健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第26話 動く者

それはある日の放課後のこと。

「あ、さわちゃん」
「あなたたち今日もお菓子を食べてるの?」

軽音部の部室である音楽準備室を訪れた、さわ子はいつものようにお菓子を食べているのを見て声を上げた。

「お茶とお菓子が我が部の売りなもんで」
「律、ここは演奏をする部活動だぞ。それは売りにはならないだろ」

お菓子(今日はモンブラン)を口にしながら答える律に、同じくお菓子を食べながらツッコミを入れる澪。

「あれ、そういえば高月君の姿が見えないようだけど」
「あ、浩君だったら何だか用事があるらしいから、来ていません」

ちゃっかりとお菓子に舌鼓を打つさわ子の疑問に、唯はホワイトボードの方を指差しながら答えた。
それにならってさわ子もホワイトボードの方に視線を向ける。
ホワイトボードには唯達による落書きなどが書き込まれているが、その一部分にホワイトボード用のペンで四角く囲まれている個所があり、その囲いの中には『今日は休養のため部活を休みます。高月』と簡潔に記されていた。

「それにしても、浩介ってなんとなく不思議だよな」
「ん? どこが?」

不意に浩介の話に話題が変わり、律の言葉に澪は聞きかえした。

「だってさ、知り合いのギタリストに頼んで二つ返事で唯のギターを予約とかするし。不思議そのものじゃん」
「はい? りっちゃん、今なんて?」

”あー、確かに”と相槌を打つ澪をよそに、律の言葉に引っかかったさわ子が、信じられないと言った様子で問いかける。

「知り合いのギタリストに頼んで唯のギターを予約したっていうことですけど……どうしたんですか?」
「その知り合いのギタリストって誰――「DKです」――そ、そう」

さわ子の疑問に間髪を入れずに応えた澪の勢いに、さわ子は軽く圧されながら相槌を打った。

「あー、私今日はちょっと仕事があるんだった」
「そうなんですか」
「だったら、どうしてここに来たんですか?」

思い出したように、言いながら席を立つさわ子に紬は残念そうな言い、律はジト目で疑問を投げかけた。

「お茶をするのもいいけど、ほどほどにね?」
『はーい!』

顧問らしく注意をしたさわ子は部室を後にした。

「教師って、いろいろあるんだな」
「律ちゃん、そのキャラに合わないよ」

腕を組みフムフムと頷く律に、唯は容赦ない一言を放つ。

「そんなことを言うのはこの口かー」
「いひゃいひょ、ふぃっひゃん!(痛いよ、律ちゃん)」
「ふぉら、ふぁたふぃのほっふぇをふへふな(こら、私のほっぺをつねるな)」
「……何をしてるんだ? 二人とも」

お互いの頬をつねりあう二人に呆れたようなまなざしを向けながら口を開く澪と苦笑している紬。
軽音部は、今日も通常運航だった。










一方、職員室へと戻ったさわ子は真剣な面持ちのまま席に着く。

(おかしいわ)

心の中でつぶやいたのは、違和感だった。
さわ子は、急な仕事などは特になかった。
さわ子にとって、軽音部の部室は砂漠の中にあるオアシスのようなものであった。
その理由の一つにお菓子やお茶などがあることも含まれているのはご愛嬌だが。
そのひと時を棒に振ったのが、さわ子の感じた違和感だった。

(いくら知り合いとは言ってもプロのギタリストが、二つ返事でレスポールの予約をするかしら?)

もしかしたら、そういう可能性もあるのかもしれないが、さわ子の中ではあまり釈然としなかった。

(DKと言えば、H&Pのギタリスト。本名も不明だけど、その腕は他の誰にも追随を許さないほどうまい)

さわ子はDKに関して知っている情報を頭の中で整理する。

(…………いけないわね)

だが、考え始めたところでさわ子はそれをやめた。
それは教師として生徒のことを探ってはいけないという自制心が働いたからである。

「さぁて、仕事仕事」

ちょうどいい機会だとばかりに、さわ子はそれほど急を要しない事務作業に取り掛かるのであった。










「ただいまー。とは言っても、誰もいないんだけどね」

いつもより早めに自宅に戻ったさわ子は、自虐的な笑みを浮かべながらつぶやきながら、バックを床に降ろす。
さわ子は、テーブルに置かれたリモコンでテレビをつけるとビデオなどが置かれている棚から一本のパッケージを取り出すと、それをDVDプレーヤーに読み込ませる。
しばらくして、画面に映し出されたのはH&Pのバンド演奏の模様だった。

『H&Pライブ総集編』と題されたそれは、文字通りH&Pのライブでもっとも好評だった曲の演奏シーンが収録されていた。

放課後でのやり取りでH&Pの演奏を見たくなったためだ。

「………え?」

最初に聞いていた曲が終わり次の曲、『Leave me alone』の演奏が始まりDKが歌いだした瞬間、さわ子はまるで体に電流が走ったような錯覚を感じた。
そして、慌てた手つきで巻き戻すともう一度再生を始める。

「やっぱり、似ている」

さわ子は、DKの歌声がかすかにではあるが浩介と似ていたことに気が付いたのだ。

(いや、でも気のせい……他人の空似と言うこともあるわよ)

結論を出そうとする自分に言い聞かせるようにさわ子は心の中でつぶやく。

(そういえば、DKは三年ほど活動を休止していた。そして高月君は三年ほどイギリスに留学をしていた………偶然よね?)

考えれば考えるほど、否定をする材料がなくなっていた。

「それなら、実際に生で演奏を見ればいいのよ」

テレビで聞いたために、もしかしたら歌声が似ているという可能性もあったためにさわ子は実際にライブを見ることを決めると、すぐさまパソコンを使ってライブの日程を調べだすのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


その場所に行くのに、とても神経を使う。
この日、僕は中山さんたちからある場所を訪れるようにと告げられていた。
その場所は僕たちが契約している事務所だ。
名前を『チェリーレーベルプロダクション』という。
荻原さんの父親が社長を務める事務所だ。
僕がH&Pを結成するときに契約を交わしたのだが、当初はいつ潰れてもおかしくない状態だったらしい。
アイドルグループやH&Pを含むバンドグループが所属している。
活動面に関して、社長は特に制限は設けていないが、必ず事前報告をするようにと言われている。
なんでも金銭トラブルを防ぐためらしい。
その事務所は、僕が住んでいる場所から電車で二駅ほど離れたところにある。
そのため、僕は電車に乗り込んで事務所のある駅で降りると駅前に出る。
そして駅前に停められていた個人タクシーに乗り込むと、行き先を告げるよりも早くタクシーは動き出した。

「いつも、大変ですね。DKさん」
「まあ、慣れっこですよ。それに、大変なのはお互いお様じゃないですか」

運転手の言葉に相槌を打つと、『それもそうですね』と苦笑した様子の言葉が返ってきた。
この運転手の人は、事務所が雇っている個人タクシーなのだ。
事務所が雇っていると知られないために、内密に契約が結ばれていたりするほどの徹底ぶりだ。
これも、僕たちの正体を隠すための手段だ。
タクシー内でいつもの黒づくめの服装に着替え、黒のサングラスをつける。
タクシー内ほど、着替えるのに最適な場所はない。
なぜなら、走っている間であればよほどのことがない限り車内は見えることもないからだ。
素早く着替えさえすれば着替えている最中のところを誰かに見られる心配がない。
とはいえ、絶対に大丈夫というわけではないが、これまで何度もこの方法を使っているが僕の正体に関する記事は出たことがないので、それほど心配する必要はないと思っている

(尾行する車もないしね)

まるでVIPだなと思いながら着替え終えた服と学校の鞄を黒いバックに入れると事務所前に向かうのであった。










「おはようございます」
「おはよう、DK」
「おう、DK」

挨拶をしながら中に入ると、ベンチに腰掛けていたMRやYJが挨拶を返してくれた。
事務所内は昔と変わらず人一人が通るのがやっとの狭い通路があり、その先の開けた場所には緑色のベンチが置かれていた。
そのベンチに腰かけているのがMRにYJたちなのだが。
開けた場所は無機質な机が並べられており、そこにはいろいろな書類が置かれている。
窓と反対側の壁にあるホワイトボードには事務所に所属する団体や人たちの予定が所せましとばかりに書き込まれていた。

「他の人は仕事なのかな?」
「ああ、そうだよ。寝る間もないとはこのことを言うのだね」

僕の疑問に答えたのは、先ほど僕が通った狭い通路から現れた口元にひげを生やした男の人だった。

「社長、こんにちは」
「ああ、こんにちは。DK君」

目の前の男……社長は僕のあいさつにやわらかい笑みを浮かべながら挨拶を返した。

「さて、H&P全員そろったようだしミーティングを始めるとしよう」

そう言って、ベンチに腰かけてテレビを見ていたMRたちを集めた社長は咳払いをすると口を開いた。

「数日後に開かれる定期コンサートだが、今回は席がほぼ埋まっている。これは、君たちへの期待の表れだ」
「つまり、その期待に応えられるようにしろ、ということですか?」

