僕が巻き起こした騒動から数週間ほど経った。
騒動直後は、色々とドタバタしたが現在では何とか落ち着きを見せた。
特に僕の立ち位置ではかなり問題になった。
とはいえ、結局のところ今まで通りにということで話はまとまった。
まあ、これで良かったのは隠し事をしているという自責の念からの解放ぐらいだろう。
良くないこととして、尊敬のまなざしで見続けられるようになったことと、言っとき再び澪の人見知りが悪化したことぐらいだろう。
今では澪の方は元に戻ったが、
「浩介先輩! おはようございます!!」
「っ!?」
突然後ろからかけられた凄まじく大きな挨拶の声に、僕は思わず転びかけた。
「おはよう梓。今日も元気だね」
「はい!」
嫌味で言ったつもりが、梓には効果が全くなかったので、僕はストレートに言うことにした。
「それはいいんだけどね、いきなり背後から大声で名前を呼ぶのはやめてくれないかな? 恥ずかしいし心臓に悪いから」
「あ、す、すみません!」
僕の注意に、梓は申し訳なさそうに頭を下げた。
(ちなみに、このやり取りをするのはこれでもう数回目なんだけど)
梓の姿を見ていたら、その言葉を口にするのは躊躇われたので、心の中に留めておくことにした。
「お、今日もやってるなお二人さん」
「おはよう。律に澪」
そんなやり取りを終えたところでかけられた声に、僕は振り向きながら挨拶を交わす。
「おはよう浩介」
「お、おはよう、浩介」
時よりどもることはあるが、これでもかなり少なくなった方だ。
「おはよう、浩君!」
「おはよう。唯が寝坊をしないなんて珍しい……今日は槍でも降ってきそうだな」
いつもは寝坊もしくは遅刻ギリギリに起きる唯が、余裕で間に合う時間帯に起きていることに僕は心の底から驚きをあらわにした。
「むー、私はいつも寝坊するわけじゃないよ」
「そうだな。まあ、夏休みだしな」
今は学生にはとてもうれしい夏休みだ。
学校がある日は寝坊するくせに、ない日になると早起きするタイプの人は少なからずいるものだ。
「そうなんです! ……まあ、時計を見間違えただけだけど」
(だと思った)
唯の場合はかなり特殊なタイプだけど。
そして僕たちは部活の練習をするべく学校へと向かうのであった。
「今日は何の曲を練習するの?」
「今日は新歓ライブでお披露目できなかったこの曲を集中して練習するつもり」
ムギの問いかけに僕は、カバンに入れておいた楽譜一式を取り出すとそれぞれに配っていく。
「えっと『Happy?! Sorry!! 』?」
それは、新歓ライブで本来演奏をするはずだった曲だ。
「全てのパート難易度はやや高いけど、リズムギターの難易度は高めという感じになってる」
「あ、本当です。ギターのソロが」
Tabを読んでいた梓はギターソロの方の譜面を見つけてつぶやいた。
「そこを決めればかなりかっこよくなるけど、失敗すれば目も当てられなくなる」
「まさに、紙一重っていうやつだね!」
「いや、それを言うなら綱渡りだぞ」
唯に指摘をする律だが、どちらも微妙にずれていた。
「私にできるでしょうか?」
「”できるか”じゃなく、”できるように”するんだ。最初にできなくて当然。これをできるようにしていけるかがカギだ」
不安そうに声を漏らす梓に、僕は背中を押すように答えた。
「そうですね。やってみます!」
「いよぉし、それじゃ通しで行くよー!」
話がまとまったところで、部長の律が号令をかける。
そしてリズムコールの後に、演奏が始まるのであった。
「ふはぁ……燃え尽きた~」
「満足じゃ~」
しばらく練習をしたところで、律と唯が長椅子にもたれかかる。
(この時期にドラムはきついからな)
もはや夏真っ盛りのこの季節。
楽器を演奏する軽音部は、運動部並(もしくはそれ以下)の体力を消費する。
体を全体を動かし続けて演奏する必要があるドラムにとってはまさに灼熱地獄だろう。
この部室にはエアコンなどは存在しないため、空調は窓を開けて風通しを良くしておくことくらいしかない。
「アイスティーが入ったわよー」
そんなムギの一言で、ティータイムとなった。
「そう言えば澪とアズサってどんな手紙を浩介によこしていたんだ?」
「「ぶッ!?」」
律の問いかけに、澪と梓が吹き出しそうになった。
「何? 藪から棒に」
「だってなんて書いているのか気になるじゃん!」
「私も―」
僕の反応に、律が答えた。
それに唯も乗る。
「や、辞めてくれー!」
「私も絶対に嫌です!」
相当恥ずかしいのか、それとも聞かれることに抵抗があるのか、二人はすごい勢いで阻止してきた。
「ファンレターの内容は当人の許諾がない限り決して口外はしない。それが僕の流儀。早い話が諦めろ」
「ちぇー」
「浩君のケチ」
僕がはっきりと断ると、二人は頬を膨らませながら毒づく。
「とはいえ、どうしてペンネームを本名にし続けたのかを聞きたいと思ってたから、応えてくれる?」
「「え?」」
僕の突然の問いかけに、二人はほとんど同時に固まった。
「ペンネームって何?」
「えっと……偽名みたいなものかしら」
唯の疑問はムギに任せることにした。
「わ、私は途中から変えたらおかしくなりそうだったので」
「私は何だか負けたような気がしたから」
「………」
梓の理由には納得がいったが、澪の理由には納得ができなかった。
一体何に負けるとでもいうのだろうか?
