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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第8話 アルバイト

その週の休み、ついにバイトの日を迎えた。
徐々に日差しが強くなるこの頃、そろそろエアコンのフィルター掃除でもしようかと考えてはいたが、バイトがあるため断念。
しばらくは、”あれ”で乗り切るしかない。
尤もエアコンなどそんなに使ったことはないのではあるが。

「えっと、集合場所は……」

早めについていた方がいいだろうと、この間届いたバイト先からの教についての指示が記されている用紙を確認すると、僕は家を出るのであった。










「ごめんなさいね、本当は彼女たちと一緒にしてあげたかったんだけどね」
「いえ、お気になさらず」

集合場所に到着した僕に告げられたのは僕たちの内誰かが別の場所の担当になる必要があるとのことだった。
何でも、人数調整の為とのこと。
問題はそれが誰かだ。
律は、まじめにやるかが心配だ。
唯は、誰かがフォローしていないと危なっかしい。
ムギさんは……ポワポワしていてかなり無防備で危険だ。
澪に限っては極度の恥ずかしがり屋だ。
知らない人と組んでまともにできるわけがない。
一月経とうとしているにも拘らず、まだ僕と普通の会話が出来ないほどなのだから。
そう言った経緯で、僕が別区画の担当になると買って出たのだ。
唯たちにはメールにてその旨を知らせた。
別区画になってしまい、方角的は唯たちの区画から徒歩5~8分ほど離れた場所で調査をすることになった。
それはともかく、別区画用の待機場で僕はその区画の担当する人を待つことにした。

「あれ、高月さん?」
「ん?」

突然かけられた透き通った女性の声に、僕は思わず視線を声の方へと向けると、そこには銀色の長い髪に麦わら帽子をかぶり目元がくっきりとした女性が立っていた。

「荻原さん? どうしてあなたが」

彼女の名前は荻原おぎわら 涼子りょうこさん。
もう気付いている人もいるかもしれないがH&Pのバンドメンバーだ。
バンドの際の名前は”RK”となっている。
そんな彼女の服装は白色のスカートに白のカーディガンを羽織り、その下には青地のシャツという軽装姿だった。

「どうしてと言われても、交通調査のアルバイトを。高月さんも?」

荻原さんの問いかけに、僕は頷くことで答えた。

「それでは、よろしくお願いします」

雇い主である人の号令で、交通量調査のバイトは幕を開けるのであった。









「そうだったんですか、部活の仲間の人のために、バイトを」

交通量調査の傍ら、事の経緯を話し終えると、荻原さんは納得した様子で相槌を打った。

「まあ、そんなところです」

車が通るたびにカウンターを押していく。
非常に単純な作業だが、眠気と戦わなければいけないという難しさを兼ね揃える。

「荻原さんはどうして?」
「私は……生活費が」

言いずらそうな様子ではあったが、理由を言ってくれた。

「……すみません」
「ち、違うんです! 先月ちょっと楽器系でお金を使い過ぎてしまって」

慌てて否定してくれるが、それは嘘だということはすぐに分かった。
原因は僕だ。
三年間、英国留学の為にバンド活動を休止していたためだ。
ちなみに彼女はベースをやっている。
性格は非常に気弱で、そこが澪と似ている部分がある。
……尤も彼女にベースを持たすと、それはすべて崩壊するが。
どういう意味かはまた別の機会に話そう。

「あ、そうでした」

不意に何かを思い出したのか、荻原さんが口を開いた。

「田村さんがとても怒っていらして『今度腕が落ちてないかを確かめる』とおっしゃっていました」
「うげぇ」

荻原さんの口から出た田村さんとは、ドラムを担当する男の人だ。
面倒見が良くて社交的ないい人なのだが、口が悪く怒ると非常に怖い。
僕が留学するので、バンド活動を休止したいと言った際に猛反対をしたのも彼だった。
バンドをしている際の名前は”YJ”であったりする。
とにかく、ギターの練習をするようにしようと心に決めた瞬間だった。
この交通量調査は二時間での交代制だ。
上手くすれば五人全員の休憩時間が重なることがある。
それが今出会ったりする。
ムギさんが拡げたレジャーシートの上でムギさんが持ってきたお菓子を口にする。
毎日たくさんお菓子を持ってきているが、大丈夫なのかという唯の問いかけに、ムギさんは『毎日あまるほど貰っているから』と答えた。
本当に調べてみようかと思った瞬間でもあった。
そして澪と律はシートの上で横になって空を見ていたが、しきりに親指が動いていた。
……まるで、カウンターを押すかのように。

(職業病か?)

