姫君のコンサートが行われた翌日、俺とシンクそしてユキカゼに姫君はパレードで外を歩いていた。
リコッタは途中で学院の方に行くとのことで、先に抜けて行った
シンク達はとても楽しそうだったのが、印象深かった。
「ふぅ」
夜、夕食とお風呂を済ませた俺は、浴衣の上に黒いマントを羽織って風月庵から出た。
それは、夕方にリコッタから夜に、図書館の方に来るように言われたからだ。
ユキカゼ達には散歩と嘘をついてしまったが、まあ、いいだろう。
どのような要件かは、想像がついていた。
(まあ、行くしかないか)
そう結論を出して、ビスコッティ城へと向かうのであった。
「小野だが、いるか?」
「渉様、こんばんはであります」
図書館に突いた僕を待っていたのは赤い目をしたリコッタだった。
「どうしたんだ? 目が赤いが」
「え……あ、あの、実は渉様に伝えないといけないことがあるのであります。実は――――」
リコッタの目がかすかに赤くなっている理由を尋ねた俺に、リコッタは本題に入ろうとするがその先の言葉がすでに分かっていたため、俺はリコッタの言葉を遮った。
「勇者送還の儀の事だろ?」
「え!? な、何で渉様がそのことを」
俺の予想は正しかったようで、リコッタが驚いた様子で俺に尋ねてきた。
「それは秘密だ。でも間違ってはないだろ?」
「は、はい」
俺の言葉に戸惑ったように応えた。
俺はリコッタの答えを聞いて一息つく。
「しかし、ここでの記憶をすべて失って、ここには来れないなんて何ともひどい話だよな」
俺は苦笑い交じりに呟いた。
「まあ、この勇者送還の儀は、召喚された勇者がその役を断った際に行うものだから、当然と言えば当然なのかもしれないが」
「渉様は、本当に何でも知っているんですね」
俺の言葉に、リコッタはどことなく悲しげな声を上げた。
「知っていても、それを伝えることはできないのさ。どう取り繕うと俺は観測者(オブサーバー)だからな。出来るのは人々が自分の力で道を切り開くのを見ているだけさ」
「それでもすごいでありますよ、渉様は」
「渉」
俺は、今まで気になっていたことをリコッタに言う事にした。
「え?」
「俺には様付けは不要だ。何だか背筋がぞくぞくして居心地が悪いんだ。いっその事呼び捨てにでもしたらどうだ?」
俺の言葉に、リコッタは鳩がまめ鉄砲を食らったような表情を浮かべていた。
「で、では渉さんで」
「はい、よろしく」
呼び方を直したところで、俺はもう一度話を戻すべく口を開いた。
「俺は母国に戻る」
「ですが、渉さんはこちらに来てからもうかなりの年月が経っています。送還の儀は16日以内です」
俺の言葉に、リコッタが反論する。
確かに、俺が見たのではそうなっていた。
「かなり乱暴だけど、時間経過を誤魔化す紋章を描いて置けば問題ない」
「そ、そんなことが可能なのでありますか?」
「ああ。とは言え、ものすごく複雑でミリ単位でずれれば動かないし、描くのに数年の時間が掛かるという代物だから実用には程遠いが」
目を見開かせて聞いてくるリコッタに俺はそう返す。
だが、それは嘘だ。
本当は数時間もあれば描くことはできる。
この技術を悪用すれば、何が起こるかは想像するに難くない。
この世界にそういった者がいないことを願いたいが、万全を期す方がいいだろう。
「それでは、姫様にお伝えして――「ちょっと待ってくれるか?」――はい、何でありますか?」
俺はリコッタを呼び止めてあるお願い事をした。
「ユキカゼとダルキアンにはこのことを言わないでほしいんだ。姫君との別れに水を差したくはないから、場所もシンクとは別の所にする。送還の儀の術式の方はこっちで何とかするから大丈夫だ。これも姫君に伝えて貰えるか?」
「………分かったであります」
俺の願い事に、リコッタは複雑な表情を浮かべて頷いた。
そして俺はその場を後にするのであった。
「はぁ……」
風月庵に戻る道中、俺は静かにため息をこぼした。
(いまさらだな。分かってたことじゃないか)
リコッタの様子がおかしかったので調べたら送還の儀の事が出てきたのだ。
(記憶も失うのか………想像が出来ないな)
記憶を失うという言葉の実感がいまだにわかない。
冗談とさえ思えてくる。
だが、冗談ではないと、俺の中では告げていた。
「俺だって嫌だよ。二人の事を忘れるのは」
何だかんだあってユキカゼ達は、俺の世界で一番大事な人になった。
その人の事を忘れることに、俺は耐えられない。
それは、向こうも同じはず。
(二人が知ったらこの世界に留まってって言いそうだよな)
それが分かっていたから、俺は二人に隠すことを決めた。
勿論、ここに戻る気満々だ。
「俺だって、ずっとここにいたい」
暗闇の中でつぶやく。
それが出来ない理由があった。
(少しずつ、力が弱まっている。ここの世界に居続けるのは………)
消滅と同意義だ。
フルパワーを出したからなのか、それとも物質へと変わり始めるのを元に戻そうとする作用からか、神の力の源の”霊質”が異様なほどに弱まって来ていた。
このままこの世界に居続けたら、俺は消滅するだろう。
世界の意志は一つの世界に居続けることは不可能。
もし仮に一つの世界に居続けるには、ノヴァに許可を得て術式を施してもらう必要がある。
そうすれば、長期間その世界に留まることが出来る。
ただし、それでも数年に一回は必ず天界に戻る必要がある。
天界で5日間静養すれば、また元の世界に戻れるようになる。
しかし、天界での5日はここでの200日に値する。
半年以上も最愛の人を放っておくのは男として恥だ。
「だから、一回帰るんだ」
この世界に永遠にいるために。
俺は自分の心にそう言い聞かせた。
「渉殿~!」
「遅いでござる!」
いつの間にか風月庵の前に来ていたのだろうか、ユキカゼとダルキアンが駆け寄ってきた。
「悪い。星を見ていたら遠くまで行っちゃったんだ」
「気を付けるでござるよ」
「そうでござる。さあ、渉殿今日こそは拙者らと一緒に寝るでござるよ!」
誤魔化すように告げた俺の言い訳に、ユキカゼは苦笑しながら言い、ダルキアンが俺の腕を引っ張って屋敷の中へと連れて行く。
「はいはい」
俺はそんな二人に苦笑しながら、屋敷の中に入るのであった。
ちなみに、その日の夜
「渉殿ぉ~」
「……苦しい」
ユキカゼの熱い抱擁をされ、色々な意味で寝付くのに時間が掛かったのは、全く関係ないだろう。
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