次の日、浩介はギターを持ってこなかった。
(ダメだったのか)
俺は、それだけで結果を悟った。
軽音部の作戦は失敗に終わったのだ。
「おっす、浩介! 今日こそは俺のハーレム道を叩きこんで――――ぶはりゃ!?」
「…………」
いつものようにテンション高めでアタックしてみたところ、浩介から痛烈な一撃をお見舞いされた。
無言で立ち去ったが、それは俺にとっては希望の光のようにも思えた。
(これまでは馬鹿なことをしても手が出なかったからな。少し改善されたようだ)
少し頭が痛いが、これはいい知らせだ。
あとはちょっとしたワンプッシュがあればいいだろう。
(だとしても、一体何をするかだな)
俺は腕を組んで作戦を立てる。
(そう言えば、母さんは今日は仕事で家に戻れないって言ってたな)
母さんの仕事の都合上、仕方がないかもしれないが、ちょっとだけ寂しいのもまた事実だ。
(そうだ! これだっ!)
俺は最善の策を思いついた。
(こうなったら実行あるのみ!)
勝負は放課後だ。
俺は放課後に向けて気合を入れるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
放課後を迎えた。
この日も結局結論を出すことはできなかった。
(このまま自然消滅するしかないか)
それをしてしまったらすべてが終わるような気がするので、やりたくはなかったが。
「浩介! 俺と遊ぼうぜ!」
「断る」
悩んでいる僕のことなどつゆ知らず、慶介のハイテンションな誘い言葉に、即答で断った。
「そんなこと言わずに、しゅっぱ~つ」
「お、おい! 引っ張るな!!」
腕を引っ張って強引に連れていく慶介に、僕は抗議をするがそれが振りほどかれることはなかった。
「それで、一体どこに連れて行く気だ?」
校門まで引っ張られた僕は、ようやく腕を離してもらうことができた。
「まずはカラオケだい!」
「…………オーケー」
僕は降参とばかりに両手を上げる。
「それじゃ、行くぜ!」
「はいはい」
ため息交じりに返事をしながら、僕は慶介の後をついていくのであった。
「使い方とかは大丈夫か?」
「もう一通り、見たから平気だ」
電車で慶介の家がある駅まで向かった僕たちが最初に向かったのはカラオケ店だった。
カラオケ店で手続きを済ませた慶介に連れて行かれるように来たのは少し狭い一室だった。
天井にはスピーカーが二つほどついており、部屋の一角には機会が置かれていた。
(昔とは違うのか)
昔は分厚い本から歌いたい曲を見つけて番号を入力する必要があったが、今では小さいパッドのような機械で曲を探してそのまま送信すればいいのだから便利になったものだ。
「それじゃトップバッター、佐久間慶介、行きま~す!」
そう啖呵をきってマイクを持つと、慶介は歌いだし始めた。
歌っているのはあまりよく知らない曲だった。
「っと、さてさて、何点かな~」
「何を言ってるんだ?」
歌い切った慶介が楽しげにつぶやく言葉に、僕は首をかしげる。
「知らないのか? これ採点機能がついてるんだ。点数が出るんだぜ」
「そうなんだ」
本当にすごいなと心の中で感心していると、結果が表示された。
点数は47点。
「くそー、50点越えずか。次は浩介の番だな」
「それじゃ失礼して」
僕はマイクを慶介から受け取ると、先ほど入れた曲を歌う。
曲名は『月に叢雲華に風』だ。
知っている人は知っている、知らない人は知らないというある種のマイナーな曲で、しょっぱなから歌わなければいけない。
ちなみに、女性ボーカルだったりする。
「最初の曲で女性ボーカルか。やるな~」
慶介から感心したような声が送られるが、それを無視する。
(機械だから性別は考慮しない。とすれば、音程のみか)
そう推測を立てた僕は、高得点を取るべく音程の方に気を付けて歌っていく。
やがて、僕は曲を歌い切った。
「さてさて、浩介の点数は何点かなかな?」
興味津々に結果を待つ慶介をしり目に、僕はいつの間にか届いていたお茶を飲む。
「げっ!?」
「ん?」
慶介が引き攣ったような声を上げるので、僕は視線を大型テレビの方に向けた。
そこには97点という数字が出ていた。
(満点が取れなかったのは残念だが、まあ我慢しよう)
高得点には変わりないのだから。
「ど、どうして女性ボーカルの曲をこんな高得点で?! やっぱりお前は天才なのか!!」
「何を言ってるんだ? 素質もあるだろうが、僕はただレスポンスをしただけだ」
「れすぽんす?」
わけのわからないことを喚く慶介に、僕は首をかしげながら返した。
「つまり、相手の要求を推測してその通りに歌うということだ」
「それって、機械が何を望んでいるかということか?」
