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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第41話 答え

ライブハウスでの一件から数日が経った。

(困ったな)

僕はあることに頭を悩ませていた。

「はぁ」
「おいおい、何ため息なんかついてテンション下げてんだよ!」

思わずため息をついていると、慶介から激が飛んだ。

「そう言うお前は馬鹿みたいにテンションが高いな。そんなにいいことでもあるのか?」
「今日は体育だぞ! 女子のキャッきゃうふふを見れるチャンスだ―――ぐばぁ!?」

とりあえずバカなことを言う慶介の顔面を蹴る飛ばすことで黙らせた。
どうせ、すぐに

「痛ってえな。最近力つけてないか?」

このように回復するのだから。

「うるさい。能天気なお前には想像もできない悩みがあるんだよ」
「その悩みって、この間言っていた新入部員の子がらみか?」

言葉を吐き捨てて、ジャージに着替えるべく男子トイレに向かおうとその場を後にしようとする僕の背中に、真剣な声色の慶介の言葉が掛けられた。
ちなみに、男子の更衣室は今現在も設けられていないため、増設された男子トイレが臨時の更衣室と化している。
これが、元女子高の現実だ。
僕は慶介の問いかけに、頷いて答える。

「辞めるのか?」
「いや、分からない。今はその可能性が高いことくらいしか」

慶介の問いかけに、僕は首を横に振りながら現状の考えを告げた。

「そうやって、何でもかんでも諦めるのは良くないと思うけどな。信じれば救われるっていうじゃないか」

慶介からの指摘に、僕は何も答えられなかった。

「俺のようなバカだって、受かってるって信じて受かってたわけだし」
「確かにそうかもな。出なければお前がここにいることなどありえないしな」
「あの、自分で言っておいてあれだけど、頷かれると地味にきついっす」

慶介の言葉に説得力を感じた僕が頷くと、慶介から落ち込んだ様子の声が返ってきた。

「ありがと。慶介の意見、参考にさせてもらうよ」
「そうか? それならよかった」

僕は慶介に”後で”と告げると、今度こそ教室を後にする。

(それでも、このままで放置するのは非常によろしくないな)

僕は心の中でつぶやくと、進行方向を変えた。
場所は、梓のクラスの教室だ。










梓のクラスの教室前まで来た僕は、教室内から死角になる場所で教室から出てくる生徒が来るのを待った。

「あれ、浩介さん?」
「ん?」

そんな僕によく知る人物から声が掛けられた。
見れば、そこには憂の姿があった。

「こんなところで会うとは奇遇だね」
「あれ? お姉ちゃんから聞いていませんか? 私、ここのクラスなんです」

そう言って指で指示したのは、僕が立っている教室だった。

「そうだったんだ。まったく知らなかった」

最近は唯たちの話を聞き流している状態だったため、もしかしたら聞き逃していたのかもしれない。

「あの、何か用ですか?」
「ああ、実は僕の名前を伏せて梓を呼んでもらいたいんだ」

運よく憂に会えたため、僕は梓を呼び出してもらうように頼んだ。

「別にかまいませんけど、どうして浩介さんの名前を隠すんですか?」
「ちょっと部活関係でいろいろあってね。名前を言うと逃げられそうだから」

我ながら、もっとましなことを言えないのかと思うが、これ以外の言い方は僕は持ち合わせていなかった。

「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」

(詳しい事情を聴かずに引き受けてくれるなんて、本当にできた妹だ)

軽くお辞儀をしながら中に入っていく憂に僕は、そんな感想を抱いていた。
それから待つこと数十秒。
ターゲットでもある梓が教室から姿を現した。

「あずにゃん」
「っ!?」

呼び出した人物を見つけるためか、僕に背を向けてあたりをきょろきょろと見回しているところに声を掛けると、その体が大きく震えた。

「その様子だと、病気ではないようだな」
「え?」

僕の言葉が意外だったのか、梓はこっちの方に振り返った。

「ここ数日部室に来なかったから、病気でもしたのかと思ったが、元気そうで安心した」
「べ、別に病気なんかじゃ」

ばつが悪そうに僕と視線を合わせようとしない梓の様子に、僕は苦笑しながらも言葉を続けた。

「どうして来なくなったのか、その理由は聞かないし、そのことで怒るつもりもない」
「それじゃ、何をしにここへ?」

梓から視線を外しながら言うと、尤もな疑問を投げかけられたため僕は再び視線を彼女に戻した。

「ちょっとしたアドバイスをね」

そう言って、僕は言葉を区切った。

「あずにゃんは軽音部をやめるのか? それとも続けるのか?」
「………」

僕の問いかけに、梓は何も答えなかった。

「急がなくてもいいから、しっかりと考えて自分自身で答えを決めること。決めたらいつでもいいから部室に来い。そこで梓の答えを聞かせてもらう」
「でも……」

僕の提案に、梓は難色を示した。
梓の気持ちもわからなくはない。
先輩たちの前で退部をすることを告げるというのは、僕が想像するよりも過酷なことなのかもしれない。
それでも、けじめというのは何事も必要なのだ。

「もちろん、無理やり引き止めさせたり罵声などを浴びさせないよう努力をすることを約束しよう。当然だが、その後偶然顔を合わせた時も自然と接することができるようにすることもね」

こればかりは他人の心なので、難しいが唯たちは根はいい人だ。
きっと僕の頼みを聞き入れてくれるはずだ。

「ただし、自分の口にした答えには責任を持つこと。一度自分で決めたことを撤回することも他者のせいには許さない。おそらく僕が罵声の一つでも浴びせるだろうけど」
「…………」

僕の言葉に、梓は真剣な面持ちで聞いていた。

「僕はどちらを選んでもらっても構わない。まあ、本音を言えばやめてほしくはないけどね。ようやく訪れた待望の新入部員という理由もあるけど、中野梓という存在は、軽音部のメンバーにとっていい意味で刺激を与える可能性があるからね」
「そうでしょうか?」

即答にも近い形で聞きかえされた僕は、思わず苦笑してしまった。

「まあ、梓にはこのまま続ける自由もありし、辞める自由もある。存分にどちらかの権利を使うといい。それじゃ」

僕は言うことだけ言ってそのままその場を後にした。

「え、あの? 浩介先輩?」

後ろで困惑した様子で声を掛けてくる梓に、僕は片手を上げて応じる。
僕は後ろを振り向くことはなかった。





その日の放課後、僕はいつものように部室へと向かう。

「あら、高月君」
「ん? 真鍋さん」

階段を上がろうとしたところで、誰かに呼び止められた僕が振り返るとそこには数枚程度の紙を手にした真鍋さんが立っていた。

「これから部活?」
「まあ、そんなところ」

真鍋さんの問いかけに、僕は頷きながら答える。

「それで、どうなの?」
「何が?」
「新入部員よ。続けていけそう?」

真鍋さんの言葉の意味するところが分からずに首をかしげている僕に、真鍋さんは分かりやすく説明してくれた。
だが、まず出てきたのは素朴な疑問だった。

「どうして、貴女が知ってる?」
「唯が言ってたのよ。『あずにゃんが部室に来ない』ってね」

疑問に答えた真鍋さんに、僕は軽く驚いた。
尤も、その驚きは”あずにゃん”と何の躊躇もなく口にしたことだったが。

「無理だろうな。おそらく、次に来るときは”退部届”を持参してくると思う」
「そう」

僕の推測に、真鍋さんは一言だけ呟いた。

「高月君は、彼女に続けてほしいと思っていないの?」
「そりゃ、もちろん思っているに決まってる。だが、辞めたいと言っている人に無理に居続けてもらうというのはお互いの為にならない」

だからこそ、梓にはどちらを選んでも構わないと言っているのだ。

「あなた、色々と損するタイプって言われるでしょ?」
「はは、正解。でもまあ、それでいい方向に向かうのであれば、構わないんだけど」

真鍋さんの鋭い指摘に、苦笑しながら相槌を打つと階段を上りきった。
そこは部室と生徒会室の分かれ道だった。

「それじゃ、また」
「会えたらね」

真鍋さんと別れの挨拶をした僕はさらに階段をのぼり部室へと向かうのであった。

(信じた者は救われる……ねえ)

慶介に言われた言葉がふと頭をよぎった。

(世の中には、信じただけではどうしようもないことだってあるんだよ)

ここにはいないやつに、僕は心の中で反論するのであった。










僕が梓に軽くアドバイスをしてからさらに数日が経った放課後のこと。

「あずにゃん、最近来ないね」
「来ないのかもしれないな」

ここ最近珍しく(かなり失礼だけど)毎日練習をしていた僕たちだったが、唯の口にした一言で、全員が手を止めてしまった。

「いや、来るんじゃない?」
「そうかな?」

僕の口にした予想の言葉に、唯は浮かない表情で聞いてきた。

(その時に『退部届』と書かれた封筒を持っているかもしれないけれど)

あまりにも酷いのでその予想だけは口にはできなかった。
そんな時、部室のドアが開く音が聞こえた。
ドアの方に視線を向けると、そこには梓の姿があった。

(やっぱり、そういうことか)

背中に自身の相棒でもあるギターケースがないのを見た僕は、梓の答えが何なのかを知ってしまった。

「最近どうして来なかったんだよ、梓? 毎日練習していたんだぞ」
「あずにゃーん!」

来なかった理由を問いただす律をしり目に、唯が梓に抱きついた。
だが、当の本人の表情は暗いままだった。

「どうした?」
「ま、まさか辞める……とか?」

表情がすぐれない梓に気づいた澪が尋ね、律が不安に満ちた表情で梓に問いかけた。

「そ、それだけは勘弁して下せえ」
「分からなくなって」

唯の言葉に、梓が体を震わせながらポツリポツリと口を開いた。

「どうして新歓ライブで、ヒック……皆さんの演奏で感動したのか、グス……しばらく一緒にやっていれば、グス……分かると思って……ヒック、でも全然わからなくて」
「あずにゃん……」

嗚咽交じりに紡がれたのは、梓の心からの叫びだった。
だが、言われてみれば、入部動機は”新歓ライブの演奏を聴いて感動したから”という類のものだった。
梓が、二か月も続けてきた本当の理由。
そんなもの、考えればすぐにでも思いついたはずだ。

(そんなことにも気付けなかったなんて……その結果こうして後輩を泣かせている………僕の方がどうしようもないバカだったんだ)

梓のその姿に、僕は気づかずに何もすることのできない自分に対して罪悪感に駆られていた。
そんな中、僕の方に視線を感じた。
見れば、唯たちが僕の方を見ていた。
その視線は”何か言ってやって”と告げているようにも思えた。

(……)

僕は無言で頷いて梓の方に向き合った。

『あなた、色々と損するタイプって言われるでしょ?』

真鍋さんに言われた言葉を思い出した。
確かに僕は損をするタイプだ。
だって、今だって非難されるようなことを言おうとしているのだから。

(でも、それでいいんだ)

