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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第21話 歌

脅迫という非常に強引な方法で何とか顧問は決まった。
それによって、ようやく軽音楽部は部として認められるにいたった。
だが、それに胸をなでおろす暇はない。
軽音部にとって初舞台でもある文化祭までそう日がないのだ。
ということで、さっそく山中先生にお願いをして演奏を聴いてもらうことになった。

「こんな感じのオリジナルなんですけど、どうですか?」

アレンジした曲は除外して、残すオリジナルの二曲を演奏したのだが、あまり芳しくはなかった。
正直に言えば音はばらばらで、リズムキープもできていない。
何より、各音色がぼやけてしまっているような感じだ。
それは僕も同じことだった。
僕の問題点として上がるのが、浩介=DKであることが知られないようにするために演奏のレベルを数段階落とすことで対策をしていることだ。
ちなみに、当初言っていた”ギターをいじって弦が切れやすくさせておき、楽器を選ぶ目がないのでプロではない”という構成は軽音部に入ってわずか数週間で破たんとなった。
理由としては、僕のくだらないプライドによるものだった。

―プロたる者、相棒に改悪するのは下種のすること―

その言葉が浮かんだ僕は、すぐさま弦をちゃんとしたものに張り替えた。
その結果弦は切れにくくなることとなり、ギターに細工をするという計画は失敗に終わるという何とも悲しい結果だけが残った。
となれば、自分の腕を数段階落とすしかない。
だが、落としたら落としたで、今度はどの程度落とせばいいのかのラインが分からなくなってしまうという問題が発生したのだ。
今現在、その領域の計算中だったりするのだが、そのせいで演奏自体に支障が出てしまい不協和音になりかけている曲ができてしまっているのだ。

(それに、何か忘れているような)

そして僕が悩んでいるのはそれだった。
何かを忘れているというより、何かが足りないような気がするのだ。
楽器の演奏のラインかと思い見直しをしてみたものの、特に問題点は見つからなかった。
尤も、譜面に問題があれば合宿の際に気づいているわけだが。
見直しが終わったのがつい先日のこと。
今はお手上げだとばかりに考えている状況だったりする。
さて、澪に感想を求められた山中先生は顎に手を当てて考え込む仕草をしている。
僕たちは、彼女の口から出る感想を固唾を呑んで待っていた。

「前のリ後のりとか、リズムセクションがバラバラとか、気になることはあるけど」

山中先生の評価は非常に厳しい物であり、そして僕がほぼ想定していたものでもあった。
だが、山中先生はさらに言葉を続けた。

「まず、ボーカルはいないの?」
「……………」

山中先生の問いかけに、再び部室内に痛い沈黙が走った。

「「「「「あっ!!」」」」」

そして一斉に声を上げた。

(そうだよ、歌だよ)

足りないものの正体は、意外に簡単なことであった。
オリジナルの二曲には、”ボーカル”がないのだ。
だからこそ足りないという感想を抱いたのだ。
とはいえ、一番問題なのはそのことに気づきもしない僕自身にあるのだが。

(こういう時にカバーバンドとしての欠点が出てくるわけか)

H&Pはほかのバンドが演奏した曲をカバーする”カバーバンド”という区分となっている。
要するに、自分たちで曲を作ったことはない。
もしかしたら他の皆にはあるのかもしれないが、僕には作曲経験は皆無。
できることとしたら、ベースとなる音にさらに楽器などを重ねて行ったりするアレンジなどしかない。
そして、当然だがカバーする元の曲には歌詞がすでにあるためそれが普通となってしまった僕が気づけるはずもない。

(こりゃ、プロというよりはエセプロだな)

思わずため息がこぼれそうになるのを必死にこらえた。

「まさか、歌詞もまだ?」
「えぇっと……」

歌がないことにすら気づいていないのだから、歌詞などあるわけがない。

「それでよく学園祭のステージに出ようだなんて考えたわね?」
「す、すみません」

山中先生の顔が引きつっていた。
それはいつしか体全体に広がっていく。
それは爆発の兆候でもあった。

「今まで音楽室を占領して、何をやっていたの?! ここはお茶を飲む場所じゃないのよ!」
「す、すみません!!」

予想通り……いや、予想以上の爆発に謝ってしまった。
いや、それが普通なんだが。
だが、山中先生はそれで止まらなかった。

「大体ねっ!」
「ひぃぃ!?」

先ほどのような般若の表情をしてさらに詰め寄ってきたため、僕は横に逃げた。

「先生!」
「あぁっ!?」

もはや教師というより、チンピラにも近い状態の山中先生に果敢にも声をかけたのは、意外なことにムギだった。

「ケーキ、いかがですか?」
「えぇ!?」

その手には、いつ持ったのかケーキの箱があった。
突然ケーキを差し出してきたムギに驚く僕たちにさらに追い打ちをかける人物がいた。

「いただきますっ!」
(いただくのかよ!?)

やはり女性はスイーツなどの甘いものには勝てないということなのか?
とはいえ、実験するほど僕は馬鹿ではないが。
この後、二曲の歌詞をそれぞれ書いてくるということでお開きとなった。
ちなみにその後は、先生に指摘された問題点を改善するべく練習をすることとなった。

「ほへー、練習後のお茶はまた格別どすなー」
「そうだねー」
「練習後って……二曲を二回ずつ通しで弾いただけなんだけど」

椅子に座ってムギが入れたお茶を飲みながら黄昏ている律と唯の二人に、僕はため息交じりに突っ込む。
実際に、そこまでいう程に弾いているわけではない。
だが、ひとたび休憩となった途端こうなってしまった。

「根を詰めてもよくはならないんだし、適度に休憩を入れることも重要よ」
「……」

顧問でもあり、軽音楽部OGである山中先生の言葉に、僕は口を閉じることしかできなかった。

「おぉ~、先生が天使に見える」
「あら、天使みたいに美人だなんて」

律の言葉に、山中先生は嬉しそうに頬に手を当ててもじもじとし始める中、僕は観念して席に着いた。

「はい、どうぞ」
「あ。ありがと」

ちなみに今日のデザートは今日はタルトだった。
お茶の入ったコップとタルトケーキの乗ったお皿が差し出された。
それを僕は、口に運ぶのであった。










「作詞と言ってもな」

夜、自室で僕は放課後に出た課題『曲の歌詞を考える』に取り掛かっていた。
すでに夕食、お風呂、予習復習共に済ませていたため寝るまでの数時間をつぎ込むことができるようになったのだ。

「まあ、とりあえずやってみるか」

そして僕は作詞に取り掛かった。

「よし、完成!」

作詞自体はすぐに終わった。
作詞したのは僕がムギに頼んだスピード感のある曲調の曲だった。

「とはいえ、これは……」

完成した詩に、僕は目を通してみた。

『目の前にある山を切り落とし、立ちふさがる敵を打倒せ―――――』

「うん。完全に没だ。というか確実にだめだ」

歌詞が物騒すぎる。
確かに、タイミングは合いそうではあるが、まず確実にこれを目の前で歌われたらひかれること間違いない。
と言うか、歌詞自体が痛い。
痛覚と言う意味ではない。
確実にこれを見せたら軽蔑のまなざしを向けられるのは明白だ。

「僕に作詞の才能がないことがわかっただけでもよしとするか」

ポジティブシンキングも、行き過ぎていると思うが、前向き思考でないと確実に自分を保てない。

(そういえば、この間授業で短歌を書いて提出したら先生に呼び出されたっけ)

今のこの状況と関係ないこととも思えないことを、思い出してしまった。

(あの時に”血”とか”殺戮”とかの単語を入れたのがまずかったか)