察してくれた慶介の問いかけに、僕は頷くことで答えた。
「こういう機械は歌い手の音程や伸びなどで採点している。だから、そこを意識して音程を一定にし、伸ばすところを伸ばし締めるところを締めるようにすれば点数も自然と上がるだろ」
「そうか? それじゃ、俺もやってみよう」
そう言うや否や慶介が再び歌ったのは、最初に歌った曲だった。
(まあ、高得点を取るためには、リズムの方も大事なんだけど)
それが素質の方になってくるわけだ。
(所詮カラオケは遊びだし、そこまで高得点にこだわる意味もないしね)
カラオケのような遊びは、楽しんだもの勝ちだ。
ならば、下手なことを教えない方がましだろう。
そんなことを考えていると、慶介は歌い切ったようだ。
「うおッ!? 初めての高得点!」
「なかなかやるじゃないか」
慶介がとった点数は69点だった。
高得点かどうかは知らないが、飛躍的に上がっていた。
「ありがとう浩介! これで人前で歌っても恥ずかしくないぞ!」
「そ、そうか。それはなにより」
点数が少し上がったくらいで喜びの声を上げる慶介に、僕は少しばかり圧されながら相槌を打った。
「さすが、コンクール優勝のMVPだな」
「それを言うなと前にも言ったはずだが?」
桜高祭で開かれた歌自慢コンクールで僕のクラスは優勝の成績を収めたらしい。
そのMVPが僕であることを知らされたのが桜高祭が終わってから少ししたときの話だ。
「悪い悪い。っと、そろそろ時間か。次行くぜ、浩介!」
「了解」
僕は渋々返事を返すと、カラオケ店を後にした。
滞在時間は約1時間だった。
「次はここだ!」
「ここってゲームセンターか」
慶介に連れてこられたのはゲームセンターだった。
「さあ、行くぞー」
そしてゲームセンター内に入った僕たちは中を歩き回る。
「これの対戦はどうだ?」
「別にかまわないけど、やり方知らないぞ?」
一つのゲーム機の前で立ち止まった慶介の提案に、僕は肩をすくませる。
「大丈夫簡単だから。それにここに書いてあるし」
「えっと……赤いノートが来たら面を叩く……リズムゲームか」
やり方も簡単そうなので、僕にでもすぐにできそうだった。
「難易度は簡単から鬼まであるんだ」
「そうだぞ。俺は普通で行くから、浩介は簡単なレベルにしろよ」
慶介のアドバイスを無視して、僕は慶介が選んだ曲の最高難易度を選んだ。
「うげ!? お前、始めてやるのに何最高難易度を選んでるんだ?!」
「別にどの難易度を選ぶかなんて、人の自由でしょ。それに、曲始まるよ」
「うおっ!? 危ねえ危ねえ。負けても文句言うなよ!」
曲が始まりノートが流れ始めたため、慶介は画面に顔を向けながら叫んだ。
このゲームは一定のラインまでゲージをためないと、クリアにならないシステムのようだ。
(すごい密集度。でも、余裕だな)
流れてくるノートは非常に密集していてこんがらがりそうだが、それほど苦にもならないレベルなので捌ける可能性が高い。
(母国ではこれよりも密度の濃い弾幕を避けてるんだから!)
僕は次々にノートに対応した面を叩いていく。
その結果……
「う、嘘だろ。初プレイで最高難易度で最強と言われた曲をノーミスでクリアしやがった」
ミス一つせずクリアすることができた。
しかも何気にランキング1位になっているし。
「慶介」
「な、なんだ?」
目を瞬かせている慶介に、僕は尋ねた。
「もっと難しいの無い?」
「お前は化け物か!!」
僕の問いかけに、慶介からそんなツッコミを入れられてしまった。
(うーん、僕としてはノートが流れてくる速度が少し遅く感じるから、速いのがないかなと思ったんだけど……自重するべき?)
その後も慶介とゲームセンターでいろいろなゲームをプレイした。
格闘ゲームやレースゲーム等々、ほとんど僕が買っていたような気がするがとても楽しかった。
「最後にこいつをやるぞ!」
「これはクレーンゲームか」
慶介が指差したのは前に唯たちが遊んでいたクレーンゲームだった。
尤も、ここではないが。
「これ前からとりたかったんだよな」
「ふーん」
見ればアニメでやるロボットのフィギュアだった。
(こういうもののどこがいいんだか)
僕にはそれの良さがあまり分からなかった。
一番わからないのは、
「くそ~、今日もダメか!」
熱中する慶介の方だが。
(まあ、たまにはいいか)
「退け」
「うわ!? 押すなよ」
慶介を軽く突き飛ばして、お金を投入する。
そして、ボタンを操作してクレーンを操作する。
(ターゲットを落とすためには、急所を突けばいいだけ)
少しだけずるをして、僕はそのポイントを見極めることにした。
一回目を閉じて再び開くと、ターゲットの状態が事細かに見えてくる。
(見つけたっ!)
