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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第27話 正体とクリスマスと

「先生の考えている通り、DKは自分のことです」

僕の言葉に、山中先生は表情を変えることはなかった。

「見下すとか遊びという見方もできなくはないですね。別に否定はしません。もしかしたら、自分が知らないところでそう思っているところもあるかもしれませんから」

僕自身には他者を見下すつもりは全くないが、もしかしたら心の中ではそういう風に思っているのかもしれない。
僕は”ただ”と言葉を続けた。

「ここにいれば、僕は”DK”ではなく、”高月浩介”として演奏ができます。だからここにいるのかもしれませんね」

DKと言う偽名を名乗って、有名になっていくにつれて気づくと僕は複雑な状態になっていた。
それは、ただの学生としての高月浩介と有名なギタリストに名を連ねるDKという二つの顔。
両極端なそれは、時折僕自身に疑問を抱かせる。
どっちが本当の自分なのだろうか?――と
正体を明かせばいいのではないかと言うことになるかもしれないが、今はまだ高校生。
さすがにそれをするのは憚られる。
それに、やはりDKである僕のおかげでH&Pが有名になれたという評価が気になっていた。

「……そう」

僕の話に、山中先生は申し訳なさそうな表情で応えた。

「それに、彼女たちはいつしか僕すらも驚くような最高の演奏をしてくれる。……根拠はないんですけど、そんな気がするんです。だから僕はそれを見てみたいんです」
「そういうことだったのね」

山中先生は否定することもせずに頷きながら相槌を打つ。
田中さんにこの話をしたら、きっと小言とかを言われるかもしれないがそれでも僕は今の言葉を撤回する気はない。

「あと、くれぐれもこのことは――」
「分かってるわ。誰にも話さないわ。さすがに教え子のことをペラペラと話すのは教師失格だからね」

僕の言葉を遮って、笑い飛ばすようにそう告げる山中先生のことを信じることにした。
普段はあれだが、教師としてはとてもいい人なのは確かなのだから。

(あ、そういえば)

「あの、先生。もうひとついいですか?」
「何かしら?」

そんな時、ふとあることを思い出した僕は、ダメもとで山中先生に訊いてみることにした。

「サインとか、もらえませんか?」
「……ごめんなさい。今なんて言ったのかしら?」

僕のお願いに、目を丸くしながら聞きかえしてくる山中先生に、やっぱりかと思いながら事情を説明することにした。

「普段は物静かな性格だけど、楽器を手にすると異様に性格が変わるベーシストがいまして、その人がDEATH DEVILのキャサリン……つまり山中先生の大ファンなんです。前にサインがほしいって言っていたので」
「そ、そう。嬉しいような悲しいような。まあいいわ。ちょっと待っててね」

ダメもとだったのだが、どうやらOKのようでどこから取り出したのか、色紙にサインペンで書きこんでいく。

(どうして色紙なんて持ってるんだろう?)

世の中には、僕にも分からないことが多くあるようだった。

「はい。これをその人に渡してね。ただし――」
「山中先生の名前は決して言いませんので、安心してください」

山中先生の言わんとすることを察した僕は、先生の言葉を遮って応えた。

「お互い、正体を隠すのに苦労するわね」
「ええ、全くです」

山中先生もDEATH DEVILでのことを隠している(と言えるのかどうかは定かではないが)あたり、共感できるところがあった。

「それじゃ、僕はこれで。さようなら」
「さようなら」

僕は手早く荷物をまとめると、先生に一礼して部室を後にした。

(さて、古文の課題を提出しないと)

担当の先生から書き直して再提出されるように言われた課題を提出するべく、僕は職員室へと向かうのであった。
これは余談だが色紙を荻原さんに渡したところ、とても喜んでくれた。
それは嬉しさのあまりに気を失うほどに。
ちなみに、荻原さんを起こすのにかなりの時間がかかることになるのだが、それはどうでもいい話だろう。









それからしばらく立った日の朝。

「何だか変に時間が余った」

いつもより早く目が覚めてしまった僕は、朝食を早めにとったのだが、やはりと言うべきかいつも家を出る時間よりかなり早い時間には準備ができてしまった。

(早く行くのもいいけど、どうせならのんびりしたい)

せっかちすぎるのもあれなので、結局僕はいつもの時間までニュース番組を見ることにした。

「続いてのニュースです」

先ほどまで報道していたニュースから話題を変えるように、女性アナウンサーが告げると遅れて画面下にニュース内容が表示された。

「―――町にて、女子高生が何者かに切りつけられる事件が発生しました」
「ん?」

告げられた内容に、僕は眉をひそめる。
そんな僕をよそに、ニュースはさらに続く。

「先日午後6時ごろ、人が血を流して倒れているのを近所の住人が発見し通報しました。女子高生は病院に搬送されましたが搬送先で死亡が確認されました」
「…………」

あまりにも悲惨な結果に、思わず右手を強く握りしめていた。
それは僕の中にあるかすかな正義によるものなのか、それとも職業病だろうか?

