健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第33話 新クラス!

それから二日後の始業式。
二年生へと進学した僕たちは、クラス分けを確認することにした。
クラス分けは昇降口に張り出されており、色々な生徒たちがそれを確認していた。
その中には、友人同士なのだろうか、同じクラスになれたことを喜ぶ人もいれば、担当の教師を確認してげんなりとしている者もいた。

「あった。私は二組だよ」
「あ、私もだ」
「私もよ」

どうやら唯と律にムギは同じクラスのようだった。

「それじゃ、澪ちゃんに浩君も?」

この流れで来れば、澪も同じクラスになっていると考えるだろう。
だが、それは悪い方向で裏切られることになった。

「……一組」
「僕は四組だ」

まったくもってばらばらに割り当てられていたのだから。

「「「……」」」
「な、なんだよ?」

その現状に言葉を失う唯たちに、問いかける澪の肩に手を乗せると涙ぐみながら慰めていた。

「ふ、ふん。律の方こそ、もう宿題を見せてあげられないんだぞ」
「いいもん、ムギに見せてもらうから」

澪の精いっぱいの反論だったが、律は鮮やかにそれを躱して見せた。

「別に、クラスの割り当てぐらいで何をムキに」

そんな二人のやり取りを見ていた僕は、思わずそう口にしてしまった。

「くらいじゃない! クラスに知っている人がいないと一人で寂しいんだぞ!」
「ご、ごめん」

澪のすごい剣幕に圧されて、僕は謝った。

「あ、皆さん。おはようございます」

そんなやり取りをしている僕たちに、声を掛ける人物がいた。

「お。おはよう、憂ちゃん」
「すごく似合ってるわ。初々しいわね」

志望校であるこの学校に合格した唯の妹の憂だった。

(憂だけに初々しいってか?)

ムギの感想に、僕は心の中でそうつぶやいた。

(うわ、寒い)

自分で言っておいてあれだが、非常に寒いギャグだ。
僕は即興で思いついたあまりにも寒すぎるダジャレを、頭の片隅へと追いやることにした。

「そ、そうですか? 浩介さん」
「よく似合ってるんじゃない?」

なぜかこちらに確認を求めてきた憂に、僕はそう答えた。

「あ、ありがとうございます」

それでも満足だったようで、嬉しそうにお礼を口にした。

「あ、お姉ちゃん」

そこで、憂は何かに気が付いたようで唯の襟もとに手を伸ばす。

「クリーニングのタグ、つけっぱなしだったよ」
「あ、まったく気が付かなかった」

さすがは憂だ。
今日も妹スキルは健在のようだ。

「それに寝癖もあるよ」
「今日、寝坊しちゃったんだ」

目ざとく寝癖を見つけた憂は常備しているのかコンパクトサイズのクシを取り出すと髪の手入れをしていく。
そんな二人の姿はまるで妹に世話を焼く姉のような印象を抱いた。

「おまえら、姉と妹交換した方がいいんじゃないか?」

だからこそ律のその言葉には僕も同意見だった。
そんな事をしていると、予鈴が聞こえた。
それを聞いた憂はクシを素早くしまうと一礼して去っていった。

「それじゃ、私たちもいこっか」
「そうだね」

そして僕たちも昇降口から移動する。
階段の前にたどり着いたところで、僕たちは足を止めた。

「二組って二階なんだ」
「いかにも、上級生って感じがするな」

しみじみとつぶやく律だが、僕と澪のクラスは一階に存在する。
何故学年ごとに括らずにバラバラの階にしているのかが理解できなかった。

「じゃあな、一階二年一組と四組の秋山さんと高月君」
「うるさい!」

律のからかうような言葉に澪が怒鳴るが当の本人は気にした様子もなくすたすたと階段を上っていく。
それに続くようにまた休み時間にと言ったムギと律と話をしながら唯が階段を上がっていった。
残されたのは一階に教室がある僕と澪だった。

「あの三人、絶対に昼休みに地獄見るな」

この学校の購買部は一階にある。
そして購買部では常に食料の確保という戦争が繰り広げられることが多い。
つまりは、そういうことだ。

「………澪?」
「……寂しい」

いつまでも返事がなかったため、思わず名前を呼んでみるが、反応はなくとてつもなく切ない言葉が返ってきた。

「ちょっと暗いって。明るく行こうよ! 明るく!」

結局、澪の雰囲気は元に戻ることはなかった。










「…………」

二年四組の教室に入った僕は、すぐに自分の席を確認して席に着く。
あたりを見回すが、やはりと言っていいのかどうかは分からないが、知っている人物が一人もいなかった。

(何となく澪の気持ちがわかったような気がする)

まるで陸の孤島に迷い込んだような錯覚を感じてしまう。

(新しい知り合いでも開拓するか)

とにかく行動あるのみ。
僕はそう思い立って席を立ちあがろうとしたところで、ふとある疑問が頭をよぎった。

(このクラスの男子って誰だろう?)

二年生は一クラスに二名の男子が存在する。
僕がその一人でもう一人がこのクラスにいるはずだ。
尤も、新入生は一クラスに五人男子がいるそうだが。

(まずは男の方から攻めたほうがいいか)

女子同士の結束力にはかなわないものの、男子の結束力も捨てたものではない。
まずは同性同士で親交を深めるのもいいかもしれない。

(そう言えば、慶介のやつはうまくやれてるのかな?)

ふと、前の学年で一緒だった慶介のことを思い出した。
暗くならないようにするためにといった理由でわざとあのような変態キャラにしているが、あれはあれで打たれ弱いところもある。

「浩介じゃないか!」

心配ではないが、少しだけ気になった。

「お、今年も同じクラスか!」

それにしても、今年の男子はどんなタイプなんだろうか?

「おーい、聞こえてるか~?」

慶介みたいな癖の強いのはできれば勘弁してほしい。

「浩介~! 聞こえてますか~! 元気ですかっ!!」
「だぁぁぁっ! うるさいっ!!!」

先ほどから耳元でしつこいほど声を上げ続ける奴の頭に全力で拳を振り下ろした。

「いきなりだな、おい」
「人の耳元で大声で叫ぶからだ」

最近慶介の方にも大勢ができてきたのか、僕の全力の一撃を喰らっても数秒で回復するようになってきた。

(本当に、こいつは人間か?)

人間離れした回復力に思わずそんなことを考えてしまう僕だった。

「ところで、浩介、聞いてくれ! 俺の今年の計画をっ!」
「まったくいい予感がしないが、言ってみな」

何だか去年もこんなやり取りをしたような気もするが、僕は続きを促した。

「俺たちももう二年生。つまりは先輩ということじゃない?」
「確かにそうだな」

慶介の前置きに、どうせくだらないと思いながら適当に相槌を打つ。

「だからこそ、俺は今年、先輩としてできることをしたいと思うっ!」
「おぉ……慶介にしては珍しく非常にまともなことを言ってる」

ようやく慶介にも先輩としての自覚が出てきたようだ。

「珍しくとはなんだ、失敬な!」
「わ、悪い。話を続けて」

慶介の怒りに僕は謝ると先を促した。

「おう。そこで俺は思ったわけだ! 先輩としてできることが何かを!」
「それは、なんだ?」
「ずばり、コスプレをして女子を追いかけて声援を受けることSA!!」
「……」

大きな声で、恥ずかしがることもなく宣言したその言葉に、教室の空気が凍りついた。

「慶介」
「おう、何かアドバイスでも―――ペプラガバァ!?」

僕は慶介の頭に目がけて拳を勢いよく振り下ろした。

「本当に変わらないな、お前のそのバカさ加減は」
「お前のこぶしの強さも、な。それ、世界狙える」

地面に沈んだ慶介は手をぴくぴくと動かしながら反論してきた。

「もしそんなことをしたら、お前を宇宙の果てまで吹き飛ばすぞ」
「それって、死刑宣告!?」

そんな脅し(わりと本気だが)を慶介にしておくことにした。
そうじゃないと、こいつの場合は本当にやりかねない。

「それはともかく、今年もよろしくな、浩介!」
「はいはい。こっちもよろしくな。慶介」

そして僕と慶介は互いに握手を交わした。
何だかすっかり親友になってしまったが、それも悪くはないなと思う僕なのであった。










そんなこんなで昼休み。
この時期では様々な部活が新入部員確保の為に勧誘を行っている。
まさに四月は新入部員が確保できるかどうかの戦いの時なのだ。
そんな中、軽音部も例にもれず、その勧誘を行うこととなったのだが……

「うわ、もう始まっちゃってるよ」
「やっぱり大きい部は手際が違うわね」

既に廊下では数多くの部活動が勧誘活動を行っているのを見た唯が呆然とそれを見ており、ムギは少しばかり追いつめられたような表情を浮かべていた。

「軽音部だからって甘く見るなよ。澪、チラシは!」
「こ、これだけど」

闘志を燃やした律に圧されるように僕と律に渡したのは、軽音部の勧誘のチラシだった。

「「地味」」

それを目にした僕と律の意見は一致したようだった。
チラシにはシンプルに『バンドやりませんか?』の文字があった。

「インパクトがないんだ。なんか軽音部だけにある物を書くとか」
「例えば?」
「そうだな……お菓子食べ放題の軽音部! とか」

唯の問いかけに、少しの間考え込むとまじめな表情でそう答えた。

「それはいいねっ!」
「「よくない!!」」

軽音部としての趣旨から大きく逸脱した内容に、即答で否定した。
そんなうたい文句を書かれた日には確実に変な誤解を与えさせるだろう。

「だったら何かないのかよ? インパクトがあるやつ」
「それなら、私に任せなさいっ!」

腕を組んで聞く律の肩に手を置き、自信満々と言った様子で名乗りを上げたのは、顧問の山中先生だった。

(何だか嫌な予感がする)