それが、僕の役目なのだから。

「あんた、馬鹿じゃないの?」
「ッ!」
「浩介!」

僕の冷たい一言に、梓の肩が大きく震え、澪から罵声が浴びせられた。

「音楽の感じ方……受け取り方は、十人の人がいれば十通りある。だから、音楽の解釈に”答え”など存在しない」

尤も、作曲者が解釈について話しているのならば、それが答えになるが。

「僕たちは”中野梓”ではない。だから、その理由について答えを導くことは不可能だ。答えを導き出すのはあくまでも”中野梓”自信なのだから」
「何もそんな言い方をしなくても――「ただし」――」

律の非難の声を遮るように、僕はうつむかせている梓に言葉を続けた。

「梓が答えに導く助け程度のことなら、僕たちにでもできる……いや、僕たちにしかできない。そうでしょ? 部長」
「え? ………そうだな」

突然話を振られた律はしばらく沈黙すると、僕の言わんとすることを察したのか頷いた。

「それじゃ、梓のために演奏をするか。その時の気持ちの理由が分かるようにするためにさ」

律の呼びかけに、全員が応じた。
それぞれの楽器を構えると、律のフィルから始まった。
その曲名は『私の恋はホッチキス』。
先ほど完成したバッキングパート(僕が命名)入りのものだった。
でも、僕は演奏には加わらない。

(自分でまいた種は自分で回収しないとね)

要は自分に対してのフォローのようなものだ。

「梓、君はこの前どうして外バンをしないのかと僕たちに訊いたよね?」
「は、はい」

なるべく演奏を聴く梓の邪魔にならないように声のボリュームを落として問いかける。

「あの時の理由もあるけど、一番多いのは”皆と演奏をしていることが、とても楽しいから”なのかもしれない」
「え?」

僕の答えが意外だったのか、梓は無言で先を促してくる。

「それはもしかしたら他の皆もそうなのかもしれない……たぶん」
「たぶんじゃなくてそうなんだよ。私もみんなと演奏をすることが好きだからだだと思う」
「ッ!?」

断言することができずに、しりすぼみになっている僕の言葉に続くように話してくれたのは澪だった。
その言葉に、梓の目が大きく見開かれた。
まるで、何かを思い出したかのように。
気づけば、演奏は終わっていた。

「さあ、一緒に演奏しよう。梓」

澪と共に僕も自分のポジションに移動して、梓の答えを待った。

「………はい! 私、やっぱり先輩方と一緒に演奏がしたいですっ!」

それは、僕が心の中で望んでいた答えだった。

「良かったぁ~!」
「まあ、これからもお茶を飲んだり話をしたりとかをすると思うけど。それも軽音部には必要な時間なんだと思う」

梓が軽音部を続けることに対する喜びのあまりに、梓に再び抱き着く唯を見ながら言葉を続けた。
きっとその表情は苦笑に満ちているかもしれない。

「納得しているところ悪いけど、あの様子で説得力はあると思う?」
「え?」

僕の言葉に、視線を僕が指し示している方向に向けた澪が固まった。
そこには……

「燃え尽きた」
「もう当分演奏はしたくない」

長椅子に突っ伏すように座る唯と律の姿だった。

「本当ですか?」
「……たぶん」

その光景を見た梓も不安になったのか、澪に問いかけるが返ってきたのは説得力皆無の言葉だった。
結局、その後はいつも通りの軽音部の姿となった。
だが、梓の表情は前のように曇ることはなかった。

(いい方向に流れてくれてよかった)

僕は昔からすべてを破滅に導く存在だと言われてきた。
簡単に言えば、僕が行動を起こせば、そのすべてが逆効果になってしまうのだ。

「浩介君、お茶が入りましたよ」
「あ、うん。今行く!」

でも、今回だけはそうならなかったようで、僕はほっと胸をなでおろしながら、ムギの呼びかけに応じるとテーブルの方に向かのであった。

(生徒会に机の追加を頼まないとね)

今まで二の次にしていた机の数を増やすことを頼むと心の中で決めながら。
だが、僕はまだ気づいていなかった。
それから日も経たないうちに、僕が軽音部を空中分解させかねない出来事の、台風の目になるということを。

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第40話 練習と外バン

「皆っ! 私たちは軽音部なのを忘れたらダメだぞ!」
「いや、忘れてないし」

澪の勢いに押されるようにして、次の日の今日にようやく練習をすることになった。

「今日は練習をするぞー!」
「おー!」

律が腕を天井の方に挙げるのに倣って皆も腕を上げた。
こうして、ようやく練習が幕を開けた。

「ギターが三人になったけど、どうするんだ?」
「それについては、僕の方に考えがある」
「それでは、聞かせてもらおうか!」

僕の提案に腕を組んでふんぞり返る律にツッコみたいのをこらえて、僕はこれまで考えた案を口にする。

「現状を考えても、新たに独立したラインを作成するのは非常に手間がかかり、すぐにはできない。だとすれば残される方法は既存のパートで工夫をするしかない」
「なるほど」

感心したように頷く律をしり目に、僕はその方法を告げる。

「そこで出てくる案は二つ。一つは二人で一つのパートを担当する方法。もう一つはバッキングを利用した新規ラインの作成」
「ねえねえ、”ばっきんぐ”って何?」

二つの案を告げたところで、唯からそんな問いかけの言葉がかけられた。

「バッキングというのは、伴奏のことです」
「ばんそう?」

梓が僕の代わりに答えてくれたが、どうやらそこもわからない様子だった。

「主旋律を強調する演奏のこと……と言ってもわからないよね」
「うんっ! まったく」
「胸を張るとこじゃないぞ」

僕の予想通りの答えを胸を張ってする唯に、律がツッコんだ。

「音楽の授業で先生がピアノを弾いていたりするでしょ? それのこと」
「おー、なるほど」

その説明だけで理解できたようで右手にくるぶしを作るとそれを左手とポンッと合わせた。

「でも、さっき浩介”ライン作成は手間がかかるからできない”って言ってなかった?」
「それは、新規にパートのラインを作成するという話。バッキング用の譜面作成はそんなに難しくはないから比較的に早くできるんだ」

唯が納得したところで、澪が首をかしげながら聞いてきたので僕は頷きながら答えた。
バッキング用の譜面作成は、色々なタイプがあるが僕はシンプルにボーカルに合わせた物を考えている。
つまりは、ボーカルが一言言うのに合わせてストロークさせる感じだ。
この方がシンプルで作りやすい。

「それじゃ、多数決。新規ラインを作成することに賛成の人」

律の呼びかけに、手を挙げる人はいなかった。

「それじゃ、バッキング用の譜面を新たに作成する方法に賛成の人」

その呼びかけに、今度は全員が手を上げた。

「それじゃ後者の方法をとるとしてとなると、誰がリードをやるかだけど」
「それなら、先輩が―――」
「はいはい、私がやる!」

律の言葉に、梓が遠慮した様子で唯の方に視線を向けたところで、唯は大きく腕を上げながら自信に満ちた表情を浮かべて立候補した。

(一体その自信はどこから出てくるんだ?)

思わず唯にそう問いかけたくなる僕なのであった。

「とりあえず、それぞれの演奏を聴いてから判断しよう。最初はどっちがやる」
「……そ、それじゃ私から」

唯の無言のプレッシャーに圧されるように、梓は手を上げてそう告げると自信の相棒のギターの弦を弾き始めた。
今度は速弾きではないがメリハリのある音色と、基礎がしっかりと出来ていないと弾けないようなコードを織り交ぜたメロディーを弾いて見せた。

(やっぱりうまい)

僕はそんな梓の演奏に心の中で称賛の声を送る。
それは澪たちも同じだったようで、口々にうまいと声を上げていた。

「それじゃ、次は唯の番―――」
「ぎ、ぎっくり腰が……」

律が唯の方に顔を向けながら演奏するように促そうとしたところで声が途切れた。
見てみれば、腰に手を当てて仮病にも似たようなことを言っている唯の姿があった。

「いい加減にしろよ、おい」
「お願いです、ギター教えてください!!」
「寝返り、早えな!?」

かと思えば、クイックターンで梓の元まで駆け寄ると、梓にしがみついて懇願する唯に、律がツッコみを入れた。
そんなこんなで、練習は始まった。










今唯が弾いているのは比較的簡単なコードの音色だった。
それを一定のリズムで弾かなければいけない。
だが、唯が奏でている音色はメリハリがなく、どこか間抜けなものとなっている。
それはまるで、異なる二色の色が複雑に混ざり合っているような感じだった。

「あ、そこはミュートをした方が。それにビブラートも効かせるといいかも」
「みゅーと? びぶらーと? なにそれ」

僕と同じことを感じていたのか、そのことを指摘する梓に唯は爆弾発言をした。

「え!?」
「これでも、一年間やってきたんだ」

さすがの梓も驚きを隠せなかった様子だった。
そんな僕たちをしり目に、唯は再び先ほどと同じフレーズを弾きはじめた。
だが、今度は音色にメリハリがつき音自体が引き締まっていた。
完全にミュートができていたのだ。

「今のが”みゅーと”っていうんだね」
「「………」」

(知らずに使えるようになるっていったい)

唯の言葉に、僕は心の中でつぶやいた。
ちなみに、ミュートというのは弦に意図的に触れることで音が出ないようにする演奏技術だ。
ストロークをする際に余計な音が鳴ってノイズになるのを防いだり、音自体にメリハリをつけさせる効果がある。

「唯はゲームを買っても説明書を読まないでやるタイプなんだ」
「納得です」

二か月しか一緒にいない人物に納得されてしまった。

(要するに、体で覚えていくということか……そう言えば僕もそんな方法で唯にギターを教えていたっけ)

半年ほど前まで、僕も同じ手法でギターを教えていたのを思い出した。
絶対音感だから耳で覚えさせた方が早いとは考えていたが、それがすべてに適用できることまでは知らなかった。

「ねぇ、そろそろロイヤルミルクティーを入れてくれない?」

僕たちの練習の様子を見ていた山中先生が、背伸びをしながらムギに声を掛けた。

「あの、今日は練習をしますから!」
「いやだ~いやだ~」

山中先生の要求をきっぱりと断ったムギに、山中先生はしがみつくと涙ながらに猛抗議した。

(もはや教師の威厳ゼロ)

そんな山中先生の醜態に、僕は深いため息を漏らす。

「少し休憩にするか」

僕と同じ思いだったのか、律はため息交じりに休憩にすることにしたのだが……

「「ほげ~~~」」
「「練習は!?」」

ムギの入れたお茶を口にした瞬間に、気が抜けたように長椅子にもたれかかる三人に、僕と澪はほぼ同時に問いかけた。

「明日やるよ~」

ゆるみきった様子で応える律の様子は、全く信憑性がなかった。

(こうなると練習は当分なしか)

