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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第36話 新歓ライブ!

日も暮れて空が暗闇に包まれている中、僕は中山さんに家まで送り届けてもらった。

「それじゃ、お疲れ」
「お疲れ様です」

中山さんの労いの言葉に、僕も労いの言葉を返すと手を上げて中山さんは車を走らせていった。
僕の背中にはいつも使っているのではないギターが入っているケースがある。
今日、年に一、二回開かれるコンサート形式のライブが行われたのだ。
結果は成功で、会場は盛況となった。

(やっぱり、New starsプロジェクトは好評みたい)

――New starsプロジェクト

それは、まだ名前は知れていないが、とてもいい演奏をする新生バンドにスポットを当てる企画だ。
後半の部の15分を当てて期待のバンドの紹介と、演奏をするというのがこのプロジェクトの目的だ。
来場している観客も、ブーイングを飛ばしたりせずに手拍子をしたり歓声を上げたり等々、非常に盛り上がっていた。
そんなこの企画の参加(というよりは選出だが)方法は、各バンドが送ってくれたPRビデオを基にバンドメンバーの判断で決められる。
完璧でもなくていいので、いい演奏ができるバンドが選考基準である。
応募するバンドも自分の名前を売り出すことができる格好のチャンスであり、こちらは新生バンドの楽曲を演奏させてもらえる契約ができるため双方にメリットがあるのだ。
そんなプロジェクトだが、ある問題があった。

(やっぱり、このプロジェクトの時間は拡大させた方がいいかな)

今回の企画で選ばれたバンド『ラヴ・クライシス』との懇談会で”時間が短すぎる”という意見が出たのだ。
確かに、15分という時間は短すぎる。
だが、会場を貸し切りにしているので、長い時間になればなるほど使用料が高くなる。
しかも、演奏している楽曲はすべて他者が作曲したもの。
それを演奏しているため、その料金も加算される。
チケット代がほかのバンドよりもやや高額なのはそれが理由だ。
少しでも利益を上げるため、限定でアルバムCDを販売した。
完売はしているもののこれも予想以上に費用が掛り、結局利益は5%増のみに留まった。

(いっそのこと3時間30分貸切にでもしてみるか)

そうすれば、1時間ほどはこの企画に割り当てられるはずだ。
とはいえ、これは経営にかかわる話。
一度社長と話し合いをするのが得策だ。
そんなことを思いながら、僕は自宅に戻るとギターを置くために自室へと向かうのであった。










「ふぅ、ライブの後のお風呂はまた格別だ」

お風呂に入って疲れた体をいやした僕はさっぱりとした気分で自室に戻った。

「あれ、電話がかかってきてる」

自室に戻るなりけたたましく鳴り響く携帯の着信音に、僕は少し顔をしかめながら机の上に置かれた携帯を手に取る。

「って、慶介か」

電話の相手は慶介だった。

「気安くコールするな」
『おいおい、いきなりのご挨拶だな』

僕の言葉に、慶介は苦笑しながら返してきた。

「当たり前だ。今何時だと思ってる」
『夜の10時だ』

しれっと悪びれることもなく答える慶介に、僕はため息をつきながら頭を押さえた。

「そんな時間に電話をかけるか?」
『いや、夕方からかけてるけどずっと出なかったんだから仕方がないだろ』

慶介の反論に、僕は携帯の着信履歴を確認すると確かに夕方から何度も連絡をよこしている記録が残っていた。

「ごめん、ちょっと用事が立て込んでいて」
『いや、まあいいけどな』

コンサートに出ていたため電話の連絡に気づけなかったことを謝ると、慶介はそう言って軽い感じで許してくれた。

「で、何の用?」
『ああ、軽音部の新歓ライブでの曲演奏の件だけど』

用件を促すと、慶介の口からそんな内容が聞こえてきた。

「おい、待て。何で、お前の口からその言葉が出る?」
『あれ、言ってなかったか? 俺、生徒会に入ったんだ』

僕の疑問に、慶介はおかしいなと言った感じで説明をしてくれた。

「な……なにぃぃぃぃぃ!!!?」

慶介の言葉に、僕はおそらくこれまでで一番の衝撃を受けてしまい、大声で叫んだ。
部屋を防音仕様にしておいてよかった。

『おわっ!? いきなり大声を上げるなっ!』
「お前、まさか生徒会役員を脅したのか!? なんというやつだ! 今すぐ天に変わってお前に天罰を――――」
『待て待て待て! 俺は悪いことなどしていない! ちゃんと推薦で選ばれたんだ! というかひどい言い草だな』

混乱する僕に律儀にツッコむ慶介の声はそんな僕を鎮めさせるのに十分だった。

「ご、ごめん。まさか、慶介が生徒会にいるとは予想もできなくて」
『いいんだけど。ていうか、去年の10月にメールしたぞ』
「メール?」

慶介に言われて、僕はメールの方を読み返してみる。
すると、確かに10月にメールが届いていた。

「ごめん、前置きが長くて鬱陶しかったから読んでなかった」
『ヲイヲイ』

慶介のメールは前置きが長くて10行以上はあった。
しかも前置きもくだらない内容だったのと、読む時間がなかったこともあり、読まずに放置していたのだ。

「それで、曲が何?」
『曲目に『命のユースティティア』というのがあっただろ?』
「確かにあるけど、それがどうかした?」

僕はなんとなく嫌な予感を感じながらも続きを促す。

『実は、学校の方に欲名で連絡があったんだ『他者の作曲した曲を演奏させるなど大変遺憾であり、即刻中止にしてもらいたい』とね。それで、申し訳ないんだけど現状のままでのライブは認められないという結論になったんだ』
「何だって!?」

慶介の告げた内容に、僕は思わず叫んでしまった。

(誰が連絡を……版権曲なんて学園祭でも演奏してるだろ)

予想もしていない事態に僕は混乱しないようにするので精いっぱいで、詳しいことを聞くことができなかった。

『だから、曲目を変更してもらいたいんだよ。幸い、申請用紙は手元にあるから曲名さえ言ってもらえればこっちの方で修正できる。明日は色々と忙しいから、できれば今すぐしてもらいたい』
「分かった。それじゃ……」

僕は慶介に代わりに演奏する楽曲の名前を告げるのであった。










翌日、いつもより早めに学校に来ていた僕は、時間を見計らって席を立ちあがる。

「さて、まずは澪からだな」

これから僕は、部員全員に曲目の変更を告げなければいけないのだ。
本来は電話をした後すぐにでも教えるべきなのだが、時間も時間だったため朝のうちに説明して回ることにしたのだ。
ちなみに、苦情の連絡をしそうな相手ということで、真っ先に思い浮かんだ田中さんには電話をしてさりげなく聞いてみたが、知らないと返された。
嘘を言っているようでもなかったので、田中さんではないようだ。

(工作部隊に調査をお願いするか)

僕はそう思い立つとある教科のノートに、依頼文を記していく。
そして今度こそ澪のいる一組へ移動した。
一組の教室には真鍋さんと澪の姿があった。
どうやら澪は真鍋さんと同じクラスだったようで、楽しげに話をしていた。

「澪」
「あ、浩介」

教室に入って、澪の席まで移動して声を掛けた僕に、澪は若干驚いたようすで反応した。

「今日の新歓ライブだけど、曲目を変更する」
「な、何ぃっ!?」

僕の単刀直入な物言いに、澪は驚きのあまりに大きな声で叫んだ。
そのために、何事だとばかりに教室にいた人たちが澪の方に視線を向ける。

「ど、どういうことなんだよ」

視線が集まったことに顔を赤くしながら詳細を尋ねる澪に、僕はふと疑問を抱くがそれを頭の片隅に追いやる。

「『命のユースティティア』を演奏するなという苦情が来て、曲を変更しなければ演奏をさせないと言われたんだ」
「そんな……もう当日なのに、どうするんだよ」

僕の事情の説明を聞き終えた澪のの表情は絶望の色に染まっていた。

「それは大丈夫だ。代わりに入れた曲は既に演奏したことがある曲だから、一回通しで演奏するだけで大丈夫だろうしそれほど心配することはないよ」
「そ、そうなのか」

僕の話を聞いた澪はほっと胸をなでおろす。

(とはいえ、一度演奏しているふわふわ時間であの惨状なんだけどね)

あえて式を低くさせるようなことを言うのもあれなので、僕は口にはしなかった。
そこで、ふと疑問がわいたのか僕の方に視線を向けた。

「それで、その曲ってなんなんだ?」
「それはだな……」

そして僕は澪に、変更となった曲目を告げた。
その瞬間、澪の顔が真っ青になった。










一組を後にした僕は続いて二組の方に来ていた。

「律、ムギ、唯」
「お、浩介じゃん」
「どうしたの? 浩介君」

すでに学校に来ていた三人に声を掛けると三者三様に反応を示した。

「今日の新歓ライブだけど、曲目を変更する」
「おーけー……って、何だって?」

ノリのように頷いた律だったが、話の内容に気が付くと顔をこわばらせながら聞きかえしてきた。

「だから、今日の新歓ライブの曲目を変更する」
「な、なんだって!?」
「ど、どういうことなの浩君?!」

再度告げた言葉に、律は驚きをあらわにし、唯は事情を聴いてきたため僕は澪にしたのと同じことを説明した。

「陰謀だ。競合の部活が陰謀を――「そんなわけないだろ」――ですよねー」

陰謀説を唱え始めた律に僕は即座に否定した。
当人もあり得ないと思っていたのかすんなりと引き下がった。

「でも困ったわ。今新しい曲の練習をしてもうまくできるかどうか……」
「安心して。そこはしっかりと考えている。一度演奏した楽曲に変更しているから、昼休みに練習をしておけば大丈夫」

ムギの不安そうな言葉に、僕は安心させられるように笑顔で答えた。

「それで、どんな曲?」
「それはだな―――」

唯の疑問に、僕は新たな曲名を告げた。
これで、全ての準備が整った。
後は昼休みでの練習だけだ。










変更になった曲を弾き終えた僕たちは、お互いに顔を向い合せると頷きあった。

「今のすごくよかったんじゃない?」
「ああ、ものすごく揃ってた」
「こんなに気持ちのいい演奏は初めてだよ」

ムギの問いに続いて澪と僕は弾き終えた感想を漏らした。
昨日のふわふわ時間での一件が嘘みたいに合わさっていたのだ。
リズムキープも正確で、コードのミスも目立たなかったほどに。

「それに浩君のアレンジもすごかったよ」
「あぁ。あれは私も驚いたぐらいだ」

唯の称賛の声に乗るようにして律も声を上げた。

「いや、皆が頑張ってるんなら僕ももっと頑張らないとと思ってね」
「やっぱり浩君ってギターうまいよね~」

改まって褒められるとどうもむずがゆくて仕方がない。
僕は、そんな気持ちをごまかすように頭の後ろの方に手を当てるのであった。

「あ、もう昼休みも終わりだ」
「それじゃ、移動の方を始めましょ」
「そうだな」

新入生歓迎会に参加する生徒は公欠が認められており、5,6限は授業を受けなくてもいいのだ。
とは言っても、後程教師の方から課題を出されはするが。
そして、最初の5限で楽器の移動などの準備を、6限で本番の歓迎ライブを行うことになっている。
ちなみに5限と6限は新入生は歓迎会の為に授業は自習扱いになっている。
僕も慶介と共に歓迎会を見たのである意味経験者だったりもする。
閑話休題。

「ひ、人がいっぱい」
「歓迎会なんだから当然でしょ」

舞台で最後の準備をしている中、幕の端の方から外の様子を確認した澪が体を震わせながら声を漏らす彼女に、僕はため息をつきながら返した。

「いつも通りにやれば大丈夫よ」
「で、ででででもっ」

(やっぱり緊張するんだね)