「警察は手口や時間帯が二日ほど前から発生している連続通り魔事件と酷似していることから、同一人物による犯行と断定し犯人の行方を追っています」
「やっぱりあの通り魔事件か」

――連続通り魔事件。
それは三日ほど前から発生している事件だ。
最初は今回の事件が発生した場所から二駅分離れた場所の住宅地でそれは起こった。
帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられたのだ。
その次の日の同じ時間帯に今回の事件が発生した場所の隣の住宅地でも帰宅途中の女子高生が何者かに切り付けられた。
二件とも通報が早かったため、幸いにも一命を取り留めることができたが、今回はそうではなかったようだ。

(一日に一駅分移動しているな)

犯人は、どういう理由なのかは分からないが一駅ずつ移動して犯行に及んでいる。
だとすると、次の犯行場所は自ずと分かってくる。

「もし、今日もあるのだとすれば。それは………ここか」

二日ほど前から徐々にこちらに近づき、そしてとうとうここへとたどり着いた。
もちろん、これは僕の勝手な憶測だが注意するに越したことはないだろう。

(部活の時に言って早く帰るように促そう)

僕はそう心の中で決めると、出るのにちょうどいい時間帯だったのでテレビの電源を切って家を後にするのであった。










季節とはすぐに移ろうものだ。

「今日も冷えるな~」

冬真っ只中の12月。
僕は、寒い風が吹き付ける道を歩いていた。

「浩く~ん!」
「ん?」

背後からかけられる声に、僕は声のした方へと振り向く。

「唯に憂か」
「おはよう、浩君」
「おはようございます。浩介さん」

いつものようと変わらぬにこにこと幸せ全開の表情を浮かべている唯たちの姿があった。
いつもと違うのはマフラーを一緒にかけていたり手をつないでいたりしていることだが。

「おはよう二人とも。今日も仲良しだよな、二人とも」
「えへへ~、そうでしょそうでしょ~」

僕の言葉に、嬉しそうに反応する唯。
憂の方を見てみると、同じく嬉しそうだったのでまんざらではない様子だ。

「うんうん。仲好きことは良きかなよきかな」

不仲よりは断然いいので、僕も頷きながら歩き始める。

「あ、待ってよ浩君!」
「はいはい」

歩くのが早すぎたのか、遅れ気味の唯たちに呼び止められた僕は、二人が追いつくのを待つことにした。

(できれば、ここで”浩君”と大声で呼ぶのはやめてほしかったりもするんだけどね)

おそらく言っても無駄なので、口には出さずに心の中で苦笑しながらつぶやいた。
現に、周りから視線を感じるようなきがする。
そして追いついた二人に、僕は歩調を合わせる。

「それにしても浩君は寒くないの?」
「なぜに?」

突然そんなことを聞いてきた唯に、僕は首を傾げながら理由を尋ねた。

「だってマフラーとかコートとかを羽織らないのに平気そうにしているから」
「カイロとかをつけてるんですか?」

二人から理由を聞いて大体把握ができた。

「いや、生まれてこの方つけたことはない」

ここに来て初めて知った”カイロ”という便利な道具。
とはいえ、僕には必要なものではなかったのでこれまで使ったことがない。

「そうなんですか!?」
「ずる~い」
「いや、ずるいと言われても」

唯の非難に、僕はどういえばいいのかがわからずそれしか口にできなかった。










「皆―! クリスマス会をしようぜー」
「クリスマス会?」

放課後、いつものように部室で部活動(とは言ってもお茶を飲んだりしているだけだが)をしている中、突然切り出したのは律だった。

「クリスマス会なんて聞いていないけど」
「うん、今話したばっかりだから。これがそのチラシ」

人数分用意していたのか、律からクリスマス会に関するチラシを一枚受け取った僕は、それに目を通す。
そこに書かれていたのはこんな内容だった。

――クリスマス会――
日時:12月24日
場所:ムギの家
会費:一人1000円
―――

「おい、人の家で開催するのになぜお金を取るんだよ」
「いいじゃん、いいじゃん」

ムギからも会費を取るのだろうか?
だとしたらものすごくあれなことになりそうなんだが。

「ごめんなさい、その日は都合が悪いの」
「あ、やっぱりだめか~」

律も想像はついていたのか、無理だと言うムギに対してすんなりと引き下がった。

「私の家は毎日何がしらかの予定があって、一か月前に予約をする必要があるの。本当にごめんなさい」

(一体どんな家なんだ?)

野暮だとは思うが思わず心の中でそうつぶやいてしまった。
それはともかくとして、ムギの家がだめになったことで代わりの場所を決めることになった。

「律ちゃんのお家はどう?」
「あー、ダメダメ。律の部屋は足の踏み場もないほどに散らかっているから」

最初に白羽の矢が立った律の家だが、澪によって却下された。
……何となく容易に納得ができてしまう自分が恨めしかった。

「なにをー!」

澪の言葉に食って掛かる律だったが、意外なことにたった一言だけだった。
静かに席に着いた律がにやりとほくそ笑む。

「澪の部屋は服が脱ぎ散らかしてあるもんな。下着とか」
「なっ!?」

律の言葉に、澪は一気に頬を赤らめさせる。

「浩介の前でデタラメなことを言うなっ!」
「証拠ならここにあるぞ」

そう言って取り出したのは数枚の写真だった。
その一枚を僕たちに見えるように掲げた。
写真に写っていたのは下着ではなく、どこかのテーブルの上に置かれた二つのパンだった。

