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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第46話 すべての終わりと始まり

それは慶介が小学生のころの話。
父親を亡くし、悲しみに浸っていたころの話だ。
通夜や葬式も終わり、いつも通りにの日常が始まる中、慶介はいつもの明るさを取り戻せなかった。
普段の慶介は、人づきあいも良く友人に恵まれていた。
だが、それ以降から、慶介の明るさはすっかり無くなり、どんよりとした雰囲気を醸し出すようになった。
そして友人たちもそんな慶介から離れていく。
慶介は友人をも失ったのだ。
そんな中、それと慶介は出会った。
きっかけはとあるテレビ番組。

『続いては、流星のごとく現れたH&Pで、Only for youです!』

それは有名な音楽番組だった。
それを何気なく見ている慶介の耳に聞こえてきたのはピアノの音だった。
そしてそのあとに流れた歌声に、慶介は衝撃を感じた。
歌っていたのは一人の少年。
自分と年端もいかない年齢のだ。
だが、クールビューティーを形にしたような力強い歌声は、慶介のハートをつかむのに難しくはなかった。
歌の意味も分からない慶介だが、その歌に力をもらったような気がした。

(かっこいい。すごい、本当にすごい)

そして慶介は、その歌手がDKであることを突き止めた。
その後はまるで人が変わったかのように明るくなり、元の輝きを取り戻すことができた。
そしてお小遣いを前借する形で、H&Pの演奏するCDを買い漁った。
CDプレーヤはプレゼントでもらっていたため、それで毎日CDが壊れるのではないかというほど聞き込んだ。
ライブにも顔を出すこともあった。

(もし、もし願いがかなうのなら……DKと友人になりたい)

同い年であることを突き止めた慶介は、心なしかそう願いを込めるようになった。
だが、自分のどこかでは、それは一生叶わないとあきらめていた。
相手は天才と呼ばれたバンドリスト。
そして自分はただの子供。
どう考えても、友人になれるような身分ではなかった。

『皆に知らせがある!』

演奏が終わった後、DKはそう声を上げた。

(なんだろう?)

『私は今日を以って、”H&P”の活動を休止する!!』

その言葉に、会場中がどよめいた。
それは慶介も同じことだった。
慶介にとって、DKやH&Pの存在は命の恩人というものにまでシフトしていたのだ。

『だが、私はいずれここに戻る! そして、皆にまた演奏を届けよう! その時まで、待ってくれるか!!』

そのDKの言葉に慶介も一緒になって返事を返す。
慶介はDKが戻るのを待つことにした。
そして何気なく選んだ高校。

「あのー、いい加減反応してくれてもいいでしょうか?」
「なに?」

そこのクラスでもう一人の男子と出会った。

(あれ?)

一瞬違和感を感じた者の慶介は、それを頭の片隅に追いやった。
だが、それは桜高祭で再び浮かび上がる。

「それでは、優勝の要因を審査員に話してもらいましょう!」
「私は、今はいない男子の歌声がすごくよかったからだと思います」

数人の審査員の生徒は一様に浩介の歌声を評価した。
それで慶介は確信した。

(やっぱり、DKは浩介だったのか!)

そして確信したと同時に、慶介は自分の願い事がかなっていることを喜んだ。
だが、思い知った。
自分がやらなければいけないことを。

(DKの……浩介の秘密は俺が守る!)

そして行ったのがありもしない嘘の苦情だった。
DKとして演奏をしていた楽曲『命のユースティティア』
それを新歓ライブで演奏をすることを知った慶介は、それから浩介の正体がばれることを危惧した。
そのために、無理やり変更させたのだ。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「―――ということだ」
「なるほど。だから曲目を変えさせたのか」

慶介の独白を聞き終えた僕は、全てのことに納得がいった。
あれは妨害ではなく、慶介なりの助けだったのだ。

「浩介って、俺のことを信頼してるか?」
「まあな。性格があれだが、悪いやつではないことくらいは分かってるから」

慶介の問いかけに、ほぼ即答で答えた。

「それじゃ、彼女たちのことは? 信頼してるのか?」
「…………」

その答えに、僕は何も答えられなかった。

「俺は、プロの大変さを知らないから何も言えないけど、まずは信じてみたらどうだ? 俺みたいなやつでも功なんだから、受け入れてくれるはずだ」
「………………ありがと。もう眠いから寝るよ」
「そうか。お休み、浩介」

僕は逃げるように慶介にそう告げる。
それから少しして、隣から規則的な寝息が聞こえるようになった。
僕はそれを見計らって布団から出ると、布団を畳んで部屋を後にする。
そしてそのまま家を出た。





「信じているか……か」

自宅に戻った僕は、自室の窓から空を眺める。

(口では信じているとか偉そうなことを言ってたけど、結局のところ僕は唯たちのことを心の底から信用していなかった)

「本当に、最低だな」

自分でかくしておいて何が”自分の何を知っている”だ。
知らなくて当然だ。
話していないのだから。

「慶介は、僕がDKだと知っても普通に接してくれた」

嘘をついていないのは僕だってわかる。
慶介は、DKを……高月浩介という人間を受け入れてくれたのだ。
ならば、唯たちはどうだろうか。
彼女たちは僕がDKであることを知ったらどういう反応をするだろうか?

(例えば、ムギみたいに普通に接してくれるだろうか?)

ムギが普通の人ではないことは唯たちも気づいているはずだ。
毎日持ってくるお茶菓子、そして大きな別荘。
どう考えても普通ではないことに気づくはず。
それでも、唯たちの接し方は変わらない。
ならば、もしかしたら

「いや。今更どんな顔して合えばいいんだ?」

あのような暴言を吐いてしまった僕が、どの面を下げて軽音部のメンバーのところに顔を出すんだ?

「本当、僕って最悪」

夜空の景色がにじんできた。
そして頬に熱いものが伝う。

「驚いたな。この僕にもまだ”悲しい”という感情があったなんて」

頬を伝うものをぬぐいながら僕はそうつぶやいた。

「………そういえば、昔にもこんなことがあったな」

僕はふと過去のことを思い返した。
それは、かなり昔の魔法連盟でのこと。
当時新入職員だったその人物は、とてもまじめな好青年だった。
そんな彼が、突然爆発した。

『自分のことを何も知らないのに、勝手なことを言わないでください!』

そう言って勝手に帰っていった彼は、ひと月ほど無断欠勤した。
連盟長の方から、彼に働く気があるのかを聞くようにとの命を受けた僕は、彼の住む家を訪ねた。
家から姿を現した青年に、僕は門前払いをされるかと危惧したが、青年は追い出すどころか土下座をして謝ってきたのだ。
人の目にも付きやすい場所で土下座をさせるのもあれだったため、とりあえず家の中に上げてもらった僕は、彼から事情を聴くことにした。
彼が告げたのは意外なことだった。
彼が爆発した原因、それは自分の親がかなり優秀な魔法連盟職員だったことを隠したことに対する負い目からだった。
私には理解ができなかったが、なんでも彼はその職員の隠し子だったらしく、決して口外しないようにと言われていた。
彼は、自信に抱えた大きな秘密が知られないように必死に隠していた。
それを同僚に隠していることがとてもつらかったと彼は語っていた。
私は、彼にすべてを語るように告げて自宅を後にした。
その後、その職員には隠し子であることを認めるように通達を出し、認めなければ懲戒にすると脅しをかけた。
そして彼は同僚に謝罪をし、今でも法務課で働いている。

「そう言うことか」

その事案を思い返した僕は、今自分に起こっているすべての事態の理由がわかった。
僕が感じていた”孤独感”。
それは、僕がDKであることを隠している負い目からだった。
おそらく、罪悪感のようなものを孤独感だと勘違いしていたのだろう。

「つまりは、これの解決策はあの時と同じく、話すことか」

僕にはそれしか解決の手段はなかった。
ただ謝るだけでは、一時しのぎにしかならない。
しっかりと理由も彼女たちに説明をする義務が僕にはあるのだ。

「まったく、本当に僕は馬鹿な男だ」

僕は改めてそうつぶやくと、ベッドに潜り込む。
そしてすぐに眠りにつくのであった。
全ての決着は明日の放課後だ。










そして迎えた放課後。
僕は横にあるギターケースを手にする。

「行くのか、浩介」
「ああ。僕はもう悩まない」

そんな僕に声を掛ける慶介に僕はそう答えた。

「がんばれよ」
「ありがとう。慶介」

僕は応援をしてくれる慶介に、二つの意味を込めてお礼を言った。
一つは、”僕の力になってくれてありがとう”と言う意味。
もう一つは”僕を受け入れてくれてありがとう”という意味。
そして僕は軽音部の部室に向かった。
全てを終わらせるために。





「………」

ここに立つのも久しぶりの気がする。
そう思えるほど、僕はここに来ていなかった。
タイムリミットを明日に控えたこの日。
僕は覚悟を決めてドアを開けた。

「あ……」
「こ、浩介」
「ひ、久しぶりだな」

僕に気づいた軽音部メンバーの全員がぎこちない反応をする。
それは当然のことだった。

「と、とりあえず座りなよ」
「お、おいしいお菓子を用意してるの」

律の言葉に続くようにムギが言う。
僕はギターケースを近くの壁に立てかけた。

「いや、その前に皆に話しておきたいことがある。実は――」
「それなら私もあるんだ」

僕の言葉を遮るように、律は声を上げると席を立って僕の前まで歩み寄ってきた。

「ごめんなさい!」
「えっ!?」

いきなり頭を下げて謝ってきた律に、僕は固まってしまった。

「ち、ちょっと! 頼むから頭を上げて! というより、みんなは悪くない!! 悪いのはすべて僕だから!」

慌てて頭を上げさせようとする僕に、律は凄まじい勢いで反論してきた。
きっと、かなり思いつめていたのかもしれない。

「いいや、違う。きっと私たちが気づかないうちに――」
「いや、本当にみんなは悪くないから」
「違う!」
「二人とも、まずはおちついて、ね?」

いつまでも終わらないと思われた言葉の応酬も、ムギの仲裁で何とかおさまった。

(まさか向こうから謝ってくるなんて、予想もしていなかった)

