11月19日
その日はいつもと違った。
例えば、いつもは寝坊しない僕が寝坊をしたり。
それの罰ということで買出しを言いつかったり等々。
そして今まさに、その罰を受けている真っ最中なのだ。
「えっと……これで必要な食材は一通りそろえたかな」
先ほどまで買い物をしていたお店の物である複数のビニール袋の中には大量の食材があり、手元にある買い出しリストを見ながら最終確認をしていく。
「チーズケーキを買ってしまったのはまずかったかな」
袋の中から取り出したのは、お店で見つけたおいしそうなチーズケーキだった。
誘惑に勝てずに購入してしまったのだ。
「ま、自分のお金から出ているからいいよね」
でもなぜか感じるこの罪悪感はなぜだろうか?
「よし、今食べちゃおう」
それが僕の出した最終結論だった。
「そうと決まれば。ガサゴソ、ガサゴソ」
自分でも意味の分からない言葉を呟きながら、僕はチーズケーキの外装フィルムを外していく。
「それじゃ、、いただきま―――――って、なに?!」
今まさに食べようとしていたところで、目の前を黒い何かが横切って行った。
それによって、僕のチーズケーキは消えた。
そしてその黒い影の主は
「イー♪」
何とも小憎たらしい声を出しながら僕の手にあったチーズケーキをほおばっていた。
「………貴様」
何とかこらえようとしたが、こらえきることができずに、僕は怒りを隠すことなく表にさらけ出した。
「よくも僕のチーズケーキを食べたな」
「イー?」
わからない様子で顔(?)を傾げる魔族は、さらに僕の怒りが高まるのに十分だった。
「もう勘弁ならん! 宇宙葬にしてくれる!!!」
「イー!」
僕の怒号に驚いたのか、魔族は慌てた様子で逃げていった。
「待てやごらぁ!」
そして盛大な追いかけっこが始まった。
それがのちに彼女との出会いにつながると知らずに。
「くそっ。逃げ足だけは早いな」
体に羽のようなものが生えている容姿通り、すさまじい速さで逃げていく魔族に、僕は翻弄されていた。
(とはいえ、このまま逃がすわけにはいかないっ)
僕は意地でも逃がさないとばかりにさらに速度を速めようとしたところで、
「ちょーっと、待ったぁ!!」
「むっ」
突如投げかけられた少女の声に僕は急ブレーキをかけて立ち止まった。
体が前方にもっていかれそうになるが、、何とか転倒せずに済んだ。
その場所は住宅街なのか、やや開けた場所だった。
どうやら追いかけている間に九条家とは反対の方向に向かっていたようだ。
それはともかくとして、僕は突然声を投げかけた人物のほうへと振り向いた。
「魔族いじめはだめだよ!」
「はい?」
その先にいたのは、かわいらしいクマのような着ぐるみに身をまとった淡いピンク色の髪をした少女だった。
その背中にはまるでゲームの武器屋で売られているような一回り大きな剣があった。
服装も白のシャツに赤いリボン、そして赤と白のチェックのスカートと誰が見てもかわいらしいその少女は、こちらを怒ったような目で見ていた。
「魔族いじめなんて私の前では許さないんだから!」
「何を言ってるんだ?」
少女の言葉に、僕は首をかしげるしかなかった。
そもそも、どこからどう見ればこれがいじめに見えるのだろうか?
(取られたものを取り返そうとして追いかけていた……うん、いじめじゃないな)
自分の頭の中で冷静に自分の行いを振り返ってみるが、明らかにいじめではなく正当な行為だ。
そもそも悪いのは向こうだ。
「私は正当な行為をしている。第一、お前は部外者。とっととすっこんで」
「部外者じゃないもん!」
少々大人気がないかなと反省していると、少女からそんな言葉が返ってきた。
「ほぅ? では、どう関係しているんだ?」
「ふっふーん。何を隠そう、この私は魔王なんだから!」
「………」
今の僕はきっとハトがまめ鉄砲をくらったような顔をしているに違いない。
それほどまでに少女の告げた言葉は意外だったのだ。
「だから、私は部外者じゃ――「あはははは」――な、なによ!」
驚きの次に出てきたのは笑いだった。
「お嬢ちゃん、十分笑わせてもらったよ。実に素晴らしいジョークだったよ」
怪訝そうな表情を向ける魔王を名乗る少女に、僕は笑いをこらえるようにお腹を抱えながら言った。
「ウソじゃないもん! 修行中だけど私は魔王なんだってば!」
「ダメだよ。ダメダメダメ。ジョークはね、やりすぎると寒くなるんだよ」
僕は人差し指を立てて、子どもに言い聞かせるように答えた。
実際問題、僕の目から見ても彼女が魔王であるとは全く思えなかった。
シンほど力を感じることもないし、何より僕の中にある感覚が彼女は魔王ではないと告げていた。
「だから、嘘じゃないんだってば!!」
「ふぅん……そこまで言うのであれば、証明してもらおうじゃないか」
頑なに自分が魔王であることを口にする少女に、僕は目を細めながらそう告げた。
「証明?」
「そうだ。己が力でこの私に魔王であると示すんだ。簡単だろ? それとも、ウソを認め逃げるか?」
僕の提案に、首を傾げる少女に僕は挑発するように答えた。
「やってやろーじゃない!」
そう言って、少女は背中にある大きな剣を手にして構えた。
「我は、高月浩介。魔王を見極めし者だ。いざ、尋常に」
「「勝負!」」
こうして、魔王を証明する戦いが幕を開けるのであった。
「アビスブレイカー!」
「ふっ」
初手は相手だ。
少女の剣先から放たれた闇の塊は僕へと迫ってくる。
だが、僕はそれをものともせずにサイドステップでかわす。
「だったら、これでどう? エターナルディザスター」
今度は先程よりも精度の高い攻撃だ。
だが僕はそれをかがむことで回避した。
「如何した! 当たらないと意味がないぞ」
「くっ!」
僕の挑発に、少女は唇をかむ。
そして、再び漆黒の弾丸が飛来してくるが、僕はそれを避けていく。
それからどのくらい経過しただろうか?
