健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第96話 ライブ!

冬休み目前、今年も残すところ残り10日となった12月21日の放課後のこと。

「ライブ?」

全ては律の提案がきっかけだった。

「そう。中学校の時の友達がライブに出るから一緒に出ないかって誘われてるんだ」

律が机の上に置いたのは大みそかライブと名付けられたチラシだった。
タイトル通り、開催日は12月31日だ。

「でも、開催まであと10日しかないけど」
「私たち何も準備していませんよ」

律の提案に、澪と梓が異論を唱える。
僕たちは当然だが演奏する曲目を決めたりしていない。
それどころか、練習自体をする必要もあるので10日という時間は少し短いのだ。

「でも、面白そう」
「だろ?」

そんな澪たちの反応をしり目に、唯はすでに乗り気だった。

「それに大勢の人の前で歌うのは……」
「そんなんじゃいつまでたっても成長できないぞ、澪」
「そうだよ、そうだよ」

体を縮ませながら声を上げる澪に、律が真剣な表情を浮かべながら反論した。
それに唯も続く。

「………それじゃ、多数決にしよう。今回パスの人」

頬を赤くしながらも手を上げながら意見を求める澪。

「律先輩、唯先輩。ごめんなさいっ!」

謝罪の言葉を掛けながら反対票に投じる梓。

(彼女たちの実力で、ライブに出ても平気か?)

僕は、そこに集約していた。
確かにライブに出ればかなりのステップアップが見込まれるだろう。
だが、失敗すれば洒落にならないダメージを負うことになる。
それは避けなければならない。
リスクを回避するのであれば、反対にするのが一番だ。

「私、みんなと一緒に演奏するのが楽しいの」

とはいえ、せっかく楽しみにしているムギに水を差すようなまねは僕にはできなかった。

「僕は賛成」
「えっと……私も」

先ほどまで反対していた澪や梓も賛成に回った。

(まあ、彼女たちなら失敗をも乗り越えるだろ)

そんな気がしていた。
デメリットよりもメリットの方が大きいのもまた事実だ。

「ぃよっしゃぁ! ライブ参加決定!」
「やったー!」

全員が賛成に回ったことで、ライブへの参加が確定した。
こうして、僕たちの初の外でのライブへの参加が決まるのであった。










そうと決まれば話は早い。
そうと言わんばかりに、僕たちは律の”参加申し込みをするぞー!”という言葉を受けて参加申し込みのため大みそかライブを開催するライブハウス『LOVE PASSION』へと向かっていた。

「うわー。もうじきクリスマスだね~」
「早く行くぞ」

途中ショーウィンドウで何かを眺めている唯に、律が声を掛けた。
そんな寄り道をしながらも、僕たちは目的地に到着した。
ライブハウスの出入り口に続く階段を下り黒色のどっしりとした威圧感を放っているドアの前に立った。

「な、なんだか緊張するね」
「それじゃ、開けるぞ」

ムギの言葉に、律は総いいながらドアノブに手をかけるとドアを少しではあるが開いた。

「あのー、すみません!」
「はーい」

律の呼びかけに女性の声が返ってきた。

「とにかく、中に入って」
「あ、はい!」

早速緊張しているのか、律の声はかなり上ずっていた。
そして僕たちが中に入ったところで、栗色のショートヘアーの女性が姿を現した。

「あ、あの! 参加申し込みに来ました! 放課後ティータイムです!」
「あなた達が……ラブ・クライシスの子から話は聞いているわ」

僕たちを見回した女性は、最後に律の方を見ながら返した。

(ラブ・クライシス?)

どこかで聞いたような名前だと思ったが、すぐに思い出した。

(NEW STARS PROJECTの参加者だ)

かなり前とはいえ、彼女たちは僕のライブで実際に曲を披露しているのだ。

(これはかなりまずいのでは?)

まさか梓達のようにばれるとは思えないが、万が一のこともある。
用心するに越したことはないだろう。
何せ、僕はまだDKであることを隠さなければいけないのだから。

「放課後ティータイムって何だか可愛くていいわね」
「「……」」

女性の称賛の言葉に、律と唯の表情が明るくなった。
よほどうれしかったようだ。










参加条件に記されていた”選考”を僕たちは受けていた。
とはいえ、内容はシンプルで、僕たちが演奏していた曲を聞かせることだった。
今流れているのは、以前録音しておいたふわふわ|時間《タイム》だった。

「―――という感じなんですけど」

曲が終わったのを見計らって、律が声を上げた。

「………うん。それじゃ、この参加申し込み用紙に必要事項を記入してね」

少しの間考え込む表情を浮かべた女性は、そのまま参加申し込み用紙を律に手渡した。
それは出場資格を獲得したこととイコールであった。

「当日のスケジュールを説明するわね」

そして女性から当日のスケジュールについて説明が行われた。

「集合は13時」
「随分早いんですね」
「リハがあるからね。各バンド15分くらいで」

相槌を打つ律に、女性は丁寧に答えながら説明を続けた。
そして次々に伝えられる必要事項だが、当の本人はちんぷんかんぷんの様子だった。

(仕方ない。こっちの方で覚えておくか)

唯たちにしても、聞く気すらない始末だった。





「それじゃ、中を案内するわね」

当日のスケジュールについて説明が終わると、女性の後をついて行く形でライブは椅子内を案内された。

「ここが楽屋よ」
「うわぁ~」

最初のドアを開くと、そこは鏡などがあったりとまさに楽屋そのものだった。

(間仕切りがないのはあれだけど、こっちで用意すればいいか)