書き直しをするようにと言われ、その日の放課後までに唸り続けた結果、何とか先生のOKをもらったのだ。
それまでに書き直した回数は20を超えていたのは余談だ。

「これは厳重に抹消しよう」

とりあえず僕は台所に歌詞が記された紙を持っていくと、それを火にかけて抹消した。
火を放つ魔法はあることにはあるが、飛び火する可能性があることや、こういうことに魔法はあまり使いたくない(主に怒られるのが嫌だという理由でだが)ために、原始的な末梢方法となった。

「これで僕の黒歴史は葬り去られた」

ついでに20回ほど書き直した短歌とやり直しと言われた最初の短歌も燃やしておくことにした。
目の前で炭と化す紙だったものを見ながら、僕はそうつぶやいた。
そして僕が至った結論は

「誰かがちゃんとしたものを書くだろう」

他人任せだった。
そんなこんなで僕は作詞をあきらめるのであった。










「できたっ!?」
「あ、あぁ」

翌日の放課後、作詞ができなかった四名(僕を含めてだが)は詩を書いてきたと言う澪に一斉に詰め寄った。
その手にはおそらくは歌詞が書かれているであろうルーズリーフがあった。

「見せて見せて!」
「も、もう!?」

見たいとせがむ唯に、澪が固まる。

「私も一度見たいわ」
「僕もぜひ見せてもらいたい」

”今後の作詞をする際の参考にしたいから”とは口が裂けても言えなかった。
ところが、澪の性格を忘れていた。
恥ずかしがって歌詞を見せようとしないのだ。

「えっと、以下減にしないと山田先生が……」

山中先生の笑顔は次第に崩れていき、今ではひきつっている。
僕はなぜか田舎のおじいさんの話題に展開しかけている唯たちに声をかけるが、それは遅すぎた。

「早くせんか!!」

大声で叫びながら、澪の手にあるルーズリーフを奪い取ったのだ。

「あぁっ!?」

澪が悲鳴を上げるが、時すでに遅し。
僕と律は山中先生のそばによると、ルーズリーフを覗き込む。

「……」

歌詞と思わしき文章を読んだ瞬間、僕は背筋に寒気が走るのを感じた。

(こ、これはある意味すごい威力だ)

山中先生と律は悶えているし。
僕のとは正反対の文章だった。
とはいえ、こっちの方が数倍もましなのは言わずもがなだが。

「わ、私としてはいい感じにかけたと思うんだけど……ダメ、かな?」
「だ、ダメと言うことはないんだけど」
「ちょっと思っていたのとは違ったというか……」

今にも泣きだしそうな澪に、二人は必死にフォローしている。
僕は無言を貫くことにした。
下手に口を開けば藪蛇になりかねない。
ちなみに、唯とムギはOKを出していた。
律は僕の方を見てくるが、僕は無言で肩を竦めて答える。

「さ、さわちゃん!」
「さわちゃん!?」

あまりの劣勢ぶりに、とうとう律は山中先生に救いを求めた。
しかも、あだ名のような感じで呼びながら。

「こういうのってなしだと思うよね?!」
「そ、そうね」

ようやく自分に賛同する意見が出たことに勢いをつけ、律は三人を落ち着かせようとするが、数秒後に山中先生は”こういうのもありだ”と意見を変えた。

「それじゃ、この歌詞で行くとするか」

律のその言葉に、唯とムギが拍手を送る。
だが、律の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

(同情するよ。本当に)

思わず同情してしまった僕の表情も、おそらくひきつっているだろう。

「それじゃ、ボーカルは澪で行くか」
「うぇ!? わ、私は無理だよ!」

ボーカルが自分であることがわかるや否や、顔を引きつらせるとソファーから立ち上がり異論を唱えた。

「なんで?」
「だって……こんな恥ずかしい歌詞は歌えないよ!」
「だったら書くなっ!」

耳をふさいでうずくまる澪に、思わず突っ込んでしまった。
彼女はいったい、自分が歌う可能性があることを考えて書いたのだろうか?
いや、もしかしたら誰かが歌詞を書いてそれになると思っていたのか……真相は澪のみぞ知るだ。

「澪がだめだと思うと……………ムギやってみる?」

唯のほうに視線を向けた瞬間、固まったのちにムギに声をかけた。
なぜ固まったのだろうかと、彼女のほうを見てみると目を輝かせていた。

「私はキーボードで精いっぱいだから……」
「そうか。じゃあ、浩介は?」

唯を飛ばしてこっちの方に視線を向けた律が聞いてきた。

「僕が、これを?」

まさか聞かれるとも思っていなかったため、うまく言葉が出てこなかった。

「律、僕がこの歌を歌っている光景を想像してみろ」
「浩介が、これを歌っている姿………」

律が遠い目で上の方を見始めた。
きっと彼女の頭の中では、僕が歌っている姿が浮かんでいるのだろう。
ついでに僕も想像してみた。

「「……………おぇ」」

きっとその光景は似ていたのだろう。
思う浮かべたその光景に、僕と律は思わず吐き出しそうになった。

「となると」

気を取り直して、律は唯のほうへと視線を向ける。
相変わらず唯は目を輝かせてもうアピールしていた。
そして、ムギのほうを見て僕の方を見ると再び唯のほうへと視線を向ける。

「ごほん、ごほん。あーあー」

今度は声を出してアピールをしだした。
それほど歌いたいのだろう。
それを無視して律はムギに視線を向けて僕の方へと視線を向ける。

「いい加減、隣で猛烈アピールをしている人物に声をかけて。見ているこっちが悲しくなってくる」

もうアピールしてもスルーされ続けられた唯はハンカチをかんでいた。

「唯、やってみるか?」
「え? 私?! でもでも、私歌えるかわからないし、それに歌もうまくないし」

ようやく声をかけられた唯は手にしたハンカチを放り投げると、もじもじしながら言葉を続けた。

「じゃあ、いいや」
「嘘です! 歌いたいです!!」
「はぁ……」

律の腰にしがみつきながら懇願する唯の姿に、この先の道のりはまだまだ遠いことにため息が出てしまうのであった。

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第20話 顧問

すべてのきっかけは本当に何気ないことだった。
そうそれは、数日前のことだった。

「やっぱり、どこかで見たことがあるんだよな。この人」

部室に初めて一番乗り(自分で言っていてむなしくなるが)した僕は、少し前に見つけたあの卒業アルバムを見て唸っていた。
理由としては一度疑問に思うと、それを解決せずにはいられなくなったからだ。
それが僕の悪い癖だった。
しかもわかりかけているものに関しては特にだ。
そして知らなきゃいいことを知ってしまい、のちに大騒動になってしまうというのがいつものことであるのだが。
閑話休題。

「ムムム……」
「あれ、浩君。それって卒業アルバム?」

必死に記憶をたどりながら唸っている僕に声をかけてきたのは唯だった。
どうやら、部室に来て卒業アルバムを開いてからかなりの時間が経っていたようだ。

「ああ。実はこの写真の人をどこかで見たことがあるんだけど、それが誰かを思い出せなくてな。さっきからずっと思い出してるんだよ」
「ねーねー浩君。私この人見たことがあるよ」

お手上げだと背もたれに寄り掛かった僕に、唯は衝撃的なことを告げてきた。

「だ、誰?」
「ちょっとこっち来て」
「うわ! ちょっと!?」

唯に腕を引かれるまま、僕は部室を後にする。





連れてこられたのは、職員室前だった。
正確には僕たちは、階段の踊り場から隠れるようにして職員室側のほうを見ているのだが。

「ほら、あの人」
「あの先生か?」

唯が示している先にいたのは、数人の学生と話をしている栗色の髪をしてメガネをかけた女性教師だった。
その女性教師は、軽音部の部室を聞いた人だった。

(まさか……確かに野蛮そうなオーラは感じたが……いや、でも)

今までの自分の勘から、あの写真に写っている人物は数人の学生と何かの話をしているであろう女性教師で間違いないと告げていた。

「ね、ね、似てるでしょ?」
「ああ、確かに」

すこしばかり興奮気味の唯の問いかけに、僕は頷いた。
こうして、僕の疑問は解決するのであった。
それがいつものように、のちに大きな騒動へと発展するであろうことを知らずに。