社長の言わんとすることを口にしたMRの言葉に、社長は嫌な顔一つせずに頷いて答えた。

「それだったら、言われなくてもわかってるさ。それに、俺たちは客が多かろうが少なかろうが、いつでも全力でやるさ」
「……その言葉を聞けて安心した。今回はDK君が復帰して初めての定期コンサートだ。三年という時間が人を変えることすらある」

きっと社長は不安だったのだろう。
僕たちの誰かが考えを変えてしまうことに。
”たとえお客が一人でも、その一人を満足させられる演奏をする”
それが、僕たちH&Pの誓いの言葉だった。
いま、ここまで有名になれたのはこの言葉のおかげではないかと思っている。

「だが、皆は変わっていない。それを私は確信した。数日後のコンサート、全力で演奏するように」
『はいっ』

社長の言葉に、僕たちは声をそろえて返事をするのであった。










それから一週間後の放課後のこと。

「浩君、帰ろう」
「あ、ごめん。今日ちょっとやることがあるから先に帰ってくれるかな?」

部活を終えて帰り支度を済ませた唯たちが部室の出入り口の前で、”一緒に帰ろう”と声を掛けてくるが、僕はそれを断った。

「やることって、まさか如何わしいモノを読むためとか?」
「えぇ!? そうなの? 浩君」
「そんなわけないでしょ。古文の課題が今日までだからそれをやるだけだ」

律の言葉を真に受けた唯が驚きながら聞いてくるが、僕はそれをため息交じりに一蹴した。

「何だか、大変なんだな。浩介も」
「まあ、自業自得ではあるけど。そういうわけで、先に帰ってて」

気遣うように声を上げる澪に相槌を打ちながら全員に帰るように促した。

「それじゃあね、浩君」
「頑張れよー」

それぞれが別れの言葉や応援の言葉などを掛けながら、部室を後にしていった。

「…………」

人の気配を確認してみるが、四人分の気配が徐々に遠のいて行っていた。
帰ったと見せかけて中の様子を見るという古典的なことはしなかったようだ。

「みんな帰ったので、出てきたらどうですか? 山中先生」
「…………気づいてたのね」

僕の呼びかけに答えるように音楽室とここをつなぐ扉が開き、中から山中先生が姿を現した。

「そりゃ、まあここ最近妙な視線を感じてましたから」

山中先生の僕を見る目つきがおかしくなったのを感じるようになっていた。
それは妬みや恨みと言ったの負の感情というよりは、僕に聞きたいことがあると言いたげな視線だった。

「それで、話はなんですか?」
「………………」

僕の問いかけに、山中先生は気まずそうに視線を周囲に向けるが踏ん切りがついたのはきりっとした表情を浮かべた。

「この間、あるバンドのライブを見に行ったのよ」
「はい?」

突然山中先生の口から語られた話の内容に、僕は思わず首をかしげてしまった。

「そのライブのボーカルの人の声と演奏の仕方が、似てるのよ。君に」
「………………」

今度は僕が固まる番だった。
それは衝撃と言うより驚きの方が勝っていた。
まさか声が同じであると気づかれるとまでは思っていなかったのだ。
ライブをするときは、いつも地声を出さないように声色を変えている。
だが、完全に隠すことは不可能で、どうしても要所要所で地声が出てしまう。
でも、普通の人の耳ではそれを判別することはほぼ不可能に近い。
その証拠に澪と話していてもそういった反応はない。
尤も、彼女とちゃんと話せた時間が短いので、そのためなのかもしれないが

「もちろん、他人の空似であるという可能性もあるし、私は無理に答えるように強要するつもりはないの」

考えをめぐらしている僕に、山中先生はさらに話を進める。

(教師と言う権力を振りかざさないなんて。本当にいい先生だ)

権力と言う武器を振りかざしてしまえば、僕は話さざるを得なくなる。
それでも、山中先生は僕が自分から応えるのを待っていた。
僕は山中先生がものすごくいい人だと改めて実感することになった。

「ただ、もしそうなのだとしたら、聞きたいの」
「何をですか?」

僕は、山中先生にさらに続きを促した。

「どうして、ここにいるのかを」
「……っ」

山中先生のその言葉は、僕の心に凄まじい衝撃を与えた。

「最高の演奏の腕があるのに、あえてそれを隠してまでここにいる理由がわからないの。見下すためとか、遊ぶためとかそんな理由だとは思っていないけれど」
「………………」

山中先生の話を聞き終えた僕は、静かに息を吐き出す。

「山中先生」
「何かしら?」

僕は覚悟を決めた。

「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「もちろんよ。生徒の事情は安易に漏らさないわ」

僕のお願いに、山中先生は即答で答えた。
自分の正体を話すかどうかは、僕自身にゆだねられている。
つまり、僕が話したいと思ったらいつでも話してもいいということだ。

「先生の考えている通り、DKは自分のことです」

そして、山中先生が最初に僕の正体を話す人となるのであった。

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第25話 文化祭ライブ

慶介をいつもより沈めた後、少しして講堂に向かう時間となったため、僕たちは講堂の舞台そでに移動していた。

「うわー、人がいっぱい」

幕の隙間から外を見ていた唯が、声を上げた。
結局ステージ衣装に着替えることになったわけだが、全員ワンピースタイプの服装となった。
唯は白と赤の二色、ムギは黒っぽい色と緑色っぽい色をした服と言った感じに全員の配色はばらばらだ。

「ねえねえ、浩君。似合ってる?」
「似合ってるんじゃない?」

唯の問いかけに、僕は簡単に答えた。

「ありがとー、浩君も似合ってるよ」
「それはどうも」

お礼返しのつもりなのか、笑顔で服装をほめた唯に、僕は投げやりな口調で答えた。
執事服を着て似合っていると言われた僕は、素直に喜んでもいいのかが分からなかった。

「今こそ軽音部の力を見せるときっ」
「ちょっと律」

律が意気込んでいると、弱々しい声で呼びかける人物がいた。

「本当にこの格好をしないといけないのか?」

そう言って、先ほどから陰に隠れて一向に姿を見せようとしなかった澪が出てきた。
その姿は黒を基調としたメイド服だった。
おそらくは、いつぞやの律の言葉がそのまま形になったような感じだろうか。

「とても似合っておりますわよ。澪ちゅぁん」
「ああ、とても似合っている。というか似合いすぎて恐ろしいくらいに」

まるで、メイド服と言うモノが彼女のために存在しているかのような錯覚さえ思えてくる。

(うわ、自分で思っておいてあれだが、寒すぎ)

自分の考えに寒気が走った僕は、先ほどの施行を永遠に抹消することにした。

「~~~っ。もうっ!」
『次は軽音楽部による、バンド演奏です』

そんな律と僕の言葉に、顔を赤くして叫ぶ澪の声にかぶさるように、僕たちの出番を告げるアナウンスが流れた。

「それじゃ、いっちょやりますか」
『おぉ~!』

律の声掛けに右手を上げながら応じた(一名ものすごく弱々しい声だったが)皆は、それぞれの配置についていく。

「うわっとと!?」

そんな中、目の前でこけそうになった唯に、僕は色々な意味で慌てた。

(お願いだから目の前で転ばないで)

思わずそう思ってしまうのは、別に他意はない。
そんな中、僕も自分の配置についていく。
最初の曲目のため、澪の左側に僕そしてその横には唯が立つというポジションだった。

(ギターも大丈夫。曲目のコードの方も大丈夫)

軽くギターの弦をはじくことで調子を確認する。
ついでに、最初に演奏する曲と次の曲のコード進行も頭の中で確認する。
この場には譜面などはない。
つまりは完全に暗記のような状態で弾いていかなければいけないのだ。
だが、一番問題なのはポジションだろう。
二曲が終われば僕は、唯の左側に移動しなければいけなくなる。
移動する際には細心の注意を払わなければいけない。
もし間違えれば必ず誰かが転ぶことになるからだ。
僕はいいとして唯と澪はスカートと言う服装。
転べば悲惨な結果になってしまうのは目に見えていてる。
そのため、リード線の配置には十分に注意をしなければいけない。

(後方でリード線のわだかまりを作るようにすればいいかな)

演奏中や終了いた際に、僕たちは後ろに下がることはない。

(念のために少し余裕を持たせておけばいいかな)

一通りの準備を終えたところで、若干薄暗かった舞台に明かりが灯る。
それと同時に、機械特有の音を立てながらゆっくりと幕が上がっていく。
そして見えてくるのは、ライブを見ようと集まった人たちの姿だった。
確かに唯たちの言っていた通り、かなりの人数が集まっているようだ。
各々がこちらを期待と不安を込められたまなざしで見つめてくる。
その視線は僕に緊張感を生みだすのに十分だった。

(緊張してる? この僕が)

一応はプロに足掛けていてこの数倍の規模のライブやコンサートに出ている僕が、緊張するというのも非常におかしいことだった。

(ああ、でも。当然なのかも)

