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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第13話 ライブと結果

「律、帰るぞ」
「へいへい、ところで浩介は?」

律の言葉に、澪とムギはあたりを見回す。
その人物はすぐに見つかった。

「寝てるし」
「私が起こすよ」

人の家で心地よさそうに眠る浩介に苦笑する澪に、律はそう言うと浩介の元に歩み寄る。

「ほら、朝だぞ、起きろ。そうでないと死ぬぞ!」
「スー、スー」

体をゆすりながら言う律の言葉に、浩介は目覚める気配もなかった。

「あ」

そこで、律は妙案を思いつく。
浩介にとって言われたくない言葉を言ってみればいいのではないかというものだ。

「浩ちゃ―――へぶ!?」
「り、律?!」

浩ちゃんと言おうとしたりつの腹部に容赦のない一撃が浴びせられた。

「次は殺すぞ……佐久間」

寝言のようだが、一体どのような夢を見ているのだと、全員は固まっていた。

「お……ぉ……浩介、恐ろしい子」

しばらくの間律はその場にうずくまって動くことが出来なかった。
その結果、

「本当にごめんなさいね」
「大丈夫です」
「またね、みんな!」

それぞれが申し訳なさそうに頭を下げる中、浩介を残して帰って行った。
寝ている浩介に近づくのは危険という事が、軽音部内で言われるようになったのはそれから少ししてからの事だった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


耳に聞こえてきたのは、食器がこすれ合う音にテレビから流れるニュース。
新聞をめくる音などだった。
すぐに違和感に気が付いた。

「うぅ……」

のっそりと起き上がる。
そして辺りを見渡すが、良く知らない場所だった。

「起きたのね。おはよう」
「おはようございまふ」

起き上がる僕を見て、声をかける女性。
どことなく誰かに雰囲気が似ていた。
色々な疑問が渦巻く中、まったく回らない頭で、僕は記憶をたどることにした。

(確か、唯の勉強見るために唯の家に行ってそれで……)

「はっ!?」

視界が一気にクリアになった。
ここはもしかしなくとも唯の家だ。
という事は、この女性は……

「お、おおおおお、お邪魔しましたっ!!!」

僕は慌てて家を出ようと駆けだす。

「あ、危ない――」
「ヘブっ?!」

動転のあまり閉まっているドアに顔面からツッコんだ。

「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。丈夫な体が取り柄ですから」

痛む鼻を押さえながら、女性に答える。

「ところで、あなたはどちら様?」
「あ………」

その後、自己紹介をして二回から降りてきた憂たちと朝食を食べさせてもらい、学校へと向かうことになった。
唯の両親に今度ちゃんとお礼を言おうと、心に誓った時だった。










唯の追試から二日後。
僕は地元のそこそこの大きさのライブハウスにやって来ていた。

「お、来たな」
「待たせたな」

楽屋に一番最後に到着したのか、H&Pのメンバー全員が僕を待っていた。

「今日は俺達の独壇場だ」

そういうYJに連れられてステージ袖に向かう。





「た、確かにすごい熱気だ」

袖からでもわかる。
観客席の場所にいる人たちの熱気と期待感に満ちた思いが伝わってくる。

「DK、準備はいいか?」

MRが僕に問いかけてくる。
僕は入る際から掛けているサングラスの位置を少し上げる。

「当り前だ。この私を何だと思っている。私達に宿った炎は決して消えることはない。お前ら、炎は消してないな?」
「当り前だ。俺の中に供っている炎はいまだに激しさを増している」
「僕もだ」
「私もだ」
「私もです」

YJに続いてROやMO、RKが返事をする。

「さあ、始めようか」

僕のその一言に照明係の人が明かりを落とす。
それと同時に、観客席のざわめきは一気に弱まった。
全員の期待感が伝わってくる。
約三年ぶりの公の場での演奏だ。
色々と緊張もするが、一度深呼吸をすると足を地面に叩き付ける。
その時になった音が、YJに曲の開始を告げるリズムコール開始の合図だ。
YJがバチ同士を叩いてリズムコールをする。
YJのリズムコールが終わるのと同時に、ROのキーボードが産声を上げた。
続いてRKのベースとYJのドラムが音に命を吹き込む。
それと同時に明かりがつき、周囲が明るくなる。
次はMRの簡単なギター演奏で曲は始まる。
この曲は僕がボーカルを務め、YJがサブボーカルとなる。
時より弦を弾きながら歌を紡ぐ。
自分がいる場所は、非常に不安定な場所。
いつ何がやってくるかもしれない危険地帯だ。
その緊迫感を兼ね揃えた曲がこの楽曲のイメージだ。
ついにサビだ。
僕は複数のコードを引きながら歌を紡ぐ。
そして紡ぎ切ったところで、間奏が入る。
ここからは僕のギターテクが問われる。
ベースの音とドラムの音を頼りに、音を奏でて行く。
そして間奏の終わりで音を伸ばし、ビブラートを効かせる。
最後のサビも先ほどと同じ要領でギターを弾いていき、一気にフィニッシュへと向かう。
MRと合わせて弾き、同時にストロークをして曲は終わった。
それと同時に、けたたましい歓声が響き渡った。
時より『待ってたぞー!』という声も聞こえたような気がした。

