それは慶介が小学生のころの話。
父親を亡くし、悲しみに浸っていたころの話だ。
通夜や葬式も終わり、いつも通りにの日常が始まる中、慶介はいつもの明るさを取り戻せなかった。
普段の慶介は、人づきあいも良く友人に恵まれていた。
だが、それ以降から、慶介の明るさはすっかり無くなり、どんよりとした雰囲気を醸し出すようになった。
そして友人たちもそんな慶介から離れていく。
慶介は友人をも失ったのだ。
そんな中、それと慶介は出会った。
きっかけはとあるテレビ番組。
『続いては、流星のごとく現れたH&Pで、Only for youです!』
それは有名な音楽番組だった。
それを何気なく見ている慶介の耳に聞こえてきたのはピアノの音だった。
そしてそのあとに流れた歌声に、慶介は衝撃を感じた。
歌っていたのは一人の少年。
自分と年端もいかない年齢のだ。
だが、クールビューティーを形にしたような力強い歌声は、慶介のハートをつかむのに難しくはなかった。
歌の意味も分からない慶介だが、その歌に力をもらったような気がした。
(かっこいい。すごい、本当にすごい)
そして慶介は、その歌手がDKであることを突き止めた。
その後はまるで人が変わったかのように明るくなり、元の輝きを取り戻すことができた。
そしてお小遣いを前借する形で、H&Pの演奏するCDを買い漁った。
CDプレーヤはプレゼントでもらっていたため、それで毎日CDが壊れるのではないかというほど聞き込んだ。
ライブにも顔を出すこともあった。
(もし、もし願いがかなうのなら……DKと友人になりたい)
同い年であることを突き止めた慶介は、心なしかそう願いを込めるようになった。
だが、自分のどこかでは、それは一生叶わないとあきらめていた。
相手は天才と呼ばれたバンドリスト。
そして自分はただの子供。
どう考えても、友人になれるような身分ではなかった。
『皆に知らせがある!』
演奏が終わった後、DKはそう声を上げた。
(なんだろう?)
『私は今日を以って、”H&P”の活動を休止する!!』
その言葉に、会場中がどよめいた。
それは慶介も同じことだった。
慶介にとって、DKやH&Pの存在は命の恩人というものにまでシフトしていたのだ。
『だが、私はいずれここに戻る! そして、皆にまた演奏を届けよう! その時まで、待ってくれるか!!』
そのDKの言葉に慶介も一緒になって返事を返す。
慶介はDKが戻るのを待つことにした。
そして何気なく選んだ高校。
「あのー、いい加減反応してくれてもいいでしょうか?」
「なに?」
そこのクラスでもう一人の男子と出会った。
(あれ?)
一瞬違和感を感じた者の慶介は、それを頭の片隅に追いやった。
だが、それは桜高祭で再び浮かび上がる。
「それでは、優勝の要因を審査員に話してもらいましょう!」
「私は、今はいない男子の歌声がすごくよかったからだと思います」
数人の審査員の生徒は一様に浩介の歌声を評価した。
それで慶介は確信した。
(やっぱり、DKは浩介だったのか!)
そして確信したと同時に、慶介は自分の願い事がかなっていることを喜んだ。
だが、思い知った。
自分がやらなければいけないことを。
(DKの……浩介の秘密は俺が守る!)