今ここにいるのはH&PのDKではなく、軽音楽部の高月浩介としてだ。
ならば、これまでの自分のキャリアはすべてリセットされて当然だろう。

(それよりも……)

僕は、ふと右側から流れてくる異様な雰囲気に心配になって澪の方を見てみた。

「………」

やはりと言うべきかなんというべきか、そこには観客の人たちの視線に圧されている澪の姿があった。
圧されているためか、緊張しているのかはわからないが若干手が震えていた。

「澪」

そんな彼女に、気づけば僕はそっと声をかけていた。

「大丈夫」
「え?」

何の根拠もない言葉だった。

「怯えないで。もし、ここにいる人が野次を飛ばそうが、瓶を投げようがそれらをすべて応援の言葉と思って、自分の持つ力すべてを出し切るんだ。僕たちの敵はここにいる人ではない、自分自身なんだから」
「浩介……」

気づけば、そんな言葉をかけていた。
僕の言葉に、澪は目を丸くしていた。

(僕には似合わなかったかな)

この間の中山さんとの話に感化されすぎたのか、あの時と同じニュアンスの言葉をかけてしまったのだ。

「うん。やってみる」

一瞬不安にも思ったが、澪から返ってきた言葉に、僕はほっと胸をなでおろしながら頷いた。
そして、後ろに陣取る律の方に顔を向けると、お互いに頷きあった。
それが合図だった。

「1,2,3,4,1,2!」

スティック同士を打ち鳴らしながらリズムコールを始めた。
リズムコールが終わるのと同時に、ムギのキーボードがうなりを上げる。
続いて澪のベースと律のドラムが音に命を吹き込む。
さらに唯の単純なコード進行のギター演奏で曲は始まる。
この曲は僕がボーカルを務める。
本来は、サブボーカルがほしいが男性は僕一人なのと、さすがに三曲とも澪に歌わせるのは酷だということで僕一人がボーカルと言うことになった。
時より弦を弾きながら歌を紡ぐ。

(よし、いい感じだ)

練習時に存在したリズムがずれる問題はそれほどひどくはない。
とはいえ、若干リズムがずれている。
……主に唯が。
だが、唯のリズムは、間違っていない。
ビートを刻むドラムのテンポがヨレているののが原因だ。
こればかりはどうしようもないので、唯と同じテンポに合わせる。
そしてついにサビだ。
僕は複数のコード進行をしながら、歌を紡ぐ。
そしてアレンジを加えた部分もスムーズに終わり、残すは問題の間奏部分だ。
ここからは僕と唯のギターテクが問われる。
ベースの音とドラムの音を頼りに、キーボードのスクラッチ音に乗せて音を奏でて行く。

(おいおい、嘘だろ?!)

速弾きにも近い演奏をしている中、僕は驚きを隠せなかった。
唯都のテンポのずれが、予想よりも少なかったからだ。
音はまったく合っていなかったが、テンポはそれほどずれていないのだ。
体感時間にして約カンマ25秒差と言ったところだろうか?
どちらにせよ、練習の際に毎回テンポがずれていた箇所がぴったり合っていることに、僕は舌を巻いていた。
そして間奏の終わりで音を伸ばしつつ、ビブラートを効かせる。
最後のサビも先ほどと同じ要領でギターを弾いていき、一気にフィニッシュへと向かう。
間奏の最初の部分と同じコード進行で弾き、同時にストロークをして曲は終わった。
終わるのと同時に、爽快感を感じた。
それはおそらくは、本当の自分の姿で演奏をし終えたからだろう。
H&Pでは、サングラスをして名前も変えているため、偽りの自分のような感じを覚えることもあった。
だが、ここではただの”高月浩介”として、演奏をすることができる。
それは、とても幸せなことだった。
そんな僕と唯たちに、凄まじい拍手の音が襲いかかってきた。
その歓声が僕たちにとっては、最高の贈り物だった。

「……皆さん、初めまして」

マイクを握り、この場にいる人たちに向けて話しかけた。

「今回は、私たち軽音楽部のバンド演奏を聴いていただきありがとうございます」

僕のその言葉に、講堂内はまるで波を引くように静まり返る。

「僭越ながら、バンドメンバーの紹介をさせていただきます」

そう告げて、僕は横にいる唯に視線を送る。

「まずはいつものんびり、ギター兼ボーカル担当平沢唯っ」
「こんにちはー」

僕の紹介に続くように、横に移動していた唯は、僕が明け渡す形でマイクの前で手を振りながら挨拶をした。
それに合わせて拍手が鳴り響く。
その拍手が静まるのを確認して、さらに

「続いて、人見知りが玉に傷、クールビューティーなベース兼ボーカル担当。秋山澪っ」
「ど、どうも」

僕の紹介の口上に恥ずかしそうに挨拶をする澪だったが、一瞬こっちに恨めしそうな視線を送ってきた。

(これは、あとで覚悟をした方がいいかもしれない)

僕は、ライブ終了後の悲劇を覚悟した。

「続いて、いっつもニコニコ朗らか、キーボード担当琴吹紬っ」
「こんにちはー」

手を上げながら挨拶をするムギに拍手が送られる。

「そして、いつもマイペースなドラム担当、田井中律」
「どうもー……って、私だけ扱いひどくない!?」

挨拶をしながらツッコんでくる律に肩をすくめることで返す。

「以上で―――」
「最後に正体不明のミステリアスボーイ、ギターとボーカルの高月浩介~」

終わらせようとする僕の言葉を遮るようにして、唯が僕の紹介をしてくれた。
自分で自分を紹介するのも少し恥ずかしいのでやめていたため、少しうれしくはあるが”ミステリアスボーイ”だけはやめてほしかった。

「さあ、次の曲に行きましょう。次の曲は……」
「Don't say Lazyです」

僕の言葉を継ぐように唯が曲名を口にした。

(唯にはMCの才能が有りそうだね)

もう少しばかり様子見が必要だが、もしあるのならMCは唯に一任しようと、僕は心の中で決めていた。
そして律がスティック同士を合わせる音を立てる。
それが曲の開始の合図。
そこからフィルで始まり、ベースとキーボードそしてギターが産声を上げる。
それと同時に僕と澪で歌を紡いでいく。
一定のテンポで弦を弾きながら歌っていく。
Aメロは簡単な上下のストローク。
音を伸ばさないように適度にミュートをしながら進めていく。

(それにしても、やっぱりこの曲のボーカルは澪が似合う)

隣で澪の歌声を聴きながら、僕はそう感じていた。
Bメロでは1,2コードを短く伸ばしあとは長く伸ばしながらビブラートを効かせるのを繰り返す。
そしてサビに入る。
これは最初の時と同じ要領で弾いていく。
サビを謳い切ったところで、再びキーボードとベースの音色が輝きだす。
ドラムの方もタムとシンバルを巧みに利用してビートを刻んでいた。
そしてまた2番のAメロに入るのだが、ここで僕はあることをすることにした。
それは歌わないということだ。
僕が歌わないとなると、必然的に澪がソロで歌うことになる。
だが、1番と2番の差を醸し出すのには非常に適しているので、僕は一歩弾いて歌うのをやめた。
一瞬驚いた様子で僕の方を見てきたものの、澪は歌を紡ぎ続けた。
そしてBメロとサビに進んでいき、いよいよ問題の間奏だ。
ちなみに、サビのところだけはちゃんと僕も歌った。
ここで一番大変なのは、ドラムだろう。
ヨレないように、リズムをとり続けるというのはかなりの神経を使う。
ここでいかにヨレを小さくさせられるかが、重要だろう。
僕と唯のギターに相槌を入れるようにシンバルを打ち鳴らすと、ハイタムとロータムが音に力強さをつける。
さらにそこにキーボードの音が加わる。
ギターのコードは繰り返すことになっているので、それほど難しくはない。

(……あ)

一瞬僕の方でリズムをずらしてしまった。
だが、慌ててリズムを修正したためキーボードとドラムの音がブレイクする前にほぼそろえることができた。
間奏の後はBメロの箇所のコード進行で行き、サビへと入る。
そして一気にかけていき、ムギのキーボードの音色を前に出しつつ最後はドラムの音で締めくくった。
それが、曲の終わりだった。

「ありがとう」

再び送られる拍手の嵐に手を上げつつお礼を述べると、さっそく次の曲紹介に移る。

「さて、名残惜しくはありますが、次の曲で最後となります。曲名はふわふわ時間タイムです」

僕は曲名を言うと、唯に右側に移動するように促しながら左側に移動する。
必然的に僕はマイクから遠のくが、これでいいのだ。
最後の曲は澪と唯のツインボーカルなのだから。