「皆、待たせたな!」

マイクを手に取り、僕は会場のみんなに声をかける。

「この三年間、ファンのみんなには長く待たせてしまい申し訳ないと思う」

今まで鳴り響いていた完成はぴたりとやんでいた。

「何がよくなった。何が変わったというものはない。だが、この三年分の待ちわびていた気持ちを、このライブに全てぶつけてほしい。そして楽しんでほしい」

そこで、僕は言葉を区切った。

「さあ、それじゃ次行ってみよう。次の曲名は『Devil Went Down to Georgia』だ! お前ら! 準備はいいか!!」

僕の言葉に答えるように、観客が声を上げる。

「それじゃ、行くぞ!」
「1,2,3,4」

YJの早めのリズムコールが終わるのと同時に、僕は弦を弾く。
そして始まる曲。
この曲は僕がボーカルだ。
今まで止めていたギターの音を鳴らすべく弦を弾く。
すぐさま弦を揺らしてビブラートを効かせると、本格的にストロークを始めた。
リズム良く弦を弾いて行き、最初と同じフレーズを引き終えてもう一度ビブラートを効かせるようにしてピックを振り下ろす。
そこで、またストロークを止めるが、すぐさま速弾きに近い素早さでストロークする。
その後またゆっくり目のストロークになるが、ここからが本番だ。
一気にコードの移動速度が増す。
それをMRと交互に弾いていく。
まるで、一つのギターテクを争うバトルのように。
複雑なコード進行をし終え、再び僕の歌だ。
それと同時に、僕は弦を弾いていく。
ここからが第二ラウンド。
再びMRとの弾き勝負だ。
MRも複雑なコード進行をスムーズに進めて行く。
それに負けじと僕も素早いストロークで観客を魅せて行く。
それを何度も繰り返した頃、音が止まる。
その間、僅か1秒。
それはソロ開始の合図。
最初はゆっくり目で簡単な音を。
だが、徐々になりを潜めていた悪魔が牙をむく。
テンポは一気に早まり、音は小刻みになって行く。
複雑なコード変更をしながらも嵐を乗り切る。
ただ乗り切るのではない。
この嵐すらも自分だというのを表現しなければならない。
ソロの間、観客が歓声を上げる。
それが、ほぼ成功だという証だった。
ソロも最終局面だ。
徐々に晴れて行く嵐の様子に希望を見出した僕は、爽快であることを表現するべくピックを振り下ろすことでソロパートは終わった。
弦楽器類の音はなくなり、僕のボーカルとYJのドラムが響いている。
そして再び弦楽器の音が戻ってきた。
後は比較的簡単なコードのため、失敗する箇所はそれほどない。
僕がストロークをし終えることで、曲は終わった。
そして再び浴びせられる歓声。

「さあ、続いてはデビュー曲『only for you』だ!」

MRの告げた曲名に、会場の盛り上がりは一気に変わった。
YJのリズムコールと同時に、ROのキーボードが産声を上げる。
数フレーズ引いたところで、ベースとドラムが音に命を吹き込んでいく。
これは、ロックではない。
なぜなら、まともにギターを弾くのは間奏くらいしかない。
それを積極的に取り込んだのは、話題性を持たせるため。
当初は、冷ややかな反応だったが、最近はそれが受け入れられつつもある。
それはともかく、MRが曲の合間にギターを弾いていく。
決して歌声を潰さないように、彩るのだ。
この曲のボーカルは僕だ。
歌詞全てが英語という状態だが、一言一句はっきりと紡いでいく。
二番が終わり、ついに間奏に移る。
歌い終えるのと同時に、弦を弾いていく。
一旦緩急を付け、コード進行の速さを早めビブラートを効かしながら音を伸ばして、フェードアウトする。
そこで僕の歌は再開。
一旦キーボードと僕の声のみになるが、再びすべての音は戻り僕は、無事歌い終えることが出来た。
その瞬間渦巻いたのは、歓声ではなく拍手だった。

「さんきゅー。次は『Darling……Kiss immediate』だ! ノッて行くぜ!」

次の曲も前のと同じ感じだ。
YJのリズムコールが終わるのと同時に、キーボードから産声が上がる。
この曲では、ギターは一本の為MRは完全にボーカルだ。
そして基本的にはドラムとベースとキーボードが前に出ている。
時より軽く弦をはじいて僕は、音を奏でて行く。
2番の歌が終わったのと同時に、間奏に入る。
この曲にはラップがあり、それは僕がやることになっていた。
ラップは僕の得意なもの。
手の振り付けを加えながら、ラップパートを終えると続いて弦を弾いていく。
そんなこんなで、4曲目が終わった。

「さあ、最後の曲だ」
「この曲は最後にふさわしい曲だ」

曲名を知らない観客たちはどよめく。
それを見ながら、僕は曲名を告げる。

「曲名は『Through The Fire And Flames』だッ!」

その瞬間、会場中にざわめきが走った。
それはどちらかというと期待に満ちた物だ。

「1,2,3,4」

YJの早めのリズムコールが終わるのと同時に、僕は弦を弾く。
最初は単調だったが、次の瞬間には速弾きの要領でストロークをしていくことになる。
この曲も僕がボーカル。
歌いながら殆ど速弾きに近いストロークをしていく。
そしてサビが訪れた。
ここは音を伸ばしていくのでそれほど難しくはないが1番と2番をつなぐ箇所で再び素早いストロークをする必要があるため、気は抜けない。
2番が終わりしばらく演奏した瞬間、3秒ほど音が消える。
ここから始まるのは壮絶な間奏だ。
MRと僕のギターが一気に存在感を増す。
素早いストロークは徐々に速弾きへと移って行く。
それがどのくらい続いたか、ドラムやベースの音が無くなる。
そして響くのは激しさを増す僕のギターの音色だった。
ここからはさらに険しさを増す。
速弾きだ。
正確なコード進行をして、なおかつ素早く弾いて行かなければならない。
所々難しい箇所があるが、体を前後にゆっくりと揺らせることでそれをもパフォーマンスへと変えて行く。
ついに間奏も終盤。
速いテンポのまま凄まじい速度で弾ききった僕は小休止とばかりに、歌のみに集中をするが、再び小刻みにストロークを始める。
曲もラストスパート。
いよいよ最後の罠、速弾きとなった。
それを引き切った瞬間、観客たちは盛大な拍手と歓声を上げてくれた。

「ありがとう! これで、ライブはお開きだ」

僕の言葉に、そこら中からブーイングの嵐が湧き上がる。

「だがしかしっ! 私たちの――――」

『またライブを開く』と言おうとした時だった。

予想外の乱入者が現れた。

「まだ終わりじゃねえ!!!」
「ッ!?」

その言葉に、会場全体が、僕たちでさえも固まった。
その声を放った人物RKはさらにこう続けた。

「もう一曲行くぞ!」

(あーあ、変なスイッチが入ったよ)