その中で、安定に要する力が最も強い場所を導き出した僕は、その場所を狙ってクレーンを操作して力のバランスを不安定にさせた。
その結果、箱はそのまま取り出し口に落下した。
「ほい。駄賃だ」
「さんきゅー、やっぱり浩介はすげえな」
戦利品を慶介に手渡すと、慶介は喜びをあらわにした。
こうして、僕たちはゲームセンターを後にした。
オレンジ色の明かりに照らされる建物は、今が夕方であることを物語っていた。
「満足したのなら、僕は帰るぞ」
「ちょっと待てって」
駅に向かって歩き出そうとする僕の腕を掴んで引き止める慶介に、僕はため息をつきながら振り返った。
「なんだ?」
「今日、母さんが仕事で家に帰ってこないんだ」
「……で?」
慶介の言わんとすることがわからず、僕は先を促した。
「俺の家に泊まってかねえか?」
「…………」
慶介の提案に、断ろうかと思ったが断っても連れて行かれそうな予感がした。
「オーケー。ご招待されましょう」
「よしっ。そうと決まれば―――」
「その変わり着替えとかを持ってくるからいったん家に戻る」
慶介の言葉を遮って、条件を告げるように慶介に言い放った。
「一緒に行くか?」
「僕は方向音痴ではない。一人で十分だ。あとから行くから待ってて」
同行しようとする慶介に断りを入れた僕はそのまま駅に向かって歩き出す。
今度は引き止められることはなかった。
「やれやれ、僕は何をやってるんだ?」
自宅から着替えなどの泊まるのに必要最低限のものをカバンに詰めて慶介の家に向かう中、僕はため息交じりにつぶやいた。
自分にはやらなければいけないことがある。
ならば、このような遠回りをしている暇はないはずだ。
それなのに、
(これが無駄には思えない。何らかの意味がある)
そのように思えてならないのだ。
相手はただのバカが付く男だ。
失礼だが僕の悩みが解決できるような存在には思えない。
それでも、僕は可能性に賭けてみることにした。
そう結論を出したところで、慶介の家が見えてきた。
僕はチャイムを鳴らした。
「やっと来たか。さあ、入って入って」
「お邪魔します」
慶介に招き入れられた僕は、慶介に促されるまま中に入っていった。
案内されたのはリビングだった。
「これはすごい……」
テーブルの上に用意されたのは色々な料理だった。
「俺が作ったから、味の保証はできないけど」
「これを慶介が作ったというのか!?」
ハンバーグなどもあり、到底慶介が作ったとは思えなかった。
「そうだけど……そこまで驚くことか?」
「失礼」
「まあいいや。早速食べようぜ」
僕の謝罪に、慶介は追及をやめてそう言いながら席に着いた。
「それじゃ」
僕も慶介の対面に腰掛ける。
「いただきます」
「いただきます」
僕たちは手を合わせて声を上げると、料理に手を付けた。
まずはハンバーグだ。
ナイフで一口サイズにするとフォークでそれを口の中に入れる。
「む……」
(こ、これは!?)