そして行ったのがありもしない嘘の苦情だった。
DKとして演奏をしていた楽曲『命のユースティティア』
それを新歓ライブで演奏をすることを知った慶介は、それから浩介の正体がばれることを危惧した。
そのために、無理やり変更させたのだ。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「―――ということだ」
「なるほど。だから曲目を変えさせたのか」
慶介の独白を聞き終えた僕は、全てのことに納得がいった。
あれは妨害ではなく、慶介なりの助けだったのだ。
「浩介って、俺のことを信頼してるか?」
「まあな。性格があれだが、悪いやつではないことくらいは分かってるから」
慶介の問いかけに、ほぼ即答で答えた。
「それじゃ、彼女たちのことは? 信頼してるのか?」
「…………」
その答えに、僕は何も答えられなかった。
「俺は、プロの大変さを知らないから何も言えないけど、まずは信じてみたらどうだ? 俺みたいなやつでも功なんだから、受け入れてくれるはずだ」
「………………ありがと。もう眠いから寝るよ」
「そうか。お休み、浩介」
僕は逃げるように慶介にそう告げる。
それから少しして、隣から規則的な寝息が聞こえるようになった。
僕はそれを見計らって布団から出ると、布団を畳んで部屋を後にする。
そしてそのまま家を出た。
「信じているか……か」
自宅に戻った僕は、自室の窓から空を眺める。
(口では信じているとか偉そうなことを言ってたけど、結局のところ僕は唯たちのことを心の底から信用していなかった)
「本当に、最低だな」
自分でかくしておいて何が”自分の何を知っている”だ。
知らなくて当然だ。
話していないのだから。
「慶介は、僕がDKだと知っても普通に接してくれた」
嘘をついていないのは僕だってわかる。
慶介は、DKを……高月浩介という人間を受け入れてくれたのだ。
ならば、唯たちはどうだろうか。
彼女たちは僕がDKであることを知ったらどういう反応をするだろうか?
(例えば、ムギみたいに普通に接してくれるだろうか?)
ムギが普通の人ではないことは唯たちも気づいているはずだ。
毎日持ってくるお茶菓子、そして大きな別荘。
どう考えても普通ではないことに気づくはず。
それでも、唯たちの接し方は変わらない。
ならば、もしかしたら
「いや。今更どんな顔して合えばいいんだ?」
あのような暴言を吐いてしまった僕が、どの面を下げて軽音部のメンバーのところに顔を出すんだ?
「本当、僕って最悪」
夜空の景色がにじんできた。
そして頬に熱いものが伝う。
「驚いたな。この僕にもまだ”悲しい”という感情があったなんて」
頬を伝うものをぬぐいながら僕はそうつぶやいた。
「………そういえば、昔にもこんなことがあったな」
僕はふと過去のことを思い返した。
それは、かなり昔の魔法連盟でのこと。
当時新入職員だったその人物は、とてもまじめな好青年だった。
そんな彼が、突然爆発した。
『自分のことを何も知らないのに、勝手なことを言わないでください!』
そう言って勝手に帰っていった彼は、ひと月ほど無断欠勤した。
連盟長の方から、彼に働く気があるのかを聞くようにとの命を受けた僕は、彼の住む家を訪ねた。
家から姿を現した青年に、僕は門前払いをされるかと危惧したが、青年は追い出すどころか土下座をして謝ってきたのだ。
人の目にも付きやすい場所で土下座をさせるのもあれだったため、とりあえず家の中に上げてもらった僕は、彼から事情を聴くことにした。
彼が告げたのは意外なことだった。
彼が爆発した原因、それは自分の親がかなり優秀な魔法連盟職員だったことを隠したことに対する負い目からだった。
私には理解ができなかったが、なんでも彼はその職員の隠し子だったらしく、決して口外しないようにと言われていた。
彼は、自信に抱えた大きな秘密が知られないように必死に隠していた。
それを同僚に隠していることがとてもつらかったと彼は語っていた。
私は、彼にすべてを語るように告げて自宅を後にした。
その後、その職員には隠し子であることを認めるように通達を出し、認めなければ懲戒にすると脅しをかけた。
そして彼は同僚に謝罪をし、今でも法務課で働いている。
「そう言うことか」
その事案を思い返した僕は、今自分に起こっているすべての事態の理由がわかった。
僕が感じていた”孤独感”。