悪くもない皆に謝らせたことに、罪悪感に駆られそうになるが今はそれを頭の片隅に追いやる。
今必要なのは罪悪感に駆られることではなく、事情を説明することだ。

「この間の一件、本当に申し訳なかった。こっちが勝手に思い込んで皆を傷つけるようなことを言ってしまった。許してほしい、この通り」

僕は頭をほぼ直角に下げた。

「もちろんこれだけで許してもらえるとは思っていない。皆の気が済むのであれば土下座でもなんでもする」
「いやもういいから」
「浩君、頭を上げてよ」

律に続いて唯が僕に頭を上げるように言ってくれた。

(本当にやさしいんだね)

僕にはもったいない人たちだった。

「それに、浩介がぶちぎれたのだって私たちが練習をちゃんとしてなかったからで――――」
「それは違う!」

律の言葉を遮るように僕は叫んだ。
練習をしていないことは危惧していたが、それは絶対に違った。

「そのことについて、僕はみんなに聞いてほしいことがある」

僕はそこでいったん区切った。

「僕がああなった要因にもつながるから」
「分かった。でも、立ちながらもあれだから座って話さない?」

澪の提案に、僕は頷くことで答えた。
そして全員で再び席に着く。
こうして座ってみると、どこか懐かしく感じてしまう。

「はい、どうぞ」
「ありがと」

ムギが入れてくれた紅茶をとりあえず口に入れた。

「僕はみんなに隠していることがある」
「待て待て、隠していることと怒ったことと何の関係が?」
「関係があるから話している」

僕の言葉に異論を唱える律に、僕はきっぱりと言い切った。
もうすでに自分の気持ちの整理はついていた。
だからこそ自信持って言えるのだ。
それこそが一番の原因なのだと。

「僕は厳密には違うけど外バンをしているんだ」
「外バン?」
「外バンっていうのは、違う場所のバンドの方で活動をすることを言うんです。分かりやすく言えば掛け持ちみたいなものです」

言葉の意味が分からなかったのか首をかしげる唯に梓がわかり役説明してくれた。

「だから浩介先輩、外バンはできないって答えたんですね」
「でも、外バンをしていることくらい別に隠さなくても」

確かに律の言うとおりだ。
”普通であれば”だけど。

「いや、隠さなければいけなかったんだ。そうしないと色々と問題が起こりそうだから」
「問題って、どんな?」

今度は斜め右側の席に座るムギが訊いてきた。

「えっと、マスコミが大挙して押し寄せてくるのと、ここがちょっとした騒ぎになること……かな?」

考えられる問題を上げてみたが、後者は確実に起こるような気がした。

「いや、私に訊かれても」

ついつい澪の方を見ながら話してしまった。

「それで、その外バンをしていることを隠していることとぶちギレたのと何の関係が?」
「隠していることの後ろめたさを、自分は一人だという孤独感と間違えて捉えていて、そこでドカンと」

僕の説明に、全員が首をかしげている。
当然だろう。
僕でさえ、この原因はよくわからないのだ。
ただ、根本的な原因はここにあるというのは確信している。

「だから、今は良くてもこのままだとまた同じようなことが起きかねない」
「浩介の言っていることが本当だとすると、確かに根本原因を失くさない限りまた起こりそうな気がする」

僕の言葉に頷い着ながら澪は相槌を打った。

「だから、全てを話す。僕が活動している外バンの名前は」
「名前は?」

唯が首をかしげながら聞いてくる。
僕はもう一度覚悟を決めた。
これですべてが終わり、そして始まる。
その一言を口にする。

「”hyper-prominence”というバンド」
「はいぱー」
「ぷろみねんす?」

僕の告げたH&Pの正式名称に、唯と律は首をかしげていた。
とはいえ、

「「……」」

その名称はファンだったら確実に知っているので、澪と梓は固まっているが。

「ん? 澪、どうしたんだ?」
「あずにゃん、大丈夫?」

そんな二人の様子に気づいた律と唯がそれぞれに声を掛けていく。

「も、ももももももしかして……」

一番早く正気に戻った澪が今まで以上に凄まじいドモリかたで僕を指差す。

「そこではメインボーカル兼、リードギターを担当している」
「ということは……」
「へ? どういうことなの、律ちゃん」

担当パートを告げただけで律ですら理解してしまったようで目を見開かせている。
唯一分かっていないのは唯だった。

「そのバンドで名乗っている名前は、DK」
『…………』

そして、音が消えた。
全員が固まっている。

「は、はは……」

一番最初に正気に戻ったのは意外にも梓だった。

「こ、浩介先輩。冗談はやめてくださいよ」
「はい?」

引き攣った笑い声を上げながら注意してくる梓の反応に、僕は目を瞬かせた。
色々なパターンを予想したが、まさか冗談だと思われることになるとは思ってもみなかった。

「いや、否定されるとかなりショックなんだけど」

(まあ、ちょうどいいか)

ある意味一番入りやすい形になってくれた。
そう言う意味では結果オーライとも言えなくない。

「だったら、その証拠を見せるよ」
「証拠?」
「どんなどんな?」

僕の言葉に、律は興味津々に、唯はわくわくと言った反応を示した。
まあ、後者はムギもだけど。

「そりゃ、ミュージシャンなんだから、あれに決まってるでしょ」

そう言って僕は先ほど立てかけたギターケースを指差した。

「演奏で、証明するよ」

僕はそう告げるや否や、席を立ってギターケースを開ける。

「あ、唯先輩と同じGibson社製のES-339」

さすがと言うべきか、梓は見ただけでギターの種類がわかったのか口を開いた。

「皆、そこで聴くの?」

席に座ったまま
僕のその一言の後の唯たちの行動は素早かった。
一瞬のうちに長椅子の方に移動しているのだから。
僕はその様子に苦笑しながら準備を進める。
(まさかここで僕が全力での演奏を披露するなんて)
人生本当に何が起こるかわからない。
そして一通りの準備を終えた僕は、観客である唯たちの方へと向き直る。
僕の前には長椅子に座っている唯と梓と澪の三人、そしてその後ろに立つ律とムギ。

「それじゃ……行くよ」

僕のその言葉に、唯と律にムギは興味津々に僕がこれからしようとすることを見守る。
そして澪と梓は緊張の面持ちで僕を見ていた。
そんな視線を受けながら、僕は肩に掛けてあるギターの弦を弾いた。
それが演奏を始める合図だった。
演奏する曲は既に決まっていた。
曲名は『Through The Fire And Flames』
ドラムやリズムギターにベースがいないので少々迫力は無くなってしまうが、今回はギターの演奏を見せることなので、問題はないだろう。
そのためボーカルもなしにしている。
さらにフルで演奏すると6,7分という長さになるため、短めにアレンジをする。
これでも5~6分ぐらいの長さになってしまうが。
それはともかく、まずは小刻みなストロークから入る。
所々音を伸ばしては再び小刻みなストロークをするのを繰り返していく。
後ろめたいのがなくなったからか、それとも別の何かのおかげか、数日間のブランクを感じさせない演奏をすることができた。
途中で速弾きに近い速度で弦を弾きながらサビに入る。
最初は音を伸ばし、中盤で素早くコードを切り替えていき終盤では再び音を伸ばしていく。
そしてイントロ部分を弾き終えると、数秒間の無音状態が訪れる。
それが間奏の合図。
最初は簡単にストロークさせていったん音を伸ばしていく。
そしてまた簡単に数回ストロークして音を伸ばす。
そこからギターソロの始まり。
ピックを小刻みにストロークさせ、左手はせわしなく弦を抑える。
そしてさらにスピードを上げていく。
ここから先は完全に速弾きの領域だ。
今、この場は火に包まれたステージと化す。
炎の中で緊迫感に満ちた場所にいる。
それが最初に僕が感じたこの曲の印象だった。
所々にスクラッチを入れたりビブラートを効かせたりする。

「うへひょ!?」

誰かのすっとんきょな声が聞こえたような気がした。
そしてソロパートの終盤、ラストスパートをかけていく。
速弾きで弾いて音を上げてまた速弾きをしていく。
そして間奏が終わった。
あと残るのはサビの部分だけだ。
だが、最後の箇所に速弾きが待ち構える。
そこを僕は冷静にさばいていく。
半ばタッピングのような感じになりながらも、僕は演奏を終えた。
演奏をし終えた僕はある意味清々しささえ感じていた。

「それで、どうかな?」
『………』
「って、また固まってる」

呼びかけても反応がないので、僕は苦笑するしかなかった。

「浩介」
「な、何?」

律の呼びかけに、僕は数歩下がりながら返事を返した。

「すっごくうまい! わたしゃ感動した!! さすがは浩介だ!」
「あ、ありがとう」

褒めてるのかそれとも別の意味があるのかわからなかったが、とりあえず前者の方で受け取ることにした。

「私も感動しちゃった」
「さすが私の師匠!」
「ありがとう。というより師匠って……」

唯の”師匠”という言葉に違和感を感じたものの、高評価だったことに胸をなでおろした。
残る問題は、いまだに呆然としている二人だろう。

「………ほ」
「ホットケーキ?」

一番初めに正気に戻った梓があげた言葉を取って、唯が食べ物の名前を口にした。

「ほ、本物のDKだ!」
「うわぁ!?」

いきなり大きな声を上げながらこっちに向かってくる梓に、僕は思わず後ろに下がった。
そのあとは軽音部が混沌と化した。

「どうして、こんなところに!?」
「とても感動しました!」
「私ずっとファンだったんです!」
「サインください!」

まるでマシンガンのごとく梓から声を掛けられ続けた。

「すごい、あずにゃんがものすごく興奮してる」
「やっぱりこれが一番よね」

そんな僕たちの様子に、お揃器の表情を浮かべている唯と楽しそうに微笑むムギ。

「頼むから、そんなところでのんきに言ってないで助けて!」
「待ってください! まだいっぱいお話ししたいことがあるんですっ!!」

目を輝かせながらのマシンガントーク攻撃に、僕は梓と追いかけっこをする羽目になった。
色々と疑問の残ることはあるが、これはこれでめでたしめでたし……なのか?
ちなみに、これは余談だが

「澪ちゃん、大丈夫?」
「あー、こりゃ完全に気絶してるな」

呆然と固まっていた澪は気を失っていることが判明した。
そして、梓との追いかけっこが終わったのは山中先生が梓を落ち着かせた時だった。
その後しばらく、尊敬のまなざしを梓から送られることになった。
こうして僕は、DK=高月浩介を隠していることを終わらせ、僕がDKであるということを皆に打ち明けることで、新た始まりを迎えることとなった。

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第45話 疑問

次の日、浩介はギターを持ってこなかった。

(ダメだったのか)

俺は、それだけで結果を悟った。
軽音部の作戦は失敗に終わったのだ。

「おっす、浩介! 今日こそは俺のハーレム道を叩きこんで――――ぶはりゃ!?」
「…………」

いつものようにテンション高めでアタックしてみたところ、浩介から痛烈な一撃をお見舞いされた。
無言で立ち去ったが、それは俺にとっては希望の光のようにも思えた。

(これまでは馬鹿なことをしても手が出なかったからな。少し改善されたようだ)

少し頭が痛いが、これはいい知らせだ。
あとはちょっとしたワンプッシュがあればいいだろう。

(だとしても、一体何をするかだな)

俺は腕を組んで作戦を立てる。

(そう言えば、母さんは今日は仕事で家に戻れないって言ってたな)

母さんの仕事の都合上、仕方がないかもしれないが、ちょっとだけ寂しいのもまた事実だ。

(そうだ! これだっ!)

