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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第15話 憤怒

人というのは、期待を裏切らないものだ。
合宿当日、全員には寝坊をするなと釘をさしておいたのだ。
だが……
集合場所に集まったのは律にムギ、澪と僕を入れた四人。
唯一人がまだ来ていなかった。
不安に感じた澪は、念のためにと唯に電話を掛ける。

「おはよう」

その澪の一言に、律たちの間で哀愁のようなものが漂い始めた。
僕は、ため息を一つ漏らす。
それから数分後、唯は息を切らしながらやってきた。

「ごめんなさい!」
「まあ、間に合ったようだし。問題はないよ。な、律?」
「そ、そうだな」

土下座でもしそうな勢いで謝る唯に、僕はそう声をかけると律に振った。
こうして、僕たちは電車に乗り込み、ムギの持つ別荘へと向かうのであった。










特急列車に乗り換える駅まであと一駅となった時のことだった。

「あれ? 電話だ」

誰かから電話がかかってきたのだろう。
唯は携帯電話を取り出すと相手を確認する。

「憂だ」

相手は唯の妹の憂だった。
唯は電話に出る。

「あッ!?」

何を言われたのか、唯の表情が青ざめる。

「ど、どうしたの?」
「服を持って行くのを忘れた」
「えぇっ!?」

唯の言葉に、電車の中であることも忘れて律は大声をあげた。
案の定周りから視線が集まるわけだが、僕たちはそれを気にしているところではなかった。

「ど、どうするんだよ」
「私、予備の服なんて持ってきてないですよ」

着替えなければいい話だが、そういう問題でもない。

「これから帰るにしても、今からだと夕方ごろに着くぞ」

特急列車の次の発車は約2時間後だ。
つまりかなりの遅れは覚悟しなければならない。

「「「「………」」」」

どうしたものかと考えをめぐらす僕に、みんなが見てきた。
その目は、”僕に取って来て”と言っているようにも感じられた。

「だったら僕が取りに戻る」
「え、そんな。悪いですよ」

僕には何のメリットもない。
悪いと思ったのかムギが止めようとするが、僕は首を横に振った。

「いいって。この間の不始末のお詫びも含めてだから」
「それじゃ、浩介。頼むッ!」

話は決まった。
停車した駅で僕は電車から降りると、反対側に留まっている僕たちが乗った駅に向かう電車に乗り移った。
そして向かい側の電車に乗る唯たちの方を見る。
唯は終始申し訳なさそうに手を合わせていた。










駅に到着した僕は、平沢家へと向かう。
驚いたことに、平沢家前では憂が唯の服が入っているであろう風呂敷を手に立っていた。
どうやら電話で話を通しておいたのだろう。

「高月さん! すみません」
「良いっていいって」

何度も頭を下げる彼女に、僕は困りながら言う。

「別にこの後、唯に鉄槌を食らわしたりはしないから。まあ、遊んでいたら別だけど」
「えっと、よろしくお願いします」

困った表情を浮かべながら風呂敷を手渡してくるので、僕はそれを受け取った。
僕は憂に一礼すると、駆け足で平沢家前を後にした。
僕が向かったのは、駅ではなく自宅だった。
鍵を開けて中に入ると鍵を閉めた。
家はカーテンが閉められていて、外から中の様子を見ることはできない。
今から言っても1,2時間のタイムロスは必至。
ならば、それを出来る限りショートカットしなければいけない。
どのような手段を取ったところで、それは無理だ。
そう普通(・・)は。
僕は自室に向かうと、引き出しの中にしまってあった片目の方しかないサングラスを手にすると、それを掛ける。
右腕を前の方に掲げると、右手を開くように動かす。
その瞬間、何もなかった空間にホロウィンドウが現れた。
さらに僕は地面と水平になるようにコンソールを展開すると、それを操作していく。
僕がしたのは通信だ。
通信先は僕の故郷。
”ACCESS”という文字が画面上に表示されたのちに、相手の顔が映し出される。

