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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第6話 楽器=性格?

平沢さんの入部で軽音部は、何とか廃部を免れた。
大型連休も終え、またいつものように学校生活が始まる。

「ちくしょう、お前はこれからハーレム道に――――」

何やら佐久間が喚きだすが、いい加減構うが面倒になったので無視して部室に向かうことにした。

「あれ? 高月君部活?」
「ああ。基本毎日部活だよ」
「頑張ってね」

クラスの女子とも色々と馴染んでいき、そこそこ充実した高校生活を送っている。
僕はギターケースを背負うと、軽音部の部室でもある『音楽準備室』へと向かうのであった。

「って、聞けよ!」

そんな佐久間の叫び声を背に受けながら。









「あれ? 僕が最後か?」
「うん、そうだよ」

どうやら、僕が一番最後だったようで手をひらひらと振りながら答える平沢さんの目からは、早く食べたいという声が聞こえきそうだ。
僕はとりあえず近くの壁にギターケースを立て掛けると、物置部屋方面に用意された椅子に腰かける。
何だか議長のような位置だ。
正確に言うと、平沢さんとムギさんの机の横の部分が僕の席となっている。
そして待ってましたと言わんばかりに平沢さんはケーキを頬張る。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

ムギさんによって僕の前にも、同じケーキと紅茶が置かれる。
僕は手を合わせるとそれらに手を付ける。
さて、僕が入部したこの軽音部のメンバーは僕を除いて四人だ。

「何で澪ちゃんはベースを弾いてるの?」
「だってギターは……恥ずかしい」

平沢さんの問いかけに恥ずかしそうに俯いて答える黒髪の女子高生が、ベース担当の秋山澪。
恥ずかしがり屋な性格で、H&Pのファンの一人だ。
僕が正体を隠すうえで、最も注意をしなければいけない人物。
というより、なぜに恥ずかしいのだろうか?

「ギターってバンドの中心みたいな感じで、先頭に立って演奏しなくちゃいけないから、観客の目も自然に集まって………自分がその立場になると考えただけで」

想像したのか、秋山さんは力が抜けたように突っ伏してしまった。

「ムギちゃんはキーボード上手いけど、キーボード歴長いの?」
「私、4歳のころからピアノを習ってたの。コンクールで賞をもらったこともあるのよ」

平沢さんの問いかけに、さらりと答える薄い金髪の髪の女子高生が、キーボード担当の琴吹紬。
ぽわぽわおっとり等、彼女を示す単語はいくらでもある不思議な人物だ。
でも、どうして軽音部に入ったのかが謎だ。
紅茶も入れ終わり、各々が口を付け始めた頃、平沢さんがこの部室に置かれているものが充実していることに触れた。
ちなみに、ここに置かれているほとんどの物はムギさんの自前だとか。

(後で琴吹家に関してサーチするか)

僕が保有する特殊ネットワークで調べてみようと心の中で決めた。

「律ちゃんは、ドラムって感じだよね」
「なッ!? 私にも聞けばすごく感動する理由があるんだぞ!」
「へぇ、どんなどんな?」
「それ……えっと……かっこいいから」

小さな声で明らかに本心ではないなと思うことを口にする栗色の髪をカチューシャで留める女子高生が、ドラム担当の田井中律。
元気で明るい、ムードメーカー的存在だ。
まあ、ひっくり返すとやかましいことになるのだが、それは考えないようにした。

「だって、ベースとかキーボードとか指でちまちまちまするのを想像しただけでだぁぁ!!! って感じになるんだよ!」

何となくしっくりくる理由だった。
田井中さんの答えに苦笑しながらも、僕は用意されたお菓子を口に入れる。

「それで、浩ちゃんはどうしてギターなの」
「……………」

今、平沢さんの口から幻聴が聞こえてきた。

「悪い、良く聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」
「う、うん。どうして浩ちゃんはギターを始めたの?」
「………」

空耳でもなかった。

「平沢さん」
「唯でいいよ」
「そんな事はどうでもいいんだよ平沢さん。大事なのは」
「唯!」

は、話が進まない。
どうして名前で呼びたがらせるんだ。

「………唯さん」

僕は結局折れることにした。
これで彼女も納得――

「唯!」
「少しは妥協しろよ!」

しなかったようだ。

「あ、分かった。それでどうして”浩ちゃん”なんだ? 唯」
「え、えっとね。かわいいから!」

顔を紅くさせるんなら言わせるな。
というよりなぜに呼び方に可愛さを求める?
突っ込みたいことは色々あった。
だが、僕が一番言わなければいけないのはたった一つだ。

「浩ちゃん禁止!」
「えー」
「い・い・な?」

頬をふくらませて不満げな彼女に、僕は少々卑怯な手段ではあるが、殺気を放って頷かせることにした。

「は、はい! 浩君!」

あまり変わっていないようにも見えるが、妥協点だと自分を納得させた。
問題なのは……

「こ、浩ちゃんだって。プクク」
「リ、律。笑ったら失礼だろ。ふふふ」

後ろで盛大に笑っている二人の姿だった。

「何がおかしい? ”律”」
「い、いやなにも……って、呼び捨て!?」

呼び捨てされたことに目を見開かせる律。

「目には目を歯には歯を、だ。お前はこれから律だ」
「うぐぐ……だったら私も浩ちゃんって――」

再び浩ちゃんと呼んだ律に、僕は彼女の前に置かれたケーキに目掛けてフォークを投げた。

「ちなみに、次は当てる」
「はい、わかりました。浩介」

ケーキを食べ終え、空になったお皿を構えながら告げると、呼び方を変えた。
とは言え、報復のつもりか呼び捨てだったが。

「ちなみに、そこで他人事のように座っているお前もだ、”澪”」
「っ!?」

あ、固まった。

「な、ななななな何故私まで」
「律と笑ってたから」
「はぅ……」

ものすごく動揺した澪はそのまま脱力したのかテーブルに突っ伏す。

「それで、どうして浩君はギターをやろうと思ったの?」
「三歳のころまで英才教育でバイオリンをやっていたから」

話題を戻すように聞いてきた唯の問いかけに、僕はそのまま答えた。

「待て待て! バイオリンとギターの関係が分からないぞ」
「バイオリンからチェロ、ハーブと行ってもう弦楽器が無くなったからギターの方に手を伸ばしてみたら意外としっくりきてやっているんだ」
「す、すごく手が広いな」