部として認められるために必要な顧問を探すということで、生徒会室を後にした僕たちだったが、

「誰がいいだろう」
「………」

現在の状況は、顧問として頼める教師の見当がつかないという絶望的な状態だった。
場所は軽音部の部室(部として認知されていないため部室という表現は間違いではあるが)。
そこで僕たちは、部として認められるために必要な顧問探しの作戦会議を開いていた。
まあ、それも最初から躓いているわけだが。

「顧問をお願いするとすれば、どういう先生がいいのかしら?」
「そりゃ、面倒見がよくて」
「楽器のことにも多少は詳しくて」
「優しい先生がいいと思うのですよ」

ムギの口にした疑問に答える律に続いて僕と唯も答えていく。
ちなみに念のために言うが『優しい先生』と答えたのは唯なのであしからず。

「でも、ほとんどの先生はすでにほかの部活の顧問だったりするから無理だと思うんだけど」
「確かに」

この学校のほとんどの教師はすでに何らかの部活の顧問を務めている。
つまりは、教師に顧問の掛け持ちをしてもらわなければいけないのだ。
果たして、向こうがそれを受け入れるか……。

「あ、ねえねえ。あの人はどうかな?」
「あの人? もしかして何か心当たりがあるのか?!」

唯の提案に、律が待ってましたとばかりに食いついた。
それどころかムギに澪も続く。

(もしかしなくても、”あの人”だよな)

唯の”あの人”というフレーズに、数日前に判明したあの女性教師の姿が浮かび上がってしまった。

「うん、山中先生!」
「山中先生って、確か音楽の先生だったっけ」

やはり、僕の予想は当たっていたようだ。

「でも、どうするんだ? 確か、山中先生って吹奏楽部の顧問だったはずだけど」

やはり、山中先生も顧問を務めているようだ。

「ふふふ、この私にいい考えがあります」
「………」

その唯の言葉を聞いたこの時この瞬間、僕はこの後に何が起ころうとしているのかを悟った。
それは山中先生にある意味同情したくなるようなものであった。
そんな僕の心境など知る由もなく、山中先生を”強引”に顧問にする作戦が幕を開けるのであった。










「軽音部の顧問になってください!」

部室を後にして山中先生を探し始めてすぐ、運よく山中先生を廊下で見つけることができた律は、先生を呼び止めるや否やさっそく本題を切り出す。

「まだ、顧問いなかったんだ」

その律の言葉に、山中先生は顧問がいないことに苦笑していた。

「先生しか、頼める人がいないんです」
「……ごめんなさい。なってあげたいのは山々なんだけど私、吹奏楽部の顧問をしているから、掛け持ちはちょっと……」

やはり、返ってきた答えはNoだった。
まあ、それが当然なんだが。

「…………」
「……」

唯が律に送る視線に、律が静かに頷いた。
それは作戦決行の合図だった。

「そういえば先生は確か、ここの卒業生でしたよね?」
「え、ええ」

気乗りしなかったが、これも部のため。
僕は心の中で先生に謝罪の言葉を贈りながら、切り出した。

「実は、つい先日古いアルバムを見つけたのでそれを見ていたんですが」
「ぅっ……」

僕の言葉を聞いた山中先生が顔を青ざめさせた。

「アルバムはどこにあるの?」
「ふぇ? 部室ですけど」

背を向けた山中先生の問いかけに、唯が答えた。

「そう……」

唯の答えに山中先生はそうつぶやき数歩歩くと、次の瞬間いきなり駆けだした。

「はやっ!?」

その速さに、思わず叫んでしまった。

「大成功!」
「何だか、悪い気がするけど。早く部室に行こう」

喜ぶ律と唯をしり目に、僕たちは部室に向かうのであった。










部室にたどり着くと、部室のドアは豪快にあけられており、その中には机の前……ちょうど例のアルバムが置かれていた場所に立つ山中先生の姿があった。

「やっぱり先生だったんですね」

おそらく、先生の望むものは手に入らなかったはずだ。
なぜならば、先生が一番隠したい物は、すでに律の手元にあるのだから。
その写真とは、『DEATH DEVIL』時代の山中先生を写したものだった。

「っく!」

そして、その写真を目の当たりにした瞬間、山中先生は観念したのか口を開いた。

「よくわかったわね。そうよ、私は軽音部にいたの」

やはり、山中先生が『DEATH DEVIL』のメンバーだったようだ。

「それじゃ、これも」

そういって唯が流したのは、合宿で聞いたカセットだった。
そして流れるのは、この世の恨みを込めたかのようなどす黒い声。

「お願いやめて! 恥ずかし~!」

(恥ずかしいのなら、やらなければよかったのに)

これが若さゆえの過ちというものなのだろうか?
耳を押さえてうずくまる山中先生を見て、思わずそう考えてしまった。
本人が聞いたら起こるであろう単語のために決して口にはしなかったが。

「聞こえない、聞こえない」

同じく耳を押さえてうずくまる一人の少女に対しては、いまだに引きずっているのかと思ってしまう。
まあ、あのテープの音声は呪怨レベルにまで達しそうなレベルではあるが。

「それじゃ、もしかしてギターも」
「あ、そっか。弾いて弾いて」

思いついたようにつぶやかれたムギの言葉に、唯は自分のギターを手にするとそれを山中先生に半ば強引に渡した
その瞬間、山中先生はうつむいた。

(あ、この感じあの人に似てる)

荻原さんことRKも、ベースを手にすると人が変わったようになることがあるのを思い出した。
それが前のライブでの打ち合わせをしていない状況でのアンコール演奏だったりするわけだが。

「しゃーねえな」
「「「「目つき変わった!?」」」」

立ち上がちながら眼鏡を外したその姿は、生徒の中ではおそらくはまだ僕たち以外に知る人はいないのではないかという雰囲気を放っていた。
その雰囲気は、本当にRKにも通ずるものがあったが、あまりの豹変ぶりに驚きを隠せないでいた。
そして始まったのは、山中先生による壮絶な演奏だった。
複数のコード進行をしながらそれを高速に弾いていく速弾きや、指板上の弦を叩きつけたり横に移動させる奏法でもあるタッピングや、さらには歯ギターと言ったテクを披露した。
それは、あのテープの曲を軽音部時代に山中先生が演奏していたことを改めて実感させられるものであった。
そんな壮絶なテクを見せられた澪たちは驚きのあまり固まっていた。

「あぁ、私のギター……」

歯ギターのテクを披露した瞬間、ある人物は悲しげな声を上げた。
まあ、気持ちはわからなくもない。
歯ギターは確かにすごいが、実際にするとなると少々抵抗がある。
それゆえに僕も歯ギターをしていなかったりするのだが。
もししてほしいとせがまれても、僕は絶対に断るだろう。

「おめぇら! 音楽室を好きに使いすぎるんだよっ!!」
「ひっ!?」
「「「「すみません!!!」」」

そんな演奏で、何かが吹っ切れたのだろうか、”教師の山中先生”ではなく、”軽音部OGの山中先生”となった山中先生は、大きな声で叫びながら僕たちにピックを突き付ける。
その山中先生の勢いに、唯たちは土下座して謝罪をして、僕は反射的に天井に逃げた。
我ながら臆病だと思うが、女性から発せられる修羅の気ほど恐ろしいものはない。
昔から怯えた時に天井に張り付くことで逃げる癖はなかなか治らない。
というよりは、今まで治らないのだからこれ以降も治ることはないだろう。

「大体な! ――――」

そこまで言いかけて、ようやく正気に戻ったのだろうか山中先生はぴたりと声を止めた。
部室内に漂うのは、非常に重たい沈黙だった。

「今の、見た?」
「………」

その問いかけに、みんなは示し合わせたように頷いて答えた。

「あぁ……先生の時はおしとやかキャラで通すって決めたのに……」

(やっぱりキャラだったんだ)

