになってないわよ」
「しかも、浩介が”あずにゃん”っていうのはものすごくあれなんだけど」

そんな僕にムギと律から指摘されてしまった。

「言うな律。僕もそう思ってきたところだ」
「だったら言わないでください!!」

僕の言葉に、梓から怒られてしまった。
なんだかんだ言って梓も僕から”あずにゃん”と呼ばれるのは嫌なのかもしれない。

(とはいえ、このあだ名は実に彼女を正確にとらえていると思うんだけど)

そういう理由で今後も呼び続けそうだった。

「ねえ、見てみて!」
「ん?」

そんな時、連絡通路のほうに入っていた唯が若干興奮気味に大きな声を上げながら戻ってきた。
両手にはアルミ製かどうかは分からないがケースがあった。

「お、もしかして金目の物か!?」
「意地汚く聞こえるぞ、それ」

興味津々で唯に近づきながら声を上げる率に、僕はぼそりとツッコんだ。
それはともかく、唯の持っているケースの中身が気になった僕たちは、ベンチの上に置いて中を見てみることにした。

「ギターだ」

中に入っていたのは茶色を基調にしたボディーでやや小さめなギターだった。

「少し古いけどかなり高そうなギターですね」
「そうだな……値段は分からないけれど、数万はいくと思う」

梓の言葉に頷きながら僕は値段の予想をした。
とはいえ、ほとんど適当だったりするが。

「なぁんだ、つまんない」
「もっと面白いものを期待したのに」

そんな中、あっという間に興味を失ったのか律と唯は不満げに言葉を漏らしながらギターケースから離れていった。

「軽音部なんですからもっと興味を持ちましょうよ!?」
「本当に分かりやすいよな、二人とも」

梓のツッコミに続くように苦笑していると、部室のドアが開いた。
入ってきたのは顧問の山中先生だった。

「あら、懐かしいわね」
「これ、先生のですか?」

梓の手にあるギターに気付いた山中先生の言葉に、梓が尋ねた。

「そうよ、父親の友人にもらったギターなの」
「もしかして、先生は軽音部だったんですか!?」

山中先生の返答に、梓はもしやといった感じで先生に問い掛けた。

「ええ、そうよ。言ってなかった?」

(まあ、言えるわけないけど)

山中先生の軽音部時代はある意味タブー扱いとなっているのだから、話せるはずがなかった。
何せ、話してしまえば、”そういった部分”も触れることになるのだから。

「やっぱりそうだったんですね! 学園祭の時うまいなって思ったんです!」
「まあ、かなりブランクはあったけど今の唯ちゃんよりはうまいわよ」

(久々の尊敬モードだ)

最近はなくなったが、尊敬のあまりに興奮した様子で目をキラキラと輝かせている梓の姿に、僕は懐かしさを感じていた。
最近はしなくなったが、最初はこんな感じだった。
まあ、どちらかといえば変に尊敬されるよりは普通に接してもらった方が僕としてはそれほど苦痛にはならないのでいいのだが。