律が顔をひきつらせて突っ込んでくる。

「一度興味を持った事柄は、徹底的に調べたり極めるのが僕のくせだから」
「へぇ」

まあ、裏を返せば、興味のないことに関しては徹底して無関心という事だが。

「楽器選びにも性格が出るんだね」

唯が呟いた一言は非常に的を得ているものであった。





ティータイムが進み和やかな空気が流れる中、口を開いたのは澪だった。

「ところで平沢さん」
「唯でいいよ」
「え?」

唯に話し掛けると、唯は名前で呼ぶように言う。
何でも”澪ちゃん”と呼んでいるからとのこと。

「ゆ、ゆい」

視線をあちらこちらにやりながら、最終的には上目づかいで名前を呼ぶと、唯はそのしぐさにぐっと来たのか胸を抑えた。

「だったら僕の事も律みたいに”浩介”と呼んでみたらどうだ? 僕も澪って呼んでいるわけだし、そうすればおあいこだろ」
「………………こ、ここここ……」

僕は鶏なのか?
どう見ても無理そうだ。

「まあ、呼び方は澪の場合は永久の課題という事で、唯はギター買ったのか?」

話題を変えると、僕は澪が聞こうとしていた(というより僕自身が気になっていたこと)を問いかける。

「え? ギター?」

なにそれと言わんばかりの表情を浮かべる唯。

「あー! そうか、私ギターをやるんだっけ!」

ようやっと気づいたのか大発見した感じに声を上げた。
尤も、僕は呆れていたが。

「ここは喫茶店じゃないぞ」

澪の言う言葉は尤もだ。
まあ、目の前に広げられているティーセットやらお菓子やらがなければの話だが。

「値段はどのくらいするの?」
「そうだな、安いので一万円暗いのがあるけど安すぎてもいけないしな、五万円くらいがいいかも」

澪の”五万円”の言葉に唯の表情が引きつった。

「お小遣い十か月分」

それはかなり痛い出費だ。

「高いのだと数十万円するのもあるけど、あまりケチると僕みたいになるからやめとけ」
「どういうこと?」

ここで僕は切り札を切ることにした。

「僕の使っているギター、露店で2,500円で買ったんだ」
「に、二千五百円!?」

信じられないと言わんばかりに澪が声を上げた。

「露店の人曰く、百倍は下る代物らしいからかったんだけど」
「そんなのインチキだろ」

律が野次を飛ばしてくるが、うまく的を得ている

「買ってみたらネックとかが狂っていてチューニングも合わないし、何故か弦が切れやすいというある意味使えない楽器だったんだよ」
「ネック?」

唯は話そのものよりも単語自体に引っかかっているようだが、説明する暇はないので聞き流すことにした。

「新しいギターを調達するにも金銭的余裕の問題でできないから使い続けるしかないんだ」
「だ、大丈夫なのかよ?」
「まあ、度を超えた速弾きとかしなければ普通に使えるし大丈夫なんだけどね」

勿論、これまでした話は全てうそだ。
あの白いギターは僕が故郷で最初に勝ったギターだ。
それこそ二百万以上はするほどの高価な物だ。
どのような音色にも化ける特性がある、今の僕には非常にぴったりな楽器だ。
それもこの楽器をフェイクで使おうとした理由の一つでもある。

「部費で落ちませんか?」
「落ちません」

律に尋ねるも、バッサリと切り捨てられ唯は項垂れるが、ムギさんがすかさず出したお菓子でテンションが元に戻っていた。

「よぉし、今度の休みにギターを見に行こうぜ」

そんな律の一言で、僕たちは唯のギター選びに付き合うこととなった。

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第3話 部活

入学式も終わり、後はHRだけとなった。
そのHRでは自己紹介をすることになった。
自己紹介の内容は名前はもちろん、趣味も言わなければいけないのだ。

「お、俺は佐久間啓介と申しますです! 趣味はスポーツでしゅ!」

佐久間は誰が見ても分かるくらいに緊張していた。
しかも最後の方で噛んでるし。
そんな彼の様子に、微かではあるが笑い声も聞こえる。

「はい。それじゃ次」
「はい」

とうとう僕の番となった。
僕は何を言うかをまだ考えてもいなかったが、席を立つことにした。

「高月浩介です。趣味は読書です。よろしくお願いします」

僕は無難な自己紹介をすることにした。
嘘はついてないが。
こうして、自己紹介は進んでいき全員の自己紹介が終え、僕たちは下校となった。










「浩介! 一緒に帰ろうぜ」
「はいはい」

HRが終わって解散になった瞬間に、僕の席にやってくる佐久間に僕はため息交じりに頷くと荷物をカバンに詰める。

「お待たせ」
「じゃ、出発!」

何故か佐久間に先導される形で、僕は教室を後にする。

「入学おめでとうございます!」
「うお?!」

靴に履き替え、外に出た瞬間先輩と思わしき女子生徒たちに行く手を阻まれたかと思うと、一瞬で囲まれた。
どうやら部活勧誘のようだ。

「あ、あれ? 俺には?」

女子生徒たちの部活勧誘の声と混じって微かに聞こえる男の声。
女子生徒たちはそのまま何事もなかったかのように去って行ったが、僕の手に残されたのは大量の部活勧誘のチラシだった。
そして両手を上げてチラシを受け取る姿勢のまま、呆然と立ち尽くす佐久間の姿だった。










気が付けば早いもので、学校が始まりもう二週間が過ぎようとしていた。

「何見てんだよ?」
「部活を紹介する冊子」

佐久間の問いに僕はそっけなく答える。

「部活って……二週間経つのにまだ決めてなかったのかよ!?」
「悪かったな」

前の席を占領した佐久間は机の上に広げた冊子を覗き込む。

「そう言うお前はどうなんだよ? 仮入部とかをやりまくっていたようだけど」
「断られました」

新入部員が欲しい中でも断るということは、よほどのことをしでかしたのだろう。
もしくは本能的な何かでこいつの危険なところとかが分かったりもしたのか?