男女兼用なのは気が引けるが間仕切りを自分で用意すればいいだけなので、特に深く考えないようにした。

「あの、暖簾とかをつけてもいいですか?」
「それ良いね!」

想像してみた。
暖簾のかかったドアから姿を現すムギたちの姿を。

「ここは温泉じゃないぞ」
「それと、ほかの子も使うから」

という女性の一言で、ムギの案は没となった。

「それで、ここの扉から……」

そう言いながらドアを開けると、そこはステージへとつながっていた。

「うわ~、広いよー」
「あれってミラーボールですよね」

唯たちはステージの広さに興奮を隠せなかったようで、目を輝かせていた。

「当日の照明プランも考えてきてね」
「はい! もうピカピカでグルングルンでっ!」

(もう意味が分からないから)

要領を得ない唯の照明プランに、僕は心の中でため息をつく。

「ここで、ライブをするんですね」
「……そうだね」

そんな中、会場を見ていた梓の一言に、ムギが相槌を打った。
規模としては小さいほうの部類に入るが、最初であることを加味すれば十分な規模だ。

「おーい、今から燃え尽きてどうするんだ?」

そんな中、人で埋まっているのを想像したのか、完全に燃え尽きている澪に、律は苦笑しながらツッコんだ。

「それじゃ、本番はお願いね」
『よろしくお願いします』

外まで見送ってくれた女性の言葉に、僕たちはいっせいにお辞儀をして返事をするのであった。










参加の申し込みを済ませ、やることと言えば曲目などセッティングだろう。
ということで、場所を移して平沢家の唯の部屋で、話し合いを行うこととなった。

「ライブハウスで?」
「うん。それでいまその話し合いなんだ~」

お茶を持ってきてくれた憂に、唯は集まった理由の説明をしていた。
おそらくは言いたくて仕方がなかったのではないかと思うけど。

「へぇ。すごいね、お姉ちゃん」
「えへへ~」

妹に褒められたのがうれしいのか、唯は照れたような笑みを浮かべていた。

「曲目は4曲だから……曲は、ふわふわにかれー、ふでペンとドントでいいか」
「まあ、それが無難だね」

曲の構成は既に決まっていたので、特に問題はない。
一番の問題は、

「当日は、何を着る?」

衣装だった。

「一年の時に来たやつはどう?」
「あのふりふりの……」

DVDでどのような衣装なのかを見ていた梓と、実際に着ていた澪が難色を見せた。

「さわちゃんに頼めばあずにゃんの分も作ってくれるよ?」
「えぇ~」

今度ははっきりとした拒否反応だった。

「でも、さわちゃんが用意していた衣装はほかには、スク水に白衣に――「嫌ですっ!」―――ですよね」

(どうして山中先生は変な衣装しか用意してないんだろう?)

そもそも、それを着ると思う根拠を知りたかった。

「だったら、新しい衣装を作ってもらうとか?」

あまり、期待ができないけれど。

「だったら、変身して戦う感じなのはどう?」
「それ良いわね! 魔法少女とか」
「いやいや、無理があるから! というより、一体どうやって演奏中に服装を変える気だ?」

変な衣装案を出す唯たちに待ったをかけた。
このままだと壮絶な衣装になりかねない。

「それは浩君の出番だよっ!」

完全に僕の魔法を頼りにしていた。

「確かに服装を変える魔法はあるけど、演奏中で、全員が動いていてそれをみんなにも適用するのはいくら僕でも難しい。しかも、失敗すれば素っ裸になるし」

確かに衣装変更の魔法はある。
だがあれは一種の転送魔法だ。
対象が移動(それがたとえ数センチでも)していれば適用が難しくなる。
さらにはそれを全員分となると、かなりの集中力を必要とする
いくら僕でも、それは不可能に近かった。
しかも、衣装変更の魔法は衣装を消去する魔法とセットであり、これの適用範囲が衣装変更魔法よりも広範囲のため、失敗すれば衣装だけが消去されるという最悪の事態に発展する。

(そう言えば、魔界のエンターテイメントか何かでこの魔法を使おうとして失敗し、全裸になった事案があったっけ)

まさしくその通りのことになろうとしている。

「せ、制服でいいんじゃないか?」
「私もそれでいいと思います!」
「僕も」

澪の提案した制服の方が断然ましだったので、僕は梓に続いて同意した。

「そ、そうだな。それがいいか」

さすがの律たちも制服の案を受け入れざるを得なかった。

「あ、そうだ」

衣装も決まりひと段落ついたところで、唯は何かを思い出したのか鞄から紙を取り出した。

「はい、これ憂と純ちゃんの分」

それは大みそかライブのチケットだった。
出場者の特典として数人分ライブハウスの人からもらっていたのだ。
とはいえ、一人当たり最大で二人までしか誘えないが。

(誰を誘おうか)

それ以前に誘う相手がわからなかった。

「お姉ちゃんの初ライブのチケット……もったいなくて使えない!」
「使わないと入れないぞー」

唯から受け取ったチケットを大事そうに手にしながらつぶやく憂に、思わずツッコみを入れてしまった。
そんなこんなで、何とか一通り決めた僕たちは、解散することとなった。