そう感じた僕は山中先生たちに気づかれぬようにその場を後にした。

「裏切り者っ!!」

どこからか響く声を背に受けて。










「まずはこのインパクトの少ないチラシを何とかしよう」

安全地帯教室に戻った僕が始めたのはチラシの改良だ。
いくら何でも一文だけというのは寂しすぎる。

「うーん、何を書いたものか……」

僕は腕を組んでどのように書くかを考えた。

「おーい、浩介! 飯でも――「うるさい」――はい、失礼しました」

(とりあえず、これで行くか)

慶介を追い払った僕は悩みぬいた末に、『初心・中級者大歓迎。分からない場所は懇切丁寧に教えます』と付け加えることにした。
ありきたりだが、これはこれでいいだろう。

「よし、これを印刷するか」

僕は新たに出来上がったチラシを印刷するために、コピー機のある職員室へと向かった。

「失礼します」
「どうした、高月」
「小松先生。ちょっと印刷機を借りに」

中に入ると、近くにいた古文担当の小松先生が声を掛けてきたので、僕は用件を口にした。

「印刷機はそこだ。何だ勧誘用のチラシか?」
「まあ、そんなところです」

目ざとく僕の手にしていたチラシに気づいた小松先生の言葉に、僕は頷きながら答えた。

「いろいろ大変だとは思うが頑張りな」
「ありがとうございます」

小松先生のありがたいエールに、お礼を言うと僕は100部印刷することにした。

「失礼しました」

そして僕は職員室を後にすると、先ほど刷ったチラシを配るべく行動を開始することにした。

(まずは屋外からか)

屋内はすでに多数の部活が勧誘活動を行っている。
だが屋外ではそれほど多くの部活が勧誘活動を行っているわけではない。
つまり、邪魔も入りにくく疑問などに答えられる時間も十分に取れるのだ。
そんな思惑で、僕は一人で屋外の方へと向かうのであった。

拍手[0回]

PR

第30話 クリスマス会とプレゼントと

「家の戸締りよし、プレゼントもよし。忘れ物は無し!」

クリスマス会当日。
僕は、忘れ物がないかどうかを念入りに確認していた。

(集合時間までまだ30分もある。完璧だ)

僕は一通り問題がないことを確認してから家を出ると、ドアに鍵をかける。
そして僕はクリスマス会の会場である唯の家へと向かうのであった。










「浩介!」

唯の家にたどり着いた僕によく知る人物の声が掛けられた。

「ん? 律たちか。ちょうどいいタイミングだな」
「本当ね」

僕とほぼ同時に着いた律たちにそう言うとムギは笑顔で相槌を打った。

「それじゃ、チャイムなら――「えい♪」――あぁー!?」

チャイムを鳴らそうとする律よりも早くにチャイムを鳴らしたのは、ムギだった。
家の中から”はーい”という声が返ってきた。

「チャイムを押すのが夢だったの」
「そ、そうなのか」

ムギのとてもささやかな夢に、律は苦笑を浮かべるしかなかった。
それから少しして玄関のドアが開けられた。

「「「「お邪魔します」」」」

僕たちは声をそろえて言うと、律が口元に手を当てる。
それは声を遠くに聞こえるようにするための仕草だった。

「唯ー、来たぞ~」
「おー、皆上がって上がって~」

律の呼びかけに少し遅れてにかいから現れた唯の首元には飾り付けのようなものがマフラーののように巻かれていた。

「な、何をやってるんだ?」
「飾り付けをしていたら止まらなくなっちゃって」

僕の疑問に、唯は照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
思わず『小学生か、お前は』と突っ込みそうになるのを必死にこらえた。

「あ、コートをもらいます」
「ありがとう」

そんな僕たちに、声を掛ける妹の憂は本当にしっかりとした子だ。

(しっかり者の妹と天然の姉……ものすごいデコボコ姉妹だね)

ものすごく失礼なことを心の中でつぶやきながらも家の中に上がった。
憂に先導されるようにして上の階に上がると、リビングのテーブルの上にものすごく豪勢な料理の数々が用意されていた。
一部を言うと、クリスマスケーキはもちろんのこと北京ダックやサンドイッチなどだが、到底10代の少女が作れるような代物ではない。

「うわ、すごい料理」

それは律たちも同じだったようで、豪勢な料理の数々に感想を漏らしていた。

「これ全部憂ちゃんが作ったの?」
「失礼な。私だってちゃんと作ってるよ!」
「何を?」

ムギの問いかけに抗議の声を上げる唯の言葉に、僕はすかさずに疑問を投げかける。
まあ、どうせ唯のことだからどうせお皿の盛り付けぐらいだと高を括っていた。

「このケーキ」
「すげえ!」
「本当だ。すごいじゃない、唯」

掲げて見せたクリスマスケーキに、僕と律は思わず称賛の声を上げる。
人は見かけには寄らない物だ。
これからは、見かけだけで判断するのはよそう。

「の上にイチゴを載せました!」
「「さっきの”すごい”を返せっ!」」

そう心の中で決めかけた時に唯が続けて言った言葉に、僕と律は思わず同時にツッコんでしまった。
ある意味期待を裏切らない唯だった。

「で、でもお姉ちゃんは本当にいろいろと手伝いをしてくれたんです!」

そんな中、慌てた様子で声を上げたのは憂だった。

「掃除を手伝ってくれようとしたり、飾りつけをしようとしてくれたり」

(全部未遂だし)

フォローしようとしているが、さらに墓穴を掘っているような気がする。

(というより、飾りつけをしようとしてこのありさまか)

僕はふと視線を周囲の壁に取り付けられている飾りに向ける。
未完成なのか、途中で垂れ下がっているのがとても悲しげに見えた。

「それから……えっと――」
「分かったから、もういいよ憂ちゃん」
「見ているこっちが惨めになってくるから」

必至にフォローの言葉を探す憂を、僕と律が止めた。

「それじゃ、和ちゃんは遅れてくるらしいから、先に皆で乾杯しよう!」

先ほどまで話題になっていた唯はと言えば、飲み物が入った瓶とグラスを持ちながら提案した。

(……何となく、お似合い姉妹のような気がしてきた)

それを見ていた僕は先ほど地面がしていた感想を変えるのであった。
こうして、各員にグラスが渡され飲み物も注がれた。
つまりは、乾杯の準備が整ったということになる。

「それじゃあ」
『乾杯!』

律の掛け声に合わせて、僕たちはグラスを合わせて乾杯をした。

「いや~、今年もあっという間に終わっちゃうねー」

グラスに注がれた飲み物を一口飲んだ律がしみじみとした様子で口を開く。

「嫌ね~、年よりくさいわよ」

そんな律に、やれやれと言わんばかりの表情で相槌を打つのはいつの間にか僕の隣に座っていた山中先生だった。

「って、さわちゃん!?」
「これおいしいわ。おかわり、もらえる?」

驚きの声を上げる皆をよそに、山中先生はいつの間に手を付けていたのか小皿を前に差し出していた。

(いるのは分かってたけど、いったいどうすれば僕に気配を悟られずに隣に座れるんだ?)

「まさか、壁をよじ登って家に侵入してきたんですか!?」
「ちょっと、私をなんだと思ってるのよ?」

律の想像に山中先生が心外だと言わんばかりに疑問の声を上げる。
律の想像を聞いていて僕が感じたのは

「婚期を逃した蜘蛛女泥棒?」
「あん? 今なんて言ったのかしら?」
「び、美人のクノイチ!」

ぼそっと呟いたはずが山中先生の耳に聞こえていたようで、凄まじいさっきを纏った目で睨まれたため、慌てて言い直した。

「なら、いいわ」
「毒舌も、度を越えると身を滅ぼすんだな」

言い直したことが功を奏したのか、睨みつけるのをやめた山中先生を見て、ほっと胸をなでおろしていると澪のつぶやきが聞こえた。
非常に的を得ているために、僕はどう反応したらいいのかがわからなかった。

「大体、顧問である私を誘わないなんてどういうつもり?」
「えっと……」

第二の僕になってたまるかと言わんばかりに視線を泳がせて言葉を濁らせる律。
彼女の代わりに答えるような人はいないだろう。
下手すればとんでもない雷が落ちることになるのだから。

「先生は彼氏と予定があると思ったので誘いませんでした」

そんな中、それをした平沢唯と言う名の勇者が現れた。
……とは言っても、ただの天然だとは思うが。
それはともかく、やはりと言うべきか大きな雷が落ちることになった。

「そんなことを言うのはこの口か~!」

涙目になりながら唯の頬を引っ張っている山中先生の姿を見て、天然の恐ろしさを理解することにした。

「罰として唯ちゃんはこれを着なさい!」
「どうしてそんな服を持ってきてるんですか、アナタは?」

”じゃーん!”という効果音でも付きそうな勢いで掲げられたサンタ服(もちろんコスプレだが)に、思わず疑問を投げかけてしまった。

ちなみに、返ってきたのは意味ありげな笑みだった。
それはともかく、サンタ服を受け取った唯は着替えるためにすたすたとリビングを後にした。
それから数分後に、唯は戻ってきた。

「じゃーん!」

サンタのコスプレ姿で。
しかも恥ずかしがる様子もなかった。

「ダメね、恥じらいが足りないわ」
「ガーンっ」

山中先生の容赦ないコメントに、唯は涙目になりながら床に座り込んだ。
そんな彼女の頭をやさしくなでているのは、妹の憂だった。

「やっぱりここは……」
「ひっ!?」

山中先生の矛先が向けられた澪は、怯えた様子で立ち上がった。
それとほぼ同時に山中先生も立ち上がる。

「ほら、逃げろ~!」
「いや~!!!!」

そして始まった追いかけっこ。
僕は巻き添えに合わないように隅の方に移動しておく。
やがて、追いかけっこの舞台はリビングから移動したようで階下の方に向かっていった。
下の方から聞こえる二人の声は真鍋さんが遅れてやってくるまで続いた。