俺は最善の策を思いついた。

(こうなったら実行あるのみ!)

勝負は放課後だ。
俺は放課後に向けて気合を入れるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


放課後を迎えた。
この日も結局結論を出すことはできなかった。

(このまま自然消滅するしかないか)

それをしてしまったらすべてが終わるような気がするので、やりたくはなかったが。

「浩介! 俺と遊ぼうぜ!」
「断る」

悩んでいる僕のことなどつゆ知らず、慶介のハイテンションな誘い言葉に、即答で断った。

「そんなこと言わずに、しゅっぱ~つ」
「お、おい! 引っ張るな!!」

腕を引っ張って強引に連れていく慶介に、僕は抗議をするがそれが振りほどかれることはなかった。











「それで、一体どこに連れて行く気だ?」

校門まで引っ張られた僕は、ようやく腕を離してもらうことができた。

「まずはカラオケだい!」
「…………オーケー」

僕は降参とばかりに両手を上げる。

「それじゃ、行くぜ!」
「はいはい」

ため息交じりに返事をしながら、僕は慶介の後をついていくのであった。

「使い方とかは大丈夫か?」
「もう一通り、見たから平気だ」

電車で慶介の家がある駅まで向かった僕たちが最初に向かったのはカラオケ店だった。
カラオケ店で手続きを済ませた慶介に連れて行かれるように来たのは少し狭い一室だった。
天井にはスピーカーが二つほどついており、部屋の一角には機会が置かれていた。

(昔とは違うのか)

昔は分厚い本から歌いたい曲を見つけて番号を入力する必要があったが、今では小さいパッドのような機械で曲を探してそのまま送信すればいいのだから便利になったものだ。

「それじゃトップバッター、佐久間慶介、行きま~す!」

そう啖呵をきってマイクを持つと、慶介は歌いだし始めた。
歌っているのはあまりよく知らない曲だった。

「っと、さてさて、何点かな~」
「何を言ってるんだ?」

歌い切った慶介が楽しげにつぶやく言葉に、僕は首をかしげる。

「知らないのか? これ採点機能がついてるんだ。点数が出るんだぜ」
「そうなんだ」

本当にすごいなと心の中で感心していると、結果が表示された。
点数は47点。

「くそー、50点越えずか。次は浩介の番だな」
「それじゃ失礼して」

僕はマイクを慶介から受け取ると、先ほど入れた曲を歌う。
曲名は『月に叢雲華に風』だ。
知っている人は知っている、知らない人は知らないというある種のマイナーな曲で、しょっぱなから歌わなければいけない。
ちなみに、女性ボーカルだったりする。

「最初の曲で女性ボーカルか。やるな~」

慶介から感心したような声が送られるが、それを無視する。

(機械だから性別は考慮しない。とすれば、音程のみか)

そう推測を立てた僕は、高得点を取るべく音程の方に気を付けて歌っていく。
やがて、僕は曲を歌い切った。

「さてさて、浩介の点数は何点かなかな?」

興味津々に結果を待つ慶介をしり目に、僕はいつの間にか届いていたお茶を飲む。

「げっ!?」
「ん?」

慶介が引き攣ったような声を上げるので、僕は視線を大型テレビの方に向けた。
そこには97点という数字が出ていた。

(満点が取れなかったのは残念だが、まあ我慢しよう)

高得点には変わりないのだから。

「ど、どうして女性ボーカルの曲をこんな高得点で?! やっぱりお前は天才なのか!!」
「何を言ってるんだ? 素質もあるだろうが、僕はただレスポンスをしただけだ」
「れすぽんす?」

わけのわからないことを喚く慶介に、僕は首をかしげながら返した。

「つまり、相手の要求を推測してその通りに歌うということだ」
「それって、機械が何を望んでいるかということか?」

察してくれた慶介の問いかけに、僕は頷くことで答えた。

「こういう機械は歌い手の音程や伸びなどで採点している。だから、そこを意識して音程を一定にし、伸ばすところを伸ばし締めるところを締めるようにすれば点数も自然と上がるだろ」
「そうか? それじゃ、俺もやってみよう」

そう言うや否や慶介が再び歌ったのは、最初に歌った曲だった。

(まあ、高得点を取るためには、リズムの方も大事なんだけど)

それが素質の方になってくるわけだ。

(所詮カラオケは遊びだし、そこまで高得点にこだわる意味もないしね)

カラオケのような遊びは、楽しんだもの勝ちだ。
ならば、下手なことを教えない方がましだろう。
そんなことを考えていると、慶介は歌い切ったようだ。

「うおッ!? 初めての高得点!」
「なかなかやるじゃないか」

慶介がとった点数は69点だった。
高得点かどうかは知らないが、飛躍的に上がっていた。

「ありがとう浩介! これで人前で歌っても恥ずかしくないぞ!」
「そ、そうか。それはなにより」

点数が少し上がったくらいで喜びの声を上げる慶介に、僕は少しばかり圧されながら相槌を打った。

「さすが、コンクール優勝のMVPだな」
「それを言うなと前にも言ったはずだが?」

桜高祭で開かれた歌自慢コンクールで僕のクラスは優勝の成績を収めたらしい。
そのMVPが僕であることを知らされたのが桜高祭が終わってから少ししたときの話だ。

「悪い悪い。っと、そろそろ時間か。次行くぜ、浩介!」
「了解」

僕は渋々返事を返すと、カラオケ店を後にした。
滞在時間は約1時間だった。










「次はここだ!」
「ここってゲームセンターか」

慶介に連れてこられたのはゲームセンターだった。

「さあ、行くぞー」

そしてゲームセンター内に入った僕たちは中を歩き回る。

「これの対戦はどうだ?」
「別にかまわないけど、やり方知らないぞ?」

一つのゲーム機の前で立ち止まった慶介の提案に、僕は肩をすくませる。

「大丈夫簡単だから。それにここに書いてあるし」
「えっと……赤いノートが来たら面を叩く……リズムゲームか」

やり方も簡単そうなので、僕にでもすぐにできそうだった。

「難易度は簡単から鬼まであるんだ」
「そうだぞ。俺は普通で行くから、浩介は簡単なレベルにしろよ」

慶介のアドバイスを無視して、僕は慶介が選んだ曲の最高難易度を選んだ。

「うげ!? お前、始めてやるのに何最高難易度を選んでるんだ?!」
「別にどの難易度を選ぶかなんて、人の自由でしょ。それに、曲始まるよ」
「うおっ!? 危ねえ危ねえ。負けても文句言うなよ!」

曲が始まりノートが流れ始めたため、慶介は画面に顔を向けながら叫んだ。
このゲームは一定のラインまでゲージをためないと、クリアにならないシステムのようだ。

(すごい密集度。でも、余裕だな)

流れてくるノートは非常に密集していてこんがらがりそうだが、それほど苦にもならないレベルなので捌ける可能性が高い。

(母国ではこれよりも密度の濃い弾幕を避けてるんだから!)

僕は次々にノートに対応した面を叩いていく。
その結果……

「う、嘘だろ。初プレイで最高難易度で最強と言われた曲をノーミスでクリアしやがった」

ミス一つせずクリアすることができた。
しかも何気にランキング1位になっているし。

「慶介」
「な、なんだ?」

目を瞬かせている慶介に、僕は尋ねた。

「もっと難しいの無い?」
「お前は化け物か!!」

僕の問いかけに、慶介からそんなツッコミを入れられてしまった。

(うーん、僕としてはノートが流れてくる速度が少し遅く感じるから、速いのがないかなと思ったんだけど……自重するべき?)

その後も慶介とゲームセンターでいろいろなゲームをプレイした。
格闘ゲームやレースゲーム等々、ほとんど僕が買っていたような気がするがとても楽しかった。

「最後にこいつをやるぞ!」
「これはクレーンゲームか」

慶介が指差したのは前に唯たちが遊んでいたクレーンゲームだった。
尤も、ここではないが。

「これ前からとりたかったんだよな」
「ふーん」

見ればアニメでやるロボットのフィギュアだった。

(こういうもののどこがいいんだか)

僕にはそれの良さがあまり分からなかった。
一番わからないのは、

「くそ~、今日もダメか!」

熱中する慶介の方だが。

(まあ、たまにはいいか)

「退け」
「うわ!? 押すなよ」

慶介を軽く突き飛ばして、お金を投入する。
そして、ボタンを操作してクレーンを操作する。

(ターゲットを落とすためには、急所を突けばいいだけ)

少しだけずるをして、僕はそのポイントを見極めることにした。
一回目を閉じて再び開くと、ターゲットの状態が事細かに見えてくる。

(見つけたっ!)

