健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回、本来であれば2つの話になるはずだったのですが、内容が短すぎたため、一つの話にしました。
ここから先は、魔法要素がたびたび出てくるようになりますので、ご了承のほうをお願いします。


それでは、これにて失礼します。

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第55話 買い出しと合宿

8月に入り、暑さもピークに達してきたこの時期。

「おはよっす」
「おはよう、浩介君」
「おはよう、みんな」

先に部室に来ていた僕に、挨拶をしてくる唯とムギに、僕は先ほどまで読んでいた本(魔導書)を閉じながら応じた。
魔法使いであることがみんなに知られる前は、堂々とに読むことはできなかったが、今ではこうして堂々と読むことができるのはある意味いいことかもしれない。
とはいえ、魔法のことを知らない人から見れば、ただの意味不明な文字の羅列にしか見えないので、誰も魔導書とは思わなかったりするが。

「あれ、何読んでるの?」
「魔導書と言って、辞典の魔法使い版」

閉じられた本を興味深げに覗き込む唯に、僕は分かりやすく答えた。

「読んでいい?」
「どうぞ」
「あ、私も見る!」
「それじゃ、私も」
「私も~」

唯日本を渡すと次々に人が集まり、結局唯たち全員が本を覗き込むこととなった。

「詠めればだけど」
『うっ……』

僕が言い切った瞬間、全員が本の内容を見て、固まった。

「これ、何語?」
「僕の故郷で使われる文字。皆には絶対に読めない」

僕は唯から本を受け取りながら答えた。

「故郷の方は、言語は日本語が主流だけど、文字は故郷独特のものだから」
「そうなんですか。すごいですね」
「それはともかく、さっさと部活動を始めるぞ」

感嘆の声を上げる梓の言葉を退けて、僕は練習を始めるように促した。

「あ、ちょっと待って」
「どうかしたのか? 律」

準備を始める僕たちを止めた律に、澪が疑問を投げかける。

「合宿のことをさわちゃんに伝えに行ってからでもいいか?」
「別に僕は構わないよ。顧問だし、良くいかないにもかかわらず伝えておいた方がいいと思う」
「私も。というより、言わないと怒ると思う」

僕の意見に、澪と梓にムギも賛成してくれた。

「それじゃ、ちょっくら伝えに行ってくるわ」
「あ、それじゃ私もー」

部室を後にする律の後に続くように、唯もついて行った。

「とりあえず、準備だけは進めよう」
「そうですね」

残された僕たちは、演奏の準備をしながら律たちが戻ってくるのを待つのであった。
程なくして、律たちは戻ってきた。

「先生なんだって?」
「面倒くさそうな顔をしてたから多分行かないと思う」

部屋に入ってきたときの不機嫌そうな表情で何となくわかってはいたが、やはりNoだったようだ。
山中先生が合宿の本当の姿を知った時、どういうりアクションを取るのかが実に興味深い。

「全く、誘わなければ怒るくせに誘ってもああなんだから」
「まあまあまあまあまあまあ」

ぶつぶつと文句を口にする律を必死になだめるムギ(ちなみに6回だった)の奮闘の甲斐もあって、機嫌を取り戻した律によって、練習は始められた。










一通り練習+α(この”α”が何を差しているのかは想像に任せる)を終えた僕たちは、片づけをしていた。
西日が部室を照らす中、僕はギターの弦の手入れをする。
手入れと言ってもただ弦をふくだけだが。
とはいえ、これが何気に重要だ。
これをしないと弦がさびやすくなってしまうからだ。
弦がさびるとどうなるかは、前にも言ったとおりだが、演奏中に切れてしまうのだ。
もちろん、拭けば絶対に錆びないということではない。
どうしても弦というのは錆びついてしまう。
だが、その速度を少しだけ緩めることができる。
ギター自体にも定期的にメンテナンスをしたりすれば、もっといいだろう。
閑話休題。

メンテナンスをしている中、律が突然立ち上がった。

「よし! 久しぶりに全員そろった事だし、合宿の買い出しに行くか!」
「賛成!」
「おー!」

そんな律の提案に、全員が賛成の声を上げた。
それに続くように僕も手を上げえ、賛成に票を入れる。

(というより、この買い出しってどう考えても、あれだよね)

僕は、何となくではあるが律たちが何を買おうとしているのかがわかってしまった。
何も知らずに賛同している梓に本当のことを言ってもいいのだが、夢というものはできる限り長く見させてあげたかったので、僕は心の中に留めることにした。





そんなこんなで、僕たちは商店街の方にやってきた。
先頭は唯に律とムギが横一列に並び、その後ろを僕と梓と澪という形でこれまた横一列に並んで歩いていた。

「ところで、買い出しというのは新しい機材とかを買うんですか?」
「軽音部に新しい機材を買う余裕はないです。ええ」

嬉々とした様子で澪に問いかける梓に、僕は即答で否定した。

「え? それじゃ、何を買うんですか?」
「えっと……」

困惑した様子で再度澪に問いかけると、澪は梓から視線をそらして言葉を濁した。
そんな時、目的地に到着したようで、先頭の三人の足が止まった。
そして、カジュアルショップを指差して

「水着だよ」

と、自信満々に唯が告げた。

「遊ぶ気満々!?」

唯の答えを聞いた梓は、驚きをあらわにした。

「こんなことだろうと思いました」

がっくりと項垂れながら話す梓の背中には哀愁が漂っていた。

「ま、まあ、ずっと遊ぶわけじゃないから」
「信用できないです!!」
「な、なぜ!?」

律のフォローに頬を膨らませてだ限する梓に、律が後ろに下がりながら声を出した。
まあ、当然だけど。

「でも、息抜きは大事だと思うし、な?」
「そうですよね……大事ですよね」

そんな梓に、澪がフォローすると梓は先ほどとは打って変わって納得したように頷いた。
そして澪が頭をなでると梓は嬉しそうにそれを受け入れる。

「この差はいったいなんだろう?」
「日ごろの行い」
「君には遠慮という言葉はないのかね!?」

律のボヤキに、真実を告げるとそんなツッコミが返ってきた。
僕はそれに肩をすくめて応じた。
結局、この後皆は水着を買いに向かい、僕は外で待つこととなった。

(本当に大丈夫なのかな? 合宿)

合宿まで残すところ数日。
一株の不安を抱えながらも、僕は軽音部合宿の前日を迎えることとなるのであった。










「あ、電話だ」

夜、合宿に向けての支度をしていると、携帯電話が着信音を鳴り響かせることで着信を告げた。
僕は、支度している手を止め、携帯を手にすると着信ボタンを押して電話に出た。

「はい、高月です」
『田中だ』

電話の相手は田中さんだった。

『この間頼まれていた件だが、都合がついた』
「いつですか?」

僕は田中さんに日付を尋ねる。

『そっちの合宿の二日目だ』
「二日目ですね。分かりました」

僕は忘れないようにメモ帳にメモを取った。

「田中さん、無理なお願いを聞いてもらってすみません」
『気にするな。俺も一度会って話してみたいと思ってたからな。ちょうどよかった』

田中さんにお礼を言うと、田中さんは軽快に笑いながら返事をしてくれた。

(一体どんな話をするつもりだろう?)