何となく緊張することは予測はついていたが、澪が緊張をしないようになるのはおそらく今後も無理な課題なのかなと心の中で悟っていた。

「ねえねえ律ちゃん、浩君」
「なんだ?」
「何?」

そんな僕と律に声を掛ける唯の方に視線を向けると用件を尋ねた。

「そこで百円玉を拾ったよ!」
「お前は緊張しろ!」

緊張の”き”の字も知らないと言った様子で嬉しそうに先ほど拾ったと思われる百円玉を僕たちに見せてくる唯に、律がツッコんだ。

「はい没収っ! 後で生徒会の方に届ける」
「うなっ!? 浩君のけちんぼ~」

唯がブーイングするが僕はそれに構うことなく唯から奪った百円玉を近くにいた生徒会の人に渡した。

「それにしても、澪のセンスは独特だよな~」
「そうか?」

そんな僕たちをしり目に、今回の新歓ライブの曲目を確認していた律がポツリと漏らした。
僕もリストの方を覗き見た。

――
1:ふわふわ|時間《タイム》
2:私の恋はホッチキス
3:カレーのちライス
4:Don't say lazy
――

確かに、微妙に独特だった。

「ねえ、本当にボーカルは私と浩君だけでいいの?」
「うぇッ!?」

唯の疑問に、澪が引き攣ったような声を上げた。

「そうだな。せっかく三人もいるんだし澪も一曲歌って―――」
「ヤダっ!」

律が言い切るよりも早く澪は拒絶した。

「あんなアクシデントも、もう怒らないって」
「ヤダっ! 絶対ヤダ!」

律の言葉に、学園祭での悲劇を思い出したのか、さらに拒絶反応を強くした。

「澪ちゃん――」
「ヤダっ!」
「澪――」
「ヤダっ!」

とうとうムギと唯が声を掛けただけでも拒否をするという極限の拒絶反応を見せた。
そんな中、唯の表情が何かをひらめいたと言わんばかりの者となった。

「ラーメンだけじゃ?」
「ヤダっ!」
「餃子もつかなきゃ?」
「ヤダっ!」

唯とムギは澪を使って遊び出した。

(何だか面白そう)

「チーズケーキも出さないと」
「ヤダっ!」

そんな二人に触発されて僕もやってみるが、この体中に感じる達成感のようなものはなんだろう?

「ものすごい拒否反応だな、おい。というより澪を使って遊ぶなよ」

本来は僕が言うべきセリフを律に言われてしまった。
何事も適度が一番いいのだ。

「しょうがないわね。全部唯ちゃんと高月君でいいんじゃない?」

一連のやり取りを見ていた山中先生はやれやれと言った様子で促した。

『次は、軽音楽部によるクラブ紹介と演奏です』

そんな山中先生の言葉の直後に、僕たちの出番を告げるアナウンスが入った。

「みんな頑張ってね最後に顧問として、言いたいことがあるの」
「さわちゃん」
「山中先生」

山中先生の応援に、僕たちは感動に包まれた。
コスプレさせるなどの暴挙をしてきたあれな人ではなかったのだ。。
僕は改めて山中先生のことを教師だと実感した。

(これが終わったら山中先生にはお礼を言わなきゃ)

「制服も意外といいっ!」
「「「「「「………」」」」」

そう思っていた僕に、山中先生はサムズアップをしながら、恥じらうこともなく大きな声で告げた。
これまでの僕の感動は一瞬で崩壊した。

「準備をするので、とっとと舞台のそでに引っ込んでください」

それは律も同じだったようで、律はそれだけ言うとドラムの方に歩み寄った。
それに倣って、山中先生には目もくれずに皆も準備の方を始めた。

「澪」
「何、浩介?」

僕もそれに倣って澪の方へと向かうと声を掛けた。

「忘れてないとは思うが、最後の曲は澪がボーカルだぞ?」
「うっ……………」

本当に忘れていたのか、それとも忘れようとしていたのかは定か恵はないが、僕の指摘に澪が言葉を詰まらせた。

「………分かった。僕一人で歌うよ。澪の歌声は曲の感じを引き締めていいんだけど、残念だ。本当に残念だ」

僕は大げさに言いながら肩をすくめると澪に背を向けた。

(何だか悪人になったような気がする)

澪の性格上、ああ言えば実際に歌う可能性があることをわかって僕はあえて言ったのだ。
とは言っても1割2割程度の話だが、澪の性格を利用したことへの罪悪感にかられた。

「あ、唯」
「何、浩君?」

そして、僕は唯にも言っておかなければいけないことがあった。

「今回のMCはすべて唯がやることになっているのは覚えてるよね?」
「頑張ります!」

ムスッと胸を張る唯に僕は軽く頷くと言葉を続けた。

「それはいいんだけど、くれぐれもオチで僕を使わないように頼むよ」
「了解であります!」

僕のお願いに、本当に信じていいのかが不安になるような反応だったが、とりあえず彼女のことを信じてみることにした。

「あ、それと足元のペダルには気を付けて」
「これって、何?」

そう言って視線を向けたのは、今回投入した新兵器だった。

「エフェクトと言って、音に色々な効果を出すものだよ。そのペダルを踏むとエフェクトがかかって音色が変わるから、演奏中に踏まないように気を付けてね」
「なるほど……」

興味深げにペダルを観察している唯に、僕は不安を抱く。
ペダルは僕のポジションの方に置かれているが、手違いで踏まれる可能性もあるので、注意をしておいたのだ。
アドリブを入れてきたりする可能性もあるのもその一つだ。
そして、一通り用が終わった僕は、自分のポジション(唯の隣)に移動するのだが、もう一つ問題が残っていた。

「山中先生、本当に邪魔何でとっととすっこんでください。というかすぐに退いて」
「ちょっと! みんなして扱いがひどすぎるわよ!」

僕の一言が止めだったのか、山中先生は抗議の声を上げるが、僕達はそれを無視した。
山中先生はすぐに観念して舞台そでへと移動していった。

(これは終わった後に埋め合わせとかをする必要があるよな)

埋め合わせが何を指すのかがわかっている以上、あまり気は進まないが。

(まあ、今はこのライブを成功させることに意識を向けよう)

僕は気持ちを切り替えながら開きつつある幕を見るのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、一年の教室。
自習という形にはなっているものの、HRが終わっているため下校しても良い状態のため、部活動に興味のある者は既に新入生歓迎会の会場へと向かっていた。
そうでない者や既に入部気を決めた者は、下校していたり部室に向かっていたりとなっているため、教室に残っているのは数人程度だった。
その数人も、9割が既に歓迎会で目的の部活の紹介を見終わった者たちだったりするが。

「………」

そんな教室に残る生徒たちの一人でもある黒髪にツインテールの髪形をした少女は、荷物をまとめていた。
その生徒は、当初『ジャズ研究部』への入部を考えていたが少女の思い描いているジャズとは違っていたため入部を見送っていた。
もう一つの部活もあるが、まじめにやっている部活という印象を持てなかった彼女は、自宅に戻ってこれからどうするかを考えようとしていた。

「え、もう決めちゃったの!?」

そんな彼女の耳に、女子生徒の驚きに満ちた声が聞こえてきた。
その声の方を見ると、二人の生徒が話をしていた。
片や申し訳なさそうに、片や残念そうな様子で。

(確かあの人は……)

少女はその女子生徒を思い起こそうとした時、片方の女子生徒が去って行った。

「っ!?」

そして残された女子生徒と目が合ってしまった少女は慌てて荷物を手にするとドアに向かって足を進めようとした。

「あ、あの!」
「………」

ドアを開けるよりも早く呼び止められた少女――中野 梓はゆっくりと呼びとめた人物の方へと振り返った。

「もしよかったら一緒に新入生歓迎会に行きませんか?」
「……………」

女子生徒の言葉に、梓は考え込んだ。

(確か、この時間帯は『軽音部』のライブをやってるんだっけ)

「別にいいけど」

まじめにやっていないという印象を抱いた部だったが、演奏だけでも聞いてみてもいいのではないかという結論になった梓は頷いて答えた。

「本当! ありがとう」
「別にお礼を言われることじゃないと思うんだけど。えっと、平沢さんだっけ?」

梓の答えに嬉しそうにお礼を言う女子生徒――平沢 憂に梓は返すとそう尋ねた。
覚えていないわけではないが、間違っているのかもしれないという考えがあったためだ。

「憂でいいよ。中野さん」
「私のことも、梓でいいよ」

二人はあっという間に意気投合し、下の名前で呼び合う仲となった。
こうして、二人は歓迎会が開かれている講堂へと向かうのであった。










「うわぁ、結構いっぱいだ」
「…………」

憂の後に続いて会場内に足を踏み入れた梓は、その光景に息をのんだ。
会場内を埋め尽くす生徒たち。
そして演奏が終わったのか、会場内を包み込む拍手の音。
それは梓が予想していたのとは全く異なる光景だった。

「わぁ、お姉ちゃんと浩介さんボーカルなんだ」

そんな梓の横で、憂は嬉しそうに言葉を漏らしていた。

「どうも。うわ!?」

女子生徒の声と共にハウリングが鳴り響き、とっさに耳に手を当てた。

「どうも、軽音部です!」

だが、すぐ後にもう一度女子生徒の声が聞こえてきたので、梓は耳を押さえていた手を退けた。
女子生徒のMCに周囲で笑い声で包まれた。

「それじゃ、次の曲。『Don't say lazy』浩君はクレイジーだってことは言っちゃだめだよー」
「ッ!」

女子生徒がそう言い切った瞬間に、会場中を冷たい風が吹き抜けていくのを梓は感じた。

(冷房とか掛ってるのかな?)

冷たい風に震える梓はそう考えながら天井の方を見上げようとした。
ところで、スティック同士が合わさる音が耳に入ってきた。
その直後、ドラムのフィルで曲の演奏が始まった。
梓は風のことを頭の片隅に追いやり、ステージの方に視線を戻した。
会場である講堂内に音楽が響き始めた。
キーボードの音色とパワーのあるドラムに目立たず、されど力強いビートが絡み合い、さらにそこにギターの音色が合わさる。
そして歌声もそれに乗っかった。

(すごい)

曲の出だしを聞いた梓が感じた感想はそれだった。
全ての音が相殺するのではなく曲自体を磨き上げていた。

(ボーカルもうまいなぁ)

聞いていても違和感がなく、まるで曲と一緒に歌声も奏でているのではないかという錯覚を受けるほどに合わさっていた。
時より違う人物の歌声も聞こえてくるが、全くと言っていいほど違和感を感じることもなかった。

(これって、ワウだよね?)

Bメロに差し掛かった瞬間、これまでのギターの音色が大きく変わった。
これまでの軽く薄い音色から、甘く深いギターの音色へと変化したのだ。

(うぅ……見えない)

どういう人たちが演奏しているのかを目に焼き付けようとするが、自分の背の関係で、よく見えなかった。
梓は自分の背の低さをこの時は恨んだ。
そして、間奏に入る。

(リフもいいな)

同じコードを繰り返すリフはほとんど同じ音色だった。
二本のギターの音色が聞こえたが、リズムにばらつきがあることもない。

(あれ、音が減った)

何回目かのリフでこれまで二本分のギターの音色が一本減った。
かと思えばスクラッチ音が会場を駆け抜けた。

(これって、ピックスクラッチ!?)

梓は先ほどのギターの音色の正体を見抜いていた。

――ピックスクラッチ

ピックを弦上でこするように滑らせる演奏法だ。
迫力のあるサウンドが出せる効果を持つが、場面を間違えると局自体を壊すものとなってしまう
閑話休題。
そこからギターのソロが始まった。

(ビブラートが効いてるし、格好いいな!)

