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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第16話 初日

あの後、荷物を置いておき水着に着替えた僕は唯たちのいる浜辺の方へと向かう。

「悪い、遅れた!」
「いや、いい……何故にマント!?」

僕の姿を見た律が顔をひきつらせる。
僕は水着の上から黒のマントを羽織っている。

「家の方に”見ず知らずの者に素肌を晒してはならない”というしきたりがあるから」
「何じゃその嘘のようなしきたりは?」
「まるでものすごい古い大金持ちの家みたい」

僕の家に伝わるしきたりを聞いた律は呆れたような表情をしながら聞いてくる。
それと唯、”古い”じゃなくて”伝統のある家”みたいと言ってくれ。
まあ、ある意味正しいんだけど。

「何でも家の風紀のような物を損ねないようにするためのものらしい。守っている人はそんなにいないけど」

妹がその典型例だ。
まさか、近くの湖に泳ぎに行こうとした際に家で水着に着替えて湖に向かうとは思わなかった。

「だったら、問題はないよ! さあ、そのマントを脱ごう!」
「手を怪しげに動かしながら近寄るな」

目を輝かせてすり寄る唯の頭に手を当てて近寄れないようにする。

「でも浩介」
「何だ?」

唯の頭に手を当てたまま声をかけてくる澪の方に顔を向ける。

「マントを着たまま海に入る気? それに、脱いだら素肌を晒すんだから、意味がないんじゃ」
「あ、そうか」

澪の指摘に僕はようやく問題点に気づけた。
今まで気づけなかった僕は一体……
僕はマントを脱いだ。

「うお、マッチョ!」
「うへぇ、この上腕二頭筋生で始めて見た」

そう言いながら僕の体を観察する二人の少女。
名前は伏せておこう。
僕はマントを浜辺に敷かれたシートの上に置いた。

「さぁ、遊ぶぞー!」
「「「おー!!」」」

律の呼び掛けに唯たちが応え、海水浴は再開となった。










途中唯をベースにして砂に動物の絵を描いてそれを写真に収めたり、ムギがとてつもなく精巧な城の砂山を作ったり、唯と律と僕の中で早く泳げるのは誰かという勝負をしたりした。
ちなみに結果はハンディキャップ(僕だけ泳ぐ距離は二人の倍という物)があったが僕の勝利だ。
そんなこんなで、僕たちは海水浴を満喫した。

「ふぅ、楽しんだ~」

気が付けば既に夕刻。
海面に優日焼けが反射して絶景となっている中、律と唯はやりきった様子で砂浜に寝そべる。
そんな二人に近づく澪の手には、いつの間に取ってきたのか大きなスイカがあった。

「せっかく海に来たんだからいっぱい遊ばないとここまで来た意味が……」
「おい」

何となくここに来た種子を忘れているような澪の言葉に、僕は思わず突っ込みを入れてしまった。

「あーっ! 練習!!」
「忘れてたのかよ」
「ま、まったく。律が遊ぼうとかいうからだぞ」

律のツッコミに、澪は弱々しく反論する。

「僕の記憶違いでなければ、一番楽しそうに遊んでいたのは澪だと思うんだが」
「つーん」

完全に顔をそらした。

(これで本当に大丈夫なのだろうか?)

心の中で思わずそう呟いてしまった。










夕食を終え、僕たちは楽器のセッティングを始めた。
のだが……

「はぁ、お腹いっぱい、夢いっぱい~」
「おやすみ」

律と唯の二人は先ほどから床に寝そべってセッティングをするそぶりを見せていなかった。

「始めるぞー!」
「二人とも起きて」

二人の呼びかけにも、律たちは動く素振りすら見せない。
見かねた澪は僕たちに退くように言うとベース用のアンプを移動させる。
そこは二人の耳元だった。

(まさか)

僕は、彼女が何をしようとしているのかの見当がついた。
案の定、澪はベースの弦を思いっきりはじく。
それによってアンプから凄まじい銃手に音が鳴り響く。

「「うぅ」」

その容赦ない爆音に、二人は起きざるを得なかった。
ようやく起き上がった二人は、ギターのってぃんぐを始めるのだが、体がふらついていた。
律に限っては今にも後ろに倒れそうなほどに。

「なあ、今日はやめにしないか?」
「練習のためにここに来たの!」

律の提案に澪が切り捨てた。
それでも渋っている律に澪は

「そう言えば、最近ちょっと太ったんじゃないか?」

と、黒い笑みを浮かべながら言い放った。

「特にー、お腹の所とか。最近ドラムを叩いてないからかな~」
「うぎゃあああ!!!」

澪の容赦ない言葉の矢が律を動かした。
凄まじい勢いでビートを刻む律に、澪はほくそ笑む。

(澪、策士だ。そしてとてつもなく腹黒い)

澪の所業に思わず拍手をしたくなった。

「もうギター持てないよ」
「えぇ!?」

今度は唯の番だった。
ギターを置くと地面に座り込んでしまった。

「だって、このギター重いんだもん」
「言った! 重いと言った!!」

唯の言葉に、僕は大きな声でツッコむ。
ギター選びの際に僕は重量があると言っていた。
それでも彼女はこのギターに決めたのだ。

(そう言えば、どうしてこのギターにしたんだろう?)

フィーリングならば、明確な理由はないだろうが、無性に気になった。

「誰だ―! このギターを買うって言ったのは―!」
「「お前だッ!!」」

唯の叫びに、澪と声が合ってしまった。
そして結局、最初に戻る。
地面を転がる二人の姿は、まさに滑稽そのものであった。

「学園祭はどうするんだよ」
「だから、メイド喫茶でいいって言ったじゃん」
「えぇ、お化け屋敷がいいよ」
「その次元から離れろよ」

澪の問いかけに少し前の論争を繰り広げようとする二人に、僕は飽きれ交じりに言う。

「唯に浩介。お前たちは何もわかっていない。澪を見てみろ」
「な、何?」

いきなり自分の方に話が向いてきたため、澪は目を丸くする。

「澪ほどメイド服姿が似合う奴はいないぞ」

その律の言葉に、僕は想像してみた。
黒のストッキングに、純白のエプロン。
止めに頭にはメイドカチューシャを付けた澪の姿

『萌え萌え、キュン』

と、何やらポーズをとりながら言う澪の姿は確かに

「とか言ったりしてなー!」
「可愛いかも」
「確かに、似合いそうだ」

皆の意見が一致した。
というより、あのセリフは律が吹き込んだのか。

「なんてなじ――――――――」

その次の瞬間、一瞬ではあるがドラムの上に置かれたバチが宙を舞った。
それは顔を真っ赤にした澪の鉄槌によるものだが、僕は本当の恐ろしさを狭間見たのかもしれない。










練習にならないと悟ったのか、冷静になった澪は唯と凄まじい回復力で復帰した律の説得に圧されるがまま、外で休憩することになった。
少ししたら練習すると告げる澪の手にはスイカがあった。
それに対して律が『分かってる』と応えるが、それもどこか怪しくなってきた。

(本当に練習するのか?)

そう疑問が浮かんできたところで、

「「せーの!」」

二人の声と共に目の前に光の波が現れた。

「それじゃあ、最後の一曲。行くぜー!」

そう言って唯はギターのピックをストロークさせる。

音は何も聞こえない。
声を出すことも、動くこともできなかった。
視線すらも動かせない。
僕はまるで石のように目の前のライブもどきを見ていた。
心が疼くのを感じた。
それは嫉妬でもなく、怒りでもない。

(楽しそう)

彼女の心から演奏を楽しんでいる、幻想的な光景に対する驚きのようなものだった。
まるで、彼女が俺の知らない平沢唯に……プロのギタリストになったような錯覚さえも感じさせる。

「オーイェ、オーイェー!」

その幻想的な時間もあっという間に終わりを告げた。
聞こえるのはただはしゃいでいる、いつもの唯の声だった。

「あ、あれもう終わり?」
「予算の問題でな」

あっという間の出来事に、唯が名残惜しそうな声を上げると、申し訳なさそうな表情で律が答えた。

「でも、武道館ではもっと派手にババババーンと!」
「武道館?」
「おいおい、目標はそこだって決めただろ。な?」

なにそれと言いたげな唯に、律は呆れたような表情で答えると、こっちに聞いてきた。
確かに、彼女たちは武道館公演を目標にしていた。
だが

(きっと武道館公演の時、僕は……)

出られない。
その言葉を掻き消す。
今の僕は軽音部の一員だ。
ならば、武道館だろうと何だろうと出てやろうじゃないか。
例えそれが、後に問題になったとしても。
そんな思いを秘めながら、僕は立ち上がり三人の元へと足を進める。

「武道館目指すなら、このくらいは演奏できるようにならなきゃな」

そんな時に流されたのは、メタル風の曲だった。
簡単に聞けばギターが前に出過ぎている………目立ちすぎているようにも感じられるが、よく聞けば周りの音を引き立てている鞭のような役割を果たしている。、
それでいてチョーキングなどの演奏技法を取り入れていたりしている。
ドラムも、そんなギターに埋もれないように必死にアピールしている。
つまり、何を言いたいのかというと

「へぇ、うまいなー」

律の漏らした感想であった。

「あれ? でもこの曲」

演奏を聴いている唯が、首をかしげる
僕も微妙に引っかかっていた。
この曲の演奏技法が前に聞いた演奏と酷似しているような……
そんな僕の考えはすぐさま頭の片隅へと追いやられることになる。

『お前らが来るのを待っていた』
「「「「「…………」」」」」

テープから流れるまるでこの世の恨みを込めたかのようなどす黒い声に時間が止まったような気がした。

『死ネーーッ!!!!』

その叫び声に、僕たちは思わず耳を押さえてしまった。
叫び声に遅れてテープが止まる音が聞こえた。
どうやら流している面のテープが終わったようだ。
ふと、前方を見るとそこには……