「はぁ……はぁ……はぁ」
魔法を連発しているために、少女は息を切らせていた。
「ふむ……この程度か」
だが、僕は息も切らさずに、戦況をうかがっていた。
実際のところ、僕は本気のほの字も出していない。
(これ以上やっても意味がないし、終わらせるか)
「ま、まだまだぁ!」
終わらせようとしたところで、少女は剣を握りなおして士気を高める。
(その辛抱強さだけはすごいが)
もはや僕の中では結論が出た。
(であるならば……)
僕は、すべてを終わらせるべく意識を両手に集中させる。
そして両手にずっしりとした重みが加わった。
見れば、手には神剣吉宗があった。
攻撃力は皆無だが、それ以外の術に関してはこれ以上ないほどの効力を有するそれこそ、今の僕にとっては一番必要な武器であった。
「ぶっとばしてあげる!! ブレイジングスターストーム!」
少女から強力な漆黒の槍が放たれた。
僕は神剣のリーチ内までそれを引き付けると
「見つけた! ブレイジングスターストームっ!」
相手の攻撃に対して剣を振り下ろした。
漆黒の槍は、向きを180度変えて少女のもとへと向かっていく。
「え!? うわああああ!!!」
突然の事態に固まってしまった少女は、そのまま自分の攻撃を喰らうこととなった。
そう、渾身の一撃であろうそれを。
そのまま少女は大きく後方へと吹き飛ばされていく。
「終わりだっ」
「あぐ!?」
そしてさらに肉厚した僕は、少女の首筋に鋭い一撃を加える。
少女はそのまま地面に崩れ落ちた。
どうやら、うまく意識を奪えたようだ。
「……色々と残念だ」
崩れ落ちた少女を見下ろしながら、僕はそう一言つぶやいた。
彼女が魔王ではないのは、確かなものだ。
だが、それでは説明できない”何か”を僕は感じ取っていた。
それが何かは分からないが、それさえ目覚めさせることができれば……魔王を名乗ることもできるのではないかと思ってしまう、
だからこそ、色々と残念なのだ。
「とりあえず、しばらくはこのあたりに結界を張っておけばいいか」
このまま目が覚めてしまうと、後あと面倒なことにもなりかねないので、僕は少女が気を失っている間にこの場を離れることにした。
「ぅぅ~ん。アルザード」
「やれやれ……期待しているぞ。名もなき少女よ」
寝言のようなものを呟く少女に、僕はため息をつきながらそう声をかけて、ついでに毛布を取り出すと、それを少女に羽織らせておくことにした。
「さあ、行こう!」
そして僕は、その場を逃げるように離れるのであった。
「はぁ~」
九条家に戻った僕は、自室に帰るなり深いため息を漏らしてしまった。
「………今日はなんだか怒られてばっかりな気がする」
つい先ほどまで主任から絞られていた僕は、ため息しか出てこない。
買い出しに出かけて6時間も帰らなければさぼりだと思われても致し方がないが。
「大変だな、色々と」
「そうなんだよ、大変なんだよ……ん?」
ふと相づちされた声にこたえた僕だが、すぐにおかしいことに気が付いた。
あたりを見回すが、僕以外の姿は見かけられない。
いるのは僕だけだ。
部屋の中にも、特に不審なところはない。
荷物がそれほどないため、部屋自体はすっきりしている。
ある物といえば、白い棚の上には黒色の犬のぬいぐるみが置かれているくらいだ。
「って、僕はぬいぐるみを持ってきていたか?」
「この俺に気づくとは、さすがは我が主だな」
首を傾げながらぬいぐるみのもとに歩みよる僕に、ぬいぐるみは突然立ち上がると感心したような声を上げた。
その声といい、口調といい、思い当たるのは一人しかいなかった。
「ザルヴィス!?」
「おうよ!」
僕の告げた名前に、ぬいぐるみ……ザルヴィスは威勢よく答えた。
「一体全体どう――「わが主、誰かが近づいてきているみたいだぜ」――む」
問い詰めようとする僕の言葉を遮るようにザルヴィスが告げてきたため、僕はしぶしぶ追求をやめることにした。
それからしばらくして、ノック音が聞こえた。
「倉松だが、入るぞ」
「あ、はい」
ドアの向こう側から聞こえた倉松さんの声に、僕は背筋をただす。
「先ほどは失礼しました」
「いや、もういい。それよりもだ」
理由がどうであれ、ミスをしたのは僕だ。
そういう意味を込めて頭を下げようとすると、それを遮るように倉松さんは口を開いた。
「ヘレナお嬢様が、理事長室に忘れ物をされたそうだ」
「……」
なんだか無性に嫌な予感を感じつつ聞いていると、真剣な面持ちの倉松さんから鍵を渡された。
「汚名返上を兼ねて、行ってはくれまいか?」
「わかりました」
断ることは不可能に近かったことと、何より怒られ続けている負の連鎖を断ち切るべく、僕は特別任務を承るのであった。
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