そんな感想を抱いていると、周りからどよめきが走った。
梓はその正体探ろうと背伸びをするが、やはり見えない。

「浩介さんすごいっ」

隣で憂がそう漏らしていたが、梓の耳には聞こえていなかった。
そして駆けるようにして演奏は終わった。

「……」

会場内から拍手がわきあがる中、梓はまるで熱に浮かされたような感覚に襲われていた。
それほどまでに、軽音部の演奏は梓に思わせるところがあったのだ。
そして、これが中野梓にとって新たな道を生み出す結果となるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


新歓ライブも盛況という良い結果を残して、幕を閉じることができた。
ちなみに、これは余談だが。

「ねえ、唯」
「何? 浩君」

ライブが終わって舞台そでの方に移動したところで、僕は唯に声を掛けた。

「僕ライブが始まる前に、オチで僕を使うなって言わなかったっけ?」
「えーっと、言っておりました」

僕の問いかけに、唯は素直に白状した。

「それじゃ、『浩君はクレイジーだってことは言っちゃだめだよー』っていうのは何?」
「それは、言った方が面白そうかなーって思いまして」

あのMCでオチに使われたことに怒っているのもあるが、それだけではない。

「まあ、確かに受けるMCができるのはすごいとは思うけど、唯は僕のことを狂ったやつだって思ってたんだな。あれで、はっきりとわかったよ」
「いや、それは言葉のあやでして。って、どうしてハリセンを持っていらっしゃる!?」

引き攣った表情をしながら聞いてくる唯に、僕はきっとこれまでで最高の笑みを浮かべているだろう。

「どうして? 教えてあげるよ。それはね、こうするためだっ」
「あたっ」

僕はハリセンを大きく振りかぶると”軽く”本当に軽く頭を叩いた。

「今度から、オチに使うときは前もっていうこと。オーケー?」
「了解であります」

そんなやり取りがあった。
結局、自分で嫌がっていた”自分がMCのオチに使われること”を許してしまうという何とも、意思の弱さを感じさせる一幕だった。
閑話休題。

「あのー、そうやっていると来るものも来ないんじゃ……」

楽器等もすべて部室に運び終わり、ムギがお茶菓子を置きながら先ほどからドアの方に張り付いて動こうとしない唯と律に澪の三人に声を掛けた。

「だって、ライブはとてもうまく行ったのに誰も来ないんだよ? はっ!? もしかして、私が失敗したからかな?!」
「やはり、部員が少ないのがいけないのかも」

澪の言葉に、全員がため息をつく。

(というより、勧誘でしょ)

そんな三人に、僕は心の中でツッコんだ。
おかしな恰好で勧誘すれば、どう考えてもその結論になるのが当然だ。

(まあ、止められなかった僕も悪いんだけど)

この結果は全員の責任でもあるのだから。

「お茶入りましたよ」

律たちがドアの前から離れたのは、その一言だった。

「浩介は食べないのか?」
「何やってるの?」

三人が席に着く中、しゃがみこんで作業をしている僕に、律と唯が声を掛けてくる。

「ギター用のアンプを治してるの。ライブの時に壊れたみたいだから」

何が原因だったのか、治したはずのアンプのスピーカーが突然ダメになってしまったのだ。
僕は、再び必要な部品の交換を行っていた。

「大変どすなー」

(これ、本当はお前もやらないといけないんだけど)

他人事のように相槌を打ちながらのんびりとしているギタリストに、僕は心の中で指摘した。

「こうなったら憂ちゃんを捕まえてくるしかないか」
「憂は虫じゃないぞ」

今後どうするのかの話になった際に、律が漏らした提案を僕が即座に却下した。
もしかしたら唯が誘えば来るかもしれないが、だからと言って虫のように捕まえるのはあまり気が進まなかった。

(まあ、奇跡でも起きない限り新入部員は期待できないか)

ライブでは大きくプラスに加算されたが、それまでの勧誘でマイナスの極限状態になっているのだから、来る可能性の方がゼロに近いという状態だった。
僕はすでに新入部員をあきらめていた。
そんな中、静かにドアが開けられた。

(山中先生じゃないよな)

あの人はもう少し音を立ててドアを開ける。
ならばいったい誰だろうと、ドアの方を見た。

「あのー」
「はい?」

上半身をドアの隙間からのぞかせて声を上げた少女は、この間変質者(犬のぬいぐるみを着た律だったが)から助けた時の少女だった。
唯が返事を返すと、今度は部室の方に入って後ろ手でドアを締めながら、少女は告げた

「入部希望、なんですけど」
「…………………………ごめん。今なんて?」

少女の言葉に、部室が静まり返った。

「入部希望――」

思わず尋ねた僕に、少女が答えるのと、後ろの方で歓声が上がるのとほぼ同時だった。

(奇跡だ。奇跡が起こった!)

限りなくゼロに近い新入部員が今、ここに現れたのだ。

「確保~!!!」

感動に浸っていると、律は大きな声で叫びながら新入部員である女子生徒の方に駆け出し始めた。

「きゃああああああ!!!」

この日一番の絶叫が、軽音部の部室内に響き渡るのであった。

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第35話 続・勧誘

放課後、僕たちはいつものように部室へと来ていた。
チラシを配りまわったこともあり、もしかしたら部活の見学に来る人がいるかもしれない。
少ない確率ではあるが、それにかけるしかなかった。
なのだが……

「さあ、これを着るのよ!」
「……」

部室のドアを開けると仁王立ちで立っている山田先生が僕の前に掲げられた執事服に、僕は言葉を失っていた。

「何故ですか?」
「それはね、時代がこれを求めてるからよ!」

意味が分からなかった。

「いい? メイドと執事はセットなの。ほら、あそこを見なさい!」

そう言って山田先生がドアの前から離れることで、ようやく中の様子がはっきりと見えた。

「ねえねえ浩君。似合ってる?」
「…………何をやってるんだ? お前らは」

目の前の光景に、僕は思わずそう尋ねてしまった。
今の僕はさぞかし間抜けな表情を浮かべているだろう。
なぜなら、そこにはメイド服姿の唯に律たちの姿があったのだから。

「律ちゃん隊員、浩君が無視するであります!」
「怯むな、唯隊員。もう一度アタックするんだっ!」

そんな僕の驚きをよそに、唯と律は芝居じみた会話を交わしていた。

「浩君、似合うかな?」
「似合ってる。十分なほどに似合ってるから、事情を説明して!」
「実はね、山中先生が着ろって言ってきたから着てみたら気に入っちゃったの♪」

僕の投げやりな返事に『何、その投げやりな感想は』と、頬を膨らませながら不満げにつぶやく唯をしり目に、ムギが説明してくれた。

(どうすれば気に入るというプロセスになるんだ?)

軽音部に所属して一年。
まだまだ僕にもわからない彼女たちのプロセスの組み方は、僕にとっては大きな謎だった。

「さあ、高月君も着るのよ。さもないと、私が着させるわよ」

眼鏡を怪しく光らせながら、グヘヘヘと不気味な笑みを浮かべる山中先生の雰囲気は本当にやりかねない物だった。

「分かりました。着ましょう」

僕は貞操を守るため、山中先生から執事服一式を受け取るとそれに着替えるべく部室を後にするのであった。



















「……着ました」
「うん、やっぱり浩介には執事服が似合うな~」
「似合ってるよ、浩君」
「まるで本物の執事みたい」

うんうんと頷きながら感想を口にする律と、屈託のない笑みで感想を言ってくる唯に、称賛の声を送るムギに僕は喜んでいいのかそれとも悲しむべきなのか、複雑な心境だった。

「そう言えば、山中先生は?」
「あー、さわちゃんだったら――」

僕の疑問に律が答えようとしたところで声が聞こえてきた。

「さぁ、着ねえ子はいねがぁ!」
「ひぃぃぃ!!?」

山中先生の声に続いて女子生徒の声が聞こえた。

「……な?」
「そう言うことか」

今、この場にいない部員が餌食になってしまったようだ。
ひとまず僕は心の中で手を合わせることにした。
助ける気はない。
というか、そんなことをしたら僕まで巻き込まれる。
”触らぬ神に祟りなし”だ。

(そうだ。アンプの調子でも確認しておくか)

そんな中、僕はアンプの調子を確認するべくギターを取り出してアンプにつなげた。

「あれ、浩君演奏するの?」
「いや、アンプの調子を確認するだけ。明日は大事なライブだし、肝心な時に演奏できなくなるのだけは避けないといけないから」

僕のそんな行動に首をかしげて聞いてきた唯に説明するが、”大変だね”というだけで特に何かをする気はないようだ。
そんなこんなで、僕だけでアンプの調子をすることとなった。
ギターの弦を適当に弾いていく。

「おい、嘘だろ……」

軽く弾いたがアンプから音がしない。
ボリュームのつまみもMINの位置ではないので、考えられるのは”アンプの故障”だった。

(仕方ない修理でもするか)

幸い、僕はアンプを直したことがあるため、できないことではなかった。
僕はアンプの裏側のふたを外して中の基盤を確認すると、故障の原因である場所を探した。

(ここの部品だったら何とかなりそうだ)

すぐに壊れていた箇所を見つけると、いつも持ち歩いている部品が入った箱の中から同じ系統の部品を取り出すと、それを取り付けていく。

「あ、お客さんだ」

そんな僕を先ほどから興味深げに見ていた唯はドアのノック音に気づくとドアの方に向かって立った。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ~」

部室を訪れたのは唯の妹の憂だったが、唯はまるで喫茶店のようなノリで迎えた。

「お、お姉ちゃん!?」
「お、憂ちゃん」
「もしかして軽音部に?」

姉の姿に驚きを隠せない憂に、律とムギが声を掛けていく。
僕も一旦作業を止めて立ち上がると彼女の方に向かい合う。

「律さんに紬さんに浩介さんまで!?」

そんな僕たちの服装に憂はさらに驚くが、先ほどから二人の気配がこっちの方に近づいてきてるのを僕は見逃さなかった。

「あ、二人ともそこ退いた方がいいよ」
「え? どうしてです―――」
「助けてぇぇぇぇっ!!!!」

憂が言い切るよりも早く必至に抵抗している澪を引きずりながら凄まじい速度でかけていく山中先生が二人のわきを通って外へと出て行った。

「さあ入って入って。歓迎するよん」

そして、それをなんでもないという風にスルーする律はある意味大物だと感じさせられた。

「そ、それよりも今のって」
「抵抗してたのが裏目に出たか」

困惑を隠せない憂と同じく新入生で左右に髪を束ねている女子生徒をしり目に、僕はそう漏らすと再びアンプの修理に取り掛かった。
二人は先ほどのことは気にしないことにしたらしく、唯に導かれるがまま席に着いた。

