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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第22話 ボーカル

紆余曲折経て、ボーカルは唯に決まった。

「よし、それじゃ歌ってみようか」
「らじゃー!」

律の指示に、唯は敬礼をすると息を吸い込んだ。
そしてついに歌い始めた。

「ちょっとちょっと」

律は、慌てて歌っている唯を止めた。

「ギターを弾きながら歌って」
「あ、そうだった。忘れてた」

(忘れてたって)

いろいろと突っ込みたかったが、もう一度唯にやってもらうことにした。
ポップな感じの曲調のギターの音色が響く中、しばらくたっても肝心の”歌”がない。

「「「「今度は歌うのを忘れてる」」」」

僕の中には”絶望的”という言葉が浮かんでしまった。
非常に失礼だから言わないが。










「うぅ……ギターを弾きながら歌が歌えない」

一番落ち込んでいるのは当の本人だ。

「うーん。マルチタスク能力の欠如か………これは少しばかり先が思いやられるな」

顎に手を添えてどうしたものかと考えをめぐらす。

「とりあえず、ボーカルトレーニングをしておいたらどうだ?」
「ぼーか……なにそれ?」

僕の提案に、唯が首をかしげて聞いてきた。

「簡単に言えば、歌の練習のようなもの」
「おぉー。でも、それはどうやってやればいいのかな?」

そこで、僕は固まってしまった。
普通、ボーカルトレーニングは専門のトレーナーの人の指導のもと行う。
だが、そうすると先立つ物が必要になる。
彼女の場合だと、初手からやる必要があるためそれなりの額になることは必至。
一学生の彼女に、そんな負担をさせてまでなすべきことなのだろうか?
プロデビューを考えているならともかく、アマチュアレベルで今後も行くことを考えるのであれば、それは非常に採算が取れなくなる可能性がある。

(僕の方でもできなくはないけど……)

それをすれば、おそらく僕の正体が知られることになるだろう。
それを考えると、どうしてもためらわれた。

「仕方ないわね。私が特訓してあげるわ」
「先生!」

そんな中、自ら名乗りを上げたのは、山中先生だった。

「それじゃ、まずは歯ギターから――」
「それはいいです」

唯の肩をつかんで歯ギターを教えようとするが、唯が問答無用と言わんばかりに断った。
こうして、山中先生による唯への特訓は幕を開けるのであった。










唯の特訓が始まって数日後のこと。
学園祭のことで打ち合わせに来た生徒会役員の真鍋さんと、打ち合わせを進めていた。
曲目は『Leave me alone』に『Don't say "lazy"』、そして締めを飾る『ふわふわ時間タイム』の三曲だ。
最初はカバー曲、あと二曲がオリジナルと言う構成になっている。
次のライブでは、すべてオリジナルにするのもいいかなと思っているのはここだけの話だ。

「ボーカルは唯と澪と高月君の三人、と」
「うぅ……」

隣で哀愁を漂わせている澪を僕は見なかったことにした。
理由は明白。
澪も歌うことになったからだ。
その時はいろいろと大変だった。
ふと、その時のことを思い出した。










それはつい先日のこと。
いつものようにデザートに舌鼓を打っているときのことだ。

「あ、そうだ澪」
「何? 浩介」

僕は、言おうと思っていたことを切り出すことにした。

「オリジナルで作った曲の一つ『Don't say "lazy"』のことなんだけど」
「あれが、どうかしたのか?」
「その曲だけ、ボーカルをやってもらいたいんだけど」

