「皆っ! 私たちは軽音部なのを忘れたらダメだぞ!」
「いや、忘れてないし」
澪の勢いに押されるようにして、次の日の今日にようやく練習をすることになった。
「今日は練習をするぞー!」
「おー!」
律が腕を天井の方に挙げるのに倣って皆も腕を上げた。
こうして、ようやく練習が幕を開けた。
「ギターが三人になったけど、どうするんだ?」
「それについては、僕の方に考えがある」
「それでは、聞かせてもらおうか!」
僕の提案に腕を組んでふんぞり返る律にツッコみたいのをこらえて、僕はこれまで考えた案を口にする。
「現状を考えても、新たに独立したラインを作成するのは非常に手間がかかり、すぐにはできない。だとすれば残される方法は既存のパートで工夫をするしかない」
「なるほど」
感心したように頷く律をしり目に、僕はその方法を告げる。
「そこで出てくる案は二つ。一つは二人で一つのパートを担当する方法。もう一つはバッキングを利用した新規ラインの作成」
「ねえねえ、”ばっきんぐ”って何?」
二つの案を告げたところで、唯からそんな問いかけの言葉がかけられた。
「バッキングというのは、伴奏のことです」
「ばんそう?」
梓が僕の代わりに答えてくれたが、どうやらそこもわからない様子だった。
「主旋律を強調する演奏のこと……と言ってもわからないよね」
「うんっ! まったく」
「胸を張るとこじゃないぞ」
僕の予想通りの答えを胸を張ってする唯に、律がツッコんだ。
「音楽の授業で先生がピアノを弾いていたりするでしょ? それのこと」
「おー、なるほど」
その説明だけで理解できたようで右手にくるぶしを作るとそれを左手とポンッと合わせた。
「でも、さっき浩介”ライン作成は手間がかかるからできない”って言ってなかった?」
「それは、新規にパートのラインを作成するという話。バッキング用の譜面作成はそんなに難しくはないから比較的に早くできるんだ」
唯が納得したところで、澪が首をかしげながら聞いてきたので僕は頷きながら答えた。
バッキング用の譜面作成は、色々なタイプがあるが僕はシンプルにボーカルに合わせた物を考えている。
つまりは、ボーカルが一言言うのに合わせてストロークさせる感じだ。
この方がシンプルで作りやすい。
「それじゃ、多数決。新規ラインを作成することに賛成の人」
律の呼びかけに、手を挙げる人はいなかった。
「それじゃ、バッキング用の譜面を新たに作成する方法に賛成の人」
その呼びかけに、今度は全員が手を上げた。
「それじゃ後者の方法をとるとしてとなると、誰がリードをやるかだけど」
「それなら、先輩が―――」
「はいはい、私がやる!」
律の言葉に、梓が遠慮した様子で唯の方に視線を向けたところで、唯は大きく腕を上げながら自信に満ちた表情を浮かべて立候補した。
(一体その自信はどこから出てくるんだ?)
思わず唯にそう問いかけたくなる僕なのであった。
「とりあえず、それぞれの演奏を聴いてから判断しよう。最初はどっちがやる」
「……そ、それじゃ私から」
唯の無言のプレッシャーに圧されるように、梓は手を上げてそう告げると自信の相棒のギターの弦を弾き始めた。
今度は速弾きではないがメリハリのある音色と、基礎がしっかりと出来ていないと弾けないようなコードを織り交ぜたメロディーを弾いて見せた。
(やっぱりうまい)
僕はそんな梓の演奏に心の中で称賛の声を送る。
それは澪たちも同じだったようで、口々にうまいと声を上げていた。
「それじゃ、次は唯の番―――」
「ぎ、ぎっくり腰が……」
律が唯の方に顔を向けながら演奏するように促そうとしたところで声が途切れた。
見てみれば、腰に手を当てて仮病にも似たようなことを言っている唯の姿があった。
「いい加減にしろよ、おい」
「お願いです、ギター教えてください!!」
「寝返り、早えな!?」
かと思えば、クイックターンで梓の元まで駆け寄ると、梓にしがみついて懇願する唯に、律がツッコみを入れた。
そんなこんなで、練習は始まった。
今唯が弾いているのは比較的簡単なコードの音色だった。
それを一定のリズムで弾かなければいけない。
だが、唯が奏でている音色はメリハリがなく、どこか間抜けなものとなっている。
それはまるで、異なる二色の色が複雑に混ざり合っているような感じだった。
「あ、そこはミュートをした方が。それにビブラートも効かせるといいかも」
「みゅーと? びぶらーと? なにそれ」
僕と同じことを感じていたのか、そのことを指摘する梓に唯は爆弾発言をした。
「え!?」
「これでも、一年間やってきたんだ」
さすがの梓も驚きを隠せなかった様子だった。
そんな僕たちをしり目に、唯は再び先ほどと同じフレーズを弾きはじめた。
だが、今度は音色にメリハリがつき音自体が引き締まっていた。
完全にミュートができていたのだ。
「今のが”みゅーと”っていうんだね」
「「………」」
(知らずに使えるようになるっていったい)
唯の言葉に、僕は心の中でつぶやいた。
ちなみに、ミュートというのは弦に意図的に触れることで音が出ないようにする演奏技術だ。
ストロークをする際に余計な音が鳴ってノイズになるのを防いだり、音自体にメリハリをつけさせる効果がある。
「唯はゲームを買っても説明書を読まないでやるタイプなんだ」
「納得です」
二か月しか一緒にいない人物に納得されてしまった。