僕は何もかもをあきらめた。

「ほら、あずにゃんも~」
「え、私は別に……」

いつの間に用意したのかお菓子のケーキを一口サイズフォークに刺すと、それを梓の口元に持っていく。
最初は断っていた梓だったが、唯に促されるようにケーキを口にした。
その瞬間、梓の表情は幸せいっぱいな表情になった。

「はい。これ梓ちゃん専用のマグカップ」

ムギが満面の笑みを浮かべて梓に手渡したのは、ピンク色でネコの顔が描かれたかわいらしいカップだった。
それを受け取った梓は自然な動作で中に入っている液体を口にする。
結局この日の練習時間は1時間未満だった。










「この曲のこの箇所は、このコードで行くか」

いつもより早めに解散となったため、僕は自宅でバッキング用の譜面作成に勤しんでいた。
バッキングは、作成にあたってさまざまな条件がある。
それを簡単にまとめると、他の音より目立ってはいけないという一つに尽きる。
リードギターやボーカルを埋もれさせるようなバッキングはNG。
だからと言って目立ちすぎないのも良くない。
要するにバランスの問題だ。
なので、バッキング用の譜面作成はかなり神経を使うのだ。

(よし、これで半分)

現在は『私の恋はホッチキス』のバッキング譜面を作成しているが、ようやくそれも半分程度完成したところで、僕は腕を軽く回した。

「あ、そう言えば今日ライブをやるんだった」

今日は、夜にライブハウスでゲリラライブを行うのだ。
これは社長から前に言われていたことで、何でもライブハウスの方で記念すべき日だとかで贔屓にしている観客にサプライズプレゼントがしたいという意向らしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、僕たちだった。

『曲目は任せるので2曲程度、弾いてもらいたい』

それが社長を通して告げられた、ライブハウスからの依頼内容だった。
その依頼の後すぐに、演奏する曲目を決め各自で練習をすることとなったのだ。

「にしても、これはね」

僕はそうつぶやきながら決められた曲目のリストを目にする。

―――

1:Hell the World
2:Maddy Candy

―――

「完全にDEATH DEVIL祭りになってる」

ちなみに、これは荻原さんのチョイスだ。

(軽音部OGの曲、下手な演奏はできないよね)

色々と軽音部関係で問題を抱えているが、今この時だけそのことを頭の片隅に追いやる。
考えるのは、このライブを成功させることのみだ。

「さて、着替えるか」

今日は中山さんが運転する車でライブハウスに向かうことになっている。
その約束の時間までに、僕は素早く黒づくめの服に、サングラスをかけて準備を済ませた。
それと同じタイミングで来訪者を告げるチャイムが鳴り響いた。
それは中山さんが到着した合図であった。
僕は相棒のGibsonが入ったギターケースを手にすると、玄関の方に向かう。

「うん、ちゃんと準備はできてるようね」
「ええ。もちろん」

満足げに頷くMRに僕も頷きかえした。

「さあ、乗りな」
「それでは」

MRに促されるように車に乗り込んだ僕はシートベルトを締める。
そして車はゆっくりと動き出した。
ライブハウス『Koto』に向かって。


★ ★ ★ ★ ★ ★


ライブハウス『koto』にギターケースを手にした黒髪の少女が最前列でライブを見ていた。

「……」

少女……梓はそのライブを目に涙を浮かべながら見ていた。

(どうして)

梓は心の中でつぶやく。

(どのバンドも軽音部よりもうまいのに)

梓はまじめに練習をしない軽音部での活動を諦め、外バンをしようとしていたのだ。
ここに来たのも、良いバンドを見つけるためのものだった。
だが、梓の気を引くようなバンドはなかった。
演奏の腕は軽音部のメンバーよりも上だったのに、何も感じない理由がわからず梓はただただ見ていることしかできなかったのだ。
梓の脳裏によぎるのは、新歓ライブで演奏しきった時に見せた唯たちの達成感に満ちた表情だった。
その光景はあるバンドとだぶらせた。

(どうして、軽音部の皆さんの演奏するのを見て、H&Pのライブを思い出したの?)

それは梓にとっては憧れでもあるH&Pというバンドだった。
軽音部に入部したのも、その理由を知るためであったのだ。

(もう、帰ろう)

ちょうど最後のバンドの演奏も終わり、照明が薄暗くなったのを見計らって、梓はライブハウスを後にしようとステージに背を向けた。
その時だった。

「お前らが来るのを、待っていた―っ!!」

突如として、この世の恨みを込めたかのようなどす黒い声がライブハウス中に響き渡った。

「え? な、なに?」

突然のことに混乱する梓だったが、それはその場にいたほかの観客も同じだったようで、ざわめき始めた。
それと同時に曲が流れ始めた。
デスメタに近いその曲は薄暗い会場内と相まって不気味さを増させた。

(あれ、この歌声って)

そんな中に響き始めた女性の歌声に、梓は頭をかしげる。
スローテンポでサビの箇所を歌い終えると、甘く軽快な音色がライブハウス内を包み込む。
それと同時に、ステージの照明が再び明るく灯す。
その照明の下で演奏をしていたのは、H&Pだった。
帰路に着こうとしていた観客たちも再び戻り始めた。
その曲は地獄の世界を現したような曲で、スローだったり速いテンポだったりとテンポの変動が激しい曲だ。
テンポが速くなったと思えば一気にテンポが遅くなる。
そこにMRの歌声が合わさり曲に刺激が加わる。
MRが歌い切るのと同時に、DKのスクラッチが入り、曲調が変わる。
そこから始まるのはギターソロだ。

「MR!」

DKの呼び声に呼応したMRが前方に歩み寄り、艶めかしい動きをしながら速弾きでギターを弾いていき、観客を魅了する。

「DK!」

MRの呼びかけで簡単なコードをリフで弾いていたDKが前方に歩み寄るとギターを縦構えにした。
そしてMRと同じコード進行で速弾きしていく。
そのテクに会場中が熱気に包まれた。

(す、すごい。やっぱりDKさんもMRさんもすごくいい演奏をしてる)

それを見ていた梓は、すっかりH&Pの熱気にとらわれていた。
そして一気に再び駆け巡るように演奏をしていき、最後はドラムのフィルで閉めた。
それと同時に観客から大きな拍手が送られた。

「どうも! 皆、楽しんでるか?」
『おー!』

DKのMCに会場が一体となって返事を返した。

「今日はこのライブハウスがオープンした記念の日なのを、お前ら知ってるかー!」

DKの問いかけに、誰も応えない。

「でも、記念品は出ないが今日はオープン記念日ということで、H&Pがここにいる皆に曲と言うプレゼントを届けに来た!」

観客たちが歓声を上げた。

(そ、そうだったんだ)

梓は心の中で運よくライブを見ることができたことをかみしめていた。
この時は、自分の問題のことをすっかり忘れていたのだ。

「でも、次の曲で最後なんだ」
『ブ―っ!』

DKの残念なお知らせに、会場中からブーイングがでる。

「そう言うな。その分、皆に満足をしてもらう曲を届けよう。さあ、速いが最後の曲だ。準備はいいか!!」
『おー!』

DKの呼びかけに、観客たちは腕を上に振り上げて答えた。

「それじゃ、最後の曲。DEATH DEVILの『Maddy Candy』!」
「1,2!」

YJのリズムコールと共にフィルから入りギターの音色がそれに乗る。
疾走感のある曲調で始まった。

(この曲はDKさんがボーカルなんだ!)

MCの時とは違うクールな声色に、梓は全身を使ってリズムに乗る。
ロックな曲調で進行するこの曲は、ギターソロが一番注目される箇所。
甘く、それでいてどこか刺激のある曲風に、観客たちは飲み込まれていく。
そして、ギターのソロに入った。
DKの速弾きによって甘い音色が会場を包み込む。
ビブラートやチョーキングを効かせながら素早くコード進行していく。
そしてコード進行がいったん途切れ、音を伸ばすところでギターのヘッドを持つとそれを垂直に立てた。
ギターを縦に構え先ほどよりも比較的にコード進行の激しいパートを弾いていく。
再び出た縦構えの奏法に観客から歓声が沸き起こる。

(あれ、これって……)

そんな中、梓の脳裏にふと疑問がよぎる。
梓はその演奏法を知っていた。

(これって、浩介先輩のと同じ)

だが、梓の思考はそこで途切れることになる。
MRとDKで交互にギターを弾いていくギターソロで、MRが歯ギターを披露したのだ。
そして縦構えのままDKの凄まじい速度での速弾きでギター走路を終えると、ROのキーボードとRKのベースの音色に乗せてDKが歌声を奏でる。
さらにそこにMRのギターの音色が加わり、最後にYOとDKが音色を奏でる。
最後はバンドメンバー全員で歌声を上げ、そのままギターを弾いていきドラムの音で曲を終えた。

「サンキュー!」

そしてDKのその一声で
再びステージの照明は薄暗くなった。
それは完全な終了を意味していた。

「ッ!」

梓は何かを思い立ち、急いでその場を後にすると、裏側へと回り込んだ。
裏側にはスタッフ専用の出入り口があり、そこから出てくるH&Pの姿があった

「あのっ!」
「ん?」

そして彼らの元まで駆け寄ると、その場を後にしようとするH&Pのメンバーに梓は声を掛けた。
それに反応したのはYOだった。

「私をH&Pのバンドメンバーに加えてください!!」

梓は崖から飛び降りる覚悟でそう告げると、体をほぼ直角に折り曲げた。

「……………君、名前は?」
「あ、な、中野梓です」

ROの問いかけに、梓は慌てた様子で名前を述べた。

「中野か……」

YOはそうつぶやくとほかのメンバーに視線を向ける。
向けられたメンバーは、YOの言いたいことを察し、頷くことで答えた。

「よし、中に入って待ってろ」
「は、はい!」

門前払いされなかったことに梓は嬉しさをかみしめながら返事を返すと素早く来た道を戻っていった。

「俺は、ここのオーナーと話をつけてくる」
「それじゃ、僕たちも行くか」

YOはそう告げて再びライブハウス内に入っていき、DKたちも中に戻っていく。





「ぎたーはあるな……よし、それじゃこれから君には好きなフレーズを実際に弾いてもらう。準備を始めてくれ」
「は、はいっ!」

しばらくして、ライブハウスのオーナーに、少しばかりスタジオを借りる許可をもらい戻ってきたYOは梓にそう告げると、梓は震える手で演奏をする準備をしていく。
ギターを取り出しアンプにリードを接続する。