そんな不安を感じてしまった。

「それじゃ、また明後日に」
『ああ』

そして僕は電話を切った。

「二日目……か」

やはり初日は無理だったかと、肩を落とす。
H&Pのスケジュールは8月をピークに入れられている。
音楽番組への出演と演奏に、バラエティまで様々だ。
もっとも後者の番組は僕は出ないが。
バラエティなどは、僕が一番苦手なジャンルだ。
何せ、音楽以外で話をしていく必要もあるからだ。
話せないこともないが、確実にぼろが出てしまう可能性がある。
そのために、僕はバラエティだけは出演を辞退して、ほかのメンバーだけの出演としていたのだ。
そして合宿の時期がちょうど、そのバラエティ番組の収録日だったのだ。
そのため、スケジュールの方を調整してもらった結果が今のとおりだったのだ。
僕が皆に頼んだ内容。
それは

「皆の曲を演奏するんだから、失敗はできないよね」

軽音部で演奏した『ふわふわ時間タイム』などの曲をメドレーにして演奏することだった。
それが、僕にできる贈り物だった。
既にメドレー用の楽譜も完成しており、練習もこれまでたくさんしてきた。

『こんなもんだろう』

という田中さんの意見が出たのはつい数日ほど前のことだった。
後は本番でうまく演奏をするだけ。
コンクールとかよりも緊張するよな、これ。
全くあべこべな状況で緊張する自分に苦笑しながら、僕は再び支度の方に取り掛かる。

「まあ、いい演奏ができるようにしますか」

僕はそう自分に告げるのであった。
そして、いよいよ合宿当日を迎えた。










翌日、待ち合わせ場所である駅で僕たちは待っていた。
いまだに来ていない、唯を。

「ちゃんと来るよな?」
「信じるしかないだろ」

澪の不安そうな問いかけに、僕はそれしか言えなかった。
去年の一件もあるので、大丈夫とは言えなかった。

「おはよー」
「お、今度は寝坊しなかったな」

そんな僕たちの前に、唯が現れた。

「今日の私は違うのです!」
「忘れ物は?」

”ふんすっ!”と、自信満々の様子で胸を張る唯に、僕は問いかけた。

「大丈夫! 行く前に確認してきましたっ!」
「よぉし、それじゃ、行くぞー!」
「「おー!!」」

唯の答えを聞いた律は気合を込めて腕を上げると、二人もそれに倣って腕を上げた。
そして僕たちは電車に乗って今回の合宿場へと向かうのであった。





『おぉぉ~~』

合宿する場所に到着した僕たちは、その建物を見て感嘆の声を上げた。
石垣の上に立っている別荘は、去年の別荘よりもかなり大きかった。

(これまたでかいな)

思わずそんな感想を心の中で口にしてしまうほど大きく見えた。

「ここが前に言っていた、借りることのできなかった別荘?」

そいえば、去年そんなことを言っていたなと思いだしながら、僕はムギの答えに耳を傾ける。

「ううん。そこは今年もダメだったの。高月君の家と比べて狭いかもしれないけど、我慢してね」

(ま、まだ上があるんだ……というより、僕を引き合いに出さないで)

項垂れながら僕は心の中でムギにツッコむ。
ちなみに、唯たちは唖然としていたが。
とりあえず、別荘内に荷物を置くことにした僕たちは、ムギが先導する形で別荘内に足を踏み入れた。
僕の寝室は、他のメンバーとは別だ。
当然だけど。

「ねえ、浩君も一緒に寝なくていいの?」
「い・い・の! というより男女が同室で寝るなんてまずすぎるだろうが。というよりそっち側が嫌でしょ」

少しだけ広い広間に、荷物を置く僕に今回で3度目の問いかけをしてくる唯に、僕は毅然とした態度で応えた。

「私は気にしないけど」
「私も~!」
「私もよ」
「わ、私はちょっと……」
「私も」

構わないと告げる律に唯とムギの三人とは対照的に、頬を少しだけ赤らめて恥ずかしげにこちらを見てくる梓と澪が反対を告げた。

「な?」
「まあ、仕方がないか」

律が渋々と納得したことで、僕はみんなとは違う部屋で寝ることとなった。

「でも、もし修学旅行とかで、同じ部屋に泊まることになったらどうするんだよ?」
「まず第一に、そんなことを学校側が許さないし、することはないと思うから考えるにも値しないぞ、澪」

律の一生ありえない内容を想定した問いかけに、僕は澪が考えるよりも早く突っ込みを入れた。

「ノリの浩君ノリが悪いです」
「あれが反抗期というものですわよ」
「誰?」

二人の演技じみたやり取りに、ツッコみをいれながら、僕は荷物を置いていく。










「遊ぶぞーー!!!」
「おーっ!!」

それからしばらくして、部屋を出ると入口の方から二人の声が聞こえてきた。

「うぉぉぉぉいっ!! 練習をするんだっ!」

入口の方にたどり着くと、握り拳を作りながら叫ぶ澪の姿があった。

「ぶーぶー」
「遊びたい!」

そんな澪に不満げに頬を膨らませて反論する律と唯は、しっかりと水着を着て浮き輪まで持っていて遊ぶ気満々だった。

「それじゃ、多数決にしよう。練習がいい」
「私もです!」

いつの間にか来ていた梓も練習へと票を投じた。

「遊びたいでーす」

梓と一緒に来ていたのか、二人の後ろにいたムギも遊びの方に票を入れた。

「まさかの裏切り!?」
「浩介先輩はどうですか?」
「浩君も遊びたいよね?」

一気に浴びせられるみんなの視線。
僕の応え次第で、練習かそれとも遊ぶかが確定する。
ある意味責任重大だった。

(今練習をすると言って明日も練習をするか?)

僕は自分に疑問を投げかけてみた。
その答えはもちろん

(無理だよね)

だった。
おそらく律たちは”昨日は練習したんだから今日は遊ぶ!”と言い張るだろう。
だが明日は田中さんたちが、演奏などをするためにここまで来てくれることになっている。
そんな日に遊んででもいたらどうなるか、恐ろしくて考えたくもしたくなかった。
それならば、僕が出す答えはもう決まっている。