その中で、安定に要する力が最も強い場所を導き出した僕は、その場所を狙ってクレーンを操作して力のバランスを不安定にさせた。
その結果、箱はそのまま取り出し口に落下した。

「ほい。駄賃だ」
「さんきゅー、やっぱり浩介はすげえな」

戦利品を慶介に手渡すと、慶介は喜びをあらわにした。
こうして、僕たちはゲームセンターを後にした。





オレンジ色の明かりに照らされる建物は、今が夕方であることを物語っていた。

「満足したのなら、僕は帰るぞ」
「ちょっと待てって」

駅に向かって歩き出そうとする僕の腕を掴んで引き止める慶介に、僕はため息をつきながら振り返った。

「なんだ?」
「今日、母さんが仕事で家に帰ってこないんだ」
「……で?」

慶介の言わんとすることがわからず、僕は先を促した。

「俺の家に泊まってかねえか?」
「…………」

慶介の提案に、断ろうかと思ったが断っても連れて行かれそうな予感がした。

「オーケー。ご招待されましょう」
「よしっ。そうと決まれば―――」
「その変わり着替えとかを持ってくるからいったん家に戻る」

慶介の言葉を遮って、条件を告げるように慶介に言い放った。

「一緒に行くか?」
「僕は方向音痴ではない。一人で十分だ。あとから行くから待ってて」

同行しようとする慶介に断りを入れた僕はそのまま駅に向かって歩き出す。
今度は引き止められることはなかった。










「やれやれ、僕は何をやってるんだ?」

自宅から着替えなどの泊まるのに必要最低限のものをカバンに詰めて慶介の家に向かう中、僕はため息交じりにつぶやいた。
自分にはやらなければいけないことがある。
ならば、このような遠回りをしている暇はないはずだ。
それなのに、

(これが無駄には思えない。何らかの意味がある)

そのように思えてならないのだ。
相手はただのバカが付く男だ。
失礼だが僕の悩みが解決できるような存在には思えない。
それでも、僕は可能性に賭けてみることにした。
そう結論を出したところで、慶介の家が見えてきた。
僕はチャイムを鳴らした。

「やっと来たか。さあ、入って入って」
「お邪魔します」

慶介に招き入れられた僕は、慶介に促されるまま中に入っていった。
案内されたのはリビングだった。

「これはすごい……」

テーブルの上に用意されたのは色々な料理だった。

「俺が作ったから、味の保証はできないけど」
「これを慶介が作ったというのか!?」

ハンバーグなどもあり、到底慶介が作ったとは思えなかった。

「そうだけど……そこまで驚くことか?」
「失礼」
「まあいいや。早速食べようぜ」

僕の謝罪に、慶介は追及をやめてそう言いながら席に着いた。

「それじゃ」

僕も慶介の対面に腰掛ける。

「いただきます」
「いただきます」

僕たちは手を合わせて声を上げると、料理に手を付けた。
まずはハンバーグだ。
ナイフで一口サイズにするとフォークでそれを口の中に入れる。

「む……」

(こ、これは!?)

「ど、どうだ?」
「おいしい。本当に」

緊張の面持ちで味を聞いてくる慶介に、僕は本当のことを答えた。
やわらかく、噛んだ瞬間にうまみが口の中に広がるそれはまさに芸術と言っても過言ではなかった。

「そうか。口に合ったみたいで何よりだ」
「こっちも、こんなにおいしいハンバーグ、久々に食べた」

母さんが作ったものには遠く及ばないが、それでも十分においしいことに変わりはなかった。

(色々と損しているよ、お前は)

それが僕の感じた慶介への心証だった。
この一面を出せれば、それこそ慶介は女子にもてるだろう。

(本当、僕にはもったいない友人だよ)

自分の愚かさを再び思い知らされた瞬間でもあった。





「お風呂あがったよ」
「おう、お疲れさん」

最後にお風呂に入り終えた僕は、慶介の部屋に戻っていた。
慶介曰く、今日はここで寝ろとのこと。
既に床には布団が敷かれていた。

「もう寝るぞ。明日も学校だ」

時間にして午後9時。
もう寝る時間だったため、僕は慶介に提案した。

「くそー、浩介と話をしたかったが寝ながら話すとするか」
「はいはい。御託はいいから明かりを消して」

僕は布団にもぐりこみながら部屋の主である慶介に、明かりを消すように頼んだ。

「わかった。それじゃ、消すぞ」
「おう」

そして明かりが消え、あたりは真っ暗になった。
横のベッドから人の気配がする。
どうやら慶介もベッドに入ったようだ。

「なあ慶介」
「なんだ?」

僕は慶介にあのことを問いただすことにした。

「この間の新歓ライブの前に、言ったよな? 苦情が来たので僕たちに演奏する曲を変えるように」
「ああ。確かに言った」
「その苦情は本当にあったのか?」

僕は直球で尋ねた。

「……」

慶介は何の反応も示さなかった。

「知り合いにそう言うのに詳しいやつがいてね。そいつに調べてもらったんだ」
「真鍋さんか」

思い当たったのか慶介は真鍋さんの名前を口にした。

「そう取ってもらっても結構。それで、その結果そのような電話やメール郵便物などはなかったらしい。慶介、お前はどうやって苦情を受けたんだ?」
「………」
「直接か? ならば名前は? 連絡先は? 年齢は? 性別は?」

僕の問いかけに、慶介は口をつぐんだまま答えようとはしない。

「もしくは、軽音部への嫌がらせか?」
「は?」

僕のその言葉に、ようやく慶介が反応を示した。

「あの時期に変更されたら最悪の場合は新歓ライブは失敗に終わる可能性があった。それを見据えて嘘の通達を出したのだとすれば、それは妨害ともいえる」
「冗談じゃない! 俺はそんなことはしない!」

僕の言葉に、慶介は初めて怒鳴り散らすように反論してきた。

「俺はただ、浩介への恩返しのつもりで………」
「恩返し? 僕はお前に恩を売ったつもりもないし、あったとしても、そんな恩返しは不要だ!」

慶介が漏らした言葉に、僕はきっぱりと断りを入れた。
僕には慶介の言う恩と言うものが何なのかがよくわからなかったが。

「にしても意外だな」
「何がだ?」

今度は僕が聞きかえす番だった。

「浩介が、軽音部のことにそこまでムキになるなんて」
「それは嫌味のつもりか?」
「いや。軽音部をやめようと考えている奴のセリフじゃないからつい」

慶介のその言葉で、すべてがわかったような気がした。

「なるほど、退部届けを盗み出した下手人は、お前だったか」
「なんだ、ばれてたのか」

僕の言葉に、慶介はため息交じりにつぶやいた。

「ばれてないと思うお前のその神経がすごいよ」
「まったくだ。それで、何があったんだ? 彼女たちと」

今度は慶介から問いただされる番だった。
僕は天井を見ながらゆっくりと口を開く。

「こんなはずじゃなかったんだ」

一度口に出してしまえば、後は芋づる式だった。

「自分が爆弾だということも、自分の置かれている立場も理解しているつもりだった。それでもずっとこのままで行けると思っていた」
「…………」

慶介は無言で僕の話を聞いていた。

「勝手に隠して、勝手に爆発して………全ては僕自身のわがままから始まってるってことも。そのせいで唯たちを苦しませていることも」
「そうか。いろいろ大変なんだな」

僕が話し終えると、慶介は静かに相槌を打った。

「DKとしての顔と、ただの生徒としての二つの顔か。どこか俺にも通じるところがあるな」
「そうだな………おい慶介。今なんて言った?」

普通に相槌を打った僕だったが、慶介の口から聞き捨てならない単語が聞こえたような気がしたので、僕はもう一度尋ねた。

「だから、DKとしての顔と、ただの生徒としての二つの顔か。どこか俺にも通じるところがあるな」
「………………ど、どうして」

驚きで声がうまく出せない。
まるで金縛りにでもあったかのように体が動かなかくなった。

「どうして……いつから知ってるんだ?」

それでもようやく僕は疑問を口にすることができた。

「最初に会った時から」
「それって………冗談だろ」

慶介の答えに、僕は信じられなかった。
あの時の慶介の様子は、僕のことを知っているというものは見られなかった。

「まだはっきりとはわかってなかったからな。でも、桜高祭のコンクールではっきりした」
「だからしつこく僕を参加させようとしたのか」

慶介のあの時のしつこい勧誘の真意をようやく僕は理解できた。

「声質は変わっていたけれど、歌い方とかはDKとそっくりだった。前に、歌番組で大物歌手と採点勝負をしたことがあっただろ? あの時も浩介は99点という高得点を出して優勝してたし」
「……よく御存じで」

数年前……僕がイギリス留学をする直前に、テレビ局の方から出演依頼があった。
それが大物歌手と歌で勝負をするという内容だった
そこで僕は大物歌手を堂々破り優勝の栄誉を手に入れたのだ。

「そりゃ知ってるさ。だって……」

慶介はそこで言葉を区切った。
そしてこう告げた。

「俺は、DKの………浩介のファンなんだから」

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第44話 親友

「はぁ……」

あれからもう三日経った。
今日もギターケースを持たずに学校に朝一で来ていた。
これまでの輝きはすっかりと損なわれていた。
出てくるのは今のような溜息のみ。

(梓の気持ちがなんとなくわかるよ)

きっと梓もこんな気持ちだったのかもしれない。
考えれば考えるほどわからなくなり、思考はどんどん沈んでいくばかり。
その要因は、田中さんから出された課題も絡んでいた。

――”軽音部の連中に、自分がDKであることを打ち明けること”――

それが、課題だった。
確かに、合理的な課題だった。
自分の正体を明かせるというのは、かなりの信頼がなければできないことだ。
しかも僕はいまだに山中先生以外に正体を明かしたことはない。

『元々名前に偽名を使うようになったのはお前の指示だ。ミステリアスで人気を得ようとする意図がないことくらいは分かっている。それならば、お前の一存で話しても構わない』

それが田中さんの話だった。

「おーっす! 今日もテンション低いなっ!!」
「……………」

三日前からいつもの二割増しでテンションを高めて声を掛けてくる慶介だが、僕はそれに返事を返す気力は全くわかなかった。

「あの、お願いですから。反応してくだせぇ! この通り!」
「…………」

土下座をする慶介が、かわいそうになり僕は無言で席を立った。

(もう少しだけ待って)

まだ話をする気分ではない。
でも、少しすればこの間と同じように話をすることができるようになるはず。
………それがいつなのかはわからないが。
今日も僕は絶賛暗闇の中に迷っていた。

「高月」
「あ、小松先生」

ぶらぶらと歩いていると小松先生と鉢合わせになった。

「ちょうどよかった。お前にこの間の課題を返却するところだったんだ」
「そうですか。ありがとうございます」

小松先生から真っ白な紙を受け取った。

「それでは」

僕は小松先生に一礼してその場を後にする。

(これって、調査報告書か)

少し歩いたところで、中身を確認した僕はそう判断した。
それは、二か月ほど前に小松先生に依頼した新歓ライブの数日前に連絡をした人物とその内容の調査の報告だった。
実は、小松先生こそが僕を陰から支援する”工作部隊”の人間なのだ。
見事に学校の教師として溶け込んでいるので、配置を知らない限り気づかれることはない。

(家で確認するか)

僕はそう考えて、報告書を内ポケットにしまうのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「はぁ……今日もダメか」