最初にあった時から、偽りの仮面であることはわかっていたので、それほど驚きはしなかったが。

「先生――」
「そう、あれは8年前のことよ」
「いきなり語りだした!?」

なぜだか語りだした山中先生の話を聞きながら、僕は静かに彼女たちからは死角となる場所に着地した。
いくらなんでも天井にしがみついている光景を見られるのはまずい。
そして、山中先生の話を聞くのであった。
それは、彼女の壮絶な学生時代の話。
好きな人の好みの女性になろうと努力したという過去だった。
とはいえ、努力の加減がまずかったのだろうか、恋は結局終わりを告げた。

(しかし、好みの女性になろうとするために、そこまでしようとする行動力はすごい)

そんな勝手な感想を抱いていると、落ち込んでいるであろう山中先生の肩に、律は優しく手を置いた。

「先生、顔を上げてください」
「律ちゃん」

優しい声色の言葉に、山中先生が彼女のほうに振り向いた瞬間、もう片方の肩に手が置かれた。

「ばらされたくなかったら顧問をやってください」
「えげつな!?」

律の脅迫にも似たその言葉に、僕は思わず叫んでしまった。
尤も、最初の計画通りに進めば同じ結末になってしまうことと、それの片棒を担いだために僕も同じではあるが。

(すみません、山中先生。軽音楽部存続のために許してください)

僕は心の中で、いまだに呆然としている山中先生に謝るのであった。
こうして、軽音部の存続の危機は、山中先生の犠牲によって去るのであった。

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第19話 危機

夏の暑さもそろそろ陰りを見せるであろう8月下旬。
僕は練習のために、軽音部の部室を訪れていた。

「まさか、集合日を一日間違えるとは」

部活をする日を間違えたがために、部室には誰の姿もなかった。

「ん? これは何だろう」

帰ろうかと思いドアの方へと向かおうとした僕だったが、ふと机の上に置かれた緑色の本に目が留まった。

(そう言えば、この前も置いてあったよな)

前に部活をした日も置かれてあった緑色の本のようなものは、僕も若干気になっていたのだ。

(ちょっと見てみるか)

そう思った僕は、律がいつも座っている席を借りて緑色の本を見ることにした。

(これは卒業生たちの部活写真か)

どうやら卒業アルバムのようで、吹奏楽部や運動系の部活の集合写真が貼られていたために、僕はそう結論付けた。

「あ、あった…………」

そんな中、軽音部と思わしき集合写真のページを見つけた僕は時間が止まったような錯覚を感じた。
その写真には数人の女子学生が写っていた。
いや、それなら問題は何もない。
まあ、恰好が派手な衣装だったり顔に度派手な化粧を施されていたりと、かなり昔のバンドのような風貌をしているのは、ある意味問題であったりはする。
だが、僕が今上げているのは、写真の下のほうに書かれた文字だ。

――『DEATH DEVIL結成』

荻原さんのファンである、『DEATH DEVIL』とまったくもって同じバンド名だった。
もちろん、ただの偶然という可能性もあるが、高校のバンドであることとガールズバンドだという二点が一致している以上、偶然では片づけられない。

(この人がキャサリンか)

調べた際にわかった、ギターを担当する女性の名前はキャサリンとクリスティーナの二人名前。
もちろん、顔まではわからないが、おそらくは昔もこの音楽準備室を部室で使っていたのか、栗色の髪にやはり度派手なメイクを施してギターを持っている写真があったことや、なによりこの人だけが写っているが多いためバンドリーダー的な立ち位置であることも想像ができる。
よって、この人がキャサリンであると思ったまで。
もちろん間違いがあるかもしれないが。

(この人、どこかで見たような)

写真に写るキャサリンと思わしき女性を観察してみるが、具体的な人物の顔や名前が出てこない。

(ということは、ただすれ違っただけなのか忘れているのか………)

考えてみても、答えなどは出なかった。

「帰るか」

これ以上考えても無駄だと思った僕は、アルバムを閉じると荷物を手にして部室を後にするのであった。















9月に入って少し経ったある日のこと。
始業式やマラソン大会などを終え、残すはすこし先に行われる学園祭となった。

「なあ、やっぱりメイド喫茶のほうがいいと思わねえか?」
「うるさい」

HRでクラスの出し物を決め終えクラスのみんなが帰り支度をする中、未練がましく慶介が声をかけてきた。

「別にいいじゃない。名称なんて」

このクラスの出し物は『喫茶店』だ。
服装は男子はウエイトレスの服を、男子は執事服を着ることになっている。
ちなみに、この案は慶介の提案だ。

「いいや違う! お前はわかってないんだ。いいか? メイドさんだぞ? 入って『おかえりなさいませご主人様』って言われた時の快感。それがわからねえんなら男じゃねえ!」
「…………」

何やら意味の分からないことを熱く語る慶介だが、彼はわかっているのだろうか?
周囲の女子からの冷ややかな視線を。
そんなこんなで、案は通ったが名称の修正を求められるという事態に発展し、ただの”喫茶店”という異例の事態となった。
ちなみに余談ではあるが、喫茶店の名前は僕の出した『喫茶ムーン・トラフト』で決定となった。
自分としてはダメもとで出した名前なので、通ったことに案を出した自分が驚いたのは記憶に新しい。

「だったら、周りが見えないあんたは人として問題があると思うけどな」
「……た、確かに」

ようやっと周囲の様子に気づいた慶介は冷や汗を浮かべながら肯定した。

「ところで、だ」

そして話題を変えた。

「本当に参加しないのか? 歌自慢コンクール」
「し・な・い」

慶介からの何度目か分からない問いかけに、僕ははっきりと拒否した。
歌自慢コンクールとは文字通り、体育館のほうで行われる催しだ。
5人の審査員(普通の生徒だが)の出した総得点(100点満点)で、一番高い点を取った人が優勝となるものだ。
参加人数は三人。
慶介はここぞとばかりに参加を表明し、ほか二人も何の問題もなく決まることになった。
正確に言えば三人が手を挙げるのがほぼ同時だったというだけだが。
そして、慶介はこの歌自慢コンクールに対してすごい執着(とはいえメイド喫茶ほどではないが)を見せていた。
尤も、理由なんて見え透いているわけだが。
その執着の度合いは朝から『歌自慢コンクールに参加しよう』と持ちかけてくるほどだ。

「僕は歌が下手だから、そういうのには出たくない」
「下手、ねぇ……」

僕の言い訳に、慶介は咎めるように目を細めてつぶやいた。

「な、なんだよ」
「歌が下手な奴が歌うこともある軽音部に……いや、何でもねえよ」

途中まで言いかけた慶介はため息交じりに諦めたようだった。
もちろんだが、歌が下手だというのは僕の嘘だ。
下手どころか、おそらくはかなり上の部類に入るのではないかと思う。
これは自惚れではない。
魔法使いとして強ければ強いほど、歌などの音楽関係においてかなりのクオリティのものになることが統計で出ているほどだ。
ちなみに、魔法使いとして強いからと言って必ずしも歌が非常にうまいということは言えない。
僕のも母国での話。
歌が下手な魔法使いだっているほどだ。
要するに、井の中の蛙。
ここの世界には数えきれないほど歌の素質を持った人がいるだろう。
だからこそ、僕の”へたくそ”という言い訳も、ある意味正しいのかもしれない。

「そこまで嫌がらなくてもいいと思うんだけどな」
「……」

慶介の言葉に、僕は何も答えられなかった。

「さて、そろそろ部活に行くか」
「おう、今日もハーレムをた―――がふっ!?」
「黙れ」

いつものように慶介を黙らせた僕は、部室へと向かうのであった。










「部として認められてないだって!?」
「ん?」

部室前にたどり着いた時、律の驚いたような叫び声が中から聞こえてきた。
とはいえ、聞き捨てならない内容だったが。

「それはどういうことだ?」
「あ、浩君」

ドアを開けながら声をかけると椅子ではなく床に軽く座っていた唯が声を上げた。

「それがね―――」

僕の疑問に、ムギが事情を説明してくれた。
なんでも澪に頼まれて学園祭でステージを使用するために申請をしに行ったらしいが、軽音部は部として認められていないために断られたらしい。

「部員が五人そろっていれば大丈夫じゃなかったの?」
「そのはずなんだけどな」

全員がうなりながら理由を考える。

(もしかして顧問がいないからとかか?)

