連盟に戻った僕はとある取り調べ室にいた。
「全く、あんた達は」
「「も、申し訳ありませんでしたぁ!!」」
僕が呆れながら口を開くと、二人の男たちはきれいな土下座をしながら謝ってきた。
彼らは唯たちとは別に不法侵入をしてきた人物だ。
動機はあきれたことに大人になるためにだとか。
この世界にはそう言った風俗街が存在するため、そこに向かおうとしたようだ。
だが、この世界に入るには明確な理由を上げなければならない。
その理由をかくのが恥ずかしく、今回のようなバカげた犯行に及んだらしい。
「今回は厳重注意だが、次やったらこれでは済まないぞっ!」
「お前たちは、ブラックリストに登録され5年間はいかなる理由だろうと、入国は許可されない。だが次ここに来る際は、恥ずかしくても本当の理由を書くこと。別に個々の職員が見て笑うわけではないのだから」
「本当に申し訳ありませんでした」
職員と僕の言葉に、二人の男は謝り続けていた。
「とりあえず、明日に強制送還します」
「頼む」
職員の口にした対応に頷いた僕は、取調室を後にした。
この1フロアはすべて取調室だ。
先が見えないほどの長さを誇る通路にあるドアの数は100を超える。
「高月大臣」
「なんだ?」
しばらく歩くと、後ろの方から女性職員に呼び止められた。
「不法侵入した6名の取り調べが終了しました。こちらが供述調書です」
「そうか。ありがとう」
唯たちの取り調べの結果が記された書類を受け取った僕は、女性職員に労いの言葉をかける。
「それと、一番最後のページに書かれている二名の職員が……」
「何かしたのか?」
「は、はい。その、被疑者を恫喝しておりました」
僕の鋭い視線での問いかけに、女性職員は一歩後ろに下がった。
「そうか。報告ありがとう。君は自分の職場に戻りなさい」
「はい。失礼します」
女性職員は僕に一礼すると、そのまま去っていった。
(やれやれ、本当にするとはな……)
とりあえずその二名の処分は非常に重くしようと考えながら、僕は大臣室へと戻るのであった。
「……それぞれ一致しているな」
大臣室で供述調書を確認した僕は、感想を漏らす。
言っていることはばらばらだが、内容はすべて同じだった。
僕の家に向かおうとしたところで、謎の光に包まれて気づいたら外部エリアの草原にいた。
そして遭難者救助用の列車に乗って管轄エリアまで向かい、そこから確保された場所まで向かった。
それが、大体の内容だった。
(それにしても、唯たちまで隔離結界に取り込まれたんだ?)
まず最初の疑問がそれだった。
隔離結界は、空間を捻じ曲げることによって僕以外の生命体と隔離する結界だ。
つまり、どうあがいても入り込むことは不可能。
中から出られても、外から入ることは不可能なのだ。
それができてしまったことが、一番の疑問だった。
(生命体……なるほど、そう言うことか)
少し考えたところで、僕はその理由がわかった。
とんでもなく最悪な偶然による理由だが。
「とはいえ、被害者を拘束するわけにもいかないな」
僕は右手を開くようなしぐさをして通信用のホロウィンドウを展開する。
相手は、この連盟にある牢獄の看守の責任者だ。
『はい、どうされましたか?』
「現在牢獄に入っている平沢唯ら6名を解放し、応接室に案内しろ。彼女たちは犯罪被害者であることが判明した」
『了解しました。至急解放し、応接室に案内します』
僕は責任者の返答を聞いて”頼む”と告げるとウィンドウを閉じるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「…………」
そこは魔法連盟の地下にある牢獄。
薄暗く、明かりは壁についているろうそくの明かりのみだった。
時より水の滴る音が響き渡る。
そんな場所に、唯たちは監禁されていた。
「取り調べ終わったんだ」
「うん。すごく怖かった」
最後に戻ってきた唯に、律は思いつめた声色で話しかけた。
「わ、私も、浩介先輩のことを訊いたら……グス」
「………」
6人の表情は暗い物だった。
その理由は言わなくてもわかるだろう。
梓は、浩介のことを質問しただけで、恫喝されたのだ。
その際に自分にあてられた鋭い殺気は梓の中でトラウマと化していたのだ。
「これから私たち、どうなるんだろう?」
「知らねえよ。そんなこと」
澪がつぶやいた言葉に、律が投げやりに返した。
そんな彼女たちの牢の前で鍵を開ける音がした。
「おい、お前らそこを出なさい」
「は、はい」
看守と思われる男に言われるがまま唯たちは牢を出た。
「ついてきなさい」
そう告げた看守はすたすたと歩きだした。
唯たちもそのあとに続く。
やがて、連れてこられたのは黒色のソファーにアンティーク調の家具が置かれた一室だった。