(要するに、体で覚えていくということか……そう言えば僕もそんな方法で唯にギターを教えていたっけ)
半年ほど前まで、僕も同じ手法でギターを教えていたのを思い出した。
絶対音感だから耳で覚えさせた方が早いとは考えていたが、それがすべてに適用できることまでは知らなかった。
「ねぇ、そろそろロイヤルミルクティーを入れてくれない?」
僕たちの練習の様子を見ていた山中先生が、背伸びをしながらムギに声を掛けた。
「あの、今日は練習をしますから!」
「いやだ~いやだ~」
山中先生の要求をきっぱりと断ったムギに、山中先生はしがみつくと涙ながらに猛抗議した。
(もはや教師の威厳ゼロ)
そんな山中先生の醜態に、僕は深いため息を漏らす。
「少し休憩にするか」
僕と同じ思いだったのか、律はため息交じりに休憩にすることにしたのだが……
「「ほげ~~~」」
「「練習は!?」」
ムギの入れたお茶を口にした瞬間に、気が抜けたように長椅子にもたれかかる三人に、僕と澪はほぼ同時に問いかけた。
「明日やるよ~」
ゆるみきった様子で応える律の様子は、全く信憑性がなかった。
(こうなると練習は当分なしか)
僕は何もかもをあきらめた。
「ほら、あずにゃんも~」
「え、私は別に……」
いつの間に用意したのかお菓子のケーキを一口サイズフォークに刺すと、それを梓の口元に持っていく。
最初は断っていた梓だったが、唯に促されるようにケーキを口にした。
その瞬間、梓の表情は幸せいっぱいな表情になった。
「はい。これ梓ちゃん専用のマグカップ」
ムギが満面の笑みを浮かべて梓に手渡したのは、ピンク色でネコの顔が描かれたかわいらしいカップだった。
それを受け取った梓は自然な動作で中に入っている液体を口にする。
結局この日の練習時間は1時間未満だった。
「この曲のこの箇所は、このコードで行くか」
いつもより早めに解散となったため、僕は自宅でバッキング用の譜面作成に勤しんでいた。
バッキングは、作成にあたってさまざまな条件がある。
それを簡単にまとめると、他の音より目立ってはいけないという一つに尽きる。
リードギターやボーカルを埋もれさせるようなバッキングはNG。
だからと言って目立ちすぎないのも良くない。
要するにバランスの問題だ。
なので、バッキング用の譜面作成はかなり神経を使うのだ。
(よし、これで半分)
現在は『私の恋はホッチキス』のバッキング譜面を作成しているが、ようやくそれも半分程度完成したところで、僕は腕を軽く回した。
「あ、そう言えば今日ライブをやるんだった」
今日は、夜にライブハウスでゲリラライブを行うのだ。
これは社長から前に言われていたことで、何でもライブハウスの方で記念すべき日だとかで贔屓にしている観客にサプライズプレゼントがしたいという意向らしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、僕たちだった。
『曲目は任せるので2曲程度、弾いてもらいたい』
それが社長を通して告げられた、ライブハウスからの依頼内容だった。
その依頼の後すぐに、演奏する曲目を決め各自で練習をすることとなったのだ。
「にしても、これはね」
僕はそうつぶやきながら決められた曲目のリストを目にする。
―――
1:Hell the World
2:Maddy Candy
―――
「完全にDEATH DEVIL祭りになってる」
ちなみに、これは荻原さんのチョイスだ。
(軽音部OGの曲、下手な演奏はできないよね)
色々と軽音部関係で問題を抱えているが、今この時だけそのことを頭の片隅に追いやる。
考えるのは、このライブを成功させることのみだ。
「さて、着替えるか」
今日は中山さんが運転する車でライブハウスに向かうことになっている。
その約束の時間までに、僕は素早く黒づくめの服に、サングラスをかけて準備を済ませた。
それと同じタイミングで来訪者を告げるチャイムが鳴り響いた。
それは中山さんが到着した合図であった。
僕は相棒のGibsonが入ったギターケースを手にすると、玄関の方に向かう。
「うん、ちゃんと準備はできてるようね」
「ええ。もちろん」
満足げに頷くMRに僕も頷きかえした。
「さあ、乗りな」
「それでは」
MRに促されるように車に乗り込んだ僕はシートベルトを締める。
そして車はゆっくりと動き出した。
ライブハウス『Koto』に向かって。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ライブハウス『koto』にギターケースを手にした黒髪の少女が最前列でライブを見ていた。
「……」
少女……梓はそのライブを目に涙を浮かべながら見ていた。
(どうして)
梓は心の中でつぶやく。
(どのバンドも軽音部よりもうまいのに)
梓はまじめに練習をしない軽音部での活動を諦め、外バンをしようとしていたのだ。
ここに来たのも、良いバンドを見つけるためのものだった。
だが、梓の気を引くようなバンドはなかった。
演奏の腕は軽音部のメンバーよりも上だったのに、何も感じない理由がわからず梓はただただ見ていることしかできなかったのだ。
梓の脳裏によぎるのは、新歓ライブで演奏しきった時に見せた唯たちの達成感に満ちた表情だった。
その光景はあるバンドとだぶらせた。
(どうして、軽音部の皆さんの演奏するのを見て、H&Pのライブを思い出したの?)