余程このライブが楽しかったのだろう。
理性が振り切ってしまったようだ。
僕には彼女がどんな曲を選ぶかの予想がついていた。

「曲名は『ラブ』ッ!!」

完全なカバー曲だ。
彼女はアマチュアバンドでもある『DEATH DEVIL』のファンなのだ。
その中でも、この『ラブ』が大のお気に入りらしい。
前にキャサリンに会ったら握手してサインをもらってデュエットするなどと願望を漏らすほどに。
『DEATH DEVIL』の事で調べてみたが、ガールズバンドという事以外情報は出てこなかった。
ただ、どこかの高校のバンドであることは分かったが。
僕たちは、目線でやり取りをしていく。
意見は一致していた。

『やるしかない』と。
「1,2!」

YJのリズムコールが終わるのと同時に僕は一気に弦を振り下ろす。
この曲は、それほど難易度の高くない曲だ。
しばらく進めばMRのギターも合流する。
そして始まったのはRKの歌だ。
完全な”大人”の歌声に、会場はサプライズだということも忘れて、盛り上がりを取り戻していた。
心を込めながら歌っていく彼女の姿に、僕は苦笑しながらも弦を弾いていく。
サビではMRと僕がRKの歌声にハモらせる。
そして2番が終わった時、間奏となる。
間奏では最初に僕が速弾きの要領でストロークをしていくが、そこにRKの歌声が加わった瞬間、主役は交代だ。
MRのギターが火を噴く。
素早いストロークのフレーズも終わり、再びサビへと戻って行く。
最後は、RKの発狂したのではないかというような叫び声の後に、綺麗に音は鳴りやみ演奏が終わる。
こうして、僕たちの復活ライブは幕を閉じるのであった。
ちなみに、正気に戻ることになったRKは、終始謝り続けることになるのだが、それは割愛しよう。










唯の追試から、数日が経過したこの日、とうとう結果が判明するのだ。

「合格点取れてるかな? 唯」

不安を口にしたのは澪だった。
律は雑誌を読んでいる。
そんな中、ドアが開く。
そして現れたのは、この世の終わりのような表情を浮かべた唯だった。

「ど、どうしよう、澪ちゃん」
「え、もしかしてまたダメだった?」

唯の様子から、澪は最悪の事態を想像した。
だが、それは唯の取り出した一枚の紙で完全に打ち破られる。

「ひひ、百点取っちゃった」
「極端な子!」

0に近い点数から一気に満点とは、まさしくその通りだった。
それはともかく、これで廃部の危機は免れた。
そして、練習をすることとなった。
唯は試験勉強中に何度も弾いていたため、かなり進歩したはずだ。

「それじゃ、何か弾いて見せてよ」

澪の横に移動して、唯のコード進行を見ることにした。

「へへへ、ばっちりだから。XでもYでもなんでもごじゃれ」

そう言ってピックを振り下ろして音を鳴らす唯。
その様子に、僕たちは顔を見合わせた。

(いやな、予感がする)

「じゃあ、C,Am7,Dm7,G7って弾いてみて」

出されたコードは多くのヒット曲で行われている循環型のもの。
はきはきとした元気な音が特徴的な物だ。

「ほいほい」

再びピックを二度振り下ろす。
そこで、固まった。
その様子に、僕は嫌な予感を感じていた。

「おい、まさか」
「コード、忘れた」

どうやら予感は的中したようだ。
唯の口から出た言葉に、僕たちは思わずズッコケてしまった。

「ずっとXとかYとか勉強してたから」
「また一から!?」
「お前は単細胞生物か!!」

一つ覚えたら他の事を忘れるとはいかほどに。

「これがXだっけ」
「そんなコード見たことない!?」
「あ、こうだこうだ」

そうやって唯が弦を弾くと、不協和音が鳴びびく。

「これがXだよ、澪ちゃん!」
「これ以上コードを増やすな!!」

もうめちゃくちゃだった。

「えぇー!?」

困惑した唯は、再び弦を弾く。
そして流れるのは間の抜けた音だった。
タイトルはチャルメラだ。

「って、それは弾けるんかい!」

律のツッコミは、とても的を得ているものであった。

(こんなんで、行けるのか? 武道館)

彼女たちの様子を見て、どことなく不安になってくる今日この頃だった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
最近毎日この作品を掲載しているような気もしなくはないです。
次話で試験の話は終わり、合宿へと話は移ります。


それでは、これにて失礼します。

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第12話 勉強!

それはある夜の日の高月家でのこと。

『なんだ、こんな時間に』
「こんな時間で悪かったね」

浩介の部屋には男の声が聞こえていた。

『まあいい。何か問題(トラブル)か?』
「そう言うわけじゃない。ただ父さんの声が聞きたくなっただけ」
『………珍しいことを言うじゃないか。あの(・・)高月浩介が親の声を聴きたいがために連絡をよこすとは』

浩介の言葉に、男……浩介の父親は驚いた様子で答える。
そのやり取りはごく一般的な物だろう。
それは、浩介の手に電話機があればの話だが。
そもそも浩介の部屋には、電話機のようなものは置かれていないのだ。
あるのは携帯電話のみだ。

「からかわないで。こっちだって無性に聞きたくなっただけ何だから」

浩介が話しているのは机の方に向けてだった。
否、正確に言うと”机の上に置かれた、先端に真珠のようなものがつくネックレス”だった。

『ははは、これは失敬』

浩介の言葉に、父親は反省した素振りをみせずに謝る。
そんな父の言葉に浩介は心の中でため息をつく。

『まあ、それはともかく。そっちの”任務”は順調か』
「………あの”任務”を、文字通りに受け取るのであればいまいち。”裏”の意味で受け取るのであればまあまあと言った所」

