健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第120話 鬼門

「はぁ……疲れた」
「まったく、冷や汗掻いたじゃないか」

日も暮れ、僕たちはついにこれから二日間過ごすことになる旅館を訪れた。
そして向かった部屋は畳六畳ほどの部屋だった。
一人当たり一畳分のスペースがあれば十分なので、それほど窮屈ではないようだった。

(さて、これからが一番の鬼門なんだよな)

山中先生の連絡事項では午後六時に大広間に集合して夕食をとることになっている。
服装はジャージだ。
つまり、制服から着替える必要があるということなのだ。
澪は一足早くジャージを取り出して着替える準備を始めていたが、僕がいるために制服を脱ぐそぶりを見せない。

(これは思っていたよりもつらい)

僕は到底ここで馬鹿騒ぎができるような気分にはなれなかった

「唯、先に制服に着替えろ」
「え~、めんどくさい~」

いつもは賑やかに感じる二人のやり取りも、どこか夢うつつな感じで聞いていた。

「澪、頼みがある」
「な、ななななんだ?」

突然声をかけられたためか、それとも緊張状態にあるためか上ずった様な声を上げて返事を返してくる澪を見ていると、僕のほうが冷静になることができた。

「僕はトイレのほうで着替えるから、全員が着替え終えたらノックをして教えてほしいんだ」
「わ、わわ分かった」

僕はトイレという楽園に逃げればこの鬼門は軽々と突破することができる。
難しいことはない。

「ジーーー」
「な、なんだ?」

問題が解決したところで、こちらに向けられている視線に気づいた僕は、視線を向けている律に疑問を投げかけた。

「浩介はいつまでそこにいるんだ?」
「すぐに引っこむ」

律の疑問に簡潔に答えた僕は、着替えを手にトイレの方に向かおうとしたところで、律が再び口を開く。

「ははーん。なるほどな、浩介は私たちの着替えているところが見たいんだな」
「はい?!」
「なっ!?」

律の言葉に混乱した僕は、うまく言葉を紡ぐことができなかった。

「いやー、それじゃ、トップバッターは――――」
「そんなのダメだよ! 律ちゃん」
「そうだ、唯! 言ってやれ」

律が品定めをするように皆を見回し始めたところで、唯が止めさせんとばかりに異論の声を上げた。

「浩君が女子の着替えているところを見てもいいのは、私だけなんだから!」
「って、それも違うっ!!」

顔を赤く染めて言い切った唯に、僕は全力でツッコミを入れた。

「あらあら、まあまあ~」
「こ、浩介と唯はそこまで……はうぅ~」
「そこ! 頬に手を当てながら笑みをうかべない! それと、そんなことしてないから!」

頬に手を当てながら笑みを浮かべるムギと、顔を真っ赤にしている澪にも僕は全力でツッコんだ。

「おぉ~、今日も浩介は絶好調だな」

律の感心したような声が聞こえた。

(律のやつ、これが狙いだったのか)

僕は漫才師ではないと心の中でツッコんでいると、

「それじゃ、恥ずかしいけど見ててね」
「脱ぐなぁ!!!」

ブレザーを脱いでYシャツのボタンに手をかけたところで、僕は慌ててそれを止めさせるべく唯の元に迫ったが

「ぬぁ!?」
「きゃ!?」

何かに足を取られた僕は、唯を巻き込んで畳の上に倒れてしまった。

「あいたた……唯、大丈……ぶ」
「うん、大丈……」

自分の体制に気付いた僕たちは、そこから先を口にすることができなかった。
今の僕の体制は、僕が唯を押し倒しているようにも見えるのだから。

「はうわぁ!?」
「うお!? 浩介って意外と大胆だなー」

こうなることは予想外だったようで、驚いたような声を上げる律と、許容範囲を突破したのか、ひきつったような声を上げる澪とこの部屋は混とんと化してしまった。

「ぼ、僕はノーマルだぁぁぁ!」

そして僕は僕でわけのわからないことを叫びながら、トイレへと逃げ込むのであった。










「まだ、集合時間まで少しだけ余裕があるな」
「そうだね」

あれからしばらくして、何とか落ち着きを取り戻して着替え終えた僕たちは、各々が寛ぎながらのんびりと時間を過ごしていた。
別におかしなところは何もない。
さっきから唯がこちらを頬を染めながら見てきたりとか、澪が僕と目を合わせないようにしているとか、些細な問題だ。