「遊びに一票!」
「ぃよっしゃあ!!」
「やったー♪」

僕の返答に、律と唯が歓声を上げる。

「う、裏切られた?!」
「ショックです」

そして、却下された練習の意思を出していた二人は肩を落としていた。

「大丈夫大丈夫。あの三人は明日練習で地獄を見ることになるから」
「本当ですか?」

僕の言葉に不安げに訊いてくる梓に僕はしっかりと頷いて答えた。

「それじゃ……」

渋々と承諾した二人は、着替えると言って戻っていった。

「僕も水着に着替えてくるから待ってて」
「合点です!」

律に待っているように告げてから僕は水着に着替えるべく、宛がわられた部屋へと向かうのであった。

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第47話 発端

「ん……」

とある場所で、彼女たちは目を覚ます。

「ここは……」

起き上がった少女はあたりを見回す。

「あ、憂に律ちゃん隊員に澪ちゃんに、ムギちゃんとあずにゃん! 起きて!」

最初に起きた少女……唯は周囲で地面に倒れている友人たちを起こしていく。

「何だぁ?」
「あ、お姉ちゃん」
「……うぅん」

唯の呼びかけに次々と目を覚ます律たちは、目をこすりながらあたりを見回す。

「ところで、唯」
「何? 澪ちゃん」

唖然とした様子で声を上げる澪に、唯は首をかしげながら尋ねた。

「ここはどこ?」
「ここって……どこだっけ?」

周囲を見渡した唯が首をかしげる。

「おいおい、ここは浩介の家の近く………」

唯の言葉に、苦笑しながら律は口を開くが言葉の途中で、自分の置かれた状況を理解したのか言葉を失った。

「何もありませんね」
「芝生と木々だけ」

梓と紬が周囲にある物を口にする。
彼女たちがいたのは見知らぬ草原のような場所だった。

「どうしてこんなことに……」
「えっと、あれは確か律が……」

憂の疑問に、指を顎に添えながら澪はきっかけとなった出来事を思い返した。










「よぉし、全員そろったな」
「あの、これはどういう意味ですか?」

マックスバーガーに、集まっていたのは律と澪、さらに紬と唯に梓の軽音部メンバーに憂を加えた6人だった。
彼女たちは、律の集合命令によって招集されたのだ。

「非常に重大な話があるんだ」
「律ちゃん隊員、その重大な話とはっ?」

真剣な声色で告げる律に、唯は手を上げながら律に問いかけた。

「うむ、それは……」
「そ、それは?」

梓は緊張した面持ちで続きを聞く。

「浩介の実家がどういう場所なのかを探るということだ!」
『…………』

力強く告げられた律の言葉に、律以外の全員が言葉を失った。

「あ、あれ? 反応が悪いぞー」
「いえ、とても重要な話かと思っていたところに、浩介先輩の実家を探るなんて言われたもので」

呆れたような表情を浮かべながらも、梓はおそらくこの場にいる律以外の人が心の中で考えているであろう言葉をつぶやいた。

「だってさー、この間の浩介絶対に何かを隠している様子だったぜ」
「もしそうだとしてもさすがにプライベートを探るのは良くないと思う」

澪は気乗りしない様子で律に止めるように促した。

「だったら、これから浩介の家に言って、尋ねるのはどうだ? それなら探っていることにはならないだろ?」
「ま、まあ。それだったら」
「良いんですか!?」

律の提案に、澪はしぶしぶと頷いた。

「よぉし、そうと決まったらいざゆかん! 浩介の家へ!」
「「「おー!」」」

律の呼びかけに唯と紬の二人が手を上げて応じた。
ちなみに、この時間帯はちょうど人の来店の波が途切れていたらしく、来店者はそれほど多くはなかった。
そのためそれほど視線を集めることはなかった。
とはいえ、多少の視線を集めることになったのだが。

「本当にいいのかな?」
「浩介さんだったら許してくれるよ……たぶん」

一気に浩介の家に向かうことが決まっている流れになっている唯たちをしり目に、首をかしげている梓の疑問に唯が苦笑交じりに応えた。
最後の部分がとても自信なさげだったのはご愛嬌だろう。

(というより、浩介先輩だったら絶対に怒るような気がする)

梓はなんとなくそう感じていた。
そんなこんなで、彼女たちはファーストフード店を後にすると、浩介の家へと向かうのであった。









浩介の家に向かう途中、律の携帯から着信音が鳴り響いた。

「あ、浩介からだ」

連絡した相手が分かった律が漏らした言葉に、全員が固まった。

「浩君どうしたんだろう?」
「まさか、私たちが行こうとしているのを察した……とか?」

唯の疑問に澪が答える。

「とりあえず出てみるか………もしもし」

電話に出た律は平静を装い電話口の浩介に声を掛ける。

『律か、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
「何だ?」

一体何を聞かれるのかと律はひやひやしながら浩介の言葉を待つ。

『今どこにいるんだ?』
「い、今か!? えっと、学校近くのファーストフードだよ。憂達も一緒だよ」

浩介の鋭い問いかけに律は一瞬声が上づるが、何とか答えることができた。

『どうして憂も一緒なんだ?』
「偶々近くであってさ。そう言う浩介はどこにいんのさ?」

どうやら怪しまれていないようで、律はほっと胸をなでおろしながら、逆に浩介に尋ねた。

『僕か? 今実家に帰省する準備中だ』
「いつごろ出ていつごろ戻る予定?」

浩介の返事に、律は浩介の予定を聞く。

『あと10分ぐらいしたら。明後日には戻ってくるけど……何か急用でもあったら今聞くけど。たぶん実家ではそういう余裕ないと思うし』
「い、いや特にはないかな。あはは」
『そう? それじゃ、また後日。土産話でも聞かせるよ』

律の返事に若干首を傾げた様子で口にする浩介は律の”分かった”という返事で電話を切った。

「そ、それじゃ行くぞー」
「合点であります!」

深いため息をもらしながらも、さらに進むことを選んだ律はそのまま浩介の家に向かって足を進める。

「あれ?」
「どうかしたのか? 梓」

しばらく歩いていたところで、何かが気になったのか首をかしげる梓に、澪が問いかけた。

「あ、いえ。なんでもないです。すみません」
「そう? ならいいんだけど」

首をかしげながらも澪は梓から視線を逸らした。

「どうしたの? 梓ちゃん」
「うーん、何か今違和感のようなものを感じたんだけど……気のせいだと思う」

声を抑えて問いかける憂に梓はそう答えるが、気のせいだと自己完結した。
浩介に申し訳ないことをしているということが、そう言う風に感じさせたのかもしれないと考えたからだ。

「律ちゃん、浩介君まだ家にいるって?」
「10分ほどしたら出るとか言ってたから、まだ大丈夫だと思う。念のために時間を……って!?」

紬の問いかけに、時間を確認しようと携帯を取り出して待ち受け画面を確認した律が固まった。

「どうしたんだ、律?」
「律先輩?」

その尋常ではない様子に、澪たちが何事だと声を掛ける。

「み、見てくれ!」
「……? ただの待ち受けじゃないか」

律が全員に見えるようにかざしたのは、ただの待ち受け画面だった。

「違う! 電波の方!」
「アンテナって……圏外?!」

画面上部に表示されいる”圏外”という文字に、澪は目を見開かせた。

「あ、私のもだ!」
「私も!」

次々に自分の携帯を確認した唯たちが同じ状態であることを告げた。

「トラブルか?」
「こんな場所で、圏外になるなんて話聞いたことがないぞ」

そこは閑静な住宅街。
どう考えても圏外になるという事態は普通は起こりえない。

「あ、今度は画面が!」
「な、なにこれ」

唯の言葉に、再び画面に視線を向けると今度は待ち受け画面が砂嵐になっていた。

「何だかホラー映画みたいな展開だな」
「ひ!?」

律が漏らした言葉に、澪が悲鳴をあげそうになる。

「な、なあ。戻らない? さすがにこれは変だって」
「そ、そうだな。戻るか」
「私も!」

澪の提案に口々に賛成の声を上げる。

「梓ちゃん……」
「だ、大丈夫だよ!」

不安げな憂に梓は安心させるようにつぶやいた。
そして全員が元来た道を戻ろうとした時に、それは起こった。

「うわ!?」
「な、なんだ?!」

突如として、彼女たちの足元に光が発光し始めたのだ。
それは唯たちを囲むように円状になっていく。

「お姉ちゃん!」
「憂~!」

全員が体を寄せ合う。
そして光はさらに輝きを増し、やがて

『きゃああああああああ!!!!』

閃光のような光を発した。
その光はすぐになくなったが、そこには唯たちの姿はなかった。










「そうだ。思い出した」
「どうしよう」
「それよりも、ここはどこなんですか?」

周囲を見渡すが、薄暗いため草原のような場所以外を把握することは不可能だった。

「これって、神隠しというものじゃないかしら?」
「かみかくし?」

紬がつぶやいた言葉に、唯が首をかしげる。

「それって、確か行方不明になった子供が数日してひょっこりと姿を現す……みたいな?」
「だというんなら、ここは神様の世界? そんな馬鹿な」

澪の言葉に、律は軽快に笑い飛ばした。
常識で考えてありえないのだ。

「それじゃ、ここはどこだって言うんですか?」
「そんなの、携帯で調べれば簡単に……って、切れてる」

携帯電話を取り出した律は、電源が切れていることに気づいた。

「あ、私のもだ」
「私のも」
「私のも切れてる」

唯や紬たちも自分の携帯を家訓するが、全員画面が真っ暗な状態であり電源が切れていた。
唯たちは首をかしげながらも電源を入れなおそうとするが、電源が付く兆しはなかった。