「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」

耳を押さえて蹲り、まるで呪文のようにつぶやく澪の姿があった。

「いやだー! やだよー!!」

そんな澪の耳元で律が何かを言ったのか、澪は這いつくばるようにして、テラスの上に上がると膝を抱え込んでしまった。
律が何を言ったのかは大体の見当がついていた。

「律ちゃん」
「やりすぎだよー」
「謝れ」

ムギと唯に続いて、僕は謝るように諭した。

「わ、悪かったな、澪」
「大乗だよ澪ちゃん。お化けはいないよー」

謝る律に続いて唯が安心させるように澪に言うと澪はゆっくりとこっちを見上げて

「本当?」

と、上目づかいで聞いてきた。
そのしぐさにまるで胸を打ちぬかれたような衝撃が走る。

「「萌え萌え、キュン」」

だからと言って二人のようなことはしないが。










未だにぐずっている澪を宥めつつ、僕たちは練習をするスタジオへと戻っていた。
唯がギターのセッティングをする中、律が謝っているが

「むぅ」

顔をそらして頬を膨らませる。

「餓鬼か」

そんな彼女の様子に思わずそう呟いてしまった。

「ねえ、唯ちゃん。本当にさっきの曲……」
「うん! 見てて」

ムギの心配そうな問いかけに返事をすると、唯は徐にギターのピックをストロークさせる。
そしてながれる音は、間違いなくあのテープのギターの音色と似ていた。

「おいおい……」

思わず口から声が漏れてしまった。
まだギターに触れて数か月しか経っていないにも拘らず、一度聞いた曲のギターの音色をほぼ完全にコピーしたのだ。
勿論、まだたどたどしくはあるし、音に振り回されている感じもある。
だが、それを差し引いても彼女には才能があるのは明らかだ。

(絶対音感か。これは将来、すごいギタリストになるぞ)

演奏の技法やそれ以外の諸問題をクリアすれば、彼女はそこらじゅうのバンドから引っ張りだこになるだろう。
それは予想ではなく確信でもあった。

「はい、どう?」
「すごい。完璧」
「ああ、まったくだ」

感想を求める唯に僕とムギは拍手を送りながら答えた。

「でも、みょ~んっていう所が分からなくて」
「みょーん?」
「それって、チョーキングの事じゃないか?」

彼女の独特な表現に、律が首を傾げる中、澪が立ち上がりながら答えた。

「うぐッ!?」
「チョーキング?」
「違う」

僕の首を腕で占めながら聞いてくる律に澪が答える。
というより、苦しい。

「はな、せっ!!」

軽く力を込めて律の腕から逃れる。
ちなみに、チョーキングとは、音が鳴っている際にギターの弦を引っ張る演奏技法だ。
すると、唯でいう所の”みょ~ん”という感じに音の高さが変わる。
ビブラートとよく間違えられやすい技法だが、ビブラートは弦を揺らすのに対し、チョーキングは弦を引っ張るだけだ。
チョーキング後、いかに次のコードへとスムーズに移るか。
そして、何よりチョーキングをうまく出来るかがこの演奏技法の要となる。

「こうやって、こう」

澪にやり方を教わった唯は試しにとばかりにピックを振り下ろしながら、弦を引っ張る。
すると、音の高さが変わった。

「そうそう」

試しにやった唯に、澪が頷くがその唯は俯くと肩を震わせる。
そして再びチョーキングをやり始めるのだが、今度はギターの弦を何度も引っ張ると顔をあげて笑い始めた。

「一体、それのどこに笑う要素が?」
「これ何か変」

僕の慰問の声に答えることなく、そう口にする唯。

「え? 変って……」
「どうやら壺だったみたいだな」
「フジツボ!?」

その様子を見ていた律の言葉に、今度は澪が反応した。
そして再び耳を押さえて蹲ってしまった。

「どうして!? ねえ、どうして?」

一体どうすれば”ツボ”から”フジツボ”になるのだろうか?
結局、この日練習は出来なかった。










お風呂に入って寝ようということになったが、ここで問題が発生した。
それは僕がいるのだから当然ではあるのだが。

「それじゃ、私たちお風呂に入るけど」
「絶対に、ぜーったい! 覗くなよ!」
「大丈夫だよー、浩君は除くような人じゃないもん」

そう、お風呂だ。
ムギの話によれば、ここには露天風呂があるとのこと。
ただ、そこ一か所しかないため女子が入っていれば男である僕は外で待機となる。
つまり、覗かれないかという女子の不安は当然でもあった。
でも唯、その無条件の信頼はとてつもなくつらい。
それは置いておき、僕はスタジオの方で待つことになった。、

「そうだ、ムギ」
「何ですか? 高月君」
「前に頼んでおいた、オリジナル曲は出来てる?」

首を傾げて聞き返してくるムギに、僕は用件を告げる。

「その音声データとかがあれば貸してほしいんだ。待ってる間に肉付けとかするから」
「うん、良いわよ」

僕の頼みに、彼女は快く了承すると、荷物の中から携帯音楽プレーヤーを取り出した。
そして僕に簡単な操作方法を説明してくれた。

「だ、大丈夫なのか?」
「肉付けやアレンジは、割と得意だから心配しないで。さあ、集中の妨げになるからとっととお風呂に入ってこい」

律の心配そうな問いに答えると、四人を追い出した。
誰もいないスタジオで、僕は

「よし、始めるか」

イヤホンを耳に装着して、曲を再生する。
最初に流れてきたのは、『スピード感のある大人っぽい感じの曲』というかなりアバウトなコンセプトのもとに完成した曲のキーボードパートだった。
まずは、曲を通して聞きこむ。

(この曲のリズムコールは……バチ同士を叩かせた後にドラムのフィルとかを入れてみるか)

そして聞き込んだ曲からコンセプトを練り、それを白紙の譜面に書き込んでいく。

(ドラムは一定のテンポで所々にアクセントを入れて行くか)

一度決めれば簡単だ。
1番さえ埋めれば2番も同じ感じだ。
同じ要領で2番を埋めたところで、間奏の箇所になった。
もう一度間奏の箇所の曲を聴く。
キーボードの音から、この部分に合う構成を考えて行く。

(最初はドラムはミュートにして、その後は1番と同じリズムテンポの進行)

後は終わりの箇所なので、ここも1番で使った音で対応させる。
こうしてドラムの肉付けは終わった。

「次はベースか」

ベースは一種の鬼門だ。
何せ、別の音が埋もれてはいけないのだ。
かと言って前に出過ぎてはいけない。
縁の下の力持ちというのが理想的なポジションだ。
そのバランスが取り辛いのが、ベースでもある。

(ベースはとにかく小刻みなコード進行で進めるか)

その方針の元、ベースパートの肉付けを進めて行く。

「ん? もう上がったか」

外の方から近づく人の気配に、僕は手を止める。
それから間もなくして、上がったと告げに澪たちがやってくるので、僕はお風呂に入ることにした。










「想像してはいたが、本当にすごいな」

お風呂に入った感想がそれだった。
まさに豪邸にあるような露天風呂だった。
あれがプールだと言っても誰も疑わないだろう。
お風呂から上がり、みんなは一つの部屋で寝ることになり、僕は別の部屋で一人寝るのだが、どうにも落ち着かない。

「…………広すぎるのもあれだな」

別に実家の自室に比べればこじんまりとしている。
だが、それでも何故か感覚的に落ち着かない。
なので僕はロビーの方で寝ることにした。
幸い季節は夏。
毛布無しでも風邪を引くことはないだろう。

(そうだ、せっかくだし肉付け作業をするか)

そう思い立った僕は、飲み物などで散らかったテーブルの上を簡単に整理すると、書きかけの譜面とムギに借りっぱなしの携帯音楽プレーヤーを取り出す。
そこで僕はある問題に直面した。

「ちょっと暗くて見えにくいな」

月明かりがあるとはいえ、少しばかり見づらいことだった。
とは言え、僕は魔族。
普通なら、暗闇だろうが昼間と同じようにくっきりと見える。
だが、それをしようとすると魔族特有の赤い目が輝きを発してしまい、ここを通りかかる皆に怖い思いをさせる。
特に澪がそれを見たら、気絶どころでは済まないような気がする。

「仕方ない。クリエイトに照らしてもらうか」

残されたのは、僕の相棒でもあるクリエイト自身に光を纏わせる方法だった。

「クリエイト、頼む」

僕は首にかけている先端に真珠がついているネックレスを外しながらお願いすると、ネックレス……クリエイトは光を纏って周囲を照らしてくれた。
ネックレスの形をしたクリエイトはテーブルの少し上のあたりに浮かんでいる。

「ありがと」

僕はクリエイトにお礼を言うと、作業を始めた。
最初の一曲目のギターパートだ。
唯でも弾けるコードや技法を選択する必要があるわけだが、それが前に蓄積した音を破壊してはいけない。
あくまでも蓄積した音に乗せる感じにしなければいけないのだ。
それはかなりの難易度を誇る。

(よし、これでベースになる1番は完成した。あとは間奏だな)

最後の難題である間奏だ。
本来なら、ここらでギターの超絶な技法を取り入れたいのだが、それをやると唯がつぶれる。
なので、ここも簡単にしていく必要がある

(まあ、ここで分割するのもありだけど。それはもう少し後だな)

将来的には唯をリードにして、僕はリズムで行くつもりだが、今の状態では二人で同一コードを引いて行かなければいけない。
それほど演奏技術が低いということだ。
勿論、誰しもが通る道のため、練習を積んでいけば僕ぐらいのレベルになるだろうが。

「何をやっているの? 浩君」
「ッ!?」

突然かけられた声に僕は心臓が止まりそうになった。

「ゆ、唯!? どうして」

唯たちは確かに寝たはず。
寝静まった頃を見計らって作業を始めたのだから間違いない。

「ちょっとトイレに起きたから戻ろうとしたら灯りがあったからなんだろうって思って」
「………」

僕は頭を抱えたくなった。
今、僕は最悪な状況を迎えている。

「それにしても、この灯りすごいね。どうやって浮いてるの?」
「………」

興味深げに観察する唯。
彼女はこれが”魔法によるもの”だと気付いてはいない。
だが、彼女は魔法を見てしまった。
魔法文化の無い世界で魔法を使っているのが第三者に見られた場合、その物の記憶を消去しなければいけないのだ。
それが、僕たち魔法使いに課せられた義務だ。
まさか、それを仲間に掛ける羽目になるとは。

「唯」
「なに?」
「僕はお前の事を仲間だと思っている。何だかんだで同じ軽音部の部員何だし」
「私も、浩君の事を友達だって思ってるよ」

屈託のない笑みを浮かべながら返してくれる。
その気持ちがとてもうれしくて、だからこそこれからしようとしていることに罪悪感を感じてしまう。
だが、それを僕は心の中から完全に消し去る。