(どうでもいいか)

僕はそう割り切り、冊子に目を向ける。

「僕さ、思うんだが」
「何だ?」
「この学校の校長か理事長なのかは知らないが、馬鹿だろ」

僕の辛辣な言葉に、佐久間は口笛を吹く。

「何故廃部予定何て記載をする? そもそも、廃部するんなら載せなければいいのに」

僕が言っているのは『軽音部』の部活動紹介の項目だった。
しっかりと部活動名の隣に(廃部予定)と書かれている。

「まあ、普通の学校なら軽音部は定番だしな」
「そうなのか? 僕にはよく分からないが」

佐久間の説明に僕は首をかしげる。
今までイギリスにいたためそういったこととは縁がなかったのだ。

「は? 浩介、中学の時に部活動とかしてなかったのか?」
「まあ、勉強とかもあったしな。そもそも留学しているんだから知るわけがない」
「留学!?」

僕の言葉を聞いた佐久間は固まり、そしてなぜか周りで話していた女子の数人がこっちに来ていた。

「高月君って、留学してたの?」
「あ、ああ。三年間だけど」
「どこどこ?」

何故かは知らないが、留学の話に女子生徒たちは食いついてきたようだ。

「イギリスの方に」
「イギリスか~、やっぱり料理はおいしかった?」
「まあ、味云々は感じ方は個人差があるし、数日もすればなれるよ」

やはり食いついたのは料理関連の方だった。
矢継ぎ早に投げかけられる疑問に、僕は丁寧に答えて行く。

「浩介!」
「な、何!?」

そんな中、今まで沈黙を守っていた佐久間が声を上げる。
そのただならぬ雰囲気に、思わず畏まってしまった。

「イギリスの女性たちのバストは! 美人さんがいたのか?!」
「………」

あまりにもくだらない問いかけに、僕は固まり女子たちは数歩後ずさった。

「高月君」

沈黙が教室内を覆う中、茶色の髪の女子生徒が僕を呼ぶ。
目をやると、手でジェスチャーを送ってくる。
僕はそれを左手の親指と人差し指を使って丸を作り、相手に”了解”とジェスチャーを返した。

「佐久間」
「おう、教えてく―――」

僕は脳天に一撃を加えることで、佐久間の口を強引に閉じさせた。
その後、佐久間は自分の席に突っ伏すことになるのであった。










「部活かぁ」

夜、自分の家に戻った僕は自室で考えをめぐらしていた。
内容はもちろん部活動の事。

(運動部は………)

想像してみた。
運動部に入った僕⇒県内ベスト記録を塗り替える⇒世界大会に出場し余裕で優勝。

「ズルだろ」

僕の身体能力を考慮すると、絶対に入ってはいけない気がした。

「となると、残るのは文科系か」

僕は、文科系の部活紹介ページを開く。
だが、やはり僕の目に留まる様な部活はなかった。

「…………」

たった一つを除いては。
それは『軽音部』だ。
確かに今の僕ならばこの部の方が向いているかもしれない。
楽器系、特に弦楽器なら。
特に、軽音楽系は僕が所属するバンドとほとんど同じ感じの曲だった気がするし。
問題とすればただ一つ。

「僕がプロの……H&Pのヴォーカルであることは知られてはいけない」

そう、僕がDKという事を隠さなければいけないということだ。
だが、これは一筋縄ではいかない。
何せ演奏してしまえば一目瞭然なのだから。
いくらワザとミスをしようとしたところで、癖までは隠すことはできない。
ギタリストには各々に弾き癖が存在する。
それが極まって行くと”個性”となるのだが、僕の場合はそれが独特だとよく言われる。
要するに、知っている人が見れば、聞けば分かってしまうということだ。
ならば僕のするべきことは一つしかない。

「楽器の方をいじくる……か」

ギターの方に細工をして”音色”その物を変える事だった。
勿論、音色を完全に帰ることなど不可能だ。

「だからこそ、こいつを使うのさ」

僕はクローゼットに封印してあったギターを取り出す。
白色でやや丸型と四角形の中間の形をするボディだ。
名前はない。
というよりは覚えていないと言った方が正確だろう。
このギターには細工が施されている。
それは弦の部分。
弦全ては主流で使っているGibsonの使い古しだ。
ギターの弦は空気に触れるだけで錆びる。
そして人の汗でもっと早く錆びる。
錆びた状態で引き続ければどうなるかは、想像に難くない。
このギターはその弦を利用しているのだ。
これまでの経験による計算上、中級レベルの演奏法(速弾きなど)をすると、弦が切れる段階まで錆びている弦を使っている。
よくDKとしてじゃないときに弾かなければいけない状態になった際に使っている。
このギターが僕の正体を隠してくれる相棒になる。
その理由は――

「ん? 電話だ」

思考の海に潜る僕を引き上げるように鳴り響く電話に、僕は着信音のする方へと足を向ける。

「この電話という事は、バンド関係か。はい、もしもし」
『おー、出た出た。悪いねDK』

電話口から聞こえたのはMR(中山さんだが)の声だった。
この白色の携帯電話は、バンド関係の要件の際に使っている。
原則としてこの電話の際は、お互いに本名を言わないことにしている。
完全に僕のわがままによる措置だったが、バンドメンバーは快く引き受けてくれていた。

「どうしたMR。ライブの件か?」
『いや。DKに”例の”物を届けておいたから、確認しておいてほしいんだ』

DKとしての時は、僕はタメ口とやや威圧感のある口調で接する。
これは他バンドから舐められないようにする自衛の手段だ。
理由としてはバンド発足当時、僕は小学生だったから餓鬼だと言われるのが嫌だったためだ。
その名残で今もこんな感じなのだ。

「ああ、あれか。分かった確認しておこう。返事は例の場所にいつも通りに発送しておく」
『分かった。では』

完結に用件を言ってMRは電話を切った。
”例の”物とは、リビングに置かれていたA4サイズの茶封筒の事だ。
僕は白い携帯電話を机の引き出しにしまうと、勉強机に置いてある茶封筒を手にする。
差出人は『鈴木卓郎』となっているが、この人物はH&Pと関係のない一般人だ。
バンドメンバーの名前はトップシークレット。
限られた者しか知らない事実だ。
そしてそれを第三者にばれないようにするために、隠ぺい工作は徹底した。
こういった手紙の発送元はMR……中山さんの知人が使っていた私書箱を譲り受けて使っている。
快くOKしてくれた鈴木さんには頭が上がらないのだ。
故に、僕がDKであるとは誰も思わない。
協力者がリークでもしない限りは。

「さて、中身は何かな」
僕は茶封筒を開封すると中を漁る。
中身が紙のようなものであることが分かった僕は、躊躇なくひっくり返して中身を机の上に出した。

「ファンレターか」

それはすべて僕に宛てられたファンレターだった。
何十通もあるファンレターに、僕は一通ずつ目を通していく。

「はぁ……」

殆ど読み終えた僕は、ため息を漏らした。
嫌なわけではない。
むしろファンがいるということは嬉しいことだ。
問題は文面だ。

『DKさんの御復帰を心待ちにしておりました。是非、また良い演奏を聞かせてください』

問題はないようにも見えるかもしれないが、”DKさん”という部分が僕には屈辱でもあった。
勿論、ありがたいことでもある。
僕の事を待っていてくれるファンには感謝してもしきれない。
だけど……

(僕一人がH&Pじゃない)