「へぇ、ライブハウスでライブかぁ」
「ようやっと踏み出したって感じだ」

翌日の昼休み、お昼ごはんを食べながら(ちなみに僕は購買部で購入したパン)、ライブハウスでライブを行うことを話すと、慶介は興味深そうに返した。

「でも、浩介達にとっては、これが学外で行う初ライブか。見に行きたいな」
「あ、そう言えば」

慶介の言葉で、僕は昨日もらったチケットのことを思い出した。

「どうした?」
「そのライブハウスのチケットがあったんだった」
「な、なにぃ!?」

凄まじい勢いで食い付いてくる慶介の反応は、ある意味予想していたものだった。

「これがそのチケットなんだけど」
「も、もしかして親友の俺のために!? くぅ! 浩介、お前意外といいやつなんだなぁ~」

慶介の前にチケットを見せると、慶介は涙ぐみながら口を開いた。

「………」

何だか無性に腹が立った。

「一枚100万円で渡してあげる」
「ひ、100万円!?!?」

さすがの金額に、慶介は固まった。

「そ、そんな……でも、あのDKのライブのチケットを……」

青ざめながら何やらぼそぼそとつぶやく慶介の様子に、僕はすっきりとしたので冗談だと告げることにした。

「浩介!」
「な、なに!?」

いきなり身を乗り出して大きな声で名前を呼ぶものだから、僕は驚いて少しだけのけぞった。

「ローンでいいから売ってくれ!」
「……月にいくら返すんだよ?」

慶介のローンという手に、僕は慶介に聞いてみた。

「えっと………せ、千円」
「……………」

慶介の告げた金額ははっきり言って論外だった。

(一年間に1万2千円返済したとして、100万円を返済できるのは……約90年)

冗談で行ったつもりがまさか生涯返済をすると告げることは予想外だった。

「あー、冗談だから。お金取らないから。ただで渡すから」
「そ、そうか。良かった」

僕の冗談だという言葉に、ほっと胸をなでおろす慶介に、僕はチケットを手渡した。

「絶対に見に行くからな」
「まあ、来たところで意味はないけれど」

そんなこんなで、一人を誘うことができた。

(あともう一人はどうしよう)

そんな時、ちょうど佐伯さんが通りかかった。

「佐伯さん」
「何? 高月君」

僕は佐伯さんを呼び止めた。

「大みそかだけど、暇?」
「えぇ!? そ、そんな……ダメだよ。高月君には唯ちゃんがいるのに……」
「……………」

僕の問いかけに、佐伯さんは頬を赤くして身をよじりながら恥ずかしげに答えた。
確実に変な勘違いをしている。

「何を想像しているのかは大体わかるけど、ライブハウスでライブをやるから、見に来ないかという意味だぞ? もし、大丈夫そうならこれを渡すけど」
「へ!? あ、そう言うことか~。よかった、一瞬どうしようかと思っちゃったよ。喜んで、いただくね」

顔を赤くして恥ずかしそうに笑いながらも、佐伯さんは僕の手からチケットを受け取った。

「誘ってくれてありがとうね」
「どういたしまして」

佐伯さんのお礼の言葉に返した僕は、そのまま自分の席に戻った。

「ちくしょ! なんで浩介ばかり良い目に合うんだ! 俺と浩介の差ってなんだー!」
「そんなの当然だろ」

理由は一つしか思い当らなかった。

『うーん……性格』
「何も全員で声をそろえて言うことないじゃないかっ!」

なぜかクラスの皆と同じタイミングで答えてしまったことに、慶介は血の涙を流すのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回で、冬の日の話は終わり、いよいよ次なる話へと移行していきます。
慶介の扱いは相変わらずですが(汗)

さて、拍手コメントの返信を行いたいと思います。

『毎日更新もそろそろ終わりですか。 もう少しで100話こえますね』

コスモさん、拍手コメントありがとうございます。
大変申し訳なく思います。
私用が立て込んでいることと、現在書いている97話が予想以上に苦戦しているため、毎日更新は実質終わりとなります。
本日中に97話は完成しますので、もしかしたら数日は伸ばせられるのではないかと考えていたりします。
せめて100話までは毎日更新を続けたいものです。
とはいえ、毎日更新が終わっても、長くて2日ほどで最新話を掲載できると思いますので、これからも変わらずごひいきにしていただけると幸いです。


それでは、これにて失礼します。

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第95話 手の暖かさ、心の冷たさ

自宅に逃げ帰って数時間後、部長である律から集合命令がかかった。
場所は近くのファーストフード店『MAXバーガー』とのことなので、僕はそこに向かう。

「いらっしゃいませ、浩介君♪」
「なるほど、そういうことか」

お店の制服を身に纏って、満面の笑みを浮かべながらカウンターに立っているムギの姿を見て、僕はすべてを察した。
そう言えば、ムギが僕たちと別れたのもこのお店の近くだったような気がした。