先ほどまでの軽快な口調はなりを潜め、真剣な声色に変わる。
それを感じた浩介も表情を引き締めて、皮肉を交えて答えた。

「この世界であげられる栄誉は、条件さえ無視すれば簡単に獲得できる。でもそれ以外の栄誉になれば実現は不可能に近い」
『ほう、世界最強が弱音かね?』

”落ちた物だな”と言いたげな父親の言葉に、浩介は首を横に振る。

「そう言うことではない。”明確な基準”がない栄誉は、獲得するにしても個人差があり無理だ。決めるのは人だ。結果ではない」
『そうだ。決めるのは人。勝敗の結果の栄誉など、難しいようで簡単な物さ』

浩介の反論に、父親は肯定する。

『ならば戻るか? 任務放棄で帰還することも可能だが』

父親の試すような問いかけに、浩介は首を横に振る。

「いや、それはやめておこう」
『何故だ?』
「ここは非常にのどかだ。戦争もなければテロもない。空気は穏やかで、まさに楽園(ユートピア)だ。まあ、それが合わないという人もいるが」

意外だと言わんばかりの父親の問いかけに、浩介は苦笑しながら答える。

「それに、僕はここで手に入れたかったものを少しずつではあるが手に入れている」
『財宝か?』
「それよりもすばらしい物だ。学び舎、そして仲間。何億出しても手に入れられないものさ」

浩介の言葉に帰ってきたのは、何とも言いたげな父親のため息だった。

『その様子を見ると、裏の目的は確実に達成されつつあるな』
「ああ。僕は、この世界……高校でようやく手に入れた。ようやく僕の宿願がかなえられたんだ」

父親に嬉しそうに答える浩介に父親は”そうか”と相槌を打つ。

『高校では何か部活のようなものはやってないのか?』
「やっているさ。軽音楽部をね」
『けいお……なんだ、その部活は』

聞きなれない単語だったのか、怪訝そうな声色で問い返す父親に、浩介は苦笑しながら答える。

「大雑把に言ってしまえば、音楽を演奏する部活」
『やはり変わったな浩介。世界最強の男が音楽の世界に飛び込むか』
「人というのはその環境に染まるものだ。尤も人ではなく”生物”と言った方が妥当だろうが」

父親の言葉に、浩介は両手を挙げながら反論すると、徐に立ち上がる。

「”お前の曲は人々を地獄に落とす疫病神のような曲だ”」
『は?』

浩介の口から出た言葉に、父親は生返事で返す。

「とある音楽評論家に言われたことさ。まったくもって的を得ている。音はその人を表すというが、確かにその通りだ」
『そうだな。あの時のお前はまさしく”死神”……いや、生きた”生物兵器”といった所か』

父親からの呼び名に、浩介は顔をしかめる。

「僕は最後の呼び名は嫌いだ」
『そう呼ばれる理由はそっちにある』
「確かに。だが、国を守るためには多少は残忍でなければいけない。話し合いですべてが解決していたら、この世界には”戦争”の概念すらない」

咎めるような父親の言葉に、浩介は反論する。
その言葉にはゆるぎない”何か”があった。

『まだそう言うか。あの時も、お前は経身を守るためという名目で我が国に攻撃を仕掛けようとしたテロリスト数百人を消したが、奴らとて要求を呑めば攻撃はしない旨の連絡をしていたそうではないか』
「はっ! 甘いね。ああいう連中は話し合いに応じる気なんてことさらない。仮にあったところでいつまた狙われるかという恐怖心は国民に根付く。ならば始末した方が安心できるだろう。僕はあの時の自分の対応は間違っていなかったと、今でも胸を張って言える」
『はぁ~』

浩介の非常に辛辣な答えに、父親は諦めにも似たため息をつく。

「まあいいさ。ここでの”任務”を僕は遂行するとしよう」
『……頼むぞ』

力なく答える父親に浩介はため息をつく。

「あの馬鹿はどうだ?」
『あいつならいつも通りだ。お前の所に行きたいと言い張って聞かない』

父親からの答えに、浩介は頭を抱える。

「何が何でも阻止して」
『そのつもりだ』

力ない言葉に、返ってきたのは呆れたような疲れ切ったような声だった。

「あの馬鹿が来れば必ず騒ぎになる。僕の”正体”を知られるのは何が何でも避けたいんだ」
『秘匿は我々の義務だ、それは心得ている。だからこそお前にも”制約”はいくつか与えているのだが……守っているだろうな?』
「勿論守っている」

疑うような声色に、浩介は即答で返す。

「身体能力が高いだけでも緊急回避ぐらいは可能だし、”あれ”を使う機会は全くと言っていいほどにない」
『ならばいい』

浩介の返答に満足したのか、父親はそう言って言葉を区切る。

『さて、そろそろ通信を終えるとしよう。でだ、最後に言っておこう』

父親の伝達事項に浩介は再び席に着くと、背筋を正した。

『あまり危険なことはするな。今のお前は赤子のようなものだ』
「赤子、ね……」

浩介が何かを言うよりも早く声は完全に消えた。

「ふぅ……」

浩介は静かに息を吐き出した。

「父さん、大きな誤解をしている」

その声に返事をするものがいない空間で、浩介は静かに口を開いた。

「確かに、今の僕は赤子のように脆弱だ。でも大丈夫。なにせ……」

浩介はそこで言葉を区切ると、机の上に置かれた先端に真珠のようなものがつくネックレスを手にする。

「僕には世界最強の名に恥じない、頼もしい相棒がいるんだから。なあ、クリエイト?」

その言葉に、まるで呼応するように浩介の手にあるネックレスの先端にある真珠が、一瞬ではあるが淡い光を発する。

「上等」

その光は浩介も確認しており、不敵の笑みを浮かべて呟く。

「さぁて」

浩介は窓に近づくと締め切ってあったカーテンを開けた。
窓から差し込む少しばかり明るい光が、夜明けであることを告げていた。

「徹夜か。上等だ」

不敵の笑みを浮かべるその姿は、まるで戦場に立つ戦士のようなものであった。
そしてまた新たな一日が幕を開けようとしていた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