「もう、お嫁にいけない……」

ソファーに顔をうずめている澪の背中には哀愁が漂っていた。

(ご愁傷様)

僕はそんな彼女に、心の中で手を合わせるのであった。

「気を取り直して、プレゼント交換をするぞー!」
「おー!」

凄まじい切り替えの早さでプレゼント交換をすることとなった。

「あ、でも山中先生はプレゼントを持ってきてるんですか?」
「それなら大丈夫よ。ちゃんと用意しているから」

真鍋さんの疑問に応えるようにして出されたのは青い包み紙に水色のリボンでラッピングされたプレゼントだった。

「本当は彼氏にあげるはずだったの」
『………』

山中先生の言葉に、どんよりと重い空気が漂う。

「それじゃ、始めるわよっ!」

何かを振り払うように大きな声で叫んだ山中先生は勢いよくテーブルに手を置いた。
その拍子にビン同士がぶつかり合いガラス特有の音が鳴り響いた。
そして無言でプレゼントを出すように告げる山中先生に従うように、それぞれが用意していたプレゼントをテーブルに置いていく。

「歌が終わったらそれで終了よ」

そう言って今度は適当にプレゼント配り始めながら、歌を歌い始めた。

(プレゼント交換ってこんなに惨めなものなのか?)

やけになって歌う山中先生の姿に、思わず僕は心の中で疑問を抱いてしまった。
それはともかく、プレゼントは順調に各人に回されていく。
いつ終わるのかわからない歌声をBGMに回していく。

「サンキュー!」

それは山中先生のその言葉で終了となった。
僕が持っていたのは山中先生が彼氏に渡すはずだったという代物だった。

「あ、これ私が買ったやつ」
「それじゃ、交換ね」

律の持っていたプレゼントの箱と山中先生が手にしていたはことを交換する。
その時に、澪が何かを言いかけていたのが気になった。

「さて、一体何かしら? とてもいいものが入っていそうな感じ」

包装紙を取り除きながら期待を胸に箱を開けた。
すると中から凄まじい勢いで何かが飛び出し、それが山中先生の顔面に直撃した。
それは、澪が語っていた”びっくり箱”だった。

(いつでも逃げられるように避難しよう)

先ほどからうつむいている山中先生だが、それがいつ怒りの噴火につながるかわからない。
現に肩が震え始めているし。
どうやら、それは他の皆も同じだったようで、全員が山中先生から距離を取っていた。

「あは、あはは……」

かと思ったら今度は笑始めた。
それがとても不気味さを増させる。

「今日は最高のクリスマスだわ~!」

どうやら怒りを通り越しておかしくなってしまったようだ。

「うわっ!? 山中先生が壊れた?!」

こうして、僕と律たちの皆で、錯乱状態の山中先生をなだめることになるのであった。










それからしばらくして、ようやく正気を取り戻した山中先生に胸をなでおろしつつ、プレゼント交換の続きをすることとなった。
ムギが受け取ったのは澪の買った”マラカス”、律が受け取ったのは真鍋さんが買った”焼き海苔”、真鍋さんはムギが買った”お菓子の詰め合わせ”といった感じだった。
さすがに真鍋さんのプレゼントには唯ですら『お歳暮じゃないんだから』というツッコミが入った。
ある意味、真鍋さんも天然だった。

「僕のは………」

包装紙をできるだけ丁寧に開けて中身を見た僕は、言葉を失った。

「何何?」
「ほれ」

僕の様子に興味を持ったのか、唯がプレゼントの中身を聞いてきたので、僕はそれを出した。

「はうわぁ……ッ!?」

その代物に、一番の反応を示したのが澪だった。
思いっきり後ろに下がったその表情は怯えが入っていた。

「はいはい、それが私のね」
「もしかして、これを彼氏の人にあげるつもりだったんですか!?」

投げやりに答える山中先生に、唯が本日二度目の爆弾を投下した。

「うぅ……そうよ! 悪かったわね!!」

やけになりながら応えた山中先生は再び泣き始めてしまった。

(天然が怖い)

「あ、それは最初に青色のリボンをほどいてから黄色のリボンをほどくようにしてね。じゃないとどんな手段でも開かなくなるから」
「わ、わかった」
「一体どんなプレゼントなんだよ?」

律からジト目でツッコミが入る中、澪は緊張の面持ちで言われた通りの手順でリボンをほどいていく。
そして包装紙を丁寧にはがしていき、箱の蓋に手をかけた。

「………」

僕は耳に手を当ててこれから起こるであろうことに備えた。

「うわぁ!?」
「な、何?!」

箱を開けた瞬間に鳴り響く破裂音に全員が驚く。

(これはちょっと音を高くしすぎた)

強烈な音だったため、耳をふさいでいた僕ですら驚いてしまった。

「一体、これはなんなんだよ?」
「律のびっくり箱からヒントを得て作った手作りびっくり箱。最初に開けた瞬間にクラッカーのような破裂音が鳴り響く仕掛けだったんだけど、ちょっと失敗――「ちょっとじゃない!」――はい、すみません。調子に乗りました」

僕のプレゼントの説明をしていると、一番の被害者である澪からきつい一撃をお見舞いされた。

「まあ、冗談はともかく、本当のプレゼントはちゃんと用意してあるから。箱の中の底の端の部分に穴が開いてるでしょ?」
「確かに、開いてるけど」

咳払いをしながら、説明をすると箱を覗き込んだ澪が相槌を打った。

「そこに指をひっかけるようにして開けてみて」
「………」

僕の指示に、澪は無言で僕を見ている。
その眼は疑いのまなざしだった。

「いや、別にこれ以上驚かせる要素はないから」

信頼を失うのにかかる時間は築くのよりも遥かに短いことを身に染みて知ることとなった。

「それじゃ……」

恐る恐ると言った様子で箱の底に手をかけた澪は、そこの画用紙を取り除く。

「これは……」
「お守りのようなものだよ。身に着けておけば、ご利益があるかもしれないよ」

澪が取り出した小さめの巾着袋に、僕はそう説明した。
巾着袋内に入っている魔石には防御系統の術を施してある。
後は、澪の身に危険なことが起こった際に守ってくれるという代物だ。
とはいえ、一度きりの使いきりタイプなのが欠点だが。
そして、このお守りは最初に手にした人物(僕は開発者なので除く)にしかその効力を発揮しない。
とはいえ、このお守りの欠点は、巾着袋が触れている物すら対象にしてしまうことだ。
つまり、プレゼント用の箱に触れただけで反応してしまうということになる。
それを防ぐために、簡易結界を箱を覆うように展開させることで対処した。
要は、直接触れないようにすればいいだけの話なのだ。
そして、それの解除に当てたのがリボン。
澪にリボンを開ける順番を指示したのもそれゆえだ。
ちなみに、箱を開けた時に鳴り響いた破裂音は、クラッカー音を何度も聞いて覚えた僕が仕掛けた魔法で、箱を開けるのと同時に鳴り響く仕掛けになっている。
音量の設定を大きく間違えてはいたが。
閑話休題

「手作り感満載だな~」
「手作りだけど、効果は期待しても損はないから」

怪しげなものでも見るような目で感想を漏らす律に反論するように、僕は口を開いた。

「ありがとう、浩介」
「どういたしまして」

澪のお礼に、僕は軽く頭を下げるようなしぐさで答えた。

「後開けていないのは、唯ちゃんと憂ちゃんだけね」

プレゼントを開けていない二人に、山中先生は『早く開けるように』と促した。
もう残り二人なので、それぞれ誰が送ったかはわかってはいるが、中身が気になる。

「手袋だ」
「マフラーだ」

箱を開けた唯と憂が中身を口にした。
見てみると、唯が手袋で、憂がマフラーだった。

「「私が手袋(マフラー)を失くして寒がっていたから?」」
「二人以外に当たっていたらどうする気だったんだ?」

運が良いでは片づけられない強運に、僕たちは苦笑した。

「ありがとうお姉ちゃん。これで冬も寒くないよ」

笑いあう姉妹に、僕たちの心も温かくなっていくような気がした

(仲よきことは良きかなよきかな)

いつか口にしたフレーズを、僕はもう一度心の中で口にした。
そんなこんなで、冬真っ只中で寒い日に開かれたクリスマス会は、心温まる気持ちで幕を閉じる―――

「いよぉしー、プレゼント交換も終わったし、一人ずつ一発芸でもするか!」

ことはなかった。

「せっかくのいい話系の流れが」

まったくだった。

「何だったら澪が最初にやるか?」
「ひぇぇ!?」

(もう完全に悪酔いしたオヤジのノリだな)

律と澪のやり取りを見ていた僕は、心の中でそう呟いた。

(とはいえ困った)

まさか一発芸を披露しなければいけないとは。
僕には芸を披露するようなスキルなどない。

(一つだけ、できそうなことはあるけど)

それをするには準備が必要だ。
もしトップバッターにでもなったら万事休すだ。

「それじゃ唯、いってみよう!」
「えぇ、私? うぅ~ん」

どうやらトップバッターは唯のようだ。
肝心の唯は何を披露するかを悩んでいるようだが。

「あの! 私がやります!」

そんな唯に救いの手を差し伸べるように立候補したのは、憂だった。

「それじゃ、どうぞ!」

律に促らされるように、憂は立ち上がるとどこからともなくトナカイとサンタの人形を取り出して、それを手に装着した。

『メリークリスマス。みんな、楽しんでますか?』

そして話し始めた。
だが、肝心の憂は口を一切動かしていない。
そのような芸当ができるとすれば、魔法で言う所の”念話”ぐらいだ。
だが、当然ではあるが憂はそのようなものを行使していない。
つまりこれは腹話術というものだろう。

