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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第21話 歌

脅迫という非常に強引な方法で何とか顧問は決まった。
それによって、ようやく軽音楽部は部として認められるにいたった。
だが、それに胸をなでおろす暇はない。
軽音部にとって初舞台でもある文化祭までそう日がないのだ。
ということで、さっそく山中先生にお願いをして演奏を聴いてもらうことになった。

「こんな感じのオリジナルなんですけど、どうですか?」

アレンジした曲は除外して、残すオリジナルの二曲を演奏したのだが、あまり芳しくはなかった。
正直に言えば音はばらばらで、リズムキープもできていない。
何より、各音色がぼやけてしまっているような感じだ。
それは僕も同じことだった。
僕の問題点として上がるのが、浩介=DKであることが知られないようにするために演奏のレベルを数段階落とすことで対策をしていることだ。
ちなみに、当初言っていた”ギターをいじって弦が切れやすくさせておき、楽器を選ぶ目がないのでプロではない”という構成は軽音部に入ってわずか数週間で破たんとなった。
理由としては、僕のくだらないプライドによるものだった。

―プロたる者、相棒に改悪するのは下種のすること―

その言葉が浮かんだ僕は、すぐさま弦をちゃんとしたものに張り替えた。
その結果弦は切れにくくなることとなり、ギターに細工をするという計画は失敗に終わるという何とも悲しい結果だけが残った。
となれば、自分の腕を数段階落とすしかない。
だが、落としたら落としたで、今度はどの程度落とせばいいのかのラインが分からなくなってしまうという問題が発生したのだ。
今現在、その領域の計算中だったりするのだが、そのせいで演奏自体に支障が出てしまい不協和音になりかけている曲ができてしまっているのだ。

(それに、何か忘れているような)

そして僕が悩んでいるのはそれだった。
何かを忘れているというより、何かが足りないような気がするのだ。
楽器の演奏のラインかと思い見直しをしてみたものの、特に問題点は見つからなかった。
尤も、譜面に問題があれば合宿の際に気づいているわけだが。
見直しが終わったのがつい先日のこと。
今はお手上げだとばかりに考えている状況だったりする。
さて、澪に感想を求められた山中先生は顎に手を当てて考え込む仕草をしている。
僕たちは、彼女の口から出る感想を固唾を呑んで待っていた。

「前のリ後のりとか、リズムセクションがバラバラとか、気になることはあるけど」

山中先生の評価は非常に厳しい物であり、そして僕がほぼ想定していたものでもあった。
だが、山中先生はさらに言葉を続けた。

「まず、ボーカルはいないの?」
「……………」

山中先生の問いかけに、再び部室内に痛い沈黙が走った。

「「「「「あっ!!」」」」」

そして一斉に声を上げた。

(そうだよ、歌だよ)

足りないものの正体は、意外に簡単なことであった。
オリジナルの二曲には、”ボーカル”がないのだ。
だからこそ足りないという感想を抱いたのだ。
とはいえ、一番問題なのはそのことに気づきもしない僕自身にあるのだが。

(こういう時にカバーバンドとしての欠点が出てくるわけか)

H&Pはほかのバンドが演奏した曲をカバーする”カバーバンド”という区分となっている。
要するに、自分たちで曲を作ったことはない。
もしかしたら他の皆にはあるのかもしれないが、僕には作曲経験は皆無。
できることとしたら、ベースとなる音にさらに楽器などを重ねて行ったりするアレンジなどしかない。
そして、当然だがカバーする元の曲には歌詞がすでにあるためそれが普通となってしまった僕が気づけるはずもない。

(こりゃ、プロというよりはエセプロだな)

思わずため息がこぼれそうになるのを必死にこらえた。

「まさか、歌詞もまだ?」
「えぇっと……」

歌がないことにすら気づいていないのだから、歌詞などあるわけがない。

「それでよく学園祭のステージに出ようだなんて考えたわね?」
「す、すみません」

山中先生の顔が引きつっていた。
それはいつしか体全体に広がっていく。
それは爆発の兆候でもあった。

「今まで音楽室を占領して、何をやっていたの?! ここはお茶を飲む場所じゃないのよ!」
「す、すみません!!」

予想通り……いや、予想以上の爆発に謝ってしまった。
いや、それが普通なんだが。
だが、山中先生はそれで止まらなかった。

「大体ねっ!」
「ひぃぃ!?」

先ほどのような般若の表情をしてさらに詰め寄ってきたため、僕は横に逃げた。

「先生!」
「あぁっ!?」

もはや教師というより、チンピラにも近い状態の山中先生に果敢にも声をかけたのは、意外なことにムギだった。

「ケーキ、いかがですか?」
「えぇ!?」

その手には、いつ持ったのかケーキの箱があった。
突然ケーキを差し出してきたムギに驚く僕たちにさらに追い打ちをかける人物がいた。

「いただきますっ!」
(いただくのかよ!?)