「先生クリスマスから人に服を着せるのが癖になっちゃったみたいで」
「そうなんだ」

年が明けて早々にコスプレをさせられたときは驚いたものだ。

「あ、うちのお姉ちゃんで唯です」
「平沢唯です。あ、まお茶を持っていくね」

憂の紹介に自己紹介をした唯は先輩としていいところを見せなくてはと思ったのか、それともただの親切心からなのかそう口にする。

「これを持っていけばいいんだよね?」
「熱いから気を付けてね」

唯の問いかけに、ムギが注意を促す。

「熱っ!?」
「だ、大丈夫?」
「お、お姉ちゃん!?」

唯に尋ねるムギと心配そうに声を上げる憂の雰囲気に圧されて、僕は作業を止めると唯の方へと向かっていく。

「頼むから転ぶなよ?」
「大丈夫だよ、浩君!」

どこから湧いてくるのかわからないが、自信満々に返事をすると、唯はティーカップが乗せられたトレイを手にして歩き出した。

「お、お……あわ……あわわわわ!?」

その手は最初は静かに震えだし、しまいには大きく震えた。
とてもではないが危なっかしい。
僕は唯から距離を取ろうと後ろに下がる。

「危ない!」
「あ、ありがとう憂ちゃん」

今にもティーカップを落としそうな様子の唯に、憂は腕をつかむことで最悪の事態を免れた。

「良かった~、けがをしなくて」

憂は怪我をしている人(主に唯だが)がいなかったことに、ほっと胸をなでおろしている。
とはいえ、

「おい………」
「あ、浩介……さん」

僕の頭にあるティーカップがなければ完全に良かったのだが。

「もしかして、狙ってないか?」
「ね、狙ってなんかいないでありますよ!?」

僕のジト目に、唯は非常におかしな口調で答えた。

「だ、大丈夫ですか? 浩介さん」
「痛い。それと、熱い」

若干及び腰な様子の宇井の問いかけに、僕は思わずハードボイルドな声が出てしまった。

「ティーカップが割れなくてよかったよ」
「それはいいんだけど、頭大丈夫?」
「あはは……ちょっと冷やしてくる」

燃えるほど熱い紅茶をかぶった僕は、心配そうに聞いてくるムギに、僕は苦笑しながらいったん部室を後にした。
それから数分後、頭を文字通り冷やした僕は軽音部の部室に戻った。
ちなみに唯はというと

「お姉ちゃんは座ってて。あとは私の方でやるから」

憂によって椅子に座らされていた。

(下級生にお茶を配膳することになる上級生って)

僕はそこで考えるのをやめた。
いくら何でも唯に失礼なような気がしたからだ。
僕は再びアンプの修理に取り掛かることにした。

「紹介するね。部長の田井中律さん」
「どうも、部長の田井中律。よろしく」

かっこよく見せようと、いつもよりボーイッシュに自己紹介をする律。
そんな彼女の様子に、もう一人の新入生がかっこいい人だと漏らす。

「ちょっと、律!」
「ん?」

そんな律を尋ねてきたのは生徒会役員の真鍋さんだった。
声色は少しばかり怒りが混じっているような気がした。

「講堂の使用申請がまた出ていないじゃない! このままだと講堂が使えなくなるよ!」
「あ、そうだった!?」

(またかよ)

律と唯のやり取りに、僕は心の中でため息をついた。
部活申請用紙の時にも同じことをしていたような気が……

「すみませんすみません!」

先ほどまでのかっこよさはどこへやら、謝り続けている律の姿は実にあれだった。

「それで、こちらが琴吹紬さん」

そんな律たちをしり目に、部員の紹介を続ける憂はある意味大物なのかもしれない。

「初めまして。騒がしくてごめんね」
「あ、いえ」

おっとりとして温厚そうなムギの印象は、新入生にも伝わったようで”優しそうな人だね”と漏らしていた。

「大体、その恰好は何よ!」
「律ちゃんったら」

尤も、律と和の絡みにうっとりとしたような声を出している時点でそれも半減しそうな気もするが。

「そして、あそこにいる人が高月浩介さん」
「高月浩介だ。よろしく」

修理をしている手を休めて、新入生の元まで向かうとそう言いながら、新入生に手を差し伸べる。

「ど、どうも」

そして握手を交わした。

(昼休みの彼女ほどではないけど、ギターとかに触れているみたい)

握手をしながら僕は得られた情報を頭の中で整理する。
僕はまだ終わっていないアンプの修理をするべくアンプの元へと向かうが、後ろの方で”かっこいい人だね”という声が聞こえたのは僕の幻聴だろう。

「それで、最後が……あれ?」

まだ紹介していない澪の姿を探すが、部室内のどこにも見当たらないので、困惑したような声を上げる。

「もしかして、あそこにいる人?」
「う、うん。秋山澪さん。とても恥ずかしがり屋なの」

僕はアンプの修理を終え、ふたを閉める終えてからドアの方に視線を向けると、ドアから顔だけを出して顔を赤らめながら僕たちを見ている澪の姿があった。

「そんなところにいないで入ってこいよ」
「いや。笑うもん」

律が促すが澪はさらに顔を引っ込めてしまった。

「笑いませんよ。似合ってますし」
「ほ、本当?」

憂に言われて安心したのかようやく部室内に入ってきた澪は唯たちが着ているメイド服だった。

「「か、かわいい」」

思わずそう漏らしてしまう新入生の二人の反応も正しいものだった。
そんな二人に迫る魔の手に二人は気付いていない。

「…………」
「あの、この人は?」
「山中さわ子先生。軽音部の顧問」

睨みつけるように憂と新入生を見比べる山中先生の様子に、困惑した様子で問いかける新入生に同じく憂も困惑した様子で答えた

「貴方たち」
「は、はい!?」

山中先生の呼びかけに、二人は体を震わせながら返事をする。
そんな二人の前に後ろに隠していたメイド服を掲げると

「着てみない?」

と声を掛けた。
返事はもちろん

「「結構です」」

だった。










それからしばらくして、演奏をすることになり各々が準備を始める。
僕はギターをアンプにつなげて準備を整えていた。

「何だかかっこいいかも!」

女子生徒のその言葉はある意味僕には救いの言葉にも見えた。

(彼女は”かっこいい”のが好きなのだろうか?)

そんな疑問を抱くが、僕はそれを頭の片隅へと追いやることにした。
今は演奏をしっかりとすることに意識を集中させるためだ。
だが、

「澪ちゃん、ストラップが引っ掛かる」
「私も」
「裾が邪魔でペダルが踏みずらい」
「………袖が……あ、大丈夫か」

唯をきっかけに次々に不満を口にし始めた。

「だぁっ! 演奏しづらい!」
「誰だ、この服を着ようと言い出したのはっ!!」

ついに律が癇癪を起こした。
ちなみに、主犯は用があるとのことで部室を去っていった。

「着替えよう!」
「賛成~!」

そして、僕を除くみんなは服を着替えるため音楽室とここをつなぐ通路のドアを開けて中に入っていった。

「いい度胸してるよな。お前ら」
「あ、あはは……」

僕は叫びたくなるのを必死にこらえながら口を開いた。
そんな僕に返ってくる苦笑がとても痛かった。

「結局ジャージになりました」

着替えたのは良かったのだが、なぜかジャージに着替えていた。

(分からない、全く分からない)

ジャージを着る理由が僕には見当がつかなかった。

「早くやるよ。時は金なりだ」
「分かってるって。浩介、ちょっと退いて」

僕の促しに律は頷くと退くようにジェスチャー交じりで行ってきた。

「分かった」
「よしっ! 唯!」
「あいよ!」

僕が横に避けると、律は唯に声を掛けた。
掛けられた唯はその場でくの字に頭を下げる。

(一体何をする気だ?)

「いいよー」
「よし、行くぞっ!」

唯の合図に律は宣言をして駆け出した。
そして唯の背中に手をついて唯を飛び越えた。
清々しい笑顔で見事に飛び越えた律は華麗に着地した。
まさに素晴らしいフォームだった。

「次、ムギだぞ!」
「おー!」

そのやり取りを見ていて、僕の中で何かが切れた。

「あたっ!?」
「練習をしろ、練習を!!」

この間完成した”ハリセンmark26”(25まですべて破損のため役目を終えた)で二人の頭を軽く叩いた。
それからものの数分で全員は演奏の準備を整えた。

「それじゃ、行くぞ」
「うん」

律の呼びかけに頷いた唯はレスポールの弦を軽くストロークさせ甘く太い音を上げた。

「お、かっこいい!」

(やっぱりかっこいいものが好きなんだ)

目の前の女子生徒の好みがなんとなく把握できてしまった。
それはともかく、これから始まる演奏は絶好のアピールチャンスだ。
ここで素晴らしい演奏をすれば、目の前の女子生徒の入部の可能性は上がるだろう。

(よし、ここは気を引き締めよう。正体がばれるとかそんなのはここでは忘れよう)

僕も本気で演奏をすることにした。
ちなみに、いつもは全力で演奏をしているがそれでもある程度手を抜いている。
とはいえ、それでも人から見ればうまいという分類になるわけだが。
閑話休題。
そして律がスティック同士を打ち鳴らすことでリズムコールを行う。
そして始まった曲は初めてのオリジナル曲でもある『ふわふわ|時間《タイム》』だ。
なのだが、一言で言うならば、最悪だった。
律のリズムキープはめちゃくちゃで、もはや清々しいほどのヨレ方だった。
ドラムはある意味リズム面ではリーダー格の存在。
そのリズムが狂ってしまえば、リズムを聞いて演奏をするパートもめちゃくちゃになるのは当然のことだ。
それは基礎がしっかりとしていない家のように、ちょっとした衝撃があっただけでも崩れるようなものだ。
とはいえ、唯の方も所々コードを間違えたりしていたり、ベースも若干ではあるが弱かったり僕の方も空回りしだしていて音にムラガできていたりと、全体がおかしかった。


(あはは、もうこれは無理かも)

僕にはもう結果が見えてしまったような気がした。
それでも、この演奏で良かったことと言えば”最後まで諦めずに弾ききることができた”ことだろう。










「ちゃんとした演奏を見せてあげられなくてごめんね」
「いつもはちゃんとやってるんだよ」

女子生徒に謝る唯に、フォローを口にする澪。

「そうだっけ?」
「そうだろうが」

そんな澪のフォローも唯の一言で無になったが。

「とにかく、明日ライブをするからぜひ見に来てね」
「ぜひ、わが軽音部に清き一票を」
「選挙か!」

ムギの言葉に続いて口を開いた律に、僕はそうツッコんだ。

「は、はい」

(あー、やっぱり駄目だったか)

女子生徒の表情が曇ったのを見た僕は、彼女が入部する可能性が限りなくゼロに近いということを悟った。

「そ、それじゃあ行こうか」

それは憂も同じだったようで、誤魔化すように女子生徒に声を掛けると唯に先に帰っていることを告げて、僕たちに一礼すると女子生徒と共に部室を後にした。

「ふぅ……」

二人を見届けると誰かがゆっくりと息を吐き出した。

「浩君、明日も来てくれるかな?」
「さ、さあ?」

”可能性は低い”とは言えずとぼけることしかできなかった。
そんな自分の弱いところがとても恨めしかった。

「いよぉし、明日のライブ成功させるぞ!!」
「「「「おー!」」」」

とはいえ、ライブに向けてさらに士気が高められたのだとすれば、それはそれでもいいかと思う僕なのであった。

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第34話 勧誘

「軽音部です。興味があったら3階の音楽準備室に来てください」
「あ、ありがとうございます」

僕は屋外で地道ではあるが、チラシを配って回る。
これで既に十人以上の新入生にチラシを配ることができた。

(ふぅ、やりがいがあるしいいね)

僕にとってチラシ配りは苦になるのではと考えていたが、どうやらそれは僕の思い過ごしだったようだ。
何せ、それほど苦にはならないのだから。
逆に、楽しくなってくるほどだ。
とはいえ、大変なことはいろいろあるが。
それが、

「この俺をぜひ軽音部に入部させてください!」

と、自ら志願してくる男子の新入生だ。
別に、志願してくるのはありがたい。
ありがたいのだが、

「どのパートを希望するのかな?」
「ギターです! 俺、自慢ではないんですがジュニアコンクールで賞を取ったんです!」

このように自慢してくることだ。
コンクールで賞を取ったのが本当か否かは定かではないが、こういうタイプの人間ははっきり言って鬱陶しい。
要するに、自分は特別(もしくはエリート)だと思い込んでいるタイプだ。
こういう人間が軽音部に入部すれば部としてはマイナスだ。