(魔法が使えない人でも、このような芸当ができる。本当に人間ってすごい)

僕は感動のあまりに、拍手を送った。
それはみんなも同じだったようで、拍手を送る。
送られた憂は照れた様子で頭に手を置くと、再び両手を前に突き出すポーズに直した。
そして再び腹話術が始まる。

(よし、憂の頑張りに見合うぐらいのモノは見せないとね)

僕は憂の腹話術を見ながら、首にかけてある真珠の形をしたネックレスを怪しまれないようにつかむ。

(魔力回路限定解放。魔法術式の高速登録開始)

魔力というエネルギーを通すパイプである魔力回路を一部のみではあるが解放させる。
いつもはこの回路は封印されている。
この世界ではそういうものの類は必要ないからだ。
とはいえ、魔力がないと生命に関わるため、ほんの一部のみの開放をしているが。
そして、魔法を素早く発動させられるようにする力も使う。
魔力の消費量が4倍になってしまうが、せっかくのパーティなのだ。
少しぐらい奮発しても罰は当たらないだろう。
まあ、一部からは大目玉を食らいそうだが。
その後も、唯のエアギターや律のエアドラムや、ムギのマンボウの真似などが披露されていくなか、僕は一発芸で披露するための準備を進めていく。
ちなみに、澪の出し物はコスプレだった。

「~~~~ッ!」

とは言っても、階段の陰から姿を現した時間はわずか数秒程度だったが、それでも澪にしてみればとてもがんばった方だ。
そのため、みんなから拍手が送られた。

「それじゃ、浩介行ってみようか!」

澪が着替え終えて戻ってきたのを見計らって、律が指名してきた。

(準備は大丈夫。後は僕の演技力)

もうすでにこれから行う一芸の準備は完了している。
後は僕の技術だ。

「それじゃ、僕は簡単な手品をいくつか披露するね」
「おーっ!」

手品と言う単語だけで、期待の込められたまなざしが僕に注がれる。

「律、そのプレゼントの箱借りていい?」
「いいぞ」
「さて。ここにあるのは種も仕掛けもない普通の箱」

律からプレゼント用の箱を借りた僕はその中身をみんなに見えるように見せながらお決まりの文句を口にする。

「これから、この箱からトランプを出して見せましょう」
「定番中の定番だね」

唯からコメントが入るが、特に反応せずに進めていく。

(媒体は、この棒でいいか)

魔法を使う際に効率を上げる媒体が必要になるため、僕は先ほどテーブルに置いてあった棒状のモノを拝借することにした。

「これにハンカチを覆って、三つ数字を数えると中からトランプが現れます」

そう言いながら箱にハンカチをかぶせる。
そしてハンカチに軽く触れるように棒を当てる。

「ワン、トゥ……」

(ディメディア)

最後のカウントを言うよりも早く、心の中で魔法の呪文を紡ぐ。

「スリー!」

カウントをしきった僕は、ハンカチを取り除くと箱の中に手を入れる。

(よし、ちゃんとある)

転送魔法によって取り寄せたトランプがちゃんと現れていることを確認した僕は、中からそれを取り出した。

『おーっ!』

トランプが現れたのを見た唯たちは一様に拍手を送る。

「さて、それじゃこのトランプを使って、もう一つの手品をお見せしましょう」

僕の芸はまだまだ終わらない。
こと魔法に関しては譲歩しないのが僕の流儀だ。

「トランプには通常、こういった何も書かれていない無地の物がある。これは、トランプを一枚失くした時に代用する物なんだけど、今回はそれを八枚使おうと思う」
「何でそんなにあるんだよ?」

律から尤もなツッコミが入った。
実は無地のカードを八枚ほど入れてあるタイプと普通のトランプだけのものをたくさん置いてあるからだ。
ちなみに、普通のトランプはリビングにまとめて入れてあり、この特殊なトランプは自室に置いてある。
そうでないと、トランプを転送させるときに大量のトランプのセットが現れる羽目になる。
大まかな(○○の家の○○の部屋など)場所とモノしか指定できない転送魔法の特徴が故だ。
それはともかくとして、無地のカードを取り出した僕はそれを律と澪、憂と唯に一枚ずつ配っていく。

(リマインド)

その際にカードを介して再びある魔法をかけていく。

「今配った人はボールペンか何かで好きなマークと数字、それと名前を書いてもらいたい。僕は四人が何を書くのかをもう四枚に書いていくから」
「分かった」
「分かりました」
「任せて」
「わ、わかった」

憂に続いて唯と律と澪が返事を返すのを確認して、僕はさらに言葉を続ける。

「山中先生は僕が四人の書いている内容を盗み見ていないかの監視をお願いしてもいいですか」
「分かったわ」

そして山中先生にも協力をしてもらい、僕は背を向けた。
横には山中先生の監視の目がある。
そんな時、僕の頭の中に声が響いてきた。

『何のマークを掻こうかな……どうせだから三角とか楕円形を書こうっと』
『うーん。やっぱり星だよね』

(……)

唯と律の声に、僕はため息をつきたくなるのをこらえて口を開いた。

「あ、そうだ。好きなマークとは言ったがあくまでもトランプにあるマークでスペードやハートとかだから、間違っても星とか楕円形とか三角とかは書くなよ? 特に律と唯!」
「な、なぜにピンポイント!?」

僕は再び目を閉じて神経を集中する。

『そうだ。ハートのAでいいかな』

(なるほど、澪はハートのAか)

頭の中に響いてきた澪の声に、僕はさらさらと澪の名前とハートのAを書き込んでいく。
今使っているのは、遠距離型の読心術だ。
これは、相手が心の中で思っていることが直接僕の方に声をとして届けられる仕組みになっている。
とはいえ、遠距離にもなるとそれをし続けるのは難しい。
そこで、トランプを媒体として使っているのだ。
もはやペテン師のような気もしなくはないが、僕は頭の中に聞こえる声に意識を集中させて書き込んでいく。

「終わったぞ」

澪から声が掛けられたのを確認して、僕は再び彼女たちの方に振り向いた。

「それじゃ、今度はこのトランプを同じ組み合わせになるようにおいていこうと思う。もし名前とマークに数字が違っていたら手品は失敗ということになる」

そう言いながら、今度は目の方に意識を集中させる。
すると、トランプの裏側……つまり唯たちが書いていた面が見えるようになった。
これがいわゆる透視魔法だ。
中身を見ただけで知ることができる魔法だが、使い方を誤れば犯罪クラスになるため出力を極限にまで抑えている。
よって、どれほど集中させようが服が透けるようなことはありえない。
それはともかく、僕は透視魔法でトランプの裏側に書かれていることを読み取りながらそれに合うように自分が持っているトランプを配置していく。

「それじゃ、ムギ。唯たちが置いたのと僕が置いたのを同時に開いて行ってくれる?」
「分かりました」

指名されたムギは心躍ると言った面持ちでテーブルの方に来ると、トランプを表にしていく。
端の方からハートのAと書いた澪、ダイヤのJと書いた唯、スペードの3と書いた律、クローバーの5と書いた憂という配置だった。
そして僕のも全く同じ配置だった。

「す、すげえ!?」
「全部一緒です?!」
「浩君、超能力者だ!」

カードの内容がすべて一致していたことに驚きを現す律たちに、僕はどこか嬉しく感じていた。
魔法使いであれば当然の芸当なのに、これほどうれしく感じるというのはどうしてなのだろうか?

「とは言っても、このカード本来の使い方じゃないよね? だから、全部消しちゃおう」
「へ? 消すってどういう――」

全てのトランプを裏返しに集めて束にすると、媒体とした棒状のものをカードの上に充てる。

(イレイズ)

そしてまたスリーカウントと共に充てたり離したりを繰り返し、最後のカウントの前に再び呪文を紡いだ。

「はい、これで元通り」
「…………」

全て白紙に戻ったトランプを目の当たりにした律たちは何も言うことはなかったが、代わりに拍手の音が響いた。
こうして、僕が用意した即興の手品は(何とか)無事に幕を閉じるのであった。
その後、山中先生がお腹に張り手で紅葉を作ったりする一発芸を見せてくれた。
とはいえ、ほとんどが引いていたが、当の本人は楽しそうだったのでいいのかもしれない。
そしてそのあとはムギが持ってきたボードゲームで遊び、解散になったのは日が暮れた時間帯だった。
この日、僕は今までにないほど充実した一日を過ごすことができた。
こうして、突如持ち上がったクリスマス会は無事に幕を閉じることができたのであった。

拍手[0回]

第28話 夢か現実か

部室に戻た僕たちは、次のライブに向けての練習を(珍しく)していた。

「ねえ、ちょっといいかな」

そんな練習も一区切りついたころを見計らって、僕は声を掛けた。

「何、浩介?」
「今日はこれで終わりにして帰らない?」

その僕の提案に、全員がぽかーんとした表情を浮かべた。

「な、なに?」
「いや、浩介がそういうことを言うなんて初めてだから」
「そうそう。いつもは絶対に言わないじゃん」
「……言われてみれば、そうだね」

確かに澪と律に言われて知ったのだが、これまで練習しろなどと口うるさく言うことはなかったし、切り上げようということも当然なかった。
その理由は、僕自身にある。
僕の立場上、無理やり練習をさせるのはDKとしての価値観を押し付けているのではないかと思ったからだ。
だからこそ、練習するように促しはするが、無理やりさせるようなことはせずに彼女たちの自主性に任せることにしている。
もっとも切り上げることに関しては律たちが勝手にするのもある。
ただ、最近それでは彼女たちの為にならないのではと思うようになってきたので、何らかの対策は施すかもしれないが。
閑話休題