どう告げたものか悩んだが、ストレートに言ったほうがいいだろうと結論付けた僕は、直球で口にした。

「えぇ?!」

案の定、澪は飛び上がらん勢いで驚きに満ちた声を上げる。

「頼める?」
「嫌だ!」

一刀両断で断られてしまった。

「やっぱりだめか」
「断られるの分かっててどうして聞くかな、あんたは」

あきれた口調で、律が聞いてくる。

「この曲を構成した時から、ボーカルは澪が一番合っていると思ってたんだよ。だから、どうせなら澪に歌ってもらおうと思ったんだけど……」
「絶対に嫌だっ!」

視線を感じたのか、澪は耳をふさぎながら再び拒絶した。

「唯が歌えばいいじゃないか」
「確かに。でも、澪のほうがこの曲は最適だと思う」

唯が歌う予定の曲は、ふわふわした感じのアップテンポの曲。
こういう場合、唯の声は曲と非常にマッチしているため、自然と曲が輝くのだ。
つまり、曲との相性は抜群と言うことだ。
そして僕が澪に歌ってほしいと思っている『Don't say "lazy"』は、ふわふわしたものではなく、スピーディーで力強い曲調。
この場合で考えると澪の歌声のほうが相性がいいと判断したのだ。
良曲も歌い手次第では悪曲となることがあるため、歌い手の選択も重要なことなのだ。
ちなみに、悪曲に代表されるのはカラオケなどで歌われる聞くに堪えない音痴な歌だったりする。
音程はめちゃくちゃ、タイミングもあっていないなどなど、探せばいくらでもそういうデータが存在するほどだ。
唯がこの曲を歌うと、”力強い”曲調が生かし切れなくなってしまう可能性が高い。

(まあ、僕のわがままなんだけど)

曲の相性云々と屁理屈をこねているが、結局は彼女が歌うこの曲を聞いてみたいという僕のわがままでもあった。
それに、誰が歌ったから失敗と言うものでもない。
要は、その曲をだれに歌ってもらうことを想定して作ったかが重要なのだ。
それが今回の場合は澪だったというだけの話で、唯が

(とはいえ、仕方ない。最終手段だ)

こうなるであろうことは想像していたため、僕は最終手段を使うことにした。

「分かった。だったら、こういうのはどうだ?」
「……どういうの?」

僕は、妥協案を澪に提示することにした。

「二人で歌う」
「二人……デュエットでってこと?」

僕は澪の問いかけに頷くと補足する。

「二人で歌えば、注目も分散されるし恥ずかしいとかそういうのも薄れると思うけど。どうだろう?」
「……………」
「分かった。歌う」

しばらくして彼女が出したのは、承諾であった。

「す、すごい。あの澪に頷かせるとは。浩介、恐ろしい子っ!」

こうして、律から恐ろしいやつ認定をされることになってしまった。
彼女が母国での僕の二つ名を聞いたらどういう反応をするのかが、微妙に気になったのはどうでもいいことだ。










「でも、唯は大丈夫なの?」

僕が先日のことを思い起こしている間、話がかなり進んでいたようだ。

「この間から放課後にさわ子先生と特訓してるんだ」
「たぶん間に合うとは思うけど」

そう澪が言い切った瞬間だった。
力強く開けはなれたドアから入ってきたのは、山中先生と唯の二人だった。

「完璧よ」

サムズアップしながら、そう告げる山中先生の言葉が正しいと感じさせる雰囲気を唯は纏っていた。

(な、なんだ? これが特訓によって進化した、平沢唯の姿とでもいうのか?!)

何だか自分でも支離滅裂な感じになっている。
それほど、彼女の雰囲気にのまれているということだ。
そして、唯はギターを弾き始めた。
その瞬間、さらに僕は背筋に電流が通ったような錯覚を覚える。
ゆがみのない音程、そしてメリハリのあるその奏法。
それらは彼女のギターの腕がかなり上達したと思わせるのに十分だった

「スゥ……」

いよいよ問題の歌の部分だ。
この調子ならばかなりうまく歌えるという確証が僕の中にあった。
だが、それは無残にも裏切られることになる。
彼女の口から出た声色は、ガラガラとしたものだった。

「練習させすぎちゃった、テヘ♪」
「かわいく言ってもだめだっ!」

練習のしすぎによって、声がかれてしまったらしい。

(これはまずい)

『ふわふわ時間タイム』は、唯が歌うことを前提にしていたため、それを歌う人物がいなくなるというのは、かなり最悪な状況だった。

「と言うことは……」

その言葉に、自然と視線は一人の人物へと集まっていく。

「………えっ!?」
「そうね。澪ちゃんなら歌詞覚えているでしょうし」
「頑張ってね澪ちゃん」

こうして、完全に一人で歌う曲ができてしまった。
そんな澪はと言うと

「……~~~~」
「うわ!?」
「み、澪ちゃん!?」

ついに沸点を超えたのか、顔を真っ赤にして倒れてしまった。

(こ、こりゃあれをデュエットにして正解だったな)

もしあれも澪一人で歌うとなったら、どうなっていたか想像がつかない。

『Don't say "lazy"』が、デュエットになったのがせめてもの救い……なのか?