(それに、こいつギターなんて簡単なのしか弾けないし)

僕たち高月家はある事情から人の嘘にはかなり注意しなければいけない。
そのために、高月家の人は全員が読心術を会得させられている。
その読心術はほんの少しだけ意識を集中すればいいだけのこと。
嘘をついているときの感覚というのは、実は僕にもよくわからない。
ただ、”こいつは嘘をついている!”というのが直観という形で伝わってくるのだ。
だが、これでも僕の場合は8割の確率で正確に読み解いている。
残りの2割は心を巧みに読ませないようにする相手が主だが、そのような人物はここにはなかなか存在しない。
というか、ここにいたほうが驚きだ。

「ギターか……」

僕は、あえて考え込む仕草を取る。

「ごめんね、ギターは今足りているんだ。ジャズ研とかはどうかな? きっと君にぴったり合うと思うよ」

申し訳なさそうな演技をしながら男子生徒に断りを入れる。
大抵の場合は、これで納得してくれる。
だが、中には

「なっ!? この俺よりも下手な奴なんて辞めさせて俺を入れろ! いいか? 俺の遠い親戚のおじさんは国会議員なんだ! お前の存在なんてすぐに消せるんだからなっ!!」

などと、ばかげた妄想を垂れ流して脅しをかけるバカがいる。
ちなみに、今の男子生徒の発言も嘘だ。
こういう時の私の対応は。

「黙れ」

と殺気を強めに込めて言うだけ。

「っ!?!?!?!?」

それだけで先ほどまでの威勢はどこへやら、ヨナヨナと力なく地面に崩れ落ちるとそのまま失神した。

(やれやれ、変な奴もいるもんだ)

ため息交じりに心の中でつぶやくと、僕は生徒手帳を拝借して男子生徒の名前とクラスを確認する。

(この男は要注意人物だな)

僕は失神している男子生徒を要注意人物にするとその場を後にした。










そんな勧誘活動だが、時間が経つにつれて相手の反応が変わり始めた。

「軽音部です。もし興味があったら3階の音楽準備室まで来てね」

僕が声を掛けたのは二人組の女子生徒だった。

「ねえ、軽音部ってあの軽音部?」
「あの変な服を着ていた……」

軽音部の名前を聞いたとたんに二人して何やらこそこそと話し始めた。
二人は小声で話しているのだろうが、僕の耳にはしっかりと聞こえていた。

「あ、ありがとうございます」

そして引き攣った笑みを浮かべてチラシを受け取ると、まるで逃げていくように去っていった。

(これで6人目か)

同じような感じの反応をする新入生が増えてきたのだ。

(変な服っていうことは……)

僕の頭の中には腹黒い笑みを浮かべている山中先生の姿が思い浮かんだ。

(どう考えてもあの人の仕業だよな)

クリスマスのあの一件以来、人に服を着せることが趣味となってしまったらしく、自分が作った服を着せようとしていた。
尤も、その一番の被害者は澪だったりもするが。

(作戦変更。あいつらを回収する)

これ以上傷が大きくなるよりも早く、変な服を着ていると意思われる唯たちを回収することにした。
こうして、僕の唯たちの捜索が始まりを告げた。
もちろん、道中であった新入生にチラシを配ることを忘れない。
だが、やはり大半はこれまでと同じような反応だった。

(変な服って、一体どんな服を着てるんだろう?)

新入生が引くほどなのだから、よっぽどおかしい服なのだろう。

(例えばドレスとか?)

自分の中に浮かんできた服に僕はすぐさま否定する。
いくら何でもドレスはない。
それに引かれるほどおかしくもない。

(だとしたら、ナース服……いや、ここは予想の斜め上を言ってスク水!?)

次々と浮かんでくる服装に、今度は僕の方がダウンした。

(やめよう辞めよう。考えるだけでおかしくなりそうだ)

僕の最優先事項は、唯たちの回収なのだから、服装が何かはどうでもいいことだ。
僕は再び自分を奮い立たせて唯たちの捜索を再開した。

(校舎内とかにいたりして)

そんな可能性を基に、僕は校舎内に移動することにした。
やがて一階部分も残す所、一本の通路のみとなった。
この通路には死角はそれほどないため、今見えなければ、この階には唯たちがいないということになる。
そして、唯の姿はないためやはりこの階ではないようだ。
突き当りの方ではL字になっているがその方向は外につながる通路になるため、中にいるのだとすれば関係がない場所ということになる。

(上に行くか、外を探すか)

重大な決断を迫られた僕だったが、とりあえず廊下の突き当たりまで歩くことにした。

「のわぁ!?」

少し歩いたところで、凄まじい勢いで栗色の髪の女子生徒が僕の横を走り去っていった。

(危ないな……一体どういう神経をしてるんだ?)

先ほどの女子生徒の行動に首をかしげながらも、僕はさらに先に進む。

「きゃ!?」
「っと?!」

今日はすごく驚くなと、どうでもいいことを考えてしまった。
突き当りの方から突然女子生徒が飛び出してきたのだ。
突然のことだったため僕は回避することもできずそのままぶつかってしまい、ぶつかった女子生徒は勢いのあまりしりもちをつく形で後ろの方に飛ばされた。

「おい、大丈夫か?」
「は、はい。すみません」

手を差し伸べながら訊くと、黒髪をツインテールにした謝りながら僕の手を取ったので、僕は軽く引っ張って女子生徒を立ちあがらせた。

(ん? この手の感触は)

手を取った際に感じた感触に、僕は目の前の女子生徒が只者ではないことに気づいた。
指先が若干ではあるが硬かったのだ。
それは、ギターをある程度弾いている人であるということの証だ。

(これは勧誘してみるか)

もしかしたら、すごいあたりを引いたのかもしれないと僕は心の中でほくそ笑む。
それはともかく、気になることが一つあった。

「どうして走ってたんだ?」
「そ、それは――「待てぇっ!!」――ひぃぃ!?」

僕の疑問に答える女子生徒の言葉を遮るようにして声が聞こえたかと思うと、怯えた様子で僕の後ろの方に隠れた。
僕は声のした方に視線を向けてみる。

「な、なんだありゃ!?」

そこにはものすごい勢いでこちらにかけて来る、犬のぬいぐるみの姿があった。

「あの、ぬいぐるみに追いかけられてるんです!」

(ぬいぐるみを着たやつが、か弱い女子生徒を追いかける………これって、変質者!?)

僕の頭の中では、犬のぬいぐるみを着て、女子を追いかけまわす変質者にしか見えなかった。

(しかし、いったい誰が……む)

誰がこのようなことをしているのかと考えをめぐらした時、ある人物の言葉が蘇った。

『そこで俺は思ったわけだ! 先輩としてできることが何かを! ずばり、コスプレをして女子を追いかけて声援を受けることSA!!』

馬鹿げたことを口にしていた慶介の言葉だった。

(まさか、あれは慶介か?)

確かに犬のコスプレをしているし、女子を追いかけている。
それに何より、

(あのバカならやりかねない)

それが一番の理由だった。

「安心しな、変質者はこの僕が始末するから」
「え? 始末?!」

僕はできる限り笑顔を浮かべて、女子生徒を安心させる。
そして犬のぬいぐるみに向き合う。

「浩介! 彼女を捕まえて!」

よりによって慶介はこの僕に変質者の真似事をさせようとしているようだ。

「ったく、忠告したのにわからないやつだな」

心の中では怒りの炎が煮えたぎっているのに、口調はいつも通りの呆れたといったようなものだったのに自分でも驚いていた。

「だったら、お約束通り宇宙の果てまで吹き飛ばしてやろうじゃないか」

いまだに犬のぬいぐるみはその勢いを弱めることを知らない。
だが、それは僕にとっては好都合だった。

「ふぅ……」

大きく息を吐き出しながら、右足を後ろの方に移動させ右腕を後ろ側に振りかぶる。

「高の月武術」

静かに口にしながら、後ろに移動させた足を大きく前方に踏み込ませる。
そして後ろ側に振りかぶっている右腕の手を力強く握りしめる。

「圧っ!!」

その右腕を犬のぬいぐるみが間合いに入ったのを確認して思いっきり前方に突き出した。

――高の月武術。

それは僕が編み出した武術。
自分の力に特徴性を持たせることによって様々な効果を与えることができるものだ。
そして、今の”圧”は、相手の力のかかっている方向を逆向きにして、さらに力のエネルギーを倍にさせるものだ。
これを受けると、どんなに頑丈な者でも、後ろに吹き飛ばされる。
当然だが、これも魔法に分類される。
とはいえ、今のは自分の覇気を基にしているので、厳密には違うが。
閑話休題。
僕の一撃を受けた犬のぬいぐるみは凄まじい速度で吹き飛ばされていった。
少ししてものすごい音が聞こえたような気がしたが、慶介のことだからすぐさま回復するだろう。

「成敗っ」

一人の変質者を退治することができ、僕は清々しい気持ちだった。

「あ、そうだ。君、ちょっといいかな?」
「あ、はい。何ですか?」

そこでふと自分の役割を思い出した僕は、女子生徒を呼び止めると役割を全うすることにした。

「実は僕、軽音部に所属してるんだけど、もしよかったら君もどうかな? これがチラシ」
「は、はぁ」

若干気もそそろと言う感じでチラシを受け取った女子生徒は、これまでのような反応は見られない。

「もし興味があったら覗きに来てみてよ。場所は3階の音楽準備室だから」
「分かりました。ありがとうございます」

丁寧にお辞儀をした女子生徒は、そのまますたすたと去っていった。

(ところで、あいつらはどこにいるんだ?)

僕はその後ろ姿を見ながら再び唯たちの捜索を再開させるのであった。










「昼休みも残りわずか……結局見つからず」

色々な場所を歩き回ったが、おかしな服装の人影は全く見当たらなかった。
それなのに、軽音部の名前を出すと引かれるという反応が続いた。

(早くあいつらを見つけ出さないとすべてがダメになる)

そう思ったところで、ふと僕はあることに気づいた。

(僕ってもしかして、いい感触がないのを唯たちのせいにしてないか?)

いい感触がないのは、単に僕の説明が下手なだけ。
それを唯たちのせいにするというのは、あまりにも最悪な人のやることだろう。

(人の中には自分がいい子で周りが悪だと思わせる偽善者がいるとは聞いたが、僕も人のこと言えないな)

自分の偽善者ぶりに呆れてしまった僕は、唯たちを探すことをやめて部室に戻ることにした。

「あ、浩君」
「あれ、皆戻ってたんだ?」

部室に戻ると、そこには唯たちの姿があった。
その全員の表情には疲労の色が見えた。

「一体皆は何をやってたんだ? というより、律は何で燃え尽きてるわけ?」
「…………自分の胸に訊いてみろ」

なぜか机にぐったりとしている律の姿に疑問を抱いた僕に、律は唸るような声色で答えた。

「実はね、これを着てビラを配ってたんだけど、誰も受け取ってくれなかったんだよ」
「これって、ぬいぐるみ……」

唯が指し示す方向に置かれた物体を確認した僕は、言葉を失った。
なぜなら、そこには例の変質者が着ていた犬のぬいぐるみとそっくりな頭の部分があったからだ。

「この犬のを着てたのって、もしかして……」
「私だよ」

とてつもなくドスの利いた声に、僕は背筋が震えあがった。

「本当に申し訳ありませんでしたっ!!!」

それから土下座をするまでに、それほど時間はかからなかった。





「まったく、ひどい目にあったぞ」
「ごめん、ものすごく馬鹿げたことを口にしているバカたれがいたもんだから、そいつだと思って」

何とか律に許してもらった(とは言っても、ケーキを好きなだけごちそうするという制裁と引き換えにだが)僕に、律がため息交じりにつぶやくので、僕は釈明をした。

「そいつっていったい……ああ、なるほどな」

名前を言ってもいないのに悟られてしまった。
それほどあいつは有名なのだろう。

(良かったな慶介。これでお前は注目の的だ)

まあ、悪い意味でだけど。

「それにしても、疲れるだけで、受け取ってもらえなかったね」
「これは明日のライブで取り返すしかないな」

果たして、明日のライブでどれほどプラスに転じさせられるのか。
絶望的な状態ではあるが、僕は奇跡にかけてみることにした。

「あのー、これなんてどうかしら?」

そんな僕たちに、ある種の元凶である山中先生が声を掛けてきた。
その手には執事服とメイド服が合った。

「さあ、午後の授業が始まるぞ」
「そうだね、とっとと戻るか」

四人は音楽室と音楽準備室の連絡通路の方へと着替えるために向かい、僕は四人が戻ってくるのを待つことにした。

「あの、無視だけはやめて」

(もう少しちゃんとしたのは用意できないのだろうか?)