「1,2,3,4,1,2!」

律のリズムコールと同時に、僕と唯のギターの音色が産声を上げる。
3曲目ともなると恥ずかしさも多少は和らいだのか、小さいながらも手拍子をしている澪をしり目に、僕はミュートを駆使しながら弦を弾いていく。
さらにそこにキーボードとベースにドラムの音が加わる。
そしてついに歌が始まった。
澪のクールビューティーな歌声がふわふわな曲を引き締めていく。
僕たちはそれに合わさるようにしてギターを演奏する。
片思いをしている相手に思いをはせているといった感じの曲調(たぶん)は澪にあっていた。
この曲は全体的にベースが大きく存在感を示す曲と言ってもいいだろう
澪の演奏するベースが小刻みに音を重低音を与えていく。
サビの部分は唯と澪のコーラスだ。
ただ、唯の場合は喉が枯れているので少しばかりあれだったが、きっとそれも後ほどに思い出となるに違いない
サビが終われば最初の時と同じ要領で弾いていくが一瞬だけブレイクし、無音状態となる。
そこに澪の歌声が先行する形で2番が始まる。
2番も1番と同じ要領で演奏をしていく。
サビが終わればやってくるのは間奏だ。
ドラム以外の音が消え、タムの音のみとなる。
そこにベースの音がよみがえり、そこにキーボードとギターの音が加わっていく。
やや速いテンポでコードを変えながら小刻みに演奏していき、最後は軽く音を伸ばすことで一度ミュートにする。
それに続いてドラムやキーボードにベースの音も止まり、それと変わるようにしてギターで軽く音を奏でながら澪がソロで歌う。
そして、一気にギターの音色を変えると止まっていた楽器の音色が再び音を奏で始める。
そして訪れるはセリフの部分。
ここは単調に一音あげてまた下げてを繰り返す。
だが、そこで予想外の事態が起きた。

「浩介も歌おう歌おう!」
「そうだ、歌おう!」
「ヘっ!? ちょっと?!」

いきなり歌詞を変えたかと思うと、僕は強引にマイクの方まで押される。
混乱しているうちにも、ワンコーラスが始まろうとしていたため、僕は慌てて歌を紡いだ。
混乱しながらもちゃんとギターを弾いて歌うことができた自分に褒めてあげたいくらいであった。
そして最後は曲名の部分を僕が澪の後に続いたり、僕が先に言ったりを繰り返しつつ、最後はギターの音を限界まで伸ばし、キーボードの音色に導かれるようにすべての音と同時に音を止めた。
そんなハプニングはあったものの、何とかすべての曲目を演奏しきることができた。
そして響き渡る拍手の音は、これまでよりもはるかに大きく感じられた。

(これで、この後のライブも澪がボーカルを引き受けてくれるようになるかな)

そう考えれば、今回のライブは非常に最高の結果とも言えよう。
だが、運命というのは時に残酷だ。

「うわぁ!?」
「み、澪」
「澪ちゃん!?」

予想していた最悪の事態が発生してしまったのだから。
しかも原因はリード配線だったのがさらに残酷すぎた。

「いたた……」

怪我はないようでゆっくりと立ち上がるが、観客の方からざわめきが走った。

「え?」

その理由を理解できない様子の澪が首をかしげるが、自分の体制を思い出した澪は顔をこわばらせていく。
その体制というのは観客の方向に足を向けている状態だ。
しかも、転んでいる状態であってそれがどういうことを示すのかというと……

(本当にスカートをはいた状態で転ぶなんて)

そういうことだ。
そんな澪に止めを刺すように、パシャリと写真の撮る音が聞こえた。

「い………いやああああああっ!!」

そして、この日一番の澪の悲鳴が学校中に響き渡るのであった。










「皆、お疲れ」
『お疲れ様』

あのライブから数日。
文化祭の余韻も徐々に抜けつつある中、少しばかり遅い労いの言葉がかけられた。
とはいえ、片付けなどの作業があったため十分に遅いというのはおかしいが。

「唯は初ライブにしてはなかなかの出来だった」
「いやぁ~」

律の評価に、嬉しいのか照れたように頭を掻く唯の姿をしり目に、律はさらに言葉を続ける。

「浩介と澪にはファンクラブもできたしな」
「うわぁ、すごいね~!」

律の取り出した僕と澪のファンクラブ会員募集のチラシに、目を輝かせながら覗き見る唯とムギに僕は現実逃避がしたくなった。
文化祭でのコンクールとライブが相まって、なぜか僕のファンクラブまでできてしまったようなのだ。

(まあ、これもいいこと……なのかな?)

「まあ、当の本人は再起不能だけどな」

律の視線の先には、部屋の隅でうずくまっている澪の姿があった。
先ほどからぶつぶつとつぶやいており、どことなく灰になっているような印象が感じられた。
あのライブでの転倒事件から、ずっとあのような感じなのだ。
彼女の傷が癒えるまで、もうしばらくの時間が必要なようだった。
こうして、僕たちの初めてのライブは上々の出来という結果で幕を閉じた。
だが、この時の僕はまだ知る由もなかった。
この自分の考えがどれほどまでに甘いのかということに。


それを知ることになったのは、ライブが終わってから数日ほど経った日のことだった。
あのような言葉を告げられたのは。

『お前、軽音楽部をやめろ』

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第24話 コンクールとMC

「あ、佐久間君どこに行ってたのよ! こっちは棄権するかどうかの判断をする期限が迫っているのに」

講堂の方に到着すると短めの黒い髪に、少しばかりおっとりとした感じの目が特徴的な女子学生が慶介を罵る。

「悪い悪い。でも、土産を持ってきたぜ」

慶介は謝りながらそう言うと、横に移動した。

「あれ? 高月君がどうして」
「慶介に歌えと言われて」

女子学生の問いかけに、僕はそっけなく答えた。
あまり気のりしないのが僕の本音だった。

「良かったぁ。これで棄権しなくて済む。それじゃ、実行委員の人に話してくる」
「おう! 任せた」

駆け出していく女子学生の後姿を見送りながら、僕はある肝心のことを聞くことにした。

「それで、曲目は?」
「そうだった。全部で二曲。一曲は委員会が指定した曲で後一曲がそれぞれで選んでいい曲らしい」

三曲、四曲だったらどうしようかと思ったが、二曲だったら何とかなりそうだ。
僕がコンクール参加を拒否した理由は、”歌う”からだ。
H&Pはファン数を増やすという戦略によって、普通の歌手グループとしての顔を持つ。
尤も、通常の歌の時も生演奏をするように心がけてはいたりする。
だからこそ、歌声だけでもDKであることがばれてしまうのだ。
ならば、歌うときにはDKの時の声色で歌わなければいいだけだ。
だが、それが長く続くとさすがに疲れる。
主に精神的に。
だが、二曲程度であれば負担は少ない。
後は、難しめの曲を選んでなければいい。

「一曲目は確か『You're my sunshine』で、二曲目は『天狗の落とし文』って言ったな」
「…………」

どうやら、かなりの高負担のようだ。
一曲めは二か所ほどにラップが入っているだけであとはハモリが主なためそれほど負担は高くない。
この曲の主役はあの女子学生なのだから。
だが、二曲目の『天狗のお落とし文』はそうはいかない。
この曲はラップの中でも高速の部類に入る曲だ。
曲の8割が高速ラップなのだから、さらに性質が悪い。
とはいえ、決まればかなりすごい曲になるのは間違いない。
ちなみに、一度うたったことがあるだけに、この曲の歌声にはかなり気を使わなければいけない。
その前に確認すべきことが一つある。

「慶介、ひとつ聞きたいんだが」
「おう。なんでも聞いてくれ」

この問いかけの答えで、僕の方針が180度変わることになるのだ。

「ラップとかはできるか?」
「『You're my sunshine 』のラップ程度だったらできるけど、最後の曲になると無理だな」

やはり、最後の曲は慶介は無理のようだった。
と言うことは、僕が歌うことが必然的になる。

「嘘ばっかり。佐久間君カラオケで歌ったらボロボロだったじゃん」
「ぐっ! 少しでもかっこいい男と思わせたい俺の思惑がぁ!」

委員会の人に話してきたのか女子学生の指摘に、慶介は頭を抱えて崩れ落ちた。

「安心しろ。慶介」
「浩介……やっぱりお前はいいやつ――」

僕の言葉に、顔を輝かせて立ち上がる慶介の言葉を遮り、僕はさらに言葉を続ける。

「端からそんなこと思ってないし、思うこともないから」
「今の言葉、想像以上にグサッと来たぞ」

再び崩れ落ちる慶介をしり目に、先ほどから視線を感じる方へと顔を向ける。

「えっと……織部さんだったっけ」
「はい、織部 幸恵です」

僕があげた名前に織部さんは名前を述べる。

「相手をするのも、大変じゃないか?」
「確かに……まあ、扱い方さえ分かれば」

僕の問いに織部さんは苦笑を浮かべ崩れ落ちる慶介を見ながら、ボリュームを落として答えた。
まあ、彼ほど扱いやすい存在はいないだろう。

「高月君は、ラップとかできる?」
「下手で良ければ」

織部さんの問いかけに、僕はそう答えるにとどめた。

「だったら大丈夫そうだね。一応今やっているグループが終わったら私たちの番だから」
「何、この俺との扱いの差はっ」

そんな慶介の嘆きと、講堂の方から『ありがとうございました』と言う言葉が聞こえたのはほぼ同時だった。

「もう終わったみたい。さあ、行きましょう」
「了解」

ため息をつきたい気持ちを抑え、僕は崩れ落ちている慶介に喝を入れている織部さんをしり目に講堂の中へと向かうのであった。

「さあ、次は最後のグループです。どうぞ」

ステージで司会を務めているであろう女子学生に促らされ、僕たちはステージに出る。
講堂のステージ上には3台のカラオケ用の機械とマイクが設置されている。
おそらくあのテレビのような機械に歌詞が表示されるのだろう。
来ている生徒数は満員ではないため、これなら変に力を入れなくてもいいと思えるような状態だった。
とはいえ、8割ほどの席が埋まっているため少ないというわけでもないのだが。