『お久しぶりです、大臣。何かご用でしょうか?』
「連盟ライセンス課に魔法使用許可を願いたい。事由は特務上、必要なためだ」
『了解いたしました。これよりライセンス課に申請いたします。2,30分ほどお待ちください』

そう告げて通信は切られた。

「ふぅ」

僕は息を吐き出しながらベッドに腰掛ける。
僕、高月浩介は人間ではない。
それが僕の一番大きな秘密。
僕の正体は、魔力を糧に生きる種族の”魔族”だ。
つまり、魔法使いだ。
そして僕の故郷はそう言った人ならざる者が多く暮らす”魔界”である。
僕はそこにある魔法連盟(ここでいう警察みたいなもの)の法務大臣でもある。
ここの世界にやってきたのは、連盟長でもあり僕の父でもある高月宗次朗氏の指示だ。
その事についての説明は割愛することにしよう。
ここにいる際、僕は魔法に関するすべての力を封じている。
身体能力に関してはその限りでもないが。
これも、法律に基づくことが要因だったりする。
そして魔法を使う際は今のように許可申請をしなければいけない。
とは言っても小規模な魔法(物を浮かせる風を起こす等)は、第三者に見られないようにすれば申請する必要はないのだが。
僕の作戦はこうだ。
中規模魔法でもある転移魔法を使い、ムギの別荘まで移動する。
そして合流するという物だ。
注意点と言えば、人目の無い場所に転移することと、転移するタイミングだ。
いくらなんでも先に到着しているのは不自然だ。
遅れるにしても短すぎるのもおかしい。
それを考えた結果、15分ほどの遅れでいいかという結論に至った。

「さて、許可が出るまで紅茶でも飲むか」

僕は一回に戻ってティーカップに紅茶を淹れると、それを飲みながら連絡を待った。
30分ほどした頃、通信が入ってきたため、ホロウィンドウを展開して通信を受ける。

『ライセンス課より30分の限定解除という形で許可が下りました』
「了解。感謝する」
『御武運を』

そう告げて通信は再び切れた。

(御武運をって、別に戦いに行くわけじゃないんだが)

苦笑しながらも僕はティーカップを洗い、乾いた布で拭くと食器棚にしまい、キッチンを後にした。
向かったのは玄関。
理由としては靴を履ける場所だから。
移動した場所で靴を履くのも嫌なので、こういう対策になった。
僕は再びホロウィンドウを開く。
画面には座標入力を促すメッセージが表示されている。

「えっと、確か座標は……」

僕はポケットの中からムギから渡された別荘の住所が記された紙を確認するともう片方のポケットから地図を取り出す。
その地図は普通の地図ではなく1㎝間隔で線が引かれているものだ。
引いたのは自分だが、これは非常に重要なアイテムだ
転移魔法などは行き先(つまりは座標だが)を必要とする。
座標は緯度等ではなく、自分の現在地を0とした際に等間隔に区分けされた数字となる。
それの要件を満たしたのが僕の持つ地図という事だ。
その地図で僕はムギの別荘の住所の位置を探す。

(どうでもいいけど、これは時間が掛かるな)

それほど広い範囲が1ページに掛かれているわけではないので、地図を数ページも捲る羽目になるのはかなり面倒だ。
そしてようやく見つけた、ムギの持つ別荘の場所の座標を打ち込んでいく。
普通ならば、入力すればすぐに転移ということになるのだが、少しばかりこれは違う。
ウィンドウに映し出されたのは、転移する場所のリアルタイムの航空映像。
これは、転移先の状況を知ることが出来るのだ。
別荘の少し離れた場所に森があるのを見つけた僕は、そこに転移することにした。
念のために森の内部の映像も確認するが、人の気配などは皆無だった。