「ポテトを一つ」
「かしこまりました」

笑みを崩さずに応対するムギは、確かにこういった場には向いているのかもしれない。

「私、一度バイトでタイムカードをに記入するのが夢だったの」
「そ、そう。夢がかなってよかったな」

頬が引きつっているが、何とか僕はムギに相槌を打つことができた。
ここの人も、まさか志望動機が『タイムカードに記入できるから』だとは夢にも思うまい。

「それじゃ、バイト頑張って」
「ありがとうございました~」

二つの意味を込めた言葉に送られながら、僕は唯が待つ席へと向かった。
ちなみに、逃げ出したことを唯はそれほど気にも留めていなかった。
それどころか、

「やっぱりそのまんま食べたほうがおいしいよね」

等と言っていたぐらいだ。
まあ、聞く前に気付かないあたりが唯らしいのだが。

「あ、澪ちゃんおかえり」

そんな中、作詞をするべく一人で海に向かっていた澪が戻ってきたようだ。

「お、良い詩が……できなかったんだな」

落ち込んだ表情を浮かべる澪の様子に、律は成果が予想できたようだった。
ある意味一番行動力があるのは澪のような気がする。

「でもすごいよね、一人で海に行くなんて。みんな私を置いて大人にならないでね」
「そ、そう言う唯は、先に大人の階段を上ってるだろ」

予想外にも澪の鋭い指摘に唯の顔が赤く染まった。

(まあ、確かに大人の階段は登ってるけどね)

あながち間違いではないが、言い方を間違えれば一気に危ない単語だった。

「そ、そういう律ちゃんはまだだよね?!」
「そ、そんなことはないぞ! 私だって……」

なぜかツッコむべきところをツッコまない律に、唯が問いかけると律は大きな声を上げながら身を乗り出して唯に反論した。
だが、途中で口をつぐんでしまった。

「あ、そういえば律、浩介」
「な、何?」

そんな律に、澪は何かを思いだした様子で声を掛けた。

「この間の歌詞なんだけど、どうかな?」
「あー、あれか『どんなに寒くても』のやつか」

この間澪から歌詞と言われて渡された一枚の紙のことを思い出した。
タイトルは”冬の日”というもので、これまでの直筆ではなくワープロ文字だった。
もし何も言われずに受け取っていたら、ラブレターと勘違いする………

(待てよ)

そこで、僕はふと心の中に引っかかった。

「がんばってパソコンで作ってみたんだ」
「ということは、あれは澪が………」

照れ笑いを浮かべる澪に、律は顔を引きつらせる。

「この間言ったじゃない。郵便受けに入れておくからって」
「…………………」

澪の言葉に、律は何かを思い出しているのか顔をどんどん赤らめていき、やがて

「うがあああああ!!!」

爆発した。

「あれをやったのは澪かぁっ!!! いまどき古風なことをするんじゃない!!」
「こ、浩介先輩。律先輩は一体どうしたんですか?」

澪の肩をつかんで力任せに揺らしている律の様子に、不安げに訊いてくる梓。

「………さあ?」

大体事情は把握できたが、律の名誉の為に僕は白を切ることにした。

(なるほど、ラブレターだと思ったのか)

ならば、いきなり僕の顔を叩いたのも、ちらちらと頬を赤くして僕の方を見ていたことにも納得がいく。
律の中では僕がラブレターを送ったことになっていたのだろう。

(あれ? ということは、僕が叩かれたのって、元をたどると澪のせい?)

そんな結論にたどり着いてしまった僕は、どうしたものかと心の中でつぶやく。

(澪にどのような折檻をするべきか……)

とはいえ、折檻の内容についてだが。

「まあまあ、落ち着いて。ハンバーガーでも食べようよ~」

そんな混沌と化した中でも、唯は唯だった。
結局数分で律が落ち着きを取り戻したので、一件落着ということになりこの話は終わりとなった。
おそらく、この話題は口にしてはならぬ禁忌となるだろう。

(勧誘ビデオに続いてこれか。一体いくつ禁忌が増えるんだ?)

勧誘ビデオというのは、梓が入部する前に撮影したものなのだが、結局日の目を見ることもなく禁忌とされてしまったものだ。
それについては、また別の機会に話すことにしよう。
その後、バイトを終えたムギが合流し、一日していたことについての話に花を咲かせることになった。
それは色々なすれ違いがもたらした、ある種の喜劇のような冬の一日であった。










「へぇ、そんな一日だったのか」

休日明けのある日。
僕は教室で慶介と休日の過ごし方について話していた。

「何、その意外そうな感じは?」
「てっきり俺は平沢さんとデートかと思ったんだけど」

一体慶介の頭の中での僕たちは、どれほどのバカップル認定を受けているのだろうか?
……まあ、大よそ当たっているけど。

「仕方ないでしょ。いきなり打ち合わせが入っちゃったんだから」
「分かるけどさ、こういうのって熱が冷めるのが一番怖いんだぞ? 何せ男子はほかにもいるんだから、言い寄られたりとかするかもしれないし」

慶介の言わんとすることは分かる。
いわゆるあれだろう、”私と仕事とどっちが好きなのっ!”というやつ。
まあ、僕ならば後者を取るけど。
仕事をして養えるだけの財を得なければ、何も始まらないのだから。

「それは大丈夫。そんなことをした瞬間に、僕が黙っていないから」
「そ、そうか」

僕の笑顔に、慶介は怯えたような表情で相槌を打つ。

(失礼な奴だよな。かわいくはないが、それなりにフレンドリーな感じだと思うのに)

「というか、そう言う慶介はどうなんだよ?」
「は?」

ふと僕はあることを思い出して慶介に反論した。

「この間言ってたじゃないか。”俺、これをあの子に届けるんだ!”って」
「あ、あれは………」

僕の言葉に言いよどむ慶介。
その様子で何があったのか、大体想像ができた。

「まあ、人生いろいろだよな。うんうん」
「くぅっ! その何もかもわかってるという顔に腹が立つ!!」

あえて真相には触れずに頷いて見せると慶介は顔を赤くしながら声を上げた。

「何のことだ?」
「う……………ぢぐじょうっ。俺だって、俺だってぇぇぇ!!!」

首をかしげながら訪ねる僕に、慶介は血の涙を流して大声を上げながら教室を飛び出していった。

(あと少しで授業始まるのに)