「だから、あんたの記憶を封じさせて貰うよ」
「ふぇ?」

僕の言葉に唯が理解するよりも早く

「クリエイト!」

頭上に浮かぶクリエイトに声をかける。
それだけでクリエイトは僕が何をさせたいのかを判断して、その通りに実行する。
一瞬光の強さを増したそれは姿を一本の杖へと変える。

「え? え!?」

何が何だか理解できない唯は目を丸くするだけだった。
その隙に僕は杖状になったクリエイトの先端を唯の頭に触れさせて

「リ・ベア・ラティア」

呪文を紡ぐ。
その次の瞬間、辺りはまばゆい閃光に包まれた。

「――――――」
「すまない、唯」

謝罪の言葉を口にしながら、僕はクリエイトを元のネックレスに戻すとそれを首にかけておき、懐中電灯を手にする。
唯の意識がはっきりする前に、それをテーブルに置くと僕は唯に声をかける。

「それで唯」
「は、はい!?」

突然呼ばれたことに驚いたのか声を上ずらせる。

「どうしてここにいるんだ?」
「どうして……あ、そうだ! トイレに行った帰りにここから唸り声が聞こえたから気になってきたんだった!」

僕の問いかけに答える彼女の言葉は、前のとは変わっていた。
それは彼女の記憶を操作したためだ。
具体的に言えば、明かりを見た記憶全てを封印して別の記憶にすり替えたのだ。
それが”唸り声”だった。
記憶消去は後始末が面倒だ。
何せ、数分間の記憶がない状態というのは魔法が主流になっていない所ではかなりの問題となる。
大騒ぎされて病院で見てもらうという騒ぎにもなりかねないのだ。
そのため、記憶の封印にしたのだ。
封印ならば修正する箇所が比較的に少ないので簡単なのだ。
だが、ちょっとした拍子に記憶が戻るという危険性をはらんでいるのだが。

「唸り声とは失礼な。ちょっと構成に悩んでいただけだ」
「何をやってるのー?」

そういってテーブルの上の方に置かれている紙を手にする。

「…………………………これ何?」
「まあ、そう来るだろうと思ったよ」

紙を見た唯はしばし固まると笑いながら聞いてきた。

「それは楽譜。読み方とかを説明すると夜が明けるからまた明日な」
「むぅ、なんだか馬鹿にされた気がする」
「はいはい、早く寝ろ」

僕は頬を膨らませる唯を軽くあしらう。

「お休み、浩君」
「ああ、お休み」

部屋の方に向かっていく唯の後姿を見送りながら、肉付け作業をもう一度始める。










「よし、こんなものか」

二曲分の肉付け作業を終わらせた僕は、腕を伸ばした。
音楽プレーヤーに入っていたもう一曲のオリジナル曲の音源を聞いた僕は、それに対する肉付け作業も終わらせた。
もう一つは初心者・中級者向けをコンセプトに肉付けした。
簡単でいて、なおかつ奥が深い感じだ。
最初は唯のギターから始まり、次は僕や澪にムギに律の演奏が始まる。
この曲は終始一貫して難易度的には低く、初心者にとって入りやすい曲と言っても良い。

「さすがに二つのバージョンはやりすぎた」

二つのオリジナル曲にはそれぞれもう一つのバージョンの譜面を作っている。
ギターパートを中心に、音の幅を増やしさらにコード進行の難易度を引き上げた物だ。
これは僕を合わせた皆の技法が向上した際に、お披露目することにしよう。

「さて、寝るか」

テーブルの上に置いていた楽譜を片づけてソファーに横たわる。
そして目を閉じると、意識は一気に闇へと落ちて行くのであった。

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第15話 憤怒

人というのは、期待を裏切らないものだ。
合宿当日、全員には寝坊をするなと釘をさしておいたのだ。
だが……
集合場所に集まったのは律にムギ、澪と僕を入れた四人。
唯一人がまだ来ていなかった。
不安に感じた澪は、念のためにと唯に電話を掛ける。

「おはよう」

その澪の一言に、律たちの間で哀愁のようなものが漂い始めた。
僕は、ため息を一つ漏らす。
それから数分後、唯は息を切らしながらやってきた。

「ごめんなさい!」
「まあ、間に合ったようだし。問題はないよ。な、律?」
「そ、そうだな」

土下座でもしそうな勢いで謝る唯に、僕はそう声をかけると律に振った。
こうして、僕たちは電車に乗り込み、ムギの持つ別荘へと向かうのであった。










特急列車に乗り換える駅まであと一駅となった時のことだった。

「あれ? 電話だ」

誰かから電話がかかってきたのだろう。
唯は携帯電話を取り出すと相手を確認する。

「憂だ」

相手は唯の妹の憂だった。
唯は電話に出る。

「あッ!?」

何を言われたのか、唯の表情が青ざめる。

「ど、どうしたの?」
「服を持って行くのを忘れた」
「えぇっ!?」

唯の言葉に、電車の中であることも忘れて律は大声をあげた。
案の定周りから視線が集まるわけだが、僕たちはそれを気にしているところではなかった。

「ど、どうするんだよ」
「私、予備の服なんて持ってきてないですよ」

着替えなければいい話だが、そういう問題でもない。

「これから帰るにしても、今からだと夕方ごろに着くぞ」

特急列車の次の発車は約2時間後だ。
つまりかなりの遅れは覚悟しなければならない。

「「「「………」」」」

どうしたものかと考えをめぐらす僕に、みんなが見てきた。
その目は、”僕に取って来て”と言っているようにも感じられた。

「だったら僕が取りに戻る」
「え、そんな。悪いですよ」

僕には何のメリットもない。
悪いと思ったのかムギが止めようとするが、僕は首を横に振った。

「いいって。この間の不始末のお詫びも含めてだから」
「それじゃ、浩介。頼むッ!」

話は決まった。
停車した駅で僕は電車から降りると、反対側に留まっている僕たちが乗った駅に向かう電車に乗り移った。
そして向かい側の電車に乗る唯たちの方を見る。
唯は終始申し訳なさそうに手を合わせていた。










駅に到着した僕は、平沢家へと向かう。
驚いたことに、平沢家前では憂が唯の服が入っているであろう風呂敷を手に立っていた。
どうやら電話で話を通しておいたのだろう。

「高月さん! すみません」
「良いっていいって」

何度も頭を下げる彼女に、僕は困りながら言う。

「別にこの後、唯に鉄槌を食らわしたりはしないから。まあ、遊んでいたら別だけど」
「えっと、よろしくお願いします」

困った表情を浮かべながら風呂敷を手渡してくるので、僕はそれを受け取った。
僕は憂に一礼すると、駆け足で平沢家前を後にした。
僕が向かったのは、駅ではなく自宅だった。
鍵を開けて中に入ると鍵を閉めた。
家はカーテンが閉められていて、外から中の様子を見ることはできない。
今から言っても1,2時間のタイムロスは必至。
ならば、それを出来る限りショートカットしなければいけない。
どのような手段を取ったところで、それは無理だ。
そう普通(・・)は。
僕は自室に向かうと、引き出しの中にしまってあった片目の方しかないサングラスを手にすると、それを掛ける。
右腕を前の方に掲げると、右手を開くように動かす。
その瞬間、何もなかった空間にホロウィンドウが現れた。
さらに僕は地面と水平になるようにコンソールを展開すると、それを操作していく。
僕がしたのは通信だ。
通信先は僕の故郷。
”ACCESS”という文字が画面上に表示されたのちに、相手の顔が映し出される。

『お久しぶりです、大臣。何かご用でしょうか?』
「連盟ライセンス課に魔法使用許可を願いたい。事由は特務上、必要なためだ」
『了解いたしました。これよりライセンス課に申請いたします。2,30分ほどお待ちください』

そう告げて通信は切られた。

「ふぅ」

僕は息を吐き出しながらベッドに腰掛ける。
僕、高月浩介は人間ではない。
それが僕の一番大きな秘密。
僕の正体は、魔力を糧に生きる種族の”魔族”だ。
つまり、魔法使いだ。
そして僕の故郷はそう言った人ならざる者が多く暮らす”魔界”である。
僕はそこにある魔法連盟(ここでいう警察みたいなもの)の法務大臣でもある。
ここの世界にやってきたのは、連盟長でもあり僕の父でもある高月宗次朗氏の指示だ。
その事についての説明は割愛することにしよう。
ここにいる際、僕は魔法に関するすべての力を封じている。
身体能力に関してはその限りでもないが。
これも、法律に基づくことが要因だったりする。
そして魔法を使う際は今のように許可申請をしなければいけない。
とは言っても小規模な魔法(物を浮かせる風を起こす等)は、第三者に見られないようにすれば申請する必要はないのだが。
僕の作戦はこうだ。
中規模魔法でもある転移魔法を使い、ムギの別荘まで移動する。
そして合流するという物だ。
注意点と言えば、人目の無い場所に転移することと、転移するタイミングだ。
いくらなんでも先に到着しているのは不自然だ。
遅れるにしても短すぎるのもおかしい。
それを考えた結果、15分ほどの遅れでいいかという結論に至った。

「さて、許可が出るまで紅茶でも飲むか」

僕は一回に戻ってティーカップに紅茶を淹れると、それを飲みながら連絡を待った。
30分ほどした頃、通信が入ってきたため、ホロウィンドウを展開して通信を受ける。

『ライセンス課より30分の限定解除という形で許可が下りました』
「了解。感謝する」
『御武運を』

そう告げて通信は再び切れた。

(御武運をって、別に戦いに行くわけじゃないんだが)

苦笑しながらも僕はティーカップを洗い、乾いた布で拭くと食器棚にしまい、キッチンを後にした。
向かったのは玄関。
理由としては靴を履ける場所だから。
移動した場所で靴を履くのも嫌なので、こういう対策になった。
僕は再びホロウィンドウを開く。
画面には座標入力を促すメッセージが表示されている。

「えっと、確か座標は……」

僕はポケットの中からムギから渡された別荘の住所が記された紙を確認するともう片方のポケットから地図を取り出す。
その地図は普通の地図ではなく1㎝間隔で線が引かれているものだ。
引いたのは自分だが、これは非常に重要なアイテムだ
転移魔法などは行き先(つまりは座標だが)を必要とする。
座標は緯度等ではなく、自分の現在地を0とした際に等間隔に区分けされた数字となる。
それの要件を満たしたのが僕の持つ地図という事だ。
その地図で僕はムギの別荘の住所の位置を探す。