「ダメだ、電源がつかない」
「そんな馬鹿な」
「どうしよう」

絶望的な状況に全員はその場にとどまることしかできなかった。

「皆!」

そんな時に立ち上がったのは唯だった。

「歩こう! 歩けばきっと誰かに会えるよ!」
「このままここにいるよりかは断然いいか」
「そうだな……」

唯の提案に律に続いて澪も頷く。

「梓ちゃん、寒くない?」
「あ、はい。大丈夫です」

薄着の姿だった梓に気遣う紬に梓はお礼の言葉を口にする。
その場所の気温は肌寒くはなくちょうどいい暖かさだった。

「よっしゃ、気合入れていくぞー!」
『おー!』

こうして、律たちの冒険が始まった。
しばらく歩いたころだった。

「な、なんだ!?」

突如けたたましく鳴り響く警告音に、律が驚きの声を上げた。

「やっぱり向こうの方に人がいるんですよ!」
「そうですね。人がいなければ、こんな音なんてしませんし」

梓の言葉に憂も頷いた。

「それじゃ、走ろう!」
「あ、待てって唯!」

唯は音のする方に走り始めた。
それを追う澪と律に梓と憂の4人。

「唯ちゃん、何か言ってるわ!」
「ほえ?」

だが、鳴り響いている警告音に交じって何かが聞こえるのを紬は聞き逃さなかった。
全員は足を止めるとその音に耳を澄ませる。

『警告! 国内に6名の不法侵入者を検知しました! 襲撃に備えてください! 職員は至急指定エリアへ向かい不正侵入者を確保せよ! 繰り返す――――』

「不法侵入者6名って……」
「私たちのことじゃないよね?」

男の物と思われる逼迫したアナウンスに、全員そこから動けなくなった。

「6人というのも、偶々かもしれませんよ」
「そ、そうだよね、梓ちゃん」

梓の希望にも違い考えに憂も賛同した。

「いいや。ここは私たちだという可能性で進めたほうがいいかもしれない」
「だとすれば、結論は一つ」

澪の言葉に、律は即座に対応策を導き出していた。

「逃げろ~!」

唯が叫ぶのと同時に、全員が一目散に駆け出す。
追っ手がどこから来るかわからずに知らない場所で逃げるのは、まさに恐怖だった。
どれだけ走ったのか、唯たちは追っ手の気配を感じていない。

「律ちゃん! あそこ」
「お、明かりだ!」
「これで話が訊ける!」

そんな中、唯が見つけた明かりのようなものに、全員の表情が明るくなる。

「よぉし、ラストスパート!」

律はその一言でさらに走る速度を速めた。

「あ、あのすみません!」
「お嬢ちゃんたち、そんなに慌てた様子でどうしたのかね? まさか……」

滑り込むように初老の男性に声を掛ける律たちの様子に、男性は驚いたような表情を浮かべながら問いかけると、何かを思いついたのか目が見開かれた。

「ッ!?」
「遭難者かね!」

まずいと思った唯たちだったが、男性が告げたのは全く予想だにしない言葉だった。

「遭難者?」
「そうじゃよ。この辺りは時頼迷い込んでしまうものが多くての。この列車はそう言った者たちを入口まで送り届けるためのモノなんじゃよ」

よくは分からないが、どうやら自分たちは遭難者として認識されているようだ。
それを知った唯たちはほっと胸をなでおろす。

「さあ、早く御乗りなさい。あと数分で出発じゃよ」
「あ、でもお金が……」
「お金は不要じゃよ。これは救済用なのじゃから」

財布を取り出す律に、男性は笑顔で告げると、彼女たちを中へと迎え入れる。

「うわぁ、まるで普通の特急列車みたい」

中に足を踏み入れた梓が感想を口にする。
周囲はネズミ色で覆われており、向かい合うように背もたれの部分と座る部分が緑色の座席は向かい合うように配置されている。

「あの人たちも遭難者みたいですね」
「あ、本当だ」

憂の視線の先には次の車両に続くドアの近くの座席に腰掛けている、何やら話をしている二人組の男の姿があった。

「私たちも座りましょう」
「そうね」

梓の提案で、全員が座席に腰掛ける。
ちょうど6人掛けだったようでぴったりとおさまった。

「お、動き出した」

それから数分後、列車はゆっくりと動き出した。
窓の外の光景は相変わらず芝生などしかない。

「これからどうする?」
「入口って言ってたぐらいだし、到着すれば人がたくさんいるかもしれないし、そこで考えよう」
「そうね。人がいれば話を聞くことだってできるかもしれないし」

澪たちは今後の行動について話し合っていた。

「あれ、列車が」
「止まりましたね」

そんな最中、列車は突然走るのを止めてしまった。

「停車駅?」
「お弁当とか売ってるのかな?」
「いや、ここどう見ても駅じゃないし。というより、唯は少しは自重しろっ」

澪と唯の言葉に、律が相槌を打つ。

「何だか、前の車両が騒がしいみたいですけど……」
「どうし――――」

前の車両から音が聞こえてくる中、唯が”どうしようかな”と言い切ろうとした時だった。

「連盟だ! 動くなっ! 全員両手を上にあげろ!!」
「な、なに!?」
「し、知らないけれど従ったほうがいいな」

一斉に雪崩れ込むように車両に入ってきた数人の男たちに、唯たちは驚きのあまり叫びそうになるのをこらえた。
律に言われるがまま全員は両手を上にあげた。
すると、男の一人はサングラスのようなものをかけた。

「ファッションショー?」
「そんな雰囲気じゃないだろっ」

声を潜めて唯のボケにツッコみを入れる律。

「もしかして、追っ手じゃないかな? どこかの刑事みたいな入り方だったし」
「………」

澪の言葉に、全員が固まった。
その間も男は周囲を見渡していく。
まるで人を探しているかのように。
その様子が唯たちに追っ手であるという確証を与えるのに十分であった。
そしてサングラスをかけていない男が唯たちの方へと足を進める。
徐々に自分に近づいてくるのに比例して、彼女たちの鼓動が速さを増していく。
そしてすぐそばまで来た時だった。

「不法侵入者2名確保!!」
「「「「「「えぇ!?」」」」」

律たちは思わず声を上げて驚きをあらわにした。
見れば、男たちが捕まえていたのは最初から乗っていた二人組の男たちだったのだ。

「くそ! バレてないかと思ってたのに!」
「ほら来い! どこから来たか、あと4名の行方を吐いてもらうぞっ!」

そのまま男たちは二人組の男性を引っ張るように連れて行った。

「………助かったの?」
「……見たい」

その光景を見ていた律の疑問に、澪が答える。

『はぁ………』

そして一様にその場に力なく座りこんだ。
そんなこんなで、列車は再び動き出し始めた。

「そう言えば、あれだけ走ったのにまったく疲れませんね」
「言われてみればそうだな」

徐々に夜が明けていき周囲の景色が見えるようになったころ、梓が思い出した様子で口を開いた。
唯たちが走った距離は、フルマラソンと同じくらいの長さだ。
しかもそれをノンストップでだ。

