その週の休み、集合場所に指定された場所に向かうと、すでに律たちが待っていた。
「後は唯だけか」
「みたい」
それからしばらく待つと、僕が来たのと同じ方向から唯が姿を現した。
「おーい唯、こっちこっち」
律が手を振って唯に場所を知らせると、唯も手を振り返しながら横断歩道を渡るが、渡っている人の方にぶつかったり犬をかわいがったりと、中々たどり着けない。
(あと数mなのに、なぜ?)
世の中には理解できないことが多々あるのだと、僕は改めて知ることになった。
結局、唯はお小遣いを前借してもらう形で五万円を調達したようだ。
「これからは計画的に使わないと………」
使おうと息込んだ唯はふらふらと洋服のお店の方へと、引き寄せられるように歩いていく。
「いけないんだけど、今なら買える」
「こらこら!」
律の制止を振り切ってお店の中に入って行った唯を追うべく、僕たちもお店の中に入るのだが。
洋服を一緒になって選んだり、置物などを見たり、食料品売り場で試食などに講じたり、ゲームセンターで遊んだり等々寄り道をし続けた。
そして、レストランに入ることになった。
唯たち四人の後ろのテーブルに僕は案内された。
僕は注文したチーズケーキを時間をかけて平らげた。
「あー、楽しかった」
「へへー、買っちった」
後ろから聞こえる満足げな声。
(まさかとは思うが、何をしに集まったのかを忘れてはいないよな?)
何となく不安に思えてきた。
「次はどこに……あれ、何か忘れてない?」
「楽器だ!」
本当に忘れてたよ。
そんな大きな寄り道をして、僕たちはようやく楽器店へと向かう。
楽器店の名前は『10CIA』だ。
(なるほど、ここか)
その楽器店は、バンド用に使っているGibson ES-339はこのお店で購入したのだ。
この楽器店での密かなセールスアピールに”あのDKの持つギターを購入した楽器店”があるくらいだ。
まあ、表だって書かれたりはしてないけど。
そしてギターなどが置かれているベースにたどり着くと、唯はギターを見て行く。
「唯、決まった?」
「うーん。何か選ぶ基準とかあるのかな?」
唯の疑問に澪が解説をするが、唯はそれを聞かずにギターの方を見ている。
「あ、このギター可愛い」
(Gibsonのレスポールか)
唯が興味を示したのは、僕が愛用するギターのメーカGibsonの物だ。
「そのギターは、かなりの重量があるけど大丈夫なのか?」
このレスポールは音が伸びやすく、多少のごまかしが効く初心者向けの楽器ではあるのだが、重量が約4,5キロするため彼女には少々厳しい楽器だ。
「それに、そのギター25万もするぞ」
レスポールは値が張るものが多い。
ビンテージものになれば百を超える物だってある。
「うーん。さすがにこれには手が出ないや」
律が付け加えるように言うと困った表情を浮かべる。
「このギターが欲しいの?」
ムギさんの問いかけに、唯は深く頷いた。
その後、律が他のギターを見るように促すが、唯は動くことはなかった。
ギターを買う上で重要なのは、ネックや音の響きなども当然だが、一番必要なのはフィーリング。
これだ! と直感的に思うギターに出会った時こそ、その人に最適なギターの一つでもあるのだ。
その後澪と律が楽器を購入する際の話をしてくれたが、正直律の値切り話にはここの店員の人に同情してしまった。
「よし! みんなでバイトしよ! 唯の楽器を買うために!」
「え? そ、そんな悪いよ」
律の言葉に最初は遠慮していた唯だが、”部活の一環”という律の言葉に圧され、ムギさんが賛成する形でアルバイトは決定したのであった。
「バイトぉ!?」
「ああ」
週が明け、休日に何をしていたかを聞いてきた佐久間に楽器選びの話をすると、驚いた反応が返ってきた。
「部活をするにはバイトもするのかぁ。大変なんだな、軽音部は」
「まあな」
楽器という高価な物を買う以上、資金面で問題はついて回る。
僕が出せばいいじゃないかとも思うかもしれないが、それでは意味がない。
重要なのは買うために努力をすることなのだから。
そうすれば、ギターを手に入れた喜びもさらに増す。