「誰と勝負してんだ?」
律の意見に僕は心の中で頷いた。
そんなこんなで、いつもの軽音部の時間は流れていく。
ある時は先日のテレビの話。
そしてまたあるときはお菓子談義等々。
話声が尽きることはなかった。
(よくここまで話のネタがあるよな)
そんな彼女たちを見ながら、僕は心の中でつぶやいた。
「ん? 誰の携帯だ?」
そんな話に水を差したのは無機質な携帯の着信音だった。
「私のじゃないよ」
「私のもです」
「私のも」
「私も違うぞ」
鳴り響く携帯の着信音に、それぞれが確認をするが違っていたようだ。
「私でもないということは……」
一気に視線がこちらに集まる。
そんな中、僕は携帯電話を取り出す。
「僕だったみたい」
僕はそう声を上げると携帯を開いて相手の名前を確認した。
『本部』
そこに表示された文字に、僕は反射的に席を立っていた。
「どうしたんだよ? いきなり立ち上がったりなんかして?」
「浩介先輩?」
そんな僕の様子を訝しむようにみている律たち。
「ごめん、ちょっとだけ失礼するね」
僕は笑顔を取り繕いながら部室を後にする。
いまだに携帯はなりっぱなしだ。
僕は着信ボタンを押すと、それを耳にあてる。
「はい、高月です」
『おー、浩介か』
電話口から聞こえてきたのは、いまや威圧感に満ち足りている連盟長である父さんだった。
「連盟長、何か御用でも」
『お前に折り入って頼みたいことがある』
声をできる限り小さくして用件を尋ねる僕に返ってきたのは、そんな言葉だった。
(何だか無性に嫌な予感がする)
今すぐ電話を切りたかったが、そんなことをする雰囲気ではなかったため、僕は話を先に進めることにした。
「それは何ですか?」
『一度こっちに戻ってきてくれ』
僕の問いかけに、連盟長は用件を非常にシンプルに告げた。
「それはなぜです?」
『お前にしかできないことがあるからだ』
理由がわからずに尋ねた僕は、さらに理由がわからなくなってきた。
「仕事だったら、いつものようにここに飛ばしてもらえれば――――」
僕の仕事には罪を犯した人の量刑を確定させたり(ここでいうところの検察の起訴か不起訴かを決めるようなもの)、そのほかの資料の精査をしたりなどがある。
それらは連盟の方から毎回ダンボールで送られてきており、それを僕の方で処理してから送り返すという形をとっている。
『そうはいかないんだ。最近職員共の気が弛んできていてな。お前が戻ってくれば連中も少しは気を引き締めるはずだと思うんだ』
「僕は気つけ剤ですか?」
あまりにもひどい理由に、僕は連盟長に反論してしまった。
『そう言わずに頼む。たまには親孝行でもしろ』
「分かりました。それで、いつ戻れば?」
ため息を漏らしながら、僕は頷くと連盟長に機関に日程を尋ねる。
『できれば明日に戻ってきてもらいたい』
「明日ですね、わかりました」
『よろしく頼む』
僕が同意したのを確認して、連盟長は電話を切った。
「携帯に電話してきたと思ったらこれか」
連盟長のある種の職権乱用にも思える呼び出しに、僕はため息をつく。
「お、誰からだったんだ?」
「親から」
部室に戻った簿kに投げかけられた疑問に、僕はため息をつきながら応える。
「どうかしたの?」
「いや、明日実家に戻れって言われてね。なんでも親孝行をしろとさ」
ムギの問いかけに、不満を漏らしながらカップに入っている飲み物を飲みきった。
「あれ、浩君って一人暮らし?」
「そうだよ。親と喧嘩して家出して今の状態になっているだけだから」
僕は何度目になるかわからない嘘を口にする。
「お金とかはどうしてるんだよ」
「実家の方から毎月支給されてる。定期的に帰ることを条件に」
「一体どんな家系何だ?!」
僕の答えに、律が目を見開かせてツッコんでくる。
「普通の家系だよ。ということで、明日実家に戻るから練習をするんだったら5人でしておいてもらっていい?」
「それは構わないけど、いつぐらいに戻ってこれそう?」
澪の問いかけに、僕は顎に手を添えて考える。
(まあ、2,3日くらいを見ておけばいいか)