それが本音だった。
昔音楽評論家が言った一言が原因だった。

『H&Pは、DKその物と言っても過言ではない。逆にDKがいないH&Pはここまで行けないだろう』

H&Pが有名になったのは、僕にも一因はあるが、何よりみんなの努力が実ってのこと。
それを僕のおかげで有名になれたと言われるのは、いった本人は最高のほめ言葉だと思うが、僕にとっては最高の侮辱だ。
僕は、バンドのメンバー全員に頭を下げた。
皆は許してくれたが、僕はそれから決めたのだ。
”DKの正体を絶対に明かさない”と。

「あー、気分悪」

嫌な事を思い出した僕は、振り切るように残り少ないファンレターを読むことにした。

「ん? またあの子か」

僕が手にしたファンレターの差出人に、思わずそう呟いてしまった。
差出人は『秋山 澪』
H&Pのファンだとかで、よく手紙を送ってくれる。
この人物は、一通目で僕たちの印象に残ることになる。
その理由は……

(ペンネームでいいのに律儀だよな)

律儀に本名を明記しているからだ。
ファンレターの差出人は9分9厘、ペンネームなのに、彼女は本名で送ってきたのだ。
その事に思わず笑みがこぼれる。
ちなみに、一応その事を書いたのだがその後も本名だ。
理由までは皆目見当がつかないけど。

『DKさん、御復帰おめでとうございます。これからもH&Pの一ファンとして、楽しみにさせていただきます』

それが、手紙に書かれていた内容の要約だ。
”H&P”と書いてくれていることがとてもありがたいことだった。
僕を、DKをH&Pのメンバーとして見てくれることがうれしかった。

「さて、次は………またかい」

次のファンレターを手にして差出人を見た僕は思わず苦笑してしまった。
差出人には『中野梓』と記されていた。
この人物と先ほどの手紙と同様に、本名でいきなり送ってきた人物だ。
内容も先ほどと同じだが、他にもいろいろ書かれていた。
9割方のファンレターの返事はそれほど大差ない内容だが、この二人に関しては大きく返事の内容が異なる。

(嬉しい手紙をもらうと、書く量が変わる癖は直さないとな)

そんな事を思いながら、僕は気付けば便箋がいっぱいになるまで返事を書上げるのであった。
書き終えた返事を新たに用意した茶封筒に入れて、封をすると翌日発送しようと思い、机の上に置いた。
その後は次の日の教科書などの準備をすると、僕はベッドにもぐりこみ眠りにつくのであった。

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第5話 活動!

晴れて軽音部に入部することになったのだが、僕はさっそく試練を課せられた。

「絶対にばれる」

目の前にあるのは白いギター。
ギター自体に細工をしていて弦が切れやすくなっている物だ。
とは言え、これだけでは心もとない。
どんなに下手な演奏をしようにも、弾き癖がある以上ばれる。
しかも、その場には僕たちのバンドのファンがいるのだ。
さらに注意が必要だ。
分からない可能性もあるにはあるが、そんな物は希望的観測に過ぎない。
だからこそ、そう言ったことは考えずに最悪の場合の事を考える。

「あわよくば、ギターを見る目がないそこそこうまいギタリストだと思い込んでくれることを祈るしかないな」

その為の白いギターだ。
弦が折れる⇒ギターを購入した際の話をする⇒ギターを見る目はないが演奏はうまいと思わせる。
それが僕の狙いだ。

「勝負は明日」

明日放課後に、みんなの前で演奏をすることになっている。
これを突破すれば第一関門はクリアになる。
後は演奏中に下手な事をしなければいい。
上手すぎず、下手すぎずのラインを目指すのだ。

「尤も、その前に”廃部しなければ”という前提がつくけど」

ティータイムの時に聞かされた話では、今月中(つまりはあと8日なのだが)に部員が五名入部しなければ廃部になるとの事。
つまりあと一人だ。

(とはいえ、軽音楽=軽い音楽でハーモニカやカスタネットとかの楽器を演奏するなんて勘違いした人が入部しなければいいんだけど)

さすがに”カスタネット”を演奏すると思い込んでいる人がいるとは思えないが。
目の前でそう言うのを出されて演奏されても、どう反応すればいいのかが困るし。

(まあ、ギター弾いたことがない人に一から教えるのは嫌じゃないんだけどね)

誰にも始めてはある。
そういう人にやさしく教えられるようにするのが、僕たちプロの役目の一つなのだ。

「よぉし、明日は頑張るぞ!」

僕は気合を入れて眠りにつくことにした。
翌日、その過程通りの人物が現れることになるとも知らずに。









翌日、僕は白色のギターが入ったギターケースを背負って教室に入った。

「おっす……って、なんだよ!? その馬鹿でかい荷物」

教室に入ってきた僕に声をかけてくる佐久間。

「そんなにでかくない。ただのギターだ」
「へぇ、ギターか。って言うことは」

僕の言葉を聞いた佐久間はまさかと言った表情を浮かべる。
そんな佐久間に、僕は静かに頷く。

「軽音部に入部することになった」
「それはよかった」

意外だ。
佐久間だったら、部員は女子かとか聞いてくると思ったのだが。

(佐久間についての見方を少し改めよう)

僕は心の中でそう決めた。

「で、女子は何人だ?」
「…………」

先ほどまでの関心を返せ。

「全員だよ」
「ぬぁにぃ~!?」

ため息をつきながら答えると、佐久間は大きな声を上げて僕に迫る。

「浩介! どうしてお前はそんなに女の子とお近づきに―――げふぁ!?」
「うるさい。黙れ」

いい加減全部聞いているのも面倒になったので、潰すことにした。

「まあ、それはともかく、だ」

どうも最近佐久間の回復力が上がっているような気がしてならない。
勘違いであってほしいが。

「入部おめでとう」
「あ、ありがとう」

そして、こうやって真面目な一面を見せるから複雑な気分になるんだ。
僕はとりあえずギターケースを窓側に立てかけることにした。
邪魔になりそうなら別の場所に置くことになるが。