そんな事を思ってしまう。
ありえないとは思うが、彼女たちであれば十分にあり得る話だというのを、僕はここ一月で学んでいる。
その後、再び調査に戻り、一日目は無事に終了となった。

「じゃあ、私は電車で帰るから」
「私と澪はバス。唯と浩介はある家帰るんだっけ?」

僕と唯は途中までの道が同じなので、途中まで一緒に帰ることになる。

「明日も――「お菓子よろしく」――……頑張りましょう、って言おうとしたんだけど」

ムギさんの言葉を遮って元気よく片手をあげて言う唯に、ムギさんはどういう表情をすればいいのかが困ったような表情を浮かべる。
どんだけ食い意地が張ってるんだ?

「こらこらこら」

後ろから唯の首に腕を回して嗜めるが、それと連動して親指が動く。

「やっぱり職業病だ」

それを見ていた澪がポツリとつぶやく。

「じゃあねー」

手を振ってバス停から離れて行く唯に律たちはそれぞれ返事を返すと、明日の事について話し合う。
とは言っても集合場所等の事ではあるのだが。

「皆―!」
「ん?」

そんな時、唯の呼ぶ声が聞こえてきた。

「本当にありがとね! 私、ギター買ったら、毎日練習するね!」

そう言って笑う彼女の表情に、僕たちもつられて笑った。

(………よし)

そして、僕はある決心をした。










自宅に戻らずに向かったのは、商店街にある楽器店『10CIA』だ。
その際に、人通りの少ない路地裏で、僕は羽織っていたジャケットを脱ぐと、鞄に入っていた黒いジャケットに黒のサングラスを取り出す。
そしてジャケットを羽織り、サングラスを掛ければ僕は”高月浩介”ではなくなる。
今僕は、H&Pメインボーカル&ギタリストのDKとなった。
そして、楽器店のギターが展示されている場所に向かう。

「ディ、DKさん! ようこそ当店へ!」

僕が入ってきて少し経てば、楽器店の人が出迎えてくれた。

「DKさん、今回はどのようなご用件で! ギターの弦でしたら、良い物をご用意しておりますよ!」
「いや、そういうのじゃない」

僕は矢継ぎ早に言ってくる店員の言葉を遮ると、ギターベースの一点を示す。

「あのギター、『GibsonのLes Paul Standard』を頂きたい」
「あちらですか? ありがとうございます」
「それで、少々無理なお願いをしてもいいか?」
「勿論ですとも! 喜んでお引き受けします」

そんな店員の答えを聞いた僕は心の中でほくそ笑む。

「実は私の友人の友人が軽音部に入部してギターを始めることになったんだ」
「はあ」

僕が語り始めると、店員は何を言いたいのかが分からないといった表情を浮かべる

「だが、ギターを買うような資金は到底持ち合わせていない。そこでだ、あのギターの頭金を私の方で支払うからあのギターをリザーブしてもらいたい」
「分かりました。それでは購入手続きに入りますので、こちらへ」