「お茶でも入れようか」
「何か遊ぶものでも持ってくればよかったね」

テーブルの前に腰掛けた澪がお茶を入れようと準備に取り掛かる中、畳の上に寝そべって何かを読みながらぼやいた言葉に反応したのは以外にもムギだった。

「それだったら、これはどう?」

そう言ってムギが鞄から取り出したのは一回り大きな箱だった。
箱には『人世あてもんゲーム』と書かれていた。

「あ、それ知ってる。確かあの手この手でお金持ちになるやつだよな」

決して人生●ゲームではない。

「あ、それじゃおやつでも食べながら遊ぼうよ!」
「おい、この後夕食だぞ」

一体いくつお菓子を持ってきているのかが気になるが、この後には夕食が控えているのだ。
ここでお菓子なんか食べたりしたら夕食が食べられなくなる危険性だってある。

「大丈夫大丈夫~」
「ちゃんと全部食べるって」
「残すなよ」

余裕気に答える唯と律に、澪は少しばかり呆れたように目を細めるとそう口にするのであった。





「それでは、いただきます」
『いただきます』

数十分後、夕食の時間を迎えた僕たちは大広間で手を合わせると夕食に手を付けていく。
今日の夕食はうどんに天ぷら、そしてお寿司にお吸い物という豪勢なものだった。
ちなみに、お吸い物はお替り自由らしい。

「浩介」
「なんだ?」

天ぷらをお箸でつかんでいると、向かい側の席に座っている慶介が突然声をかけてきた。

「浩介にとても重要なことを聞きたいんだ」
「何?」

その表情はいつになく真剣そのものだったため、僕は気を引き締めて慶介から投げかけられるであろう疑問を待った。

「お前、唯ちゃんたちの着換えを除いたのか?」
「っ!」

慶介の疑問に、思わず先ほどの唯を押し倒してしまったことを思い出した僕は、肩を震わせたが表情には出さないですんだ。
だが、慶介にとっては今の僕の反応で十分に伝わったのだろう。
慶介の表情が驚愕の物へと変わっていっているのだから。

「浩介、お前というやつは……畜生! こうなったら俺もみんなの着替えを――――――っっ!」

慶介がバカげたことを言いきる前に、足で慶介の体を力いっぱい蹴り飛ばした。

「食事中だ、うるさい。それと、馬鹿げたことをやったら潰すぞ」
「男の勲章は、ダメだ……まじで、死ねる」

痛みに悶える慶介は放っておいて、僕は食事を楽しむことにした。
そんな中、二人ほど橋が止まっている人がいた。

「あんたたち、もう食べないの」
「き、休憩しているだけ……うぷっ」
「ちゃんと残さず食べる……うぷっ」

短めの黒髪に、男っぽい雰囲気をまとっている女子学生の問いかけに、律と唯が応えた。
とはいえ、声が何とも苦しげだった。

「二人とも、もしだめだったら僕が全部食べるからいつでもギブアップ言いな」
「協力感謝……うぷっ」

なんだか見ているだけで可愛そうに思えてくるが、本人たちが奮闘する意思があるのであれば、僕は手出しはできない。
僕は自分の料理に舌鼓を打つことにするのであった。
結局、二人からほぼ手つかずの料理を渡されたのはそれから数分後のことであった。










「ふぅ………」
「極楽だな」

僕と慶介は、浴槽につかりながら体を温めていた。
どうして慶介と一緒に入っているのかというと、夕食を終えてしばらくしたところで、慶介が部屋を訪ねてきたからだ。
なんでもお風呂の時間なのだとか。
ちなみに、女子はクラスごとにお風呂に入る時間が決められている。
とはいえ、一クラスの女子がお風呂に入ったら温泉がパンクしてしまうので、数人に分けて入るようにしているらしい。
それは僕と慶介も同じことで、男子の場合は各クラスで決められた時間に温泉に入るという形になっている。
つまり、わかりやすく説明すれば、今この温泉にいるのは僕と慶介の二人だけなのだ。