「やれやれ、やっと終わったよ」

放課後、担任の教師から雑用をするように言われた僕は、ようやく雑用を終えた。
教室に入ると怪しげな動作でギターケースに手を伸ばす佐久間の姿があった。

「佐久間、何をしている」
「あ、ちょっとギターを見てみようと――――ッ!?!?!?」

佐久間が言い切るよりも早く、股間を蹴りあげた。

「触るなと言った。これで五度目だ」
「は、はい。ズビバゼン」

取りあえず佐久間は潰しておき、僕は今度こそギターケースを手に教室を後にするのであった。









「ごめん、遅れ――」
「そういうわけだから、演奏の準備をして!」

部室である『音楽準備室』に入った瞬間、田井中さんに腕を掴まれながら指示を出された。

「は? 何が」

突然”そういうわけだから”と言われても意味が分からない僕は、呆然と固まっていた。

「律! ちゃんと説明しないと」
「でも、説明しているうちに平沢さんが帰ったらどうするのさ!?」

何だかものすごく興奮しているなと思っていると、ふと視線を感じた。
視線のする方を見ると、そこには栗色の髪の女子高生がソファーに腰かけていた。

「ん? 君はあの時の」
「き、君は」

入学式に遅刻でもないのに遅刻と言いながら走って行った、おっちょこちょいな女子だった。

「あの時はありがとうございました!」
「いえいえ」
「お知り合い?」

そんなやり取りをしているとムギさんが聞いてきた。

「まあ、ちょっと色々ありまして」
「色々っ! はぁ~」

彼女の名誉のためにと、具体的な事をぼかして言うと僕のワンフレーズにムギさんはぽわぁとゆるんだ表情を浮かべる。
どうして?

「取りあえず、今の状況を説明してくれる?」

思わずそう呟いてしまった僕の声に反応したのはムギさんだった。
そんなムギさんの説明によれば、楽器を演奏できないのに軽音部に入部してしまったらしい。
そして、せめてという事で、演奏を聴いてもらうことになって僕が入ってきたということらしい。

「そう言う事なら……」

僕は背負っていたギターケースを下すと、中からギターを取り出す。
そして置かれているアンプとつなげた僕は、軽く弦を弾いた。
すると、微妙に歪んだ音が周囲に響く。

「それで、演奏曲目は?」
「うーん。『翼をください』?」
「いや疑問形で返されても」

曲名を告げられた僕は、頭の中でその曲を軽く思い出しながら、そこにギターの音を入れて行く。

「ワン、トゥ、スリー、フォー!」
「え、ちょ!?」

まだ完全にシュミレートが出来ていない状態にもかかわらず、いきなりカウントされた僕はあろうことか入りがずれてしまった。
歪んだ音色を響かせる中、ドラムのリズムもバラバラでキーボードの音やベースの音なども微妙に方向性がずれてしまっている。
はっきり言って、こんな演奏をバンドメンバーの前でしたら、僕はただでは済まないだろう。
そんなズレまくってしまった曲の演奏は、なんとか終えることが出来た。
すると、今まで座っていた栗色の髪の女子高生は感動した様子で何度も拍手をしていた。

「い、いやぁー。どうだった?」
「何ていうか。すごく言葉にしにくいんだけど」

照れた様子で女子高生に尋ねると、女子高生は高いテンションのままはっきりと告げた。

「あんまりうまくないですね!」

(ば、バッサリ)

僕とて、うまいとは思っていないがこうもはっきりと言われるのは逆に清々しささえ感じていた。

「でも、スッごく楽しそうでした! 私、この部に入部します!」

女子高生の宣言に、僕は夢かと思いたかったが、頬の痛みがこれは夢じゃないと告げていた。

「痛い」

僕は小さな声で頬をつねるムギさんに不満を口にするが、聞こえていないようだった。
その後、田井中さんによって活動開始記念と言うことで写真が取られた。
その写真には田井中さんが額しか映っていなかったのは余談だ。

「あ、でも私全然楽器とかできないし。マネージャーとかどうかな?」
「ここは運動部じゃないぞ」

女子高生の少しばかり外れたような提案に、思わず突っ込んでしまった。
気曲ムギさんの勧めで、彼女は”ギター”を始めることになった。
そして……

「では、聞かせて貰おうか!」
「お前は何様だ!」

ソファーの上でふんぞり返る田井中さんは、隣に腰かける秋山さんに小突かれた。
危ない、あとちょっとで僕が小突きそうになっていた。
さすがにここで”小突く”のは怪我では済まなくなりそうだ。

(何かほかの手段を考えることにしよう)

そう考え付いたところで、僕は一息ついた。

「まだ少しだけ嗜んでいる程度だからうまくないかもしれないけど、ワンフレーズ行きます」

僕はピックを持つ手に走る震えを深呼吸で抑える。
これから僕が演奏するのは僕の十八番でもあるカバー曲のソロだ
その名も『Devil Went Down to Georgia』だ。
直訳すると”悪魔はジョージアへ”となる。
悪魔と勝負をして負けた人間の魂を奪うという物語だ。
この曲は、もともとはカルチャーミュージックのようなものであったが、音楽ゲーム用にアレンジされハードロック風にされた。
そしてギター殺しの曲や、ラスボスとまで言われるようになる。
その由縁が、今から弾こうとしているソロパートなのだ。
僕は、ピックを振り下ろす。
最初はゆっくり目で簡単な音を。
だが、徐々に悪魔が牙をむく。
テンポは一気に早まり、音は小刻みになって行く。
今この場は嵐の海と化した。
その中で必死にもがくような音色が奏でられる。
そして、いよいよソロパートも終盤となったところで、間抜けな音と共に弦は切れた

「あ、切れちゃった」

白々しいと思いながら、僕は落胆した風に演じながら呟く。

(あれ、反応がない)

僕は、いつまで経っても反応がないため、リスナーである四人に声をかけることにした。

「おーい、大丈夫か?」
「……す」
「す?」

田井中さんが反応を示した。

「すっげぇ! うまい、上手すぎる!!」
「うん。私も聞きほれてしまいました」
「すごい! わたしとっても震えちゃいました!!」

反応を示したかと思うと、ものすごいハイテンションで褒めちぎられる。
一応プロだから、引けて当たり前だ。
でも、この胸の奥からこみ上げる喜びは、とても心地よい物だった。

「なあ、澪もそう思うだろ!」
「ああ……本当にすごい」

(まずいな)

秋山さんの目が過去を思い返しているように見えた。
今、秋山さんの中では様々なバンドの演奏が再生されているだろう。
どうか僕の正体がばれないように、祈ることしか僕にはできない。
それよりも問題なのは

「是非、私にギターを教えてください! 師匠!」
「師匠は止めて」

興奮のあまりに手を握りしめて教えてくれとせがむ女子高生への対応だったりする。
その後、思考の海から戻ったのか秋山さんによって女子高生は落ち着きを取り戻し、僕が彼女にギターを教えるという事で落ち着いた。
その態度から、僕はばれなかったと知って静かに息を吐き出すのであった。
こうして、軽音部は廃部の危機を脱したが、これはまだまだ序の口であることを僕たちは知らないでいた。

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第4話 入部!