「今度教えてもらってもいいですか?」
「いいわよ」

とんとん拍子で話が進んでいくが、一つだけ問題があった。

「唯、例のやつを」
「ラジャー」

僕は唯に声をかけてあるものを用意させた。

「梓」
「何ですか? 浩介先輩」

そんな中、僕は梓に声をかけた。

「確かに山中先生は、ギターがかなりうまいから別にかまわないんだけど……」

梓が怪訝そうな表情をうかべる中、僕はそう告げると

「これが学生時代のさわちゃんです」

と言って、唯が卒業アルバムにあった軽音部時代の山中先生の写真を掲げた。

「だけど、いいのか?」
「……やっぱりいいです」

梓の判断は取り下げだった。

「何でよ!!」
「まあそうなるわな」

頬を膨らませている山中先生に、僕は小さな声でつぶやくのであった。










「私物は持ち帰ることになっているので、持って帰ってください」
「えぇ……」

唯からギターを手渡された山中先生は若干戸惑ったような表情をうかべながら、ギターを受け取った。
だが、その表情が一瞬歪んだ。

「うーん……弾く時間がないのよね」
「え? それじゃ、どうするの?」

山中先生の言葉に、尋ねた唯に、先生はギターをもとのギターケースにしまうとそれをベンチのほうに立てかけた。

「これを売って部費の足しにでもして頂戴」
「おぉ、太っ腹!」

山中先生の判断は、それを売るというものだった。

「いや、太っ腹というより……」
「押し付けられてるだけだろ!」

ただ、その真意を見抜いていたのか、澪と律の反応は冷ややかだた。

「でも、いいんですか? かなりいいギターですけど」
「ええ。保存状態も悪いし、ちゃんと弾いてくれる人に買ってもらった方がこのギターも幸せだと思うの」

梓の問いかけに答えた山中先生の言葉には嘘花あった。

「あ、そういえば、楽器店での買取額アップのクーポンがあったから、それ使って」
「おぉ~、浩君も太っ腹だ!」

ふと、僕は自宅に届いていた買取額上昇クーポン(2割)のことを思い出したので、僕は快くそれを提供することにした。
まさか、これが飛渡でもない珍騒動へと発展するとは知らずに。





「さてと、それじゃ行きますか」
「なあ、このケース誰が持つんだ?」

すべての始まりは、律のその問いかけだった。
今日は誰も荷物がやや多めだ。
多めとはいっても、どっさりといった様子は見受けられない。
もっとも唯だけは別だが。
ムギの大量の食器などについては深く考えないようにした。
きっと何らかの方法で持って帰るのだろうから。
それはともかく、問題になっているのは、誰がギターケースを持っていくかということだ。
見つかったギターはレスポールに比べれば重さは軽い方だ。
だが、それも持つのが非力な女子だとそれも大きく異なる。

(まあ、僕が持てばいいか)

唯一の男手なのだから、僕が持っても問題はない。
そんな結論に至った僕は、自ら立候補しようと手を上げようとした時だった。

「だったら僕が――「ちょっと待ったぁ!」――」

僕の声を遮るように律が待ったをかけたのだ。

「じゃんけんで負けたらケース持つゲームやろうぜ!」
「意味が分からない」

律の提案に、僕は速攻でツッコんだ。
いったいどんなゲームなのだろうか?

「いや、だからな。みんなでじゃんけんをして、負けたら決められた間はそのギターを持つっていう遊び。じゃんけんなら公平に……あ」

言葉通りに受け取ったのか、内容を説明する律は何かを思い出したようで言葉を止めた。

「浩介って、心を読むのって使えたりするのか?」
「当然。人の嘘を見抜くのに必要だから常時使えるようになってる」

”魔法”の二文字を口にしなかったのは非常にありがたかった。
部室内とはいえ、出入り口に近いところで口にされるのは非常に危険だ。
軽い魔法を使っているところを見られても、手品や見間違いなどといくらでもごまかしはいくが言葉はそうはいかない。

(まあ、どっちも目撃されれば危険なんだけど)

だからこそ部室では魔法のたぐいの話はあまりしないのだ。

(いつかこの部室に対盗聴盗撮の結界魔法でも展開しておくか)

そんなことを考えているあたり、僕にはもしかしたら隠す気など全くないのかもしれないが。
閑話休題。

「それって、解除は」
「できない。今のように出力を弱めることはできるけど、それでも少しでも集中すれば律たちがその時に強く考えていることは分かる。対策には真逆のことを思えばいいんだけど、そんなことをするのは難しいだろうし」
「それじゃ、ずるじゃないですか!」

梓からもっともな抗議の言葉が返ってきた。

「だったら、目を閉じればいい。僕のこれは目に入った人物の心を読み解くんだから。じゃんけんで全員がグーやチョキを出すまで目を閉じておけばいい」
「それじゃ、それでいこう」

(まあ、一番手っ取り早いのはやらないことなんだけど)

それを言うのはちょっとばかり空気を読んでいないと思ったので、僕は心の中にとどめておくことにした。
そして僕は目を閉じた。

「それじゃ、行くぞー!」
「本当にやるんですか?」

乗り気ではない梓が、律に尋ねる。

「おやおやー、梓ちゃんは負けるのがいやなのかなー?」
「む?! そんなことないです! やってやるです!」

律の挑発に見事乗せられた梓は、いつかの合宿の時に口にした言葉を言い放った。

「それじゃ、最初はグー」

(適当に出すか)

律の掛け声を耳にしながら、僕はそんなことを考えていた。

「じゃんけんポンっ!」

そして僕は適当にグーの手を出すのであった。

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