(どうでもいいけど、これは時間が掛かるな)

それほど広い範囲が1ページに掛かれているわけではないので、地図を数ページも捲る羽目になるのはかなり面倒だ。
そしてようやく見つけた、ムギの持つ別荘の場所の座標を打ち込んでいく。
普通ならば、入力すればすぐに転移ということになるのだが、少しばかりこれは違う。
ウィンドウに映し出されたのは、転移する場所のリアルタイムの航空映像。
これは、転移先の状況を知ることが出来るのだ。
別荘の少し離れた場所に森があるのを見つけた僕は、そこに転移することにした。
念のために森の内部の映像も確認するが、人の気配などは皆無だった。

「時間的にも、唯たちが到着して2,30分ほどは経っているし、もういいか」

座標を決めるのにかなり時間が取られたが、ちょうどいい頃合いだった。
僕は、映し出されている場所を固定させると片目の方しかないサングラス……コントローラーの耳宛ての部分にあるボタンを押す。
一瞬光に包まれると、僕はウィンドウに映し出されていた映像の場所に立っていた。

「よし、無事到着」

僕は周囲を見渡し人を探すが、人の気配も感じない。
僕はコントローラーを格納空間にしまい別荘の方へと足を進めた。
通常は、媒体を使う転移魔法を使う。
だが、消費魔力が多いためにホロウィンドウを利用した転移魔法を使っている。
決して、転移魔法が苦手というわけではない。

「って、誰に言い訳してるんだ。そもそも言い訳でもないけど」

僕は苦笑しながら呟きながら足を進めて行く。

(あいつら、待ってるし急がないと)

今頃はどこかに座って僕がつくのを今か今かと待っているはずだ。
僕は少しばかり早歩きするのであった。










「でかっ!?」
別荘を見た僕の第一声がそれだった。
別荘にしてはかなり大きめだ。
そしてなんという偶然か、スタジオと思われる場所の方にたどり着いた。
僕はスタジオの方にギターを置くと玄関の方へと向かうべく別荘の周辺を探索することにした。

「ん? この声は唯たちか?」

遠くの方から聞こえる唯たちの声に、僕は嫌な予感を感じた。
声の感じも遊んでいる時のような、はしゃいでいる声だし。

「………まさか、な」

この周辺には海がある。
そこで遊んでいるのではないかという予感がしてきた。
取りあえず確認しようと思い、声のする方へと歩いていく。
そこには………

「「きゃはははは!!」」

水着を着て大はしゃぎして海水浴をしている、唯と律二人の姿だった。
他にもムギや澪も水着を着ているし。

(あいつらぁ)

最初は小さかった怒りの炎が次第に大きくなっている。
僕ははしゃいでいる四人の元に近寄る。

「随分楽しそうだな」
「まったくだ。浩介がまだ来てないというの……に」

(あ、ちゃんと気を使っていてくれたのね)

澪の相槌に、僕は心の中でつぶやいた。
その澪は、声をかけたのが誰かに気付いたのか、まるで壊れかけの人形のような動きでこちらを見てきた。

「ヤッホー。遅れてごめんね」
「こ、ここここここ、浩介!?」

僕のできる限りの満面の笑みに、澪たちは海の方へと後ずさる。
そして澪の叫び声に気付いたであろう、唯と律も凄まじい速さで海から上がる。
一瞬のうちに全員が横一列に並ぶ。

「こ、浩介。早かったんだな」
「ああ。皆が待っていると思って特殊ルートを通ってきたんだ」

誤魔化すように話題を振る。

「まったくびっくりだよ。まさか人が荷物を取っている間に自分たちはフルスロットルで遊んでいるんだもん」
「すまなかった! 海を見たら衝動が抑えられなかったのじゃ!」

律よ、それは誰の真似だろうか?
そして一体どこの登山家だ?

「別に、僕は怒ってないよ。ただ、腹が立ちすぎて唯の服が入ったこの風呂敷を海の方に放り投げたくなったけど」
「そ、それだけは勘弁してくだせぇ」
「僕が自主的に名乗り出たから、正座して待ってろとは言わないし、遊ぶとしてもトランプゲームぐらいしていても結構。ただ………これは少々限度というのを超えていないか?」

目を閉じて、静かに言葉を紡いでいく。

「………それで、何か言うべき言葉はないのかな?」
「「「「ご、ごめんなさい!!」」」」

僕の問いかけに、全員が頭を下げて謝ってきた。

「さてと、僕も着替えるか~」
「って、お前も遊ぶんかい!?」

僕の言葉に、律がツッコむ。
僕だって海水浴くらいはしたいんだよ。
そう心の中で言い訳をしながら、僕は別荘の方へと向かうのであった。

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第14話 選曲!

徐々に暑さが増していき、夏真っ只中になろうかというこの季節の、軽音部部室『音楽準備室』
そこには無言緊迫感で満ちていた。

「………」

ギターの弦に指を乗せたまま固まる唯。
それを僕と律は固唾をのんで見守る。

「あぅ!? ゆ、指ぃ~」

つったのだろうか、涙目で左手を抑える唯に僕は呆れた視線を送る。

「本当に全部忘れたんだな」
「えへへ、昔よくおばあちゃんに褒められたんだ~。”唯は一つ覚えると他のことは全部忘れるね”って」

同じく呆れていたであろう律の言葉に、涙目のまま笑う唯。

「それは絶対に褒められてないから」

そのおばあさんはものすごく的を得た事を言っているなと思っている中、いつもよりも乱暴にドアを開けて澪が入ってきた。
その澪は、テーブルにカバンを置くと僕たちに指差して大きな声で宣言した。

「合宿をします!! もうすぐ夏休みだし朝から晩までみっちりと楽器の練習を――」

澪がは話をしている中、合宿という言葉に律と唯が海に行こうか山に行こうかと、話し合っていた。

「人の話を聞け―!!」

澪の叫び声に、二人は話をやめる。
とりあえず開けっ放しのドアを閉めて席に着いて、話を聞くことにした。

「夏休みが終われば学園祭だろ桜高祭での軽音部ののライブは、昔は有名だった――」

そうなのかと思いながら澪の話を聞いていると、突然澪は話すのをやめた。
どうしてかと首をかしげるが、すぐに答えは見つかった。
律と唯の二人は、『メイド喫茶』やら『お化け屋敷』等と出し物の話をしていたからだ。
終いには、どっちをやるかという言い争いを始めるし。
それを聞いていた澪の肩が、小刻みに震えだした。
これは、噴火の前兆だ。

「おーい、二人とも。そろそろやめておかないと澪に――」

僕が二人に忠告しようと口を開くが、言い切るよりも前に鉄槌が下った。
……律に。

「なんで私だけ」
「私達は軽音部。ライブやるの!」

律のボヤキをスルーしてぴしゃりと言い切った時、再びドアが開いた。

「遅れちゃってごめんな――――」

中に入ったムギ(さん付けをやめろとこの間言われたため、呼び捨てになった)は正座する二人と呆れている表情をしているであろう僕、そして腕を組んでいる澪の姿を見ると、言葉を失った。

「マドレーヌ、食べる?」

そして出た言葉はそれだった。
その後、ムギの用意したお菓子に舌鼓を打ちながら、澪は事情を説明した。

「いくら慌てずにやって行こうって言っても、もう三か月にもなるのにまだ一度も合わせたことがないんだよ」

唯のコードを全部忘れるという騒動で、慌てずにやって行こうということになった。、
とは言え、練習の成果などは全く出てもいないこの状況にしびれを切らしたのだろう。
ムギも合宿に賛成したことで、合宿自体が決定ということになったわけだが、問題はあった。

「合宿はいいとして、金銭面はどうする気だ?」
「そうだぞ、きつくないか?」
「う゛!?」

僕と律の言葉に、澪は言葉を詰まらせる。
経験論から言うと、別荘を使う場合は、そこのレンタル代やら食費、光熱費等々を合わせると10万以上かかったことがある。
つまりは、最低でも一人当たり万単位での出費は覚悟しなければいけない。
僕はバンドなどで稼いだお金があるのでまだ大丈夫だが、一女子高生にはかなり厳しいだろう。

「む、ムギ。別荘とか――」

本人はない物ねだりのつもりで聞いたのだろう。
だが、僕にはその質問の答えは目に見えていた。

「ありますよ」

予想通りの答えだった。
前に特殊なネットワークを使い琴吹家を調べた結果、いくつもの別荘を所有していることや、楽器店等の社長令嬢であることが判明したのだ。
とは言え、そのようなことはすべて忘れるようにしているが。
ただの興味本位で得た情報は、覚えておく必要はないという理由もあるが、仲間の事をこそこそ嗅ぎまわることへの罪悪感というのがかなりを占めていた。
金銭問題の方はクリアした。
こうして二泊三日での合宿と相成った。

「いっその事、何か曲を使って練習しない?」

という僕の提案に四人も賛同したところまでは良かった。
だが、どの曲を使うのかというところで躓いてしまったのだ。

「オリジナルを2曲、カバーで1曲という感じにしよう。この中で、作曲とかが得意な人はいるか?」
「あ、それでしたら、私が」

僕の問いに名乗りを上げたのがムギだった。

「それじゃ、ムギに作曲は任せる。でだ」

僕はカバンの中から一枚のレポート用紙を取り出すと、それをムギに差し出した。

「こんな感じの曲を作ることはできるか?」
「えっと……ちょっと時間が掛かりますけど」
「それじゃ、悪いけどこれで一曲頼む」

僕が差し出したのは、オリジナル曲のコンセプトが記された物だった。
これから作曲をする作業はかなりの難易度を誇る。
何せ、人の音楽への感覚を把握するのは、非常に難しいのだから。