ようやく何をしたいのかが理解できた店員は、僕を会計の方へと案内する。
そしておもむろに一枚の用紙を取り出すと、それに色々と明記していく。

「DKさん、頭金はおいくらで?」
「20万円だが、問題はないか?」

僕の問いに、店員は”勿論です”と応え、ペンを走らせていく。

「それでしたら、こちらの方にその人物のお名前をご記入してください」

僕は店員からペンを受け取ると、用紙の指定された場所に”平沢 唯”と記入した。
そして、20万円を店員に支払う。

「こちらのお控えと残金5万円、身分証明証をお持ちになってご来店されますよう、お伝えください」

僕は控えを受け取ると、内容を確認していく。
その控えは『予約表』と書かれていた。

「それで、差支えなければこちらの方にサインをいただけないでしょうか?」

そう言って差し出されたのは色紙だった。

「私ので迷惑でなければ喜んで」

ペンを受け取ると、DKのサインと楽器店名を書いていく。

「ありがとうございます! こちらは大切に飾らせていただきます!」
「「「ありがとうございました!!」」」

いつの間にか増えた店員に見送られる形で、僕は楽器店を後にした。
これで、唯は5万円でギターを買うことが出来る。
彼女の気持ちと、努力の度合いから見て、第一段階は合格だと思った為の行動だ。
偽善のような気もするが、それでも自分は間違ってないと自信を持つ。
まだ、これを渡さなければ意味をなさないのだから。
もう少しだけ見極めよう。
依怙贔屓だと言われない、もっと強い明確な理由が出来るまでは。










翌日も、交通量調査のバイトだ。
荻原さんとペアになり、バイトをこなしていく。
途中、楽器関係の話に花が咲きいて、カウントを忘れかけたこともあったが、二日間の交通量調査のバイトを終えることができた。
そして給料をもらい、それを先日別れたバス停で唯に手渡す。
日給八千円なので、一万六千円。
それに×5で八万円。
前借したお小遣いと合わせてもまだ遠く及ばない。

「やっぱりこれはいいよ。バイト代は、みんな自分のために使って」

律たちがまたバイトでも探そうかと話している中、唯は突然そう言いながら僕たちに給料の入った封筒を手渡していく。

「私、自分で買えるギターを買うよ。一日も早くみんなと一緒に演奏したいもん。また、楽器屋さんに付き合ってもらっても良い?」

その唯の問いかけに、僕たちは一斉に頷いて答えた。

(大金を前にしてもああ言えるという事は、これはかなりの人材だ)

普通であれば欲望に負けて受け取ってしまうだろう。
だが、それを彼女はしなかった。
それこそ僕の求めていた強く明確な理由になった。
音楽は、確かに技術も必要だが重要なのは”自”だ。
これにはいくつもの答えがある。
だが、僕は自が良ければ良い演奏が出来る。
逆に自が悪ければ奏でる音も悪くなる。
この論理は最後には、故に僕はいい演奏は出来ないというオチがつくのだが、それはどうでもいいだろう。
この時僕は、彼女に予約票を渡そうと決めるのであった。
唯と一緒に帰路についた僕ではあったのだが……

(な、何をやってるんだ? あいつ)

歩道を所狭しと飛び回る唯の姿に、僕は思わず唖然と見ていた。
完全に恥ずかしい人になりかけている。

(まさか、ギターを弾いているとかじゃないよな?)

本当に大丈夫なのかという不安が駆け巡った瞬間だった。










そんなこんなで、週が明けた月曜日の放課後。
僕達は再び楽器店『10CIA』を訪れていた。
ギターブースに訪れた僕たちだが、やはり唯はGibsonのレスポールの前で立ちどまっていた。

「よっぽど欲しいんだな」

その様子を見ていた澪が呟くと律がバイトをしようと再び告げた。

「あら? このギター予約されてますね」
「なに!?」

ギターの所に掛かれた表示に気付いたムギさんが言うと、律たちは慌ててギターの前に移動する。

「本当だ」
「ギターって予約できるもんなのか?」

それぞれが声を上げる中、唯は悲しげな表情を浮かべる。

「唯、ほれ」
「え? なにこれ」

僕はカバンから取り出した折りたたまれた予約票の控えを唯に手渡した。
それを受け取る唯は何だろうと首を傾げながら、紙を開いた。

「予約票?」
「こ、浩介。まさかこれを予約したのって」

後ろから覗き込む澪が口にした紙の名前に、律が問いただしてくる。

「いや、僕の知り合いにプロのミュージシャンがいてそいつにちょっと頼んだだけ。というよりそんな大金があったら、僕はギターを買い替えてるよ」
「た、確かに」
「一体アンタはどういう交友関係をがあるんだ?」

律が呆れた様子でツッコんでくるが、それを軽くいなす。

「既に頭金として二十万は払ってあるから、その紙と生徒手帳があれば五万円で買えるはずだよ」
「ありがとう! 浩君」
「はは。知り合いにお礼を言っていたと伝えておこう」