「パンが二つでパン………」

律の言いたいことの意図がわかった僕たちは、何とも言えない空気に包まれた。

「他にもある―――」
「そ、それじゃあ浩介君の家はどうかな?」

別の写真を見せようとした律から写真をひったくろうとする澪と、それをガードする律との取り合いが始まった。
それをしり目にムギが次に白羽の矢が立ったのは僕だった。

「あー、僕の家はまだ食器棚の方が直ってないからご勘弁を」
「まだ直ってなかったのかよっ!?」

澪と写真の取り合いをしていた律にツッコまれた。

「この間新しい食器棚が届いたから、まだ組み立てている最中なんだよ」
「食器棚って何?」

事情を知らない唯に、律が簡単に説明を始めた。
ちなみに、食器棚だがまだ半分程度しか完成していない。
ここ最近バンド関係で時間が取れなかったためなのだが、それはただの言い訳に過ぎない。
できれば年末までには完成させたい。

「唯ちゃんのお家は?」
「大丈夫だよー」

即答だった。

「でも、クリスマスなのに両親とか大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。いつもお父さんとお母さん、旅行に行っていて今度はドイツだって」

だからいつもいないのか。
とすれば、両親に会えた僕はまさしく運がいいと言える。
……尤も、会った状況が良ければなおよかったのだが。

「それじゃ、決定だな」
「料理は任せて!」
「だ、大丈夫なのか?」

あまりにも自信を持って言われたため、僕は心配になって訊いた。
唯には失礼だが、どう考えても危険な気がするのだ。

「うん! 憂が作ってくれるから」
「………だと思ったよ」

今度憂には労いの言葉でもかけようと、心の中で誓うのであった。

「そうだ。プレゼント交換をやろうよ!」
「「やろう~やろう」」

律の提案に、ムギと唯が手を挙げて賛成した。

「変なものを持ってくるなよ?」
「それはお前だろ!」

にやりと笑みを浮かべる律の注意に澪が目を細めて返した。

「小学生の時に、プレゼントだとか言ってびっくり箱を渡したのは律だろ!」
「あー、あれはすごかったな。いきなり気絶するんだもん」

澪と律の会話だけで、その時に何があったのかが容易に想像できてしまった。

「何やってんだ? お前」
「べたですなー」

呆れながらツッコむ僕に続くように唯がツッコんだ。

(びっくり箱はプレゼント交換のべたなのか?)

後で調べてみようと、心の中で決めた。

「あ、和ちゃんも誘ってもいい?」
「もちろんだよ」

唯の問いかけに、律は二つ返事でOKを出した。

「それじゃ、すぐに誘いに行こう!」
「とか言いながら、引っ張るな!」

即断即決とばかりに僕の腕をつかんで歩き出す唯に、僕は慌てて抗議するが止まるどころかさらに歩く速度を速めた。

「急がないと和ちゃんが帰っちゃう!」
「分かったから、せめて引っ張るのだけはやめて! 転ぶからこれ、絶対に転ぶからッ!」

僕のお願いは、生徒会室前にたどり着くまで聞かれることはなかった。
ちなみに、真鍋さんだが、最初は

「部外者の私が参加してもいいのかしら?」

と渋っていたが、いつの間にかやってきていた律の「大丈夫だって。私たちはもう友達じゃん!」の一言で参加することとなった。
ちなみにそのあとの「参加者が増えれば会費が多くなるし」という声は僕は聞き逃さなかった。

「律、ろくでもない使い方はしないでね」
「もちろんだよ。まったく、浩介は気にしすぎだって~」

律にくぎを刺すように言ってみたところ、あからさまな笑顔で返された。

(絶対に変なことに使う気だったな)

願わくば、”変なこと”が軽音部にとってプラスになることであることを祈るばかりだった。
そんなこんなで、あれよ来れよという間に軽音部のクリスマス会の開催が決まるのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載&これからのこと

こんにちは、TRcrantです。

大変お待たせしました。
本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
旧26話ですが、非常に内容があれなものだったために、お蔵入りとなりました。
旧26話を読まれて、ご気分を害された方がいらっしゃいましたら、心よりお詫びを申し上げます。

さて、このブログの今後についてお話ししたいと思います。
これまでは特に考えてはいませんでしたが、利便性の向上を図っていきたいと思います。
ということで、下記の通りに変更します。

・本篇(第10話やプロローグなどの小説)の最後に前話と次話、および目次へのリンクを設置

小説を読んでいて1話を読み切った際に、次話のリンクをクリックするだけで次の話のページに飛べるようにします。
わざわざ目次に戻って次の話のリンクをクリックしなくても大丈夫なのです。
掲載している作品数が多いので、すぐには無理ですが順次対応していきますので、今しばらくお待ちください。


それでは、これにて失礼します。

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第26話 動く者

それはある日の放課後のこと。

「あ、さわちゃん」
「あなたたち今日もお菓子を食べてるの?」

軽音部の部室である音楽準備室を訪れた、さわ子はいつものようにお菓子を食べているのを見て声を上げた。

「お茶とお菓子が我が部の売りなもんで」
「律、ここは演奏をする部活動だぞ。それは売りにはならないだろ」

お菓子(今日はモンブラン)を口にしながら答える律に、同じくお菓子を食べながらツッコミを入れる澪。

「あれ、そういえば高月君の姿が見えないようだけど」
「あ、浩君だったら何だか用事があるらしいから、来ていません」

ちゃっかりとお菓子に舌鼓を打つさわ子の疑問に、唯はホワイトボードの方を指差しながら答えた。
それにならってさわ子もホワイトボードの方に視線を向ける。
ホワイトボードには唯達による落書きなどが書き込まれているが、その一部分にホワイトボード用のペンで四角く囲まれている個所があり、その囲いの中には『今日は休養のため部活を休みます。高月』と簡潔に記されていた。

