「やぁッ!」
「■■■■■■ッ!!」
神剣を振りかざし迫る俺にそいつは火炎を放つとその場から飛び去る。
俺はしゃがみこむことで火炎をやり過ごす。
「ッく!」
着地していたそいつが猛スピードで俺に迫る。
「しゅんこうれんてんほう!」
俺とそいつの中間付近に衝撃波が放たれる。
それによってそいつの動きは少しではあるが止まった。
その隙を狙い俺は体制を整えるとそれを放ったであろう人物の元に飛んでいく。
「大丈夫でござるか? 渉殿」
「助かった!」
声をかけてくるブリオッシュに俺はお礼を言う。
「しかし、まったく変わらないでござるな」
「そうだな」
戦いを初めてどのくらいの時間が経っただろうか?
何度も攻撃を加えてダメージを入れたはずだ。
なのに、目の前にいるそいつはダメージが入っていることなどを微塵も感じさせない。
動きに陰りもなければ威力が落ちることもない。
逆に上がって行ってるようにも思える。
「紋章術を使えないのが痛いでござるな」
ブリオッシュがぼやく。
なによりもきついのはそれだ。
乗っ取られている状態とはいえ、媒体はユキカゼなのだ。
大ダメージを与えすぎれば、”核”に著しい負荷が掛かる。
それを避けるために、大ダメージを与える紋章術自体を封じ手にしているのだ。
霊術が残された効率的ダメージを与える方法だが、俺の霊力も残りわずかだ。
霊石は残りひとつだが、ここぞという時の為に霊力は温存したい。
その理由でこれも控えるようにしている。
であるならば残された手はただ一つ。
自身が持つ武器で地道にダメージを与えて行く。
それしかない。
ブリオッシュは言葉こそ余裕そうだが、声に余裕がない。
俺自身もだが。
さっきから感じる変な倦怠感によって、俺の動きは遅くなる一方だ。
おそらくは霊力が不足しているために起こる物質化への抵抗現象だろう。
「唯一の救いは、紋章術とかを使えないということぐらい……か」
「そうでござるな」
もしここで紋章術まで使われたら、もはや希望の光もないだろう。
「とにかく、もう一度”あれ”をやろう」
「あれ、でござるか……渉殿大丈夫でござるのか?」
俺の指示を聞いたブリオッシュが心配そうな表情を浮かべて訪ねてくる。
「大丈夫だ。さっきみたいにはならないさ」
そんなブリオッシュを安心させるように、俺は出来る限り笑顔で答える。
”あれ”とは俺が囮となり、ブリオッシュが一撃を加えるという戦法だ。
さっきは危なかったが二度も同じ失態はしない。
「よし、それじゃ行くか」
俺はそう気合を入れながら呟くと地面を蹴る。
向かうは魔物の元。
俺が見たのは、迫る俺を冷たく見つめる目と、振り下ろされた青色の炎を纏う右手だった。
「いつッ!」
気が付けば、俺は地面に倒れていた。
最初に感じたのは体中の痛み。
次に感じたのは周囲でぱちぱちとまるで気が燃えているかのような音と、燃えたぎる炎の音。
「一体何が……ッ!」
俺は痛む体に鞭を打って起き上がると、息をのんだ。
周囲はまるで地獄のようであった。
そこら中で燃える木々、草が生い茂っていた芝生も俺の周囲のみで焼き払われていた。
奥の方に目を凝らしてみると、そこにはこれを起こしたであろう魔物が立っていた。
「そうだ、ブリオッシュは……ッ!?」
慌ててブリオッシュを探した俺は、少し離れた場所で倒れている彼女の姿を見つけた。
「ブリオッシュ!!」
俺は攻撃をしないかに気を配りながら、ブリオッシュの元に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
ブリオッシュを抱き起して体を揺するが、反応がない。
俺は嫌な予感がして首筋に手を添える。
「脈はある……生きてる」
どうやら気絶しただけのようだ。
俺はほっと胸をなでおろした。
(大失態だ)
浮かぶのは後悔の念。
あの魔物は紋章術が使えないのではなかった。
ただ
使わなかっただけなのだ。
それを俺は勝手に決めつけていた。
戦場で決めつける事こそ一番危険。
それは俺が一番よく理解していたはずだ。
あの魔物は少なくとも知恵がある。
最も効率的な場面で紋章術を使ったのだから、疑いの余地もない。
「…………」
周囲で聞こえる木々の燃える音。
それは嫌でも俺の最期を思い起こさせる。
自分に自惚れ、そして傲慢だったがために味方から止めを刺された時のことを。
「……はは」
出てきたのはなぜか笑いだった。
最早俺に残された道はない。
これは絶望なのだろうか?
もう、無理なのだろうか?
(いや、まだある)
俺が絶対に使わないと決めてかなり前に封じた”神具”を思い起こした。
それは先がさすまた状に分かれている杖。
あまりの危険さが故に封じていた神具だ。
(このまま何もできないんだったら……)
俺は覚悟を決めた。
「目覚めろ、”天照”!!」
その叫びに呼応するようにして、俺が掲げた掌の上に一本の銀色の杖が現れた。
それを人が見れば”美しい”、”神々しい”という感想になるだろう。
だが、これは見た目とは裏腹に最凶の神具なのだ。
――天照。
その昔、神が人へと手渡した万物の神具と言い伝えられている。
別名聖杯とも呼ばれ、どのような願いでも叶えることが出来る。
まさに夢の道具だ。
だが、甘い話には裏がある。
この神具は願い事をかなえるのと同時にその人物の命を代償にするのだ。
しかも、この神具は度のような神であろうともキャンセルすることもできない。
更に不老長寿の願いは無条件で叶えることが出来ないという問題点が付いて回る。
主に使われる用途は生贄などだ。
その為、偶然なのか俺の手元に現れた時、自分で神具に封印をかけておいたのだ。
だが、それを自分自身で解いたのだ。
「神具、天照よ。俺の命を以ってこの願いを叶えろ」
俺が選んだ手段。
それは、自分の命と引き換えにユキカゼを救うことだった。
きっと俺の願いは聞き入れられるだろう。
「目の前の人物……土地神、ユキカゼ・パネトーネを元に戻せ!」
俺の願いが最後まで言い切ったのと同時に、天照が眩い光を発した。
それは俺には”了承した”と告げているようにも感じた。
やがて、発し続けていた光は不意に消えた。
「………」
それと同時に、俺自身も地面に倒れる。
体中の力が一気に無くなったのだ。
全ての感覚がどんどん無くなって行くのを感じているのに、何故か恐怖心は湧いてこなかった。
(ああ、そうか)
俺の意識がどんどんと黒に染まってゆく中、俺は恐怖心がわかない理由が分かったような気がした。
それはきっと……
(ユキカゼが、助かるからなのかもしれな………)
そして、完全に俺の意識は途切れた。
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