「なんだかおかしいよね」
「あっけらかんと言うけど、ここって本当にどこなんだ?」

律たちを乗せた列車はそのまま走り続ける。
それから数十分経った頃だった。

「あ、着いたみたい」

駅らしい場所で列車が止まったのを確認した澪が声を上げる。

「外に出るか」

そして唯たちは、列車を後にした。

『ありがとうございました』
「礼儀正しい嬢ちゃんたちだね」

初老の男性を見つけた唯たちは、一様に頭を下げてお礼の言葉をかけると、軽快に笑いながら感心した様子で応じた。

「あの、すみません」
「何かな?」

そんな中、唯が前に出て男性に尋ねる。

「浩君の家はどこですか?」
「こうくん? 誰かね?」

唯の問いかけに、あだ名だと分からなかったようで首をかしげながら聞きかえす男性。

「唯先輩、ちょっと黙っててください」
「ぷぅー」
「あの、高月浩介っていう人なんですけど」

梓によって一刀両断された唯が頬を膨らませるのをしり目に、梓が言い直した。

「…………お嬢ちゃんたち、坊ちゃんの知り合いかね?」
「は、はい。そうです」

一瞬男性の表情が険しいものに変わったが、それもすぐに元に戻り人当たりのいい笑顔で聞かれたため、梓もそれに答えた。

「それだったら、ここをまっすぐ進むと見えてくるはずだよ。分からなければいったん降りて誰かに尋ねてみるといい」
「は、はぁ……」
「ありがとうございます」

目を瞬かせる律に変わって憂がお礼を述べた。

「とりあえず、この道をまっすぐ進めばいいんだよな?」
「私に聞いても……とりあえず歩こう」

こうして唯たちは浩介の家へと向かうこととなった。
のだが……

「うん、迷った!」
「威張るなっ」

腰に手を当てて胸を張りながら告げる律の頭に、澪の鉄拳制裁が下る。

「でもおかしいですよね、言われた通りに言っているはずなのに」

色々なところで道を尋ね、その通りに行動をしたものの一向に浩介の家にたどり着くことはなかった。

「まさか、嘘をついているとか!?」
「何で嘘をつく必要があるんだよ?」
「そうですよ。きっと私たちが間違えてるんですよ」

律が漏らした言葉に、澪が異論を唱え、それに梓が続く。

「とはいえ、ここはどこだろう?」
「住宅街みたいだけど」

律たちが迷い込んだのは閑静な住宅街だった。
列車を降りた時に上っていた日はすでに空高くまで上がっていた。

「仕方がない、こうなったら道を聞くか」
「そうだな」
「そうですね」

律の言葉に全員が頷き、近くにあった家のインターホンを押そうとした時だった。

「うわひゃ!?」
「きゃあ?!」
「な、なんですか?!」

突然目の前に何かが落ちてきたことに驚きを隠せない唯たち。
その何かはゆっくりと立ち上がった。
落ちてきたのは人だった。

「兄貴! どうやらまいたようでっせ」

その一人の青髪のトサカヘアの男の呼びかけに、金髪の男は立ち上がりながら満足げに頷く。

「よし、少しここでおとなしくするぞ。おい山! あれを持ってこい」
「はっ、熱々のコーヒーであります!」

金髪の男の呼びかけに答えるように、黒髪の男から差し出されたコーヒーの入った紙コップ。
どう見ても熱いのは確かであった。

「馬鹿野郎! こんな暑い日に熱いコーヒーを入れるな! 冷たい食い物をよこせと言ってるんだ!」
「ははぁっ! ただいま!」

金髪の男に怒鳴られた黒髪の男が用意したのは氷だった。

(な、何あのコント)
(あの人たち、どこから来たんだろう?)

律たちは三人組の男のやり取りを、呆然と見ていた。
声を出そうにも出すことができない。
そんな雰囲気の中、平然と声を上げる人物がいた。

「あははは! あずにゃん、とても面白いコントだよ!」
「いえ、唯先輩。たぶんコントじゃないと」

大きな声で笑いながら近くにいた梓に声を掛ける唯に、梓はいろいろな意味で唖然としながらも返した。

「おいこら、ガキ共!」
『ひゃ、ひゃい!?』

突如浴びせられた罵声に圧されるように、唯たちは姿勢を正して返事をした。

「俺たちは見世物ではないぞっ!」
『す、すみませんでした!!』

勢い良く頭を下げて謝る彼女たちを見て満足したのか、視線を外した。

「兄貴、早く逃げないと死神が!」
「っと、そうだったな。とっとと逃げるとするか」

横にいた青髪の男の言葉に金髪の男は逃げようと動き出した時だった。

「それは諦めてもらおうか」
「「「ッ!?」」」

突然頭上から降ってきた声に、三人組の男たちは固まった。

「あれ、この声どこかで……」

一方の唯は、その声に心当たりがあるのか頭を抱えて考え込み始めた。

「私の目からは決して逃れることはできない。どこまでも追っていき捕まえてやる」

そんな彼女たちの頭上から、再び声が掛けられる。
そして、その声の主はゆっくりと目の前に降り立った。

「え?」
「はい?」
「嘘……」
「ど、どうして?」

その姿を見た唯たち全員が信じられないとばかりに口をパクパクと動かしていた。

「浩君?」
「あ? 誰だ、この私をそのような馬鹿げた呼び方で呼ぶの……は」

唯の呼びかけに応じるように鋭い視線を向けた人物こそが、唯たちが探し続けた高月浩介であった。
その姿は黒いマントを羽織り、手には西洋風の剣が手にしてあった。

「どうして、お前らがここにいるっ」

唯たちにかけられたのは、驚きに満ちた浩介の言葉だった。

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第54話 理想談義と恒例の

あの魔界騒動から少し経ったある日のこと。

「浩介―!」
「ん?」

気が向いて散歩をしている僕に掛けられるよく知る人物の声に、振り向くと、手を振っている律の姿があった。

「こんなところで何をしてるんだ?」
「それはこっちのセリフだって。浩介こそ何をしてるんだよ」

今いる場所ではあまり見かけないだけに、不思議に思った僕の問いかけに、律が聞きかえしてきた。

「散歩」
「実に分かりやすい答えどすな」
「で、そっちは?」

律の演技じみた話し方をスルーしつつ、僕は律に尋ねた。

「私も、ぶらぶら―っと遊んでるところ」
「そう」

(遊ぶって、勉強は大丈夫なのかな?)

ふとそんな疑問が頭をよぎるが、考えるまでもないので、聞かなかった。
ただ一つだけ言えたことは、

(絶対に夏休みの最後の日に地獄見るな)

ということだけだった。
そんなこんなで、ファーストフード店を通りかかった時だった。

「お」
「どうした?」

突然立ち止まって上の方を見上げながら声を上げた律に、僕は問いかけた。

「梓と憂ちゃんだ」
「ん? あ、本当だ」

律に言われた通り上の方を見上げる。
店内で食事をするフロアの窓際の方に、憂と梓の姿があった。
楽しげに何かの話をしている様子だった。

「それがどうかしたの?」

おそらく二人でお出かけでもしていて、その途中にここに立ち寄ったという感じだろう。
僕は、律の言わんとするところがわからずに聞いた。

「突入するぞ」
「……はい?」

律の返答に、僕は耳を疑って聞きかえしてしまった。

「浩介はあの二人の話の内容、気にならないのか?」
「ならない」

律の問いかけに、僕は即答で答えた。
何を話そうが二人の自由なわけで、それに対して一々干渉するのは失礼だ。
まあ、陰口を言われていたらそれはそれでショックだが。

「こうなったらっ!」
「うわ、ちょっと!」

取りつく暇もない僕の様子にしびれを切らしたのか、律は僕の腕をとると強引に引っ張っていく形で僕たちはファーストフード店に足を踏み入れるのであった。

「はいはい、もう分かったから腕を話して」

そしてそのまま二階の方に上っていくところで、僕は降参の言葉を口にした。
もうここまで来て抵抗するのも無駄なように思えtからだ。

「よし、それじゃ誰にも見つからないように慎重に移動するんだ、高月隊員」
「はいはい」

いつから僕はお前の部下になったのかと心の中でツッコみながら、僕達は二階へ上がると窓際の席に座っている二人に見つからないように梓達の後ろ側の席に座った。
何とかバレずに済んだようだ。

「私、澪先輩のようなお姉ちゃんか、浩介先輩のようなお兄ちゃんがほしいかな」
「ッ!?」

梓の言葉に、思わず声をあげそうになるのを必死にこらえた。

「何だか優しくて格好いいもんね」
「うん、それに浩介先輩も何だか頼りになるお兄ちゃんみたいだし」
「だって」

梓の言葉に、律がにやにやと笑みを浮かべながら僕の方を見てくる。

(僕は、そんなに面倒見は良くない)

心の中でそう反論しながら、僕は視線を窓の方に移す。

「それに浩介さん、なんだかんだ言ってもちゃんとやってくれると思うよ。去年の合宿の時にね、お姉ちゃんが着替えるための服を忘れたことがあったの」
「へぇ。それじゃ、皆で戻ったの?」

思い出したように憂が口にしたのは、去年の合宿の際の一件だ。
あれはいろいろな意味で衝撃的だった。
何せ、人に取りに行かせといて自分たちはフルスロットルで遊んでいるのだから。

「ううん。気づいたのは電車に乗った後だったから、戻ったら到着するのがかなり遅れるらしくてね、浩介さんが代わりに取りに来てくれたんだ」
「へぇ……」

感心したように相槌を打つ梓。

「何だか、私の名前が出てこなくない?」
「別にいいんじゃない? 悪い意味で出るよりは」

小声で話しかけられた僕は、同じく小声で返した。

「どうして私は悪い意味限定されるんだよ」
「それは………ねえ」

律の問いかけに、僕は律から視線を逸らした。

「こうなったら……あれで行くぞ」
「何をする気だ?」

妙に力む律に、僕は思わず目を細めながら問いかけた。

「それじゃ、律さんは?」

(せ、声帯模写!?)