「ど、どうだ?」
「おいしい。本当に」
緊張の面持ちで味を聞いてくる慶介に、僕は本当のことを答えた。
やわらかく、噛んだ瞬間にうまみが口の中に広がるそれはまさに芸術と言っても過言ではなかった。
「そうか。口に合ったみたいで何よりだ」
「こっちも、こんなにおいしいハンバーグ、久々に食べた」
母さんが作ったものには遠く及ばないが、それでも十分においしいことに変わりはなかった。
(色々と損しているよ、お前は)
それが僕の感じた慶介への心証だった。
この一面を出せれば、それこそ慶介は女子にもてるだろう。
(本当、僕にはもったいない友人だよ)
自分の愚かさを再び思い知らされた瞬間でもあった。
「お風呂あがったよ」
「おう、お疲れさん」
最後にお風呂に入り終えた僕は、慶介の部屋に戻っていた。
慶介曰く、今日はここで寝ろとのこと。
既に床には布団が敷かれていた。
「もう寝るぞ。明日も学校だ」
時間にして午後9時。
もう寝る時間だったため、僕は慶介に提案した。
「くそー、浩介と話をしたかったが寝ながら話すとするか」
「はいはい。御託はいいから明かりを消して」
僕は布団にもぐりこみながら部屋の主である慶介に、明かりを消すように頼んだ。
「わかった。それじゃ、消すぞ」
「おう」
そして明かりが消え、あたりは真っ暗になった。
横のベッドから人の気配がする。
どうやら慶介もベッドに入ったようだ。
「なあ慶介」
「なんだ?」
僕は慶介にあのことを問いただすことにした。
「この間の新歓ライブの前に、言ったよな? 苦情が来たので僕たちに演奏する曲を変えるように」
「ああ。確かに言った」
「その苦情は本当にあったのか?」
僕は直球で尋ねた。
「……」
慶介は何の反応も示さなかった。
「知り合いにそう言うのに詳しいやつがいてね。そいつに調べてもらったんだ」
「真鍋さんか」
思い当たったのか慶介は真鍋さんの名前を口にした。
「そう取ってもらっても結構。それで、その結果そのような電話やメール郵便物などはなかったらしい。慶介、お前はどうやって苦情を受けたんだ?」
「………」
「直接か? ならば名前は? 連絡先は? 年齢は? 性別は?」
僕の問いかけに、慶介は口をつぐんだまま答えようとはしない。
「もしくは、軽音部への嫌がらせか?」
「は?」
僕のその言葉に、ようやく慶介が反応を示した。
「あの時期に変更されたら最悪の場合は新歓ライブは失敗に終わる可能性があった。それを見据えて嘘の通達を出したのだとすれば、それは妨害ともいえる」
「冗談じゃない! 俺はそんなことはしない!」
僕の言葉に、慶介は初めて怒鳴り散らすように反論してきた。
「俺はただ、浩介への恩返しのつもりで………」
「恩返し? 僕はお前に恩を売ったつもりもないし、あったとしても、そんな恩返しは不要だ!」
慶介が漏らした言葉に、僕はきっぱりと断りを入れた。
僕には慶介の言う恩と言うものが何なのかがよくわからなかったが。
「にしても意外だな」
「何がだ?」
今度は僕が聞きかえす番だった。
「浩介が、軽音部のことにそこまでムキになるなんて」
「それは嫌味のつもりか?」
「いや。軽音部をやめようと考えている奴のセリフじゃないからつい」
慶介のその言葉で、すべてがわかったような気がした。
「なるほど、退部届けを盗み出した下手人は、お前だったか」
「なんだ、ばれてたのか」
僕の言葉に、慶介はため息交じりにつぶやいた。
「ばれてないと思うお前のその神経がすごいよ」
「まったくだ。それで、何があったんだ? 彼女たちと」
今度は慶介から問いただされる番だった。
僕は天井を見ながらゆっくりと口を開く。
「こんなはずじゃなかったんだ」
一度口に出してしまえば、後は芋づる式だった。
「自分が爆弾だということも、自分の置かれている立場も理解しているつもりだった。それでもずっとこのままで行けると思っていた」
「…………」
慶介は無言で僕の話を聞いていた。
「勝手に隠して、勝手に爆発して………全ては僕自身のわがままから始まってるってことも。そのせいで唯たちを苦しませていることも」
「そうか。いろいろ大変なんだな」
僕が話し終えると、慶介は静かに相槌を打った。
「DKとしての顔と、ただの生徒としての二つの顔か。どこか俺にも通じるところがあるな」
「そうだな………おい慶介。今なんて言った?」
普通に相槌を打った僕だったが、慶介の口から聞き捨てならない単語が聞こえたような気がしたので、僕はもう一度尋ねた。
「だから、DKとしての顔と、ただの生徒としての二つの顔か。どこか俺にも通じるところがあるな」
「………………ど、どうして」
驚きで声がうまく出せない。
まるで金縛りにでもあったかのように体が動かなかくなった。
「どうして……いつから知ってるんだ?」
それでもようやく僕は疑問を口にすることができた。
「最初に会った時から」
「それって………冗談だろ」
慶介の答えに、僕は信じられなかった。
あの時の慶介の様子は、僕のことを知っているというものは見られなかった。
「まだはっきりとはわかってなかったからな。でも、桜高祭のコンクールではっきりした」
「だからしつこく僕を参加させようとしたのか」
慶介のあの時のしつこい勧誘の真意をようやく僕は理解できた。
「声質は変わっていたけれど、歌い方とかはDKとそっくりだった。前に、歌番組で大物歌手と採点勝負をしたことがあっただろ? あの時も浩介は99点という高得点を出して優勝してたし」
「……よく御存じで」
数年前……僕がイギリス留学をする直前に、テレビ局の方から出演依頼があった。
それが大物歌手と歌で勝負をするという内容だった
そこで僕は大物歌手を堂々破り優勝の栄誉を手に入れたのだ。
「そりゃ知ってるさ。だって……」
慶介はそこで言葉を区切った。
そしてこう告げた。
「俺は、DKの………浩介のファンなんだから」
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