「それにしても、浩介ってなんとなく不思議だよな」
「ん? どこが?」

不意に浩介の話に話題が変わり、律の言葉に澪は聞きかえした。

「だってさ、知り合いのギタリストに頼んで二つ返事で唯のギターを予約とかするし。不思議そのものじゃん」
「はい? りっちゃん、今なんて?」

”あー、確かに”と相槌を打つ澪をよそに、律の言葉に引っかかったさわ子が、信じられないと言った様子で問いかける。

「知り合いのギタリストに頼んで唯のギターを予約したっていうことですけど……どうしたんですか?」
「その知り合いのギタリストって誰――「DKです」――そ、そう」

さわ子の疑問に間髪を入れずに応えた澪の勢いに、さわ子は軽く圧されながら相槌を打った。

「あー、私今日はちょっと仕事があるんだった」
「そうなんですか」
「だったら、どうしてここに来たんですか?」

思い出したように、言いながら席を立つさわ子に紬は残念そうな言い、律はジト目で疑問を投げかけた。

「お茶をするのもいいけど、ほどほどにね?」
『はーい!』

顧問らしく注意をしたさわ子は部室を後にした。

「教師って、いろいろあるんだな」
「律ちゃん、そのキャラに合わないよ」

腕を組みフムフムと頷く律に、唯は容赦ない一言を放つ。

「そんなことを言うのはこの口かー」
「いひゃいひょ、ふぃっひゃん!(痛いよ、律ちゃん)」
「ふぉら、ふぁたふぃのほっふぇをふへふな(こら、私のほっぺをつねるな)」
「……何をしてるんだ? 二人とも」

お互いの頬をつねりあう二人に呆れたようなまなざしを向けながら口を開く澪と苦笑している紬。
軽音部は、今日も通常運航だった。










一方、職員室へと戻ったさわ子は真剣な面持ちのまま席に着く。

(おかしいわ)

心の中でつぶやいたのは、違和感だった。
さわ子は、急な仕事などは特になかった。
さわ子にとって、軽音部の部室は砂漠の中にあるオアシスのようなものであった。
その理由の一つにお菓子やお茶などがあることも含まれているのはご愛嬌だが。
そのひと時を棒に振ったのが、さわ子の感じた違和感だった。

(いくら知り合いとは言ってもプロのギタリストが、二つ返事でレスポールの予約をするかしら?)

もしかしたら、そういう可能性もあるのかもしれないが、さわ子の中ではあまり釈然としなかった。

(DKと言えば、H&Pのギタリスト。本名も不明だけど、その腕は他の誰にも追随を許さないほどうまい)

さわ子はDKに関して知っている情報を頭の中で整理する。

(…………いけないわね)

だが、考え始めたところでさわ子はそれをやめた。
それは教師として生徒のことを探ってはいけないという自制心が働いたからである。

「さぁて、仕事仕事」

ちょうどいい機会だとばかりに、さわ子はそれほど急を要しない事務作業に取り掛かるのであった。










「ただいまー。とは言っても、誰もいないんだけどね」

いつもより早めに自宅に戻ったさわ子は、自虐的な笑みを浮かべながらつぶやきながら、バックを床に降ろす。
さわ子は、テーブルに置かれたリモコンでテレビをつけるとビデオなどが置かれている棚から一本のパッケージを取り出すと、それをDVDプレーヤーに読み込ませる。
しばらくして、画面に映し出されたのはH&Pのバンド演奏の模様だった。

『H&Pライブ総集編』と題されたそれは、文字通りH&Pのライブでもっとも好評だった曲の演奏シーンが収録されていた。

放課後でのやり取りでH&Pの演奏を見たくなったためだ。

「………え?」

最初に聞いていた曲が終わり次の曲、『Leave me alone』の演奏が始まりDKが歌いだした瞬間、さわ子はまるで体に電流が走ったような錯覚を感じた。
そして、慌てた手つきで巻き戻すともう一度再生を始める。

「やっぱり、似ている」

さわ子は、DKの歌声がかすかにではあるが浩介と似ていたことに気が付いたのだ。

(いや、でも気のせい……他人の空似と言うこともあるわよ)

結論を出そうとする自分に言い聞かせるようにさわ子は心の中でつぶやく。

(そういえば、DKは三年ほど活動を休止していた。そして高月君は三年ほどイギリスに留学をしていた………偶然よね?)