「何か用事でもあるの?」
「いや、そういうのではないんだけどね」

ムギの疑問に、応えた僕は朝の時に言おうと決めたことを告げることにした。

「今朝の通り魔に関するニュースを見た?」
「ああ、あれか」

僕の問いかけに、いち早く思い出した様子で返したのは澪だった。

「あれって、確か一日に一駅分ずつ移動する連続通り魔って言われてたっけ」
「何だか、こわいわ」
「こっちの方に来ないでほしいんだけどな」

各々が話を始めるが、どうやら僕が知っていることは全員は把握しているようだった。

「犯行の時間帯は警察の捜査の結果、夕方の17時以降とされている。そして前日に隣の駅の町で事件が発生していることから、今日はこの街で事件が起こる可能性が非常に高い」
「どうして、そんなことまで知ってるんだよ?」

僕の説明に、律は驚きと疑問が入り混じった表情で訊いてきた。

「……そこで、今日は早めに帰っておいた方がいいと思うんだ」
「スルーされた!?」

律の問いかけには黙秘と言う手段で躱した。
どう取り繕っても誤魔化すことはできないからだ。
ならば、何も言わない方が得策だ。

「家に着いたら各自が一斉送信で連絡。律と澪は幼馴染だからそれぞれが家に着く時間帯を大幅には把握しているはず。そうでしょ?」
「ま、まあ大体だったらわかるけど」

僕の確認に、律は澪の方を見ながら答えた。

「だからいつも家に着くであろう時間になっても連絡がなければ、それは何らかの危機的状況に見舞われていると判断できる。唯の場合は僕が言えまで送り届ければ問題はないし、ムギは駅まで一緒に行けば問題はないと思うんだけど、どう?」
「でも、今日確実に起こるっていう保証はあるのか?」

律から根本的なことを聞かれた。
確かに、二日間にも及ぶ規則性もただの偶然だということも考えられる。

「それはないけど、でも万が一にもと言うこともある。もし、今日何もなければ皆にケーキを好きなだけ奢る。それで手を打ってくれない―――「さあ、帰る支度をしよう!」―――か……な」
「変わり身はやっ!」

ケーキを奢るという単語に反応して帰り支度を始めた律と唯に、澪がツッコんだ。

「本当にわかりやすいよな、二人とも」

そんな律たちに、僕は苦笑をしつつも帰り支度を始める。
この時、時刻は午後4時30分。
僕の推測が正しければ、かなり危ない時間帯だ。
それから、支度を終えて学校を後にするのに10分の時間を要することとなった。










「それじゃ、みんな気を付けて」
「ムギもな」
「また明日」
「おいしいお菓子をお願いね~」

駅前まで一緒に歩いた僕たちは、三者三様に声を掛けてムギを見送る。

「それじゃ、私たちも帰るか」
「そうだな」
「そうしよう」

ムギを見送った僕たちを促すように率が声を掛けるとそれに澪と唯も頷くといつものように歩き出す。
やがて、信号機の前にたどり着いた。

「浩介達はここを渡るんだったよな」
「そうだね。そっちはこの道をまっすぐだっけ」

僕と唯は途中まで道が同じなので、いつも一緒の道で帰っている。
とはいえ、買い出しなどの用があるときは無理だが。

「それじゃ、二人とも気を付けてな」
「ありがとう、澪ちゃん」
「律たちもね」

お互いに注意を促しあった僕たちは、ちょうど歩行者用の信号が青になったので横断歩道を渡ると律たちに手を振る。
向かい側でも律と澪の二人が手を振りかえしてくれた。
それもほんの少しのことで、すぐにやめると二人は自宅の方へと歩いて行った。

「それじゃ、私たちも行こう。浩君」
「そうだな」

そして唯に促される形で、僕たちも歩き始めた。

「それにしても、唯は本当にケーキとかが好きなんだね」
「うん、大好きだよー。ムギちゃんの用意するお菓子はどれもおいしいんだよね~」

ふと思いついた話題を唯に振ると、満面の笑みで答えが返ってきた。

「確かに、ムギの持ってくるお菓子は美味しいね」

それに僕も相槌を打つ。
確かにムギのお菓子はどれもおいしい。
だが、ムギに迷惑がかかってるのではないかと思う時もあるが、ムギ自体は特に嫌そうな雰囲気は感じないので、まんざらではないのかもしれない。
とはいえ、多少の自重は必要だが。

「浩君は、ムギちゃんが持ってくるお菓子の中でどれが一番好き?」
「また難しいことを。そうだね……」

僕は、唯からの問いかけの答えを考えるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


学校からの帰り道、いつものように浩君とお話をして帰る私たち。
浩君は、自分から話すことはあまりないので、いつも私が話しかけていたんだけど、今日は珍しく浩君の方から話しかけてきた。

「浩君は、ムギちゃんが持ってくるお菓子の中でどれが一番好き?」
「また難しいことを。そうだね……」

私は浩君に訊いてみた。
私の問いかけに、浩君は考え込むように腕を組んでいた
浩君はいつもムギちゃんのお菓子をなんでも食べている。
しかも、とてもおいしそうに食べているので、同じものを食べているはずなのに違うものを食べていると思ってしまう。
もしかしたら私もしているのかもしれないと思っていた時だった。

「唯、危ないっ!」
「え? きゃぁ!?」

いきなり浩君が大きな声で叫んだかと思うと、私は誰かに突き飛ばされた。

「っぐ」
「っち」

そして聞こえてきたのは浩君のうめき声と知らない人の舌打ちだった。
背を向けているので、浩君の表情は私からは分からない。

「浩君?」
「………」

私の呼びかけに浩君は何も反応を示さない。

『犯行の時間帯は警察の捜査の結果、夕方の17時以降とされている。そして前日に隣の駅の町で事件が発生していることから、今日はこの街で事件が起こる可能性が非常に高い』

ふと、少し前に浩君が言っていた言葉が頭をよぎった。

(も、もしかして……)

「今度は、外さねえ」
「ひっ!?」

先ほどまで浩君の前に立っていた人は、不気味な笑みを浮かべながら私の方に近づいてくる。
その手には刃物が握られていた。

(に、にげなくちゃ)

そうは思っても体がまるで石になったように動かない。
そんな時だった。

「おい、待て」
「あん?」

ぼそりとつぶやかれた浩君の声が、知らない人を呼び止めた。

「そいつにまで手を出させはしない」
「な、なぜだ……」

浩君の言葉に、知らない男の人は震える声を上げた。

「急所を刺したはずなのに、どうしてまだ動けるっ!」
「え?」

一瞬何のことか理解はできなかったけれど、次第に分かってしまった。

「このようなもので、僕を貫けるとは思わないことだ。下手人が」
「ヒィッ!?」

男の人の背中で見えないけれど、浩君は無事のようだ。
でも、今聞こえてきた何かが折れるような音はいったいなんだろう?

「魔力回路全開。生命維持を優先」

続いて聞こえてきた浩君の声と共に、言いようのない感覚に私は襲われた。
それは言うなれば、まるでこたつの中に足を入れた時に感じる熱のようなものだった。

「私にけがを負わせるとは、倍……いや、千倍返しをしないとな」
「く、来るなっ!!」

男の人が逃げるように移動したことで、浩君の姿がしっかりと見えるようになった。

(な、何?)

浩君の手にはゲームに出てくる剣のようなものがあった。
そして、それを手に浩君は男の人と距離を詰めていく。

「ば、化け物っ!!」
「逃がすかっ! 高の月――――」

逃げ出した男の人に、浩君は大きな声で叫ぶと一瞬で底から姿を消した。
そして

「ぎゃーーーーっ!!!?」

私の後方で断末魔の叫びが聞こえた。
振り返ってみると、そこには地面に倒れている男の人と、それを無表情で見下ろしている浩君の姿があった。

「さてと」
「っ!」

私の方を見た浩君のまなざしに、思わず息をのんでしまった。
いつも浩君とは向かい合っている時は何も感じないはずなのに、この時の浩君はとても怖かった。
そこで、私の意識は途切れた。










「う……ん」
「ん、唯?」

次に意識が戻った時に、私が最初に見たのは心配そうに私のことを見てくれている浩君の姿だった。

「ここは……?」
「ここは病院だ」

寝ぼけ眼で問いかける私に、浩君は簡潔に答えた。

「びょういん?」
「覚えていないのか? 帰る途中に例の通り魔に襲われたんだ」

何のことかわからない私に浩君は目を少しだけ細めながら何が起こったのか教えてくれた。
そのおかげで、私はあの時に何が起こっていたのかを思い出した。

「こ、浩君。怪我は大丈夫?」
「ああ、これね。まったく問題ないよ」

そういって浩君が掲げた手には包帯が巻かれていた。
でも、私の聞きたいことは少しだけ違っていた。

「ううん。そうじゃなくて胸の方のけがは?」
「は? 胸の方になんて怪我はしてないぞ?」

浩君の返事に、私は一瞬固まってしまった。

「でも、あの時確かに……」

男の人が”胸を刺した”と言っていたのを私ははっきりと覚えている。

「夢でも見てたんじゃないのか? 唯は僕が弾き飛ばした時に気を失っていたんだし」
「そう、なの?」

浩君の言葉に首をかしげていると、浩君は”そうだ”と言った。

「何だか、浩君が”魔力”なんとかって言っていたような気がしたんだけど」
「魔力って。それこそ夢だよ。この世の中に”魔法”なんて存在するはずないじゃないか」

(そうだよね。夢に違いないよね)