人間というのは本当に真剣に取り組んでいたりすると日にち感覚がおかしくなるらしい。
それがまた興味深い。
つまり、僕が何を言いたいのかというと。

「は、ははは。追試前日にして、ようやくコーチから解放された」

慶介の物覚えの良さが、僕を救ってくれた。

「なあ、澪。これはさっきから大丈夫なのか?」
「さ、さあ」

ここは軽音部の部室でもある『音楽準備室』だ。
見れば澪たちが僕の方を心配するような表情で見ていた。

「だ、大丈夫? 浩介君」
「だいじょうーぶ~、大丈夫~」
「全然大丈夫そうじゃないよ!?」

自分でも何を言っているのかが理解できない。

「一体どうしたんだ? クマがすごいけど」
「最近色々な野暮用が重なった結果、寝てないだけでーす!」

あ、今度は右手が勝手に動いた。

「寝てないって………何日だよ」
「唯が試験勉強を始めた日から~」
「始めた日って……六日間!?」

そう、あれから毎日放課後は啓介への試験勉強のコーチを、そして家に戻ってはH&Pのライブの練習が待っていた。
練習が終わるのは明け方近くになってしまう。
30分間通しで練習をしたのちに、1時間のミーティング(ここの箇所がダメだ、ここはもう少しこういうノリで行こうなどの話し合い)をしてまた練習を3回ほど繰り返していた。
メンバー全員は昼間に睡眠をとっているらしいが僕にはその時間は学校があるため、寝ることもできない。
そんなこんなで六日間一睡もしていないのだ。

「大丈夫! なんだか楽しくなってきたから~」

僕は床を転がる。
ただひたすらに転がる。

「あたっ!?」

そして、何かにぶつかった。

「お、おい、大丈夫?」
「ぼ、僕は一体何を」

澪の心配した様子の声に、一気に視界がクリアになる。
額の痛みと、目の前にある壁の角を見れば、僕がぶつかった者の正体はすぐに分かった。

「ごめん。何だか今日は思ってもいない事を勝手にしちゃうんだ」
「それって、もう異常だろ」

律がツッコんでくる。
まさしくその通りだった。

「まあ、でも。これで僕はぐっすりと眠れ――「澪ちゃん助けて!!!」――ああ、いたな。問題児が」

部室のドアを思いっきり開け放つ人物に、僕は苦笑を浮かべる。
そして開け放った人物でもある唯は、何事だと言わんばかりに立ち上がった澪に泣きついた。

「勉強してきたんじゃなかったの?」
「出来なかった」

唯の答えに、今まで腰かけていた律は飛び上がるように立ち上がった。

「よし、今夜は特訓だ!」
「ホント!?」

澪の言葉に、唯は嬉しそうに口を開いた。
律によれば一夜漬けの達人らしい。

「ははは。グッバイ、僕の安息睡眠」

対する僕は力が抜けてしまい、床に座り込んでしまった。

「だ、大丈夫? 浩君」
「ダイジョウブ」
「目が危ないぞー」

どうやっても、僕は心配されてしまうようだ。
その後、準備室に備え付けられている洗い場で顔を洗い、眠気を吹き飛ばした僕たちは唯の家へと向かうことになった。










唯の家に向かう途中、両親は出張で不在と唯が告げた。
ただ、妹はすでに帰ってきているらしい。

「それだと、妹に迷惑なんじゃないのか?」

そう尋ねた僕は、思わず唯の妹の姿を思い浮かべてみた。
姉と一緒になって部屋を転がりまくる妹の姿が浮かんできた。
会ってもない人に対する創造にしては酷い物だったため、すぐさま頭の中から消し去った。
ただ言えることは

「大丈夫じゃない?」

だった。










「皆、上がって上がって」
『お邪魔しまーす』

平沢家にたどり着いた僕たちに、唯が促すので家に上がり込んだ。
僕は一番最後だ。

「あ、お姉ちゃんおかえり―」

そして現れたのは、少し前まで話に上がっていた妹さんだった。
髪型が違うだけで、唯と瓜二つ。
もし髪型を一緒にすれば、普通の人には見分けがつかなくなるだろう。
そして、僕たちに気付くと妹さんは僕たちの方に向き直る。

「初めまして。妹の憂です。姉がお世話になってまーす」

そして丁寧なお辞儀ときた。
さらに手際よくスリッパを5つ並べて行く。

「スリッパをどうぞ」

(で、出来た妹だ)

姉である唯との凄まじい違いに、僕は思わず唖然としてしまうのであった。
その後、唯の自室へと案内された僕たちは唯の部屋へと足を踏み入れる。
中は、ピンク色の壁で、本棚や勉強机などが置かれていた。
少し進めば一気に広がり、テーブルやベッドなどが置かれている。
そしてベッドの横にはギターがあった。

「いやー、姉妹でこうも違うとわねー」
「なにが?」

それぞれが腰かける中、律の言葉に唯が首をかしげる。

「妹さんにいいところを全部吸い取られたんじゃないの?」
「酷い!」

涙目になる唯だったが、僕も思っていた。

(人のふり見て我がふり直せ、か。よく言ったものだ)

口には出さないが。

「あの、皆さんよろしければお茶をどうぞ。買い置きのお菓子で申し訳ないんですけど」

そんな時、ノックと共にお茶菓子を手に入ってきた平沢妹に出来た妹だと思ったのは余談だ。
その後、平沢妹と少しばかり話をした(妹が中三であることや、桜ヶ丘を志望していることなど)のち試験勉強を始めることにした。
僕は律の横に腰かけて、その様子を見守る。

「ふわぁ~」

横からあくびをかみ殺す声が聞こえてくる。

(僕だって眠いのを我慢してるというのに)

眠いのではなくただ退屈になっているだけかと、思いながら見守り続ける。
数分して、勉強机の回転いすに乗って回って遊ぶ律。
それに飽きたのか、後ろで何か(おそらく漫画だろう)を取ってそれを手にベッドの上に寝転がると、漫画を広げて転がり始めた。

(人のベッドの上なのに、よく出来るよな)