翌日、僕はファンレターに対する返事の手紙を射れた茶封筒を郵便ポストに投函してから、高校に向かった。

「おっす、浩介!」
「おはよう。朝からテンション高いな」

いつもの事だが、ハイテンションの佐久間に僕は呆れながらあいさつを返す。

「部活は決めたのか?」
「ああ。一応ね」

僕はそう告げて佐久間に入部届を渡す。

「へ~、軽音部か」
「まあ、考えた結果だけど」

感心したようにつぶやくと、佐久間は入部届を僕に渡す。

「いいな~、これでまたモテるんだろうな~」
「そんな不純な思いでやらないから」

こいつの頭の中にはモテることだけしかないのかと頭を抱えたくなる。

「これからは浩介の事を師匠、もしくは兄貴と―――ぐばはぁ!?」
「お断りだ」

いつものように黙らせた僕は、封筒に入部届を入れると机の中にしまう。
僕は、放課後に思いを馳せる。
何だか楽しみになってきた。

「だったら、親父と――」
「佐久間慶介。黙れ」
「………ハイ」

前言撤回、今日は色々と波乱の一日になりそうだ。
そんなこんなで、担任の先生が教室に入ってくることでHRが始まるのであった。









授業も終わり、放課後を迎えた。
そんな中、僕は今非常に困っている。

(入部届は、誰に出した方がいいのだろうか?)

これまで部活などをやっていなかったので、入部届を誰に出せばいいのかが分からなかった。
情けないなと我ながら思う。

(誰かに聞くか……とは言っても、それが出来るほど親しい奴は佐久間位しかいないんだよな)

何だかさらに情けなく思えてきた。
僕は佐久間の方を見てみた。

「グガー、グガー」

いびきを掻いて寝ていた。
まったくあてにならない人物であることだけは理解できた。

(とりあえず、軽音部の部長に提出しておくか)

先生には部長じゃない時に出せばいいだろうと思い、僕は教室を後にする。

(さて、軽音部はどこだろう)

教室を出てから数秒で、僕は大きな壁にぶち当たった。
壁にぶち当たった僕が向かった先は、『職員室』だった。

「失礼します」

職員室に入った僕は、担任の教師を探したが見当たらなかった。
おそらく多忙なのだろう。

「あなた、誰先生に用事かしら?」

どうしたものかと考えたところに、声をかけてくる人がいた。
見れば人当たりのいい笑みを浮かべているメガネをかけた女性教師が立っていた。
普通の人が見れば、彼女はお淑やかそうに見えるだろう。
そう普通(・・)の人には。

「えっと、軽音部の部室がどこにあるのかを聞きたいんですけど」
「ああ、軽音部ね」

僕の問いかけに、目の前の女性教師はなるほどねと言わんばかりの表情で頷くと職員室の出入り口のドアまで歩み寄る。

「あそこの階段を上った先……校舎の最上階にある音楽室よ。頑張ってね」
「ありがとうございます」

教師からエールをもらい、僕は一礼すると職員室を後にした。










「どうして手すりにこんなものを」

階段の手すりにあるウサギや亀のレリーフに、首を傾げながら一段一段上って行く。
上るたびに樹がきしむ音がするのは、風流と見るべきなのか、うるさいと取るべきなのか。
それはともかくとして。

「ようやく最上階だ」

なんとかたどり着いた最上階で、僕は額の汗をぬぐう仕草をしながら一息つく。

「確か軽音部は音楽室で活動していると言ってたな」

僕は、念のためにと右手を音楽室のドアに触れて目を閉じる。

(いない。ということは……)

人の気配がないのを確認した僕は、左隣の『音楽準備室』のドアに同じように手を触れる。

(いた。人数は……3人か。しかも全員女子だし)

早速懸念していたことが怒った。
女子だけの部活に男が一人というのは、非常に心苦しい。
いや、居心地が悪いということではなく。
接し方が分からないだけだ。

(とりあえずは、話してみないと)

僕は一度頷いて深呼吸をすると、ドアノブをひねった。

「あの、すみません」
「はい、何か用?」

ドアを開け、恐る恐る中に入ると、栗色の髪をカチューシャのようなもので留める女子高生が、そっけない様子で近寄りながら声をかけてきた。

「軽音部はここで―――」
「もしかして、入部希望!?」

最後まで言い切る前に、栗色の髪の女子高生によって遮られた。
先ほどのそっけない態度は何だったのだろう?
今は目を輝かせている。
というより、すごい変わりようだな。

「え、ええ」
「~~~っ! おーい、皆! 入部希望者が来たぞ!」

僕の返事に栗色の髪の女子高生は嬉しそうな声で悶えると、後ろの方にいる女子高生二人に声をかける。

「ようこそ、軽音部へ!」
「歓迎いたします!」

そして立ち上がると、嬉しそうな表情で黒色の髪を後ろに結んでいる女子高生と、薄い金髪の髪をストレートに伸ばす人当たりのいい雰囲気を醸し出す女子高生の二人が歓迎の言葉を掛けてくれた。

「よぉしムギ、お茶の準備だ!」
「はい!」

そして栗色の女子高生の指示に、薄い金髪の髪の女子高生は笑顔で返事をすると素早く支度をした。

(な、何? この熱烈な歓迎)

あまりの熱烈な歓迎に、僕は少しばかり引いていた。

「さあさあ、座って座って」
「は、はい」

栗色の髪の女子高生に言われるがまま、僕は奥にあった椅子に腰かける。

(ま、まさか僕の正体を知っているのか!?)

色々な可能性が頭の中をよぎる。

(もしくは、試験でもするのか? 入部するための面接試験とか)

ありえないとは思いつつも、部活動を生れてはじめてする僕には、想像がつかなかった。

「はい、どうぞ」
「あ、すみません」

そして用意されたのは良い香りの紅茶と、僕の大好物のチーズケーキだった。
なぜ、こうも僕の好みにぴったりなチョイスなのだろうか?

(た、食べづらい)

三人に見つめられながらと言うのは、非常に食べづらい。

「どうぞ、召し上がって」
「い、いただきます」

薄い金髪の女子高生に促らされるまま、紅茶の入ったティーカップに手を伸ばす。
そして、一口すすると柔らかい味が口の中を駆け巡る。

「お、おいしい」

思わずそう呟いてしまうほどのおいしさだ。
人に入れて貰ってここまで美味しい紅茶は初めてだ。
僕はチーズケーキにも手を伸ばす。
フォークでチーズケーキの先を切ると、それを口元に運ぶ。

「はぁ~」

思わずとろけそうになる。
やはり、チーズケーキは神の産物だ!