しかも次の授業の先生はチャイムが鳴ってすぐに来るタイプだ。
さすがに早く戻ってこないとまずいような気がする。
そんなことを考えている間にもチャイムが鳴った。

「授業を始めるぞ。早く席に着け」

そしていつものようにチャイムの後すぐに教室に入ってきた担当の先生の言葉に、クラスの皆が次々に席について行く。
だが、慶介は戻ってきていない。

「お、なんだ。佐久間はサボり――「います! ここにいます!!」――」

担当の先生が言い切るよりも早く、ドアを開け放った慶介が抗議の声を上げた。

「佐久間は欠席っと」
「ちょ!?」

教室に来ている慶介は、担当の先生によって欠席扱いにされた。

「後で佐久間にはA4サイズのプリント、100枚分の課題を用意することにしよう」
「ぢぐじょう~~!!」

その仕打ちに、慶介は再び血の涙を流しながら去っていった。

「ぎゃああああああああ!!!」
遠くの方で慶介の断末魔が聞こえた。

(よっぽど恨みを買ってるんだね、慶介)

始まりはこの担当の先生にした、慶介の何気ない質問が発端だった。
そう、それは今年の最初の授業でのこと。

「では、何か質問がある者はいるか?」
「はいはいはい!」

担当の先生の言葉に、素早く反応した慶介は大きな声を上げながら手を上げた。

「どうぞ、佐久間君」
「先生は彼氏とかいますか!?」

その質問に、教室の温度がかなり下がったような気がした。

「佐久間、お前には特別課題を出してやろう」
「あ、あの~。これは?」

額に青筋を浮かべた担当の先生(女性)が慶介の机に置いたのはA4サイズのプリントだったが、かなり分厚い。
それこそ百科事典を数冊重ねたぐらいの厚さだ。

「特別課題のプリント100枚だ。これを明日までに説いて提出しろ。一日遅れるごとに倍に増やしていくからな」
「鬼! 悪魔!」
「ほう? ではもう200枚追加してやろう」

後から聞いた話だが、この先生には彼氏のことやお見合いのことなどの話題はタブーらしい。
うまいこと逆鱗に触れてしまった慶介は、その後担当の先生に目を点けられてしまったらしい。
ちなみに、特別課題の300枚のプリントは期限までに終わらず、最後は僕に泣きついてきたりしたので、一緒にやることとなった。
その時点で枚数は千を超えていたような気がするが。
結局、この日慶介は欠席だった罰として膨大な課題を出されることになるのであった。

(あ、あとでお詫びの品でも渡そう)

あまりにもかわいそうすぎる慶介の姿を見て、僕は心の中でそう決めるのであった。










放課後、夕陽が差し込む部室で僕たちはいつものように練習をしていた。

「ひゃう!?」
「な、何?!」
「どうしたの?」

いきなりすごい声を上げた澪に、唯が声を掛けた。

(び、びっくりした)

一瞬ドキッとしてしまった自分が恨めしかった。

「ベースが膝にあたって、それが冷たかったから」
「”ひゃう!?”だって~。もう一回やって」
「い・や・だ」

もう一度やるようにせがむ唯は、ある意味すごかった。

「でも、大変だよな。女子はスカートだから」

僕は普通にズボンなので、ボディが足に触れたところで冷たいと感じたりすることはない。

「そう言えば、ムギはいつも普通にキーボードを弾いているけど、手がかじかんだりしないのか?」
「うん。私手が暖かいから。ほら」

澪の疑問の声に、ムギは笑みを浮かべながら両手を差し出した。
すると、唯たちは次々にムギの手を握っていった。

「あ、本当だ」
「暖かい~。一家に一台ムギちゃんだね~」

(いやいや。ムギはカイロじゃないんだから)

唯の言葉に、心の中でツッコみを入れる僕は梓の横にいた。
梓の場合は後輩だからなどといった理由かもしれないが、僕の場合は恋人である唯が焼きもちを妬くからだ。
妬いてくれるのは嬉しいのだが、後始末が面倒なので、できれば避けたいというのが僕の本音だ。

「私、体温が高いから手が暖かいの」
「浩君もあずにゃんも、一緒に」

そんな時、僕たちに気付いたのか、唯が僕たちにも手を握るように促してきた、

「え? 私はいいです」
「僕も」

唯の言葉に、僕は目を瞬かせた。

(唯、言葉の意味が分かってるのか?)

仲間とは言え、ほかの女子の手を握ることを促す唯の気持ちが理解できなかったが、きっと僕を信じてくれているのだと納得することにした。
というより、それ以外に考えられなかった。

「はい、どうぞ」
「それじゃあ」
「失礼して」

満面の笑みを浮かべて両手を差し出してくるムギに答えるように、僕たちはムギの手を握った。

「あ、本当だ」

(そんなに暖かいか?)

僕にはそれほど暖かさを感じることができなかった。
きっと僕も体温が高いからだろう。

「あずにゃんの手は小さくてかわいいね~」

「ッ!?」

そんな中、それを見ていた唯の言葉に梓が顔を青ざめた。

「どうせ私は手が大きくて心も冷たい女ですよ」
「うわ、まだ根に持っていらっしゃる?!」

確か、その話題は夏の合宿のはずなので大体2~3か月前のはずだが。

「違うよ澪ちゃん。手が冷たい人は心が暖かいんだよ」

(ん? それだと……手が暖かい僕は心が冷たい?)