彼女の図太い神経に、僕は思わず尊敬してしまう。

「ぷはははは!!!」
「だぁー! もう!」

あまりにも騒ぎすぎたため、澪から鉄槌を喰らいベッドから降りて正座する。

「足がしびれた」

その唯の一言に反応した律は、唯の背後に忍び寄ると、唯の足に指を触れさせる。

「ぎゃあああ!?」
「律―ッ!!!」

再び澪からの鉄槌を受けた律は外へと追い出された。
律がいなくなって静かになった部屋の中には、勉強を教える澪の声と、ノートにペンを走らせる音だけが響いていた。
僕は澪側の壁にもたれかかる。
それだけで、段々うとうととしてくる。

「うおぉぉぉ!!!!」

間もなく夢の世界へと飛び立とうとする僕を、無理やり引き上げたのは律の大声とドアを強引に開け放つ音だった。

「とりゃあああッとぉ」

受け身までとるが、はっきり言ってうるさい。
立ち上がろうとする澪を制止して、僕はこの日の為に作っておいた秘密兵器を手に律の方へと歩み寄る。

「おいしょっと、たの――「やかましい!」――へばっ!?」

僕は手にしていた秘密兵器を、律の頭に振り下ろした。
ものすごく良い音が鳴り響く。

「な、なにそれ?」
「ハリセン」

頭を押さえながら聞いてくる律に、手にしたハリセンを見せながら答える。

「どうしてそんなものを」
「女子に拳を振るうわけにはいかないから、これを使う。最も効果がない場合は拳だけど」

このハリセンを作るのにかかった労力は、ほんの数分程度だった。
僕の腕力では、下手すると死人が出かねない。
その為に、こういう手段を取っているわけだが、その点では慶介は本当にすごいと思う。
全力の一撃を喰らってもなお生きてるんだから。

「静かにしてね?」
「はい」

律が頷いたのを確認して、再び勉強は再開するのであった。
そして、僕の意識は再び闇の中へと吸い込まれていった。










「あ………は?」
「も……そ………と?」

暗闇の中、誰かが話す声が聞こえてきた。

「ん……」

その声に、僕は閉じていた眼を開ける。
目を開けると、そこは唯たちがいた。
ここは唯の家だ、それは当然だ。
でも、それだけではない。

「増えてるし!?」

人の数が明らかに増えていた。
赤い眼鏡をかけた黒っぽい髪の少女が、不思議そうな顔で僕を見ている。

「この人が、高月浩介ちゃん」
「真鍋和です。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

色々と言いたいことはあったが、とりあえず自己紹介をすることにした。

「唯、ちゃん付はやめろと言わなかったか?」
「え? あれは”浩ちゃん”の場合でしょ」
「ちゃん付、事態だ! どんな理屈だよ」

言葉足らずの僕も悪いけど。

「幼稚園のころからずっと一緒のクラスなんだよー」
「不思議な縁よね」

まったくだ。
作為さえも感じる。
そんな真鍋さんは、どうやら試験勉強をしている唯に差し入れでサンドイッチを作って持ってきたらしい。
僕たちも、それに舌鼓を打つ。
その最中、唯と幼なじみだからこそ知っていることを、真鍋さんから色々教えてもらった。
内容に関しては唯の名誉のために伏せておくが。
つまりは、それほどあれな話だということだ。
話込んでいくと、時間はあっという間に過ぎてしまう。

「ところで、勉強は大丈夫なの?」
『あ……』

真鍋さんの問いかけに、全員が固まった。
時刻は8時過ぎだった。
その後、真鍋さんは勉強の邪魔にならないようにとのことで、帰って行き試験勉強は再開となった。
律は床に寝そべり”静かに”漫画を読んでいる。
僕は唯の正面の席に腰かけ、勉強の様子を見守っていた。
だが、とうの唯はコックリコックリとし始め、やがて完全に落ちた。

(あーあ)

心の中でため息をつきながら、僕は澪に声をかける。

「澪、いったんストップ」
「どうしたんだ? 浩介」

突然止めたことに、澪は怪訝そうな表情を浮かべながら理由を聞いてくる。

「唯の方を見てみろ」
「あ」

唯の様子に気づいた澪は声を漏らすと、その肩をゆすり始めた。
すぐに唯は起きた。

「律ちゃん隊員、浩君隊員」

すると、律と僕の方を交互に見ながら

「ご、御武運を」

そう言っていきなり泣き始める唯に、僕たちはそれぞれ顔を見合わせる。

(一体どんな夢を見ていたんだ?)

そんな一幕もあったが、試験勉強は再び再開した。

「ん?」

そんな中、律が突然部屋を後にする。
三人とも、そんな事には気づいていないのか試験勉強を進めて行く。

(どうするか)

律が外に出た理由で思いつくのは、お手洗いか遊びに行ったかの二つだ。
前者であるならいいのだが、後者だと非常にまずい。
何せ、律の遊び相手になりそうなのは限りなく平沢妹だろう。
彼女に迷惑をかけるのは避けたい。
とは言え、前者の可能性もある。

(放っておくか、それとも様子を見に行くか)

目の前に突き付けられた二択。
僕が取ったのは

(10分くらい様子を見てから探しに行くか)

後者だった。










そして10分後。

(よし、いこう)

律が戻ってくることはなかったため、僕は三人の邪魔にならないように静かに部屋を後にした。

(これは、テレビの音?)