律が発した声色は、ほとんど憂とそっくりだったことに驚きを隠せなかった。

「うーん……いい加減で大雑把そうだから律先輩はパス、かな?」

(何気にひどいな、梓)

梓の律に対する見方に、思わず心の中でつぶやいてしまった。

「ほぉ? 誰が大雑把だって?」
「のぉぉぉぉっ!!!」

この日、梓の悲鳴が響き渡った。










「はぁ、疲れた……」
「面白半分に電話するからだ」

ファーストフード店を後にした僕は、疲れ切った表情を浮かべている律に、相槌を打った。
何をしたのかと言えば、梓の『ムギ先輩はお嬢様なんですか?』の問いかけに、悪乗りした律がムギの家に電話を掛けたのだ。
そして電話に出た執事に、しどろもどろになりながらも応対して、無事に電話を切ったのだ。

「でも、本当に執事っていたんですね」
「そう言えば、浩介さんのところはいませんでしたよね?」

梓の言葉にふと思い出したのか、憂が聞いてきた。

「高月家と琴吹家ってどっちがすごいんだろう?」
「比較して何の意味が?」

あまりにも下世話な問いかけに、僕は顔をしかめが鳴ら律に問いかけの真意を聞く。

「いや、ただ単に興味が出たから」
「規模で言えば、向こうが上。ただし、家自体の資産だとこっちの方が向こうの数百倍は上だったと思うけど」

琴吹家は音楽業界で大規模に展開しているため、規模はかなり大きいのが特徴だ。
それに比べて、高月家は一つの世界のみで、限られた範囲のみの展開のため、どうしても規模では向こうより数百分の1と言ったところだろう。
だが、総資産では別だ。
高月家が保有する資産の金額は、数字にすることができないため、圧倒的大差だったはずだ。

「何、そのあべこべな家」
「僕は倹約主義なんだよ。メイドとか執事とか雇わず、自分自身ですべてを行うというのが僕の流儀で。だから、家の中全ての掃除をしようとすると半年はかかるんだよね」
「そ、そうなんだ」

僕の愚痴に、律たちが苦笑しながら言葉を返した。
掃除に関しては切実な問題だったりする。
とりあえず、自分の手の届く範囲は掃除をするように言っているが、忙しさのあまり掃除が滞りがちなのだ。
とはいえ、執事や家政婦を雇う気は全くないが。

「あ、そうでした! 私の家に来ませんか? スイカとかがありますよ」
「行くっ!」

憂による唐突な話題の変更に、律は”スイカ”という単語によって即答で答えた。

(絶対にいつか律は”スイカをあげるからおじさんと一緒に遊ばないか”と誘われて、ついて行った挙句に誘拐されるな)

即答で答える律に、僕は思わず物騒な事を考えてしまうのであった。
そして僕と梓と律の三人で、憂の家に向かうこととなった。

「それにしても、浩介。私たち、どうやって浩介の故郷から帰ってきたんだ?」
「私も全く記憶にないんです。何か知ってますか?」

律の言葉に、梓や憂も続く。
律たちには魔界から帰る日の記憶がすべて消去されている。

『魔界のゲートについていくら被害者といえど、部外者に伝えることは黙認できない』

という父さんの一言が理由だった。
魔界と外の世界をつなぐゲートの管理や来訪者の認証などを行う施設、『入出国管理センター』は、魔界ではトップレベルの機密事項だ。
魔法使いで待階の住人であればまだしも、非魔法使いで、他世界の住人となるとおいそれと足を踏み入れさせるわけにはいかない。
だが、そこを使わなければ外の世界には行けない。
ではどうすればいいか。
その結論として挙げられたのが、全員の記憶を消去することだった。
その際、僕にも同様に記憶を消すようにお願いしたのだ。
理由は自分にもよくわからない。
もしかしたら、自分だけが覚えていることに罪悪感を感じたからなのか、それとも自分も同じように記憶を消されることで罪滅ぼしでもしようとしたのか。
今でもわからない。
できれば前者であってほしいと思いたい。

「さあ……僕も覚えてない」

そんなことを考えながら、僕は三人に答えるのであった。










「ただいまー」
「「「お邪魔します」」」

平沢家に戻った僕たちは、憂がさりげなく出したスリッパをはくと階段を上がっていく。

「お姉ちゃん、律さんに梓ちゃんと浩介さんが来たよ」
「スイカ……」
「唯はスイカじゃな――――」

上にいるであろう唯に声を掛ける憂の後ろで食べ物の名前を口にする律にツッコみを入れていた僕は、目の前に広がる光景に言葉を失った。

「お~か~え~り~」

そこにいたのは扇風機の前で床に寝そべりうちわで扇いでいる唯の姿だった。

『…………』

その光景に、僕たちは言葉を失っていた。

(何だか、横の方からものすごく場違いなオーラが感じるんだけど、気のせいかな?)

ほっこりというかうっとりというかそんなオーラが流れてくる。

(まあ、見え方は人それぞれとも言うし、別にいいか)

僕はそう自分に思い込ませることにした。





「よし、これで夏休みの課題は終了っと」

夜、自宅に戻った僕は夏休みの課題をすべて終わらせることができた。
まだ8月には入っていないが、早めにやっておくに越したことがないだろう。
何せ、去年の一件がある。





それは、昨年の8月31日の午前9時のこと。

『浩君! 助けて!!』
「どうした!? 何があったんだ!」

電話口でいきなり告げられた唯のSOSニ、僕は慌てて唯に事情を聴く。

『宿題が終わらないの~!』
「は?」

電話口から聞こえた内容に、僕は耳を疑った。

『だからね、宿題がいっぱいあって終わらないんだよ!』
「一杯って……そんなに多く無いぞ。一体何をやってたんだ? 今まで」

再び電話口で説明するに、僕は疑問を投げかけた。

『え? それはね、アイスを食べたり家でゴロゴロしたり、ギターの練習をしたりー、えっとそれから……』

唯の口から出てくるのはいずれも遊び(もしくは楽器の練習など)のみだった。
それを聞いた僕が言えたのは、

「勉強しろよ」

だけだった。





「結局、夏休みの課題の6割を僕がやる羽目になったんだよね」

去年のことを思い出しながら、僕は固まった筋肉を伸ばしてほぐしてから立ち上がる。
できれば、去年のようなことは起こらないでほしい。
というより絶対に。
変に憂鬱な気分になりかけているのもあれなので、明るい話題の方に考えをめぐらせることにした。

「そう言えば、合宿をやるんだっけ」

軽音部では去年に引き続き、今年も合宿を行うらしい。
今年は3泊4日の予定で、八月の上旬を予定しているとか。

「また、唯が寝坊したりして」

それだけは一番当たってほしくないことだった。
今年は新入部員梓を加えた合宿だ。
合宿を通じて、距離を縮めるのもいいだろう。
縮めると言っても、関係を良好なものにしていくことでいい音が出せるということであり、そういう意味ではない。

「って、僕は誰に弁解してるんだ?」

最近自分がおかしいのではないかと感じてくることがある。

(まあ、いっか)

深く考えずに、僕はそれで話を区切った。

「合宿か……」

そして考えるのは合宿のこと。

(僕も何か唯たちにプレゼントをしたいな)