笑いながらツッコむ浩君に、私も納得した。

「まあ、唯には特に怪我もなかったようだし、問題はないって医者の人が言っていたよ」
「そうなんだ」

私が気を失っているときに検査が終わっていたようで、結果にほっと胸をなでおろす。

「警察の人が唯を家まで送り届けてくれるらしいから、先に帰っててくれる?」
「え? 浩君は帰らないの?」

浩君とは帰り道が途中まで同じなので、一緒に来るのだとばかり思っていた。

「通り魔事件の犯人を捕まえた件で、事情聴取を受けないといけないんだよ。その背時にこのけがをしたんだけどね」
「すごいね、浩君。犯人を捕まえるなんて」

苦笑しながら包帯が巻かれた手を軽く振っている浩君に、私はそう言った。

「趣味で習っていた護身術が役に立って良かったよ」
「ありがとう、浩君」

私のお礼の言葉に、浩君は優しい笑みを浮かべながら”どういたしまして”と返してくれた。

「それじゃ、行きましょうか。ご家族の方が心配してますよ」
「あ、はい! よろしくお願いします」

横に立っていた優しそうな女の人に促される形で、私は今まで腰かけていたベンチから立ち上げる。

「それじゃ、またね。浩君」
「ああ、またな」

浩君とあいさつをして私はおまわりさんと一緒に、病院を後にした。
この日、帰ったら『お姉ちゃん、大丈夫!?』と、憂に言われたので、私は大丈夫と答えたら憂は安心した様子で息を吐き出していた。

(ごめんね、憂。ありがとう、浩君)

私は心の中で心配をかけてしまった妹に謝って、私を守ってくれた浩君にお礼を言うのであった。
その次の日の朝、テレビで『高校生によって連続通り魔事件の犯人逮捕』というニュースが報道されたけど、浩君の名前が出てくることはなかった。

(どうしてかな?)

疑問には思ったけれど、それほど気にしなくてもいいかなと思った私は、その疑問を忘れることにするのであった。

拍手[0回]

第29話 プレゼント!

あの、連続通り魔事件から数日ほどが経った。
犯人を確保したことで、律や澪たちからは”すごい”と言われてしまった。
別に嬉しくないわけじゃないが、僕にとってはそれが当然の行動でもあるのでむず痒くなってしまった。
そんなある日、僕は警察の方から呼び出しがあったので、警察署を訪れていた。
なんでも、事情聴取の最終確認をしたいそうだ。
応接室のような場所に案内された僕は、呼び出した人物が現れるのを待つことにした。

「いやー、わざわざ来てもらって申し訳ない」
「いえ。お気になさらずに」

申し訳なさそうにフランクに謝ってくる男性警察官二名に、僕は丁寧に返した。
後から入った警察の人がドアを閉める。
そこで雰囲気は一変した。

「で、あの下手人は?」
「はい。犯人には魔法関連のことを高月大臣のご指示通り、”幻”と思い込ませました」

僕の問いかけに、男性警察官のうち一人が丁寧に返した。

「それで、動機の方はどうだ?」
「何でも、『付き合っていた女性に振られた腹いせに、やった。だれでもよかった』と言うので間違いはないかと」

僕の疑問に、もう一人の男性警察官が応じる。
もう分かっているとは思うが、この二人は僕の”仲間”だ。
どうして、ここにいるのかはまた別の機会に語るとしよう。

「魔法関係のことでの漏えい等は特にありませんので大丈夫です」
「そう。悪いね、変な役回りをさせてしまって」
「いえ。気にしないでください。それが我々の役目ですから」

即答にも近い形で返事をしてくれる二人の警官に、僕は心の中で感謝の言葉をかけることにした。

「ところで、体のけがはどうですか?」
「心配には及ばないよ。あんなもの、けがの範疇にも入らないから」

心配そうな面持ちで訪ねてくる男性警察官に、僕は肩を竦めながら答える。
唯を突き飛ばすところまではうまく行ったが、その拍子で胸のあたりに一撃を喰らう羽目になってしまった。
もちろん、これは自分の未熟さが招いたことなので、唯を責めることなどありえないが。
あの後、すぐに体の治癒に力を回したことともともと再生能力が高いこともあって、翌朝には傷痕すらも残っていなかった。
なので、”怪我の範疇にも入らない”という表現にしたのだ。
そのあと軽く話(とは言っても世間話だが)をした僕は、警察署を後にするのであった。










その次の日の休日のこと。

「プレゼント何にしよう」

僕は自室でクリスマス会のプレゼントについて悩んでいた。

「やっぱり女子が喜びそうなものがいいよね」

僕以外が女子のため、やはり女子が好きそうなものが一番いいだろう。
とはいえ、一番の問題は

「女子には何をプレゼントすれば喜ばれるんだろうか?」

女子の好みが何なのか、だが。

「……………………」

考える

「…………………………」

とにかく考える

「………………だぁぁっ!!!」

どのくらい考えていたのかはわからないが、諦めた。

「僕に女子の好みのものがわかるか!」

そんな言い訳じみたことを、誰に対して言っているのかは自分でもわからない。

「女子限定で考えるから駄目なんだ。誰がもらっても喜ぶようなものにしよう」

路線を変更して、僕は万人受けするものをプレゼントすることにした。
だが、実際に考えてみると

「万人受けする物って何?」

そんな疑問にたどり着いてしまう。
そしてまた考え込んでしまうわけで。
考えた結論が

「ムリッ」

挫折だった。

「こと、戦いの仕方とかだったら分かるのに」

人づきあいをしてこなかった代償がこんなところに現れるとは。

「…………もういいや、自分の得意分野で行こう」

最終的に、僕の得意分野の代物をプレゼントすることにした。

(そういえば、澪が興味深いことを話していたな……パーティーなんだしいいか)

「とすると、買い出しに行かないといけないな」

プレゼント用の道具で足りない物を買うために、僕は自宅を後にするのであった。










「ありがとうございました」
「よし、これで必要なものは揃ったかな」

数点ほど購入した僕は、頷きながら雑貨屋のお店の袋を見る。

「にしても、この抽選券はどうすればいいんだろう?」

先ほどの雑貨店でもらった一枚の福引券を手の上で弄びながら呟く。
さすがにこの抽選券の意味ぐらいは知っている。

「あれ? あそこにいるのって唯たちじゃないか?」

そんな時、少し先の方で話している唯たちの姿を見かけた。

「道の真ん中で何をやってるんだ?」
「あ、浩君」
「浩介もプレゼントを買ったんだ」

僕が声を掛けるとこっちの方に振り向きながら話しかけてきた。

「まあね」
「浩介も抽選をするのか?」

律の言葉に、そう頷きかえした僕の手にある抽選券を見つけたようで、澪は僕の手元に視線を向けるとそう聞いてきた。

「そうなんだけど、どこでやればいいのかがわからなくてね」
「どこも何も、ここだよ」
「え?」

律に言われて周りを見回すと、抽選定番の抽選器が台の上に置かれた場所があった。

(唯たちしか見えてなかった)

この間の通り魔と言い、最近弛んできてるような気がしてきた。

(やっぱり一度故郷に戻った方がいいかな)

弛んだ気を引き締めるのに故郷は最適だった。

「一回分か。いいのが当たればいいな」

僕の手にある抽選券を見た澪がそう言ってくれた。

「とか言って末等が当たりそうだけど」
「こら、律! 縁起でもないことを言うな」

本当に起こりそうなことをつぶやいた律に澪が激を飛ばす。

「別にいいよ。その通りだから」

そんな澪に、僕はフォローを入れつつ担当の女性に抽選券を手渡すと、抽選器を回し始めた。

「自慢ではないが、僕ほど悪運が強い人はそうそういないと思うよ。どうせ当たったとしても末等がオチだよ」

出るボールの色など既に分かっているので、僕は期待もせずに回していく。
やがて、ボールが落ちた音が聞こえた。
末等のボールの色は白なので、当然ボールの色も白だ。
そう思っていた僕に、ベルの音が送られた。

(末等でもベルを鳴らすのか)

「おめでとうございます。特賞のお米半年分です!」

サービス精神旺盛だなと思っていた僕に、女性の声が掛けられた。

「え?」

その言葉に、僕が口にできたのはたったそれだけだった。
恐る恐る女性の背後にある景品の方を見てみると、確かに『特賞・お米半年分』と記されていた。
特賞のボールの色は金。
一等がねずみ色でハワイ旅行となっていた。

「すごい、特賞だって」
「ムギよりも強運を持ってるな」

後ろで事の成り行きを見守っていた澪たちが口々に感想を漏らす。
そして僕に差し出されたのは米俵三つだった。
一つの米俵で約60キロ分なので、三つで180キロと言ったところだろう。

(これ、当分お米を買いに行く必要がなくなるな)

僕の家は、基本的におコメの消費量はそれほど多くはない。
せいぜい月に5~10キロ程度。
つまりどんなに多く消費しても18か月分ということになる。

(まあ、得したと思えばいいか)

僕は自分にそう言い聞かせることにした。
とはいえ、一つだけ問題が残っている。
それは

「浩介、それ本当に持っていく気か?」

米俵三つをどうやって家まで運ぶかだった。
僕は担いでいくことを選んだ。

「当たり前。台車を借りたら、返しに行く必要があるから二度手間でしょ」

澪の心配そうな言葉に、僕はそう返しながら米俵を抱え上げた。

「うお!?」
「すごい、力持ち」

180キロの重さのものを軽々と抱え上げる僕に、澪たちが驚きに満ちた声を上げる。
180キロの重さなど、僕には小さな子供を抱え上げる程度二しか感じないので、それほどきつくはない。
尤も、”自動車を持ち上げてみろ”と言われれば話は別だが。