それは、僕がDKであることを隠している負い目からだった。
おそらく、罪悪感のようなものを孤独感だと勘違いしていたのだろう。
「つまりは、これの解決策はあの時と同じく、話すことか」
僕にはそれしか解決の手段はなかった。
ただ謝るだけでは、一時しのぎにしかならない。
しっかりと理由も彼女たちに説明をする義務が僕にはあるのだ。
「まったく、本当に僕は馬鹿な男だ」
僕は改めてそうつぶやくと、ベッドに潜り込む。
そしてすぐに眠りにつくのであった。
全ての決着は明日の放課後だ。
そして迎えた放課後。
僕は横にあるギターケースを手にする。
「行くのか、浩介」
「ああ。僕はもう悩まない」
そんな僕に声を掛ける慶介に僕はそう答えた。
「がんばれよ」
「ありがとう。慶介」
僕は応援をしてくれる慶介に、二つの意味を込めてお礼を言った。
一つは、”僕の力になってくれてありがとう”と言う意味。
もう一つは”僕を受け入れてくれてありがとう”という意味。
そして僕は軽音部の部室に向かった。
全てを終わらせるために。
「………」
ここに立つのも久しぶりの気がする。
そう思えるほど、僕はここに来ていなかった。
タイムリミットを明日に控えたこの日。
僕は覚悟を決めてドアを開けた。
「あ……」
「こ、浩介」
「ひ、久しぶりだな」
僕に気づいた軽音部メンバーの全員がぎこちない反応をする。
それは当然のことだった。
「と、とりあえず座りなよ」
「お、おいしいお菓子を用意してるの」
律の言葉に続くようにムギが言う。
僕はギターケースを近くの壁に立てかけた。
「いや、その前に皆に話しておきたいことがある。実は――」
「それなら私もあるんだ」
僕の言葉を遮るように、律は声を上げると席を立って僕の前まで歩み寄ってきた。
「ごめんなさい!」
「えっ!?」
いきなり頭を下げて謝ってきた律に、僕は固まってしまった。
「ち、ちょっと! 頼むから頭を上げて! というより、みんなは悪くない!! 悪いのはすべて僕だから!」
慌てて頭を上げさせようとする僕に、律は凄まじい勢いで反論してきた。
きっと、かなり思いつめていたのかもしれない。
「いいや、違う。きっと私たちが気づかないうちに――」
「いや、本当にみんなは悪くないから」
「違う!」
「二人とも、まずはおちついて、ね?」
いつまでも終わらないと思われた言葉の応酬も、ムギの仲裁で何とかおさまった。
(まさか向こうから謝ってくるなんて、予想もしていなかった)
悪くもない皆に謝らせたことに、罪悪感に駆られそうになるが今はそれを頭の片隅に追いやる。
今必要なのは罪悪感に駆られることではなく、事情を説明することだ。
「この間の一件、本当に申し訳なかった。こっちが勝手に思い込んで皆を傷つけるようなことを言ってしまった。許してほしい、この通り」
僕は頭をほぼ直角に下げた。
「もちろんこれだけで許してもらえるとは思っていない。皆の気が済むのであれば土下座でもなんでもする」
「いやもういいから」
「浩君、頭を上げてよ」
律に続いて唯が僕に頭を上げるように言ってくれた。
(本当にやさしいんだね)
僕にはもったいない人たちだった。
「それに、浩介がぶちぎれたのだって私たちが練習をちゃんとしてなかったからで――――」
「それは違う!」
律の言葉を遮るように僕は叫んだ。
練習をしていないことは危惧していたが、それは絶対に違った。
「そのことについて、僕はみんなに聞いてほしいことがある」
僕はそこでいったん区切った。
「僕がああなった要因にもつながるから」
「分かった。でも、立ちながらもあれだから座って話さない?」
澪の提案に、僕は頷くことで答えた。
そして全員で再び席に着く。
こうして座ってみると、どこか懐かしく感じてしまう。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ムギが入れてくれた紅茶をとりあえず口に入れた。
「僕はみんなに隠していることがある」
「待て待て、隠していることと怒ったことと何の関係が?」
「関係があるから話している」
僕の言葉に異論を唱える律に、僕はきっぱりと言い切った。
もうすでに自分の気持ちの整理はついていた。
だからこそ自信持って言えるのだ。
それこそが一番の原因なのだと。
「僕は厳密には違うけど外バンをしているんだ」
「外バン?」
「外バンっていうのは、違う場所のバンドの方で活動をすることを言うんです。分かりやすく言えば掛け持ちみたいなものです」