皆には色々な感謝の気持ちがある。
プロのギターリストだと知っても顔色を変えずに今まで通りに接してくれたこと、僕という存在を認めてくれたこと。
そのお礼をしたいと思った。

「問題は、何をプレゼントするか……か」

あいにくと、僕は女子にプレゼントを渡したことはない。
一応妹はいるが、妹の好みは確実に普通の女子とはかけ離れたものとなっているので、参考にするのは無理だろう。

「となると、物はダメか」

下手に変なものを送ればすべてが台無しになるだろう。

(物以外で、僕にできるプレゼントと言えば……)

「あった」

僕はそれを思いついた。
おそらく、これが僕にできる一番のプレゼントだ。

「でも、これをするには皆の協力が必要だよね」

思いついたそれは、僕一人では決してできない事だ。
少なくともあと数人は必要だ。

「よし、ダメもとで皆に訊いてみるか」

僕はそう思い立つと、携帯電話を手にしてそのままある人物たちに電話をかけていくのであった。










「良かった、みんながOKしてくれて」

ある人物たちに電話を掛け終えた僕は、携帯電話を机に置いてほっと胸をなでおろした。
最初は拒否されるかと思ったが、二つ返事でOKだった。

「まあ、これで僕の練習時間が倍増になったけど」

そればかりは仕方がないかと割り切る。

「まずは、楽譜のデータを起こして人数分用意しよう」

そして僕はみんなに贈るプレゼントを用意するべく動き出すのであった。
こうして、ゆっくりとではあるが合宿に向けて僕たちは動き出すのであった。

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第50話 真実と覚悟と

連盟に戻った僕はとある取り調べ室にいた。

「全く、あんた達は」
「「も、申し訳ありませんでしたぁ!!」」

僕が呆れながら口を開くと、二人の男たちはきれいな土下座をしながら謝ってきた。
彼らは唯たちとは別に不法侵入をしてきた人物だ。
動機はあきれたことに大人になるためにだとか。
この世界にはそう言った風俗街が存在するため、そこに向かおうとしたようだ。
だが、この世界に入るには明確な理由を上げなければならない。
その理由をかくのが恥ずかしく、今回のようなバカげた犯行に及んだらしい。

「今回は厳重注意だが、次やったらこれでは済まないぞっ!」
「お前たちは、ブラックリストに登録され5年間はいかなる理由だろうと、入国は許可されない。だが次ここに来る際は、恥ずかしくても本当の理由を書くこと。別に個々の職員が見て笑うわけではないのだから」
「本当に申し訳ありませんでした」

職員と僕の言葉に、二人の男は謝り続けていた。

「とりあえず、明日に強制送還します」
「頼む」

職員の口にした対応に頷いた僕は、取調室を後にした。
この1フロアはすべて取調室だ。
先が見えないほどの長さを誇る通路にあるドアの数は100を超える。

「高月大臣」
「なんだ?」

しばらく歩くと、後ろの方から女性職員に呼び止められた。

「不法侵入した6名の取り調べが終了しました。こちらが供述調書です」
「そうか。ありがとう」

唯たちの取り調べの結果が記された書類を受け取った僕は、女性職員に労いの言葉をかける。

「それと、一番最後のページに書かれている二名の職員が……」
「何かしたのか?」
「は、はい。その、被疑者を恫喝しておりました」

僕の鋭い視線での問いかけに、女性職員は一歩後ろに下がった。

「そうか。報告ありがとう。君は自分の職場に戻りなさい」
「はい。失礼します」

女性職員は僕に一礼すると、そのまま去っていった。

(やれやれ、本当にするとはな……)

とりあえずその二名の処分は非常に重くしようと考えながら、僕は大臣室へと戻るのであった。










「……それぞれ一致しているな」

大臣室で供述調書を確認した僕は、感想を漏らす。
言っていることはばらばらだが、内容はすべて同じだった。
僕の家に向かおうとしたところで、謎の光に包まれて気づいたら外部エリアの草原にいた。
そして遭難者救助用の列車に乗って管轄エリアまで向かい、そこから確保された場所まで向かった。
それが、大体の内容だった。

(それにしても、唯たちまで隔離結界に取り込まれたんだ?)

まず最初の疑問がそれだった。
隔離結界は、空間を捻じ曲げることによって僕以外の生命体と隔離する結界だ。
つまり、どうあがいても入り込むことは不可能。
中から出られても、外から入ることは不可能なのだ。
それができてしまったことが、一番の疑問だった。

(生命体……なるほど、そう言うことか)

少し考えたところで、僕はその理由がわかった。
とんでもなく最悪な偶然による理由だが。

「とはいえ、被害者を拘束するわけにもいかないな」

僕は右手を開くようなしぐさをして通信用のホロウィンドウを展開する。
相手は、この連盟にある牢獄の看守の責任者だ。

『はい、どうされましたか?』
「現在牢獄に入っている平沢唯ら6名を解放し、応接室に案内しろ。彼女たちは犯罪被害者であることが判明した」
『了解しました。至急解放し、応接室に案内します』

僕は責任者の返答を聞いて”頼む”と告げるとウィンドウを閉じるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「…………」

そこは魔法連盟の地下にある牢獄。
薄暗く、明かりは壁についているろうそくの明かりのみだった。
時より水の滴る音が響き渡る。
そんな場所に、唯たちは監禁されていた。

「取り調べ終わったんだ」
「うん。すごく怖かった」

最後に戻ってきた唯に、律は思いつめた声色で話しかけた。

「わ、私も、浩介先輩のことを訊いたら……グス」
「………」

6人の表情は暗い物だった。
その理由は言わなくてもわかるだろう。
梓は、浩介のことを質問しただけで、恫喝されたのだ。
その際に自分にあてられた鋭い殺気は梓の中でトラウマと化していたのだ。

「これから私たち、どうなるんだろう?」
「知らねえよ。そんなこと」

澪がつぶやいた言葉に、律が投げやりに返した。
そんな彼女たちの牢の前で鍵を開ける音がした。

「おい、お前らそこを出なさい」
「は、はい」

看守と思われる男に言われるがまま唯たちは牢を出た。

「ついてきなさい」

そう告げた看守はすたすたと歩きだした。
唯たちもそのあとに続く。
やがて、連れてこられたのは黒色のソファーにアンティーク調の家具が置かれた一室だった。
テーブルにはお茶が入ったカップが置かれ、その横にはお菓子も用意されていた。

「あ、あの。これは?」
「君たちの無罪は証明された」

紬の問いかけには応えずに、看守の男はそう告げた。

「ついては、法務課大臣が君たちに話があるそうだから、ここでおとなしく待つように」

そう告げて看守はドアを閉めた。

「……どうする、律?」
「どうするも何も。座って待つしか。なあ、ゆ―――」

澪の問いかけに応えながら律は唯たちの方に視線を向けたところで固まった。

「うわぁ、このお菓子おいしい♪」
「このお茶もおいしいわ」

その理由は、先ほどまでの落ち込み用が嘘のように用意されたお菓子やお茶を口にする唯とムギの姿があったからだ。

「お前ら少しは緊張感を持て!」
「ふぇ?」

律のツッコミ口調の言葉にお菓子を口にしながら首をかしげる唯に、律は力が抜けるような感じを覚えた。

「私たちも座りましょう」
「……そうだな」

梓の呼びかけに応じるように律たちがソファーに腰掛けた時だった。
ノックの音と共に、浩介が姿を現したのは。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「あの、本当に私が同行しなくても?」
「何度も言っているが、彼女たちが武装をしていないことは確認済みだ。それに、彼女らは被疑者ではなく被害者だ」