「お好きなんですか? チーズケーキ」
「え、ええ」

(いけないいけない。しっかりしないと)

とろけ切っていた自分に喝を入れつつ、僕は問いかけに答える。

「あなたは、どんなバンドが好き?」
「え?」
「好きなギターリストとかは?」
「え゛!?」

栗色の髪の女子高生の早速の問いかけに、僕は固まってしまった。
まさか、そこから入るとは思ってもいなかった。
そして正直に言おう。
僕はバンドとかギターリストの名前は知らない。
いや、これでは語弊がある。
正しくは、名前は知っているが好きか否かの判別は出来ないのだ。
カバー曲をするために、曲を聴いたりはしているためバンド名は知っているが、それがそのバンドが好きだということに=にはならない。
ギターリストはなおさらだ。

『他は他、ここはここだ。他者を気にする暇があるのなら、まずは己を鍛えよ』

それが、僕が前にバンドメンバーに言っていた言葉だった。
あの時の自分を殴り飛ばしたい。
少しは興味を持てばよかった。

(ここで適当に言っても深く潜られたら絶対についていけない)

そんな時、明暗が思いついた。

(自分の所属するバンドを言えばいいんだ)

そうすればどんなに詳しいことを聞かれても話についていける。
何せ自分が所属するバンドなのだから。
とは言え、DKと言うのは気が引ける。
自分で自分を褒めるほど、僕は変人ではない。
なので、僕は相方の名前を言うことにした。

「えっと、MR」
「MR!?」

黒髪の女子高生が身を乗り出すほどの勢いで食いついてきた。
その勢いに、思わずのけぞりそうになった。

「あー、なるほど」

栗色の髪の女子高生も納得した様子で呟く。

「どなた?」
「八年ほど前に発足したバンドのギタリスト! 重厚で強く響く演奏をするんだ」

MRに聴かせてあげたら、喜ぶだろうなー。

「だったら澪と気が合うんじゃない? 澪もファンだしな~」
「え、澪?」

今、栗色の髪の女子高生の口にした名前らしき単語に、僕は汗がどっと噴き出るような感じがした。

「澪さんって、お名前は?」
「っ!?」

恐る恐る尋ねると、澪と呼ばれた女子高生は顔を赤くして顔をそむけた。

「あ~あ。ごめんね、うちの澪は恥ずかしがり屋だから」

なるほどなと納得。
細かいところには追求しないことにした。

「あなた、名前は?」
「あ、秋山澪」

その瞬間、時間が止まったような錯覚を覚えた。

(ふ、ファンの子だ?!)

何度も何度も本名でファンレターを送っていたのが、目の前の黒髪の女子高生だったのか。

(よ、よかったDKと言わなくて)

言っていたら、DK解説が始まっていたかもしれない。
自分の事を目の前で言われるのは、非常にむずがゆく感じる。

「私は琴吹 紬と申します。ムギと呼んでください」
「あ、私は田井中 律。よろしくね」

薄い金髪の女子高生……ムギさんに続いて栗色の髪の女子高生……田井中さんが自己紹介をする。

「すみません。僕は高月浩介と言います。よろしくお願いします」

僕も彼女たちに倣い、自己紹介をする。

「あ、敬語じゃなくても良いですよ。同じ学年ですし」
「そ、そうですか。では……これからはこんな感じで話さしてもらうよ」

ムギさんの提案に僕は一呼吸おいて話し方を元に戻した。

「秋山さんのファンって、もしかしてMRの事?」
「いや、ちがうよ。澪はねH&Pというバンドとそこに所属するDKのファンなんだよ」

H&Pと言うのはhyper-prominenceの省略した呼び名だ。
世間一般的にはこの愛称で呼ばれている。

「そのDKさんと言うのは、どなた?」
「ギター演奏で右に出る物はいない、どのような難解な速弾きでも巧みに演奏する、音楽界に革命をもたらしたギタリスト!」

結局解説されちゃうのね。

(革命もたらしてないし)

突っ込みたいのを必死に堪える。
でも、今の一通りの流れで、僕の正体に気付いていないということは分かった。
気づいているのであれば、今頃はすごい騒ぎになっているだろう。
とは言え、さらに僕は気を付けなければ行けなくなったことでもある。

「あ、これ入部届です」
「はい、確かに」
「楽器は何を?」

入届を田井中さんに渡しがてら聞かれたので、僕は少しだけ考えたのちに答える。

「えっと、ギターを少々」

一番いいのはギターを弾かないということでもあるのだが、それ以外だと演奏すらできない可能性があるので、ここはギターを取ることにした。

「そっかそっか~、それじゃぜひ明日持ってきて聞かせてよ」
「そうだな。どのくらい弾けるかを把握するのも必要だしな」

どうやら神様は僕にとことん冷たいようだ。
とうとう来てしまった。
最初の試練が。

「分かりました」

こうして僕は、その試練を受けることになるのであった。

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第2話 入学式!

あれから数日の時間が流れる。
僕は、新たに通うことになった桜ヶ丘高校の制服に袖を通していた。

「はぁ……」

これから毎日通るであろう住宅街を歩きながら、僕はため息を漏らした。
これで何度目だろうか?
今日は入学式。
おそらく生徒たちはこれから始まる新たな日常に胸を躍らせている事だろう。
そんな中、僕は憂鬱な気分だった。

(何で僕が元女子高に)

僕は、未だに割り切れていなかった。

(まあ、願書を出すの日が遅かったんだから当然かもしれないけど)

それでも割り切ることはできなかった。

(女性に興味がないわけでも恐怖症でもないんだがな)

僕は女性に興味は多少なりともあるし、恐怖症だなんてこともない。
ただ単に”万が一”の時が一番恐ろしいだけだ。
女子の結束力は良い意味でも悪い意味でも恐ろしいほど強いのだから。

「9割が女子で残りの1割の男子の1割に僕が含まれているのか」

そう思うとなんだかすごいと思えてしまうのも仕方ない。

(というより、僕はどうやって合格したんだ?)