「YO」
「何だ? DK」

梓が準備をする中、DKはYOに声を掛ける。

「私は評価を色を付けたりするのは嫌いだから公正にする。だから――」
「俺も公正に評価をすればいいんだろ?」

DKの言いたいことを察したYOがDKの言葉を遮るように口を開いた。
それにDKは無言で頷いた。

「安心しろ。俺はいついかなる時もお世辞は言わない」
「だったな。YOはそういうやつだよな」

YOの言葉にDKは口元に微笑を浮かべるとYOと拳どうしを合わせた。
それはお互いの信頼の暁でもあった。

「じ、準備ができました」
「そうか。では、どうぞ」

YOは準備ができたことを告げる梓に演奏するように促した。
緊張した様子ではあったが、梓は落ち着かせるように深呼吸をすると右手に持っていたピックをストロークさせた。
演奏されたのは梓が軽音部で最初に弾いて見せた物と同じフレーズだった。
軽快で、それでいて刺激的な音色に、さりげなく入れられたビブラートがまた音に膨らみを加えていく。

「ど、どうですか?」
「そうだな。とてもうまい演奏だと思う。お前らはどうだ?」

フレーズを弾き終えた梓の問いかけに、YOは感想を述べると後ろで聞いていたメンバーに話を振る。

「僕もYOと同意見だよ」
「私もです」
「私もだね」
「右に同じく」

RO、RK、MR、DKと続いて感想を述べる。

「あ、ありがとうございますっ!」

満場一致の称賛の声に、梓は明るい表情で頭を下げるとお礼を述べる。

「だが、俺はお前のメンバー入りに反対だ」
「え?」

YOから告げられた衝撃の言葉に、梓の表情が固まった。
助けを求めるように後ろのメンバーの方に視線を向けるが、誰一人YOの言葉に異を唱える者はいなかった。

「ど、どうしてですか?」
「それについてはリードのDKが説明しろ」
「ここで私か」

人使いが荒いなとつぶやきながら、DKがYOの前に出た。

「君の演奏は確かにうまい。さすがは親の影響で小4からギターをやっているだけある」

(あれ、どうしてDKさんはギターを始めたきっかけや時期を知ってるの?)

DKのコメントにふと疑問が湧き上がるが、それはDKの『ただし』とつづけた言葉で頭の片隅に追いやられた。

「君の演奏には人を楽しませる要素はない。うまい演奏も重要だが、それ以上に見て楽しませることもプロには求められる」
「………」

梓に告げられた厳しい言葉に、梓は真摯に受け止めていく。

「でも、それは今後の成長次第でどうにでもなる。YOもそうなのかは知らないが、私が一番問題にしているのは」
「な、なんですか?」

梓は緊張の面持ちでDKの次の言葉を待つ。

「君が、”本気でメンバーの一員になる気がない”ということだ」
「っ!?」

DKのその言葉に、梓は一番大きな衝撃を受ける。

「君の演奏を聴いていて一番大きかった印象は、”迷い”と”哀愁”の弾いてもらったフレーズの曲調と合わない二つ」

(私は、迷ってるの?)

自分でも気づかない心の声に、梓は自問自答する。
そんな彼女に、DKは言葉を続ける。

「おそらく、君はどこかでバンド活動もしくはそれに準じたことをしているが、何らかの理由でここで掛け持ち、もしくは現在加わっているバンドをやめて活動を行おうと考えている。……違うか?」

DKの問いかけに、梓は首を横に振ることで考察を正しいと認めた。

(あまり当たってほしくなかったな。そこは)

DKは心の中でつぶやいた。

「ならば、認められない。少なくとも、そのバンドとの未練を完全に断ち切らない限りは」
「………」

DKの言葉に、梓はうつむくだけで何も反応を示さなかった。

「未練を断ち切ることができたのであれば、その時は手紙でもいいし直接でもいいから連絡をよこすように。分かったか?」
「はい。ありがとうございました」

先ほどとは打って変わって肩を落としながら梓は去っていった。

「…………」
「いくぞ。DK」

その後ろ姿を見るDKに、YOはそう呼びかけるとYOの後に続いて歩き出す。

(これは僕の罪……なのかな?)

そう心の中でつぶやきながらDK……浩介は帰路につくのであった。

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第39話 歓迎会

「…………」

突然だが、僕にはとても重大な悩み事がある。
衣替えも終わり、徐々に夏に向かっていくこの季節。
梓が軽音部に入部してそろそろ2か月が経とうとしていた。
それ自体はいいのだ。
問題は……

「はぁ、楽しかった~」
「練習していないのに疲れました」

満足げの唯とは対照的に疲れた様子で肩を落とす梓だった。
そう、梓の言うとおり、練習が問題なのだ。
時間が経つにつれて唯たちの梓に対する歓迎ぶりはさらに拍車をかけて強くなっていた。
例えば、ティータイムの際には素早く飲み物が並々まで注がれたり、お菓子は僕たちよりも多めだったりなどなど。
例を挙げればきりがない。
それに比べて、練習の時間はほぼ0だ。
”オー”ではない、ゼロだ。
これまでも練習は全くと言っていいほどしていなかった。
それでも今までは練習とティータイムの比率は2:8の状態だった。
だが、現在はどうだろうか?
比率は0.1:9.9という、最低値ぎりぎりを記録している。
ちなみに、0.1は”これからの演奏をどうしていこうか”と言う内容の律のティータイムで出された疑問でもある。
これも数十秒後の唯の『このケーキおいしいよ!』で幕を閉じた。
これにはさすがに開いた口が塞がらなかった。
ちなみに、この二か月で僕と梓の方にも若干の変化はあった。
それが

「まああずにゃんには同情を禁じ得ないね」

梓への呼び方を唯が名づけたあだ名”あずにゃん”にしたことくらいだ。

「あの、浩介先輩。アズにゃんって呼ぶのはやめてくれませんか?」
「嫌だ」

後輩のお願いを、僕はバッサリと斬り捨てた。

「どうしてですか?!」
「僕のあだ名を笑ったから」

前にティータイムの際に唯が語った”浩ちゃん”というあだ名に、梓が吹き出しそうになっていたのを僕は見逃さなかった。
それから報復で僕も彼女にはあだ名で呼ぶようにしたのだ。

「あー、浩介って一度こうと決めると絶対に変えないからあきらめたほうがいいぞ」
「そんな……」

律の言葉に、青ざめる梓。

「まあ、あだ名で呼ぶときには、TPOを弁えるから大丈夫」
「お願いします」

学校を出たところでは梓という呼び方に戻しているのが、いい例だ。
さすがに吹き出しそうになっただけであのあだ名を言い続けるのは、かわいそうだと思ったからだ。
閑話休題。

今はまだ戸惑っている程度だが、いつ梓が、”やめる”と言い出してもおかしくない状況だった。
今の軽音部はただの休憩所へと成り果ててしまっている。
どうにかしなければいけないのは当然だった。
一番手っ取り早いのは、僕が練習をするように告げることだ。
だが、そこで問題が生じる。

(それを、僕はどの立場で言うのか……だよね)

僕はH&PのDKである。
そして、腕を落とさないためにはギターの練習をしなければいけないのは当然だ。
部活で練習ができない以上、自宅でするしかない。
そうすると、睡眠時間が大幅に削られてしまうことになる。
つまり、彼女たちの知らないところで、影響が出てしまっている状態だ。
僕が練習を促すのは、それをなくすためなのか、それとも純粋に梓をやめさせないようにさせるためなのかが重要になる。
前者ならば僕の注意は自分勝手なエゴに、後者ならば後輩思いの先輩……部員の一因ということになる。
そして、僕はどっちの立場なのかが、いまだにはっきりしていない。
それは今後もしないだろう。
ならば、別の方法でアプローチをするしかない。
僕は、その方法を探していたのだ。
しかしいつまで経ってもその方法が見つかることはなく。
時間だけがむなしく過ぎていた。

「あ、そうだ。私の家の近くにおいしいアイスクリーム屋さんがあるんだよ。一緒に行かない?」

帰り道、そう提案してきたのは唯だった。

「行きましょう、行きましょう」

そんな提案に、即答で賛成したムギをしり目に唯が”奢る”と口にした時はとても驚いた。

「は、はぁ……」
「違うよあずにゃん。返事は”にゃー”だよ」

そんな唯の提案に浮かない表情を浮かべる梓に、唯は真顔で指摘した。

「え?」
「はい、にゃー」
「に、にゃー」

首をかしげる梓に、唯は一押しするかのように猫の手をしながら猫の鳴きまねをするように促すと、梓は頬を赤くしながらもそれに応じた。
そして、僕と澪以外の全員がまるで猫を愛でるかのようにくっついて頭をなでたりしていた。

(完全に手懐けられてるし)

そんな僕の考えをよそに、唯の先導の元アイスクリーム屋に向かうと各々が好きア味のアイスを注文した。
ちなみに、梓のアイスクリーム代は有言実行とばかし、唯が奢っていた。
僕はストロベリー味のアイスを頼むことにした。

(チーズ味のアイスはないのだろうか?)

先ほど購入したストロベリー味のアイスを食べながら、僕はそんなことを考えていた。
全員がアイスクリーム屋の前に置かれているベンチに腰掛ける中、僕は梓の後方に立っていた。

(まだアイスの時期ではなかろうに)

確かに衣替えで夏服になり、少しだけ昼が伸びてきたような気もするが、まだ”夏だ”と言えるような気温ではない。
せいぜい”ちょっと暑くなってきたな”程度だ。
尤も、この感覚は僕を基準にしているのでもしかしたら皆にとっては”暑いな”と感じているのかもしれないが。

(にしても)

僕は再び視線を前の方で、ベンチに腰掛けながらアイスを食べている梓に向けた。

「どうかな、軽音部でやっていけそう?」
「えっと………このゆっくりのんびりとした雰囲気がちょっとあれですけど」

梓の前に移動してしゃがみこんで問いかけた澪に、梓は少しばかり言葉を選んで答えた。
だが、後半の”ゆっくりのんびりとした雰囲気”という部分が彼女の本音のような気もした。

「大丈夫! いつか慣れるから!」
『ていうか、慣れたくない』

そんな梓の肩に手を当てって唯が告げるが、梓の心の声が聞こえてきた。
読心術を使っていないにもかかわらずになぜか聞こえてくるということは、それほど強い思いなのだろう。
……きっと。
その後、アイスを食べ終えた僕たちは、いつもの信号機のところで別れた。
澪と律は家が同じ方向のため、一緒に帰っている。
変わって僕と唯に梓は途中まで帰り道が同じこともあって、一緒に帰っている。

「ねえねえあずにゃん。やっぱりアイスはバニラだよね?」
「は、はい」

そして別れ道まで唯と梓はいろいろな話をしている。
それがいつもの下校風景でもある。

(今だけならいいんだけど、これが常時だもんな)

部活中もこんな感じなので、あまりよろしくないことは明らかだった。
逆に、よく毎日話のネタがあるものだと感心するほどだ。





「このままは、まずいよな」

夕食も終わり、後は軽く勉強をするだけとなった中、僕は現状の軽音部について考えていた。

(梓のあの様子だと、来週までもてばいいほうかな)

どんどんと曇っていく梓の表情を見ていた僕は、このままで行けば梓は確実にやめるであろうというところまで来ているのを察知していた。

(手を打つなら今日中か)