確か、部活動では顧問の存在が非常に重要であるという話を聞いたことがある。

「ていうか、部として認められてないのに自由に使ってもよかったのかな?」
「……あ」

部室(認められてない以前で部室という表記は正しくないが)に置かれているアンプなどの楽器類に、食器棚に入れられたコップなどかなりこの部屋を私物化している。

「ま、まあ何も言われてないんだからいいんじゃないのか?」
「とにかく、どうして認められてないか生徒会のほうに問い合わせたほうがいいだろ」
「そ、そうだな。ところで、澪は?」

僕の提案に乗った律は提案を受け入れると、あたりを見回しながら聞いてきた。

「あ、澪ちゃんならあそこでまだ怯えてるよ」

唯の指差す方向にはうずくまって耳を押さえている澪の姿があった。

「帰って来い!」
「何をやったんだ? いったい」

何をしたのか簡単に想像できる僕も、ある意味あれであるが。
そんなこんなで僕たちは部として認められてない理由を尋ねるべく、生徒会室に向かうのであった。










「あそこが生徒会室か。唯」
「了解であります、律ちゃん隊員!」

生徒会室が見えて来たところで呼びかける律に、まるで兵隊のように答える唯。

「ここは突撃だ!」
「おー!」
「突撃って……」

どこぞの犯罪集団のアジトに突入する警察官じゃないんだから、という僕のツッコミが入るよりも前に、

「たのもーっ!」

唯によってドアがいきよい良く開けられた。

「唯?」
「あれ、和ちゃん? なんで和ちゃんがここに?」

生徒会室にいたのは、意外にも真鍋さんだった。
なんでも彼女は生徒会の役員となったようだ。
まあ、そのことを話してもらった際に幼馴染のはずなのに初耳といった様子の唯に、少し首をかしげたくなったのはどうでもいい話だが。
そんなこんなで、真鍋さんに部として認められてない理由を調べてもらうことにしたのだが、棚から取り出された青いファイルにはさまれている用紙をペラペラとめくっていく。

「やっぱりリストにはないわね」

ほとんど調べ終えたところで真鍋さんが口を開いた。

「ひょっとして、これは弱小部を廃部に追い込むための生徒会の陰謀!」

律の推測が初めてあり得ると思った瞬間だった。
生徒会ならやりかねない。
生徒会を見たら泥棒だと思えという教訓(当然だが僕の持論だ)まで出ているほどだ。

「和ちゃんは心がきれいな子! 目を覚まして」
「というより、それは人として終わってるだろ」

真鍋さんの手を握りながら呼びかける唯をしり目に、僕はポツリとつぶやく。

「何の話? それよりも、部活申請用紙を出していないんじゃないの?」

そんな唯の行動に目を丸くしながら、指摘した。

「「部活申請用紙?」」

真鍋さんの口から出た言葉に、僕とムギは思わずおうむ返しに聞いてしまった。

「そんなの聞いてないぞ!」
「聞いてるだろ!」
「ひぃっ!?」

すさまじいオーラ(これは一種の殺気?)を纏う澪に、僕は思わず飛び上がってしまった。
どうでもいいが、女性の放つ殺気のようなオーラはとてつもないほどに恐ろしい威圧感がある。
僕は殺気の中でも女性の殺気のようなオーラだけが怖かったりする。

「………あ」

そして、心当たりがあるのか、律が口を開いた。

「やっぱりお前のせいかっ!!」

その反応を見た澪は律の頬をつまむと引っ張り始めた。
ムギが澪をなだめに向かった。

(まあ、制裁を受けてるから放っておいていいか)

とはいえ、生徒会=悪と決めつけた僕は、どれだけ心が荒んでいるのだろうか?

「なんて言うか、軽音部って唯にピッタリの部活だと思うわ」
「お願いですから、一纏めにしないでください」

あまりな言われように、僕は反論した。
これでは僕が間抜けみたいになる。
いや、もしかしたらイメージチェンジにはいいのかもしれないが、倒産の耳に入った瞬間地獄を見るのは目に見えている。

「しょうがないわね。私が何とかしてあげるわ」

ため息交じりにそういうと、彼女は”部活申請用紙”を取り出してそれに必要事項を書いていく。

「ところで、顧問は?」
「顧問ぐらいいるよな?」
「コモン?」

真鍋さんの問いかけに僕も四人に尋ねると、まるで初めて聞いたような反応が返ってきた。
それだけで、どうなっているのかが容易に想像できた。

「あなたたち」

真鍋さんの呆れたような言葉は、罵声を浴びせられるよりもきつかった。
そんなこんなで、僕たちは軽音部を部として認られるようにするべく、顧問探しに向かうのであった。

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第18話 合宿の終わりと写真

二泊三日の合宿も終われば一瞬のことにも感じられた。
二日間の強化合宿(とは言え、前半は遊びに費やされたが)で、オリジナルを含めた三曲の骨格は完成した。
後はどうやって人に聞かせられる最低限のレベルまで持って行くかということになる。
これに関してはひたすら練習あるのみだ。
……してくれるか否かは別としてだが。
まだ問題は山積みだ。
例えば、オリジナルの曲名はどうするかとか、歌詞はどうするかとか、ヴォーカルはどうするかとか。
しかも一番問題なのは、まだここの問題を解決出来る所まで行っていない所だったりもする。

(何を焦ってるんだ、僕は)

無意識にあせりの感情が出ていた自分に檄を飛ばす。
焦っても仕方がないのだ。
こういうことは落ち着いてやることに越したことがない。
ただでさえ僕自身に大きな問題を抱えているのだ。
焦ってボロを出すのは非常によろしくない。
そんなこんなではあるが、今日は帰る日。
という事で、別荘の掃除をすることとなった。
特に散らかっていたロビーの清掃も終えて、全員も荷物をまとめて帰り支度は完了したのだが、

「唯、忘れ物はないか?」
「ないよー」
「浩介、一体何回聞くんだ。気持ちは分かるけど」

本日19回目の問いかけに、律は呆れた表情を浮かべながら言ってきた。
また忘れ物で取りに戻るのはごめんだ。

「それじゃ、出発~!」
「「おぅ~!」」

律の言葉に続いて唯とムギが威勢よく片手を上げながら答える。

(ホントに賑やかな奴らだ)

そんな三人を僕は肩をすくませながら見ていた。

「浩介、行くぞー」
「あ、待ってよ!」

澪の声に気付くと、四人は少し先まで進んでいた。
というより、声かけろよ。
そんなこんなで、合宿は無事に終わりを告げるのであった。










「よし、これでいいだろ」

その日の夜、荷物の整理を終えた僕は、リビングのソファーに座り込みながら一息つく。
整理とは言っても明日洗濯する洋服を出したり、着替えたり等々なのだが。

「さて、お茶でも飲んで寝るか」

時計を見ればもういい時間だったので、僕はお茶を淹れようと今まで座っていたソファーから立ち上がった時だった。

「ん?」

突然の視界の揺れに、最初は立ちくらみとも思ったがそれは違った。
揺れは徐々に激しくなり周りの食器棚も激しく音を立てていた。

「地震!?」

ここに来てから何度も体験した地震に、僕は冷静にテーブルの下に避難する。
魔法を使うというのもあるが、防御関連は僕の苦手分野。
強固な障壁は出来てもせいぜい5,6秒が限度だ。
それはともかく、そこそこ強い揺れではあったが、それも10秒程度で収まった。