「さあ、自己紹介をどうぞ!」
「さ、佐久間慶介です」
「織部幸恵ですっ」
「高月浩介です」

若干だが緊張の色を隠せない二人をしり目に、僕は冷静に名前を名乗る。
冷静にとはいえ、緊張していないわけではない。
しっかりと隠し通せるかどうかが心配なのだ。

「はい、どうも―。それじゃ一曲目行ってみよう。最初の曲の曲名は『You're my sunshine 』!」

司会の人の言葉が言い切ると、音楽が流れだす。
それこそが『You're my sunshine』の前奏だった。
最初は織部さんが歌いだす。
それに合わせてハモリを入れていく。
取る音程は少しばかり高めに。
織部さんの歌いだしが終わると、今度は僕と慶介で英語の歌詞を歌う。
練習していた成果か、目立ったスペルミスもなく歌えていた慶介には舌を巻いた。
とはいえ、音程と速度があっていない状態だったが、緊張している中でここまでできるのはかなり伸び代はありそうだ。
そんな英語の歌詞部分が終われば、再び前奏へと戻る。
落ち着いた曲調から徐々に激しい曲調へと変化していく。
そこに慶介の英語の歌詞が入る。
それが始まりの合図だった。
そう、ラップだ。
結局ラップは僕がやることになり、僕はマイクを口元に近づける。
自然とマイクを持つ手に力が入る中、僕はラップパートを歌いだす。
音程は地声に近い感じをキープしつつ、英語のラップを歌っていく。
歌っていると妙なざわめきが聞こえてくる。

(集中集中)

ざわめきの方に意識を向けそうになる自分に喝を入れ僕はラップパートを歌い切った。
そして再び織部さんの歌うパートに入っていく。
そこに適度適度に僕と慶介でハモリを入れていく。
間奏の箇所で織部さんが再び歌を紡ぎ、サビに入っていきAメロに移動する。
そしてBメロが終わると再び間奏に入ると先ほどと同じく織部さんがサビの箇所の歌を歌う。
だが、今度は歌い切ったのと同時に、僕ラップパートがある。
僕は英語のラップを歌い切るが、まだ終わりではない。
もう一度同じような流れがあるのだ。
そこも僕は何とか歌い切ることができた。
残すはサビのみ。
あとはハモリを入れるだけ。
最後は織部さんが見事に歌い切り、一曲目は終わった。
それと同時に講堂内に拍手が響き渡る。
その拍手に、思わずお辞儀をした僕は、ふと横を確認すると二人はお辞儀などしていなかった。
と言うか、余韻を味わっているような様子だった。

「はい、お見事でした。それじゃ最後の曲。私たちが選考した曲です曲名は『天狗の落とし文』」

司会の告げた曲名に、ついに来たかと僕は心の中でつぶやいた。

「これまでほとんどすべてのグループが、涙を流した最難関曲ですっ。さあ、君たちは見事歌い切れるかな? それでは、行ってみよう」

二人からの”任せたよ”視線にさらされながらも、ついに曲が流れ始めた。
前奏が流れる中、僕は深呼吸をして歌う音程を決める。
音程は、今まで歌ったことがなく、なおかつこれから先歌わないだろうという音程。
その音程を決めて少しして、ついに高速ラップが始まった。
所々に慶介のハモリが入りながらも、僕は一気に高速のラップを歌い切る。
そしてBメロに入る。
ここからは織部さんが合いの手を入れながら少しばかり速度が落ちたラップバートに代わる。
それを繰り返すと、次はCメロ。
音を伸ばしたり伸ばしてはいけなかったりと少し難しいところだ。
ここは前半を慶介が歌う。
そして僕のラップから織部さんが歌いだす。
そして間奏を経て再びAメロに戻る。
Bメロではラップのテンポが少し変わるため、歌いにくかったりはするが何とかそこもやり過ごしCメロに入る。
そしていよいよ肝心のサビだ。
ここは織部さんが主に歌う。
そこに合わせて僕の高速ラップパートを挟む。
そしてサビが終われば、後はラストスパート。
高速ラップのパートを一気に歌い切り織部さんの歌う箇所も何とか決まれば、後は僕が最後の1フレーズを歌った。
そして、あっという間に最難関の曲は終わった。
それから少し間が相手、拍手が鳴り響く。

「どうもー。いやー、まさか本当に歌い切れるとは。私も驚きです」

(あ、やばっ!)

このコンクールで忘れていたが、この後には楽器機材の運搬をするはずだ。
女子だけにそれをやらせるのは男としては問題がある。

(約束は”歌うこと”。最後まで付き合うことじゃないから、抜け出しても問題ないよな)

そう勝手に結論付けた僕は、マイクを素早くカラオケ用の機械に戻すと音を立てずにステージを後にした。

「って、もう運搬されてるし!?」

舞台そでには、既にドラムやらアンプやらの機材が置かれていた。
どうやら手遅れのようだ。

(仕方がない。みんなに謝ろう)

最悪の場合には多少の出費も覚悟しよう。
僕は心の中でそう思うと、足早に部室へと向かうのであった。










部室前に到着した僕は、ドアを開けようとドアノブに手を伸ばす。
中からは和気あいあいとした話し声が聞こえているが、安心はできない。
顔を見た瞬間に怒りが込み上げることも十分あるのだから。

「あれ、浩介」
「ご、ごめんなさい。別にサボるつもりはなかったんだ」

突然予想もしない方向からかけられた声に、混乱した僕は言い訳じみた言葉を口にする。
自分で言っていて情けなくなってきた。

「い、いや、別に怒ってないから。浩介の方も色々あるんだろうし」
「って、澪は何をしてたんだ?」

苦笑しながら許してくれた澪に感謝しながらも、僕はふと浮かんだ疑問を投げかける。
機材の運搬だったら、既に終わっているはず。
ならば、澪はすでに彼女たちの話に加わっているはずだ。

「ああ、律に用事を頼まれてそれをやってたんだ」
「あー、そういうことか」

なんとなくだが、律の本心がわかったような気がした。
唯が声を枯らしてしまったため、二曲を歌うことになった澪だが、二曲ボーカルを担当することがわかった瞬間に失神した彼女に機材運搬をさせたらどうなるかは想像するに難くない。

「入るか」
「そうだな」

そして僕は部室のドアを開けた。

「機材運ぶの終わった?」
「あ、澪ちゃんに浩君!」

澪を先に部室に入らせてそれに僕も続く。

「機材運べなくてごめん」
「いやいいって。そっちもいろいろ大変だったんだな」

機材運搬を手伝えなかったことに謝罪の言葉を贈ると、何だか悟られたような言葉が返ってきた。
その言葉がとても痛い。
とりあえず、僕はいつも座っている場所に座ることにした。

「あれ、意外と落ち着いてんな。ボーカルやるのあんなに嫌がってたのに」
「子供じゃないんだから、動揺してなんかいられないわよ」

そういいながらムギが注いだ飲み物が入ったカップを手にする澪だが、にこやかな表情と言葉に反して手は小刻みに震え、それは次第に大きくなっていく。

(ものすごく動揺しているじゃないか)

どうやら時間は解決できなかったようだ。

「もうすぐ本番なのに、どうするんだよ?」
「……もうやだ」

心配そうな律の問いかけに、しばらく間が空いてぽつりと声を上げだした。

「律、浩介! 私とボーカル変わって!」
「おいおい、ドラムとギターはどうするんだ?」

澪の突拍子もない頼みに僕は呆れながら聞き返す。

「私がやるから!」
「それじゃ、ベースはどうするんだよ?」
「それも私がやるから!」

澪の答えは非常に支離滅裂状態だった。
一人で異なる二楽器を弾くのは、世界中を探せばいるかもしれないが絶対に無理だ。

(というより、そんなことしたら逆に目立つだろうに)

そんなどうでもいいことを律と澪がせめぎ合っている光景を見ながら思っていた。

「ごめんね澪ちゃん。私が声をからせなきゃ澪ちゃんが歌うことはなかったのに」
「いや、どっちにしても澪は歌うんだけどね」

何せ、澪がボーカルを担当する曲は最初から一曲あるのだから。
それが一つ増えただけだ。

「やっぱり、私がボーカルをするよ!」
「ダメだからっ! それ以上悪化しかねないからやめとけ」

僕は何とかボーカルを強行しようとする唯を思いとどまらせる。
そんな唯の様子に、澪は僕たちに背を向ける。

「あ、そうだ。MCとかを考えておかないと」
「えむしー?」

そんな中、律の提案に唯が首をかしげる。

「コンサートとかで曲と曲の合間にしゃべったりする奴のことだよ」
「なるほど」

首を傾げる唯に、僕は説明する。

「みなさーん、こんにーちはー」

突然席を立ったかと思うと、律は澪の横まで移動すると腕を大きく振り上げながら声を上げ始めた。

「軽音部のライブにようこそー」

なぜだか歓声が聞こえてきそうなほどに輝いていた。
そして律は唯とムギの順番でメンバー紹介を始めた。

「ベース&ボーカル! 怖い話と痛い話が超苦手。デンジャラス・クイーン、秋山澪ッ!」

澪の自己紹介を終えた瞬間に、澪の鉄拳が律に落ちる。

「誰がデンジャラスだっ!」
「いたた……ギター! 正体不明のミステリアスボーイ!―――」

痛む頭を手で押さえながら、律はさらにメンバー紹介を続ける。
と言うより、それは僕の自己紹介か?