やはり女性はスイーツなどの甘いものには勝てないということなのか?
とはいえ、実験するほど僕は馬鹿ではないが。
この後、二曲の歌詞をそれぞれ書いてくるということでお開きとなった。
ちなみにその後は、先生に指摘された問題点を改善するべく練習をすることとなった。

「ほへー、練習後のお茶はまた格別どすなー」
「そうだねー」
「練習後って……二曲を二回ずつ通しで弾いただけなんだけど」

椅子に座ってムギが入れたお茶を飲みながら黄昏ている律と唯の二人に、僕はため息交じりに突っ込む。
実際に、そこまでいう程に弾いているわけではない。
だが、ひとたび休憩となった途端こうなってしまった。

「根を詰めてもよくはならないんだし、適度に休憩を入れることも重要よ」
「……」

顧問でもあり、軽音楽部OGである山中先生の言葉に、僕は口を閉じることしかできなかった。

「おぉ~、先生が天使に見える」
「あら、天使みたいに美人だなんて」

律の言葉に、山中先生は嬉しそうに頬に手を当ててもじもじとし始める中、僕は観念して席に着いた。

「はい、どうぞ」
「あ。ありがと」

ちなみに今日のデザートは今日はタルトだった。
お茶の入ったコップとタルトケーキの乗ったお皿が差し出された。
それを僕は、口に運ぶのであった。










「作詞と言ってもな」

夜、自室で僕は放課後に出た課題『曲の歌詞を考える』に取り掛かっていた。
すでに夕食、お風呂、予習復習共に済ませていたため寝るまでの数時間をつぎ込むことができるようになったのだ。

「まあ、とりあえずやってみるか」

そして僕は作詞に取り掛かった。

「よし、完成!」

作詞自体はすぐに終わった。
作詞したのは僕がムギに頼んだスピード感のある曲調の曲だった。

「とはいえ、これは……」

完成した詩に、僕は目を通してみた。

『目の前にある山を切り落とし、立ちふさがる敵を打倒せ―――――』

「うん。完全に没だ。というか確実にだめだ」

歌詞が物騒すぎる。
確かに、タイミングは合いそうではあるが、まず確実にこれを目の前で歌われたらひかれること間違いない。
と言うか、歌詞自体が痛い。
痛覚と言う意味ではない。
確実にこれを見せたら軽蔑のまなざしを向けられるのは明白だ。

「僕に作詞の才能がないことがわかっただけでもよしとするか」

ポジティブシンキングも、行き過ぎていると思うが、前向き思考でないと確実に自分を保てない。

(そういえば、この間授業で短歌を書いて提出したら先生に呼び出されたっけ)

今のこの状況と関係ないこととも思えないことを、思い出してしまった。

(あの時に”血”とか”殺戮”とかの単語を入れたのがまずかったか)

書き直しをするようにと言われ、その日の放課後までに唸り続けた結果、何とか先生のOKをもらったのだ。
それまでに書き直した回数は20を超えていたのは余談だ。

「これは厳重に抹消しよう」

とりあえず僕は台所に歌詞が記された紙を持っていくと、それを火にかけて抹消した。
火を放つ魔法はあることにはあるが、飛び火する可能性があることや、こういうことに魔法はあまり使いたくない(主に怒られるのが嫌だという理由でだが)ために、原始的な末梢方法となった。

「これで僕の黒歴史は葬り去られた」

ついでに20回ほど書き直した短歌とやり直しと言われた最初の短歌も燃やしておくことにした。
目の前で炭と化す紙だったものを見ながら、僕はそうつぶやいた。
そして僕が至った結論は

「誰かがちゃんとしたものを書くだろう」

他人任せだった。
そんなこんなで僕は作詞をあきらめるのであった。










「できたっ!?」
「あ、あぁ」

翌日の放課後、作詞ができなかった四名(僕を含めてだが)は詩を書いてきたと言う澪に一斉に詰め寄った。
その手にはおそらくは歌詞が書かれているであろうルーズリーフがあった。