「ふぅ」

それを確認した僕は、息を吐き出した。
そして身を隠していたテーブルから這い出ると、テレビをつけて地震速報の確認をした。

「震度3か」

それほど大きな揺れではなかったので、2か3だろと思っていた僕の予想は当たっていたようだ。
津波の心配もないようなので、僕はテレビの電源を落とした。

「さてと………」

テレビを消した僕は、もう一度周囲を見渡す。
そこには先ほど片づけたばかりの荷物や、メモ帳などが散らばっていた。
さらには食器も数枚割れていた。

「もうひと頑張りだな」

そして僕の第二の格闘が始まった。
まずは危険な食器の処理。
食器を拾い、それを用意しておいたゴミ袋に入れて行く。

(破片は朝になったら掃除機で吸い込むか)

そう決めた僕は、物置部屋にしまっておいた小さめのカーペットを取りに行く。
そのカーペットを食器が割れたところを中心に敷いていく。

「これで朝までの応急処置になるだろ」

掃除する箇所が増えたような気もしなくはないが、ガラスの破片の対処は十分だ。
後は、各所に散らばった紙類だ。
元の場所に戻していく作業は、割と早く終わらせることが出来た。

「よし、これで終わり!」

時計を見れば草木も眠る丑三つ時を超えていた。
本当によく頑張ったと自分でも思う。

「さあ、今度こそ―――」

寝るぞの言葉はガシャーンと響き渡る大きな落下音に遮られた。
無性に嫌な予感がした僕は、音の発生源でもある調理器具を入れる棚の方を見た。

「…………………」

そこに広がっていたのは、まるで狙っていましたと言わんばかりに中敷きが前方に傾いて(というよりは落ちていると言った方が最適だろう)いる光景だった。
しかも下には調理器具がバラバラに散らばっている始末だ。

「負けない、絶対に負けないぞ!」

僕の負けられない戦いがいま幕を開けた。










それから数日後。

「はーい!」

来訪者を告げるチャイムに、僕は玄関先までかけて行くとドアのスコープから来訪者を確認する。

(律か。そう言えば、写真が出来上がったとか言ってたっけ)

来訪の理由を思い出した僕は、施錠を解除するとドアを開けて来訪者を迎え入れる。

「悪い、待たせた」
「いえいえー」

ドアを開けて謝る僕に、律は軽く応える。

「はい、写真」
「おぉー。わざわざありがとう」

僕は律から写真が収められた封筒を受け取る。

「そう言えば浩介の家ってはじめてくるけど、広いな~」
「物がないだけだよ。それと恥ずかしいからあまりきょろきょろ見ないで」

周囲をまじまじと観察しながら家の事を言う律に、僕は苦笑を浮かべながら止める。

「せっかくだしお茶でも―――」

どうかと勧めようとした僕の言葉を遮るのは、数日前に聞いた物が落ちる音だった。

「な、何事!?」
「合宿から帰った夜地震があっただろ?」
「あー、そう言えばあったな。あの時はびっくりしちゃって、お風呂から逃げ出したよ~」
「………」

僕の問いにその日の事を思い出した律が答えるが、最後のは確実にトラップだろう。

「その時に、棚の大が壊れたようで載せてあった物が落下したんだよ。直したんだけど、どうやら留め具の方にガタがきているようだ」
「無視ですかい」

(やっぱりトラップだったか)

肩を落とす律の姿を見て、僕はトラップを踏まなくてよかったと胸をなでおろした。

「ということで、悪いんだけどお茶はまた別の機会という事でいい?」
「まあ、別にお茶が目当てで来たわけじゃないし。手伝おっか?」
「いや、大丈夫。僕一人で十分だ。申し訳ない」

律の申し出を断ると、律は心配そうな表情を浮かべると、そのまま去って行った。

「さて、直すか」

僕は今頃広がっているであろう惨状にげんなりしそうになるのを堪え、リビングの方に向かうのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


秋山家、玄関。
そこには合宿の際の写真を届けに来た律とそれを受け取る澪の姿があった。
その写真に紛れ込まれていた”恥ずかしい写真”で一悶着があったのはご愛嬌だ。

「あ、やっべ」
「ど、どうした?」

ポーチの中を確認した律が、若干引き攣った表情を浮かべているのを見た澪が不安そうに尋ねる。

「ムギに渡す写真を間違って浩介に渡した」
「それだったら、別に…………まさか」

律の言葉に、胸を撫で下ろそうとした澪は思わず固まった。

「澪の恥ずかし写真を入れておい―――グヘェ!?」
「す、ぐ、に、取り戻す、ぞ!」

律がすべて言い切るよりも早く、襟首をつかむと凄まじい速度で秋山家を飛び出した。

「い、家の場所、知ってるのかよ」

そんな律の言葉も虚しく、澪は凄まじい速度で書けるのであった。
……襟首をつかんだまま。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ふぅ、なんとかなった」

壊れた棚と格闘すること数十分、ようやく直った棚に、額の汗をぬぐう仕草をしながら一息ついた。
とはいえ留め具の方は完全にダメなようで、すぐにでも外れてしまいそうな状態だ。
取りあえず応急処置として、棚の台を固定しておくことで対処した。
これで少しの間は大丈夫だろう。

「魔法を使えば楽なのだろうけど、これはこれでいいか」

そう呟きながら、先ほど律にもらった写真を見ようと思い、僕はお茶を入れて椅子に座るとテーブルに置いておいた写真の封筒に手を伸ばす。
封を開けて中に入っている写真を取り出すと、それに目を通した。

「おぉ、これは中々」

最初に入っていたのは海を写した写真。
次は海ではしゃぐ律たちの姿。

「ん?」

そんな中、一枚の写真に眉をひそめた。
それは、他の写真とは全く別の写真だった。

「ふっ!!」

それが何なのかを認識するよりも早く、僕はその写真をゴミ箱に放り投げた。

「あの野郎、なんちゅう物を混ぜてやがる」

今度会ったら折檻しようかと思ったが、それをしたら見たということになるので諦めた。

「ん? 今度は誰だ」

そんな中、鳴り響く来訪者を告げるチャイムに、僕は玄関まで向かう。

「な、なんというせっかちな押し方を」

向かうまでに50回を超える勢いで鳴り響き続けるチャイムに、恐ろしさを感じながら玄関先に向かうと、スコープで相手を確認する。

(こ、こわ!?)

その相手の顔を見た僕は、その表情に思わず数歩後ずさりそうになったが、このままだとドアまでぶち破りそうな勢いだったため、鍵を開けてドアを開けた。

「ど、どうし―――ぐはっ!?」
「浩介! あれはどうした、あれはどうした、あれはどうした!」

開口一番の襟首を持ち上げて、体を揺らしながら問い詰める澪に、僕は応えることはできない。
いや、息が出来ないと言った方が正確だろう。

(そう考えられる僕も、ものすごく冷静だよな)

「み、澪、とにかく落ち着け、な。応える前に浩介が落ちる」

そんな澪に、ある意味元凶ともなったであろう人物が止めてくれた。

「あ、ご、ごめん」

律の言葉に正気を取り戻したのか、澪は慌てて手を放すと謝ってきた。
僕はそれに大きく深呼吸をしながら”大丈夫”と、片手を上げながら答えた。

「取りあえず上がって。お茶でも出すから」
「お、おう」
「お、お邪魔します」

僕は取り合えず二人をリビングに通すことにした。

「ひ、広い」
「それにきれいだし」

席についてあたりをきょろきょろ見回しながら呟く二人の様子をしり目に、僕は冷たいお茶をコップに入れるとそれを二人の前に置く。
というより、二人はどんな家だと思い浮かべたんだろうか?
ちなみに片方にはある細工をしている。