浩介が去った教室で、俺はため息交じりに立ち上がる。

(この頃考え込んだりすることが多くなってたから心配してたら案の定か)

浩介の様子がおかしいことは、薄々ではあるもののわかっていた。
何度もしつこく話しかけ続けていたのは、それが理由でもあった。
最近は無視されるようになったが。

「…………」

そんな俺の目の前に、浩介のカバンが見えた。
浩介は教科書などを机に入れることはない。
机に入っているのは暇つぶし用の本のみだ。
ちなみに、俺は1行読んで挫折した。
つまり、浩介の異変の原因の手掛かりがもしかしたら鞄の中に入っているかもしれない。

(ギターを持ってきていないのも気になる)

三日前からギターを持ってこなくなった浩介に理由を尋ねたところ、”ちょっとな”としか答えてくれなかった。
浩介の異変は軽音部とかかわりがある。
そんな気はしたが、それを裏付ける根拠がなかった。

(後で謝ろう)

俺は、浩介に怒られるのを覚悟して浩介のカバンを机の上に置くとチャックを開けて中身をあさる。
中には教科書やノートなどの勉強道具しか入っていない。

(はぁ、やっぱり優等生タイプだよな)

俺のカバンの中身とは大違いの内容物に感嘆の声を心の中で上げる。

「ん?」

そんな中、ふとある物を見つけた。
俺はそれをカバンから取り出す。
それはどこにでもある普通の茶封筒であった。

(………怪しい)

浩介がこのようなものを持っていること自体が怪しかった。
前に楽譜のようなものを持ってきたことはあったが、その時もクリアファイルに挟んでいた。
封筒に入れるというのは、浩介にしては不自然すぎる。

「鞄は元に戻しておこう」

浩介に見つかりづらくさせるべく、俺は鞄のチャックを閉めると浩介の席から離れ、自分の席に戻った。

「一体なんだろう」

自分の席に腰掛けた俺は、浩介のカバンの中に入っていた茶封筒の中から一枚の紙を取り出した。
そして俺はそれを開いて中身を確認する。

「なっ!?」

思わず大声で叫びそうになったが、何とか堪えることができた。
俺は慌てて周囲を見渡すが、特に視線は感じなかった。
普段のキャラづくりが幸いしたようだ。
ほっと俺は胸をなでおろすと再び視線を紙に戻す。

(いったいどうしたというんだ。浩介)

俺は『退部届け』を手に、心の中で友人の浩介に問いかける。

「やれやれ、ここは親友の俺の出番というわけか」

自称だが、それでも俺は浩介の力になりたい。
それが、俺にできる唯一の~恩返し・・・なのだから。


★ ★ ★ ★ ★ ★


放課後、軽音部部室。
いつものようにお菓子やティーカップが各人の前に置かれ、ティータイム真っ只中であったが、いつもの活気はなかった。

「今日も来ませんね。浩介先輩」
「………」

ぽつりとつぶやいた梓の言葉に、返事はなかった。
全員が視線を机に向けているだけだった。

「休み時間に、浩介先輩のクラスの教室に行ったんですけど……」
「………私も。朝に浩君のクラスに行ったけど会えなかった」

梓の言葉に導かれるように唯も続いた。

「そもそも、どうして浩介はああなったんだろう?」

腕を組みながら、浩介が突然怒り出した理由を考える律。

「律が何かしたからだろ!」
「そうですよ! 律先輩の言葉の後で怒りだしたんじゃないですか!」

そんな律に澪と梓が詰め寄る。

「なっ!? 私だけのせいだって言いたいのかよ!」
「お、落ち着いて。澪ちゃんと梓ちゃんも」

澪と梓の言葉に、律は椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がる。
ムギは三人を落ち着かせようとなだめる。
軽音部は空中分解の危機を迎えていた。

「っ!? 浩介?!」

ドアの開く音に、全員が出入り口であるドアの方に視線を向ける。

「なんだなんだ、騒がしいな~」

そこに煮立っていたのは、軽快に笑いながら部室に入る慶介の姿だった。

「あ、あの先輩。あの人は?」
「あー、彼はだな―――」

突然登場した慶介のことを知らない梓が尋ね、それに応じようと律が口を開いた瞬間だった。

「お、日本人形みたいに可愛い後輩発見!」
「へ?」

梓を指ざしながら告げられた言葉に、固まった。

「確保~ッ!!」
「きゃあああああ!!!?」

そして突進をしながら自分の下に向かってくる慶介に、梓は大きな悲鳴を上げた。
だが、結局慶介は梓の横をすり抜けていった。

「ふーむ。こうすれば浩介だったら駆けつけそうな気もするんだが。無理だったか」
「えっと、何の用?」

顎に手を当てて考え込む仕草をする慶介に、律が用件を尋ねた。
ちなみに梓はちゃっかりと慶介から距離を取っていた。

「その前に自己紹介を」

そう口にすると、慶介は咳払いをした。

「俺は佐久間慶介。自称、浩介の親友さ!」
「え、えっと。中野梓です」

梓に向けてされた自己紹介に、梓も応じるように自分の名前を告げた。

「それで、用件なんだけど……」

慶介はいったんそこで言葉を区切る。
その表情にお茶らけた雰囲気はなかった。

「浩介と何があったんだ?」
「ッ!」

佐久間の問いかけに、全員が肩を震わせた。

「教えてほしい。何があったのか」
「……………」

慶介の頼みに、唯たちは終始無言だった。

「実はね」

その沈黙を破ったのは唯だった。
そして、三日ほど前の一件が語られた。

「なるほど」

話を聞き終えた慶介は、静かにつぶやいた。

「それで、こいつになるわけか」
「それは?」

慶介がどこからともなく取り出した茶封筒に、紬が首をかしげながら問いかける。

「浩介が持っていた奴だ」

そう言いながら、慶介は封筒を机の上に置いた。
それを唯が手にすると封筒を開けて中に入っていた用紙を取り出し、それを広げる。

『なっ!?』

その用紙を目にした唯たちは驚きのあまり言葉を失った。

「た、退部届ってどういうことだよ!?」
「浩介先輩や、辞めちゃうんですか!?」
「いや、俺に訊かれても。俺はただ勝手に持ってきただけだし」

今にも掴み掛らんばかりの勢いで問い詰める律と梓に、慶介は落ち着くようにジェスチャーを送りながら答えた。

「勝手にって、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫じゃね? 今までばれなかったし」
「何となく、この後にどうなるかが分かるような気がする」

浩介の荷物を勝手に持ってきた慶介の未来が見えた澪は、視線をそらしながらつぶやいた。

「浩君が辞めるなんて嫌だよ!」
「私もです!」

唯が立ち上がりながら声を上げるのに続いて梓も声を上げる。

「私も絶対に嫌だ」

それにムギが続く。
後の二人は声を上げなかったが、何度も何度も頷いていた。

「浩介って、自分のことを話したりしたか?」
「………一人暮らしで、DKっていう人の知り合いだということは話していたような気がする」

(なるほど、そういうことか)

唯の答えに、慶介は事の原因を悟った。

「俺から言える最善の解決策はただ一つ」
「それって、なんですか?」
「それはずばり、話し合うことだっ!!」

自信満々に口にした慶介の解決策に、全員が机に突っ伏した。

「あれ?」
「それはすでに試みようとして失敗してるんだよ」
「教室に何回か行ってみたんだけど、浩介君と会えなかったの」

すぐさま姿勢を戻した澪が説明し、それに補足するように紬が教室に向かっていたことを告げた。

「だったら、あいつの家前行けばいいんじゃないのか?」
『え?』

慶介の提案に、全員がどういう意味と言わんばかりに首をかしげた。

「家だったらさすがに会えるだろうし」
『あぁっ!?』

(本気で忘れてたのかよ)

一番当たり前のことを忘れている軽音部のメンバーに、慶介は心の中で苦笑する。

「ま、がんばって」
「あ、ちょっと!」

とりあえずやることはやったと思った慶介は、そのまま部室を後にしようとするとその背中に声が掛けられる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

お礼を言った唯に、慶介はそう返すと今度こそ部室を後にした。

『よぉし、これから浩介の家に行くぞー!』

(これで明日には元通りだな)

そんなことを考えながら、慶介は階段を下りていくのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「はぁ。今日もダメだったか」

僕は自室で深いため息をつく。
今日も考え続けはしたものの、結局答えは出なかった。
もうタイムリミットは迫ってきている。
さすがにこれ以上悩むのに時間をかけるのはまずい。

(とは言っても、あの課題をクリアするなんて)

田中さんの課題が予想外の重荷となっていた。

「あ、そう言えば。小松から調査結果を渡されたんだった」

僕はふと、偶々朝に合うことができた小松先生から手渡された、課題に偽装された報告書を手にする。
それは、梓が軽音部に入部した際に頼んだ調査に関するものだった。
僕は報告書に目を通す。

「短!?」

報告書の内容は意外にも短かった


―――

調査内容:4月の指定期間における電話の着信履歴および内容

結果:依頼内容の通話内容を特に確認できず。
   郵便物等を精査したが依頼内容の要件を確認できず。

―――


簡単な内容だったが、非常にわかりやすいものだった。

(つまり、慶介の言っていた連絡はなかったということか)

だとすると、浮かび上がる疑問は一つ。

「何で、慶介は連絡があったなんて言ったんだろう?」

工作部隊の人間の調査能力は非常に高い。
この調査報告書もそれだけに信憑性が高いのだ。
だとすると、うそをついたのは慶介の方になる。

(まさか、曲目を急に変えさせることで、軽音部のライブを妨害しようとした)

どう考えても慶介の方にメリットがない。
だが、気になったことは調べないと気が済まない。
僕は右腕を前方にかざすと握りしめていた手を開くようなしぐさをする。
そして何もない空間にホロウィンドウを表示させると、工作部隊の方に連絡を入れる。

『はい。どうされましたか? 大臣』
「佐久間慶介に関する情報を集めて。主に彼とのつながりや交友関係、家族の名前全てを」
『了解しました。失礼します』

通信の相手はそう告げると通信を切った。
そして待つこと数分。

「もう来た」

ホロウィンドウに新着メッセージを告げる表示が現れたので、僕は調査能力の高さに驚きながら結果を確認する。

「それほど多くないな。とりあえず、一人ずつ検索をかけるか」

そうつぶやいた僕は現在展開しているウインドウの横に同じサイズのホロウィンドウを展開する。
画面には入力欄と検索のボタンが配置されている。
それは魔法連盟が管理する魔法使いのデータベースである。
魔法使いと認識されると、必ずこのデータベースに登録されるようになっている。
主な内容は生年月日や年齢はもちろんのこと、生体パターンや魔力パターン、指紋に声紋等々様々だ。
これも魔法犯罪を抑止し、早期解決に導くために必要なものでもある。
僕はそこに先ほど届いた慶介にかかわりのある人物の名前を入力し、検索をかけるが一致する名前は出てこない。
当然慶介自身もだ。
だが、全員一致はしなかった。