下の方から聞こえてくるテレビの音に、僕は階段を下りると音のする方へと足を向けた。

「いたよ」
「あー! 負けた!!」

リビングと思わしき場所にたどり着いた僕は、目の前にある光景にため息が漏れそうになった。
寝そべりながらゲームのコントローラーを手に、負けたことへのくやしさをかみしめる律、そしてその横には平沢妹が居座っていた。

「何をやってる、律?」
「あ、浩介」
「高月さん」

呆れながら声をかけると、寝そべった姿勢のまま顔だけを向けてくる律に平沢妹。

「これは真剣勝負、止めないでくれ」
「なに言ってんだ。彼女にだって明日は学校があるんだぞ? 夜遅くまでつき合わせたら迷惑だろ。平沢妹も言ってやれ」
「あ、私の事は憂でいいですよ。姉とこんがらがりますし」

何やら話が変な方向に逸れた。

(ものすごくデジャブを感じるぞ)

つい最近同じやり取りをしたような気がする。

「それじゃ、憂さんで」
「年上なんですから呼び捨てでいいですよ」

あ、やっぱり。
困ったような表情で言ってくる彼女の言葉に、姉とのやり取りが蘇ってきた。

(この姉にして、この妹あり、か)

「それじゃ、憂で。で、迷惑なら遠慮なく言ってやれ。すぐに連れて戻るから」
「あ、いえ。別に迷惑じゃないですよ」

僕の言葉に、首を横に振りながら否定した。
本当にすごい妹だ。

「そ、そうか。まあ、迷惑になったら言って、すぐに連れてく」
「もしかしてここにいる気?」

邪魔にならないように反対側のテーブルの方に移動すると静かに座った。

「当り前」

そう言い切った僕に、二人は首を傾げながらもゲームを再開させた。
何かのゲームだろう、対戦しているようだが結果はほとんど憂の勝利という結果に終わっている。

(あ、やば)

そんな単調になりかけた流れに、ふと強烈な眠気が襲ってきた。
何とか抗おうとするも、強烈な眠気には叶わなかった。
そのまま僕は眠気に誘われるがまま、いつしか僕は目を閉じるのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
あえて佐久間にスポットライトを当ててみました。
次回からは、また試験勉強の方に話は戻っていきます。
そしてそのまま合宿という流れになると思います。


それでは、これにて失礼します。

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第11話 明暗の理由

「いつつ……酷いじゃないか」
「うるさい。いきなり馬鹿げた事を言おうとする方が悪い」

学園を出て少ししたところで気を取り戻した佐久間が、歩きながら不満を漏らすが僕はそう言って退けた。
あんなこっぱずかしいセリフ、男の僕でさえ寒気がしたほどだ。
言われた本人はたまった者じゃないだろう。
現に澪は恥ずかしさのあまり固まっていたし。
そんな馬鹿げたやり取りをしながら、電車で二駅先で電車を降りてから数分。
今僕たちは、住宅街を歩いていた。

「この俺の最高の告白があれば俺は今頃……ぐへへ」

そう言いながら笑みを浮かべる佐久間だが、一体どんなことを想像しているのだろうか。
はっきり言って気持ち悪い。

「お、ここが俺の家だ」
「………ここか」

一気に正気に戻った佐久間が示した一軒家は、可もなく不可もなくといった感じのごく普通の家だった。

「ただいま」

そう言いながら玄関を開けて中に入る佐久間に、僕は玄関の少し手前で立ちどまっていた。

「ほら、入りなよ」
「ああ。お邪魔します」

佐久間に促らされ、僕は佐久間家へと足を踏み入れた。

「お帰りなさい、慶介……あら?」

奥の方から佐久間の母親なのか、温厚そうな女性が姿を現した。

「慶介のお友達?」
「あ、はい。高月浩介です」

尋ねられた僕は、出来る限り丁寧に名乗りを上げるとお辞儀をした。

「これはご丁寧に。慶介の母の吉江です」

女性……吉江さんは静かにお辞儀をし返した。

「それじゃ、俺の部屋に行くか」
「あ、ああ。お邪魔します」
「後で、飲み物を持って行きますね」

吉江さんのその言葉を背に受けながら、僕は佐久間の自室へと向かうのであった。










「ここがお前の部屋か?」
「そうだぜ。ちょっと散らかってるがな」

部屋に足を踏み入れた僕の言葉に、佐久間が答える。
6畳ほどの広さのある祖の部屋には勉強机と本棚、テーブルなどが置かれている。
それ以外に目立った装飾品はない。
机の上も漫画が数冊ほど混ざってはいるが、殆どが教科書類。
散らかっているとは言えない状況だった。

(何だろう)

そして、そんな部屋を見ている僕は、何となく違和感を覚え首をかしげる。
何かがおかしいような気がするのだ。

「さあ、教えてくれ!」

そんな僕の違和感は、佐久間の催促の言葉によって頭の片隅へと追いやられた。

「まずは何から行く?」
「数学!」

即答だった。
凄まじい決断力だ。

「それじゃ、要点と公式を交えて問題を解いていく。今日の目標はこの科目の勉強を終えること!」
「え゛!?」

僕の上げた目標に、佐久間がカエルを潰したような声を上げる。

「返事は?」

そんな彼に、僕はぎろりと睨みつけながら返事を促す。

「い、イエッサー!」

兵隊のような返事をする佐久間に、ため息を漏らしながら勉強を教えて行くのであった。










勉強を教え始めてから数時間が経過した。
佐久間は呑み込みが非常に早く、教えたことを次々に覚えて行く。

「それじゃ、この演習問題を解いてみて」
「ああ」

教科書に載っている問いを試しに解かしてみた。
問題は二次関数の展開だ。
おそらく関数の問題で一番躓くであろう箇所がここだろう。
それを解いている佐久間の姿を見ながら、僕はふと一人の人物の事を考えていた。

(唯、しっかりと試験勉強しているよな?)