『あはは、それは大変だ』
「他人事だと思って」

軽快に笑う、電話先の相手に僕はため息交じりで返す。
夜、自室で勉強をしているとかかってきた電話の相手は中山さんだった。
彼女に、学園祭でのライブのいきさつを話したところ、返ってきたのがさっきの言葉だ。

『でもそうか。ついに浩介も初舞台になるわけか』
「いや、別に初舞台はとっくの昔にやってるんですが」

少し前に、H&Pのデビュー時のライブが僕にとっての初舞台であった。

『そういうことじゃなくて、高月浩介としてのデビューでっていう意味だよ』
「………」

考えてみればそうだった。
DKとしてはすでにデビューしているが、高月浩介としてはこれが初めての舞台なのだ。

「中山さんは僕にプレッシャーでも与える気ですか?」
『あははっ!』

僕の恨めしい言葉に、中山さんは電話口で高らかに笑い出した。

『ごめんごめん。浩介ほど”プレッシャー”っていう単語が似合わない人はいないからついね』

確かに、僕ほどプレッシャーだの、緊張だのが似合わない人はいないだろう。

(まあ、緊張したりするくらいは僕にでもあるんだけどね)

一度大きな緊張をすると、小さなプレッシャーなどに動じなくなってしまう。
……たぶん。

「私だって緊張することぐらいはありますよ」
『想像がつかないんだけどね。あの初舞台の時の君の言葉を聞くと』

ずいぶんと懐かしいことを中山さんは言ってくる。

『”怯えるな。たとえ、観客どもが野次を飛ばそうが、瓶を投げようがそれらをすべて歓声と思い、すべてを出し切れ。お前らの敵は観客ではない、自分自身だ”……あの言葉は、私たちをしびれさせたよ』
「……お恥ずかしい限りです」

それは”昔の僕だった”からこそ口にできた言葉だった。
今は、あのような内容の発言はしないと思いたい。

『まあ、それはともかく。学園祭の時は私たちも顔を出すよ。あのDKがともに演奏することを認めた異例のバンドなのだからね。どのようなバンドか見ておきたいし』
「そんな、期待されても……別に演奏のオファーを断り続けているのは、相手が悪いからと言うわけではなくて」

中山さんの言葉に、思わず苦笑してしまう。
実際に、僕に自分のバンドで臨時に演奏をしてほしいというオファーがいくつも寄せられたが、僕はそれをすべて断った。
でも、それは

『私たちに気を使ったんだろ?』
「………」

僕の心の中に思い浮かべたことをそのまま言われてしまった。

『自分出活動したら、私たちに申し訳ないから断り続けたんだろ?』
「はぁ……かないませんね。中山さんには」

中山さんの鋭い指摘に、僕は苦笑した。
演奏のオファーを断り続けたのは、それが主だった。
今思えば、ここに来るまでは他人を気遣った行動などをしたことはなかったため、あの時初めて他人に気を使って行動をしたと言うことになるのだろう。

『何年バンドやっていると思うんだ? それくらいはわかるさ』

あきれたような口調で返す中山さんの声からは、怒りなどの感情は見えなかった。

『あ、そうそう。次のライブだが一週間後を予定しているから、ミーティングと軽い練習をすることになるから、そのつもりで』
「分かった」

復帰後3回目のライブはどのようなものになるのか。
今はわからないが、とりあえずギターの練習の時間を少しばかり増やしておこうと心の中で決めた瞬間だった。
なんだかんだ言って、練習自体がまともにできていないため不完全燃焼中だったりするのだ。

『それじゃ、学園祭楽しみにしてるぞ』
「了解。それじゃ、お休み」

中山さんも”お休み”と返して電話は切られた。

「さて、僕も寝るとするか」

時間を見れば、いい時間帯だったため、僕は明りを消してベッドにもぐりこむ。
こうして、時間は過ぎていき、気が付けば学園祭当日を迎えるのであった。

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