考えれば考えるほど、否定をする材料がなくなっていた。

「それなら、実際に生で演奏を見ればいいのよ」

テレビで聞いたために、もしかしたら歌声が似ているという可能性もあったためにさわ子は実際にライブを見ることを決めると、すぐさまパソコンを使ってライブの日程を調べだすのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


その場所に行くのに、とても神経を使う。
この日、僕は中山さんたちからある場所を訪れるようにと告げられていた。
その場所は僕たちが契約している事務所だ。
名前を『チェリーレーベルプロダクション』という。
荻原さんの父親が社長を務める事務所だ。
僕がH&Pを結成するときに契約を交わしたのだが、当初はいつ潰れてもおかしくない状態だったらしい。
アイドルグループやH&Pを含むバンドグループが所属している。
活動面に関して、社長は特に制限は設けていないが、必ず事前報告をするようにと言われている。
なんでも金銭トラブルを防ぐためらしい。
その事務所は、僕が住んでいる場所から電車で二駅ほど離れたところにある。
そのため、僕は電車に乗り込んで事務所のある駅で降りると駅前に出る。
そして駅前に停められていた個人タクシーに乗り込むと、行き先を告げるよりも早くタクシーは動き出した。

「いつも、大変ですね。DKさん」
「まあ、慣れっこですよ。それに、大変なのはお互いお様じゃないですか」

運転手の言葉に相槌を打つと、『それもそうですね』と苦笑した様子の言葉が返ってきた。
この運転手の人は、事務所が雇っている個人タクシーなのだ。
事務所が雇っていると知られないために、内密に契約が結ばれていたりするほどの徹底ぶりだ。
これも、僕たちの正体を隠すための手段だ。
タクシー内でいつもの黒づくめの服装に着替え、黒のサングラスをつける。
タクシー内ほど、着替えるのに最適な場所はない。
なぜなら、走っている間であればよほどのことがない限り車内は見えることもないからだ。
素早く着替えさえすれば着替えている最中のところを誰かに見られる心配がない。
とはいえ、絶対に大丈夫というわけではないが、これまで何度もこの方法を使っているが僕の正体に関する記事は出たことがないので、それほど心配する必要はないと思っている

(尾行する車もないしね)

まるでVIPだなと思いながら着替え終えた服と学校の鞄を黒いバックに入れると事務所前に向かうのであった。










「おはようございます」
「おはよう、DK」
「おう、DK」

挨拶をしながら中に入ると、ベンチに腰掛けていたMRやYJが挨拶を返してくれた。
事務所内は昔と変わらず人一人が通るのがやっとの狭い通路があり、その先の開けた場所には緑色のベンチが置かれていた。
そのベンチに腰かけているのがMRにYJたちなのだが。
開けた場所は無機質な机が並べられており、そこにはいろいろな書類が置かれている。
窓と反対側の壁にあるホワイトボードには事務所に所属する団体や人たちの予定が所せましとばかりに書き込まれていた。

「他の人は仕事なのかな?」
「ああ、そうだよ。寝る間もないとはこのことを言うのだね」

僕の疑問に答えたのは、先ほど僕が通った狭い通路から現れた口元にひげを生やした男の人だった。

「社長、こんにちは」
「ああ、こんにちは。DK君」

目の前の男……社長は僕のあいさつにやわらかい笑みを浮かべながら挨拶を返した。

「さて、H&P全員そろったようだしミーティングを始めるとしよう」

そう言って、ベンチに腰かけてテレビを見ていたMRたちを集めた社長は咳払いをすると口を開いた。

「数日後に開かれる定期コンサートだが、今回は席がほぼ埋まっている。これは、君たちへの期待の表れだ」
「つまり、その期待に応えられるようにしろ、ということですか?」

社長の言わんとすることを口にしたMRの言葉に、社長は嫌な顔一つせずに頷いて答えた。

「それだったら、言われなくてもわかってるさ。それに、俺たちは客が多かろうが少なかろうが、いつでも全力でやるさ」
「……その言葉を聞けて安心した。今回はDK君が復帰して初めての定期コンサートだ。三年という時間が人を変えることすらある」

きっと社長は不安だったのだろう。
僕たちの誰かが考えを変えてしまうことに。
”たとえお客が一人でも、その一人を満足させられる演奏をする”
それが、僕たちH&Pの誓いの言葉だった。
いま、ここまで有名になれたのはこの言葉のおかげではないかと思っている。

「だが、皆は変わっていない。それを私は確信した。数日後のコンサート、全力で演奏するように」
『はいっ』

社長の言葉に、僕たちは声をそろえて返事をするのであった。










それから一週間後の放課後のこと。

「浩君、帰ろう」
「あ、ごめん。今日ちょっとやることがあるから先に帰ってくれるかな?」

部活を終えて帰り支度を済ませた唯たちが部室の出入り口の前で、”一緒に帰ろう”と声を掛けてくるが、僕はそれを断った。

「やることって、まさか如何わしいモノを読むためとか?」
「えぇ!? そうなの? 浩君」
「そんなわけないでしょ。古文の課題が今日までだからそれをやるだけだ」

律の言葉を真に受けた唯が驚きながら聞いてくるが、僕はそれをため息交じりに一蹴した。

「何だか、大変なんだな。浩介も」
「まあ、自業自得ではあるけど。そういうわけで、先に帰ってて」

気遣うように声を上げる澪に相槌を打ちながら全員に帰るように促した。

「それじゃあね、浩君」
「頑張れよー」

それぞれが別れの言葉や応援の言葉などを掛けながら、部室を後にしていった。

「…………」

人の気配を確認してみるが、四人分の気配が徐々に遠のいて行っていた。
帰ったと見せかけて中の様子を見るという古典的なことはしなかったようだ。

「みんな帰ったので、出てきたらどうですか? 山中先生」
「…………気づいてたのね」

僕の呼びかけに答えるように音楽室とここをつなぐ扉が開き、中から山中先生が姿を現した。

「そりゃ、まあここ最近妙な視線を感じてましたから」

山中先生の僕を見る目つきがおかしくなったのを感じるようになっていた。
それは妬みや恨みと言ったの負の感情というよりは、僕に聞きたいことがあると言いたげな視線だった。