応接室の前で、僕を案内していた看守の責任者が今回で何度目かになるかわからない問いかけをしてきたため、僕はきっぱりと告げた。

「分かりました。それでは私はここで待機してますので、何かあった際はお声を」
「分かった」

それが責任者なりの譲歩なのかもしれない。
僕は、頷くと応接室の扉をノックして開いた。

「こ、浩介」

中に入ると僕は扉を閉めて彼女たちの方に歩み寄る。
近づくと、若干怯えの色が伺えた。
仕方がないかもしれないけど。

「はぁ……何が”学校近くのファーストフードにいる”だよ。一体何をやってるんだ?」
「そ、それは……」

ため息交じりに声を掛けると、律が視線を逸らした。

「あの、浩介先輩」
「何? あずにゃん」

できる限り彼女たちから恐怖心を解くべく、元の世界にいた時と同じ呼び方で梓の名前を呼ぶことにした。
こうでもしないと、簡単に解けなさそうだと感じたからだ。

「浩介先輩って何者なんですか?」
「……」
「それにここは一体……」

梓から次々に投げかけられる問いかけに、僕はどう応えるかを考えるよりも、今後のことの方が大きかった。

「最初の問いかけには応えられるけど、最後の方は今は無理。それでもいいのなら」
「……」

僕の言葉に、全員が無言で頷いた。

「僕は、魔法連盟法務課大臣の高月浩介だ」
「………へ?」

僕の名乗りに、固まっている唯たちの心境を物語るように律が声を上げた。

「早い話が魔法使い」
「………じ、冗談ですよね?」
「こ、浩介にしてはとても笑える冗談だな」

僕の”魔法使い”という単語に、憂と澪が顔をひきつらせながら声を上げる。

「残念ながら、冗談じゃないんだ」
「それだったら、その証拠を見せてみなよ」

律から至極もっともな言葉が掛けられた。

「分かった」

僕は頷きながらどの魔法を使うか頭の中で考える。
普通の転送魔法では信じてもらえるかわからない。

(だとすれば、身をもって知ってもらうのがいいか)

「え、なに?」

僕は唯の方に手を掲げる。

「リ・ベルリア」
「え、えぇ!?」
「お、お姉ちゃん!?」
「唯先輩?!」

僕の詠唱とともに、唯の体が僕の腕が上がるのに比例して宙に浮かび上がる。
それを目の当たりにした憂達が慌てふためく。

「これでも信じてもらえないのなら、もう少し激しくするけど?」
「わ、わかった。信じるから。唯を下して」

澪の返答を聞いて、僕は腕をゆっくりと降ろしていく。
それに反応して唯の身体も降りていく。

「そ、それにしても、本当に浩介は魔法使い……何だ?」
「す、すごい! 本物の魔法使いだ!」

唯ははしゃいでいるが、それ以外の皆は信じられないと言った感じだった。

「浩介さん?」
「ごめん。今の僕には皆との接し方がわからない」

僕は彼女たちから視線を逸らせる。

「何を言ってんだよ。今まで通りでいいじゃんか」
「そうもいかないんだよ」

律の嬉しい言葉に、答えながら手元に赤色と青色の二枚の用紙を一組にしたものを全員に配っていく。

「浩介君、これは?」
「それは宣誓書」

ムギの問いかけに、僕は簡潔に答えた。

「二枚とも、一番上にはこれから起こるであろうことがかかれている。そして下にはそれに同意する旨の署名欄がある。二色によって、未来は変わる。赤い宣誓書は、受け入れ拒否の場合だ」
「それって、私たちが浩介のことを拒否するということか?」

澪の言葉に、僕は首を横に振る。

「それは違う。僕が魔法使いであることを受け入れず、これまで通りの生活を望む場合だ。その場合は、全員のここに関する記憶をすべて消去させてもらう」
「記憶を……消す?」
「もちろん、それによって皆になんら不利益なことは起こらないようにすることを約束する」

唯たちの反応を無視して、僕は淡々と説明を続ける。

「青色の紙は僕を受け入れる場合に書く。その場合、みんなには言語規制が掛けられる」
「げんごきせいって何?」
「簡単に言えば、話す言葉を規制して自由に話せなくなるということ」

首をかしげながら聞いてくる唯に、僕は大まかな答えを返す。

「規制されるのは僕が魔法使いであること。そしてこの世界のこと。これは家族や知人友人や動物にも口にしてはいけない。ただし、ここにいるメンバーは別だけど」
「お、おい。どこに行くんだよ」

彼女たちに背を向ける僕に、慌てた様子で律が声を掛けてくる。

「本人の目の前で決めにくいでしょ? 僕は席を外す。書き終わったら外の方に仲間がいるからそいつに渡して」
「あ、浩君!」

唯が呼び止める声を無視して、僕は応接室を後にした。

「大臣」
「……宣誓書を渡した。受け取り次第こちらに持ってきて」

外に出た僕に声を掛ける責任者に、僕はそれだけ告げるとその場を後にした。

(本当に残酷な運命だよね)

自分の運の無さを恨みたくなる。

(皆、赤い紙を使うよね)

あの二枚の紙は人間の本性を見るための物として使用されていたものだ。
要するに、受け入れた人間はよからぬたくらみを考えていると捉えられることになる。
いまだにそういうことを考える者もいるが、僕は彼女たちならば、青色の紙と赤色の紙の意味通りであり、嘘偽りがないことを信じている。
だからこそみんなは赤い色の紙を使うと考えているのだ。
どう考えてもいやなはずだ。
魔法というわけのわからない物のせいで、自分の自由が束縛されるのだから。

「本当に、最悪だ」

大臣室で、僕は声を漏らす。
だが、赤色を選んでも関係が変わることはないだろう。
いつものように部室で部活をする。
それだけだ。

「なんだ?」
「大臣、宣誓書をお持ちしました」
「ありがとう。もう戻ってもいいぞ」

おそらく宣誓書が入っているのだろう、茶色の箱を受け取った僕は責任者から受け取るとお礼を言って職場に戻るように告げた。

「それでは、失礼します」

責任者の男性職員は、一礼すると大臣室を後にした。

「さてと……」

僕は茶色の箱を茶色のデスクに置く。
椅子に腰かけて箱のふたを開けた僕は、中身を確認した。

「………え?」

その箱の中に入っていた紙を見て、僕は思わず固まった。
なぜなら、その箱の中の紙の色は

「嘘でしょ?」

全部青色だったのだから。





「うわ!? 何だ浩介か。びっくりしたな」
「ちょっと、どういうことだ、あれは!!」

全速力で応接室に向かった僕は、皆に問いただした。

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない! 青色の宣誓書なんて出すなんて、皆正気か!?」

僕の様子に、声を掛ける梓達に僕は問い詰める。
僕には青色の宣誓書を書くことが正気の沙汰ではないように感じたのだ。

「正気だよ、私たちは」
「それじゃ、あれか? 僕を傷つけないためにか?」

僕の推測に、澪は首を横に振る。

「そうじゃなくてね、浩介が魔法使い? とかでも仲間には変わりないんだったらそれでいいじゃん」
「私も。最初は驚いたけど、同じ部員だし」
「わたしもですよ。浩介さんのことよく知りませんけど、でも浩介さんは怖い人には見えなかったので」
「私もです。浩介先輩には色々とお世話になりましたし、拒絶することなんて考えてないです」

律に続いて澪や憂に梓が口々に声を掛けてくれる。

「そうそう。私は難しいこととかわからないけど。浩君は浩君だよ」
「皆……ありがとう」

唯らしい説明だったけれど、それはとても僕の救いの言葉になった。
だからこそ、僕はみんなに頭を下げて感謝の気持ちを告げた。

「何だかみんなだけ言いたいこと言ってずるい」

そんな中、唯一何も言っていないムギが抗議の声を上げた。

「それだったら、皆と同じ意見だって言えばいいんじゃない?」
「それもそうね。それじゃ、私もみんなと同意見よ♪」

僕のアドバイス通りに声を上げるムギに、気づけば僕たちは心の底から笑っていた。
きっと僕にとってこの日、この瞬間こそが幸せだと感じた時だったのかもしれない。

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