「時間的にも、唯たちが到着して2,30分ほどは経っているし、もういいか」

座標を決めるのにかなり時間が取られたが、ちょうどいい頃合いだった。
僕は、映し出されている場所を固定させると片目の方しかないサングラス……コントローラーの耳宛ての部分にあるボタンを押す。
一瞬光に包まれると、僕はウィンドウに映し出されていた映像の場所に立っていた。

「よし、無事到着」

僕は周囲を見渡し人を探すが、人の気配も感じない。
僕はコントローラーを格納空間にしまい別荘の方へと足を進めた。
通常は、媒体を使う転移魔法を使う。
だが、消費魔力が多いためにホロウィンドウを利用した転移魔法を使っている。
決して、転移魔法が苦手というわけではない。

「って、誰に言い訳してるんだ。そもそも言い訳でもないけど」

僕は苦笑しながら呟きながら足を進めて行く。

(あいつら、待ってるし急がないと)

今頃はどこかに座って僕がつくのを今か今かと待っているはずだ。
僕は少しばかり早歩きするのであった。










「でかっ!?」
別荘を見た僕の第一声がそれだった。
別荘にしてはかなり大きめだ。
そしてなんという偶然か、スタジオと思われる場所の方にたどり着いた。
僕はスタジオの方にギターを置くと玄関の方へと向かうべく別荘の周辺を探索することにした。

「ん? この声は唯たちか?」

遠くの方から聞こえる唯たちの声に、僕は嫌な予感を感じた。
声の感じも遊んでいる時のような、はしゃいでいる声だし。

「………まさか、な」

この周辺には海がある。
そこで遊んでいるのではないかという予感がしてきた。
取りあえず確認しようと思い、声のする方へと歩いていく。
そこには………

「「きゃはははは!!」」

水着を着て大はしゃぎして海水浴をしている、唯と律二人の姿だった。
他にもムギや澪も水着を着ているし。

(あいつらぁ)

最初は小さかった怒りの炎が次第に大きくなっている。
僕ははしゃいでいる四人の元に近寄る。

「随分楽しそうだな」
「まったくだ。浩介がまだ来てないというの……に」

(あ、ちゃんと気を使っていてくれたのね)

澪の相槌に、僕は心の中でつぶやいた。
その澪は、声をかけたのが誰かに気付いたのか、まるで壊れかけの人形のような動きでこちらを見てきた。

「ヤッホー。遅れてごめんね」
「こ、ここここここ、浩介!?」

僕のできる限りの満面の笑みに、澪たちは海の方へと後ずさる。
そして澪の叫び声に気付いたであろう、唯と律も凄まじい速さで海から上がる。
一瞬のうちに全員が横一列に並ぶ。

「こ、浩介。早かったんだな」
「ああ。皆が待っていると思って特殊ルートを通ってきたんだ」

誤魔化すように話題を振る。

「まったくびっくりだよ。まさか人が荷物を取っている間に自分たちはフルスロットルで遊んでいるんだもん」
「すまなかった! 海を見たら衝動が抑えられなかったのじゃ!」

律よ、それは誰の真似だろうか?
そして一体どこの登山家だ?

「別に、僕は怒ってないよ。ただ、腹が立ちすぎて唯の服が入ったこの風呂敷を海の方に放り投げたくなったけど」
「そ、それだけは勘弁してくだせぇ」
「僕が自主的に名乗り出たから、正座して待ってろとは言わないし、遊ぶとしてもトランプゲームぐらいしていても結構。ただ………これは少々限度というのを超えていないか?」

目を閉じて、静かに言葉を紡いでいく。

「………それで、何か言うべき言葉はないのかな?」
「「「「ご、ごめんなさい!!」」」」

僕の問いかけに、全員が頭を下げて謝ってきた。

「さてと、僕も着替えるか~」
「って、お前も遊ぶんかい!?」

僕の言葉に、律がツッコむ。
僕だって海水浴くらいはしたいんだよ。
そう心の中で言い訳をしながら、僕は別荘の方へと向かうのであった。

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