「長くても三日で帰る予定」
「何だか大変そうですね、浩介先輩」
「あはは。もう慣れた」
梓の言葉に苦笑しながら返した。
「そう言えば、浩介の実家ってどこにあるんだ?」
「あ、私も気になる」
「えっと……ちょっと遠いところだよ」
律とムギの問いかけに、少しだけ考えた結果出たのが今の答えだった。
我ながらもう少しましな答えはない物かと思ってしまうが、これ以外に思い付かなかったのだから仕方がない。
「それって、どこなんだよ」
「それよりも、練習をするよ!」
「うわ、逃げた!」
律の追及に話題をそらした僕に、澪からツッコミが入ってしまった。
「まあ、練習でもすっか」
「そうだね! 律ちゃん隊員」
律の一言で、僕たちは練習を再開することとなった。
(何とかうまくごまかせたか)
僕は、何とかごまかせたことに胸をなでおろした。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
ちゃんとごまかせていないということを。
知っていればあのような事態には発展しなかったはずだ。
翌日、僕は自宅のリビングで故郷に戻る準備をしていた。
僕は携帯電話を取り出すと、律の番号を呼び出して電話をかける。
程なくして律が電話に出た。
「律か、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『何だ?』
いつもの様子で聞きかえしてくる律に、僕は本題を告げることにした。
「今どこにいるんだ?」
『い、今か!? えっと、学校近くのファーストフードだよ。憂達も一緒だよ』
どこか慌てた様子で応える律だったが、気になったことは一つ。
『どうして憂も一緒なんだ?」
『偶々近くであってさ。そう言う浩介はどこにいんのさ?』
(まあ、律に無理やり遊びに繰り出されただけか)
無理やりかどうかは知らないが、似たようなものだろうと解釈することにした。
そして今度は僕が律の問いかけに答える番だった。
「僕か? 今実家に帰省する準備中だ』
『いつごろ出ていつごろ戻る予定?』
(昨日話したような気もするけど)
首をかしげる僕だったが、確認はとても重要なことなので、もう一度答える。
「あと10分ぐらいしたら。明後日には戻ってくるけど……何か急用でもあったら今聞くけど。たぶん実家ではそういう余裕ないと思うし」
『い、いや特にはないかな。あはは』
「そう? それじゃ、また後日。土産話でも聞かせるよ」
律から”分かった”という返答があったのを聞いた僕は、そのまま電話を切った。
「ふぅ……どうやら、こっちに乗り込もうとしている様子はないみたいだし大丈夫かな」
僕が確認したかったのは、律がここに乗り込んでくるか否かだった。
一応カーテンなどを閉め切ってブレーカーを落としたりしてはいるが、それでも家の前にまで来られれば僕が魔法を使うところを見られる可能性は非常に高くなる。
それを防ぐための確認だったが、律たちは僕の家から少し離れた場所にいるようなので、どう急いでも僕の準備が終えるまでに家の前に来ることは無理だろう。
そう考えた僕は再び準備を再開させる。
今の僕は、故郷にある実家で常に着ていた黒を基調とした式服に身を包んでいる。
床には前日に書き上げた魔法陣(雑巾で拭けば簡単に消せる)があった。
この魔法陣は転送する際の効果範囲でもある。
簡単に言えば、魔法陣内全てが転送魔法の効果範囲になるということだ。
その魔法陣の周りには僕の顔の高さの位置に、複数のホロウィンドウが展開されている。
「これより転送支援用の魔法陣の最終チェックを行う。クリエイト、隔離結界を展開」
【了解】
僕の指示にクリエイトが返事を返すと魔力が一気に膨れ上がる。
空間自体を切り取る隔離結界は、これから行うことに巻き込まれる人が出ないようにするための安全策だ。
僕はそれをこの家を基準に半径1㎞の範囲にかけていく。
【マスター以外の生命体との隔離に成功しました】
「それじゃ、チェックの方か」
僕は杖状になっているクリエイトを魔法陣の上に置く。