「はい、お茶」
「あ、ありがとう」
「サンキュー」

お礼を言った二人は、コップを傾けてお茶を飲み始める。

「ッ!? ゲホッゲホ!」
「り、律?!」

突然むせだした律に、澪が慌てながら声をかける。

「な、何を混ぜだ!」
「ハバネロ」
「はばっ!?」

混ぜた者の正体を知った澪が声を上ずらせる。
僕は律のお茶にだけ、ハバネロを混ぜたのだ。

「ご、ごろずぎが!」
「変な写真を混ぜやがった仕返しだ。まあ安心しろ。その程度では死なないし、少しすれば辛いのが無くなるはずだから」
「ッ!?」

地面にうずくまりながら抗議してくる律に言い返すと、今度は澪が反応した。

「ままま、まさか、みみみみ見たのか?!」
「み、見てない。写真を見るよりも素早くゴミ箱に捨てたから回収しておいて」
「ホっ!」

僕の言葉に何の違和感も感じずに澪は胸をなでおろすと、僕の指差す方向にあるゴミ箱に写真を回収しに向かった。

「あ、あの、舌がひびれへふんでふが?」
「少しすれば治る。けど次はブートジョロキア入りにするから、いたずらも限度をわきまえておけよー」

舌がしびれているのか、微妙に滑舌が悪い彼女にそう告げる。
こうして、強化合宿に伴う騒動は幕を閉じるのであった。

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第17話 二日目

僕は夢を見ていた。
そう、それはとても懐かしい光景だ。









―9年前―

僕、高月浩介はいつものように人任務を終え、魔法連盟へと帰還していた。
任務の内容は我が国を攻撃しようとするテロ組織の鎮圧。
要求内容は莫大なお金をよこせという物であった。
もし反応がなければ我が国内で無差別テロを起こすという脅しまでくわえていた。
勿論、テロに屈するわけもなくテロ組織の鎮圧と相成ったわけだが、どうせ鎮圧したところで恐怖は取り除けないことは明白。
そう思った僕は、無許可で組織の者を一人残らず始末した。

「失礼します。法務大臣、高月です」
『入りたまえ』

ある部屋のドアをノックし、中から返事をもらった僕はドアを開けて中に入る。
そこはアンティーク調の家具が置かれている一室で、奥には社長椅子に腰かける黒髪の男の姿があった。

「何かご用で? 連盟長」
「また無断で始末したようだな」

連盟長の咎めるような口調の問いに、僕はまたかと心の中でため息をつく。
また長い説教か、と思っていた。

「まあ、それはいいとして、お前に特務を与えよう」
「特務?」

連盟長の口から発せられた言葉に、僕は豆鉄砲に撃たれたように固まった。

「ああ。この世界に向かい魔法を封印してスポーツ以外の栄誉を上げろ」
「なッ!?」

連盟長の告げた特務に、僕は言葉が出なかった。
魔法を使わずに、スポーツ以外であげられる栄誉は限りがある。
しかも、栄誉を挙げられる保証もないのだ。

「そこは魔法文化0だ。くれぐれも魔法の事がばれることの無いようにしろ」
「…………左遷、ですか?」

僕の驚きを無視して説明する連盟長に、僕は問いかける。

「それはお前自身が良く分かっているはずだ。話は以上だ。下がれ」

有無も言わせないと言わんばかりの態度に、僕は連盟長室を後にすることしかできなかった。
それが、僕がこの世界へとやって来るに至る記憶だ。










軽音部の強化合宿二日目は、とてつもなく騒がしかった。

「起きろー!!」
「ペプシ!?」

一番最初に聞こえたのは、律の叫ぶ声。
そして顔中に走る痛み。

「律! やり過ぎだ!」
「大丈夫?」

澪と律ががやがやと言い合う中、ムギが心配そうに声をかけてくる。
とりあえず僕は大丈夫と告げて体を起こす。
外はすでに明るく、今が昼間であることを告げていた。
そして漂ってくる美味しそうなにおい。

「さあ、浩介も起きたことだし朝ご飯を食べようぜー」
「おー!」

右腕を上げながら律が告げると唯もそれに続いた。

(なるほど、早く朝食が食べたかったわけね)

たたき起こされた理由が分かった僕は、苦笑しながら席に着くのであった。










朝食を食べ終え、食器を洗い終えると僕を含めた全員がロビーのソファーに腰かける。

「さて、今日の予定だが」

それを見計らい、律が真面目な表情で口を開いた。

「海で泳ぐぞー!!」
「おー!!!」

右腕を上げながら律が告げると、唯もそれに続く。

「こらこらー!」

僕が口を開くよりも先に、澪が叫んだ。

「えー。だって昨日だけじゃ遊び足りないんだもん」

澪の言葉に、唯が反論した。

「練習のためにここに来たの!」
「そう言う澪は昨日は練習の事を忘れてたくせに」
「うぐっ!?」

律の一言で、澪は何も言い返すことが出来なくなった。
確かに、澪は昨日練習のことをすっかり忘れていた。
そんな澪は、何とかしてと言わんばかりにこっちを見てきた。

(やれやれ、ここは僕が言うしかないか)

僕は心の中でため息をつく。
これからやることはDKとしてやってきたのと同じ方法だ。
今はもうそれをする必要はないが、昔は色々とH&P内は酷かった。
その結果、僕は鬼軍曹の二つ名を与えられる羽目になるのだが。

(テーブルの上に危険な物はないな)

取りあえずテーブルの上を確認してみた。
もしコップなどがあればかなり危険なため、移動させないといけない。
だが、幸いなことにコップなどの危険な物はなかった。

(よし、やるか)

何をして遊ぶかという話に移りだしている様子をしり目に、僕は深呼吸をするとかなり加減をしてテーブルにこぶしを下ろした。
”ドスン”と重い音が響き渡り、今まで聞こえていた話し声は、ぴしゃりとやんだ。

「昨日遊んでおいてまだ遊ぶと言うか!」
「「「「っ!?」」」」

僕の怒号は思った以上に響き、全員が肩を震わせる。

「ふざけるのも大概にしておけよ? ムギに無理を言って別荘を借りてるのに、練習しないとか舐めてるだろ?」
「えっと、そんなに無理はしてないわよ」

引きつった笑顔を浮かべながら必死にフォローをしてくるムギに悪いと思いながら、僕は言葉を続ける。

「今日は朝から晩まで特訓だ。泣こうが喚こうが関係ない。抵抗するなら引きずってでも連れて行く。さあ、遊びたいという奴はいるか!!」
「リ、りっちゃん!」
「お、おう! いざ行かん! スタジオへ!!」

僕の一喝が功を奏したようで、二人は逃げるようにしてスタジオへと駆けて行く。

「はぁ、大声で叫ぶのは疲れる」
「び、びっくりしたぁ」

大きく息を吐き出しながらの僕の言葉に、澪がほっと胸をなでおろす。

「これくらいしないと、あの二人は絶対に練習をしない。さ、僕たちも行くよ。言い出しっぺが遅れたらシャレにならないし」

おやつ休憩の時間を設けてチーズケーキでも振舞おうと心の中で思いながら、僕はスタジオへと向かうのであった。










「まずは、カバー曲の『Leave me alone』から始めよう」

セッティングを終わらせて、いつでも演奏が出来る状態になったのを見計らって僕は、全員にそう切り出した。

「まずは、曲の方を聞いてほしい」
「いつの間に持ってきたんだ?」

持ってきていたCDプレーヤーをスピーカーに接続させながら言うと、律が呆れたような口調で聞いてきた。
それを無視して、僕はCDを再生する。
流れてきたのは『Leave me alone』のボーカルがないバージョンだ。
AメロBメロと行ってサビに入る。
そしてサビの後は間奏なのだが、サビの後に再びAメロに移行する。