「ハーレム道まっしぐら! 男の敵! ハーレム大魔王、高月浩介ぇぇっ!!!」
「「「「「……………」」」」」

誰のものでもない声が、律の言葉を遮って響き渡る。
よく見れば、いつの間にか軽音部の部室に慶介の姿があった。

「ほう? 僕は大魔王か」

痛い静寂が部室内を包み込む中、僕はゆっくりと席を立つ。

「トイレは済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はオーケー?」
「ウ○ルター!?」

どこからともなくツッコミが入るが、それを無視して手の骨をぽきぽきと鳴らしながら慶介の方に歩み寄る。

「こ、浩介? 目が怖いぞ」
「ちょっと二人で話をしようか」

引きつった表情を浮かべる慶介の肩を僕はつかむ。

「あぁ! 俺、大事な用を思い出したからまたあとでな!」
「いいから、来い」

僕は慶介を引きずって部室の外へと向かう。

「ごめんね。僕慶介君ととてーも大事な大事なお話があるから。すぐに戻るから、気にしないでねー」
「お、おい! 誰でもいいから助け――」

慶介が言い切るよりも早く外に出た僕は部室のドアを閉じる。
そして、

「くたばれっ!!!」
「ギャーー!?」

いつもの9割増しで鉄槌を浴びせるのであった。
こうして、ライブ前の時間は過ぎていくのであった。

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第23話 学園祭

ついにやってきた学園祭当日。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

僕たちのクラスの出し物『喫茶・ムーントラフト』はそこそこ順調だった。
盛況と言うわけでもなく、かといって不況と言うわけでもない。
そんな中、シートで囲まれた教室の一角にて、僕と慶介はバックスタッフとして料理を作るのに専念していた。
向こう側から聞こえる声で、お客が増えたことを知った僕は、慶介に声をかける。

「これでまだオーダー完了で調理が必要な人数が一人増えたな」
「そうだな。くそっ、どうして俺はこんなことをしてるんだ?」

今調理しなければいけない人数は、4人分。
注文の内容も軽食系(サンドウィッチやおにぎりなど)のため、それほど問題にはならないが、人数が増えればそれだけで負担も上がる。

「そっちの方は下準備はどのぐらい進んでる?」
「こっちは軽く20人分ほどはできてるよ」

僕はさらに別の場所で下準備をしているチームのほうに声をかけた。

「俺のボヤキはスルーなんだな」
「そんなどうでもいいことより、ハムとおにぎり3個の調理だ」
「へいへい」

慶介のボヤキは無視して、僕はさらにオーダーされた料理を作るよう慶介に指示を出す。
慶介が外でウエイターをやれない理由は、察していただけるとありがたい。
さて、関係ない話だがこの学園は電力関係の理由で各クラスで使用できる電化製品の数に限りがある。
ここの場合はご飯を炊くための炊飯器が2台、さらにおにぎりを焼いたりするためのホットプレートが1台と決められている。
それ以上使うとブレーカーが落ちるのだ。

「って、落ちた!?」

考えていたところにいきなりブレーカーが落ちたため、僕は思わず声を上げてしまった。
外の方から『何? 停電?』といった戸惑いの声が聞こえてくる。

「あ、悪い。俺のせいかも。プレート2台使っちまった」
「このドアホ!」

とりあえず元凶である慶介には鉄槌を浴びせる。
よく見ればハムとおにぎり用で2台も使っていた。
1台壊れた時の予備として、炊飯器とホットプレートは1台余分に用意しているため、気を付ける必要があるのだ。
とはいえ、すでに最悪の事態は起きてしまったわけだが。
とりあえず、悶絶する慶介は放っておき素早くおにぎりをハムと同じ台に入れると、1台のプレートの電源を切って電源コードを抜いた。
これで間違って使おうとする人はいないだろう。

「そっちの方も復旧次第炊飯をもう一度やり直して」
「分かった」

後ろの方にも指示を飛ばし、混乱を最小限に済ませるようにしていく。
すでに完成した料理を紙製のお皿に乗せ、さらにオーダー表に書かれている席の番号を示す番号札をトレーに置くと完成品を置く場所に置いた。
後は運んでいく人が持っていく。

「ちょっと、電化製品は3台までよ! ちゃんと守ってる?」
「げっ」

向こう側から聞こえた怒りの声に、僕は思わず顔をしかめる。

「悪い。ホットプレートを1台多く使ってたみたいだ。本当に申し訳ない」
「気を付けてよね! まったく」

慌てて謝罪すると、女子学生はぶつぶつと文句を言いながら去って行った。

「皆さんにも、ご迷惑おかけしてすみません」

そして、お客さんたちの方にも謝罪の言葉をかけて僕はもう一度バックヤードへと戻る。

「浩介、悪い俺のせいで」
「謝罪をする暇があれば手を動かせ。決まり事を守り借り、効率的に動け」
「おう!」

少しして電力が無事に復旧したため、下準備と仕上げの工程が再開された。
そんな学園祭の一幕であった。










「男の勝負だ!」
「で、それがどうしてここだ?」

こちらの当番が終わったため、自由行動となった。
僕は部室で練習をしようと思っていたのだが、それをしようとする前に慶介に連れて行かれる形で入ったのはお化け屋敷だった。
そして今に至る。

「いや、度胸試しには最適だろ? 一番ビビらないやつが男だっていう、わかりやすい出し物はここ以外にはないし」
「………」

ものすごくくだらないと思うが、心の中でとどめておいた。

「にしても、ここはどこのクラスだよ」

連れ込まれる形だったため、どこのクラスかもわからない。
唯一分かるのはここの名前は『悪夢の館』であることくらいだ。

「さあ。行くぞ」

中は薄暗く、足元には赤色の明かりが灯されていた。
周囲にある小物が、より一層不気味さを醸したてる。

「わぁ!!」
「ん?」
「うぉ!?」

まずは小手調べとばかりに現れた幽霊役の女子学生。
僕は首をかしげただけだ。
ちなみに、驚きの声を上げたのは慶介だ。

「………」

僕は片方は驚き片方は目立ったリアクションをとっていないことに唖然としているであろう幽霊役の女子学生をしり目に奥の方へと進むことにした。
そんな中、僕は横にいる慶介のほうに視線を向ける。

「慶介」
「ビ、ビビッてないからな!」
「分かってるから。手を放して。歩きづらい」

まだ何も言っていないにもかかわらず、否定してくる慶介にため息交じりに返す。
怖いのが苦手なら入らなきゃいいものを。
それを言うのは野暮だろう。
この後も色々と幽霊役の学生が脅かしてくるが無事に出口付近までたどり着けた。

「何で、お前は平気なんだ?」
「作りものだってわかっているから」

慶介の恨めしそうな問いかけに、僕は簡潔に答える。
もちろんそれもあるが一番の理由は、すでに底に誰かがいることを知っているからだ。
ここにいるのはただの学生。
気配を消すなどと言う芸当は早々できやしない。
そのため、気配から居所を悟って脅かしてくると判断しているのだ。
そこに何かがいて脅かすことがわかっていれば、驚きも半減だ。
しかもそれが作り物であることを知っていればなおさら減っていく。
とはいえ、お化け屋敷の楽しみ方には反しているわけだが。

「恨めしや~!」
「……………」

そんな僕たちを遮るように目の前に現れたのは、骸骨の仮面をかぶった男子学生と思わしき人物だった。
慶介は後ろの方に飛びのいたが、悲鳴を上げないあたりさすがと言うべきだろう。

「ガ、ガオー!」

動じない僕にヤッケになって驚かせようとする男子学生。
きっと今までで始めて驚かない人が出たために、驚かせようと躍起になっているのか、クラス内で驚かせた人数によってMVPを決めるというものがあるのかもしれない。
とはいえ、

(鬱陶しい)

その一言に尽きる。
もとより、僕には部室で練習しなければいけないため、少し急いでいたりするのだ。

(少し申し訳ないが、やるか)