今週中に練習をするようになれば、梓が辞める可能性は大幅に減少する。

(かといって、何をすればいいか……)

僕は直接的に練習をさせるように促すのはできれば避けたい。
よって、間接的にそれをしなければいけない。

「………明日の放課後に緊急会議を開くか」

結局僕に思い付いたのはそれだけだった。
僕は梓以外の全員にメールで明日の放課後に、梓を除いた全員で緊急会議を開くことを書いたメールを一斉送信した。
梓には明日の部活は休みであることを告げるメールを送信しておく。
これでまた退部の可能性が上がってしまったが、明日の会議でちゃんとした結論を導いたときの結果を考えれば、微々たるものであった。
その後送信した人全員から了解の旨の連絡が返ってきた。

(よし。これで準備は大丈夫)

後は明日に賭けるしかない。










そして、いよいよ迎えた運命の日。
この日は土曜日で午前中のみの授業なので、いつもより長い時間を話し合いに割くことができる。

「それで、なんなんだよ。緊急会議って?」

全員が集まり、ムギがお茶を全員分入れ終えた所を見計らって律が口火を切った。

「今まで何も言えなかった、僕にも責任があるから皆だけを責めるつもりはないんだけど……」
「もったいぶらないではっきり言いなよ」

できる限りオブラートに包もうとしたが、それは律の一言で無駄になった。

「分かった。それじゃあ、はっきりと言わせてもらう」

その律の言葉を受けて、僕は直球で言うことにした。

「新入部員が来たからと言って、最近弛みすぎじゃないか?」
「そうか?」
「別に今まで通りだよ?」

僕の問いかけに、首をかしげながら律と唯が返してくる。

「では聞くが、ここ二か月で、練習をしたのはいつだ?」
「それは………」

僕の疑問に、律は腕を組んで考え込むが答えが出なかった。

「このままでは梓は辞める。というより、確実に辞める」
「え? あずにゃんが辞めるのは嫌だっツ」

(よし、ここまではいい感じ)

僕の言葉に慌てた表情を浮かべる唯の様子を見て、僕は心の中でガッツポーズをとった。
まず大事なのは、今どれほど危機的状態に立たされているかという事実を伝えることだ。

「こうなったら、梓の弱みを握ら――――あいたっ!」
「変なことを言うと、叩くぞ」

カメラを片手に、卑怯なことをしようとする律の頭をハリセンで叩いた。

「もうすでに……叩いてるじゃないか」
「つまり、浩介が言いたいのは、活動計画を立てたほうがいいんじゃないかということ?」

頭をさすりながら抗議する律をしり目に、澪が僕の言いたいことを組んでくれたのか、分かりやすくまとめてくれた。

「そう言うこと」
「活動計画?」

頷く僕に、同いう意味なのと言いたげな表情で首を傾げてくる唯。

(内容のことで首をかしげてるんだよね? 言葉の意味が分からないとかではないよな?)

唯だから後者だとしても不思議ではない。
……ものすごく失礼だけど

「そう言えば、活動計画をしっかり立てていなかったなぁ」

どうやらちゃんと考える気になってくれたようで腕を組んで考え込み始めた律の様子を見た僕は、ほっと胸をなでおろす。

(これで梓の退部危機は遠ざかるかな)

「よし、それじゃあ――――」

そして、僕は律の”活動計画”を聞くのであった。










翌日、律の発案した活動計画が実行された。
場所は学校の部室……ではなく、近くの公園。
周辺は子供連れの母親や父親の姿があったり、貸出ボートで川を渡りながらいちゃいちゃするカップルの姿があった。
そんなのどかな場所で、広げられたのは楽器や楽譜など……ではなくレジャーシートと豪勢な料理の数々だった。

「はい、あずにゃん。食べて食べて~」
「これも食べてね」
「あ、あの……」

そしてレジャーシートの上では唯やムギが料理を梓に進めていた。
当の梓は困惑した様子で、視線を色々な場所に向けている。

「梓にはこのたい焼き、だ!」

そして律は強引に梓の口の中にたい焼きをツッコんだ。

「…………何故だぁぁぁぁっ!!!!」

ついに僕の中で何かが限界を迎え、大きな声で叫び声をあげてしまった。

「うお!? いきなり大きな声で叫ぶなって」
「そうだよ。迷惑になっちゃうよ」

そんな僕に、驚きをあらわにした律とケーキを手にしながらうんうんと頷く唯の二人に注意された。

「……失礼」

二人の言うことも尤もなため、僕は静かに謝罪の言葉を口にした。

「念のために訊くが、これが活動計画?」
「そうさ! 私たちに足りなかったのは、ずばり歓迎するおもてなしの心! なら歓迎会を開くのが一番さっ!」

間違いであってほしいという願いを込めて聞いた僕に、律は自信満々でまばゆいほどの笑みを浮かべて答えた。
そう、律が立てた活動計画というのは”歓迎会をする”というものであった。
今日この時この瞬間まで、僕はそれが律なりのジョークだと思っていた。

(この二か月間、常に歓迎会のような感じになっていたのを知っているのか?)

思わず律にそう問いかけたくなった僕だったが、楽しい雰囲気をぶち壊すようなことは避けたかった。
ただ、僕が言えるのは

(律に期待した僕がバカだった)

だった。
とはいえ、

「たい焼き……好きなの?」

たい焼きを口にして幸せそうな表情を浮かべる梓を見ていると、律の提案もある意味的を得ているのではと思えてくる僕なのであった。





昼食をとり終えた唯たちは、梓に遊ばないかと誘ったが本人は疲れたので休むと告げて断った。
すると、唯は”あずにゃんの分楽しむね”と言ってムギと律の三人で遊び始めた。

(歓迎する人を差し置いて自分たちが楽しんだらダメだろ)

さんさんと日が照りつけ、日光にさらされただけですぐに暑く感じるようになってきたこの頃、僕は太陽の光から逃げるように木の幹に寄り掛かりると大はしゃぎで遊ぶ唯たちに、心の中でツッコんだ。

(何だか、視線を感じるんだけど)

横で体育座りをしている梓からものすごい視線を感じる僕は、どう反応すればいいのかに悩んでいた。

「何かな?」
「あ、いえ」

どうやらそれは澪も同じだったようで、声を掛けられた梓は視線を僕たちから外した。
かと思えば再び梓からの視線を感じた。

「澪先輩は外でバンドとか組んだりしないんですか?」
「うーん、外バンか~。確かに面白そうだよね」

梓のその問いかけに、僕には退部することを示唆しているのではないかと感じてしまった。

(僕の邪推ならいいんだけど)

そんな澪に迫る黒い影があった。

「はは~ん。そんなことを言っていいのかな~?」
「な、何よ」

いつの間に来ていたのか、澪の横で不気味な笑みを浮かべる律に、澪は問いかけた。

「例えば、こんなのとかがあるのに」
「ち、ちょっと!? 何よそれはっ!」

律が取り出したのは写真のような気がした。
それに反応した澪は律から写真を取り戻そうと奮闘していた。

(あれって、間違いなく桜高祭の時のだよな)

一瞬見えてしまった写真の隅の方に写っているもので、何の写真家がわかってしまった。
ちなみに、これは余談だが澪の転倒事件はある意味伝説となりつつあるらしい。
あの時聞こえたシャッター音は、写真部の部員のモノではないかという噂があるか真偽は定かではない。
閑話休題

「浩介先輩はどうですか?」
「僕? そうだね……」

なぜかこちらにも質問が飛んできた。
梓の問いかけに考えてみた。
軽音部以外のバンドで演奏をする自分の姿を。

(………)

きっと、うまいバンドに入れば僕の力はかなり活かされるはずだ。
それでも

「考えてないかな」
「どうしてですか?」

梓のもっともな質問に、僕は即答で返す。

「外バンをすると色々とややこしいことになるから」
「は、はぁ……」

僕の口にした理由に梓は分からないと言った様子で相槌を打った。
梓に告げた理由は本当のことだ。
僕が所属する事務所”チェリーブロッサム”は、勝手な活動を許さない厳格な事務所で有名になっている。
ゲリラライブをするにしても、必ず事務所に話を通してから行わなければいけないのだ。
それは、金銭トラブルを回避するための策であり、自分たちを守るためでもあるので納得もしているし、特に異論もない。
では、今の僕の状態はどうなのか。
僕が軽音部でバンド活動をするのにあたって、事務所側には話を通していない。
だが、そのことで怒られたことは一度もない。
要は、金銭トラブルに発展するか否かのラインなのだ。
社長からは『最初にバンド演奏を大勢の前でする際には料金徴収等はしないように』と言われている。
この国では、バンド演奏等ですでにある他人の曲を演奏すると、使用料としてお金を支払わなければならない。
コンサート形式になってくると、この使用料に加え舞台の貸切料まで加わってくるので、利益はほんの1~2割なのだ。
一応これは営利目的ではなく、観客からお金を徴収しなければ大丈夫らしいので、それを知りたかったのだと思う。
当然だが、桜高祭や新歓ライブでも料金の徴収は行ってもいないし、僕たちに報酬金が支払われたこともない。
なので、事務所からは公には許可されていないが、認められているのだ。
だが、もし外バンをしようとすれば、確実に許可はされない。
というより、そもそもH&Pの皆が認めない。
僕が軽音部で活動を認められているのも、H&Pのメンバーが認めていることの方が大きい。
これ以上バンド活動を多くすれば、H&Pのバンド活動が疎かになる可能性がある。
そして、第一に挙げられる理由が

(僕は、こことH&P以外のバンドで活動する気はない)

それが一番大きかった。
僕が外バンをすることになる日こそが、軽音部をやめる時だろう。

(そんな日が来ないことを願いたい)

そんなことを考えていると、梓の背後に再び怪しい影が忍び寄っていた。
背後に忍び寄っていた山中先生は、梓の頭にウサギの耳の形をしたヘアーバンドを取り付けた。

「バニーもいいわね」
「ひぃぃぃっ!?」

顎に手を当ててつぶやく山中先生に、梓は顔を真っ青にしながら後ろに下がった。

「あ、さわちゃん先生!」
「ごめんねー。仕込みに手間取っちゃって」

(仕込みって何?)