テーブルにはお茶が入ったカップが置かれ、その横にはお菓子も用意されていた。
「あ、あの。これは?」
「君たちの無罪は証明された」
紬の問いかけには応えずに、看守の男はそう告げた。
「ついては、法務課大臣が君たちに話があるそうだから、ここでおとなしく待つように」
そう告げて看守はドアを閉めた。
「……どうする、律?」
「どうするも何も。座って待つしか。なあ、ゆ―――」
澪の問いかけに応えながら律は唯たちの方に視線を向けたところで固まった。
「うわぁ、このお菓子おいしい♪」
「このお茶もおいしいわ」
その理由は、先ほどまでの落ち込み用が嘘のように用意されたお菓子やお茶を口にする唯とムギの姿があったからだ。
「お前ら少しは緊張感を持て!」
「ふぇ?」
律のツッコミ口調の言葉にお菓子を口にしながら首をかしげる唯に、律は力が抜けるような感じを覚えた。
「私たちも座りましょう」
「……そうだな」
梓の呼びかけに応じるように律たちがソファーに腰掛けた時だった。
ノックの音と共に、浩介が姿を現したのは。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「あの、本当に私が同行しなくても?」
「何度も言っているが、彼女たちが武装をしていないことは確認済みだ。それに、彼女らは被疑者ではなく被害者だ」
応接室の前で、僕を案内していた看守の責任者が今回で何度目かになるかわからない問いかけをしてきたため、僕はきっぱりと告げた。
「分かりました。それでは私はここで待機してますので、何かあった際はお声を」
「分かった」
それが責任者なりの譲歩なのかもしれない。
僕は、頷くと応接室の扉をノックして開いた。
「こ、浩介」
中に入ると僕は扉を閉めて彼女たちの方に歩み寄る。
近づくと、若干怯えの色が伺えた。
仕方がないかもしれないけど。
「はぁ……何が”学校近くのファーストフードにいる”だよ。一体何をやってるんだ?」
「そ、それは……」
ため息交じりに声を掛けると、律が視線を逸らした。
「あの、浩介先輩」
「何? あずにゃん」
できる限り彼女たちから恐怖心を解くべく、元の世界にいた時と同じ呼び方で梓の名前を呼ぶことにした。
こうでもしないと、簡単に解けなさそうだと感じたからだ。
「浩介先輩って何者なんですか?」
「……」
「それにここは一体……」
梓から次々に投げかけられる問いかけに、僕はどう応えるかを考えるよりも、今後のことの方が大きかった。
「最初の問いかけには応えられるけど、最後の方は今は無理。それでもいいのなら」
「……」
僕の言葉に、全員が無言で頷いた。
「僕は、魔法連盟法務課大臣の高月浩介だ」
「………へ?」
僕の名乗りに、固まっている唯たちの心境を物語るように律が声を上げた。
「早い話が魔法使い」
「………じ、冗談ですよね?」
「こ、浩介にしてはとても笑える冗談だな」
僕の”魔法使い”という単語に、憂と澪が顔をひきつらせながら声を上げる。
「残念ながら、冗談じゃないんだ」
「それだったら、その証拠を見せてみなよ」
律から至極もっともな言葉が掛けられた。
「分かった」
僕は頷きながらどの魔法を使うか頭の中で考える。
普通の転送魔法では信じてもらえるかわからない。
(だとすれば、身をもって知ってもらうのがいいか)
「え、なに?」
僕は唯の方に手を掲げる。
「リ・ベルリア」
「え、えぇ!?」
「お、お姉ちゃん!?」
「唯先輩?!」
僕の詠唱とともに、唯の体が僕の腕が上がるのに比例して宙に浮かび上がる。
それを目の当たりにした憂達が慌てふためく。
「これでも信じてもらえないのなら、もう少し激しくするけど?」
「わ、わかった。信じるから。唯を下して」
澪の返答を聞いて、僕は腕をゆっくりと降ろしていく。
それに反応して唯の身体も降りていく。
「そ、それにしても、本当に浩介は魔法使い……何だ?」
「す、すごい! 本物の魔法使いだ!」
唯ははしゃいでいるが、それ以外の皆は信じられないと言った感じだった。
「浩介さん?」
「ごめん。今の僕には皆との接し方がわからない」
僕は彼女たちから視線を逸らせる。
「何を言ってんだよ。今まで通りでいいじゃんか」
「そうもいかないんだよ」
律の嬉しい言葉に、答えながら手元に赤色と青色の二枚の用紙を一組にしたものを全員に配っていく。
「浩介君、これは?」
「それは宣誓書」
ムギの問いかけに、僕は簡潔に答えた。
「二枚とも、一番上にはこれから起こるであろうことがかかれている。そして下にはそれに同意する旨の署名欄がある。二色によって、未来は変わる。赤い宣誓書は、受け入れ拒否の場合だ」