「明日、皆で何か曲を持ち寄って演奏する曲を検討しよう」

そう締めくくって、合宿の話は区切りがついた。










「お前ら、馬鹿だろ」
「うぐっ!? 面目ありません」

翌日、僕の言葉に澪はがっくりと項垂れた。
その彼女の前にはいくつかのCDが置かれていた。
その曲目は、『Devil Went Down to Georgia』、『Through The Fire And Flames』、『Leave me alone』の三曲。
律は、『vampire』一曲を持ってきていた。
ちなみに律の持ってきた『Vampire』というのは、ハードロック(もしくはスピードメタルとも言うが)な曲調で、かなり速いテンポなのが特徴だ。
演奏できればかっこいいが、その分難しさも増す。
特にドラムの方でその難しさが出ている。
なに是、ドラムは速いテンポで叩かなければいけない。
はっきり言えば、中レベルの曲だ。
それ以上の難易度を誇るのが『Devil Went Down to Georgia』などの曲だったりもする。
とは言え、この曲のグループの演奏する曲は色々と良曲揃いなので、いつの日か演奏してみたいという願望はあったりするが。

「まだコードもそれほど覚えていないのに、『Devil Went Down to Georgia』とかできるのか?」

完全に向こう見ずの選曲だ。

「唯に限っては、ギターとかベースとか関係ないし」

普通の曲を持ってこられたときは、何かのネタだろと思ってしまった。

「何も持ってきてない奴には言われたくないわッ!!」

律が反論してきた。
確かに、その通りだ。
僕は結局曲を持ち寄ることが出来なかった。
というのも、唯でも演奏できるレベルの曲というのが見当たらなかったからだ。
天辺を超えるまで調べてみたが、結局見つかることはなかったのだ。
そんな中、僕は澪が持ってきたCDを一枚手にする。

「でも、この曲はいいと思う」
「えっと『Leave me alone』?」

僕が手にしたCDを置くと、律たちは興味津々に覗き込む。

「この曲って何?」
「H&Pの曲で、はきはきとした歌声と力強いギターやベースの音が特徴的な曲だよ!」

唯の疑問の声に澪が答える。

「これならば、それほど難易度も高くないし、少し練習すれば僕たちでも演奏することはできるはずだ」

その為、この曲を選ぼうとはしたが、自分たちの演奏する曲を進めるというのは少々憚られたために出来なかったのだ。
そういう点では澪は非常に素晴らしいチョイスをしていると言える。

「でもこれって曲の長さは2分何だろ? ちょっと短すぎないか?」

律が苦言を口にする。
確かに、この曲の問題点は、曲の短さだ。
学園祭のライブで使うには少々短すぎるのだ。
最低でも3分ほどがないと味気なさすぎる。

「だったら、曲の尺を長くすればいい。1番のサビが終わった後にもう一度最初の方に戻れば、3分くらいまでは伸びるだろうし」
「おー、なんだかすごいどすなー」

僕の提案に唯が反応するが、意味は分かってるのだろうか?

「大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫」

澪の”大丈夫”には二つの意味が含められていた。
一つが他人の曲を勝手にいじることに対してのものだ。
これに関してはパロディにぎりぎり分類される可能性がある。
尤も、これを自分たちの曲だと言った瞬間に、アウトになるが。
もう一つが曲の編集が出来るかという事。
よくバンドでも曲のアレンジをしていたりしているため、そういうことをするのは簡単でもある。
だからこそ、大丈夫と返したのだ。

「それじゃ、合宿の日までに譜面の方を作っておくということで、練習を始めようか」
「「「おー!!」」」

こうして、僕たちは練習を始める。
唯も少しずつではあるが、コードを覚えてきている。
とは言え、その覚え方は”感覚”で、だが。

(もしかして唯は、絶対音感とか持ってたりするのか?)

絶対音感は音を聞いただけで、音階にすることが出来るとまで言われているため感覚で覚えて行くというのは、絶対音感である可能性は十分にあるのだ。
とはいえ、それでもまだまだではあるがそのうち僕にも迫るほどのギタリストになるのではないかとも、思えてくるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


合宿前日、平沢家の唯の部屋。

「よしっ! これで大丈夫」

唯は合宿の際に持って行く荷物の荷造りを終えた。
最初唯が自分で荷造りをすると言い出した時、妹の憂は自分がやると言っていたが、唯は押し通すようにして、荷造りを始めたのだ。。
理由としては、姉としての威厳を! ということであったが唯は自ら荷造りをし終えることができたのだ。
その様子を陰から見ていた憂はほっと胸をなでおろした。

「それじゃ、お姉ちゃん。私もう寝るね」
「うん、お休み―」

手を大きく振って憂を見送る唯は、時計に目をやる。
時刻はすでに10時を回っていた。

「よぉし、寝るぞー!」

荷造りをしたという達成感を胸に、唯は眠りにつく。
とは言え、寝つけたのはそれから数時間後の事であったが。


――これが、後にとんでもない騒動をもたらすとも知らず、合宿の日を迎える。

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第13話 ライブと結果

「律、帰るぞ」
「へいへい、ところで浩介は?」

律の言葉に、澪とムギはあたりを見回す。
その人物はすぐに見つかった。

「寝てるし」
「私が起こすよ」

人の家で心地よさそうに眠る浩介に苦笑する澪に、律はそう言うと浩介の元に歩み寄る。

「ほら、朝だぞ、起きろ。そうでないと死ぬぞ!」
「スー、スー」

体をゆすりながら言う律の言葉に、浩介は目覚める気配もなかった。

「あ」

そこで、律は妙案を思いつく。
浩介にとって言われたくない言葉を言ってみればいいのではないかというものだ。

「浩ちゃ―――へぶ!?」
「り、律?!」

浩ちゃんと言おうとしたりつの腹部に容赦のない一撃が浴びせられた。

「次は殺すぞ……佐久間」

寝言のようだが、一体どのような夢を見ているのだと、全員は固まっていた。

「お……ぉ……浩介、恐ろしい子」

しばらくの間律はその場にうずくまって動くことが出来なかった。
その結果、

「本当にごめんなさいね」
「大丈夫です」
「またね、みんな!」

それぞれが申し訳なさそうに頭を下げる中、浩介を残して帰って行った。
寝ている浩介に近づくのは危険という事が、軽音部内で言われるようになったのはそれから少ししてからの事だった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


耳に聞こえてきたのは、食器がこすれ合う音にテレビから流れるニュース。
新聞をめくる音などだった。
すぐに違和感に気が付いた。

「うぅ……」

のっそりと起き上がる。
そして辺りを見渡すが、良く知らない場所だった。

「起きたのね。おはよう」
「おはようございまふ」

起き上がる僕を見て、声をかける女性。
どことなく誰かに雰囲気が似ていた。
色々な疑問が渦巻く中、まったく回らない頭で、僕は記憶をたどることにした。

(確か、唯の勉強見るために唯の家に行ってそれで……)

「はっ!?」

視界が一気にクリアになった。
ここはもしかしなくとも唯の家だ。
という事は、この女性は……

「お、おおおおお、お邪魔しましたっ!!!」

僕は慌てて家を出ようと駆けだす。

「あ、危ない――」
「ヘブっ?!」

動転のあまり閉まっているドアに顔面からツッコんだ。

「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。丈夫な体が取り柄ですから」

痛む鼻を押さえながら、女性に答える。

「ところで、あなたはどちら様?」
「あ………」

その後、自己紹介をして二回から降りてきた憂たちと朝食を食べさせてもらい、学校へと向かうことになった。
唯の両親に今度ちゃんとお礼を言おうと、心に誓った時だった。










唯の追試から二日後。
僕は地元のそこそこの大きさのライブハウスにやって来ていた。

「お、来たな」
「待たせたな」

楽屋に一番最後に到着したのか、H&Pのメンバー全員が僕を待っていた。

「今日は俺達の独壇場だ」

そういうYJに連れられてステージ袖に向かう。





「た、確かにすごい熱気だ」

袖からでもわかる。
観客席の場所にいる人たちの熱気と期待感に満ちた思いが伝わってくる。

「DK、準備はいいか?」

MRが僕に問いかけてくる。
僕は入る際から掛けているサングラスの位置を少し上げる。

「当り前だ。この私を何だと思っている。私達に宿った炎は決して消えることはない。お前ら、炎は消してないな?」
「当り前だ。俺の中に供っている炎はいまだに激しさを増している」
「僕もだ」
「私もだ」
「私もです」

YJに続いてROやMO、RKが返事をする。

「さあ、始めようか」

僕のその一言に照明係の人が明かりを落とす。
それと同時に、観客席のざわめきは一気に弱まった。
全員の期待感が伝わってくる。
約三年ぶりの公の場での演奏だ。
色々と緊張もするが、一度深呼吸をすると足を地面に叩き付ける。
その時になった音が、YJに曲の開始を告げるリズムコール開始の合図だ。
YJがバチ同士を叩いてリズムコールをする。
YJのリズムコールが終わるのと同時に、ROのキーボードが産声を上げた。
続いてRKのベースとYJのドラムが音に命を吹き込む。
それと同時に明かりがつき、周囲が明るくなる。
次はMRの簡単なギター演奏で曲は始まる。
この曲は僕がボーカルを務め、YJがサブボーカルとなる。
時より弦を弾きながら歌を紡ぐ。
自分がいる場所は、非常に不安定な場所。
いつ何がやってくるかもしれない危険地帯だ。
その緊迫感を兼ね揃えた曲がこの楽曲のイメージだ。
ついにサビだ。
僕は複数のコードを引きながら歌を紡ぐ。
そして紡ぎ切ったところで、間奏が入る。
ここからは僕のギターテクが問われる。
ベースの音とドラムの音を頼りに、音を奏でて行く。
そして間奏の終わりで音を伸ばし、ビブラートを効かせる。
最後のサビも先ほどと同じ要領でギターを弾いていき、一気にフィニッシュへと向かう。
MRと合わせて弾き、同時にストロークをして曲は終わった。
それと同時に、けたたましい歓声が響き渡った。
時より『待ってたぞー!』という声も聞こえたような気がした。