見れば、山中先生の手にはジュラルミンケースがあった。
それを芝生の上に置くと、ケースを開いた。
そこには様々な衣装が入っていた。
ゴスロリ風のドレスだったり制服のようなものまである。

「あずにゃんが嫌だったら私たちが着るね」

(そう言う問題じゃない)

唯の言葉に、僕は思わず心の中でツッコんでしまった。










それから遊び続け、あたりはオレンジ色のベールに包まれていた。
唯たちは満足そうに次に行く場所をどこにするかを話し合っていた。

「…………」

僕と梓はそんな唯たちの様子をへとへとになりながら見ていた。
僕はともかく梓にとって、これほどまで壮絶な休日はなかったはずだ。
そう思えるほど振り回されていた。
僕は梓に同情を禁じ得なかった。

(もうこれは確定だな)

僕はこの時すべてをあきらめていた。
そんな僕の横に立つ一人の人物。

「皆!」

澪の一言で、話をしていた唯たちは一斉に話をやめて澪に視線を向ける。

「私たちは軽音部だから、明日は絶対に絶対に絶対に絶対に練習をするからな!」

澪の”絶対”を強調した叫びに皆は圧されるように頷いた。
結局、みんなを動かしたのは澪だった。

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第38話 部員狂想曲~あずにゃん誕生~

新入部員を獲得して初めての部活の日を迎えた。

「………」

いつもの席に腰掛けていた僕は、今後のことについて考えをめぐらせていた。
今後のこと、それはバンドの形式だ。
現在は、ギターが二本にベースが一本、ドラムとキーボードが一つずつという形式になっている。
そこに加わった新入部員でもある梓のパートは、ギター。
すると、ギターが三本になってしまう。
そう言うバンドもあることにはあるが、そうなると曲の編成だ。
三本のギターを有効に使う曲というのはある意味難易度が増す。
だからと言って、片方のパートと同じパートを弾く形式は、タイミングや音程などすべてを合わせなければいけないため、演奏の難易度が高すぎる。

(ラインを作るべきか、それとも同一パートで弾くべきか……)

当然だが、こういうことはみんなで話し合って決めるべきだ。
だが、一応考えておくのが筋というものだろう。

「こんにちは!」

そんな結論を出した時、部室のドアが開けられ元気な声が掛けられた。
ドアを開けたのは、新入部員でもある梓だった。
その背中には自信の相棒となるギターがあった。

「お、元気いっぱいだな」
「はい! 放課後が待ち遠しかったです」

律の言葉に、梓は元気な声で若干興奮気味に答えた。

「それじゃ、梓も来たことだし早速……」
「練習ですか!」

律の言葉を受けて、梓はさらに前のめりになって尋ねた。
それを見ながら僕も練習をする準備をしようと席を立ちあが―――

「お茶にするか」
「え!?」

りかけたところで告げられた言葉に、思わずずっこけてしまった。

「浩君大丈夫?」
「またベタなコケを」
「だ、大丈夫」

そんな僕に気遣いの言葉をかけてくる律とあきれた様子で声を上げる二人に答えながら、僕は席に座り直した。

(普通、新入部員を獲得して最初の部活動の時は練習しないか?)

この軽音部は練習とお茶を飲む時間の比率は2:8だ。
つまり、練習は全くと言っていいほどやらないと言っても過言ではないのだ。
とはいえ、新入部員が来たのだからいい刺激になって比率が5:5になるか、変わらなくとも最初ぐらいはまじめに練習をする物と踏んでいたのだが、いつものように平常運転だった。

「ほら、座って座って」
「は、はい」

律に促されるまま律の対面の席に座らされた梓のもとに、紅茶の入ったティーカップが置かれた。

「あ、あの。部室でこんなことをやっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって」

不安げな表情の梓に、律は軽く答えた。
そして今度は僕の方に視線が向けられた。
僕はそれに肩をすくめて答えた。

「あ、やってるわね」
「ッ!」

程なくして現れた顧問の山中先生に、梓の体が震えた。
そして、自分の左側……僕から見ると対面に腰かけた山中先生に、うつむいた。

「あ、あのこれは――」
「ロイヤルミルクティーをお願いね」

罪悪感のようなものがピークになったのか、いたたまれなくなったのか、梓がしなくてもいい釈明をし始めたところで、山中先生はムギに紅茶を淹れるように頼んでいた。
さすがにそれは予想外だったのか、驚きをあらわにする梓に、僕は苦笑しながら先ほどおかれた紅茶を一口すするのであった。










「顧問の山中さわ子よ。よろしくね」
「中野梓です。よろしくお願いします」

遅れてやってきた澪を交え、梓と山中先生は自己紹介をした。

「お菓子もどうぞ」
「お、ケーキだ!」

そして各々が自由気ままに動き始めた。
ある者は雑談をしたり、またある者は雑誌を読んだり等々、ばらばらだった。

(うーん。机を一つ増やすべきか)

かくいう僕も、その例にもれずに考え事をしていたわけだが。
今現在、ムギが立ちっぱなしになっている。
僕が立てばいいのかもしれないが、それでムギが快く座ってくれるのかが疑問だ。
人に立たせといて自分が座ることはできないという性格ならば、まず無理だろう。

(机を増やすとなるとやっぱり生徒会か。一度掛け合ってみるか)

そう心の中で結論付けた僕は、ふと梓の方へと視線を向けた。
梓は戸惑った様子で律たちを見ていた。
やがて、何を思ったのかいきなり立ち上がるとギターケースから、ボディーの色が白と赤色を基調としたギターを取り出すと、ストラップを肩に通して構えた。

(まさか、この雰囲気を強行突破して練習をさせようとする気か!?)

梓のやろうとしていることがわかった僕は、勇敢な行動に目を瞬かせた。
ピックを手に、弦をストロークさせた。
すると甘い音色の音が響き渡った。

「うるさーいっ!!!」
「ひぇぇ!?」

やはりと言うべきか、魔人と化した(非常に失礼な言い方だが)山中先生の一喝が浴びせられた。

「ぅ……ぅ」

その迫力に、梓は涙ぐむと床にうずくまってしまった。

「さわちゃんのドアホウ!」
「だって、静かにお茶したかったんだもん」

律の一喝に、山名先生はハンカチで目元を抑えながら言い訳をした。

「だもんって、年を考え――「今なんか言ったか。あぁん?」――空耳でしょう」

山中先生のやくざでもビビッて逃げていくのではないかという視線から逃げるように立ち上がると、うずくまっている梓の素へと歩み寄った。

「大丈夫だ」
「あの先生ちょっと変なんだ」
「変とは何よ」

僕に続いて声を掛けた澪に、山中先生が抗議の声を上げる。

(ちょっとどころか、”かなり”だけどね)

口に出したら今度こそ危ないと思った僕は、心の中でツッコんだ。

「ほら、一緒にケーキを食べよう!」
「ティータイムがうちの売りなんだ」

(そんな売りはいらない)

心の中で再びツッコんでいるが、梓の反応がない。
見ると、梓の肩が震えていた。
悲しみと言うよりも、それとは真逆のオーラをまき散らしながら。

「こんなんじゃ、だめですっ!!!」

ついに我慢の限界に達したのか、勢いよく立ち上がると大きな声で叫んだ。

「うわ、キレた!?」
「今度はこっち?!」

今日はよく誰かがキレる日だなと、まったく見当違いなことを感じていた。

「皆さんやる気が感じられないです!」

まったく同意見だった。

「い、いや、新歓が終わって間もないから」
「そんなの関係ないです!」

律の見苦しい言い分をバッサリと切り捨てた。

「部室を私物化するのは良くないと思います! ティーセットは全部撤去するべきです!」
「それだけ、それだけは~」

梓のまっとうな意見に、上着をつかんで涙ながらに懇願するのは山中先生だった。

「「どうして先生(あなた)が言うんですかっ!!」」

山中先生の醜態に、思わず梓と同時にツッコんでしまった。
梓の言っている正論は、僕が常日頃から言おう言おうと思っていたことだった。

「ま、まあとにかく落ち着いて――」
「これが落ち着いていられますかっ!!」

律がなだめるが全く効果はなく、怒りが収まらなかった。
そんな彼女の背後に忍び寄る怪しい(そうでもないが)影。

「いい子、いい子」
「そんなので落ち着くはずが――」

背後から抱きついた唯がやさしく梓の頭をなでる。
そんな彼女に、梓は

「ほわ~~~」

(お、おさまってるし)

幸せそうな表情を浮かべており、すっかり落ち着きを取り戻していた。





「さっきは取り乱してすみませんでした」

数分ほどして、落ち着きを取り戻した梓が僕たちに頭を下げて謝った。

「ううん。大丈夫だよ。まったく気にしてないから」
「え!?」

唯のフォローに、表情がこわばる梓。

(少しは気にしろよ)

その気持ち、わからなくもない。

「梓の言うことは一理ある。みんなもちゃんと練習をするように」
「これを機会に練習の時間を増やしなよ」

澪と僕の言葉に、全員は若干不服そうに返事を返した。
こうして、新入部員である梓を加えた初めての部活動は、不穏な雲行きで幕を閉じることとなった。










土曜日日曜日を跨いだ月曜日の放課後。
新入部員梓を加えた二回目の部活動の日を迎えた。

「浩介、浩介!」
「なんだ、鬱陶しい」

大きな声で名前を二回も呼ばれた僕は、不機嫌であることを隠そうとせずに返事を返した。

「うわ、いつにもまして不機嫌だな。何かあったのか?」
「強いて言うなれば、部活に行こうとしたのを止められて、それがしかも慶介だから……かな」

僕は考え込むようなしぐさをしながら、慶介に答えた。

「ひどっ!? 本人前にして言いますか?!」
「普通は言わないけど、慶介だから」

慶介は罵声されても喜びそうな気がする。

「俺とお前は親友だもんな。フッ! もてる男はつれぇぜ」
「……………」

かっこをつけるように髪を払う慶介に、僕は彼を無視して教室を後にした。

「って、そうじゃなくてたな! お前に訊きたいことがあるんだ!」
「なんだ?」

ため息をつきながら足を止めた僕は慶介に向き直る。

「軽音部に新入部員の女子が来たそうじゃないか」
「本当に耳が早いな。それがどうした?」

僕は話の続きを促した。

「おめでとう。ようやく念願の新入部員を獲得できたんだし、しっかりやれよ」
「慶介……」

いつになくまじめな面持ちで送られた祝福の言葉に、僕は感動に飲み込まれた。
いつもはあれな慶介だけど、やはりちゃんとしたいいやつなんだ。

「それで、その子の胸の―――」

その一言がなければ、もっとよかったが。
僕は慶介をいつものように始末すると、今度こそ軽音部の部室に向かうのであった。










「ん? あれは」

階段の前に差し掛かったところで、うつむきながら歩いてい来る黒髪の女子生徒の姿が目に入った。

「梓」
「え? あ、浩介先輩。こんにちは」

声を掛けられてようやく僕の存在に気付いた梓は僕の方を見ながら挨拶をしてきた。
僕もそれに返しつつ、一緒に部室に向かうこととなった。

「あの、浩介先輩」
「何?」

階段を上っていると、横からかけられた声に僕は用件を尋ねた。

「その……この間はすみませんでした」
「その件に関しては梓には非がないんだし、謝る必要はないよ」

前回の大激怒の件を謝ってくる梓の律義さに感心しながら、僕はそう返した。

「でも、皆さんに迷惑をかけて……」
「迷惑? ご冗談を、梓は正論を言ってるんだから、迷惑なんて思ってないし。というか、梓の言っていたことは僕が日ごろから言いたかったことだから、それを言ってくれて感謝してるくらいだ。ありがとね、梓」
「そ、そんな。私は……」