赤点を取って、追試で合格点を取らないと部活禁止=部活廃止という壮絶な条件を与えられた唯だ。
彼女が試験勉強をするところが全く想像できない。
出来るとすれば……

『あはははー、うふふふー』

楽しげにベッドで寝転がりながら端から端まで転がっている唯。
そして、その手には漫画があり、お菓子を口にしてまた転がっている姿だった。

(ないよな。あって欲しくない)

そんな本人にはかなり失礼な妄想を頭の中から消し去る。
ちょうど5分ほどの時間が経った時、佐久間は演習問題を解き終え、僕はそれの答え合わせをした。

「正解だ」
「よっしゃー! これで試験範囲完全コンプリート」

結果を告げると、大きく伸びをしながら喜びをかみしめている佐久間の姿に僕は思わず苦笑してしまう。

「って、もうこんな時間か」

佐久間につられて壁に掛かっている時計に目をやると、時刻は9時を大幅に回っていた。

(みんなに連絡しておいてよかった)

ここに来る前の電車の中で、僕は携帯電話のメールでH&Pのメンバー全員に友人に勉強を教えるから帰るのが遅くなると連絡しておいた。
もし連絡していなかったら、今頃携帯の着信履歴はメンバーの名前で埋まっているだろう。
そして、会った瞬間にお小言の嵐だ。

(何だか背筋がぞくぞくしてきた)

「そうだ! どうせだし、夕飯を食べてかないか?」
「え? それはあんたの母親に申し訳ないよ」

さすがに夜遅くに二人分の夕食を作らせるのは、常識の面からばかられる。

「大丈夫大丈夫。作るのは俺だし」
「それはどういう意味?」

自室を後にしながら言う佐久間に、僕は後を追いながらさらに追及する。

「お袋、夜はパートでいないんだよ。だからいっつも夕飯は俺が作ってる」

確かに、佐久間家内に僕たちを除いて人の気配がない。

「という事は共働きか」

最近の家庭はどこも大変なんだなと思いながら、リビングに足を踏み入れた僕に佐久間はさらに衝撃的な事を告げた。

「いや、親父はいねえよ。俺が小学生のころに天国に旅だったから」
「……悪い」

辛いことを思い出させてしまった僕は、佐久間に謝った。

「気にすんなって。俺は別に気にしてねえし」

そう言いながら、包丁で野菜を切って行く佐久間の手つきはかなりのものだった。

「まあ、昔は大変だった。お袋は落ち込んでずっと暗いオーラを纏っているし。俺まで暗くなってたら、今頃真っ黒さ」
「まさか、何時ものあのバカげた言動は」
「本心が4割、演技が6割といった所だ」

佐久間の答えを聞いてようやく、頭の中に浮かんでいた疑問が解決した。
僕が感じた佐久間の自室への違和感の正体は、性格だった。
部屋というのは自ずと性格を表す。
無頓着な(もしくはだらしない)性格だと部屋は散らかっている。
勿論、一元にそうだとは言えないが、僕の抱いている”佐久間慶介としての姿”と、部屋が表現している”佐久間慶介”という人となりがまったく一致していなかった。

「まだ誰にも言ってねえんだぜ。これ」

自信満々に告げる佐久間に、僕は頭を抱えそうになった。

「………僕に言ってもよかったのか? もしかしたら誰かに話すかもしれないぞ?」
「お前はそう言う奴じゃねえだろ?」

佐久間のその一言は、僕の心を揺さぶった。
確かに、僕は人のそう言った部分を積極的に漏らすようなことはしない。
尤も、言うべき時やそれほど重要でない、どちらかと言えばくだらない秘密の場合はこの限りではないが。
だが佐久間は僕という人間を、断片的にではあるが理解している。
目の前の男の観察力に僕は舌を巻いた。

(本当に、こいつは)

そして僕は呆れていた。
自ら嫌われるような性格を演じなくても良い物を。
だが、それがどこかおかしくも思える。

「ほれ、出来たぞ。食べようぜ」
「ああ。いただきます」

テーブルの上に配膳された肉じゃが等の料理は非常においしそうにも見えた。
僕はその中で、肉じゃがに口を付ける。

「美味しい」
「だろ! いやー、食べてくれる奴がいるのは嬉しいもんだ、うん」

僕が口から漏らした感想に、佐久間は嬉しそうに頷いている。
その様子に子供かと思いながら、僕は佐久間が作った料理に舌鼓を打つのであった。










「悪いな、勉強を教えて貰ったり皿洗いまでさせちまって」
「いいって。こっちこそ夕飯までごちそうになったんだし。それ位しないと罰が当たる」

別れ際、玄関先まで見送りに出てきた佐久間の謝罪に、僕は手を振って返した。
皿洗いはさすがに僕がやった。
そうでないと、居心地が悪く感じるような気がしたからだ。

「じゃあな」
「ああ、また明日な。浩介」

僕は佐久間にそう告げて背を向け歩き出そうとするが、足を止めると佐久間に背を向けたまま声をかける。

「佐久間」
「何だ?」
「明日もビシバシと行くからな、覚悟しとけよ慶介・・

僕は、彼にそう告げた。
それは僕にとって彼を真の友人と認めた瞬間だった。

「おう! 望むところだ」

後ろから返ってくる慶介の威勢のいい言葉に、僕は苦笑を浮かべながら手を振ることで答えると、今度こそ歩き出すのであった。

(あと少しで、僕は佐久間慶介という人間を完全に誤った認識をする所だった)

僕もまだまだ未熟だと実感した。

(近いうちに父さんの方に電話でもかけてみるか)

慶介の話を聞いた僕は、無性に父さんの声が聞きたくなったのだ。
僕も十分にも子供だなと思いながら、自宅へと戻るのであった。











ちなみに余談だが。

「おせぇんだよ!!」
「ごめんなさい!!」

家に戻った瞬間、田中さんの罵声が浴びせられることになった。
その場星に、僕はその場で土下座をして謝った。
他にも罵声を浴びせなかったものの、完全に怒っているであろう中山さんや、満面の笑みを浮かべている荻原さんの姿があった。
荻原さんの笑顔はものすごく恐ろしささえ感じさせた。
ちなみに、みんながここまで怒っている理由としては、

「遅くなるとは知っていたが10時過ぎたぁ、度が過ぎるだろうが!!!」

とのことだった。 
この日、青筋を浮かべるみんなによって、ぶっ通しで数時間も練習をさせられる羽目になるのであった。
さらに後日の練習メニューがハードなものになると言われた僕は、崖から身を投げるぐらいの覚悟を決めることにした。
こうして、僕にとって地獄の日々が幕を開けるのであった。



ライブまであと9日。
追試まではあと7日。

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