思わず頭を抱えたくなるのを必死にこらえた。
そして、着替え終わった唯たちと共に、ぬいぐるみを(適当に)片づけると山中先生を教室に残して部室を後にした。

「お願いだから、無視だけはやめて~!!」

部室からそんなむなしい叫び声が聞こえてきたが、それにも目もくれずに階段を下りていくのであった。
この行動が放課後にとんでもない嵐を巻き起こすとも知らずに。

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第31話 罪悪感と初詣

「ふぅ、ただいまー」

クリスマス会を終えた僕は、自宅へと戻った。
疲れで重くなる体に鞭を打つようにして、僕は靴を脱ぐと家へと上がる。
そしてそのまま自室がある二階へと向かう。

「さすがに、魔法を使いすぎた」

今日使った魔法を上げると『透視魔法』に『読心術』、『転送魔法』、『修復魔法』の四種類だ。
これだけの魔法を使うのだから、消費するエネルギー量(魔力だが)は莫大だ。
今出ている倦怠感は、それの影響をもろに受けているのだ。
例えると、フルマラソンを全速力で走ったような感じだ。
まず普通に考えても無理だが、ようはそれほどの疲労感だということだ。

「今日はこのまま寝よう」

着替えたほうがいいとは思うが、それをする気も起きなかった為、僕はそのまま眠りに着こうとベッドに潜り込もうと―――

「ん? 通信だ」

したところで、誰かから通信が入ったことを伝えるアラームが鳴り響いたため、僕はベッドから起き上がるとどこからともなく片目だけのサングラスのようなもの(コントローラー)を顔に装着した。
そして耳元のスイッチを手で押すと、目の前に大きな画面が投影された。
画面に映し出されたのは一見すると、どこぞのマフィアの使いかと思われるような強面の顔つきをした男性だった。

『久しいな、高月大臣』
「……連盟長」

男性……連盟長に僕は嫌な予感を感じずにはいられなかった。

『用件は分かってるな?』
「ええ。十分に」

既に向こうには筒抜けのようだった。

『では、話は早い』

僕は耳をふさいで、これから来るであろう衝撃に備えた。

『このバカ者がっ! 人間の前で軽々と魔法を三種類も使うとは何を考えているッ!!!』

連盟長の怒鳴り声は耳をふさいでいる状態のはずなのに爆音のように頭に響き渡った。
ただ、抗議をするところが一か所ある。

「三種類ではなく四種類です!!」
『そんなことはどうでもいい!!』

僕の抗議に、連盟長はバッサリと斬り捨てた。

『一体何を考えているんだ? 一歩間違えればお前の正体が知られていたかもしれないんだぞ』
「それは重々承知です。ですが、それで変に断れば孤立します。この世界での孤立は私という存在の消滅に等しいです」

どうやら、言いたいことを言い切ったようで、口調も幾分か柔らかくなった。
故郷であれば、付き合いが悪くても強ければある程度は評価される。
だが、ここではそのようなものは存在しない。
孤立してしまえば、それは存在の消滅にも等しい結果が待っている。
尤も、存在の消滅を人によっては”孤独”ともいうのだが。

『お前も、そっちでの暮らしになじんできたようだな』
「そっち側で言うのであれば、弱体化。こっち側で言うのであればそれは感情の回復でしょうか?」

僕の言わんとすることがわかったのか、連盟長は”確かに”と相槌を打った。

『しかし、だからと言って魔導鉱石を使用した魔導具を人間に与えるとは……そこから疑いの目が向けられたらどう対処するつもりなのだ?』
「心配はいりません。あれはあくまでもお守り。そしてそれを手にするのは魔法のことなどを全く知らない一般人……発動したことにさえ気づきませんよ。万が一、気づかれた場合は認識祖語の魔法でそのことを認識の外へと追いやります」

僕は、あらかじめ用意しておいた対策を連盟長に述べる。
ちなみに、認識祖語魔法とは、特定の認識した事案を意図的に認識できる範囲から追い出すことを言う。
これをすると、本人は気が付かぬうちに認識した事柄を忘れてしまう。
ただ、記憶の消去ではないのでひょうんなきっかけで再び認識の範囲内に入ってしまう欠点はあるが。

『なるほど。確かにそれなら誤魔化せるだろうな』

感心した様子で顎に手を当てて考え込む連盟長だったが、すぐさまそのポーズを解くと再び口を開いた。

『高月大臣が魔法を見せたのだ。相手はそこそこ信頼における人物であるのは確かだ』
「ありがとうございます」

連盟長のありがたい言葉に、僕は素直にお礼を述べる。
人を診る目はまだまだ未熟ではある物の、ややいいと自負している。
存在の消滅を防ぐためなどと言っているが、結局のところは僕が唯たちにならそれを見せても大丈夫だと判断したから魔法を行使したというのが一番大きい。

『だが』

そこで、連盟長の言葉が掛けられる。

『それでも、私は安心することはできない。私は一国の主だ。完全に彼女たちが信頼に足りる人物だとこちらが確認する必要がある』
「父さん、まさかッ!」

その言葉に、思わず僕は現在の立場を忘れて口を開いてしまった。

『今は連盟長だ』
「……失礼しました」

連盟長……父さんは、先ほどのように激昂した様子で怒ることもなく静かに諭した。
僕は素直に謝罪をすることでそれに応じる。
連盟長というのは、この国で言うところの総理大臣のような存在だ。
そして、僕はその人の部下ということになる。
現在は連盟長として話をしているため、僕もそれに倣って応対しているのだ。
公私の区切りをしっかりとつけるのが、高月家の決まり事だ。

『高月大臣の気持ちも十分に理解できる。だが、これは決定事項だ。それにこれでもできる限り譲歩しているつもりだ』
「ええ、そうですね。元々こちらがまいた種。異論を述べる気も資格もないことは承知しています。それで、”工作部隊”への連絡はいつごろに?」
『本日中を予定している』

僕の問いかけに、連盟長はすんなりと教えてくれた。

『何か要望はあるか? できる限りではあるが聞き入れよう』
「では、工作部隊には”できる限り対象者に悟られることの無いように”とお伝えください」

僕の申し出に、連盟長は”分かった”と応じると、用件が済んだのか通信が切られた。
連盟長はいろいろと忙しいことで有名だ。
僕と親子の話をするほどの時間はないのだ。

(そう思うと、僕ってとことん親不孝者のような気が)

親の仕事を増やしているあたり確実に言えるだろう。

(それにしても、工作部隊か)

僕は、ベッドに仰向けに横たわりながら連盟長から告げられた決定事項を思い起こす。
――工作部隊
それは、読んで字のごとく様々なことを行う部隊だ。
例えば、今のように魔法文化のない世界で魔法が一般人に見られたり知られたりした場合の情報操作や記憶の操作などを行う。
他にも同じように魔法文化のない世界に、任務で向かう魔法使いを陰から補佐する役目もある。
僕の場合は周囲に大勢の工作部隊の者が紛れている。
例えば、この間の男性警察官二名も工作部隊の魔法使いだ。
他にも銀行や大手出版会社などのマスコミ関係では職員として、病院や僕たちが通う桜ヶ丘高等学校にも教師や医者として紛れ込んでいるのだ。
それぞれの目的は、僕に降りかかったトラブルの対処の補佐をすることにある。
ちなみに、工作部隊では全員が催眠魔法を会得しているため、いきなり紛れ込んでも怪しまれることなく溶け込めている。
そんな工作部隊が、唯たちの監視をするというのが、今回の決定事項なのだ。
監視はおそらく1月いっぱいまでは続くだろう。

(一応、当人たちには危害はないし、監視されていることを悟られさえしなければ、生活に支障はない)

免罪符を並べてみたものの、罪悪感が重くのしかかってくる。

(願わくば、唯たちが今までと変わらない生活を送れるようになることを祈るばかりだ)

そんなことを心の中で思いながら、僕の意識はブラックアウトするのであった。









「ん……朝か」

あのクリスマス会からはや一週間ほどが経過した。
唯たちに違和感などは感じられないので、僕はほっと胸をなでおろしていた。

「ご飯でも食べるか」

僕はとりあえず朝食をとることにし、キッチンへと向かった。
そして簡単に朝食をとった僕は、再び自室に戻った。

「あれ、携帯に連絡がある」

そこで、ふと机の上に置かれた携帯電話に、連絡があったことを告げるランプが点滅しているのに気が付き、携帯を手にする。

「律からメールだ」

差出人を確認した僕は、そのメールの内容に目を通した。

『1月4日に神社に初詣に行くから、遅れないように集合』

要約するとそんな感じで、下の方には神社の場所と集合時間が明記されているという実にシンプルな内容だった。

「とりあえず返信しておくか」

僕は律からのメールに『了解』と打つと律のアドレスに送信した。

「さて、次のライブの曲順を考えないと」

軽音部のライブではなく、H&Pのライブだが。
既にH&Pのライブの次の予定が決まっているのだ。
それが4月のコンサート形式のライブだ。
コンサートとは、ライブと同じ意味ではあるが僕たちの演奏するタイプを示した隠語のようなものだ。
通常の”ライブ”では、『Leave me alone』などの曲のみを演奏することにしているが、コンサートの場合はそれ以外の楽曲と通常のライブで演奏するような曲を合わせているのだ。
ちなみに、総合で演奏する歌というのは『天狗の落とし文』のような感じの曲があげられる。
もちろん、一部を除いて演奏をするというスタンスは忘れていない。
さすがにさっき例に挙げた曲は、演奏は難しいが。
そのため、このライブは時間が長い。
前半と後半、そして途中で30分ほどの休憩をはさんだ2時間30分だ。
しかも、会場は完全に貸切のためまさしくオンステージだった。
その分、演奏する曲目も多くなりいつも以上に油断ができないライブでもある。
まあ、いつも全力で取り組んではいるのだがコンサートだけは死ぬ気で行かなといけない。
そのライブに向けての演奏曲のプログラムを組み立てるために、4か月前の今から始めているのだ。
これで1月末までにはプログラムを確定させ、2月から開催までの期間は本格的に練習に取り掛かるのがいつものことだ。
ちなみに、その期間は普通のライブなどは行われない。
人から見れば、充電期間のようにも見えなくもない。
通常はどれほど掛けても2か月だが、今回は復帰後初めてのコンサート。
早め早めに準備をしておこうということになったのだ。

「うーん。前半で入れる曲はこんな感じでどうだろう……」

一通り完成した曲順を確認する。

(やっぱり初めは明るく元気な曲から入っていった方がいいよね)