「見せて見せて!」
「も、もう!?」

見たいとせがむ唯に、澪が固まる。

「私も一度見たいわ」
「僕もぜひ見せてもらいたい」

”今後の作詞をする際の参考にしたいから”とは口が裂けても言えなかった。
ところが、澪の性格を忘れていた。
恥ずかしがって歌詞を見せようとしないのだ。

「えっと、以下減にしないと山田先生が……」

山中先生の笑顔は次第に崩れていき、今ではひきつっている。
僕はなぜか田舎のおじいさんの話題に展開しかけている唯たちに声をかけるが、それは遅すぎた。

「早くせんか!!」

大声で叫びながら、澪の手にあるルーズリーフを奪い取ったのだ。

「あぁっ!?」

澪が悲鳴を上げるが、時すでに遅し。
僕と律は山中先生のそばによると、ルーズリーフを覗き込む。

「……」

歌詞と思わしき文章を読んだ瞬間、僕は背筋に寒気が走るのを感じた。

(こ、これはある意味すごい威力だ)

山中先生と律は悶えているし。
僕のとは正反対の文章だった。
とはいえ、こっちの方が数倍もましなのは言わずもがなだが。

「わ、私としてはいい感じにかけたと思うんだけど……ダメ、かな?」
「だ、ダメと言うことはないんだけど」
「ちょっと思っていたのとは違ったというか……」

今にも泣きだしそうな澪に、二人は必死にフォローしている。
僕は無言を貫くことにした。
下手に口を開けば藪蛇になりかねない。
ちなみに、唯とムギはOKを出していた。
律は僕の方を見てくるが、僕は無言で肩を竦めて答える。

「さ、さわちゃん!」
「さわちゃん!?」

あまりの劣勢ぶりに、とうとう律は山中先生に救いを求めた。
しかも、あだ名のような感じで呼びながら。

「こういうのってなしだと思うよね?!」
「そ、そうね」

ようやく自分に賛同する意見が出たことに勢いをつけ、律は三人を落ち着かせようとするが、数秒後に山中先生は”こういうのもありだ”と意見を変えた。

「それじゃ、この歌詞で行くとするか」

律のその言葉に、唯とムギが拍手を送る。
だが、律の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

(同情するよ。本当に)

思わず同情してしまった僕の表情も、おそらくひきつっているだろう。

「それじゃ、ボーカルは澪で行くか」
「うぇ!? わ、私は無理だよ!」

ボーカルが自分であることがわかるや否や、顔を引きつらせるとソファーから立ち上がり異論を唱えた。

「なんで?」
「だって……こんな恥ずかしい歌詞は歌えないよ!」
「だったら書くなっ!」

耳をふさいでうずくまる澪に、思わず突っ込んでしまった。
彼女はいったい、自分が歌う可能性があることを考えて書いたのだろうか?
いや、もしかしたら誰かが歌詞を書いてそれになると思っていたのか……真相は澪のみぞ知るだ。

「澪がだめだと思うと……………ムギやってみる?」

唯のほうに視線を向けた瞬間、固まったのちにムギに声をかけた。
なぜ固まったのだろうかと、彼女のほうを見てみると目を輝かせていた。

「私はキーボードで精いっぱいだから……」
「そうか。じゃあ、浩介は?」

唯を飛ばしてこっちの方に視線を向けた律が聞いてきた。

「僕が、これを?」

まさか聞かれるとも思っていなかったため、うまく言葉が出てこなかった。

「律、僕がこの歌を歌っている光景を想像してみろ」
「浩介が、これを歌っている姿………」

律が遠い目で上の方を見始めた。
きっと彼女の頭の中では、僕が歌っている姿が浮かんでいるのだろう。
ついでに僕も想像してみた。

「「……………おぇ」」

きっとその光景は似ていたのだろう。
思う浮かべたその光景に、僕と律は思わず吐き出しそうになった。

「となると」

気を取り直して、律は唯のほうへと視線を向ける。
相変わらず唯は目を輝かせてもうアピールしていた。
そして、ムギのほうを見て僕の方を見ると再び唯のほうへと視線を向ける。

「ごほん、ごほん。あーあー」

今度は声を出してアピールをしだした。
それほど歌いたいのだろう。
それを無視して律はムギに視線を向けて僕の方へと視線を向ける。

「いい加減、隣で猛烈アピールをしている人物に声をかけて。見ているこっちが悲しくなってくる」

もうアピールしてもスルーされ続けられた唯はハンカチをかんでいた。

「唯、やってみるか?」
「え? 私?! でもでも、私歌えるかわからないし、それに歌もうまくないし」

ようやく声をかけられた唯は手にしたハンカチを放り投げると、もじもじしながら言葉を続けた。

「じゃあ、いいや」
「嘘です! 歌いたいです!!」
「はぁ……」

律の腰にしがみつきながら懇願する唯の姿に、この先の道のりはまだまだ遠いことにため息が出てしまうのであった。

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