言葉の意味が分からなかったのか首をかしげる唯に梓がわかり役説明してくれた。
「だから浩介先輩、外バンはできないって答えたんですね」
「でも、外バンをしていることくらい別に隠さなくても」
確かに律の言うとおりだ。
”普通であれば”だけど。
「いや、隠さなければいけなかったんだ。そうしないと色々と問題が起こりそうだから」
「問題って、どんな?」
今度は斜め右側の席に座るムギが訊いてきた。
「えっと、マスコミが大挙して押し寄せてくるのと、ここがちょっとした騒ぎになること……かな?」
考えられる問題を上げてみたが、後者は確実に起こるような気がした。
「いや、私に訊かれても」
ついつい澪の方を見ながら話してしまった。
「それで、その外バンをしていることを隠していることとぶちギレたのと何の関係が?」
「隠していることの後ろめたさを、自分は一人だという孤独感と間違えて捉えていて、そこでドカンと」
僕の説明に、全員が首をかしげている。
当然だろう。
僕でさえ、この原因はよくわからないのだ。
ただ、根本的な原因はここにあるというのは確信している。
「だから、今は良くてもこのままだとまた同じようなことが起きかねない」
「浩介の言っていることが本当だとすると、確かに根本原因を失くさない限りまた起こりそうな気がする」
僕の言葉に頷い着ながら澪は相槌を打った。
「だから、全てを話す。僕が活動している外バンの名前は」
「名前は?」
唯が首をかしげながら聞いてくる。
僕はもう一度覚悟を決めた。
これですべてが終わり、そして始まる。
その一言を口にする。
「”hyper-prominence”というバンド」
「はいぱー」
「ぷろみねんす?」
僕の告げたH&Pの正式名称に、唯と律は首をかしげていた。
とはいえ、
「「……」」
その名称はファンだったら確実に知っているので、澪と梓は固まっているが。
「ん? 澪、どうしたんだ?」
「あずにゃん、大丈夫?」
そんな二人の様子に気づいた律と唯がそれぞれに声を掛けていく。
「も、ももももももしかして……」
一番早く正気に戻った澪が今まで以上に凄まじいドモリかたで僕を指差す。
「そこではメインボーカル兼、リードギターを担当している」
「ということは……」
「へ? どういうことなの、律ちゃん」
担当パートを告げただけで律ですら理解してしまったようで目を見開かせている。
唯一分かっていないのは唯だった。
「そのバンドで名乗っている名前は、DK」
『…………』
そして、音が消えた。
全員が固まっている。
「は、はは……」
一番最初に正気に戻ったのは意外にも梓だった。
「こ、浩介先輩。冗談はやめてくださいよ」
「はい?」
引き攣った笑い声を上げながら注意してくる梓の反応に、僕は目を瞬かせた。
色々なパターンを予想したが、まさか冗談だと思われることになるとは思ってもみなかった。
「いや、否定されるとかなりショックなんだけど」
(まあ、ちょうどいいか)
ある意味一番入りやすい形になってくれた。
そう言う意味では結果オーライとも言えなくない。
「だったら、その証拠を見せるよ」
「証拠?」
「どんなどんな?」
僕の言葉に、律は興味津々に、唯はわくわくと言った反応を示した。
まあ、後者はムギもだけど。
「そりゃ、ミュージシャンなんだから、あれに決まってるでしょ」
そう言って僕は先ほど立てかけたギターケースを指差した。
「演奏で、証明するよ」
僕はそう告げるや否や、席を立ってギターケースを開ける。
「あ、唯先輩と同じGibson社製のES-339」
さすがと言うべきか、梓は見ただけでギターの種類がわかったのか口を開いた。
「皆、そこで聴くの?」
席に座ったまま
僕のその一言の後の唯たちの行動は素早かった。
一瞬のうちに長椅子の方に移動しているのだから。
僕はその様子に苦笑しながら準備を進める。
(まさかここで僕が全力での演奏を披露するなんて)
人生本当に何が起こるかわからない。
そして一通りの準備を終えた僕は、観客である唯たちの方へと向き直る。
僕の前には長椅子に座っている唯と梓と澪の三人、そしてその後ろに立つ律とムギ。
「それじゃ……行くよ」
僕のその言葉に、唯と律にムギは興味津々に僕がこれからしようとすることを見守る。
そして澪と梓は緊張の面持ちで僕を見ていた。
そんな視線を受けながら、僕は肩に掛けてあるギターの弦を弾いた。