(ということは、魔法関係ではない)

魔法関係であれば、僕への逆恨みで妨害するという行為も考えられるがそうでないとすると、見当が全くつかなかった。

「………はぁ」

この日、何度目かのため息をつく。

【マスター、ため息をつくと幸せが逃げますよ?】
「うお!?」

突然響いた女性の声に、僕は驚きのあまりのけぞってしまった。

「クリエイトか」
【さすがにその反応はひどいですね】
「ごめんごめん。クリエイトと話すのが久しぶりだったから」

若干怒っている声色に、僕は苦笑しながら謝罪の言葉をかけた。
今僕が話しているのは、首にかけているネックレスだ。
名前をクリエイトと言い、魔法を使う際の相棒でもある。

【マスターが話せないようにしたんじゃないですか】
「そうだったね。でも、今は話せてるみたいだけど?」

魔法という文化のない世界でいきなり誰もいないはずの場所から声がしたら大騒ぎになること間違いナシ。
そんなわけで話せないように封印をかけたのだが、なぜか普通にクリエイトは話をすることができる。

【実は一昨日から封印魔法が弱まっているらしく】
「魔法が? ……そういうことか」

魔法というのは精神状態に密接に関係している。
詳しい理由はまだ明らかにはなっていないが、不安定な精神状態になると魔法の質も不安定になるらしい。

(つまり、僕はそれほど精神状態が不安定なんだ)

どうやら、僕は自分でも知らないところまでひどいことになってるらしい。

「クリエイト」
【はい、何ですか? マスター】

僕はクリエイトに呼びかける。

「いつものあれ、良い?」
【もちろんです。この御心は我が主の名の下に】

僕の問いかけの意味が分かっているようで、クリエイトはそう答えると一瞬光を発して一本の杖となりぼくのまえに浮いていた。
先端が槍のようになっている紫色の杖だった。

【さあ、お乗りください】
「ありがと」

クリエイトに促されるまま、僕は杖に腰掛ける。

【認識阻害魔法をてんかいしてますから、いつでも大丈夫ですよ】

手際のいいクリエイトの行動に、僕は心の中で苦笑した。
ちなみに、認識阻害魔法というのは、自分という存在を相手からは存在しない物にするという魔法である。
簡単に言えば透明人間になったようなものだ。
透明人間との違いは、声を上げれば誰かにそこにいることがばれるが、この魔法は声を上げても”声すらも存在しない”ことになるため聴きとられることはない。

「それじゃ、出発!」

そして僕は窓から外に出ると、そのまま上昇を始める。
空は黒のベールが徐々に包み込み始めている。
もう少しすれば日が沈むような時間帯だ。
そんな中を、僕は優雅に飛んでいた。
一定の高度に達すると上昇を止める。

「いつみてもいい景色だ」
【そうですね。特等席ですね】

どこかの高い建物の屋上に行かなければ見ることはできないであろう光景を、僕は今堂々と見ているのだ。

「…………」
【マスター】

そんな光景を見ながらどうしようかと考えていると、クリエイトから声が掛けられた。

【私はいつでもマスターの味方です】
「…………ありがとう。クリエイト」

クリエイトの言葉に、左手で撫でながらお礼を言った。
なんだかんだ言ってもクリエイトとはかなり長い付き合いなのだ。
その言葉が本当のことか否かくらいは、簡単にわかった。
それからしばらく空中散歩を満喫した僕たちは下降していくと自室に戻るのであった。
何となくではあるが、がんばれそうな気がした。

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第43話 崩壊

―――孤独とは何か?

そのような問いかけをされて、すぐに返すことはできるだろうか?
僕の場合は全く想像ができない。
”一人でいること”
それがきっと僕が出す答えのような気がする。
孤独とは、森の中より町の中にも存在するとまで言われているが、僕はもしかしたらそれに該当するのかもしれない。

(何で僕が孤独を感じるんだ?)

無視をされているわけでも、話に加わっていないわけでもない。
それでも、もし疎外感が孤独だと思っている原因だとしたらどうだろうか?
自分と軽音部の皆との見えない距離感が、僕に孤独だと思わせている要因だとしたら。

(馬鹿馬鹿しい)

僕は自分の考えを一蹴する。
それには確信があったからだ。

(いい演奏をするには、お互いの信頼関係が必要)

お互いが信頼し合い、楽しんで演奏をすることこそがいい演奏をするための条件の一つだ。
音合わせをしたのは4月以降ないが、疎外感を感じていたのでは決してできない演奏だったはず。
だからこそ、ありえないのだ。

「きっと、遅めの五月病だろう」

そう言うのは普通は新入社員や入学生などがかかりそうな印象があるが、僕ならば十分にあり得る。

(家に戻ったら五月病克服の方法でも調べるか)

僕はそんなことを考えながら屋上を後にする。
戻る際も周囲に目を配る。
誰も見ていたりする人がいないのを確認した僕は、屋上から出ると元通り鍵をかけておくことにした。

「あ、浩君!」
「早くしないと、お菓子食っちまうぞ~」
「なっ!? それはいくら何でも横暴だ!」

部室に戻った僕はいつものように話に加わっていく。
この時に気が付いておくべきだった。
目に見えないひびが、徐々に徐々に広がっていることに。










「………」

異変に気付いたのは、それから数日後のことだった。
僕は自室で一人練習に励んでいた。
いや、励もうとして”いた”と言ったほうが正しいかもしれない。

「どうして?」

僕はポツリと疑問の声を口にした。
当然、この部屋には僕しかいないので答えが返ってくることはない。

「どうしてだよ」

それでも問いかけずにはいられなかった。

「どうして、弾けないんだっ!」

僕は大きな声で叫んだ。
いつものように練習をしようとした僕はアンプにつながずに軽く演奏をすることにした。
だが、ピックを持つ右手は、まるで石のように動かないのだ。
右手を動かしてみるが普通に動く。
そのままピックを持ってストロークをしようとすると動かなくなるのだ。

「どうしたんだ、一体」

自分の体の変化に、僕は戸惑っていた。
これまでスランプになった時期があった。
今後どうやっていくべきか悩んだ時もあった。
その時でも、ギターが弾けなくなるということは、これまで一度もなかった。

「ここは落ち着いて、深呼吸」

気が焦る中、僕は冷静さを取り戻させるべく深呼吸を数回繰り返した。

「よしっ」

僕は気合を入れてもう一度ギターを弾くべく右手をストロークさせた。
すると、今度はちゃんと動き、開放弦の音色が響き渡った。

(良かった)

しっかりと動いている右手に、胸をなでおろしながら僕は練習をしていくのであった。

(でも一体なんだったんだろう?)

そんな疑問を残して。





そして、翌日のこと。

「おっす、浩介!」
「お前、いつも馬鹿みたいにテンションが高いよな」

早く教室に来ていた僕に、いつもと同じくハイテンションであいさつをする慶介に、僕は呆れながら返した。

「テンションが高ければ、今日も一日ハッピーデー★」
「……………あんた、そのバカげた内容の話を僕とすることにどんな意味があるんだ?」

しょうもない内容の話ばかりしている慶介に、僕はそう尋ねずにはいられなかった。
一日に3,4回は言っているような気がする。

「特に意味はない!」
「威張るな」

あまりにも堂々と応える慶介に、僕は頭を抱えたくなった。

「まあ、浩介と話をすること自体が、俺にとっては意味があるけどな」
「……? それはいったいどういう―――」

慶介の引っかかる言い回しに、詳しいことを聞こうとしたところに、予鈴が鳴り響いた。

「おっと、席に着かないと」
「…………」

そう言いながら自分の席に向かっていく慶介を、僕はただ黙って見送るだけだった。
結局、言葉の真意を知ることはできなかった。










「よぉし、今日は練習するぞ~!」
「「おー!」」

この日はようやくまともな練習をすることとなった。

「当分の間、唯はリードのままであずにゃんはリズム、僕はバッキングの方でどう?」
「私はいいよー」
「私もです」

僕の提案に、二人は頷いた。
とりあえず様子を見ながら演奏をしていき、大丈夫そうならばあずにゃんと僕のパートを演奏途中で入れ替えたりなどの遊びを入れてみるのもいいかもしれない。

「それじゃ、まずはふわふわからな。1,2!」

律のリズムコールで演奏が始まる。
最初は唯のギターパートから始まり続いて僕たちのパートも演奏を始める。
冒頭はあずにゃんと同じリズムギターパートなので、それほど変化はないがボーカルに合わせたバッキングという点では大きく変化している。
いかにほかのパートやボーカルをつぶさないように演奏をするか。
それが僕のパートには求められる。
簡単そうに見えて難しいのがバッキングなのだ。
それはともかく、僕は弦を弾こうと右手をストロークさせようと力を込めた。

『それに、浩介先輩の演奏の方法がDKさんと同じなんです』

(ッ!?)

ふと頭の中に、梓の声が響いた。
その声は僕の身体をまるで石のように固める。
それは、先日感じたあの感覚だった。
そんな僕の醜態に、演奏が中断された。

「どうしたんだ?」
「え? あ、ごめん。ちょっとボーっとしてただけだから」

澪の問いかけに、僕は謝りながら応えた。

「ボーっとしているって、なんだか浩介らしくないよな」

――――――チク

律の苦笑交じりの言葉に、再び胸が痛む。

「そうだよね。浩君はいつも”ずっしり”としているのにね」

―――チク

「それを言うなら、”びしっと”だろ」
「はっ!? それだ!」

唯のボケに、澪がツッコむ。

「よし、もう一回初めから行くか」

その律の掛け声で、もう一度最初から演奏することになった。
唯が弦を弾いて軽快な音を奏で、それに続いて僕と梓ギターの音色が加わる。

『それに、浩介先輩の演奏の方法がDKさんと同じなんです』

(っく!)