「皆、待たせたな!」

マイクを手に取り、僕は会場のみんなに声をかける。

「この三年間、ファンのみんなには長く待たせてしまい申し訳ないと思う」

今まで鳴り響いていた完成はぴたりとやんでいた。

「何がよくなった。何が変わったというものはない。だが、この三年分の待ちわびていた気持ちを、このライブに全てぶつけてほしい。そして楽しんでほしい」

そこで、僕は言葉を区切った。

「さあ、それじゃ次行ってみよう。次の曲名は『Devil Went Down to Georgia』だ! お前ら! 準備はいいか!!」

僕の言葉に答えるように、観客が声を上げる。

「それじゃ、行くぞ!」
「1,2,3,4」

YJの早めのリズムコールが終わるのと同時に、僕は弦を弾く。
そして始まる曲。
この曲は僕がボーカルだ。
今まで止めていたギターの音を鳴らすべく弦を弾く。
すぐさま弦を揺らしてビブラートを効かせると、本格的にストロークを始めた。
リズム良く弦を弾いて行き、最初と同じフレーズを引き終えてもう一度ビブラートを効かせるようにしてピックを振り下ろす。
そこで、またストロークを止めるが、すぐさま速弾きに近い素早さでストロークする。
その後またゆっくり目のストロークになるが、ここからが本番だ。
一気にコードの移動速度が増す。
それをMRと交互に弾いていく。
まるで、一つのギターテクを争うバトルのように。
複雑なコード進行をし終え、再び僕の歌だ。
それと同時に、僕は弦を弾いていく。
ここからが第二ラウンド。
再びMRとの弾き勝負だ。
MRも複雑なコード進行をスムーズに進めて行く。
それに負けじと僕も素早いストロークで観客を魅せて行く。
それを何度も繰り返した頃、音が止まる。
その間、僅か1秒。
それはソロ開始の合図。
最初はゆっくり目で簡単な音を。
だが、徐々になりを潜めていた悪魔が牙をむく。
テンポは一気に早まり、音は小刻みになって行く。
複雑なコード変更をしながらも嵐を乗り切る。
ただ乗り切るのではない。
この嵐すらも自分だというのを表現しなければならない。
ソロの間、観客が歓声を上げる。
それが、ほぼ成功だという証だった。
ソロも最終局面だ。
徐々に晴れて行く嵐の様子に希望を見出した僕は、爽快であることを表現するべくピックを振り下ろすことでソロパートは終わった。
弦楽器類の音はなくなり、僕のボーカルとYJのドラムが響いている。
そして再び弦楽器の音が戻ってきた。
後は比較的簡単なコードのため、失敗する箇所はそれほどない。
僕がストロークをし終えることで、曲は終わった。
そして再び浴びせられる歓声。

「さあ、続いてはデビュー曲『only for you』だ!」

MRの告げた曲名に、会場の盛り上がりは一気に変わった。
YJのリズムコールと同時に、ROのキーボードが産声を上げる。
数フレーズ引いたところで、ベースとドラムが音に命を吹き込んでいく。
これは、ロックではない。
なぜなら、まともにギターを弾くのは間奏くらいしかない。
それを積極的に取り込んだのは、話題性を持たせるため。
当初は、冷ややかな反応だったが、最近はそれが受け入れられつつもある。
それはともかく、MRが曲の合間にギターを弾いていく。
決して歌声を潰さないように、彩るのだ。
この曲のボーカルは僕だ。
歌詞全てが英語という状態だが、一言一句はっきりと紡いでいく。
二番が終わり、ついに間奏に移る。
歌い終えるのと同時に、弦を弾いていく。
一旦緩急を付け、コード進行の速さを早めビブラートを効かしながら音を伸ばして、フェードアウトする。
そこで僕の歌は再開。
一旦キーボードと僕の声のみになるが、再びすべての音は戻り僕は、無事歌い終えることが出来た。
その瞬間渦巻いたのは、歓声ではなく拍手だった。

「さんきゅー。次は『Darling……Kiss immediate』だ! ノッて行くぜ!」

次の曲も前のと同じ感じだ。
YJのリズムコールが終わるのと同時に、キーボードから産声が上がる。
この曲では、ギターは一本の為MRは完全にボーカルだ。
そして基本的にはドラムとベースとキーボードが前に出ている。
時より軽く弦をはじいて僕は、音を奏でて行く。
2番の歌が終わったのと同時に、間奏に入る。
この曲にはラップがあり、それは僕がやることになっていた。
ラップは僕の得意なもの。
手の振り付けを加えながら、ラップパートを終えると続いて弦を弾いていく。
そんなこんなで、4曲目が終わった。

「さあ、最後の曲だ」
「この曲は最後にふさわしい曲だ」

曲名を知らない観客たちはどよめく。
それを見ながら、僕は曲名を告げる。

「曲名は『Through The Fire And Flames』だッ!」

その瞬間、会場中にざわめきが走った。
それはどちらかというと期待に満ちた物だ。

「1,2,3,4」

YJの早めのリズムコールが終わるのと同時に、僕は弦を弾く。
最初は単調だったが、次の瞬間には速弾きの要領でストロークをしていくことになる。
この曲も僕がボーカル。
歌いながら殆ど速弾きに近いストロークをしていく。
そしてサビが訪れた。
ここは音を伸ばしていくのでそれほど難しくはないが1番と2番をつなぐ箇所で再び素早いストロークをする必要があるため、気は抜けない。
2番が終わりしばらく演奏した瞬間、3秒ほど音が消える。
ここから始まるのは壮絶な間奏だ。
MRと僕のギターが一気に存在感を増す。
素早いストロークは徐々に速弾きへと移って行く。
それがどのくらい続いたか、ドラムやベースの音が無くなる。
そして響くのは激しさを増す僕のギターの音色だった。
ここからはさらに険しさを増す。
速弾きだ。
正確なコード進行をして、なおかつ素早く弾いて行かなければならない。
所々難しい箇所があるが、体を前後にゆっくりと揺らせることでそれをもパフォーマンスへと変えて行く。
ついに間奏も終盤。
速いテンポのまま凄まじい速度で弾ききった僕は小休止とばかりに、歌のみに集中をするが、再び小刻みにストロークを始める。
曲もラストスパート。
いよいよ最後の罠、速弾きとなった。
それを引き切った瞬間、観客たちは盛大な拍手と歓声を上げてくれた。

「ありがとう! これで、ライブはお開きだ」

僕の言葉に、そこら中からブーイングの嵐が湧き上がる。

「だがしかしっ! 私たちの――――」

『またライブを開く』と言おうとした時だった。

予想外の乱入者が現れた。

「まだ終わりじゃねえ!!!」
「ッ!?」

その言葉に、会場全体が、僕たちでさえも固まった。
その声を放った人物RKはさらにこう続けた。

「もう一曲行くぞ!」

(あーあ、変なスイッチが入ったよ)

余程このライブが楽しかったのだろう。
理性が振り切ってしまったようだ。
僕には彼女がどんな曲を選ぶかの予想がついていた。

「曲名は『ラブ』ッ!!」

完全なカバー曲だ。
彼女はアマチュアバンドでもある『DEATH DEVIL』のファンなのだ。
その中でも、この『ラブ』が大のお気に入りらしい。
前にキャサリンに会ったら握手してサインをもらってデュエットするなどと願望を漏らすほどに。
『DEATH DEVIL』の事で調べてみたが、ガールズバンドという事以外情報は出てこなかった。
ただ、どこかの高校のバンドであることは分かったが。
僕たちは、目線でやり取りをしていく。
意見は一致していた。

『やるしかない』と。
「1,2!」

YJのリズムコールが終わるのと同時に僕は一気に弦を振り下ろす。
この曲は、それほど難易度の高くない曲だ。
しばらく進めばMRのギターも合流する。
そして始まったのはRKの歌だ。
完全な”大人”の歌声に、会場はサプライズだということも忘れて、盛り上がりを取り戻していた。
心を込めながら歌っていく彼女の姿に、僕は苦笑しながらも弦を弾いていく。
サビではMRと僕がRKの歌声にハモらせる。
そして2番が終わった時、間奏となる。
間奏では最初に僕が速弾きの要領でストロークをしていくが、そこにRKの歌声が加わった瞬間、主役は交代だ。
MRのギターが火を噴く。
素早いストロークのフレーズも終わり、再びサビへと戻って行く。
最後は、RKの発狂したのではないかというような叫び声の後に、綺麗に音は鳴りやみ演奏が終わる。
こうして、僕たちの復活ライブは幕を閉じるのであった。
ちなみに、正気に戻ることになったRKは、終始謝り続けることになるのだが、それは割愛しよう。










唯の追試から、数日が経過したこの日、とうとう結果が判明するのだ。

「合格点取れてるかな? 唯」

不安を口にしたのは澪だった。
律は雑誌を読んでいる。
そんな中、ドアが開く。
そして現れたのは、この世の終わりのような表情を浮かべた唯だった。

「ど、どうしよう、澪ちゃん」
「え、もしかしてまたダメだった?」

唯の様子から、澪は最悪の事態を想像した。
だが、それは唯の取り出した一枚の紙で完全に打ち破られる。

「ひひ、百点取っちゃった」
「極端な子!」

0に近い点数から一気に満点とは、まさしくその通りだった。
それはともかく、これで廃部の危機は免れた。
そして、練習をすることとなった。
唯は試験勉強中に何度も弾いていたため、かなり進歩したはずだ。

「それじゃ、何か弾いて見せてよ」

澪の横に移動して、唯のコード進行を見ることにした。

「へへへ、ばっちりだから。XでもYでもなんでもごじゃれ」

そう言ってピックを振り下ろして音を鳴らす唯。
その様子に、僕たちは顔を見合わせた。

(いやな、予感がする)

「じゃあ、C,Am7,Dm7,G7って弾いてみて」

出されたコードは多くのヒット曲で行われている循環型のもの。
はきはきとした元気な音が特徴的な物だ。

「ほいほい」

再びピックを二度振り下ろす。
そこで、固まった。
その様子に、僕は嫌な予感を感じていた。

「おい、まさか」
「コード、忘れた」

どうやら予感は的中したようだ。
唯の口から出た言葉に、僕たちは思わずズッコケてしまった。

「ずっとXとかYとか勉強してたから」
「また一から!?」
「お前は単細胞生物か!!」

一つ覚えたら他の事を忘れるとはいかほどに。

「これがXだっけ」
「そんなコード見たことない!?」
「あ、こうだこうだ」

そうやって唯が弦を弾くと、不協和音が鳴びびく。

「これがXだよ、澪ちゃん!」
「これ以上コードを増やすな!!」

もうめちゃくちゃだった。

「えぇー!?」

困惑した唯は、再び弦を弾く。
そして流れるのは間の抜けた音だった。
タイトルはチャルメラだ。

「って、それは弾けるんかい!」

律のツッコミは、とても的を得ているものであった。

(こんなんで、行けるのか? 武道館)

彼女たちの様子を見て、どことなく不安になってくる今日この頃だった。

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第12話 勉強!