僕のお礼の言葉に、梓は慌てながら反応してきた。

「あいつらに何言っても動じないからな……まあ、今度ばかしは効果はあるだろう。何せ、待望の新入部員に一喝されたんだから、普通は恥ずかしくて練習をまじめにしたくなるはずだよ」
「だと、良いんですけど」

僕の予想に、梓の不安そうな声で相槌が返ってきた。
いくら、動じる気配のない二人でも梓の一喝はかなり効いている……はず。

「お先にどうぞ」
「あ、はい。こんにちは」

先に梓を中に入れ、僕も続いて部室に足を踏み入れる。

「……………」

僕の目の前に広がる光景は、練習の準備を整えている唯たちの姿ではなく、ティーカップ片手に談笑している唯と律、ムギの姿だった。

(全然動じてもいない)

僕の予想は最悪な形で破られることとなった。
隣にいる梓も呆れた様子だった。

「あ…………」

そして、僕たちが来たことを最初に気づいたのは唯だった。

「お前ら、いい度胸してるよ。本当に」
「い、今から練習をしようと思ってたんだよ! 本当だよ!?」

僕たちの視線に、唯たちは慌てて楽器を手にした。
しかもそれらはすでに後ろの方に置いてあったものだったことから、僕たちが来たら誤魔化せるようにしたのかもしれない。
……本当に練習をしようとして、用意していたが皆が来ないのでお茶を飲んでいたという見方もできなくはないが。
できれば、僕もそうであってほしいと思っている。
そして、練習が始めった。
ギターを構えた唯が弦を弾く。
だが数回ほどコードチェンジをしたところで、力突きたのか地面に座り込んでしまった。

「はや!?」
「お腹がすいて力が出ないよー」

(そんなのあるはずがないだろ)

唯の言葉に、僕は心の中でツッコみを入れる。
そこへすかさずムギが手にしていたケーキを一口サイズフォークに刺して唯に差し出す。

「う、うま!?」
「なぜに!?」

ケーキを一口食べた瞬間に、速弾きでコードチェンジがうまくできるようになっている唯に、驚愕の声しか出だせなかった。

「梓ちゃんも、一口」
「え、でも……」

速弾きで疲れたのか若干疲れたような表情を浮かべながら一口分のケーキをフォークに乗せて差し出す唯に、梓は躊躇っていた。
だが、何かに負けたのか梓はケーキを口にした。

「あ、おいし――」
「ん? 今なんか言ったか?」

ケーキの感想を口にした梓に、律がすかさずツッコんだ。

「おしいって言ったんです!」

(いや、それ無理があるから)

梓の返事に、僕は心の中でそう口にした。

「うぅ~ん、梓ちゃんは気に入らなかったか」
「うぅ……」

残念そうにケーキが乗っているお皿を見ながらつぶやく唯に、梓の表情は切なげなものとなった。
そんな唯は、梓にケーキが乗っているお皿を差し出した。
すると、梓の表情はまるでひまわりのごとく光輝いた。
だが、逆に唯が腕をひっこめると、今度はどんよりとした雰囲気に包まれる。
そしてまた腕を前に差し出すとひまわりのごとく光輝き、逆にひっこめるとどんよりとした雰囲気に包まれる。

「おもろい」
「後輩で遊ぶな」

若干遊び始めている唯に注意をした僕だった。
ちなみに、この後どうなったのかを目の当たりにした某顧問曰く。

「皆、練習はかどって……って、食べてるし!?」

だった。










「そう言えば、どうしてティーセットを撤去しなかったの?」
「撤去の発起人が……」

山中先生の疑問に肩を震わせた梓の手にはチョコケーキを乗せたフォークが握られていた。

「な、何事も否定するのは良くないかなと思ったので」
「へぇ」

梓の答えに、山中先生たちは意外だと言わんばかりに相槌を打つ。

(間違ってもケーキに買収されたとは言えないもんね)

「梓ちゃんはいつギターを始めたの?」
「小4からです。親がジャズバンドをやっていた影響で」

唯の問いかけに、梓が答えるが完全に初心者というキャリアではない。

(単純計算で5年はやっているのか)

もはや中級者と言っても過言ではない年数だった。

「そう言えば、唯先輩はどうしてギターを始められた切っ掛けってなんですか?」
「え!? えっと……」

梓の疑問に、唯は視線をそらせながら口笛を吹いて誤魔化した。
経緯は律から聞いたが、ものすごい勘違いをしていたということは言えないだろう。

「あ、あの」
「いやー! 新入部員ができて良かった!」

答えようとしない唯を不思議に思った梓が声を掛けた瞬間、唯はわざとらしく大きな声で話した。

(今絶対に誤魔化したな)

「こ、浩介先輩の切っ掛けってなんですか?」
「僕? えっと……」

梓からの問いかけに、僕は視線をそらして考え込む。
唯の二の舞になりかけているが、仕方がないのだ。
何せ、彼女ほどファンとして一番怖い存在はいないのだから。
一つでもミスをすれば全て明かされそうな予感さえするほどだ。

「……三歳のころまで英才教育で、ピアノをやっていたから」
「はい?」

結局、この間律たちにした説明と同じことを話すことにした。
案の定梓はあっけにとられた様子でぽかーんとしていた。

「あ、あの。ピアノからギターに行く過程が分からないんですけど」
「ピアノをやっていたけど、飽きたから試しにとばかりにバイオリンをやってそこからチェロ、ハーブと行ってもう弦楽器が無くなったからギターの方に手を伸ばしてみたら意外としっくりきてやっているんだ」
「す、すごく手が広いんですね」

僕の説明に梓は、苦笑しながら大人の対応をしてくれた。
何だか対応まで律の時と同じような気がしなくもない。

「あ、そうそう。私、梓ちゃんの入部祝いでプレゼントを持ってきてるの」
「本当です………か」

山中先生の”プレゼント”という単語に、表情を明るくしながら期待にみちた表情を浮かべる。
だが、プレゼントを目にした梓が固まった。
ムギの横で立っていてよく見えなかった僕は、少し移動してそれを確認してみた。
その手にあったのはネコ耳のヘアバンドだった。

「あ、あのこれは?」
「ねこ耳だけど?」

梓の疑問に、山中先生は分からないのと言いたげな様子で応えた。

「いえ、それは分かるんですけど。これを一体どうすれば」
「ウヒヒヒヒ」

困惑した梓の背後に忍び寄る黒い影。

「ヒィッ!?」
「あー、大丈夫大丈夫。儀式みたいなものだから」

(一体どういう儀式?)

肩に手を置かれた恐怖で体を震わせる梓に安心させるようにかけられた律の言葉に、僕は心の中でツッコんだ。
そんな中、梓は山中先生の魔の手から逃れることができたようで自分の体を抱きしめるようにして距離をとった。

「あらあら、恥ずかしがり屋さんね」
「当たり前です! 先輩方も恥ずかしいですよ……」

初々しいわと言った様子の山中先生に反論しながら同意を求めるように背後に視線を向けた梓は、再び固まった。
僕もその方向を見ると、そこにはムギが何の躊躇もなくねこ耳をしている姿があった。
さらには、律に唯と続いてねこ耳をするという始末だ。
一瞬自分が変なのかと思ってしまってもおかしくないだろう。

「はい。今度は梓ちゃんの番」

唯から手渡されたねこ耳に、梓はこちらに救いを求める。

「抵抗するとひん剥かれるから、素直に応じたほうがいいよ」
「ちょっと、私を一体なんだと思ってるのよ?」

(いつも悪酔いをしている人みたいなことをする人)

口には出して言えないので、心の中で答えた。

「ぅぅ……」

そんな僕の返事に、観念したのか梓は断腸の思いでそれを頭に付けた。

「おぉぉ!」

その姿に、思わず僕も完成を上げてしまった。
それほどまでにねこ耳が似合っていたのだ。

「すっごく似合ってるよ!」
「私の目に狂いはなかったわ」

その姿に満足した様子で山中先生が頷いた。
こればかりは僕も同意せざるを得ない。

(これほどまでねこ耳が似合う人っているのか?)

「梓ちゃん可愛い~!」

そう言って梓に抱き着く唯の気持ちが僕には十分わかった。

「”にゃあ~”って言ってみて、”にゃあ~”って」

さらにそこへ律が追い打ちをかける。

「に、にゃあ~」
「がはっ!?」

ネコの手をしながら上目づかいで鳴きまねをした梓に、僕は深刻なダメージを負い、後ろに下がった。

(な、なんという威力……お、恐ろしい)

梓の恐ろしさを再認識する僕なのであった。

「あだ名は”あずにゃん”で決定だね!」

そして、唯の手で梓へのあだ名は”あずにゃん”になるのであった。





ちなみに、これは余談だが。

「何あれ」
「さあ?」
「あれって二年の人だよな?」
「そうだと思う」

僕たちの教室の前の廊下では、粛清されたためにのびている慶介を不思議そうに見ている後輩たちの姿があった。
この日を境に、慶介は廊下を歩いていただけで注目されるようになったらしい。
本人は喜んでいるので、特に問題はないだろう。
……たぶん。

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第37話 新入部員

「ぐえ!?」
「はいはいそこまで」

僕は女子生徒に飛び掛かろうとしている律の襟首を持ち上げた。

「こ、浩介。首が締まってる」
「失礼な。それじゃまるで僕が首を絞めてるみたいじゃないか。そもそも、地面に足がついているんだから締まることもないでしょ」

苦しそうに訴えてくる律に、僕は反論をしながらため息をついた。

「そうだった。てへ」

そう言ってお茶目に笑った律は、咳払いをするので、僕もそれに倣って掴んでいた襟首を離した。

「軽音部へようこそ!」
「さあさあ、こっちこっち」

素早く女子生徒の元まで移動した律と唯は歓迎の言葉を贈ると手を取って奥の方へと引っ張っていく。
そしていつの間に用意されていたのか椅子に座らされた。
そんな熱烈な歓迎に、女子生徒は嬉しそうな表情を浮かべていた。

「ねえねえ、名前は何ていうの?」
「えっと、中野―――」
「楽器は何が得意なの?」
「えっと――」
「好きな食べ物は何?」

矢継ぎ早に浴びせられる質問の嵐に、女子生徒はどうしていいのかがわからない様子で戸惑うだけだった。

「お前ら、気持ちは分かるけど落ち着け」

そんな彼女たちに僕ができたのは、落ち着かせることだけだった。










次は澪の手で落ち着きを取り戻した三人に、女子生徒は改めて自己紹介をした。

「えっと……名前は中野梓と言います」
「ん、中野?」

女子生徒の口から出た名前に引っかかった僕は思わず口を継いで出てしまった。

「どうかしたのか?」
「い、いや。なんでもない。ごめんね、続けて」

僕は気のせいだと思い中野さんに先を促すことにした。

(そうだよ、同じ名前の人なんて数人はいるはずだし)

「は、はい。パートはギターを少し」

(完全にH&Pのファンだっ!?)