再び頭の中に響き渡る梓の声。
僕はそれを無視しながら弦を弾いていく。
今度は歌い出しまで演奏することができた。
だが、頭の中では梓の声が雑音のことく響き渡り続ける。
それはまるで呪縛のようにも感じられた。

(うるさい、うるさい、うるさいっ!!)

頭を振って声を追い出そうとするが、追い出すどころかさらにボリュームを増していく。

(僕の頭の中から、出て行けよ)

「出て行ってくれぇぇッ!!」

ついに力の限りに叫び声をあげるのと同時にストロークさせている右手の力加減を誤り、弦自体をすべて切ってしまった。

「のわっ!?」
「み、耳が?!」

そのせいで、凄まじい爆音が部室中に響き渡り、全員が耳をふさぐ。

「はぁ……はぁ」
「こ、浩介先輩!?」
「だ、大丈夫か?」

体中の力が抜け地面に座り込む僕に、梓と澪が駆け寄ってくる。
それに少し遅れるように、ムギと唯に律も歩み寄ってくる。

「どうしたんだよ。本当に大丈夫なのか?」
「ご、ごめん。大丈夫……だから」

謝りながら立ち上がろうとするが、腰が抜けたように力が入らない。

「いつもの浩介らしくないぜ」
「……っ」

律のその言葉がきっかけだった。
徐々にひびが入っていったそれは、ついに大きな音を立てて崩れた。

「ほら、捕まって浩介君」
「は、はは……」

出てきたのは、笑い声だった。

「浩介?」
「あはははは……」

突然笑い出した僕に、怪訝そうな表情を浮かべる律をしり目に、先ほどまで力が入らなかったのがまるで嘘のように立ち上がった。

「いつものってなんだよ」
「はい?」

笑い声の後に出てきたのは、自分でも驚くほど感情のこもらない声だった。

「いつもの僕っていったい何? お前は僕の何を知ってるんだよ?」
「こ、浩介先輩?」

律の下にふらふらと歩み寄りながら、問いかける僕に梓が怯えた声を上げる。

「ねえ、いつもの僕って一体何だよ?」
「え、そ、それは……」

後輩を怯えさせるのは最低な行為だと分かっていても、溢れ出す感情は止めることができない。

「誰も知るわけないじゃない。皆はどうせ、他人なんだからッ!!!」
「ま、待って!?」
「浩君~!」

力の限り叫んだ僕は荷物を持たず部室を飛び出した。
そしてただただ走り続けた。
それから先の記憶はない。










「ここは………」

正気を取り戻すと、僕は自分の家のリビングの床に座り込んでいた。

「いつッ!」

体を動かそうとするが、痛みが走った。

(もしかしなくても、筋肉痛?)

今の自分の状態が把握できた僕は、ため息を漏らす。

「全速力で走ったのっていつ以来だっけ?」

思い出そうとするが、10年以上前だったような気がする。

「まさかリミッター付きで全速力を出して走るなんて……」

窓を見ると、薄暗くなりつつあるので、かなりの時間走り続けていたのは間違いなさそうだった。

「はぁ……やってしまった」

そしてこみあげてきたのは深い自責の念。
自分のしたことはちゃんと覚えている。
感情に任せて叫ぶだけ叫んで部室を飛び出したのだ。

「どうしよう……」

天井を見上げながら、僕は問いかけた。
だが、当然答えなど返ってこない。

「とりあえず、夕食とお風呂に入ろう」

僕はそう思い立つと、夕食の支度を始めるのであった。
だが、結局食欲がわかず食パン1枚で済ませた。
お風呂も気が付けば上がっていた。

(何だか、やる気すら出ない)

いつもならば、色々とやるべきことに取り組む気力があったが、今はその気さえ湧いてこない。
一番ショックだったのはギターを弾きたくならなかったことだ。
ギターを見ただけで体が拒絶反応を起こすのだ。

「………これは末期だな。完全に」

完全にH&Pの活動の方にも支障をきたしてしまっている状況に、苦笑するしかなかった。

「……………相談しよ」

事はH&Pの活動にまで及んでいるため、それが僕が思いつく中では最善の策だった。

『どうした?』
「すみません。最悪の事態になりました」

携帯で数コール鳴らしたところで出た田中さんに、僕は用件を告げた。
電話口からため息が聞こえた。

『どんな状態だ?』
「ギターが弾けなくなりました。弾こうとすると手が震えてしまって」

田中さんの声色は感情を殺した様子だった。
きっと罵声の一つでも浴びせたいのかもしれない。

『そうか』

田中さんは、ただ一言つぶやいた。

『俺が言いたいこと、わかるよな?』
「………はい。十分」

田中さんの言いたいこと。
それは、”軽音部をやめる”こと。
桜高祭のライブが終わって数日ほど経った頃に言われていた。
”もし、俺たちの活動に支障をきたすようであれば、お前、軽音部をやめろ”
そして、その通りのことがこうして起こってしまった。

『もし、続けるのであれば俺から課題を出す。それをクリアすれば認めよう。そうでなければ明日にも退部届か何かは知らないが提出しろ。それから病院に行ったりリハビリを行っていく』

田中さんの口にした”課題”が何なのかが、とても気になった。
だが、田中さんのことだ。
かなり難しいものを出すはずだ。

『できれば今すぐ決めろ。時間が経てばライブに影響する』

次のライブは来月7月の中旬に開かれる。
それまでに諸問題を解決させなければならない。

「すみません、少しだけ時間を下さい。それと、課題の方を教えてください」

僕の答えは、時間の引き延ばしだった。

『……………いいだろう。課題を言う』

僕の答えに、田中さんはしばし沈黙したものの、時間を引き延ばしてもらうことを認めてくれた。

『お前の課題は―――』

そして田中さんから課題が告げられた。
それは、僕の予想していたものよりも、はるかに簡単そうで、難しい物であった。










「書いちゃった」

あれから数分後、僕の前には先ほど書き終えたばかりの”退部届け”が置かれていた。
僕はそれを茶封筒に入れるとカバンの中に入れた。
僕はまだ、退部するかどうかを決めていない。
退部届けの用紙に記入をしたのも、自分の答えが決まった時にすぐにでも行動ができるようにするための前準備に過ぎない。

(タイムリミットはあと7日)

僕は決して悔いが残らないように、自分の納得する答えを導こうと心の中で決心するのであった。
こうして、すべての終わりの時は、静かに始まりを告げるのであった。

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第42話 兆し

僕の前には長椅子に座っている唯と梓と澪の三人、そしてその後ろに立つ律とムギ。

「それじゃ……行くよ」

僕のその言葉に、唯と律にムギは興味津々に僕がこれからしようとすることを見守る。
そして澪と梓は緊張の面持ちで僕を見ていた。
そんな視線を受けながら、僕は肩に掛けてあるギターの弦を弾いた。
それが演奏を始める合図だった。










すべての切っ掛けは、ある日の放課後のこと。

「あ、私はリンゴタルト~」
「それじゃ、モンブラン!」
「なっ!? それは私が狙っていたのに!!」
「へっへ~ん、こういうのは早い者勝ちなのだよ。澪ちゅわ~ん」
「「…………」」

目の前で繰り広げれる醜い争いに、僕と対面の席に座る梓は言葉を失っていた。

「あれ、あずにゃんと浩君は食べないの?」
「い、いえ。それじゃ、バナナ味を」
「僕はチーズ味を」

お菓子程度で争う二人の姿に呆れていたとも言えず、僕たちは各自好きなケーキを取っていく。
今日のお菓子は、多種多様なケーキだった。

(まあ、チーズケーキを誰かが取ったら、僕もあんな風になるんだろうな)

僕にはチーズケーキ一つを巡って戦争をする自信があった。
それほど食べ物とは恐ろしい魔物なのだ。
梓の一件からしばらく経った。
二つの机を生徒会から許可をもらって、部室に運んだのはつい最近のこと。

『梓はどこに座る?』
『えっと、それじゃ……』

新たに二つほど机が増えたことで、梓にどこの席がいいかを尋ねる。
そして梓が選んだのは物置部屋側の壁とは反対の席……僕の対面の席だった。
ちなみに、山中先生の席は僕が座っていた物置部屋側の机の横の部分だった。
そんなこんなで、今日も今日とて雑談に花を咲かせる唯たち。

「どうしたの浩君?」
「いや、よくそんなに話す内容があるなと思って」

何も言わない僕を不審に思ったのか、首をかしげながら尋ねてくる唯に、僕は苦笑しながら答えた。
先ほどから、話声が尽きることが全くない。
いくら五人の人がいる(とはいえ、話をしているのは主に四人だが)からと言って、ここまで続くのはある意味すごいことだった。

「だって、毎日楽しいんだもん♪」

満面の笑みで応える唯。

「そうそう、ネタはいろいろあるだぜ。例えば澪の面白恥ずかしい過去とか」
「なっ!? それだけは絶対にダメっ!!」

律の言葉に必死に阻止しようと声を上げる澪。

「え~、私澪ちゃんのこと聞きたいなー」
「私も」

律の言葉に興味を持った唯とムギの二人が律の援護射撃に入る。

「だ、ダメと言ったらダメっ!!」
「あー、はいはい。冗談だから」

今にも掴み掛らんとする勢いの澪を止めるように両手を上げて宥めた。

「ちぇ~」
「聞いてみたかったのに」

そんな律に、不服そうな顔で頬を膨らませる唯と残念そうに言葉を漏らすムギ。

「だったら、浩介の恥ずかしい過去でも聞けばいいんじゃね?」
「あ、そうだね~♪」

そんな二人にかけられた、小悪魔のような笑みを浮かべた律の言葉に期限を治した唯が僕の方に向き直った。

「ということで、話してよ浩君」
「うん分かった。あれはそうだな今から……って誰が言うかっ!」

危ない、危うく本当に話すところだった。

「ぶーぶー」
「だったら自分の恥ずかしい過去でも話せばいいじゃないか」

再び頬を膨らませて膨れる唯に、僕はため息交じりにそう告げた。

「そうだね! それじゃあね………あ、そうだ。あれは―――「って、本当に話すな!」―――もう、浩君はわがままさんだね~」

適当に言ったことを真に受けて本当に話そうとする唯を止めた僕は、わがままなこと言う認識をされた。
……何だか無性に腹が立つのはどうしてだろう。

「それじゃあ、あずにゃんの恥ずかしい過去でも―――」
「絶対に嫌ですっ!」

即答で拒否をする梓も、すっかり軽音部に慣れてきたようだった。

「梓にとっての恥ずかしい過去って、ねこ耳を付けた時のような気がするのは僕の気のせいか?」
「だったら、今つければいいんだよ!」

そう言う言う唯の手にはどこから取り出したのか、ねこ耳があった。

「それは絶対に嫌です! 後、浩介先輩も蒸し返さないでください!」
「これは失礼」

梓から怒られた僕は、軽く謝った。
今日も軽音部は通常運航だった。

――――チク

「……?」

楽しげに談笑する唯たちを見ていた僕は、ふと胸の痛みを感じた。
それは体の問題ではないような気がした。
言うなれば、心の方だ。

「どうしたの、浩君?」
「いや、なんでもないよ」

再び唯から聞かれた僕は、そう答える。さっきのはただの気のせいだと結論付けて。
それはもしかしたら、兆しだったのかもしれない。










数日後の昼休み、僕と慶介は机をくっつけて向かい合うようにして昼食をとっていた。
ちなみに、これがいつもの昼休みの光景でもあった。
特に用がない限り、慶介と食べることが多いような気がする。
非常に不本意だが。