すると、クリエイトはゆっくりと宙に浮かび回転を始めた。
一回転をしたところで再び地面に落ちた。
【魔法陣の歪み等の問題は確認されませんでした】
「よし」
クリエイトの報告に満足げに頷いた僕は、魔法陣内に入ると右手を開くようなしぐさをして手元にコンソールを展開させた。
【最終確認完了。転送システム、スタンバイ】
『ID、媒体、生体反応の一致を確認しました。転送システム受け入れを開始します。お気を付けて』
展開されているホロウィンドウの一つが言い切るのと同時に閉じた。
それは、通信用のウィンドウだった。
故郷の方と、こちらの方で確認作業を行いながら準備を進めていくことによって、トラブルをなくすことが目的だ。
【時代の流れですね。転送魔法もここまで進化するとは】
「まあね。一昔前のように”魔法陣展開後に人が出入りしただけで次元空間をさまよう”なんていう事態はもう無くなったからね」
クリエイトの言葉に、僕も相槌を打つ。
少し前までは、世界を跨いだ転送はそれぞれが魔法使いの魔法で行っていた。
当然だと言われればそうだが、この魔法には重大な欠陥があった。
それが、転送用の魔法陣を展開させた後に、一人でも出入りすると魔法陣が不安定となり次元空間をさまようようになってしまうことだった。
これによって、故郷では数千人の魔法使いが今でも消息不明となっている。
【ですが、マスターの開発したこの”VSを利用した転送システム”で、そう言った問題はすべてクリアされましたけどね】
”VS”とはゲームで言うところのA対Bという意味ではない。
正式名称はヴァーチャル・システム。
とある世界で流行っていたエンターテイメントの番組内で出ていたものをモデルに作ったシステムだ。
説明すると日が暮れるので簡単に言うと、魔法と科学という相反するものを混合させた魔法科学の結集であり、これを使えば簡単な転送魔法(物を召喚したり取り寄せたりすることも含む)に通信、簡易照合等々が誰でもできるのだ。
「でも欠点はあるけど」
その欠点が、”周囲にいる無関係の人を転送の対象にしてしまう”ことだった。
普通の転送なら問題はないが、今回のような世界を跨ぐ転送の場合に発生するのだ。
このために、転送システムを利用する際には隔離結界を展開することが義務付けられていたりするわけだ。
閑話休題。
(よし、そろそろか)
話も一通り終わり、僕は杖状のクリエイトを背中のほうに触れさせる。
すると、まるで何かに固定されたように、クリエイトは僕の背中にくっついた。
魔法使いの持つ媒体は、非使用時の場合は、元の形にするか今のように背中に装着する方法がある。
どうして背中にくっつくのかはいまだにわかってはいない。
魔力の供給が関係あるのではという理論も出ているが、真相は定かではない。
「転送システム、スタート」
僕の言葉と同時に、目の前には『teleport starting』の文字が表示された。
そして僕は光につつみこまれる。
一瞬の浮遊感を感じた僕は、気が付けば薄暗い部屋のような場所にいた。
そこがどこなのかを知っている僕は、前に足を進め出入り口と思われる扉を開けて外に出た。
まぶしい光に、一瞬目を覆うがすぐに慣れた僕はさらに前に足を進める。
「おかえりなさい、高月大臣」
「ただいま。というより、大臣って呼ぶのやめてくれない?」
僕を出迎えたのは、ここの建物で一番偉い人にあたる人物だった。
僕はその人に呼び方の訂正を求めた。
「いえいえ。大臣を呼び捨てにしたら、私の首が飛びますゆえ」
「………さいですか」
返ってきた言葉は”却下”だった。
「連盟長より、連盟長室に来るようにとの通達が出ています。」
「分かった。至急向かう故、そのように言伝をしておいてもらえる?」
僕の言葉に、”かしこまりました”と返事をして僕の前から去っていった。
「それじゃ、僕も向かいますか」
そして僕は連盟長の待つ連盟長室へと向かうのであった。
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