「それって、私たちが浩介のことを拒否するということか?」
澪の言葉に、僕は首を横に振る。
「それは違う。僕が魔法使いであることを受け入れず、これまで通りの生活を望む場合だ。その場合は、全員のここに関する記憶をすべて消去させてもらう」
「記憶を……消す?」
「もちろん、それによって皆になんら不利益なことは起こらないようにすることを約束する」
唯たちの反応を無視して、僕は淡々と説明を続ける。
「青色の紙は僕を受け入れる場合に書く。その場合、みんなには言語規制が掛けられる」
「げんごきせいって何?」
「簡単に言えば、話す言葉を規制して自由に話せなくなるということ」
首をかしげながら聞いてくる唯に、僕は大まかな答えを返す。
「規制されるのは僕が魔法使いであること。そしてこの世界のこと。これは家族や知人友人や動物にも口にしてはいけない。ただし、ここにいるメンバーは別だけど」
「お、おい。どこに行くんだよ」
彼女たちに背を向ける僕に、慌てた様子で律が声を掛けてくる。
「本人の目の前で決めにくいでしょ? 僕は席を外す。書き終わったら外の方に仲間がいるからそいつに渡して」
「あ、浩君!」
唯が呼び止める声を無視して、僕は応接室を後にした。
「大臣」
「……宣誓書を渡した。受け取り次第こちらに持ってきて」
外に出た僕に声を掛ける責任者に、僕はそれだけ告げるとその場を後にした。
(本当に残酷な運命だよね)
自分の運の無さを恨みたくなる。
(皆、赤い紙を使うよね)
あの二枚の紙は人間の本性を見るための物として使用されていたものだ。
要するに、受け入れた人間はよからぬたくらみを考えていると捉えられることになる。
いまだにそういうことを考える者もいるが、僕は彼女たちならば、青色の紙と赤色の紙の意味通りであり、嘘偽りがないことを信じている。
だからこそみんなは赤い色の紙を使うと考えているのだ。
どう考えてもいやなはずだ。
魔法というわけのわからない物のせいで、自分の自由が束縛されるのだから。
「本当に、最悪だ」
大臣室で、僕は声を漏らす。
だが、赤色を選んでも関係が変わることはないだろう。
いつものように部室で部活をする。
それだけだ。
「なんだ?」
「大臣、宣誓書をお持ちしました」
「ありがとう。もう戻ってもいいぞ」
おそらく宣誓書が入っているのだろう、茶色の箱を受け取った僕は責任者から受け取るとお礼を言って職場に戻るように告げた。
「それでは、失礼します」
責任者の男性職員は、一礼すると大臣室を後にした。
「さてと……」
僕は茶色の箱を茶色のデスクに置く。
椅子に腰かけて箱のふたを開けた僕は、中身を確認した。
「………え?」
その箱の中に入っていた紙を見て、僕は思わず固まった。
なぜなら、その箱の中の紙の色は
「嘘でしょ?」
全部青色だったのだから。
「うわ!? 何だ浩介か。びっくりしたな」
「ちょっと、どういうことだ、あれは!!」
全速力で応接室に向かった僕は、皆に問いただした。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない! 青色の宣誓書なんて出すなんて、皆正気か!?」
僕の様子に、声を掛ける梓達に僕は問い詰める。
僕には青色の宣誓書を書くことが正気の沙汰ではないように感じたのだ。
「正気だよ、私たちは」
「それじゃ、あれか? 僕を傷つけないためにか?」
僕の推測に、澪は首を横に振る。
「そうじゃなくてね、浩介が魔法使い? とかでも仲間には変わりないんだったらそれでいいじゃん」
「私も。最初は驚いたけど、同じ部員だし」
「わたしもですよ。浩介さんのことよく知りませんけど、でも浩介さんは怖い人には見えなかったので」
「私もです。浩介先輩には色々とお世話になりましたし、拒絶することなんて考えてないです」
律に続いて澪や憂に梓が口々に声を掛けてくれる。
「そうそう。私は難しいこととかわからないけど。浩君は浩君だよ」
「皆……ありがとう」
唯らしい説明だったけれど、それはとても僕の救いの言葉になった。
だからこそ、僕はみんなに頭を下げて感謝の気持ちを告げた。
「何だかみんなだけ言いたいこと言ってずるい」
そんな中、唯一何も言っていないムギが抗議の声を上げた。
「それだったら、皆と同じ意見だって言えばいいんじゃない?」
「それもそうね。それじゃ、私もみんなと同意見よ♪」
僕のアドバイス通りに声を上げるムギに、気づけば僕たちは心の底から笑っていた。
きっと僕にとってこの日、この瞬間こそが幸せだと感じた時だったのかもしれない。
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