何となくあってはいるが、少しショックだった。
だが、ショックを受けているのはほかにもいたようで、

「ムギ、何をやってるんだ?」
「え!? な、何でもないよ」

窓に両手を当てて冷やそうとするムギに、律が声を掛けていた。

「ムギちゃんは、手も心も温かいよ♪」
「………ふふ。ありがとう、唯ちゃん」

やわらかい笑みを浮かべながら口にした唯の言葉に、ムギは嬉しそうにお礼を言った。
その後、僕たちはいつものようにティータイムを迎えることとなった。

「あったかい~」
「本当です」

ムギが淹れた暖かい紅茶に、皆の顔がゆるむ。

「あ、この間の歌詞は絶対になしだからな」
「えぇ!? どうして?!」

そんな中、ふと思い出したのか律が澪にそう告げていた。

(まあ、ある意味黒歴史にも近いからな。あの歌詞は)

まさかのラブレターと勘違いをさせた歌詞だ。
当然の反応だった。

「浩介は、良いと思うだろ?」
「僕も今回ばかりには律に賛成だ」
「そんな……」

僕の方にまで聞いてきた澪に、僕は心を鬼にして澪が考えた歌詞を斥けた。
というより、もしこの歌詞を採用して律がラブレターと勘違いしていたことを思い出しそれによって演奏に問題が発生するようなことになれば、とんでもない問題に発展する可能性もある。
ならば、いっそのこと没にした方がましだ。
そんなこんなで、肌寒くはあるが心温まる冬の日は過ぎていくのであった。

拍手[1回]

『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今はもう夏になりつつあるこの季節に、冬の話というのもおかしいような気がしたりします。
そろそろストックが底を尽きかけているので、あと数日で毎日更新は終わりかなと思います。
とはいえ、しっかりと掲載していきますので、お付き合いいただければ幸いです。

さて、拍手コメントの返信を行いたいと思います。

『3年生編楽しみです』

コスモさん、拍手コメントありがとうございます。
まだ当分先の話ですが、あと数話程度で3年生編に突入します。


それでは、これにて失礼します。

拍手[0回]

第94話 とある冬の日

土曜日の放課後。

「浩介は、これから部活か?」
「いや、今日は用があるからこのまま帰る」

いつものように声を掛けてきた慶介に、俺は相槌を打った。
用というのは他でもなく魔界に帰ることだ。
夏休みのあれで懲りた僕は会社にあるゲートを使っていくことにしたのだ。
少しだけ面倒くさいが、背に腹は代えられない。
そう言うことで、今日から魔界に帰還するのだ。

(これで鍋パーティに間に合えばいいんだけど)

さすがに姉妹だけで鍋をするというのは悲しすぎるような気がした僕は、無理をしてでも参加することにしたのだ。
とはいえ、用事をおろそかにはできない。
そこで、早めに戻って仕事を素早く片づけることにしたのだ。

「珍しいな。最近は愛しの平沢さんに会うために、毎日部活に参加をしているのに」
「ちょっと待て。それではまるで、僕は唯に会うために部活をしているみたいではないか」

少しばかり聞き捨てならないことを言われたような気がした僕は、素早く反論した。

「でも間違ってないだろ? それなのに部室に行かないということは―――」
「…………………慶介、『他の女ができたのか』とか言ったら潰すぞ」

慶介の言葉を遮って、僕は彼が言いそうな言葉を封じることにした。

「そ、そんなことがあるわけないじゃナイデスカ」
「カタコトになってるぞ」

見るからに怪しさ満点だった。

「こ、これは宇宙からの電波を受信してたのさっ」
「もういいよ。それ以上続けられると惨めになるから」

慶介の肩に手を置いて、僕は深く頷くと鞄を手にして教室を後にした。

「ぢぐじょう!!! 下剋上だ! 下剋上してやるぅっ!!」

後ろの方からそんな喚き声が聞こえてきた。
今日もなんだかんだ言って平和だった。










「おかえりなさいませ。高月大臣」
「どうでもいいけど、そんな堅苦しい出迎えはいいから」

魔界に到着した僕に非常に堅苦しい出迎えをする職員に、僕は何度目かわからない頼みごとをした。

「そんな恐れ多いことできません! 高月大臣は我々の象徴なのですから!」
「はぁ………」

もはや諦めかけていた。
僕はこのままずっと同じような出迎えをされるのだと。

「ちーす、大臣。元気っすか?」
「……………………はい?」

入出国管理センターのロビーに出た僕に掛けられた言葉に、思わず言葉を失ってしまった。

「大臣、堅苦しいのが嫌って言ってたっすから。こんな感じでどうっすか? それとも浩介と言ったほうがいいか?」
「……………………」

確かに、堅苦しいのは嫌だとは言った。
だが、物には限度と言うものがある。
僕が言っていたのは”大臣”の部分を抜けという意味だ。
間違っても、ため口でしかも呼び捨てにしろという意味ではない。

「貴様、名前は?」
「俺っすか? 俺は根室 忠(ねむろただし)っす」

僕の雰囲気が変わったことにも気づかずに、根室は口調を変えない。
それどころか肩を叩いたりしてくる。

(落ち着け。相手は新人だ。ちゃんと言葉で説明をしよう)

