「ん……ぅ」
俺はいつものように目を開ける。
何故か視力が戻っていた。
だが、なんだか違和感を感じる。
(ここは……病院か)
「真人君ッ!!」
俺が今いる場所を認識したのと同時に、なのはの声とともに、体に衝撃を感じた。
「良かった……良かったよぅ!!」
涙を流しながら喜んでいるなのはを見て、申し訳なく思いその頭を撫でようと右手を動かそうとした。
しかし、右手が動くことはなかった。
(あれ?)
ようやく違和感の正体が分かった。
それを確認するように、左腕や足を動かそうとするが、まったく動かなかった。
どうやら、俺は全身を動かすことが出来なくなってしまったようだ。
「なのは」
「……グス、何かな? 真人君」
涙ぐむなのはに、俺はお願いをすることにした。
「体を起こしてもらっていいかな? 俺か体が動かなくなっちゃったから」
「ッ!!」
それを聞いたなのはは、息をのんだ。
「嘘……だよね?」
「こんな時に冗談何て言わないさ」
信じられないと言った表情を浮かべるなのはだが、俺の背中に手を回すと、起き上がらせてくれた。
「サンキュ」
「どういたしまして」
なのははそう告げると、”お医者さんを呼んでくる”と言って病室を後にした。
誰もいなくなった病室を見渡すと、そこはどうやら個室の様だ。
横には点滴がある。
「………」
部屋の中を見終えた俺は、窓を見た。
そこは、青い空が広がっていた。
だが、俺の心はさえない。
自分でもわかっていた。
もう俺に残された時間が少ないことが。
その後、医者の検診を受けた俺はお見舞いに来たはやて達と話をした。
その話から分かったことは、事件の聴取に非協力的だったスカリエッティ達は軌道拘置所で勾留されることとなったらしい。
事件に協力的な姿勢を見せた戦闘機人たちは更生施設で何とかと言うプログラムを受けているらしい。
ちなみに、俺が倒した転生者の及川さんも、更生施設に収容されたらしい。
「真人」
はやて達が帰ってからしばらくして、真剣な面持ちで俺に話し掛けてきたのは執行人だった。
俺は、唯一動く顔を横に動かして執行人の方を見た。
「何だ?」
「今からでも遅くはない。代償転換をやるんだ」
開口一番がそれだった。
「やらないよ」
「真人! お前の覚悟は僕にも十分伝わった。このままだとお前が―――」
俺の言葉を聞いた執行人が、声を荒げた。
「落ち着けよ。いつものお前らしくない」
「そんなの知った事か! こういう時の為の僕だ、僕を使え。お前に使われれば僕も本望だ」
俺が落ち着かせようとするが、執行人は落ち着くどころかさらに声を荒げた。
「はは、やっと執行人から認められたような気がする」
「ッ!? 茶化すな!」
「俺はやる気はないよ。それにこうなることは覚悟の内……うまく言えないけど、達成感で十分満足だよ」
俺はそう言うと、執行人から視線を逸らした。
「真人……お前は理解していない。お前に万が一のことがあったら悲しむ奴がいるんだぞ」
「それは執行人もだ。あんたがいなくなったら、はやてが悲しむ」
俺の言葉に、執行人が息をのんだ。
と言うより、まさか知らないと思ってたのか?
「あれだけ分かりやすくいちゃいちゃしていたら、誰だってわかるさ。はやてと執行人が恋仲だっていうことぐらい」
「………」
何時かは分からないが、はやてと執行人は恋人同士で結婚を前提に付き合っている。
という話を聞いたことがある。
普段、俺の中にいる時以外にもはやてと楽しそうにしているのも見たこともあった。
「だが―――」
「もうこの話はこれでおしまい! 今後は取り合わないからな」
執行人は、俺の言葉に諦めたのかそのまま立ち去って行った。
(これでいいのさ。これで)
俺の心はとても爽やかだった。
あれから3日経った。
体調はすこぶる悪い。
「真人君、リンゴ向いてきたよ~」
なのはがいつものように笑顔で病室を訪れた。
だが、本当は泣きたいのだと言うことは分かっていた。
【いつも悪いな。なのは】
「ううん、気にしないで。これも恋人の役目だから」
俺の念話に、なのはは笑顔で言った。
そしておもむろにリンゴを爪楊枝で刺すと、俺の口元に近づけた。
「はい、真人君。あーん♪」
手が使えないため、俺はなのはに食べさせてもらっている。
恥ずかしい気持ち反面、なんだか役得したな~と思うのが反面と複雑な心境だった。
「どう? おいしい?」
【ああ、おいしいよ】
なのはの問いかけに、俺は念話で答える。
どうして話さないのか?
それは、話
したくないからではなく、話
せないからだ。
どうやら、着実にカウントダウンは続いているようだ。
そう、俺と言う存在が
無くなるまでの。
そして、病院に来てから6日経った夜。
(持たないものだな)
俺は心の中でつぶやいた。
昼間は目を覚まして回復に向かっている健司がお見舞いに来てくれた。
そのことにほっと胸を撫で下ろした。
だが、もう限界だった。
俺の命はもう持たない。
不思議と俺の心に死への恐怖はなかった
(ああ………今思えば、楽しい時だったな)
俺は、今までの楽しかったこと、つらかったことを思い出した。
どれもが懐かしく感じられた。
(皆ありがとう)
俺は、誰にも聞くことが出来ないお礼を呟いた。
(なのは……俺がいなくなっても幸せ………に)
そこで俺の意識は、まるでテレビを切ったように途切れた。
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