それはある夜の日の高月家でのこと。

『なんだ、こんな時間に』
「こんな時間で悪かったね」

浩介の部屋には男の声が聞こえていた。

『まあいい。何か問題(トラブル)か?』
「そう言うわけじゃない。ただ父さんの声が聞きたくなっただけ」
『………珍しいことを言うじゃないか。あの(・・)高月浩介が親の声を聴きたいがために連絡をよこすとは』

浩介の言葉に、男……浩介の父親は驚いた様子で答える。
そのやり取りはごく一般的な物だろう。
それは、浩介の手に電話機があればの話だが。
そもそも浩介の部屋には、電話機のようなものは置かれていないのだ。
あるのは携帯電話のみだ。

「からかわないで。こっちだって無性に聞きたくなっただけ何だから」

浩介が話しているのは机の方に向けてだった。
否、正確に言うと”机の上に置かれた、先端に真珠のようなものがつくネックレス”だった。

『ははは、これは失敬』

浩介の言葉に、父親は反省した素振りをみせずに謝る。
そんな父の言葉に浩介は心の中でため息をつく。

『まあ、それはともかく。そっちの”任務”は順調か』
「………あの”任務”を、文字通りに受け取るのであればいまいち。”裏”の意味で受け取るのであればまあまあと言った所」

先ほどまでの軽快な口調はなりを潜め、真剣な声色に変わる。
それを感じた浩介も表情を引き締めて、皮肉を交えて答えた。

「この世界であげられる栄誉は、条件さえ無視すれば簡単に獲得できる。でもそれ以外の栄誉になれば実現は不可能に近い」
『ほう、世界最強が弱音かね?』

”落ちた物だな”と言いたげな父親の言葉に、浩介は首を横に振る。

「そう言うことではない。”明確な基準”がない栄誉は、獲得するにしても個人差があり無理だ。決めるのは人だ。結果ではない」
『そうだ。決めるのは人。勝敗の結果の栄誉など、難しいようで簡単な物さ』

浩介の反論に、父親は肯定する。

『ならば戻るか? 任務放棄で帰還することも可能だが』

父親の試すような問いかけに、浩介は首を横に振る。

「いや、それはやめておこう」
『何故だ?』
「ここは非常にのどかだ。戦争もなければテロもない。空気は穏やかで、まさに楽園(ユートピア)だ。まあ、それが合わないという人もいるが」

意外だと言わんばかりの父親の問いかけに、浩介は苦笑しながら答える。

「それに、僕はここで手に入れたかったものを少しずつではあるが手に入れている」
『財宝か?』
「それよりもすばらしい物だ。学び舎、そして仲間。何億出しても手に入れられないものさ」

浩介の言葉に帰ってきたのは、何とも言いたげな父親のため息だった。

『その様子を見ると、裏の目的は確実に達成されつつあるな』
「ああ。僕は、この世界……高校でようやく手に入れた。ようやく僕の宿願がかなえられたんだ」

父親に嬉しそうに答える浩介に父親は”そうか”と相槌を打つ。

『高校では何か部活のようなものはやってないのか?』
「やっているさ。軽音楽部をね」
『けいお……なんだ、その部活は』

聞きなれない単語だったのか、怪訝そうな声色で問い返す父親に、浩介は苦笑しながら答える。

「大雑把に言ってしまえば、音楽を演奏する部活」
『やはり変わったな浩介。世界最強の男が音楽の世界に飛び込むか』
「人というのはその環境に染まるものだ。尤も人ではなく”生物”と言った方が妥当だろうが」

父親の言葉に、浩介は両手を挙げながら反論すると、徐に立ち上がる。

「”お前の曲は人々を地獄に落とす疫病神のような曲だ”」
『は?』

浩介の口から出た言葉に、父親は生返事で返す。

「とある音楽評論家に言われたことさ。まったくもって的を得ている。音はその人を表すというが、確かにその通りだ」
『そうだな。あの時のお前はまさしく”死神”……いや、生きた”生物兵器”といった所か』

父親からの呼び名に、浩介は顔をしかめる。

「僕は最後の呼び名は嫌いだ」
『そう呼ばれる理由はそっちにある』
「確かに。だが、国を守るためには多少は残忍でなければいけない。話し合いですべてが解決していたら、この世界には”戦争”の概念すらない」

咎めるような父親の言葉に、浩介は反論する。
その言葉にはゆるぎない”何か”があった。

『まだそう言うか。あの時も、お前は経身を守るためという名目で我が国に攻撃を仕掛けようとしたテロリスト数百人を消したが、奴らとて要求を呑めば攻撃はしない旨の連絡をしていたそうではないか』
「はっ! 甘いね。ああいう連中は話し合いに応じる気なんてことさらない。仮にあったところでいつまた狙われるかという恐怖心は国民に根付く。ならば始末した方が安心できるだろう。僕はあの時の自分の対応は間違っていなかったと、今でも胸を張って言える」
『はぁ~』

浩介の非常に辛辣な答えに、父親は諦めにも似たため息をつく。

「まあいいさ。ここでの”任務”を僕は遂行するとしよう」
『……頼むぞ』

力なく答える父親に浩介はため息をつく。

「あの馬鹿はどうだ?」
『あいつならいつも通りだ。お前の所に行きたいと言い張って聞かない』

父親からの答えに、浩介は頭を抱える。

「何が何でも阻止して」
『そのつもりだ』

力ない言葉に、返ってきたのは呆れたような疲れ切ったような声だった。

「あの馬鹿が来れば必ず騒ぎになる。僕の”正体”を知られるのは何が何でも避けたいんだ」
『秘匿は我々の義務だ、それは心得ている。だからこそお前にも”制約”はいくつか与えているのだが……守っているだろうな?』
「勿論守っている」

疑うような声色に、浩介は即答で返す。

「身体能力が高いだけでも緊急回避ぐらいは可能だし、”あれ”を使う機会は全くと言っていいほどにない」
『ならばいい』

浩介の返答に満足したのか、父親はそう言って言葉を区切る。

『さて、そろそろ通信を終えるとしよう。でだ、最後に言っておこう』

父親の伝達事項に浩介は再び席に着くと、背筋を正した。

『あまり危険なことはするな。今のお前は赤子のようなものだ』
「赤子、ね……」

浩介が何かを言うよりも早く声は完全に消えた。

「ふぅ……」

浩介は静かに息を吐き出した。

「父さん、大きな誤解をしている」

その声に返事をするものがいない空間で、浩介は静かに口を開いた。

「確かに、今の僕は赤子のように脆弱だ。でも大丈夫。なにせ……」

浩介はそこで言葉を区切ると、机の上に置かれた先端に真珠のようなものがつくネックレスを手にする。

「僕には世界最強の名に恥じない、頼もしい相棒がいるんだから。なあ、クリエイト?」

その言葉に、まるで呼応するように浩介の手にあるネックレスの先端にある真珠が、一瞬ではあるが淡い光を発する。

「上等」

その光は浩介も確認しており、不敵の笑みを浮かべて呟く。

「さぁて」

浩介は窓に近づくと締め切ってあったカーテンを開けた。
窓から差し込む少しばかり明るい光が、夜明けであることを告げていた。

「徹夜か。上等だ」

不敵の笑みを浮かべるその姿は、まるで戦場に立つ戦士のようなものであった。
そしてまた新たな一日が幕を開けようとしていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


人間というのは本当に真剣に取り組んでいたりすると日にち感覚がおかしくなるらしい。
それがまた興味深い。
つまり、僕が何を言いたいのかというと。

「は、ははは。追試前日にして、ようやくコーチから解放された」

慶介の物覚えの良さが、僕を救ってくれた。

「なあ、澪。これはさっきから大丈夫なのか?」
「さ、さあ」

ここは軽音部の部室でもある『音楽準備室』だ。
見れば澪たちが僕の方を心配するような表情で見ていた。

「だ、大丈夫? 浩介君」
「だいじょうーぶ~、大丈夫~」
「全然大丈夫そうじゃないよ!?」

自分でも何を言っているのかが理解できない。

「一体どうしたんだ? クマがすごいけど」
「最近色々な野暮用が重なった結果、寝てないだけでーす!」

あ、今度は右手が勝手に動いた。

「寝てないって………何日だよ」
「唯が試験勉強を始めた日から~」
「始めた日って……六日間!?」

そう、あれから毎日放課後は啓介への試験勉強のコーチを、そして家に戻ってはH&Pのライブの練習が待っていた。
練習が終わるのは明け方近くになってしまう。
30分間通しで練習をしたのちに、1時間のミーティング(ここの箇所がダメだ、ここはもう少しこういうノリで行こうなどの話し合い)をしてまた練習を3回ほど繰り返していた。
メンバー全員は昼間に睡眠をとっているらしいが僕にはその時間は学校があるため、寝ることもできない。
そんなこんなで六日間一睡もしていないのだ。

「大丈夫! なんだか楽しくなってきたから~」

僕は床を転がる。
ただひたすらに転がる。

「あたっ!?」

そして、何かにぶつかった。

「お、おい、大丈夫?」
「ぼ、僕は一体何を」

澪の心配した様子の声に、一気に視界がクリアになる。
額の痛みと、目の前にある壁の角を見れば、僕がぶつかった者の正体はすぐに分かった。

「ごめん。何だか今日は思ってもいない事を勝手にしちゃうんだ」
「それって、もう異常だろ」

律がツッコんでくる。
まさしくその通りだった。

「まあ、でも。これで僕はぐっすりと眠れ――「澪ちゃん助けて!!!」――ああ、いたな。問題児が」

部室のドアを思いっきり開け放つ人物に、僕は苦笑を浮かべる。
そして開け放った人物でもある唯は、何事だと言わんばかりに立ち上がった澪に泣きついた。

「勉強してきたんじゃなかったの?」
「出来なかった」

唯の答えに、今まで腰かけていた律は飛び上がるように立ち上がった。

「よし、今夜は特訓だ!」
「ホント!?」

澪の言葉に、唯は嬉しそうに口を開いた。
律によれば一夜漬けの達人らしい。

「ははは。グッバイ、僕の安息睡眠」

対する僕は力が抜けてしまい、床に座り込んでしまった。

「だ、大丈夫? 浩君」
「ダイジョウブ」
「目が危ないぞー」

どうやっても、僕は心配されてしまうようだ。
その後、準備室に備え付けられている洗い場で顔を洗い、眠気を吹き飛ばした僕たちは唯の家へと向かうことになった。










唯の家に向かう途中、両親は出張で不在と唯が告げた。
ただ、妹はすでに帰ってきているらしい。

「それだと、妹に迷惑なんじゃないのか?」

そう尋ねた僕は、思わず唯の妹の姿を思い浮かべてみた。
姉と一緒になって部屋を転がりまくる妹の姿が浮かんできた。
会ってもない人に対する創造にしては酷い物だったため、すぐさま頭の中から消し去った。
ただ言えることは