見たことがない顔なので、新人職員であることは間違いがない。
新人であれば言葉遣いが少しおかしくて当然だ。
そう自分に思い込ませることで、怒りをこらえる。

「あ、たかっち。これから飯食いませんか?」
「……………」

その言葉で押さえていたものが一気に決壊した。

「咎人に罰を!! ナイトメア!!」
「ぎゃああああああ!!!?」

僕は根室に魔法という名の鉄槌を下すのであった。










「――――ということか」
「ええ。そうなります」

連盟長室に移動した僕は、連盟長から先ほどの騒動の経緯を聞かれていた。

「相手は幸い命には別条はないみたいだが、まさか本当に武力行使するとはな」
「本当に面目ないです。堪えようとはしていたのですが、我慢ができませんでした」

根室は病院の方に搬送されたが、幸い命に別状はなかったみたいで、ほっと胸をなでおろした。

「まあ、心の方には傷を負わせたがな」

とはいえ、彼の心の中には決して拭えない恐怖が植えつけられたことだろう。
それが”ナイトメア”の恐怖なのだから。

(全く、どうしてああも極端何だろう)

僕は心の中でため息をついた。

「しかし、あの浩介がよく変わったものだ」
「はい? どういう意味ですか? それは」

連盟長から言われた言葉の真意がわからなかった僕は、連盟長に尋ねた。

「昔のお前ならば、我慢することなく即座に抹殺していたはずだ。それを我慢しようとしたばかりか、少ないダメージに留めようとするなどといった配慮をするようになるとはな。驚きだ」
「私だって、変わりますよ。連盟長」
「ほぅ?」

僕の言葉に、連盟長は興味深げに眼を細めて僕を見てくる。
それはまるで値踏みのような気がした。
ならば僕も負けていられない。
僕も負けじとばかりに視線を逸らさない。

「…………そっちの方に言われていた書類がある。本当にする気か?」

どうやら僕の方が勝ったようで、連盟長は手にあった服を見て呟いた。

「ええ。このくらいの量、僕には造作もありませんし」
「そうか」

僕の言葉に、連盟長は何も言わなかった。

「がんばれよ」

ただ、そう静かにエールの言葉を掛けられた僕は、連盟長に一礼するとその場を後にした。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「変わる……か」

浩介が立ち去った連盟長室で、宗次朗は静かにつぶやいた。
その声色は息子の成長を喜ぶ父親のようなものであった。

「久美子の情報では、浩介には婚約者ができたようだな」

そうつぶやきながら、宗次朗は引き出しから一通の書類を取り出す。
その書類には『平沢唯について』という表題の資料だった。
それを一枚一枚目を通していく。
そこに記されているのは唯の素行や人間関係などの個人情報だった。

「別に問題もなさそうだな」

資料に目を通し終えた宗次朗は、静かにそうつぶやいた。

「とりあえず、私はしばらく静観することにしようか」

いずれは自分の手助けが必要になる時が来るかもしれない。
宗次朗はそれまで何も言わずに待つことにしたのだ。

「にしても、あいつに恋人か………やはり、私は間違っていなかったか」

その時の宗次朗の表情は、部下を思う連盟長ではなく息子のことを思う父親のもとなっていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「よし、こんなものだろう」

法務大臣室に移動した僕は、一気に年末年始の仕事のノルマをこなしていた。
腕を伸ばして、固まった筋肉をほぐしていく。

「今何時だろう?」

ふと時間が気になった僕は、その時刻に、驚きを隠せなかった。

「夕方!?」

しかも日数的に一日経っているし。

(そう言えば、意識がなくなっていた時があったな……あれが原因か)

時間が予想よりも掛った原因を突き止めた僕は、思わずため息を漏らしながら頭を抱えた。
時間的にも夕食時だろう。

(間に合わなかったか)

自分の不甲斐なさに、怒りが込み上げてきた。

「しょうがない。遅れてでも参加するか」

僕は遅れて参加をするという方向で、修正することにした。
それからは本当に素早かった。
処理していた仕事用の書類をまとめて、提出用のスペースに置いておき、半ば走るような勢いで大臣室を美出した。
そして入出国管理センターで”特務再開”という名目の元、僕は元の世界に向かうことにしたのだ。

「それでは最終確認をいたします」

唯たちのいる世界とつながるゲートを前に、新人の職員(根室ではない)によって、最終確認を行っていた。
これは、転送先に間違いがないかを確かめるための物だ。

「世界コードは”F-0001A”、転送場所は日本の拠点地。以上で間違いは?」
「ない」

職員から告げられた転送先の情報に、僕は間違いがないことを確認して、薄暗い部屋の中でうっすらと光を発して存在をアピールする魔法陣(ゲート)の上に立った。

「それでは、転送を開始します。護武運を」

新人職員の言葉とともに、僕は浮遊感に襲われる。

(帰ったら急いで唯の家に行こう)

そんなことを考えながら、僕は唯たちのいる世界へと転送されるのであった。










「よし、到着……………」

目的地に到着した僕は、思わず言葉を失った。
そこは全く見知らぬ場所だった。
目の前には壁に掛けられた大きな額縁などがあった。

(ここって、完全に他所の家じゃないか!?)