僕は、心の中で男子学生に謝罪の言葉を送りつつ、それを行うことにした。

「邪魔。退いて」
「恨めしや~」

僕の言葉に返ってきたのは、時代遅れの脅かし文句だった。

「退いて」
「ガオー!」

何だか、ちょっと頭にきた。

「退けっ」
「は、ハィィ!」

僕は殺気を目の前の幽霊役の男子学生に放つことで強引に退かせた。
そして、そのままお化け屋敷を後にするのであった。










外に出た僕は、慶介が何かを言うよりも先にその場を後にした。
おそらくもう全員部室にいるだろう。
なので、僕はできるだけ急いで部室へと向かう。

「悪い、遅れた」
「遅いぞ!」

謝りながら部室に入った僕にかけられたのは律の咎めるような声だった。
何だか、無性に腹が立ったが、遅れたことは事実なので飲み込んだ。

「律たちも今来たばかりだろ」

そんな律に澪は咎めるような視線を律に向けながら指摘する。

「さ、さあ。練習練習!」

そんな律は、まるでごまかすように口にすると練習の準備を始めた。
そんな律に倣い、唯たちも準備に取り掛かるので、僕も準備を始めた。

「それじゃ、最初は『Leave me alone』から」

律の曲のコールに、僕たちは頷くと、律はリズムコールを始めた。
そして、最後の練習は幕を開けるのであった。





ギターとベース、ドラムの音がほぼ同時に終わる。

「よーし。まあまあなんじゃない?」

最後の曲目でもある『ふわふわ時間(タイム)』が終わり、感想を律が口にする。

「澪ちゃん、大丈夫そう?」
「え? う、うん」

唯の問いかけに答える澪だが、その表情はまだ硬かった。
どうしたものかと考えをめぐらせようとするのを遮るように、扉が開け放たれた。

「みんないるわね?」

そう言って入ってきたのは、顧問の山中先生だった。

「不本意ながら軽音部の顧問になったわけだし、私も何か役に立てないかなと思って、衣装を作ってみました!」

そう言って山中先生が掲げたのは白地のシャツに赤色のスカートの衣装と黒色に襟元が白いドレスのような衣装だった。

「いや、センセ。気持ちはありがたいんだけど……」
「あんな服を着て歌うの? 大勢の前で?」

律の手が指し示す先にいたのは顔面蒼白で固まる澪の姿だった。
確実にタイミングがまずかった。

「うーん。これはお気に召さなかったか。それじゃ……私の昔着ていた衣装はどう?」
「や、やっぱりさっきの服が来てみたくなった!!」

最初は首を思いっきり縦に振っていた澪だが、山中先生が取り出したなまはげを彷彿とさせるお面のついた衣装を見た瞬間、顔をひきつらせた。

(あんなの、澪じゃなくても来たくない)

「こんな衣装、澪じゃなくても来たくないよ」

それは律も同様だったのか、山中先生を止めていた。

「せっかく頑張って作ったんだけど……それに唯ちゃんたちは嬉しそうに来ているわよ」
「おいこら!」

山中先生の視線の先をたどると、そこにはノリノリにスクール水着を着る唯とナース服を着るムギの姿があった。
いつの間に着替えたんだ?

「ところで、山中先生」
「何かしら?」
「男物の服は?」

山中先生の衣装は女性物しかない。
当然だが、僕は男なので、女性物の衣装は着れないし着たくもない。

「ないわよ」
「………」

さらりと当然だといわんばかりに答える山中先生に、僕は何も言えなくなった。
まあ、ある意味当然の結果だろうけど。

「それじゃあ、頑張ってね」

そういって去っていく山中先生。

(どうしたものか)

制服のままだと後が怖いため、衣装を着なければいけないわけだが、女性物だけは着たくない。

「私今ので全部忘れちゃったよーっ!」
「おいおい」
「練習、しましょう」

頭を抱えて叫ぶ唯に、ムギが手を合わせて提案する。

「そうだな。そうするか。ところで浩介――」

ムギの提案に律は頷き、僕に何かを言おうとした時だった。

「浩介っ!!」
「のわっ!?」

突然部室のドアが乱暴に開け放たれた。

「慶介ッ! 少しは静かに――うおお?!」
「ちょっと来てくれ!」

そしてドアを開けた張本人は、僕の言葉を遮るようにして腕を思いっきりつかむと、腕を引っ張って問答無用とばかりに部室から連れ出すのであった。










「離しやがっれ!」

どのくらい引っ張られたかはわからないが、僕は慶介の手を強引に振りほどくことでようやっと止まることができた。

「説明してくれ。これはどういうことだ?」
「実は、歌自慢コンクールに参加するはずだった女子の一人が体調を崩して休んじまったんだ」

僕の問いかけに、慶介は静かに事情を話し始めた。

「練習してきただけに、今更棄権とかはしたくない。だから、浩介に頼みがある」
「まさか……」

慶介の話からなんとなく頼みが何であるのか想像できた。

「歌自慢コンクールに出てくれ!」
「………」

慶介の言葉に、僕は思わず目を閉じてしまった。

「頼むっ! なんだったら土下座でもするから!」
「……………そんなのしなくていい」

僕は静かに息を吐き出すと、土下座をしようとしているであろう慶介を止めた。

「ということは?」
「……優勝できなくても責めるなよ」
「もちろんだよ。助かったぜ」

その僕の言葉に、慶介は答えを悟ったのか手を取ると思いっきり振りかぶった。

「それで、あと一名はどこだ?」
「ああ。あいつだったら講堂で待っているはず」
「だったら、そこに行っておいた方がいいんじゃないか?」

よく周囲を見てみれば、どこかの通路だった。

「そうだった。ちょっと走るぜ!」
「はいはい」

慶介の言葉に、そう返すとおそらく全力で走っているであろう慶介についていくのであった。

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第22話 ボーカル

紆余曲折経て、ボーカルは唯に決まった。

「よし、それじゃ歌ってみようか」
「らじゃー!」

律の指示に、唯は敬礼をすると息を吸い込んだ。
そしてついに歌い始めた。

「ちょっとちょっと」

律は、慌てて歌っている唯を止めた。

「ギターを弾きながら歌って」
「あ、そうだった。忘れてた」

(忘れてたって)

いろいろと突っ込みたかったが、もう一度唯にやってもらうことにした。
ポップな感じの曲調のギターの音色が響く中、しばらくたっても肝心の”歌”がない。

「「「「今度は歌うのを忘れてる」」」」

僕の中には”絶望的”という言葉が浮かんでしまった。
非常に失礼だから言わないが。










「うぅ……ギターを弾きながら歌が歌えない」

一番落ち込んでいるのは当の本人だ。

「うーん。マルチタスク能力の欠如か………これは少しばかり先が思いやられるな」

顎に手を添えてどうしたものかと考えをめぐらす。

「とりあえず、ボーカルトレーニングをしておいたらどうだ?」
「ぼーか……なにそれ?」

僕の提案に、唯が首をかしげて聞いてきた。

「簡単に言えば、歌の練習のようなもの」
「おぉー。でも、それはどうやってやればいいのかな?」

そこで、僕は固まってしまった。
普通、ボーカルトレーニングは専門のトレーナーの人の指導のもと行う。
だが、そうすると先立つ物が必要になる。
彼女の場合だと、初手からやる必要があるためそれなりの額になることは必至。
一学生の彼女に、そんな負担をさせてまでなすべきことなのだろうか?
プロデビューを考えているならともかく、アマチュアレベルで今後も行くことを考えるのであれば、それは非常に採算が取れなくなる可能性がある。

(僕の方でもできなくはないけど……)

それをすれば、おそらく僕の正体が知られることになるだろう。
それを考えると、どうしてもためらわれた。

「仕方ないわね。私が特訓してあげるわ」
「先生!」

そんな中、自ら名乗りを上げたのは、山中先生だった。

「それじゃ、まずは歯ギターから――」
「それはいいです」

唯の肩をつかんで歯ギターを教えようとするが、唯が問答無用と言わんばかりに断った。
こうして、山中先生による唯への特訓は幕を開けるのであった。










唯の特訓が始まって数日後のこと。
学園祭のことで打ち合わせに来た生徒会役員の真鍋さんと、打ち合わせを進めていた。
曲目は『Leave me alone』に『Don't say "lazy"』、そして締めを飾る『ふわふわ時間タイム』の三曲だ。
最初はカバー曲、あと二曲がオリジナルと言う構成になっている。
次のライブでは、すべてオリジナルにするのもいいかなと思っているのはここだけの話だ。

「ボーカルは唯と澪と高月君の三人、と」
「うぅ……」

隣で哀愁を漂わせている澪を僕は見なかったことにした。
理由は明白。
澪も歌うことになったからだ。
その時はいろいろと大変だった。
ふと、その時のことを思い出した。










それはつい先日のこと。
いつものようにデザートに舌鼓を打っているときのことだ。

「あ、そうだ澪」
「何? 浩介」

僕は、言おうと思っていたことを切り出すことにした。

「オリジナルで作った曲の一つ『Don't say "lazy"』のことなんだけど」
「あれが、どうかしたのか?」
「その曲だけ、ボーカルをやってもらいたいんだけど」