その張本人が僕だなんて、言えない。

「お金は絶対に返すね」
「いや良いと思うよ。料金はその人の将来に投資するって言ってたし」
「何てお願いしたんだ?」
「えっと……『才能あるギタリストにギターを買うお金がないから何とかして』と」

お願いした言葉を聞かれるとは思ってもいなかった僕は、今適当に思いついた言葉を口にする。

「それ、絶対に嘘だろ」
「はいはい。どうでもいいから行って来い」
「うん!」

律のツッコミに、これ以上話が続くとぼろが出そうだったため、唯に買うように急かした。
こうして、唯のギター選びは無事に幕を閉じたのであった。










その翌日、ギターを持ってきた唯によるお披露目会が行われていた。
弾けるか否かはともかくとして、持つだけでかなり様になっている。

「何か弾いてみて!」

そうリクエストをした律に応えるべく、唯はたどたどしくではあるが弦を弾いた。
そして流れるのは間の抜けた音だった。
タイトルはチャルメラ?
唯曰く、ギターがピカピカしているから触るのが怖かったのだとか。

「鏡の前でポーズを取ったり、添い寝をしたり写真を撮ったりはしたんだけど」
「弾けよ」

思わず突っ込んでしまった。
だが、ギターの扱い方ではない。
ちなみにレスポールは非常に耐久力が弱い。
落としただけで割れることがあるため、注意が必要だ。
その点に関しては、添い寝をしても異常がないのは奇跡にも近かった。

「そういや、ギターのフィルムも剥してないもんな」

確かに剥されていない。
そこで何を思ったのか、律が剥してしまった。

「唯ちゃん、お菓子お菓子」

必死に謝る律に、呆然と固まっている唯にムギさんがお菓子の乗っているお皿を差し出す。

(そんなので機嫌が治るわけ)

ないと思いながら唯の方を見ると

(治ってるし!?)

おいしそうにお菓子を食べる唯の姿があった。

「そうだよね、ギターは弾くものだもんね。ただ大事にしているだけじゃかわいそうだもんね」

そう言って律の手を唯が取ると、律の表情が晴れた。
まあ、言っているのは当然のことなんだけど
それで気を良くしたりつの頭を、澪が軽く小突いた。

「ライブみたいな音を出すにはどうすればいいのかな?」
「アンプにつないだら出るよ」

唯の疑問に答えるべく、ギターにリードを差し込むともう片方の端子をアンプに差し込む。
そしてボリュームつまみを上げると機械特有のノイズが走る。

「よし!」

律が唯に合図を出すと、唯はピックを一気に振り下ろした。
奏でるのはただの開放弦音。
それでも、甘く太い音が準備室を包み込む。

「かっこいい!」
「やっとスタートだな」
「私達の軽音部」

その音に酔いしれる唯を見ながら、澪と律が感慨深げにつぶやく。
ここまでがかなり長く感じた。

「夢は武道館ライブ!!」
「「「えぇー!?」」」

片手を上げながらでかい夢を宣言する律に、僕たちは一斉に驚きの混じる声を上げる。

「卒業までに!」

さらにハードルを上げた。
夢や目標はデカければでかい方がいい。
小さい目標ではすぐに行き詰る。
とは言え、大きすぎるのも考え物だ。
そして、再び唯は間の抜けた音を奏でる。

「ごめん、まだこれしか弾けない」

肩を落とす律たちに、唯は申し訳なさそうに謝る

「アンプで音を鳴らすのはもう少ししてからね」

そう言いながら唯はアンプの元に歩み寄ると、つながっているリード線に手を掛けた。

「馬鹿、やめろ!」
「ふぇ?」

僕の忠告は遅かった。
プラグを抜いてしまったアンプから、劈くような爆音が響き渡った。
その音の衝撃に思わず僕は仰け反ってしまう。

「アンプのボリュームを下げる前にコードを抜くとそうなっちゃうんだよ」
「早く言って」

武道館ライフまで道のりはまだかなり長いなと思わせるのには十分であった。

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