何が起こったのかを理解するのに時間はかからなかった。

(あの野郎、座標を間違えやがったな)

それしか考えられなかった。

「はっ!?」

そして思い出した。
ここは人の家だ。
つまり、この家の人がここにいることになる。

(騒動に発展する前に、ここを出ないと)

僕はこの場を脱出するべく行動を開始した。

「あの……」
「ッ!?」

その矢先に背中に掛けられた女性の物と思われる声に、僕は身を固くする。
だがそれも一瞬のことで、素早く声の方に振り向くとクリエイトを突きつけて魔法を使える状態にした。
魔法を使って記憶を消去しようと考えたのだ。
しかし、どうやらその必要はなかったようだ。

「って、梓!?」

そこにいたのは携帯電話手にソファーに腰掛けて、目を驚きに見開かせている梓の姿があった。

「こ、浩介先輩? どうして私の家に」
「向こうで僕を送るやつが場所を間違えたみたいで」

驚きながら聞いてくる梓に、僕は恥ずかしさのあまり苦笑しながら答えた。

「そ、そうなんですか」
「お騒がせして申し訳ない。僕はこれで――「待ってください!」――」

素早くその場を後にしようとする僕を呼び止めたのは、梓のその一言だった。

「な、なに?」
「あの、この子を助けてください!」
「助けてって………梓、猫でも飼ったのか?」

梓の視線の先にはソファーの上で立っている子猫の姿があった。

「違いますっ。友達から預かってたんですけどいきなり具合が悪そうになって……家には誰もいなくて、私どうしたらいいか」
「なるほど、状況は把握した」

何が起こっているのだけは把握することができた。
それじゃ、ちょっと見てみるけど、報酬はチーズケーキ3つだからね。

「は、はい! ありがとうございます」
「その前に、靴脱いでくる」

今気づいたが、僕は靴を履いたままリビングに立っていた。
ものすごくマナー違反だが、当初は靴を履いていてもおかしくない場所に行く予定なのだから、かんべんしてもらいたい。

「って、土足で上がらないでください!!」

とはいえ、起こられるのはある意味仕方のないことだったが。





靴を玄関に置いてきた僕は、気を取り直して子猫の容態を調べるところから始めた。
右手を開くようなしぐさで目の前にホロウィンドウを展開させる。

「子猫のバイタルを確認……正常」

ウィンドウに子猫のシルエットが現れさまざまな値が表示されるが、倍たるには異常が見られなかった。

「この猫具合なんて悪くないけど?」
「え!? で、でもさっき吐いたんですよ!」

僕の下した結論に、梓がすごい剣幕で抗議してきた。

「だったら、もう少し調べてみるか」

さらにホロウィンドウを展開し、コンソールで猫に関する情報を入力して検索を掛けた。

「ん?」

すると、検索によって出てきた情報に気になる記述を見つけた

「えっと……『猫は時々毛玉を吐くことがある』……梓、この猫が吐いたのって毛玉じゃないよね?」
「……………………………」

その沈黙がすべてを物語っていた。

「すみませんでした」

その梓の謝罪を打ち消すように、呼び鈴の音が響き渡った。
しかも間髪入れずに何度も何度も

「ちょっと出てきます。何かあったら呼んで。すぐに対応するから」

僕は玄関へと向かう梓に声を掛けながらクリエイトを構え臨戦態勢を整える。
やがて数人分の足音と共に梓が戻ってきた。

「あれ、浩君?」
「浩介さん?」
「へ?」

姿を現したのは平沢姉妹だった。

「あの、浩介先輩が来るまで唯先輩に電話をしていたので」
「な、なるほど」

梓のその説明が、全てを物語っていた。

「もしかして浮気ですか!?」
「違う!」
「ち、違います。これはただ……」

憂の言葉に、僕は素早く反論した。
そしてすべての事情を二人に説明する。

「そ、そうだったんですか。びっくりしちゃいました」
「わ、私は浩君を信じてたよ」

ほっと胸をなでおろす憂とは対照的に胸を張る唯だが、憂の”浮気”の単語に反応していたのを僕は見逃していなかった。

「それで、あずにゃん二号は?」
「それが、毛玉を吐いただけだったみたいで」

唯の問いかけに、頬を赤く染め、申し訳なさそうに答える梓。

(勝手になづけるなよ)

その勝手に名づけられてしまった子猫は、ソファーの上で眠っていた。

「良かったね、何もなくて」

ある意味取り越し苦労だったわけだが、唯は嫌そうな顔を一つもせずに喜んでいた。

「あ、ねえねえ浩君」
「何?」

ふと何かを思い出したのか僕の方に視線を向けて声を掛ける唯に、僕は用件を尋ねた。

「マシュマロ豆乳鍋とチョコカレー鍋、どっちが食べてみたい?」
「はぁ!?」

唯に突き付けられた究極の二択に、僕は思わず大きな声で叫んでしまった。

(というより、何その変な鍋は!?)

「まさかとは思うけど、今日しようとした鍋ってそんな感じか?」
「うん♪」

満面の笑みを浮かべながら頷く唯に、僕は頭痛がした。
唯の味覚は僕とは一生合わないような気がした。

「ねえ、ねえ。どっちがいい?」
「急用を思い出したから帰る!」
「あ、待ってよ! 浩君」

恋人の前から逃げるのは少しだけ気が引けるが、どっちも非常にとんでもない鍋になるに違いない。
そしてそれを僕がも食べる羽目になるだろう。
いくら何でも命が惜しいのだ。

(ごめん、唯!)

唯に心の中で謝罪の言葉を送りながら靴を履いて、すぐに僕は転移魔法でその場を離脱するのであった。

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