「それにしても、浩介はいいよなー」
「急になんだ?」

突然羨ましげな視線とともに告げられた言葉に、僕は戸惑いながら聞き返した。

「だってさ、浩介は毎日楽しく過ごしているし恋人だっているし。本当にうらやましいよ」
「慶介、君は一つ大きな誤解をしてるよ」

慶介の言葉を聞いた僕は、一つだけ慶介の考えに反論することにした。

「僕が今ここにいるのは唯や友人がいるから。そうでなければ僕はここにはいない。それに、慶介は羨ましいと思う」
「どうしてだよ? 俺は恋人だっていないし」
「いないけど、慶介は僕にはない良いものを持っている。僕が一生得ることができないものをね」

戦いの中で生まれた僕では手に入れられないもの。
それは、”優しい心”。
今の僕にそれがあるのかどうかは別として、仮にあったとしてもそれは人より劣るだろう。

「だから、慶介も本当の自分を出すべきだと思うけどね。そうすれば、恋人の一人くらいはできるはずだし」
「そうかね……」
「まあ、こういうのはもう少し後になってわかるものだから、今は分からないものかもしれないけど、でも一つだけ言わせて」

あまりぱっとしない表情をうかべている慶介に、僕はそこでいったん言葉を区切ると慶介から顔をそむけた。

「僕は慶介と友達になれてよかったって思ってる。慶介のおかげで今の僕はある。だから、ありがとう」

普段なら絶対に言えないようなことを僕は慶介に告げていた。
今振り返ると、本当に色々なことがあった。
部活をやめるかもしれないこともあった。
でも、その時にさりげなく僕の背中を押していたのは他ならない慶介だ。
彼は、いわば僕の恩人でもあるのだ。

「浩介……」
「さ、さあ! もう十分に暖まったんだし、でるぞっ」

慶介の言葉で、自分が何を言っていたのかを理解した僕は、恥ずかしさのあまり逃げ出すように脱衣所に戻るのであった。





「あ、浩君!」
「ん? 唯に律か」

外に出たところで声をかけられた僕は声のする方に視線を向けると元気に手を振っている唯の姿があった。
その横ではこっちのほうに視線を向けている、いつもよりおとなしめの律の姿もある。

「他の二人は?」
「今着替えてるよ。そろそろ出てくるんじゃないか?」

僕の疑問に答えた率は、どこからか牛乳瓶を取り出すと飲み口の部分に口をつけてそれを傾け呑み始めた。

「律ちゃん、身長も伸ばしたいの?」
「ぶふっ!?」

にやりとほくそ笑みながら唯から掛けられた言葉に、律が思いっきり牛乳を噴出した。

「汚っ!」

僕は慌てて律から距離を取った。

「何を言うか! これはご褒美ではないか!!」
「あんたこそ何を言ってるんだ!!」

もはやただの変態へと成り果てかけている慶介に、僕は全力でツッコミを入れる。

「ぢぐじょう、大きくなってやる~」

そんな中、律は涙を流しながらそうつぶやいていたとか。










なんだかんだあって、部屋に移動した僕たちを待っていたのは、すでに敷かれていた五つの布団だった。

「私はここな!」
「それじゃ、私はこっち」
「私はここだよ!」
「じゃあ僕はここで」

次々と自分の寝る場所を決めていく律たちに便乗するように、僕は出入り口側の端の方の布団を選んだ。

「そこのお二人さん、隣同士だからって変なことをしたらダメだぞー」
「するか!」

律のからかうような笑みを浮かべながらされた注意に、僕は顔が赤くなるのを必死にこらえながら全力で否定した。

「え? しないの?」
「してほしいの!?」

割と本気で残念そうな表情をうかべる唯に、僕は驚きを隠せずにツッコミを入れた。
そんな馬鹿騒ぎをしていると、ドアがノックされた。

「はーい」
「いきなりごめんなさい! 高月君はいる?」

ムギが返事をするとやや乱暴にドアが開け放たれた。
それを行ったのは、意外にも佐伯さんだった。
息を切らせながら僕の名前を口にしたため、僕は嫌な予感を感じながらも応対した。

「どうした?」
「その……佐久間君が」
「おーけー。案内してくれる?」

佐伯さんの口から慶介の名前が出た時点で僕は何が起こったのかを理解したので、佐伯さんに部屋まで案内するようにお願いした。

「それじゃ、ちょっとってくるね」
「お、おう」

僕は律たちに声をかけるとそのまま部屋を後にした。
目指すは佐伯さん達に割り当てられた部屋だ。
そして、そこで見た光景は……

「いやー! 来ないで!」
「ぐへへへへ~、良いではないか、良いではないか~」

どこかの時代劇の悪代官のごとく、青色の短めの髪が特徴の女子を追いかけまわしている慶介の姿だった。

「……」

他の女子はうまく逃げられたようで、出入り口のほうで何とも言えない表情をうかべてその光景を見ていた。
それをしり目に、僕はゆっくりと中に足を踏み入れると奥の部屋の出入り口に立った。