面接でも志望理由を聞かれたような記憶があるのだが。
……もっとも答えた内容は忘れてしまったが。

(不純な理由じゃなかったのが合格の決め手になった…………なんてな。そんな分かりやすい基準じゃないか)

一体一クラスに男子は何人いるのだろうか?
僕一人だったらどうしよう?
再び不安になってきた。

「まあ、いつまで悩んでいてもしょうがないか。いっその事楽しむ勢いで行こう」

(それが例の課題(・・・・)もクリアに繋がるのかもしれないし)

僕はそう考えをまとめた。

「すぅ……はぁ……」

いったん立ち止まり目を閉じると大きく深呼吸をする。
そして目を開けると、そこに広がる光景は今までとは見違えるほど素晴らしく見えた。
周りの光景など、心の持ちようで見え方が変わるのかと、どうでもいいことを学んだ僕は再び足を進める。
少し歩くと十字路に差し掛かった。
「この十字路からパンを口にくわえた少女が飛び出したりして」
どこのラブコメだよと心の中でツッコむ。
大体今の時間帯はまだ遅刻するような時間でもないし。

「うわッ!?」

そう思っていたところ目の前の十字路から少女が飛び出して来た。
しかもパンをくわえて。

(な、なんというベタな)

あと一歩前に進んでいたらぶつかっていたかもしれない。
どうやら僕は運がいいようだ。

(にしても、かなり急いでいたな)

僕は少女が走り去って行った方向に視線を向ける。

(遅刻するってわけでもないのに走るなんて。とても律儀な人なんだな)

僕は先ほどの少女にそんな印象を抱いた。
きっと品行方正なのだろう。

「ん?」

自分の中で結論付けて歩き出そうとした僕は、地面に落ちている何かに目を止める。
それはピンク色で何やらキャラクターのようなものが縫われているハンカチだった。

「これって明らかに、さっきの人のだよな?」

もしかしたら別人かもしれないが。

「…………って、早く追いかけないとッ!?」

僕は慌てて少女の後を追いかける。
全速力ではなく若干パワーを抑えている。
そうしなければきっと僕は風になるだろうから。
全速力でなくても今の速さも普通の人よりはかなり出ている。
現にさっきの少女の後姿が徐々に近づいてきているのだから。

「おーい! そこの走っているあなた!」
「ふぇっ!? うわっととと?!」

声が聞こえるであろう範囲まで追いついた僕は大きな声で前を走る少女に声をかけると、それに驚いた少女は一瞬バランスを崩して転びそうになるが、なんとか転ばずに済んだようだ。

「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です!」

少女は大丈夫だということをアピールしながら答える。
口にくわえたパンはどうやら途中で食べきったようだ。

「これ、君のですか? さっき向こうの方で拾ったんですが」
「あ、私のです! すみません、ありがとうございます」

僕が少女に差し出したハンカチは彼女の物だったようで、大事そうにスカートのポケットしまいながらお礼を言ってきた。
その少女は栗色の髪を左右と真ん中に分け、僕から見て左側をヘアピンで留めていた。

「いや、当然のことですよ」
「……あッ!? 遅刻、遅刻!!」

僕の答えなど聞かず、少女は再び慌ただしく駆けて行った。

「…………」

僕はそんな少女の後姿を呆然として見送る。

(……ただのおっちょこちょい?)

そんな事を思ってしまうのもある意味当然だと思う。

(それにしても彼女も桜高の生徒か)

着ている制服が前に見た桜高の女子用の制服と同じだったことから、僕はそう考えた。
そして僕は再びゆっくりと歩き出すのであった。










「ここが私立桜ヶ丘高等学校」

とうとう来てしまった。
元女子高であった桜高に。

「よしっ!」

僕は絶壁から身をとおじる投じる覚悟で校門をくぐる。
昇降口に入り『新一年生』と書かれた紙の下駄箱に靴を入れると、制服一式と一緒に入っていた青色の上履きを履くと奥の方に張り出されている新一年生のクラス分け表を確認する。

「僕は四組か」

自分のクラスが分かった僕は、四組の教室へと向かう。





「本当に女子しかいないよ」

四組の教室に入った感想が今のだった。
周りを見れば女子、女子、女子。
まさに元女子高であるのを思わせる光景だった。
席の方は黒板に張り出されている席順で決まっている。
僕は廊下側の間だ。
隣の女子生徒はいないようだ。

(入学式までの間、どうしたものか)

この教室に足を踏み入れた時点で一斉に何とも言い難い視線にさらされたのだ。

「お前がもう一人の男子か」

これをもう一度味わえるかと聞かれれば、答えはNoだ。

「よっ!」

最強を名乗る男が何を言ってるんだと思うが、これが現実だ。

「あれ聞こえなかったか? おっす!」
「……………」

ところで、先ほどから馴れ馴れしく声をかけ続ける黒髪の男は何なのだ?
悪く言えば鬱陶しい。
男子は各クラスに二人ずつ入れられているようだ。
何故に二人ずつなのかが分からないが。

「あのー、いい加減反応してくれてもいいでしょうか?」
「なに?」

とりあえず今目の前にいる人物に、僕は鬱陶しさを隠すことなく反応することにした。

「お、やっと返事をしてくれたか! いや、男子がほかにいてくれて助かったぜ。俺は佐久間(さくま) 慶介(けいすけ)。よろしくな!」
「………………」
「あ、あれ? また返事が」

僕は名乗り返すのが嫌になった。
相手の話方から、妙に嫌いな奴のタイプとぴったり重なる。
だが、同じクラススメイトだ。
そうも言ってられない
それに何より。

「はぁ。高月浩介だ。呼び方は任せる」
「おぅ、俺の事も慶介って呼んでくれ!」

目の前の男が悪い奴には見えなかった。
人を見る目だけは、あるつもりだ。
きっとこいつは良い奴だ。
……もっとも、鬱陶しいのが玉に傷だが。

「ところで聞いてくれ浩介! この俺の素晴らしいスクール・プランを」
「言ってみなよ」
「おう! まずはここのクラスメイトの女子とお友達になるだろ、それでお付き合いするという素敵なプランだ!」

はっきり言おう。
目の前の男の言葉で、周囲の温度が三、四度下がった。
そして視線が痛い。

「……佐久間慶介」
「何だ? 俺の素晴らしい計画に感銘したか?」
「僕に話し掛けないでくれるか?」

自分でもびっくりするほどの低い声で佐久間に告げる。

「な、なぜだ!?」
「お前と同類にされるのが嫌だから」
「お前も男だろ! 女の一人や二人と付き合ったっていいじゃねえか! いいか! ハーレムは男の夢だ!!!」

知らないし。
それに、そんな事を大声で言わないでほしい。
本当に視線が痛い。

「佐久間慶介」
「何―――ゲフッ?!」

僕は演説し続ける佐久間の脳天に鋭い一撃を加えることで演説を止めた。

「うるさい」
「ハイ」

ようやく佐久間は大人しくなった。
周囲からの視線も徐々にではあるが暖かい物となった。

(何だかものすごく目立っちゃったな)

今の一連のやり取りで、僕の当初のなるべく静かにして医療と言う密かな目標はことごとく潰された。
そんなこんなで、僕は入学式に出るべく入学式の会場でもある講堂へと向かうのであった。

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