それが演奏を始める合図だった。
演奏する曲は既に決まっていた。
曲名は『Through The Fire And Flames』
ドラムやリズムギターにベースがいないので少々迫力は無くなってしまうが、今回はギターの演奏を見せることなので、問題はないだろう。
そのためボーカルもなしにしている。
さらにフルで演奏すると6,7分という長さになるため、短めにアレンジをする。
これでも5~6分ぐらいの長さになってしまうが。
それはともかく、まずは小刻みなストロークから入る。
所々音を伸ばしては再び小刻みなストロークをするのを繰り返していく。
後ろめたいのがなくなったからか、それとも別の何かのおかげか、数日間のブランクを感じさせない演奏をすることができた。
途中で速弾きに近い速度で弦を弾きながらサビに入る。
最初は音を伸ばし、中盤で素早くコードを切り替えていき終盤では再び音を伸ばしていく。
そしてイントロ部分を弾き終えると、数秒間の無音状態が訪れる。
それが間奏の合図。
最初は簡単にストロークさせていったん音を伸ばしていく。
そしてまた簡単に数回ストロークして音を伸ばす。
そこからギターソロの始まり。
ピックを小刻みにストロークさせ、左手はせわしなく弦を抑える。
そしてさらにスピードを上げていく。
ここから先は完全に速弾きの領域だ。
今、この場は火に包まれたステージと化す。
炎の中で緊迫感に満ちた場所にいる。
それが最初に僕が感じたこの曲の印象だった。
所々にスクラッチを入れたりビブラートを効かせたりする。
「うへひょ!?」
誰かのすっとんきょな声が聞こえたような気がした。
そしてソロパートの終盤、ラストスパートをかけていく。
速弾きで弾いて音を上げてまた速弾きをしていく。
そして間奏が終わった。
あと残るのはサビの部分だけだ。
だが、最後の箇所に速弾きが待ち構える。
そこを僕は冷静にさばいていく。
半ばタッピングのような感じになりながらも、僕は演奏を終えた。
演奏をし終えた僕はある意味清々しささえ感じていた。
「それで、どうかな?」
『………』
「って、また固まってる」
呼びかけても反応がないので、僕は苦笑するしかなかった。
「浩介」
「な、何?」
律の呼びかけに、僕は数歩下がりながら返事を返した。
「すっごくうまい! わたしゃ感動した!! さすがは浩介だ!」
「あ、ありがとう」
褒めてるのかそれとも別の意味があるのかわからなかったが、とりあえず前者の方で受け取ることにした。
「私も感動しちゃった」
「さすが私の師匠!」
「ありがとう。というより師匠って……」
唯の”師匠”という言葉に違和感を感じたものの、高評価だったことに胸をなでおろした。
残る問題は、いまだに呆然としている二人だろう。
「………ほ」
「ホットケーキ?」
一番初めに正気に戻った梓があげた言葉を取って、唯が食べ物の名前を口にした。
「ほ、本物のDKだ!」
「うわぁ!?」
いきなり大きな声を上げながらこっちに向かってくる梓に、僕は思わず後ろに下がった。
そのあとは軽音部が混沌と化した。
「どうして、こんなところに!?」
「とても感動しました!」
「私ずっとファンだったんです!」
「サインください!」
まるでマシンガンのごとく梓から声を掛けられ続けた。
「すごい、あずにゃんがものすごく興奮してる」
「やっぱりこれが一番よね」
そんな僕たちの様子に、お揃器の表情を浮かべている唯と楽しそうに微笑むムギ。
「頼むから、そんなところでのんきに言ってないで助けて!」
「待ってください! まだいっぱいお話ししたいことがあるんですっ!!」
目を輝かせながらのマシンガントーク攻撃に、僕は梓と追いかけっこをする羽目になった。
色々と疑問の残ることはあるが、これはこれでめでたしめでたし……なのか?
ちなみに、これは余談だが
「澪ちゃん、大丈夫?」
「あー、こりゃ完全に気絶してるな」
呆然と固まっていた澪は気を失っていることが判明した。
そして、梓との追いかけっこが終わったのは山中先生が梓を落ち着かせた時だった。
その後しばらく、尊敬のまなざしを梓から送られることになった。
こうして僕は、DK=高月浩介を隠していることを終わらせ、僕がDKであるということを皆に打ち明けることで、新た始まりを迎えることとなった。
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