「それじゃ、僕はこれで」
「あ、浩君。せっかくだから一緒に帰ろう!」

後ろの方から掛けられた声に、僕は立ち止まらず歩く速度を落として唯が合流するのを待つことにした。

「それにしても、本当にすごい力持ちね」
「いや、このくらいだったら僕には余裕だけど、いかんせんバランスが」

真鍋さんの驚きが混じった声に相槌を打っている僕だが、バランスを取るのが一番きつい。
どんなに力持ちでも、バランスを崩してしまうと全てが台無しになるのは当たり前のことだろう。
しかも米俵の上には、先ほど購入したプレゼントが置いてあるのだからさらに神経を使う。

「運動系の部活の人が見たら確実に欲しがるでしょうね」
「まあ、やる気はないけれど。今のところ、軽音部以外の部活のことは考えていませんし」

真鍋さんのお世辞に、僕は苦笑しながら答えた。
運動系の部活に入っても僕にはあまり意味がないと判断したから文化系の部活を探していたのだから、今更運動系の部活に入ろうとなどと考えるのは馬鹿馬鹿しい。
とはいえ、スポーツ自体が嫌いだというわけではないが。

「”今のところは”ということは、そういうこともあり得るのね」
「だ、ダメだよ! 浩君が退部したら大変なことになっちゃう!」

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら言う真鍋さんに、唯は慌てた様子で引きとめようとする。

「お願いですから、重箱の隅をつつくようなことしないでもらえませんか? 真鍋さん。説明が地味に面倒なので」
「ごめんごめん」

絶対に本気で謝っていないといった感じで謝る真鍋さんに、僕はため息をつきながら唯にどう説明すればいいか考えをめぐらせるのであった。










「さて、これで必要な材料もそろったことだし、始めるか」

自宅に戻った僕は、米俵を台所の方に置くと自室に先ほど購入したプレゼントの材料をテーブルの上に置いた。
お店の袋から取り出したのは、緑色の箱とラッピング用の包み紙にリボンに、クラッカーが数個と小さめの巾着袋の計五種類だ。
まずは、巾着から始めるか。
そうつぶやいた僕は、クローゼットの奥に隠されるようにしておいてあるアタッシュケースを取り出した。
それを開けると、中には様々な工作道具が入っている。
その中にある石を一つ取り出すと、それをトンカチで粉々に砕いていく。
粉々に砕いた石に手をかざす。

「…………」

目を閉じて掌に意識と力を集中しつつも頭の中で術式を組んでいく。

「リブーレア」

大よそ組み終えたところで、終結を示す呪文を紡ぐ。
手をかざしていた石には何も変化はないように見える。
だが、暗いところで見るとかすかにではあるが光を発しているはずだ。
この石の正体は故郷で最もよく取れる”魔石”というもの。
この魔石は素材として組み込めば非常に優れた効果を発揮するものだ。
しかも、どのような道具にも素材として使うことができるという優れものなのだ。
そのためこの魔石一つでも数百万という高額な値段がかかるので、あまり使われていない。
使ったとしても、ほんのひとかけらくらいだろう。
これを贅沢にもすべて使用したのだ。
使い方も簡単で、砕いて魔力を注入するだけで、呪文を紡ぐ必要もない。
呪文を紡いだのは、この石自体を魔導媒体兼素材として利用するためのものだ。
それはともかくとして。
完成した魔石を巾着の中に入れると、巾着の口を締めて開けることができないように処置を施した。
そうして完成した巾着袋は一緒に購入した緑色の箱の中に入れる。
残すはクラッカー。
これは単純だ。
僕はクラッカーを一つ取り出すと、ひもを引っ張る。
すると破裂音が響き渡った。
僕は続いてもう一つのクラッカーを取り出すと同じようにひもを引っ張る。
それを何度も繰り返していく。
やがて、家に元々あった画用紙の端の方に指が入る大きさの隙間ができるように半円形に切り込みを入れてそれを巾着袋を隠すように箱の中に入れた。

「ラ・ベルティア・リ・ブレインド」

そしてその画用紙の方に手をかざした僕は、呪文を紡ぐと箱のふたを閉めてさらにラッピング用の包み紙で箱を包んでいく。

「レエーラ・モジスト」

さらにこれまたラッピング用の青と黄色のリボンにも、魔法をかけてから箱に結んでいく。
これで、一見すると普通のプレゼントが完成した。
だが、中身は色々と工夫が凝らされている代物となっているので、パーティの場では非常に最適なものだろう。

「これであとはクリスマス会当日を待つのみか」

僕はそうつぶやきながら壁に掛けられているカレンダーを眺める。
クリスマス会の開催まであと一週間を切っていた。

「さて、変に壊れないようにするためにクローゼットにしまっておこうかな」

そうつぶやいた僕は、完成したプレゼントをクローゼットにしまうのであった。
そして、それから数日後。
ついにクリスマス会の開催日を迎えるのであった。

拍手[0回]

第27話 正体とクリスマスと

「先生の考えている通り、DKは自分のことです」

僕の言葉に、山中先生は表情を変えることはなかった。

「見下すとか遊びという見方もできなくはないですね。別に否定はしません。もしかしたら、自分が知らないところでそう思っているところもあるかもしれませんから」

僕自身には他者を見下すつもりは全くないが、もしかしたら心の中ではそういう風に思っているのかもしれない。
僕は”ただ”と言葉を続けた。

「ここにいれば、僕は”DK”ではなく、”高月浩介”として演奏ができます。だからここにいるのかもしれませんね」

DKと言う偽名を名乗って、有名になっていくにつれて気づくと僕は複雑な状態になっていた。
それは、ただの学生としての高月浩介と有名なギタリストに名を連ねるDKという二つの顔。
両極端なそれは、時折僕自身に疑問を抱かせる。
どっちが本当の自分なのだろうか?――と
正体を明かせばいいのではないかと言うことになるかもしれないが、今はまだ高校生。
さすがにそれをするのは憚られる。
それに、やはりDKである僕のおかげでH&Pが有名になれたという評価が気になっていた。

「……そう」

僕の話に、山中先生は申し訳なさそうな表情で応えた。

「それに、彼女たちはいつしか僕すらも驚くような最高の演奏をしてくれる。……根拠はないんですけど、そんな気がするんです。だから僕はそれを見てみたいんです」
「そういうことだったのね」

山中先生は否定することもせずに頷きながら相槌を打つ。
田中さんにこの話をしたら、きっと小言とかを言われるかもしれないがそれでも僕は今の言葉を撤回する気はない。

「あと、くれぐれもこのことは――」
「分かってるわ。誰にも話さないわ。さすがに教え子のことをペラペラと話すのは教師失格だからね」

僕の言葉を遮って、笑い飛ばすようにそう告げる山中先生のことを信じることにした。
普段はあれだが、教師としてはとてもいい人なのは確かなのだから。

(あ、そういえば)

「あの、先生。もうひとついいですか?」
「何かしら?」

そんな時、ふとあることを思い出した僕は、ダメもとで山中先生に訊いてみることにした。

「サインとか、もらえませんか?」
「……ごめんなさい。今なんて言ったのかしら?」

僕のお願いに、目を丸くしながら聞きかえしてくる山中先生に、やっぱりかと思いながら事情を説明することにした。

「普段は物静かな性格だけど、楽器を手にすると異様に性格が変わるベーシストがいまして、その人がDEATH DEVILのキャサリン……つまり山中先生の大ファンなんです。前にサインがほしいって言っていたので」
「そ、そう。嬉しいような悲しいような。まあいいわ。ちょっと待っててね」

ダメもとだったのだが、どうやらOKのようでどこから取り出したのか、色紙にサインペンで書きこんでいく。

(どうして色紙なんて持ってるんだろう?)

世の中には、僕にも分からないことが多くあるようだった。

「はい。これをその人に渡してね。ただし――」
「山中先生の名前は決して言いませんので、安心してください」

山中先生の言わんとすることを察した僕は、先生の言葉を遮って応えた。

「お互い、正体を隠すのに苦労するわね」
「ええ、全くです」

山中先生もDEATH DEVILでのことを隠している(と言えるのかどうかは定かではないが)あたり、共感できるところがあった。

「それじゃ、僕はこれで。さようなら」
「さようなら」

僕は手早く荷物をまとめると、先生に一礼して部室を後にした。

(さて、古文の課題を提出しないと)

担当の先生から書き直して再提出されるように言われた課題を提出するべく、僕は職員室へと向かうのであった。
これは余談だが色紙を荻原さんに渡したところ、とても喜んでくれた。
それは嬉しさのあまりに気を失うほどに。
ちなみに、荻原さんを起こすのにかなりの時間がかかることになるのだが、それはどうでもいい話だろう。









それからしばらく立った日の朝。

「何だか変に時間が余った」

いつもより早く目が覚めてしまった僕は、朝食を早めにとったのだが、やはりと言うべきかいつも家を出る時間よりかなり早い時間には準備ができてしまった。

(早く行くのもいいけど、どうせならのんびりしたい)

せっかちすぎるのもあれなので、結局僕はいつもの時間までニュース番組を見ることにした。

「続いてのニュースです」

先ほどまで報道していたニュースから話題を変えるように、女性アナウンサーが告げると遅れて画面下にニュース内容が表示された。

「―――町にて、女子高生が何者かに切りつけられる事件が発生しました」
「ん?」

告げられた内容に、僕は眉をひそめる。
そんな僕をよそに、ニュースはさらに続く。

「先日午後6時ごろ、人が血を流して倒れているのを近所の住人が発見し通報しました。女子高生は病院に搬送されましたが搬送先で死亡が確認されました」
「…………」

あまりにも悲惨な結果に、思わず右手を強く握りしめていた。
それは僕の中にあるかすかな正義によるものなのか、それとも職業病だろうか?