ファンレターに書いてあった”ギターをやっている”という文面と一致していたため、もはや目の前の少女が僕のバンドのファンだということは確定した。
これで、僕はさらに追い詰められた。
中野さんはギターに関して技術と知識を有している。
それは文面からも感じられた。
しかも彼女は、ファンレターという形ではあるがギターの弾き方のコツなどを聞いてきたりしている。
僕の音楽に関する技術や知識は独特だと言われたことがある。
それはつまり、いつバレてもおかしくないということだ。
というより確実にばれる。

「お、それだったら唯と浩介と同じだな」
「よろしくお願いします。唯先輩、高月先輩」

律の言葉に、僕と唯に向かって礼儀正しくお辞儀をする彼女の姿は、非常にまぶしかった。
それは唯も同じようだ。

「唯先輩……唯先輩……」
「おーい、帰ってこーい」

とはいえ、唯の場合はとても危ない方向に行きかけているが。

「僕のことも”浩介先輩”でいいよ」
「え? でも……」

そんな唯は置いといて、僕の提案に中野さんは躊躇う。

「いい? バンドたるもの、良好な関係を築くこともまた重要。ならば苗字ではなく下の名前で呼び合うのが効率的なんだ」

それを別の言葉で”絆”ともいうのだが、それはどうでもいいだろう。

「そ、そうなんですか。それじゃ……こ、浩介先輩。私のことも”梓”って呼んでください」
「い゛ッ!?」

顔を赤くしながら言われたことに、僕はまるでのど元を誰かに抑えられたような変な声を出してしまった。

「お、新入生に手を出すとは、浩介ってば大胆♪」
「違うっ! 親睦を深めるという意味でだっ!!」

律のからかうような笑みでの言葉に、僕はむきになって反論する。

「おやおや、顔を赤くして~。むっつりなんだから、もう!」

それでドツボにはまってしまったようで、さらに追撃が掛けられる。

(ちょっと申し訳ないけど、話が進まないし。仕方がないか)

あまり気は進まないが、これ以上醜態をさらすのがいやなのと、話が進まないので僕は強硬手段に出ることにした。

「いいから、とっとと話を戻せ」
「さ、サーイエッサー!」

軽く殺気を律に充てて強引に話を元に戻させることにした。

「それじゃ、何か弾いて見せて」

おかしな世界から戻ってきた唯は、自信の相棒であるレスポールを梓(平然に呼べる自分の尻軽さが憎い)へと手渡しながら促した。

「まだ初心者なので、うまく弾けませんけど」
「大丈夫! 私が教えてあげるから」

梓の初心者という発言に、唯は胸を張って告げた。

「お、もう先輩風ふかしてるな」
「その自信は一体どこから出てくるのやら」

そんな唯に澪と僕はそうツッコんだ。
ちなみに、唯のレベルは”初心者”に毛が生えた程度だ。
それでもあそこまでの演奏ができるのはある種の才能だろう。
そして、梓の言う”初心者”はある種の謙遜だ。
技術は文面から推測しただけだが、知識面ではおそらくこの中では断トツだろう。
梓は恐る恐ると言った様子でレスポールを構えているが、それは今手にしているギターの価値が分かっている証だ。

「それじゃあ」

そう告げて梓はピックをストロークし始めた。
するとどうだろうか。
甘く根太い音が僕たちを包み込んだ。

「う、うまい」
「私より断然っ」

軽快で、それでいて刺激的な音色に律たちは舌を巻いていた。
かくいう僕も、うまい演奏に舌を巻いていたが。
さりげなく入れられたビブラートがまた音に膨らみを付けていく。

「ご、ゴメンなさい。私が下手な演奏をしてしまって」

演奏が終わっても僕たちが唖然としているのを見て下手な演奏だったと勘違いした梓が頭を下げて謝った。

「い、いや。そういうのじゃないから」
「そうだよ。皆うますぎて言葉を失っているだけだから。ね、唯?」

そんな彼女に、澪と僕が必死にフォローをする。
そして、先ほど素直な感想を口にしていた唯に同意を求めるように振った。

「ま、まだまだね!」
「えぇっ!?」

唯のとんでもない感想に、僕たちはいっせいに驚きをあらわにした。

「知らないぞ、そんなこと言って。梓の方を見てみろ」
「………っ?!」

僕の言葉に、唯は視線を梓の方に向けて固まった。
梓は唯の言葉に腹を立てたりショックを受けたりせずに、逆に唯へと尊敬のまなざしを浮かべていた。

「私、もう一度唯先輩のギターが聞きたいです!」
「え!? あの……その……えっと」

墓穴を掘る形になった唯は、とうとう追い込められた。
目の前には、尊敬のまなざしで見つめる後輩の姿。
演奏を失敗すれば最悪の場合、それは失望のまなざしへと変わるだろう。
視線をあちらこちらに巡らせながら唯が出した結論は

「それは私よりもうまい浩君がしてくれるよ!」

僕への丸投げだった。

「逃げた」
「逃げたな」

律と澪の呆れた様子の言葉に、唯は視線を逸らした。

「まあ、唯の言葉はともかく。浩介の演奏はとってもうまいぞ」
「ああ。新歓ライブの時のテクには驚かされたし」

唯の言葉は無視されて、律と澪の評価の言葉が掛けられた。

「あの、できればプレッシャーをかけるのはやめてくれませんか?」

二人に言われてしまうと、僕が中途半端な演奏をできなくなってしまう。
ファンが二人もいる中で本気で演奏するのは自殺行為だった。

「私、浩介先輩の演奏が聴きたいです!」
「うっ。断れない」

梓からの期待と尊敬のまなざしに到底断ることができなくなってしまった。

「はい、浩君」
「………分かった」

僕は観念して唯からギターを受け取った。

「うぅ……私のギターが」

(泣くなら渡すなよ)

涙を流しながら言う唯に、僕は心の中でツッコんだ。

(後輩がうまい演奏をしてくれたんだから、僕もそれに見合った演奏をしないとね)

やるからには徹底的にやるのが一番。
僕は唯から借りたレスポールを肩にストラップをかけて落ちないようにしたうえで構えた。

「梓の演奏はとてもうまかった。だが、何かが足りない」
「何か、ですか?」

僕の話に興味を持ったのか、梓は気を悪くするどころか興味津々に身を乗り出して聞いてきた。

「ズバリ、楽しいプレイだ」
「楽しいプレイ」

僕の答えを復唱する彼女に頷くことで相槌を打ち言葉を続けた。

「うまい演奏をするだけならば、何も会場に来る必要はない。CDとかで聴けばいいだけ。ライブとかでは聴いて楽しみ、見て楽しませるのが必要だと僕は思ってるんだ。そこで、こういうのはどう?」

そう言い切って、僕はピックを持つ手を動かした。
演奏するのは前の合宿の時に澪が持ってきた、カセットテープに入っていた曲のギターソロの箇所。
あの時は、最後の方に凄まじい声が入っていたが、調べた結果その曲は『Maddy Candy』であることが判明した。
それはともかく、ビブラートやチョーキングを効かせながら素早くコード進行していく。
そしてコード進行がいったん途切れ、音を伸ばすところでギターのヘッドを持つとそれを垂直に立てた。
ギターを縦に構え先ほどよりも比較的にコード進行の激しいパートを弾いていく。

「うお!?」
「う、うま?!」

すると、それを見ていた梓達が驚きの声を上げる。
最後まで引き切り音を伸ばしながらギターの位置を元の場所まで戻す。

「とまあ、こんな風にパフォーマンスをするのもありかな。はい、どうぞ」
「これはどうもご丁寧に」

両手でレスポールを持ちながら返すと、それに唯も倣って両手で受け取った。

「と、とにかく入部ってことでいいんだよね?」
「は、はい。新歓ライブでの皆さんの演奏に感動しました!」

そんな僕たちをしり目に、律は話を進めた。

「これからもよろしくお願いします!」

そう言って再びお辞儀をする彼女の姿は本当に礼儀正しいという印象を与えるのに十分だった。

「ま、眩しすぎて直視できません!」
「…………」

そんな彼女の姿に、空気を読んでいないような気もしなくもないことを口にする唯に律が一瞬睨みつけた。

「あ、これ入部届です」
「確かに。明日からよろしくな」

入部届の入った封筒を律に差し出す彼女から預かった律は梓にそう声を掛けた。

「はい、よろしくお願いします」

再び僕たちに一礼して梓は部室を去っていった。
こうして僕たちは待望の新入部員を獲得するのであった。

「はっ!? わ、私どうしよう?!」
「「「練習しとけ」」」

梓がいなくなった途端に慌てだした唯に、僕たちは同時に答えるのであった。

「それにしても、浩介が初対面の女子を呼び捨てにするとはな―」
「まだ掘り返すか。お前は」

軽い殺気を充ててもなお口にできる律の心強さ(悪く言えば怖いもの知らず)に感心したような呆れたような複雑な心境だった。

「さっきも言ったけど、別に他意はない。ただ、向こうがそう呼んでほしいと言ってそう呼ばないとエンドレスになりそうだから」

それは平沢姉妹で十分経験済みだ。

「っと、ちょっと職員室に行ってくる」

新入部員が来たことで忘れていたが、僕には一つだけやらなければいけないことがあったのだ。

「職員室? なんか悪いことでもやったのか?」
「えぇ!? まさか、校舎中の窓ガラスを割って回ったの!?」
「まあまあ♪」

律の疑問の声に、唯が壮絶な妄想を口にした。

「誰がするかっ! そこも、嬉しそうに目を輝かせるな!」

妄想を口にした唯と、目を輝かせてある種の尊敬のまなざしを浮かべるムギにツッコみを入れた。

「古文のことで分からないことを聞きに行くだけだよ」
「何だ。つまらないの」

用件を知った律は興味を失ったのか、頭に手を当てながら席の方に戻っていった。
そんな律にため息をつきながら、僕はカバンから取り出した古文のノートを片手に部室を後にするのであった。










「失礼します。小松先生」
「高月か。どうかしたのか?」

デスクワークをしていた小松先生に声を掛けた僕は、手にあるノートを開いて先生の前においた。

「このことについて教えてほしいんですけど」
「…………」

古文の文面の下に落書きのような文字が書かれているページをまじまじと見ていた小松先生は、僕の方を見上げた。

「なるほど。ここは四段活用をしてみるといい」
「四段活用ですね。分かりました」

僕は小松先生に一礼をして職員室を後にした。
これで、僕の目的も達成された。

(明日からの部活、どういう風にするのかを考えないと)

そして僕は明日新入部員の梓を加えたことによる今後の方針を考えながら部室へと戻るのであった。

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