前半だけで約10~15曲合わせると2,30曲というとてつもないボリュームになるので、曲順を決めるだけでも大変なのだ。
そして、僕にはもう一つのどうしても片づけなければいけない問題があった。
それは……

「これをどうするか……だよな」

目の前にあるのは、三つの米俵。
クリスマス会でのプレゼント交換用の材料を購入した時に手にした、抽選権で運よく手に入れた景品だった。
食費が少し浮くので、最初は幸運だと思っていたのだが、時間が経つにつれそうともいえない状況になってきた。

「スペース的にも邪魔」

米俵三つというのはかなりの大きさだ。
誰も済んでいないこの家ならいいかもしれないが、バンドメンバーが来るので、変なところに置いておくのも気が引ける。
かといって自室や使っていない部屋に置くのは衛生上問題がある。

「仕方ない。格納庫にでも入れておくか」

僕が保有している異空間に存在する格納庫にしまうことにした。
ものの数分で米俵を格納することができた。
結局、格納庫の様子がおかしくなったことに気づいた僕が米俵二つを祖国に送ったのはそれから一週間後のことだった。










そして、年が明けた1月4日。
僕は律のメールに書かれていた神社に向かった。
服装はいつもの通りの私服だ。
違う服を着ていった方がいいのかと思ったが、律たちのことだから普通の服で来るに決まっているので私服にした。

「あ、浩君! こっちこっち」

神社に到着すると、先に来ていた唯たちが手を振って自分のいる場所を知らせてきた。
その手には妹の憂から渡されたプレゼントの手袋がつけられていた。

「浩介、遅刻だぞ!」
「ごめんごめん。ちょっといろいろあってね」

一番最後に来たことに叱咤する律に、僕は軽く謝った。
ちなみに、集合時間まではあと5分ある。
皆が早すぎなだけだが、一番最後に到着ということはそれは遅刻と大して変わらないため、特に反論はしなかった。

「そう言えば、みんなは年末年始は何してたんだ?」
「僕は特に何事もなくのんびりとしてたよ」

律の問いかけに、僕は思い起こすように視線をそらせながら答えた。
ちなみに嘘だが。
本当は曲目を決めるのに費やしていた。
そのほかにもさまざまな”仕事”を片づけたりとかなり多忙な毎日だった。
その後、律とムギに澪が年末年始に何をしていたのかを話し始めた。
比較的家でゆっくりしていたというのが多かった。
そんな中、群を抜いてすごかったのは、

「私の年末年始はこんなでした」

と、話した唯だった。
年末はのんびりとこたつでテレビを見て、年越しそばを食べ、お汁粉を食べてみかんを食べさせてもらったりしていたらしい。
ちなみに年越しそばを作ったりお汁粉を作ったりみかんを食べさせたのは憂だ。

「憂ちゃんくれ!」

そう言いたくなる律の気持ちは、僕には痛いほどわかった。

「そんなに食べてたら太るだろ」

心配そうに尋ねる律。
自堕落な生活を送っている人に必ず現れる代償が体重の増加だ。

「それが私、いくら食べても体重が増えないんだ~」

そんな律に、唯は衝撃的な回答をした。

「そんなはずは――「ないでしょ!」――え?」

別の意味で衝撃を受けた澪の叫びに、なぜかムギも加わる。
かと思えば今度は肩を寄せ合って何かを話すと、肩を震わせて泣き始めた。

(地味に聞こえているだけに、罪悪感が)

「とりあえず、謝っておけ」
「う、うん。ごめんね澪ちゃん」

律に促されるように唯は慌てて澪に謝った。

「べ、別にいいんだ。唯は悪くないんだ」
「そ、そうよ! すべてはモチベーションの低さよ!」

どうやら、この話題には触れない方がよさそうだ。

「み、澪ちゃん晴れ着気合入ってるね」

そこで、唯はなぜか赤を基調とした晴れ着を着ている澪に声を掛けた。

「それは律が電話できていくのかって聞いたから」
「聞いただけ」

どうやら完全に騙され(?)たらしい。

「着替えに帰る!」
「えー、そのままでも十分可愛いよ。ね? 浩君」

プイッと背を向けて帰ろうとする澪の背中に、唯が元気づけるように声を掛けるとこっちにも同意を求めてきた。

「どうして僕に振るのかがいささかわからないけれど、まあそうだね。元がいいからなに来ても可愛いと思うよ」
「か、可愛っ!?」

(はっ!? つい唯に乗せられてすごいことを言ってしまった)

気づいたところであとの祭り、恥ずかしげに頬を赤らめる澪ににやりと笑みを浮かべながら見つめているであろう律。

「今年もいいのを見せてもらいました」
「ムギは相変わらずで――」

ほっこり笑顔のムギに律は苦笑しながら口にすると、聞きなれた声が聞こえた。

「あれって……」
「さわちゃん?」

唯が示す方向に、ひものようなものに紙をを括りつけている山中先生の姿があった。
おそらく、あの紙はおみくじだろう。
そして近くにいるカップルをにらみつけると目に涙を浮かべて逃げるように去っていった

「さわちゃんも相変わらずで」

その光景に、律がポツリと漏らした。

「せっかくだし、お参りでもしていこうぜ」
「そうだね」
「そうね」

律の提案に三者三様に賛成した僕たちは、本殿の方でお参りをすることにした。
鐘を鳴らして二拍手一礼をして、目を閉じながらお願い事をする。

(今年も良い一年となりますように)

お願い事を終えた僕は目を開けながら顔を上げる。
ちょうどみんなも終わったのか顔を上げていた。

「皆は何をお願いしたんだ?」
「私は家内安全を」
「体重が減りますように」
「おいしいものをたくさん食べられますように」
「良い一年になるように」

それぞれがお願いごとの内容を口にする。
ちなみに、どれが誰のお願い事なのかは当人の名誉にもかかわることなので伏せておきたいと思う。

「軽音部のことをお願いしようよ」

そんな律の一言で、もう一度やり直すことにした。
澪とムギに僕の順番で軽音部に関するお願いをしていく。

「ムギちゃんの持ってくるお菓子をもっとたくさん食べられますよう――にぃっ!?」

そんな中、趣旨と異なるお願い事をする唯の頭を手にしていたハリセンで叩いた。
尤も、ほぼ同時に律が手を上げていたが。

「ギターがもっとうまくなりますように」
「いよぉし!」

律の掛け声で、お参りは幕を閉じた。

「にしても、それはなんだ?」
「これ? ハリセンだけど」

本殿を離れていると律から僕が手にしている者について聞かれたので、その物体の名前を答えた。

「いや、それは分かってるって。何でそんなものを持ち歩いてるのさ?」
「今年からは遠慮をしないことにしたんだ。さすがに律たちをまとめる役割を澪に押し付けるのもあれだと思って」
「そ、そんな押し付けられてるだなんて」

突然自分の名前が出てきたためか、若干慌てながら相槌を打つ澪をしり目に僕はさらに言葉を続けた。

「だから、今年からはこれでばしばしと叩いていくから。まあ、澪のげんこつに比べれば痛みは少ないけどね」
「いや、それで安心できないから!」

そんな律のツッコミを聞きながら、僕たちは神社を後にするのであった。

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第32話 ミスと春

1月も終わりあっという間に二か月経って、3月の上旬となったある日のこと。

「あ、今日はチョコケーキ」

最後に部室に入ってきた唯は、ほくほく顔でいつもの席に腰掛ける。

「はい、唯ちゃん」
「ありがと、ムギちゃん」

今日もまたいつものようにお茶の時間に突入した。

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん? どうしたんだ、そんな改まって」

話を切り出した僕に、律は不思議そうな表情を浮かべて用件を聞いてきた。

「来月に控えた新歓ライブ用に用意した楽曲だけど、最後の一曲が完成したんだ」
「おー!」
「どんな曲なの?」

この三か月間、新入生に各部活がどんなことをするのかを伝えるために催されるクラブ紹介の際に演奏する新曲を練習していた。
曲数は『私の恋はホッチキス』と『カレーのちライス』の二曲。
そして、そこに『ふわふわ時間』を加えた三曲がすでに完成・練習を始めた曲だったが、もう一曲できそうだという澪の言葉で、急きょ新曲を作曲することとなった。
新曲は僕がイメージをムギに伝え、ムギはそれを基にキーボードで曲の構築を作成し、それを使って音を飾り付けていくという形式なので、一番負担が大きかったのはムギだろう。

「これが、その新曲だよ」

そう言ってカバンからムギに借りた音楽プレーヤーを取り出すと机の上に置いた。

「澪には、また作詞と曲名の決定をお願いしてもいいかな?」
「うん、任せて」

作曲はムギと僕で、作詞は澪が行うという役割分担が軽音部ではできていた。

「それじゃ、曲の再生を……あれ、電話だ」

音楽を流そうとしたところで、着信を告げる携帯によって遮られた。

「ちょっとごめんね」

僕は謝りながら部室を後にすると、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。

「もしも――」
「おい、一体どこで何をしてるんだ!」

僕の声を遮るようにして耳に聞こえてきたのは、田中さんの罵声だった。

「えっと、学校ですけど?」
「はぁ、学校だぁ!? 今日は夕方からコンサートの練習をするって言ってたよな!」

田中さんの剣幕に圧されながら、記憶を掘り起こすと、確かにそんなことを言われていたような気がした。

「す、すみません。すぐに行きますっ!」
「3分だけ待ってやる! すぐに来い!!」

(そんな無茶苦茶な!?)

田中さんの無茶な要求に反論をしようにも、すでに電話は切られていた。
ここから普通に走っても10分はかかってしまう。

(僕が悪いとはいえ、全力疾走させなくても!!)

そう言っている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
僕は駆け込むように部室に戻った。

「うお!? びっくりした」
「ごめん、急用が入ったから帰るね!」

こじ開ける勢いでドアを開けたため、驚いた様子の皆をしり目に、僕は荷物をまとめながら事情を説明する。

「それって、どういう――」
「これが、新曲のスコア! 僕抜きで練習をしておいて! できなくても、曲を覚えるようにして!! それじゃあっ!!」

叩きつける勢いで新曲のスコアを机に置いて指示を出した僕は、そのまま部室を後にした。
そして、校門を出たのと同時にギアを上げた。

「お……お待た、せ」
「きっかり三分以内。やればできるじゃねえか」

息を切らしている僕に、田中さんが感心した様子で声を掛けた。

「それじゃ、早く中に入って始めようとするか。ロスした分は取り戻すぞ」
「わ、わかりました」

田中さんが前を行く中、中山さんは僕の肩に手を乗せると僕に向かって頷いた。
それは、『お疲れ様』と言われているような気がした。
それに僕は苦笑で返すと、家の鍵を開けて中に入るのであった。
結局この日は夜遅くまで来月に開かれるコンサートの練習をすることとなった。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
急いで出したスコアと曲によってこの後とんでもない事態に発展するということを。










3月も下旬となりそろそろ春の足音が聞こえ始める季節がやってきた。
この季節の定番と言えば受験の結果発表だろう。
そして僕たちもまた、その例にもれず結果発表を待っている一人だ。
もっともそれは……

「憂ちゃん、合格してるといいわね」
「そうだな」

ムギの言葉に、澪が頷く。
そう、今日は桜ヶ丘の合格発表日なのだ。
そして唯の妹の憂もまたここの試験を受けていた。
部活の仲間の妹の受験の結果ということもあって、僕たちもそれに同行する形となったのだ。

(まあ、憂なら合格間違いなしだろ)