「警察は手口や時間帯が二日ほど前から発生している連続通り魔事件と酷似していることから、同一人物による犯行と断定し犯人の行方を追っています」
「やっぱりあの通り魔事件か」

――連続通り魔事件。
それは三日ほど前から発生している事件だ。
最初は今回の事件が発生した場所から二駅分離れた場所の住宅地でそれは起こった。
帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられたのだ。
その次の日の同じ時間帯に今回の事件が発生した場所の隣の住宅地でも帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられた。
二件とも通報が早かったため、幸いにも一命を取り留めることができたが、今回はそうではなかったようだ。

(一日に一駅分移動しているな)

犯人は、どういう理由なのかは分からないが一駅ずつ移動して犯行に及んでいる。
だとすると、次の犯行場所は自ずと分かってくる。

「もし、今日もあるのだとすれば。それは………ここか」

二日ほど前から徐々にこちらに近づき、そしてとうとうここへとたどり着いた。
もちろん、これは僕の勝手な憶測だが注意するに越したことはないだろう。

(部活の時に言って早く帰るように促そう)

僕はそう心の中で決めると、出るのにちょうどいい時間帯だったのでテレビの電源を切って家を後にするのであった。










季節とはすぐに移ろうものだ。

「今日も冷えるな~」

冬真っ只中の12月。
僕は、寒い風が吹き付ける道を歩いていた。

「浩く~ん!」
「ん?」

背後からかけられる声に、僕は声のした方へと振り向く。

「唯に憂か」
「おはよう、浩君」
「おはようございます。浩介さん」

いつものようと変わらぬにこにこと幸せ全開の表情を浮かべている唯たちの姿があった。
いつもと違うのはマフラーを一緒にかけていたり手をつないでいたりしていることだが。

「おはよう二人とも。今日も仲良しだよな、二人とも」
「えへへ~、そうでしょそうでしょ~」

僕の言葉に、嬉しそうに反応する唯。
憂の方を見てみると、同じく嬉しそうだったのでまんざらではない様子だ。

「うんうん。仲好きことは良きかなよきかな」

不仲よりは断然いいので、僕も頷きながら歩き始める。

「あ、待ってよ浩君!」
「はいはい」

歩くのが早すぎたのか、遅れ気味の唯たちに呼び止められた僕は、二人が追いつくのを待つことにした。

(できれば、ここで”浩君”と大声で呼ぶのはやめてほしかったりもするんだけどね)

おそらく言っても無駄なので、口には出さずに心の中で苦笑しながらつぶやいた。
現に、周りから視線を感じるようなきがする。
そして追いついた二人に、僕は歩調を合わせる。

「それにしても浩君は寒くないの?」
「なぜに?」

突然そんなことを聞いてきた唯に、僕は首を傾げながら理由を尋ねた。

「だってマフラーとかコートとかを羽織らないのに平気そうにしているから」
「カイロとかをつけてるんですか?」

二人から理由を聞いて大体把握ができた。

「いや、生まれてこの方つけたことはない」

ここに来て初めて知った”カイロ”という便利な道具。
とはいえ、僕には必要なものではなかったのでこれまで使ったことがない。

「そうなんですか!?」
「ずる~い」
「いや、ずるいと言われても」

唯の非難に、僕はどういえばいいのかがわからずそれしか口にできなかった。










「皆―! クリスマス会をしようぜー」
「クリスマス会?」

放課後、いつものように部室で部活動(とは言ってもお茶を飲んだりしているだけだが)をしている中、突然切り出したのは律だった。

「クリスマス会なんて聞いていないけど」
「うん、今話したばっかりだから。これがそのチラシ」

人数分用意していたのか、律からクリスマス会に関するチラシを一枚受け取った僕は、それに目を通す。
そこに書かれていたのはこんな内容だった。

――クリスマス会――
日時:12月24日
場所:ムギの家
会費:一人1000円
―――

「おい、人の家で開催するのになぜお金を取るんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん」

ムギからも会費を取るのだろうか?
だとしたらものすごくあれなことになりそうなんだが。

「ごめんなさい、その日は都合が悪いの」
「あ、やっぱりだめか~」

律も想像はついていたのか、無理だと言うムギに対してすんなりと引き下がった。

「私の家は毎日何がしらかの予定があって、一か月前に予約をする必要があるの。本当にごめんなさい」

(一体どんな家なんだ?)

野暮だとは思うが思わず心の中でそうつぶやいてしまった。
それはともかくとして、ムギの家がだめになったことで代わりの場所を決めることになった。

「律ちゃんのお家はどう?」
「あー、ダメダメ。律の部屋は足の踏み場もないほどに散らかっているから」

最初に白羽の矢が立った律の家だが、澪によって却下された。
……何となく容易に納得ができてしまう自分が恨めしかった。

「なにをー!」

澪の言葉に食って掛かる律だったが、意外なことにたった一言だけだった。
静かに席に着いた律がにやりとほくそ笑む。

「澪の部屋は服が脱ぎ散らかしてあるもんな。下着とか」
「なっ!?」

律の言葉に、澪は一気に頬を赤らめさせる。

「浩介の前でデタラメなことを言うなっ!」
「証拠ならここにあるぞ」

そう言って取り出したのは数枚の写真だった。
その一枚を僕たちに見えるように掲げた。
写真に写っていたのは下着ではなく、どこかのテーブルの上に置かれた二つのパンだった。

「パンが二つでパン………」

律の言いたいことの意図がわかった僕たちは、何とも言えない空気に包まれた。

「他にもある―――」
「そ、それじゃあ浩介君の家はどうかな?」

別の写真を見せようとした律から写真をひったくろうとする澪と、それをガードする律との取り合いが始まった。
それをしり目にムギが次に白羽の矢が立ったのは僕だった。

「あー、僕の家はまだ食器棚の方が直ってないからご勘弁を」
「まだ直ってなかったのかよっ!?」

澪と写真の取り合いをしていた律にツッコまれた。

「この間新しい食器棚が届いたから、まだ組み立てている最中なんだよ」
「食器棚って何?」

事情を知らない唯に、律が簡単に説明を始めた。
ちなみに、食器棚だがまだ半分程度しか完成していない。
ここ最近バンド関係で時間が取れなかったためなのだが、それはただの言い訳に過ぎない。
できれば年末までには完成させたい。

「唯ちゃんのお家は?」
「大丈夫だよー」

即答だった。

「でも、クリスマスなのに両親とか大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。いつもお父さんとお母さん、旅行に行っていて今度はドイツだって」

だからいつもいないのか。
とすれば、両親に会えた僕はまさしく運がいいと言える。
……尤も、会った状況が良ければなおよかったのだが。

「それじゃ、決定だな」
「料理は任せて!」
「だ、大丈夫なのか?」

あまりにも自信を持って言われたため、僕は心配になって訊いた。
唯には失礼だが、どう考えても危険な気がするのだ。

「うん! 憂が作ってくれるから」
「………だと思ったよ」

今度憂には労いの言葉でもかけようと、心の中で誓うのであった。

「そうだ。プレゼント交換をやろうよ!」
「「やろう~やろう」」

律の提案に、ムギと唯が手を挙げて賛成した。

「変なものを持ってくるなよ?」
「それはお前だろ!」

にやりと笑みを浮かべる律の注意に澪が目を細めて返した。

「小学生の時に、プレゼントだとか言ってびっくり箱を渡したのは律だろ!」
「あー、あれはすごかったな。いきなり気絶するんだもん」

澪と律の会話だけで、その時に何があったのかが容易に想像できてしまった。

「何やってんだ? お前」
「べたですなー」

呆れながらツッコむ僕に続くように唯がツッコんだ。

(びっくり箱はプレゼント交換のべたなのか?)

後で調べてみようと、心の中で決めた。

「あ、和ちゃんも誘ってもいい?」
「もちろんだよ」

唯の問いかけに、律は二つ返事でOKを出した。

「それじゃ、すぐに誘いに行こう!」
「とか言いながら、引っ張るな!」

即断即決とばかりに僕の腕をつかんで歩き出す唯に、僕は慌てて抗議するが止まるどころかさらに歩く速度を速めた。

「急がないと和ちゃんが帰っちゃう!」
「分かったから、せめて引っ張るのだけはやめて! 転ぶからこれ、絶対に転ぶからッ!」

僕のお願いは、生徒会室前にたどり着くまで聞かれることはなかった。
ちなみに、真鍋さんだが、最初は

「部外者の私が参加してもいいのかしら?」

と渋っていたが、いつの間にかやってきていた律の「大丈夫だって。私たちはもう友達じゃん!」の一言で参加することとなった。
ちなみにそのあとの「参加者が増えれば会費が多くなるし」という声は僕は聞き逃さなかった。

「律、ろくでもない使い方はしないでね」
「もちろんだよ。まったく、浩介は気にしすぎだって~」

律にくぎを刺すように言ってみたところ、あからさまな笑顔で返された。

(絶対に変なことに使う気だったな)

願わくば、”変なこと”が軽音部にとってプラスになることであることを祈るばかりだった。
そんなこんなで、あれよ来れよという間に軽音部のクリスマス会の開催が決まるのであった。

拍手[0回]

カウンター

カレンダー

05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

最新CM

[03/25 イヴァ]
[01/14 イヴァ]
[10/07 NONAME]
[10/06 ペンネーム不詳。場合によっては明かします。]
[08/28 TR]

ブログ内検索

バーコード

コガネモチ

P R