「やっぱりバイトってファミレスとかか?」
「知らない」
どのようなバイトをするかを決めていないため、そう答えるしかない。
「もしファミレスだったら、俺大量に注文するぜ!」
「………お前が来たら億単位で請求を出すことにしよう」
「ひど!?」
絶対に周りの迷惑になりそうだったため、牽制をかけておくことにした。
ちなみに、僕の場合は本気だ。
「アルバイトと言ってもどういうのをするんだ」
バイトをすると決まれば問題はどのような内容かだ。
放課後を利用して探すがなかなか見つからない。
「ティッシュを配るのは?」
律が提案した内容は僕はおおむね賛成だったが、約一名無理そうなのがいる。
現に今、想像したのか拒否反応を起こしているし。
渡そうとしているが全員素通りするため、あたふたとしている光景が浮かんできた。
「ファーストフードとかどうですか?」
ムギさんの提案に、再び拒絶反応を起こす澪。
僕も、いやだったりする。
長い時間敬語を使い続けなければいけないのは、微妙に苦痛だ。
しかもマナーの悪い客に対して何も言えないかと言えばそれは否だ。
確実に一悶着起こす。
「ダメ……かも」
「あ、そっか。澪にはハードルが高いかもね」
澪の頭の中では何が再生されているのだろうか、この間と同じように頭から何かが噴出して脱力した。
「ごめんね、澪ちゃん! 無理しなくていいから」
唯も慌てて澪に告げた。
それをしり目に、僕はバイトの求人広告に目を通す。
「わ、私、何でもやるよ!」
よさそうなものを見つけた僕の耳に、澪の声が聞こえてくる。
彼女にとっては一大決心なのだろう。
「あ、だったら」
「な、なに!?」
僕が声を上げると、澪が過剰な反応を示す。
というより声が裏返ってるぞ。
「こういうのはどうだ」
「何々……交通量調査?」
僕がみんなに見えるように内容の書かれた本を置くと、全員がそれを覗き込む。
「道を歩く人や車をカウントする仕事だ。これならば、極度の恥ずかしがり屋にでも出来ると思うが?」
僕の説明に唯が”野鳥の会だね!”と意味が分からないことを口にする。
「そうだな、これなら澪にもできるっしょ!」
「本当ですね」
話し合いの末、僕たちのアルバイトは”交通量調査”に決定するのであった。
ちなみに、この時澪がほっと胸をなでおろしていたのは余談だ。
『へぇ、バイトね~』
夜、中山さんから調子はどうだという内容の電話で、事の経緯を話すと意外だと言わんばかりの返事が返ってきた。
『懐かしいね~、私達もかなり昔に楽器を買うための資金源を確保するべく、よくバイトをしたな』
「そうなんですか?」
僕の記憶にないため、おそらくは僕がバンドに入る前の話だろう。
その為、僕はさらに話を掘り下げることにした。
『ああ。半年かけてバイトをして、ようやく目当てのギターを手に入れた時は、嬉しくてうれしくて仕方がなかったな』
「分かります。自分もほしいギターを手に入れて喜んでいましたから」
中野さんの嬉しい気持ちに、僕は共感を感じた。
最初にギターを手に入れた時、僕は肌身離さずにギターを持ち続けていた。
音色もそうだが、形のどこかに僕を引き込むものを持っていたのだろう。
それが何なのかは自分にもわからないが。
『それじゃ、そっちの方でサポートとかはするのかい?』
「ええ。でも様子を見てから決めることにします」
中山さんの問いかけに、僕はそう答えるにとどめた。
サポートとは”資金援助”の事だ。
するつもりではあるが、現在は様子を見ている状態だ。
少なくとも、努力せずにギターを手に入れるよ言うなことはあまりよろしくない。
なのでタイミングを見なければいけないのだ。
本当に難しいことをすると我ながら思う。
『まあ、頑張りなさいな』
「ありがとうございます」
その後、世間話を少しして、電話は切られた。
次の日の学校の授業の準備を終えた僕は、きっと今週はあっという間に終わるだろうなと思いながら、眠りにつくことにした。
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