なにせ、姉が合格したのだから。
そんなことは口が裂けても言えないが、僕の中ではもうすでに憂の合格は確定していた。
そして到着した桜ヶ丘高等学校。
合格者の番号を張り出している掲示板の前には、数十人程度の受験生の姿があった。
受験生たちは”番号があった”や、”そんな……”などと喜びと絶望を浮かべている者が大勢いた。
去年の僕もああだったのかと思うと、時間の流れを感じてしまう。
それはともかく。
憂は掲示板の方に視線を向ける。
僕たちは、憂の合格発表の結果をか固唾をのんで見守っていた。

「ぁ……ぁぁ」

そんな中、非常に緊張(というよりは不安と言ったほうが妥当だろうか?)の色を隠せないと言った様子で見ている人物がいた。

「そんなに心配だったら見てくれば?」
「そ、そうする」

僕がぽそりと口にした言葉を聞いた唯は頷くと唯の方へと駆けて行った。

「試験を受けた本人よりも緊張してる」
「まあ、唯らしいけど」

ぽそりとつぶやく律に、僕は苦笑しながら相槌を打った。
その数秒後、抱き合って喜びをあらわにし始めた。

「どうやら合格みたいね」
「本人よりも姉の方が喜んでる」
「親バカと言うより姉バカか」

その光景を見ていたムギや澪に律は、口々にそう漏らしていた。
そして僕たちも合格した憂に祝福の言葉をかけるため歩み寄る。
徐々にあたたかくなり始めるこの時期、憂は志望していた桜ヶ丘高等学校に合格するという嬉しい知らせは、心も温かくさせてくれるような気がした。










「コンサートまで残すところ2週間か」

憂の合格発表を終えた僕たちは解散となり自宅へと戻ってきていた。
というのも、学校の方で部活の自粛をするようにとの連絡がされていたからだ。
三日ほど前から自粛の連絡が入っており、理由としては合格発表の準備及び、入学式に向けての準備のためらしい。自粛の間は自宅で音を覚えたり、練習をしたりなど各自でできることをするように伝えている。

(とは言っても、確実にしないであろう人物が数名)

4月に入って自粛が解除された日からもう特訓をする必要があるのは明らかだった。

(まあ、それを見越して割と簡単な曲を組み込んではいるんだけど……)

とはいえ、懸念材料はある。
まず、『カレーのちライス』だ。
これはテンポが速い。
巷では『BPMの暴力』という言葉がある。
素早いテンポによって難易度がうなぎ上りに上がってしまうのだ。
それが、この曲には存在する。
非常に速いテンポで、一歩先を見据えた演奏法が求められる。
この曲はドラムのリズムキープがモノを言う。
ドラムが走りすぎたりリズムが狂ったりすると、元のリズムに戻す必要がある。
それを何度も繰り返していれば曲自体にゆがみが現れるだけでなく、他の演奏者の体力を大幅に奪うことになる。
そして次の曲の演奏にも影響が生じるのだ。
そして『私の恋はホッチキス』も、ギターパートが鬼門と化している。
出だしの方のギターリフ(ギターの一定コードを繰り返して進行させること)が比較的に難しい。
果たして、唯がこれを引けるのかがキーポイントだ。
そして、最後にこの間完成した新曲。
これは新歓ライブの趣旨に反した曲目だ。
新歓ライブでは、その部活がどういったものかを伝える事と同時に、軽音部に興味を持ってもらう必要がある。
それほど難しくない楽曲にすることによって、未経験者(つまり、初心者だが)に壁を感じさせないようにするのが狙いだ。
現に、ギターは難しそうだからやらないという声をよく聞く。
なので、ギターは簡単に弾けるということを伝えさえすれば、初心者も入部しやすいだろう。
後は、僕たち先輩組が丁寧に教えていくだけだ。
だが、あまりにも簡単すぎるのはNGだ。
簡単すぎる曲をやりすぎると、今度は『大したことのない部活』という不名誉なレッテルを張られる。
簡単すぎず、難しすぎずのバランスをうまくとった曲編成にする必要がある。
よって、生まれたのが新曲だった。
まだ曲名が決まってない(というより歌詞もまだ完成していないが)曲だが、ギターのソロが群を抜いて難易度を吊り上げている。
そのソロを弾くのが、僕のパートだった。
自分で言いだしたことは自分で責任を持つという意味も込めている。

「後は、勧誘をしてロビー活動を充実させれば、勝ったも同然」

もうすでに、僕にはウイニングロードが形成されつつあった。
そして、うまくいくという自信もあった。
そう、この時までは。










それは始業式まで残り二日と迫った日のこと。

「それじゃ、今日は新歓ライブで演奏する曲全部を通して弾いてみよう」

全員が演奏の準備を済ませたところで、僕はそう声を上げた。

「ミスしてもいいから弾ききる。そして演奏中に見つかった問題点を改善していくようにしよう」
「オーケー」
「わかった」
「了解であります! 師匠」

僕の練習プランに各々が返事を返す中、僕は律に向かって頷いた。
律は頷き返すと、スティックを頭上に掲げ

「1,2,3,4,1,2」

リズムコールをした。
そして始まる演奏。
最初は『ふわふわ時間』だ。
これはこの間のライブで演奏しているため、大丈夫だと思っていた曲。
だが……

(悲惨なほどにヨレてる)

ドラムのリズムキープが全くできていないという予想以上に悲惨な問題が浮き彫りになった。
そしてそれについていくようにしてギターもリズムキープができなくなってきており、もはや不協和音一歩手前の状態だった。
そして、最初の曲を弾き終え、僕は次の曲に移るように声を上げた。

「次、『私の恋はホッチキス』!」

リズムコールはせずにスティックを数回鳴らすと曲の演奏が始まる。
最初はドラムのフィルから入り、そしてギターのリフへとつながる。

(テンポずれてたけど、いい感じ)

一番懸念していたギターのリフは多少リズムがずれたものの、許容範囲内にぎりぎりではあったもののおさまっていた。
唯のギターの音に乗せて、僕はわざとミュートをさせた状態で弾いていく。
これによって音にメリハリをつけやすくしている。
僕にとってはそれほど難しくないが後半の間奏部分ではやや複雑なコード変更を求められるために、簡単とは言えない。

(うーん。やっぱり音が伸びてない)

唯のギターの音がすぐに途切れたことに心の中でそうつぶやく。
そんな問題点はあったものの、いい感じで演奏し終えることができた。

「次、『カレーのちライス』」
「1,2,1,2,3,4!」

律のリズムコールで再び演奏が始まった。
比較的早いテンポでコードの進行をしなければいけないこの曲。
難しいはずなのだが、リズムのキープはそこそこできていた。
ドラムのリズムキープ自体がヨレているのが原因だと推測できる。
僕はリズムギターとしてのパートを弾いていく。
リズムギターの方はそれほど複雑なコードではないので、難易度としては中間程度だろう。
そのまま2番に入っても1番と同じ要領で弾いていく。
2番が終われば来るのはギターのソロだ。
ここが唯の担当するパートの最難関箇所と言っても過言ではない。
速いテンポのまま複雑なコード変更を強いられるからだ。
その部分を、唯は何度も失敗しながらも弾ききることができた。
後はサビを残すのみ。
サビでは僕の方が小刻みに弦を弾いていく必要がある物のやはり難易度は低い。
そして最後は全パートの音が揃って終わることができた。

(これで、残すは最後の曲か)

ついに、最後の曲となった。
だが、疑問なのはいまだに曲名はおろか作詞すらできている様子がないことだ。
いつもなら完成していてもおかしくはないはずだが。

(まあ、澪もいろいろあるんだろうな)

そもそも僕が作詞すればいいだけの話を、他人にやらせている時点で文句を言える資格など皆無だった。
そんなことを思っていると、律は無言でスティック同士を打ち鳴らす。
次の瞬間、キーボードとギターが産声を上げた。

「ちょっと待って!」

明らかに違う演奏に、僕は慌てて演奏を止めた。

「どうしたんだよ? 浩介」
「そうだよ。もしかして、何か間違っていたのか?」

いきなり演奏を止めた僕に、怪訝そうな表情を浮かべる律に、不安げに訊いてくる澪。

「根本的に間違っている。一体何の曲を演奏しているつもり?」

僕が渡した曲は、最初にキーボードの音色が、次に僕の担当するパートのギターが産声を上げるはずだった。
だが、今演奏した曲は唯のギターとキーボードが同時に音色を響かせてしまっている。

「何の曲って、浩介がよこしたやつに決まってるだろ」

そう言って渡されたのは、僕がこの間渡したスコアだった。

「げっ!?」

それを確認した僕は、思わず引き攣ったような声を上げてしまった。
その曲名は『命のユースティティア』だった。
この曲は、メリハリのある曲調と数十回にも及ぶ転調が特徴の曲だ。
これはそもそもH&Pのコンサート用に用意していた楽曲だ。
それがどうして、軽音部にわたっているのだろうか?

(まさか)

そこで、ふとある可能性が頭をよぎった。
それは、曲のデータを渡す時のことだ。





「よし、これで選曲完了!」

その日はコンサート用の楽曲の選曲作業をしており、数多ある楽曲を再生しながらいいと思う曲をピックアップしていた。
そして、最後の一曲に例の『命のユースティティア』を決めたのだ。

「あ、そう言えばムギから渡された追加の新曲の音が完成したんだっけ」

そこで、追加の新曲の素に音を色づけし終えたことに気づいた僕は、その楽曲データを携帯音楽プレーヤーに入れると、その曲のスコアをカバンに入れたのであった。





(あの時に開くフォルダーを間違えて、コンサート用に選曲していた曲を誤って転送して、スコアも曲名を見づにカバンに入れたということか)

そして、曲を渡した日も急な呼び出しの為に僕自身が確認することができなかった。
まさに、負のスパイル。
とはいえ、すべて僕のミスだが。

「これ、間違えて入れたやつなんだ」
「なにぃっ!?」

僕の説明に、驚きをあらわにする律。
声に出したのは律だけだが、驚いているのはみんなも同じだった。

「どうするんだ?」
「さすがにこの時期にやり直すのは厳しいわよ」

澪からどうするのか尋ねられる。
ムギの指摘通り、新歓ライブまでそんなに日がないこの状況での曲の変更は致命的だ。
もはや僕にとれる道は一つしかなかった。

「この曲で行こう」
「でも、この曲浩君のパートがないよ?」

この曲の問題点は、ギターが一本のみということ。
これはH&Pの方でもどうするのか話し合いが行われた。

「ギターソロを僕の方へ。それ以外は僕は伴奏という具合にアレンジするから大丈夫。とりあえず僕抜きで演奏をしてみてくれる?」
「分かった。律」

僕の言葉に頷いた澪は律に合図を送る。
それに律が答えると、先ほどと同じようにスティック同士を打ち鳴らした。
そして始まる曲の演奏。
転調の部分さえ気負つけていれば難易度はそれほど高くはない。
後はリズムキープを正確にすることさえできれば問題はそれほどない。
唯のコード進行も安定しており、この曲の重要なパートでもあるキーボードもほぼ正確に弾けていた。
そして、2番が終わり問題の間奏に入った。
前半はキーボードであるムギの速弾き、そしてそこから唯のギターの音が曲にアクセントを入れる。
たどたどしくはある物の、ギターソロを弾ききった唯はラストスパートをかける。

(曲のバランスもそこそこだし。これなら数回練習すれば人に聞かせても大丈夫な感じになるかな)

僕の中で曲の練習する優先順位が完成した。
一番優先するのは『カレーのちライス』で、その次に『ふわふわ時間』と、『私の恋はホッチキス』が続く。
『命のユースティティア』は数回程度で十分だろう。


こうして、僕のミスによって新歓ライブへと僕たちは練習を進めていくのであった。

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