「ずいぶん楽しそうだな」
「浩介か! ああ、すっごく楽しい!」

僕が声をかけると、女子を追いかけるのをやめた慶介が、満面の笑みを浮かべながら頷いた。

「そうか、それはよかったな」
「だろ。あははは――――ギャバン!!」

僕は軽快に笑う慶介の脳天に、渾身の一撃を繰り出した。
ただの拳骨だが、威力はコンクリートでさえも粉々に粉砕するほどだ。
もちろん多少は手加減したが。
そんな一撃を喰らった慶介は地面に倒れ伏した。
息はしているようなので死んではいない。

「自分をさらけ出せとは言ったが、変態になれとは言ってないぞ、この馬鹿者が!!」

完全に気を失っている慶介に罵声を浴びせた僕は、慶介の対処を佐伯さんたちに任せる(押し付ける)とそのまま部屋を後にした。

(なんでこうなるんだ)

僕は心の中でため息をつきながら、自分たちの班の部屋へと戻るのであった。










「それじゃ、明かりを消すぞ」
「目覚ましはセットしたよ」

消灯時間ということもあり、明かりを消すべく紐に手を伸ばす澪に、唯が相槌を打った。

(僕の枕元で轟音を鳴らすのは勘弁してほしいんだけどね)

さすがに贅沢は言ってられないので我慢することにした。
そして僕は布団にもぐりこんだ。
ちなみに、僕の布団の上はテーブルがある。
最初はそのようなものはなかったが、区分けしたかったので、僕が設置したのだ。
そうすれば、どうやっても互いに布団を行き来することが難しくなるからだ。

「ふご!?」
「唯?!」

突然の謎の奇襲攻撃に、唯は僕のほうに倒れてきた。

「先生、琴吹さんがやりました」

唯の体を慌てて起き上った僕が支えていると、律からこの奇襲をした犯人の名前が告げられた。
そしてその犯人はすでに次の攻撃の準備を整えていた。

「え、ちょっと。むぎゅ!?」

澪の顔を直撃したのは枕だった。

「まくら投げだね! 面白――――ふぎゃ」
「ふっふっふ、もうすでにここは戦場なのだよ、お嬢―――うぎゃ!」

何とも楽しげな様子で始めたのは修学旅行定番(?)のまくら投げだった。

(早く寝たいんだけどな)

僕としては朝から色々とツッコミを入れたりなど、かなり飛ばしていたのでゆっくりと休みたかった、
だが、悲しきかな。
恐らくこれは小一時間は続くだろう。
そんな時、ここに入ってくる人物の姿があった。
赤いジャージを身に纏う顧問でもあり担任でもある山中先生だ。

「あなたたち、一体何を―――」
「行くぜ! スーパーショット田井中号!!」

山中先生が、まくら投げをしている律たちに声をかけようとしたところで、律がものすごくあれな技名を叫びながら一回転をし始めた。
そして、投げ放たれた枕はムギが立っているところを大きくそれて、先ほど入ってきた山中先生のほうへと飛んでいった。

「危な――――」

それにいち早く気付いた僕が手を伸ばして山中先生に直撃するのを防ごうとしたが、奮闘もむなしく枕は山中先生の顔面に直撃した。

「あっ……」

一気に氷点下まで下がったかのように凍り付く部屋の雰囲気に、誰もがその場から動くことができなかった。
そんな枕は重力に従ってゆっくりとされとて素早く床に落ちた。

(怖っ!?)