「それで、話はなんですか?」
「………………」

僕の問いかけに、山中先生は気まずそうに視線を周囲に向けるが踏ん切りがついたのはきりっとした表情を浮かべた。

「この間、あるバンドのライブを見に行ったのよ」
「はい?」

突然山中先生の口から語られた話の内容に、僕は思わず首をかしげてしまった。

「そのライブのボーカルの人の声と演奏の仕方が、似てるのよ。君に」
「………………」

今度は僕が固まる番だった。
それは衝撃と言うより驚きの方が勝っていた。
まさか声が同じであると気づかれるとまでは思っていなかったのだ。
ライブをするときは、いつも地声を出さないように声色を変えている。
だが、完全に隠すことは不可能で、どうしても要所要所で地声が出てしまう。
でも、普通の人の耳ではそれを判別することはほぼ不可能に近い。
その証拠に澪と話していてもそういった反応はない。
尤も、彼女とちゃんと話せた時間が短いので、そのためなのかもしれないが

「もちろん、他人の空似であるという可能性もあるし、私は無理に答えるように強要するつもりはないの」

考えをめぐらしている僕に、山中先生はさらに話を進める。

(教師と言う権力を振りかざさないなんて。本当にいい先生だ)

権力と言う武器を振りかざしてしまえば、僕は話さざるを得なくなる。
それでも、山中先生は僕が自分から応えるのを待っていた。
僕は山中先生がものすごくいい人だと改めて実感することになった。

「ただ、もしそうなのだとしたら、聞きたいの」
「何をですか?」

僕は、山中先生にさらに続きを促した。

「どうして、ここにいるのかを」
「……っ」

山中先生のその言葉は、僕の心に凄まじい衝撃を与えた。

「最高の演奏の腕があるのに、あえてそれを隠してまでここにいる理由がわからないの。見下すためとか、遊ぶためとかそんな理由だとは思っていないけれど」
「………………」

山中先生の話を聞き終えた僕は、静かに息を吐き出す。

「山中先生」
「何かしら?」

僕は覚悟を決めた。

「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「もちろんよ。生徒の事情は安易に漏らさないわ」

僕のお願いに、山中先生は即答で答えた。
自分の正体を話すかどうかは、僕自身にゆだねられている。
つまり、僕が話したいと思ったらいつでも話してもいいということだ。

「先生の考えている通り、DKは自分のことです」

そして、山中先生が最初に僕の正体を話す人となるのであった。

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『To Loveる~二つの人格を持つ者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

大変お待たせしました。
本日、『To Loveる~二つの人格を持つ者~』の最新話を掲載しました。
内容もそこそこの長さであり、なおかつ後半は色々な意味で進展があったような感じです。
婚約解消については次話で終わりそうです。


それでは、これにて失礼します。

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第6話 婚約解消

「あ、竜介おかえり」
「ただい……ま」

学園でのごたごたがあり、逃げるように自宅に帰ってきた俺は、目の前の光景に言葉を失った。
そこは自宅のリビング。
腕にはご機嫌な様子でしがみついているララさんの姿。
そんなことすら吹き飛んでしまった。

「何でここにいるんだ!?」
「いや。これからも長い付き合いになるからな、ご家族の方にご挨拶でもと思ってな」

その原因は、俺の絶叫に近い問いかけにソファーに腰掛けて美柑に出された飲み物を口にしながら答える、ザスティンだった。
そのザスティンは自分の足元にある紙袋から包装された詰め合わせセットのようなものを取り出す。

「あ、これつまらないものですが」
「わざわざご丁寧に」

詰め合わせセットを律儀に手渡された美柑はそれを手にしたまま俺の方に視線を向ける。

「聞いたよ竜介。宇宙人のお姫様と結婚するんだって?」
「だからそれは」
「私ララっていうの。よろしくね」

俺の言葉を遮るようにして、ララさんは自己紹介をする。

「竜介の妹のです美柑。できの悪い兄ですがよろしくお願いします」
「うわー、かわいい!」

なんだかものすごくひどい言われようだが、ララさんと美柑はすぐに打ち解けていた。

(俺の知らないうちにどんどん話が進んでいる)

つい一昨日までは平穏だった日常が、すでに崩壊しかけていた。
それどころか、もう首が回らない状態にまでなり始めていた。

(このままじゃだめだ)

「ところで婿殿。これからのことについてだが」
「ちょっと来て」

俺は話しかけてきたザスティンさんに、ちょうどいいとばかりに引っ張ってリビングの外に連れて行く。

「こんな場所に連れてきてどうしたのだ、婿殿」
「単刀直入に聞くけど、婚約の解消はできるのか?」
「何?」

俺の問いかけに、ザスティンさんの目が一気に細まり顔に険しさが増していった。

「婚約解消だと? 婿殿、本気ではあるまいな!」
「い、いやそうじゃなくて! た、例えばの話!」

緑色の輝く剣のようなものを突き付けながら問いただしてくるザスティンさんに、俺は両手を上げてとっさに浮かんだ言い訳の言葉を告げた。

(こんなの通じるはずがない)