「今日はお弁当か~」
「文句でもあるのか?」

お弁当を広げて黙々と食べている僕は、慶介の言葉に睨みつけながら問いかける。

「いや、文句なんてないって。ただ、お恵みがほしいだけだから」

(完全にたかってるじゃないか)

何の惜しげもなく言える慶介の精神に、呆れを隠せなかった。

「別にいいぞ。今から頬るから、口でキャッチしろ」
「お、大道芸だなっ! 良いぜ、受けて立ってやる!」

僕の無茶な指示に、慶介はテンション高めに応じた。

「これを成功させれば女の子にもてるぞ~!」
「…………」

欲望ダダ漏れの慶介をしり目に、僕はから揚げを一つ箸でつかむ。

「ほれっ」
「よし来たぁ!!」

放り投げられた唐揚げは飛んでいく。
……対角線上に

「って、無茶だぁっ!!!」

対角線上に飛んでいく唐揚げを口でキャッチするには、斜めに飛んでいかなければいけないが、普通の人にその芸当は不可能。
他の手段としては、机の合間を縫って行くしかない。
とはいえ、全力で走りながら唐揚げの落下点を予測しなければいけないので、とてつもない難易度になるが。
さて、全速力で教室内を走る慶介。

「ずべしっ!?」

だが、何かに引っかかったのか盛大にこけた。

(ま、無理だとは思ってたけどね)

僕は心の中でつぶやきながらお弁当箱のふたを手にする。
そして椅子の上に立ち上がった僕は、そのまま対角線上にとんだ。
空中で一回転をしながら現在落下中の唐揚げを蓋の中に入れた僕は、そのまま何もない場所に着地した。

『おぉ~』

僕の芸当によってか、それとも慶介の惨めな行いによってかは知らないが注目を集めていたようでクラス中から拍手が送られた。

「すっご~い。サーカスみたいだったわ」
「うんうん。思わず見惚れちゃったよ~」
「ど、どうも」

次々と浴びせられる歓声に、僕は恥ずかしさのあまり視線を逸らした。

「結局、うまい思いをするのはお前か」

盛大にこけた慶介から恨めしそうな声を掛けられた。





「それにしても、浩介の親って料理上手だよな」
「いきなりなんだ?」

先ほど放り投げた唐揚げを頬張りながら慶介はそんなことを言ってきた。

「この唐揚げとてもうまいぜ!」
「残念だが、それは僕の自作だ」

称賛の声を上げる慶介に、僕は本当のことを告げる。

「は? なんで自分で作ってるんだよ?」
「そんなの、家に親がいないからに決まってるだろ」

信じられないとばかりに訊いてくる慶介に、呆れながらウインナーを口にする。

「あ……悪い」
「勘違いするな。親はちゃんといるぞ。別居してるけど」

そんな僕の言葉に勘違いしたのか、罰が悪そうに謝る慶介に、口の中の食べ物を飲み込んでから口にした。

「は? どうして別居なんかしてるんだよ」
「ちょっとしたことで家出をしたから」
「家出って……それじゃ、生活費とかはどうしてるんだよ?」

僕の口にした理由(当然嘘だが)に信じられないと言わんばかりに下世話なことを聞いてくる慶介。

「親から仕送りでもらってる。数か月に一回の間隔で実家に帰ることを条件にだけど」

僕は嘘の説明をしながら海苔ごはんを口に入れる。
実際はすべて僕のポケットマネーで生活している。

「へぇ~、いろいろ大変なんだな」
「それはお互い様だ」

慶介も明るくするために、演技をしていたりするのだから。
まあ、本心が4割というのがかなり気にはなるが。

「だな」

そして僕たちは黙々と昼食を食べていく。
この時はあの時に感じた胸の痛みはなかった。










「あの、浩介先輩」
「ん? どうかしたか、あずにゃん?」

放課後、部室でいつものように話に花を咲かせていると、梓が突然何かを思い出した様子で話しかけてきた。

「前から聞こうと思ってることがあるんですけど。その、間違っていたらごめんなさい」
「な、何かな梓? 改まって」

梓の様子から、僕は呼び方を元に戻して先を促した。
気づけば、他の皆も話をやめて梓の答えを待っていた。

「その、浩介先輩って……」

そこまで言うと、言いづらそうに視線をさまよわせたが、すぐに僕の方を見つめてきた。

「DKさん………ですか?」
「……っ」

梓の言葉に、表情を変えないように気分を落ち着かせる。

「で、DKって……」
「H&Pのメインボーカル兼リードギターの人です」

澪が目を見開かせて声を漏らすと、分からないと思ったのか梓が説明をした。

「藪から棒に、何を言ってるんだ梓?」
「すみません。この間DKさんとお話しする機会があったんです」
「な、何ぃーッ!?」

梓の言葉に一番の衝撃を受けていたのは澪だった。
それはもう椅子を吹き飛ばすような勢いで立ち上がるほどに。

「ど、どうしたんですか澪先輩?」
「あー、澪はDKのファンみたいでな」

突然の澪の変化に、驚きを隠せない梓の問いかけに律は苦笑しながら答えた。

「う、うらやましい。私だって一回も話したことがないのに」

(しょっちゅう話していることを知ったら、どうなるんだろう)

ぶつぶつとつぶやく澪に、僕は心の中でつぶやいた。
どうやら僕にはまだ余裕があるようだ。

「は、話を戻しますね。その時に、DKさんが言ってたんです。『さすがは親の影響で小4からギターをやっているだけある』と」
「別に普通だと思うけど? ねえ、律ちゃん隊員」

梓の言葉を聞いていた唯がいつになくまじめな様子で律に同意を求める。
そんな律も頷いて答えた。

「でも、私が親の影響で小4からギターをやっていることは、軽音部の皆さんにしか言ってないんです」
「それって、手紙で書いたとかじゃないのか?」

考え込んでいた澪が梓に問いかける。

(手紙に書いてあったっけ?)

僕は心の中で思い起こしてみるが、そのような文面に心当たりはなかった。

「探してみたんですけど、全く書いてませんでした」
「それは確かに、おかしいわね」

顎に手を当てて思案顔のムギが呟いた。

(というより、よくとっておいたよね)

梓の場合は数年前からファンレターが来ている。
その数は優に100を超えているはずだ。
それを取っておく彼女の執念がすごかった。

(それにしても、かなりまずいことになった)

あの時は手紙に書いておいたということに解釈するだろうとたかを括っていてさほど気にも留めていなかったが、まさかここにきて裏目に出るとは。

「それに、浩介先輩の演奏の方法がDKさんと同じなんです」

そして、演奏面からも指摘が入った。

「浩介先輩。先輩がDKさん、なんですか?」
「それは……」

もはや万事休す。
何を言っても誤魔化せないと悟った僕は、覚悟を決めた。

「実はな、梓」

そんな中、助け舟を出したのは意外にも律だった。

「浩介ってDKの知り合いらしくてな、よくギターを教えてもらっているんだってさ」
「そ、そうなんですか?」

律が言ったのは前に僕が説明した内容と同じものだった。

「そうだよ」

梓に僕は、渋々頷く演技をしながら答えた。

「ごめんね、つい練習の合間の雑談で梓のことを話しちゃったから、言いだしづらくて」
「そうだったんですか」

取ってつけたような理由に、梓はすんなりと納得してくれた。

「本当に申し訳なかった」
「そ、そんな謝るほどのことでもないです。まあ、ちょっとうらやましかったりしますけど」

席を立って謝る僕に、慌てながら話す梓だったが、最後の方のは絶対に本音だと思う。

「というより、律知ってたんなら言ってよ」
「あはは、ごめんごめん。追い詰められていく浩介の表情が面白くてつい♪」

僕の非難の声に、律は笑いながら相槌を打った。

「まったく、律はしょうがないんだから」
「そう言ってる澪も知ってたよな?」
「うっ!?」

ため息交じり呆れた様子で言った澪に律はにやりとほくそ笑みながら指摘した。

(どっちもどっちだ)

僕は心の中でそうつぶやいた。

「でも、DKさんにギターのコーチをしてもらえるなんて羨ましいです」
「だったら、浩介にでも頼んでもらうようにお願いしたらどうだ?」
「そうだね! ついでに私も教えてもらっちゃおう~」

梓の言葉に、律と唯が相槌を打つ。

――――――チク

(……まただ)

二人の会話を聞いていると、再びあの痛みが走った。

「あれ、どうかしたの?」
「ちょっとお手洗いに」

席を立った僕にムギが尋ねてきたので、僕はあたりさわりのない理由を告げて部室を後にした。

「……オープラ」

部室を出た突き当りのドアに手をかけ、周囲に誰もいないのを確認してから魔法で鍵を開けた。
そこは屋上に続くドアだった。
外に出た瞬間に、心地よい風が僕を包み込んだ。
僕はゆっくりと前に足を進める。

(慶介とのやり取りと、軽音部でのやり取りの時の違いって……なんだ?)

屋上から望める景色にも目を止めずに、僕は心の中で問いかける。
そして思い出してみた。
慶介の時にあって、軽音部の時にはない物を。

「……………あぁ、そうか」

考えてみれば簡単に見つかった。
慶介の時にあって軽音部の時にはない物。
軽音部の時にあって、慶介の時にはない物の正体。

「僕って……」

それはきっと

「孤独だったんだ」

一種の疎外感のようなものなのかもしれない。

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