「大丈夫じゃない?」

だった。










「皆、上がって上がって」
『お邪魔しまーす』

平沢家にたどり着いた僕たちに、唯が促すので家に上がり込んだ。
僕は一番最後だ。

「あ、お姉ちゃんおかえり―」

そして現れたのは、少し前まで話に上がっていた妹さんだった。
髪型が違うだけで、唯と瓜二つ。
もし髪型を一緒にすれば、普通の人には見分けがつかなくなるだろう。
そして、僕たちに気付くと妹さんは僕たちの方に向き直る。

「初めまして。妹の憂です。姉がお世話になってまーす」

そして丁寧なお辞儀ときた。
さらに手際よくスリッパを5つ並べて行く。

「スリッパをどうぞ」

(で、出来た妹だ)

姉である唯との凄まじい違いに、僕は思わず唖然としてしまうのであった。
その後、唯の自室へと案内された僕たちは唯の部屋へと足を踏み入れる。
中は、ピンク色の壁で、本棚や勉強机などが置かれていた。
少し進めば一気に広がり、テーブルやベッドなどが置かれている。
そしてベッドの横にはギターがあった。

「いやー、姉妹でこうも違うとわねー」
「なにが?」

それぞれが腰かける中、律の言葉に唯が首をかしげる。

「妹さんにいいところを全部吸い取られたんじゃないの?」
「酷い!」

涙目になる唯だったが、僕も思っていた。

(人のふり見て我がふり直せ、か。よく言ったものだ)

口には出さないが。

「あの、皆さんよろしければお茶をどうぞ。買い置きのお菓子で申し訳ないんですけど」

そんな時、ノックと共にお茶菓子を手に入ってきた平沢妹に出来た妹だと思ったのは余談だ。
その後、平沢妹と少しばかり話をした(妹が中三であることや、桜ヶ丘を志望していることなど)のち試験勉強を始めることにした。
僕は律の横に腰かけて、その様子を見守る。

「ふわぁ~」

横からあくびをかみ殺す声が聞こえてくる。

(僕だって眠いのを我慢してるというのに)

眠いのではなくただ退屈になっているだけかと、思いながら見守り続ける。
数分して、勉強机の回転いすに乗って回って遊ぶ律。
それに飽きたのか、後ろで何か(おそらく漫画だろう)を取ってそれを手にベッドの上に寝転がると、漫画を広げて転がり始めた。

(人のベッドの上なのに、よく出来るよな)

彼女の図太い神経に、僕は思わず尊敬してしまう。

「ぷはははは!!!」
「だぁー! もう!」

あまりにも騒ぎすぎたため、澪から鉄槌を喰らいベッドから降りて正座する。

「足がしびれた」

その唯の一言に反応した律は、唯の背後に忍び寄ると、唯の足に指を触れさせる。

「ぎゃあああ!?」
「律―ッ!!!」

再び澪からの鉄槌を受けた律は外へと追い出された。
律がいなくなって静かになった部屋の中には、勉強を教える澪の声と、ノートにペンを走らせる音だけが響いていた。
僕は澪側の壁にもたれかかる。
それだけで、段々うとうととしてくる。

「うおぉぉぉ!!!!」

間もなく夢の世界へと飛び立とうとする僕を、無理やり引き上げたのは律の大声とドアを強引に開け放つ音だった。

「とりゃあああッとぉ」

受け身までとるが、はっきり言ってうるさい。
立ち上がろうとする澪を制止して、僕はこの日の為に作っておいた秘密兵器を手に律の方へと歩み寄る。

「おいしょっと、たの――「やかましい!」――へばっ!?」

僕は手にしていた秘密兵器を、律の頭に振り下ろした。
ものすごく良い音が鳴り響く。

「な、なにそれ?」
「ハリセン」

頭を押さえながら聞いてくる律に、手にしたハリセンを見せながら答える。

「どうしてそんなものを」
「女子に拳を振るうわけにはいかないから、これを使う。最も効果がない場合は拳だけど」

このハリセンを作るのにかかった労力は、ほんの数分程度だった。
僕の腕力では、下手すると死人が出かねない。
その為に、こういう手段を取っているわけだが、その点では慶介は本当にすごいと思う。
全力の一撃を喰らってもなお生きてるんだから。

「静かにしてね?」
「はい」

律が頷いたのを確認して、再び勉強は再開するのであった。
そして、僕の意識は再び闇の中へと吸い込まれていった。










「あ………は?」
「も……そ………と?」

暗闇の中、誰かが話す声が聞こえてきた。

「ん……」

その声に、僕は閉じていた眼を開ける。
目を開けると、そこは唯たちがいた。
ここは唯の家だ、それは当然だ。
でも、それだけではない。

「増えてるし!?」

人の数が明らかに増えていた。
赤い眼鏡をかけた黒っぽい髪の少女が、不思議そうな顔で僕を見ている。

「この人が、高月浩介ちゃん」
「真鍋和です。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

色々と言いたいことはあったが、とりあえず自己紹介をすることにした。

「唯、ちゃん付はやめろと言わなかったか?」
「え? あれは”浩ちゃん”の場合でしょ」
「ちゃん付、事態だ! どんな理屈だよ」

言葉足らずの僕も悪いけど。

「幼稚園のころからずっと一緒のクラスなんだよー」
「不思議な縁よね」

まったくだ。
作為さえも感じる。
そんな真鍋さんは、どうやら試験勉強をしている唯に差し入れでサンドイッチを作って持ってきたらしい。
僕たちも、それに舌鼓を打つ。
その最中、唯と幼なじみだからこそ知っていることを、真鍋さんから色々教えてもらった。
内容に関しては唯の名誉のために伏せておくが。
つまりは、それほどあれな話だということだ。
話込んでいくと、時間はあっという間に過ぎてしまう。

「ところで、勉強は大丈夫なの?」
『あ……』

真鍋さんの問いかけに、全員が固まった。
時刻は8時過ぎだった。
その後、真鍋さんは勉強の邪魔にならないようにとのことで、帰って行き試験勉強は再開となった。
律は床に寝そべり”静かに”漫画を読んでいる。
僕は唯の正面の席に腰かけ、勉強の様子を見守っていた。
だが、とうの唯はコックリコックリとし始め、やがて完全に落ちた。

(あーあ)

心の中でため息をつきながら、僕は澪に声をかける。

「澪、いったんストップ」
「どうしたんだ? 浩介」

突然止めたことに、澪は怪訝そうな表情を浮かべながら理由を聞いてくる。

「唯の方を見てみろ」
「あ」

唯の様子に気づいた澪は声を漏らすと、その肩をゆすり始めた。
すぐに唯は起きた。

「律ちゃん隊員、浩君隊員」

すると、律と僕の方を交互に見ながら

「ご、御武運を」

そう言っていきなり泣き始める唯に、僕たちはそれぞれ顔を見合わせる。

(一体どんな夢を見ていたんだ?)

そんな一幕もあったが、試験勉強は再び再開した。

「ん?」

そんな中、律が突然部屋を後にする。
三人とも、そんな事には気づいていないのか試験勉強を進めて行く。

(どうするか)

律が外に出た理由で思いつくのは、お手洗いか遊びに行ったかの二つだ。
前者であるならいいのだが、後者だと非常にまずい。
何せ、律の遊び相手になりそうなのは限りなく平沢妹だろう。
彼女に迷惑をかけるのは避けたい。
とは言え、前者の可能性もある。

(放っておくか、それとも様子を見に行くか)

目の前に突き付けられた二択。
僕が取ったのは

(10分くらい様子を見てから探しに行くか)

後者だった。










そして10分後。

(よし、いこう)

律が戻ってくることはなかったため、僕は三人の邪魔にならないように静かに部屋を後にした。

(これは、テレビの音?)

下の方から聞こえてくるテレビの音に、僕は階段を下りると音のする方へと足を向けた。

「いたよ」
「あー! 負けた!!」

リビングと思わしき場所にたどり着いた僕は、目の前にある光景にため息が漏れそうになった。
寝そべりながらゲームのコントローラーを手に、負けたことへのくやしさをかみしめる律、そしてその横には平沢妹が居座っていた。

「何をやってる、律?」
「あ、浩介」
「高月さん」

呆れながら声をかけると、寝そべった姿勢のまま顔だけを向けてくる律に平沢妹。

「これは真剣勝負、止めないでくれ」
「なに言ってんだ。彼女にだって明日は学校があるんだぞ? 夜遅くまでつき合わせたら迷惑だろ。平沢妹も言ってやれ」
「あ、私の事は憂でいいですよ。姉とこんがらがりますし」

何やら話が変な方向に逸れた。

(ものすごくデジャブを感じるぞ)

つい最近同じやり取りをしたような気がする。

「それじゃ、憂さんで」
「年上なんですから呼び捨てでいいですよ」

あ、やっぱり。
困ったような表情で言ってくる彼女の言葉に、姉とのやり取りが蘇ってきた。

(この姉にして、この妹あり、か)

「それじゃ、憂で。で、迷惑なら遠慮なく言ってやれ。すぐに連れて戻るから」
「あ、いえ。別に迷惑じゃないですよ」

僕の言葉に、首を横に振りながら否定した。
本当にすごい妹だ。

「そ、そうか。まあ、迷惑になったら言って、すぐに連れてく」
「もしかしてここにいる気?」

邪魔にならないように反対側のテーブルの方に移動すると静かに座った。

「当り前」

そう言い切った僕に、二人は首を傾げながらもゲームを再開させた。
何かのゲームだろう、対戦しているようだが結果はほとんど憂の勝利という結果に終わっている。

(あ、やば)

そんな単調になりかけた流れに、ふと強烈な眠気が襲ってきた。
何とか抗おうとするも、強烈な眠気には叶わなかった。
そのまま僕は眠気に誘われるがまま、いつしか僕は目を閉じるのであった。

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