「そうか、例えばか。ならいい」

(通じたよ)

言い方は悪いが、ザスティンさんが馬鹿であるというのはほぼ決定だろう。

「それで、話を戻すけど。もし何らかの理由で婚約を解消しなければいけなくなった時、その方法ってあるのか?」
「うぅむ。解消する方法はあると言わざるを得ない」

俺の疑問に、ザスティンさんは顎に手を当てて考え込みながら答え始める。

「え、あるの?」
「………」
「だから例えばの話だって」

あまりにがっつきすぎたのか、ザスティンさんは疑いのまなざしを俺に向けてきたため、俺は再び”例えばの話”と強調した。

「そうだな……デビルーク星の婚約の儀には、クーリングオフ期間が設けられている」
「クーリングオフ?」

いきなりここで”クーリングオフ”と言う単語が出てきたため、思わずおうむ返しに聞いてしまった。

「簡単に言うと、通販などで違った商品が送られてきた際に返品ができる制度のことだ」
「いや、それぐらいは知ってますから」

言い方が悪かったのが、”クーリングオフ”についての説明を始めたザスティンさんに、俺は思わずそう突っ込んでしまった。

「そのクーリングオフだが、婚約の儀から三日以内にあることをすればいい」
「あること?」

ついに核心の部分に話が進んだため、俺ははやる気持ちを抑えながらも先を促す。

「それは―――」

ザスティンさんから告げられた方法は、俺にとっては最悪なものであった。










夜10時。
そろそろ寝る時間であることもあり、俺は自室にいた。

「これでよし」

ようやく書き上げた交換日記を閉じながら、俺は席を立ちあがる。
そしてベッドの枕元に置かれている時計を手にする。

「タイムリミットは明日の夜8時43分」

婚約解消のタイムリミットの時刻に目覚まし時計が鳴るようにセットする。
とはいえ、まだ鳴るようにはしない。
いま鳴るようにすれば明日の朝になることに鳴るからだ。

(にしても、よりによって婚約解消の方法が婚約をする際にしたことと同じことをしながら、婚約解消を宣言することだなんて)

思い出してみよう。
俺が婚約の儀にしたこと、それは……

(胸を触りながら、婚約の解消を宣言するなんてこと……俺にできるのか?)

自問自答してみるが、答えはNoだ。
先ほども、試みてみたが………とん挫した。
そこで、俺は最後の手段を講じたわけだが。

(寝よ)

そして俺は、眠りにつくのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ん……」

それはいつもの浮遊感。
たとえるならば、普通に朝に目が覚めるような感覚だろう。
尤も、今は朝ではなく夜だが。
具体的に言えば夜の12時だ。

「またか」

横から寝息が聞こえると思い隣を見ると、そこには服を纏わずに心地よさそうな表情を浮かべて眠っている姫君の姿があった。

(昨日のでまさかとは思ったが、こうも何度もやられると少々あれだな)

ため息交じりに、私は姫君を起こさないようにベッドから出る。
そして、机の上に置かれた日記帳を手にする。
それを確認するのが、私の日課だ。
書かれているのは、先日に起こったことや相談など様々だ。

「はぁ?!」

交換日記に書かれていた内容に、私は思わず声を上げてしまった。

『婚約解消をしたいが、それをするには明日の午後8時43分までにララさんの胸を触って婚約解消を宣言しなければいけない。
俺には胸を触ることなんてできない。
どうすればいい?』

それが日記に書かれた内容だった。

「我が半身ながら情けない……とは、言えないな」

私も胸を触るなどと言う破廉恥な行為は、できる限りしたくはない。

「と言うより、竜介は私にどうさせたいんだ?」

まさかとは思うが、自分の代わりにやれというのではあるまいか?

(そんなのお断りだ!)

それはある意味当然の結論だった。
私はとりあえず、竜介の切実な訴えに対する答えを簡単に書いてから日記帳を閉じる。
そして、静かに竜介の部屋を後にする。










「よし、こんなもんだろ」

リビングでティーカップに紅茶を淹れた私は、適当な席に座ると隠しておいた本に目を通しながら紅茶に口をつける。
そして深夜2時には再びベッドに戻り眠りにつくことで、体の支配権を竜介に戻す。
それが、私の日常でもあり、唯一の楽しみであった。
二人で一つの肉体を共有するというのは、いろいろ不自由なものだ。
ちなみに読んでいる本はとある筋より手に入れた教本のようなものだ。
私は、ティーカップを手にすると紅茶を口にする。
口の中にまろやかかつ、程よい甘みのある味が広がる。

「この家で紅茶をたしなむ人がいなくてよかった」

そうでなければ、私特製のオリジナルブレンドの茶葉はすぐに底をついてしまっているのだから。
ちなみに私の知る限りでは、紅茶をたしなむのは私ぐらいのはずだ。
もっとも姫君は知らないが。

(まあ、無くなったらまた調達すればいいだけなんだけど)

どれほどの時間が過ぎたか、読んでいる本も残すところ僅か数ページとなっていた。

「時間は……深夜の1時か。この分なら読み切れるだろう」

そろそろ新しい本を入手しなければと考えていると、廊下の方から気配を感じた。
それは姫君のものでもなければ知らない人物の気配でもない。

(妹君か)

相手の特定ができたところで廊下に続くドアが開き、妹君が姿を現した。

「はぁ、喉が渇い……うわっ!?」

寝ぼけているのかふらついている妹君はこちらを見ると、眠気が吹っ飛んだ様子で叫び声をあげた。

「……」

今までに何回も同じことをされているためもう慣れたが、私としては普通に接してもらえる方がいいのは言うまでもないだろう。

(竜介には何度も言ったが、私の方で対処した方がいいか?)