どう告げたものか悩んだが、ストレートに言ったほうがいいだろうと結論付けた僕は、直球で口にした。

「えぇ?!」

案の定、澪は飛び上がらん勢いで驚きに満ちた声を上げる。

「頼める?」
「嫌だ!」

一刀両断で断られてしまった。

「やっぱりだめか」
「断られるの分かっててどうして聞くかな、あんたは」

あきれた口調で、律が聞いてくる。

「この曲を構成した時から、ボーカルは澪が一番合っていると思ってたんだよ。だから、どうせなら澪に歌ってもらおうと思ったんだけど……」
「絶対に嫌だっ!」

視線を感じたのか、澪は耳をふさぎながら再び拒絶した。

「唯が歌えばいいじゃないか」
「確かに。でも、澪のほうがこの曲は最適だと思う」

唯が歌う予定の曲は、ふわふわした感じのアップテンポの曲。
こういう場合、唯の声は曲と非常にマッチしているため、自然と曲が輝くのだ。
つまり、曲との相性は抜群と言うことだ。
そして僕が澪に歌ってほしいと思っている『Don't say "lazy"』は、ふわふわしたものではなく、スピーディーで力強い曲調。
この場合で考えると澪の歌声のほうが相性がいいと判断したのだ。
良曲も歌い手次第では悪曲となることがあるため、歌い手の選択も重要なことなのだ。
ちなみに、悪曲に代表されるのはカラオケなどで歌われる聞くに堪えない音痴な歌だったりする。
音程はめちゃくちゃ、タイミングもあっていないなどなど、探せばいくらでもそういうデータが存在するほどだ。
唯がこの曲を歌うと、”力強い”曲調が生かし切れなくなってしまう可能性が高い。

(まあ、僕のわがままなんだけど)

曲の相性云々と屁理屈をこねているが、結局は彼女が歌うこの曲を聞いてみたいという僕のわがままでもあった。
それに、誰が歌ったから失敗と言うものでもない。
要は、その曲をだれに歌ってもらうことを想定して作ったかが重要なのだ。
それが今回の場合は澪だったというだけの話で、唯が

(とはいえ、仕方ない。最終手段だ)

こうなるであろうことは想像していたため、僕は最終手段を使うことにした。

「分かった。だったら、こういうのはどうだ?」
「……どういうの?」

僕は、妥協案を澪に提示することにした。

「二人で歌う」
「二人……デュエットでってこと?」

僕は澪の問いかけに頷くと補足する。

「二人で歌えば、注目も分散されるし恥ずかしいとかそういうのも薄れると思うけど。どうだろう?」
「……………」
「分かった。歌う」

しばらくして彼女が出したのは、承諾であった。

「す、すごい。あの澪に頷かせるとは。浩介、恐ろしい子っ!」

こうして、律から恐ろしいやつ認定をされることになってしまった。
彼女が母国での僕の二つ名を聞いたらどういう反応をするのかが、微妙に気になったのはどうでもいいことだ。










「でも、唯は大丈夫なの?」

僕が先日のことを思い起こしている間、話がかなり進んでいたようだ。

「この間から放課後にさわ子先生と特訓してるんだ」
「たぶん間に合うとは思うけど」

そう澪が言い切った瞬間だった。
力強く開けはなれたドアから入ってきたのは、山中先生と唯の二人だった。

「完璧よ」

サムズアップしながら、そう告げる山中先生の言葉が正しいと感じさせる雰囲気を唯は纏っていた。

(な、なんだ? これが特訓によって進化した、平沢唯の姿とでもいうのか?!)

何だか自分でも支離滅裂な感じになっている。
それほど、彼女の雰囲気にのまれているということだ。
そして、唯はギターを弾き始めた。
その瞬間、さらに僕は背筋に電流が通ったような錯覚を覚える。
ゆがみのない音程、そしてメリハリのあるその奏法。
それらは彼女のギターの腕がかなり上達したと思わせるのに十分だった

「スゥ……」

いよいよ問題の歌の部分だ。
この調子ならばかなりうまく歌えるという確証が僕の中にあった。
だが、それは無残にも裏切られることになる。
彼女の口から出た声色は、ガラガラとしたものだった。

「練習させすぎちゃった、テヘ♪」
「かわいく言ってもだめだっ!」

練習のしすぎによって、声がかれてしまったらしい。

(これはまずい)

『ふわふわ時間タイム』は、唯が歌うことを前提にしていたため、それを歌う人物がいなくなるというのは、かなり最悪な状況だった。

「と言うことは……」

その言葉に、自然と視線は一人の人物へと集まっていく。

「………えっ!?」
「そうね。澪ちゃんなら歌詞覚えているでしょうし」
「頑張ってね澪ちゃん」

こうして、完全に一人で歌う曲ができてしまった。
そんな澪はと言うと

「……~~~~」
「うわ!?」
「み、澪ちゃん!?」

ついに沸点を超えたのか、顔を真っ赤にして倒れてしまった。

(こ、こりゃあれをデュエットにして正解だったな)

もしあれも澪一人で歌うとなったら、どうなっていたか想像がつかない。

『Don't say "lazy"』が、デュエットになったのがせめてもの救い……なのか?










『あはは、それは大変だ』
「他人事だと思って」

軽快に笑う、電話先の相手に僕はため息交じりで返す。
夜、自室で勉強をしているとかかってきた電話の相手は中山さんだった。
彼女に、学園祭でのライブのいきさつを話したところ、返ってきたのがさっきの言葉だ。

『でもそうか。ついに浩介も初舞台になるわけか』
「いや、別に初舞台はとっくの昔にやってるんですが」

少し前に、H&Pのデビュー時のライブが僕にとっての初舞台であった。

『そういうことじゃなくて、高月浩介としてのデビューでっていう意味だよ』
「………」

考えてみればそうだった。
DKとしてはすでにデビューしているが、高月浩介としてはこれが初めての舞台なのだ。

「中山さんは僕にプレッシャーでも与える気ですか?」
『あははっ!』

僕の恨めしい言葉に、中山さんは電話口で高らかに笑い出した。

『ごめんごめん。浩介ほど”プレッシャー”っていう単語が似合わない人はいないからついね』

確かに、僕ほどプレッシャーだの、緊張だのが似合わない人はいないだろう。

(まあ、緊張したりするくらいは僕にでもあるんだけどね)

一度大きな緊張をすると、小さなプレッシャーなどに動じなくなってしまう。
……たぶん。

「私だって緊張することぐらいはありますよ」
『想像がつかないんだけどね。あの初舞台の時の君の言葉を聞くと』

ずいぶんと懐かしいことを中山さんは言ってくる。

『”怯えるな。たとえ、観客どもが野次を飛ばそうが、瓶を投げようがそれらをすべて歓声と思い、すべてを出し切れ。お前らの敵は観客ではない、自分自身だ”……あの言葉は、私たちをしびれさせたよ』
「……お恥ずかしい限りです」

それは”昔の僕だった”からこそ口にできた言葉だった。
今は、あのような内容の発言はしないと思いたい。

『まあ、それはともかく。学園祭の時は私たちも顔を出すよ。あのDKがともに演奏することを認めた異例のバンドなのだからね。どのようなバンドか見ておきたいし』
「そんな、期待されても……別に演奏のオファーを断り続けているのは、相手が悪いからと言うわけではなくて」

中山さんの言葉に、思わず苦笑してしまう。
実際に、僕に自分のバンドで臨時に演奏をしてほしいというオファーがいくつも寄せられたが、僕はそれをすべて断った。
でも、それは

『私たちに気を使ったんだろ?』
「………」

僕の心の中に思い浮かべたことをそのまま言われてしまった。

『自分出活動したら、私たちに申し訳ないから断り続けたんだろ?』
「はぁ……かないませんね。中山さんには」

中山さんの鋭い指摘に、僕は苦笑した。
演奏のオファーを断り続けたのは、それが主だった。
今思えば、ここに来るまでは他人を気遣った行動などをしたことはなかったため、あの時初めて他人に気を使って行動をしたと言うことになるのだろう。

『何年バンドやっていると思うんだ? それくらいはわかるさ』

あきれたような口調で返す中山さんの声からは、怒りなどの感情は見えなかった。

『あ、そうそう。次のライブだが一週間後を予定しているから、ミーティングと軽い練習をすることになるから、そのつもりで』
「分かった」

復帰後3回目のライブはどのようなものになるのか。
今はわからないが、とりあえずギターの練習の時間を少しばかり増やしておこうと心の中で決めた瞬間だった。
なんだかんだ言って、練習自体がまともにできていないため不完全燃焼中だったりするのだ。

『それじゃ、学園祭楽しみにしてるぞ』
「了解。それじゃ、お休み」

中山さんも”お休み”と返して電話は切られた。

「さて、僕も寝るとするか」

時間を見れば、いい時間帯だったため、僕は明りを消してベッドにもぐりこむ。
こうして、時間は過ぎていき、気が付けば学園祭当日を迎えるのであった。

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