その時の山中先生の表情を間近で見た僕は、戦慄を覚えた。
怒りをこらえているのか、ひくひくと動く眼の端が僕が抱いている恐怖の感情を底上げした。
そんな大魔神と化してしまった山中先生だが、ふと、唯たちがどんな表情を浮かべているのかが気になったので、周りを見てみると、そこには床に伏せて寝息を立てて寝ている演技をしている皆の姿があった。

「いや,それは無理がありすぎるからっ!」

寝たふりをしている皆に思わずツッコミを入れる僕をよそに、山中先生がついに行動を始めた。
ずれ落ちたメガネをかけなおして、ゆっくりとした足取りで前方に進み

「うぎゃっ!?」

律の背中を踏みつけた。
悲鳴を上げる律を無視して、山中先生は部屋の証を完全に消すと、ゆっくりとした足取りで玄関先まで歩いて行った。
そして……

「早く寝なさいっ!!」

大きな声で怒鳴り、ドアを勢いよく閉めるのであった。
山中先生の怒りに満ちた足音が部屋の中にいる僕のところにまではっきりと聞こえた。
まさしく、大魔神だった。

(さてと、僕も寝るか)

周りの様子を見るからに、もうまくら投げはお開きだろうと思い、僕は布団にもぐりこむと眠りにつくのであった。

(明日はどこに行こうかな)

そんなことを考えながら。


★ ★ ★ ★ ★ ★


浩介が眠って数分後、唯たちに割り当てられた部屋から楽しげな声が響いていた。
中では、浩介を除く全員がまくら投げ第二戦を繰り広げていたのだ。
最も積極的にやっているのは澪を除いた三名だが。

「喰らえ、唯! おりゃあ」
「おっと! 私には当たらないよ! 律ちゃん」

そんな中、律が唯を狙って放った枕を、唯は右によけることでかわした。
だが、それが悲劇の幕を開けるきっかけとなった。
突然だが、ここで彼女たちの配置を説明しよう。
出入り口側の布団で眠っている浩介の前方に唯が立っており、その右斜め上の部屋の隅で澪は退避している。
その澪と出入り口との中間地点に紬が立ち、唯から見て前方に律が立っている。
つまり、唯が避けると枕の落下地点は当然のごとく浩介が寝ている場所となってしまうのであり……

「うぎゅ!?」

枕は浩介の顔面に直撃する結果となった。

「あ……」
「何をしてるんだよ、律!」

眠っている浩介の顔面に枕を直撃させたことを責める澪に、律は申し訳なさそうな表情をうかべた時だった。
浩介の手によって顔の上に乗っている枕が取り除かれた。

「一体これは何の嫌がらせだ」
「こ、浩……君?」

いつもとは違う浩介の雰囲気に、唯は目を瞬かせながら彼の名前を口にするが、浩介は反応することなく立ち上がった。

「明日は早いっていうのは分かってるだろ?」
「え、ええ……」

浩介の体から放たれる殺気にも似た重い雰囲気に圧されたのか、ムギが一歩後ずさりをしながら答える。

「だというのに……フフ……フフフ」
「こ、浩介ちょっと怖いぞ」
「お、落ち着こう。話せばわかる」

うつむきながら不気味に笑いだす浩介の姿がさらに恐怖を増させていく中、律は必死に対話による解決を試みようとしていたが

「むぎゃ!?」

一瞬のうちに澪は意識を刈り取られていた。

「澪!?」
「「澪ちゃん!?」」

慌てて床に倒れている澪のもとに駆け寄る三人は、澪の体をゆするもののうめき声を上げるだけで目を覚ます兆しが見えなかった。

「ま、まさかこれは……」
「あの伝説の―――」

澪の傍らに落ちている枕を見ながら律と唯が声を上げた。

「「超音速枕!?」」
「お、恐ろしいわ」

律と唯のつぶやきにムギが顔をこわばらせながらつぶやいた。

「ど、どうしよう律ちゃん」
「こ、こうなったら戦うしかない!!」

そう言い放った律は、先ほど浩介が投げた枕を手にすると立ち上がって勇敢にも浩介と向かい合った。

「喰らえ、こ―――――ぶぎゃ!!」
「「り、律ちゃん!?」」

枕を投げ用としていた律は、顔面に枕を当てられそのまま床に倒れた。
万事休すかと思われた唯たちだったが、二人を倒したことで満足したのか、それともただ冷静になったのか浩介は自分の布団にもぐりこむと再び眠りについた。

「浩介君って、もしかして寝起きが悪いのかな?」
「わ、わからない。でも、浩君、恐ろしい子っ」

紬の疑問に答える唯は、最後にそう口にして話をまとめた。
だが、それはこの場にいる者たちの考えていることと同じものでもあった。
結局、澪と律数分後に意識を取り戻したが、彼女たちの中には”眠りについた浩介を起こしてはいけない”という暗黙の決まりができるのであった。

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