「あれ?」

それに気づいた澪が声を漏らす。
Aメロに戻った後Bメロといきその後にやってきたサビの後に間奏が入り、元の曲の状態に戻る。

「サビの後の間奏の前にAメロを取り入れたんだ。これで演奏時時間は3分弱はあるはずだ」
「す、すご」

一体何に対してのすごいかはよくわからないが、好感触のようだ。

「この曲は、ギターパートを僕と唯のツートップ……つまり同じコード進行で演奏する」

唯にでもわかりやすいように、独特の単語を出来るだけ噛み砕いて説明していく。

「これは、曲風を考慮するとボーカルは僕で行くけど、何か異論は?」

僕の問いかけに、全員が首を横に振った。

「それじゃ早速始めようか。唯、この曲のギター弾けそうか?」
「うーん。たぶん」

何とも頼りない返事だ。
唯には耳コピのスキルがある。
このスキルは非常に重宝する。
何せ、いちいち譜面におこす必要がないのだから。

「他三人には譜面を渡すから、それを見ながら演奏してみよう」
「うへぇ」

譜面を見た律が眉をしかめる。
その様子を見ながら、僕はこの別荘に元々置かれていた譜面台を三人の前に置くとそれに譜面を置かせる。

「あれ、浩介は?」
「僕はもう覚えたから必要ない」
「お前は、何者だ!」

僕の答えに律が叫ぶ。
律の言葉に一瞬息が止まりそうになったのは秘密だ。

「さあ、演奏を始めよう。律、リズムコールを」
「お、おう! 1,2,3,4,1,2!」

二拍子多いコールの後に、演奏が始まる。
最初はムギのキーボードからだ。
それに続き、澪のベースと律のドラムが産声を上げる。
そしていよいよ僕たちの番だ。

「………」

弾いて分かったのは音程がずれていること。
ギターの問題ではない。
奏者の問題だ。
唯の方を見ると、指を触れさせる弦の場所が微妙にずれていた。
さらにドラムとベースとキーボードの音がバラバラになる。
理由としては律のドラムが走りすぎたりゆっくりと歩き過ぎたりするために、テンポがめちゃくちゃだからだ。
澪のベースもどことなく力が弱く、他の音に埋もれてしまっている。
ムギも微妙に音の伸ばしが弱い。
僕自身も、微妙にではあるがテンポがキープできていないようにも感じた。
要するにみんながダメという事だ。
取りあえず通しで弾くことにした。
本来は随所随所で止めるのがいいのだが、合宿の時間がないため一度通しで弾いておいて曲の演奏(雰囲気とも言うが)に慣れさせる必要がある。。





「ふぅ、終わった終わった」

弾き終えて、律が微妙な達成感を感じている中、僕は口を開いた。

「皆ダメダメだ。律はリズムがバラバラだし、澪のベースは弱いし唯は抑える場所違うし、ムギは伸ばしが弱い」
「うぐっ!」
「よ、容赦がないね」

僕の指摘に、全員が固まっていた。
とは言え、本当のことなのだから仕方がない。

「律、リズムキープをちゃんとやって。走りすぎたとしても、みんながそれに合わせるはずだから」
「おーけー!」
「澪は出来る限りベースを前に出して。音に埋もれたら曲自体がつぶれるから」
「わ、分かった」
「ムギは、音を止める感覚をもう少し遅めに。長すぎなければアドリブとして成り立つはずだから」
「分かったわ」
「唯は最初は僕のギターの弦を押さえている所をよく見て。二番も同じコードで行くからそこでうまく弾けるように努力」
「ラジャー!」

僕は全員に簡単に改善点とポイントを出していく。

「さあ、律。リズムコールを!」
「おう! 1,2,3,4,1,2!」

そして再び演奏が始まる。
二度目の演奏では、多少ばらつきはあったものの、音がゆっくりと揃い始めていた。
そして三回四回と回数を重ねるうちに……

「うん。今のはいい感じだ」
「ふぅ、長かった~」

音の感覚も少しのずれに留まり、リズムキープも少しではあるが出来ていた。
唯のギターはまだ要練習だが、学園祭で披露するレベルには到達できた。
後は、毎日の練習で正確度を高めて行けばいいだろう。

「お、もう昼か」

ふとスタジオの壁につけられていた時計に目をやると、12時を過ぎていた。

「お腹すいたぁ~」
「何か食わせろ!」

律と唯が声を上げ出したため、僕たちは昼食にすることにした。
とは言え、律と唯が声を挙げなくても昼食をにしていたのだが。










「さて、ここからがオリジナル曲だ」
「おぉ~!」

僕の宣言に、唯が拍手をする。

「これが、ムギが作った曲に肉付けをした物だ」
「うわぁ、かなり本格的だな」

譜面を見た律が感想を漏らす。

「最初の律のリズムコールはバチを合わせる音だけ。そこからフィルで音楽が始まり、ベースとキーボードそしてギターがそれに続いていく。この曲はスピードが重要だからそこに重点を―――」
「よ、読めない」
「「「「…………」」」」

僕の説明を遮った唯の一言は、ここから先がどれだけ険しい山道かを知らせるのには十分だった。

「そんな唯にこれをやろう」
「これ、なぁに?」
「僕お手製の、譜面の読み方と弦を押さえる場所の見方だ。とにかくそれを覚えて」
「ラジャー!」

敬礼する唯を見て、解読書を作っておいてよかったと内心ほっとしていた。
一つコードを覚えたら三つのコードを忘れる唯に、覚えろというのはかなり酷だ。
ただ、何度も叩き込めば感覚で鳴れていくはずだ。
要するに、机上理論ではなく実際にやった経験値で学ばせるということだ。
感覚で演奏が出来るようになれば、僕の解読書を使って譜面を読むこともできるようになるだろう。
……たぶん
譜面と解読書を見比べながら譜面を読んでいる唯をしり目に、僕は曲についての説明を続けた。

「よぉし、読めた~!」
「お、速かったな」

説明を終えるのと同時に、唯も譜面を読み切ったようだ。

「これもギターパートは唯と僕のツートップ。1番と2番はほぼ同じコード進行だから、さっきと同じ要領で自分の物にして行くんだ」
「了解です! 師匠」
「………」

何故師匠?
唯の返事に首を傾げるのを必死に堪える。
とりあえず、唯には僕が教えて行った方が良いようだ。
そんな事を心の中で思っていた。










「あぁ~、このケーキが身に染みるぅ」
「何か、大丈夫か?」

テーブルに突っ伏しながらチーズケーキをほおばる律と唯の姿に、思わずそう聞いてしまった。

「でも、二,三回練習しただけであそこまで形になるなんて思ってもいなかったよ」

驚きなのは、通しで三回ほど弾いただけで、そこそこ形になった事だった。
勿論通しで弾き終わった後に、色々とレクチャーはしていたのだが、それにしてはかなり上達が早かった。

「それは師匠の教えの良さどすな~」
「師匠はやめい」

唯の”師匠”という言葉に、僕はきっぱりと言う。
僕は”師匠”とか人の模範になるようなタイプではない。
どっちかというと反面教師がいいところだ。

「でも、浩介の教え方はとてもうまかったぞ」
「ええ。私も色々と勉強になりました」

澪とムギまでもが加わり、僕はばつが悪くなり天井を見上げた。

「お、照れておりますな」
「照れてますわね~」

そんな僕に唯と律がからかうように言ってきた。
きっとその表情は二や付いているだろう。

「さて、もうひと頑張りだ。まだオリジナル曲は残ってるんだから」
「「「おう!」」

僕はごまかすように切りだして、再び練習を始めた。
結局この日、オリジナルを含めた三曲を通して演奏し、なんとか形になった。
とはいえ、まだ誰かに聞かせられないレベルではあるが。

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