人任せでは何事も成しえないというのは、自分が一番わかっていることだ。

「……何度も言おうとは思ったが、私を見て叫び声を上げるな」
「ご、ごめんね」

怒っていると思われたのか、数歩後ずさりながら謝罪の言葉を口にする妹君の様子に、私は誤解を招いたことに心の中でため息を漏らした。

「別に怒っているわけではない。……ちょうどいい、話したいことがある。立ち話もなんだろうから座りな」
「う、うん」

とりあえず、話ができるように状況を運ぶことには成功した。
私はいったん席を立ちあがると食器棚に入れておいたティーカップをもう一つ取り出す。

「な、何?」
「のどが乾いているのだろ? 何か飲みながら話すとしよう」

私の突然の行動に驚いた様子の妹君に、私はそう返すと彼女の舌に合うように苦みの少ないオリジナルブレンドの茶葉を使った紅茶を注いでいく。

「どうぞ。苦くはないだろうが、苦かったら砂糖を入れてみると良い」
「あ、ありがとう」

お礼を言いながら戸惑った様子で紅茶に口をつける妹君は、いきなり目を見開かせる。

「おいしい」
「そうか。それは何より」

妹君の感想に、私はそう相槌を打つと、今まで開いていた本を閉じる。

「それで、話って?」
「もちろん、あの姫君のことだ」

紅茶を飲んで落ち着いたのか、本題を切り出してきた妹君に私は本題について話すことにした。

「ララさんのこと?」
「そう。お前は彼女のことをどう思う?」

頷きながらも、私はあの姫君の心象について妹君の問いかける。

「とてもいい人だと思う。竜介にはもったいないくらいの」
「はは。もったいないか」
「ご、ごめんっ」

妹君の言葉に思わず笑った私に、気分を以外したと感じたのか妹君は慌てて謝ってきた。
そんな彼女に、私は首を横に吸うか振りながら口を開く。

「別に気分を悪くしたわけではない。ただ、少々的を得た感想だったから思わずな」
「そ、そうなの?」

納得しているのかしていないのかよくわからない様子で妹君は相槌を打つ。
今まさに”婚約解消”をしようと目論む竜介に、彼女はもったいないだろう。

「そういうり、竜斗のほうは?」
「私か? そうだな……」

妹君に聞きかえされた私は、考えをめぐらす。
姫君……”ララ・サタリン・デビルーク”という人物について、私が知っていることは少ない。
だが、あえて言えるのであれば

「妹君と同じだろうな」
「何それ、ずるい」

頬を膨らませながらかけられる妹君の非難の言葉に、”それもそうだな”と返す。

「そしてもう一つ重要な話だ」

それは私にとってはこっちの方が本題と言っても過言ではない程重要なものだった。

「私を見て悲鳴を上げるのをやめろ。言葉遣いゆえに、怯えられるのは仕方ないとは思うが、もう数年も経過しているのだから、いい加減慣れてもらいたい」
「ご、ごめん」

私の言葉に、委縮する妹君に私は息を吐き出すと静かに立ち上がる。

「え?」
「妹君に言葉で言っても逆効果のような気がするから、こうさせてもらう」

言葉で伝わらなければ、態度で伝える。
それは昔から変わらないことだ。

「や、やめてよ。恥ずかしい」
「そうか? それは失礼」

恥ずかしがる妹君に、謝りながら今まで撫でていた頭から手を放す。

「お前はまだ子供なんだから、少しは甘えてはどうだ?」
「何だか、そういわれると馬鹿にされてるような気がするんだけど」
「事実だろ?」

まだ年端もいかない年齢だ。
ならば私の言葉に間違いはない。

「まあ、時たま年相応に見えなくなる時があるけど」
「そうなの?」
「家事全般をしているからか、それともしっかりとした性格だからか……まあ、それがいいのか悪いのかはわからないけど」

尤も、兄という立場で言うのであればかなり問題があるんだが。

「まあ、これからも度々こうして話すこともあるだろうから、その時はよろしく」
「う、うん」

理解ができていないのか、首をかしげていた。

「さて、もう夜も遅い。早く寝ろ妹君」
「美柑」
「ん?」

突然自分の名前を口にした妹君に、今度は私が首をかしげる番だった。

「私の名前は妹君じゃなくて美柑だから、そう呼んで。竜斗」
「…………善処しよう」

面と向かって言われた言葉に、私は視線をそらしながら返事をする。

「それじゃ、お休み」
「おやすみ」

リビングを後にしていく彼女の後姿を見送った私は、再び席に着く。

「本当に、年相応には見えないな」

私は小さくため息をつきながら、彼女が去って行ったドアから庭に続く窓の方へと視線を向けた。

「おやすみだ。”美柑”」

この日、私は初めて妹君の名前を口にするのであった。

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