それは梓にとっては憧れでもあるH&Pというバンドだった。
軽音部に入部したのも、その理由を知るためであったのだ。
(もう、帰ろう)
ちょうど最後のバンドの演奏も終わり、照明が薄暗くなったのを見計らって、梓はライブハウスを後にしようとステージに背を向けた。
その時だった。
「お前らが来るのを、待っていた―っ!!」
突如として、この世の恨みを込めたかのようなどす黒い声がライブハウス中に響き渡った。
「え? な、なに?」
突然のことに混乱する梓だったが、それはその場にいたほかの観客も同じだったようで、ざわめき始めた。
それと同時に曲が流れ始めた。
デスメタに近いその曲は薄暗い会場内と相まって不気味さを増させた。
(あれ、この歌声って)
そんな中に響き始めた女性の歌声に、梓は頭をかしげる。
スローテンポでサビの箇所を歌い終えると、甘く軽快な音色がライブハウス内を包み込む。
それと同時に、ステージの照明が再び明るく灯す。
その照明の下で演奏をしていたのは、H&Pだった。
帰路に着こうとしていた観客たちも再び戻り始めた。
その曲は地獄の世界を現したような曲で、スローだったり速いテンポだったりとテンポの変動が激しい曲だ。
テンポが速くなったと思えば一気にテンポが遅くなる。
そこにMRの歌声が合わさり曲に刺激が加わる。
MRが歌い切るのと同時に、DKのスクラッチが入り、曲調が変わる。
そこから始まるのはギターソロだ。
「MR!」
DKの呼び声に呼応したMRが前方に歩み寄り、艶めかしい動きをしながら速弾きでギターを弾いていき、観客を魅了する。
「DK!」
MRの呼びかけで簡単なコードをリフで弾いていたDKが前方に歩み寄るとギターを縦構えにした。
そしてMRと同じコード進行で速弾きしていく。
そのテクに会場中が熱気に包まれた。
(す、すごい。やっぱりDKさんもMRさんもすごくいい演奏をしてる)
それを見ていた梓は、すっかりH&Pの熱気にとらわれていた。
そして一気に再び駆け巡るように演奏をしていき、最後はドラムのフィルで閉めた。
それと同時に観客から大きな拍手が送られた。
「どうも! 皆、楽しんでるか?」
『おー!』
DKのMCに会場が一体となって返事を返した。
「今日はこのライブハウスがオープンした記念の日なのを、お前ら知ってるかー!」
DKの問いかけに、誰も応えない。
「でも、記念品は出ないが今日はオープン記念日ということで、H&Pがここにいる皆に曲と言うプレゼントを届けに来た!」
観客たちが歓声を上げた。
(そ、そうだったんだ)
梓は心の中で運よくライブを見ることができたことをかみしめていた。
この時は、自分の問題のことをすっかり忘れていたのだ。
「でも、次の曲で最後なんだ」
『ブ―っ!』
DKの残念なお知らせに、会場中からブーイングがでる。
「そう言うな。その分、皆に満足をしてもらう曲を届けよう。さあ、速いが最後の曲だ。準備はいいか!!」
『おー!』
DKの呼びかけに、観客たちは腕を上に振り上げて答えた。
「それじゃ、最後の曲。DEATH DEVILの『Maddy Candy』!」
「1,2!」
YJのリズムコールと共にフィルから入りギターの音色がそれに乗る。
疾走感のある曲調で始まった。
(この曲はDKさんがボーカルなんだ!)
MCの時とは違うクールな声色に、梓は全身を使ってリズムに乗る。
ロックな曲調で進行するこの曲は、ギターソロが一番注目される箇所。
甘く、それでいてどこか刺激のある曲風に、観客たちは飲み込まれていく。
そして、ギターのソロに入った。
DKの速弾きによって甘い音色が会場を包み込む。
ビブラートやチョーキングを効かせながら素早くコード進行していく。
そしてコード進行がいったん途切れ、音を伸ばすところでギターのヘッドを持つとそれを垂直に立てた。
ギターを縦に構え先ほどよりも比較的にコード進行の激しいパートを弾いていく。
再び出た縦構えの奏法に観客から歓声が沸き起こる。
(あれ、これって……)
そんな中、梓の脳裏にふと疑問がよぎる。
梓はその演奏法を知っていた。
(これって、浩介先輩のと同じ)
だが、梓の思考はそこで途切れることになる。
MRとDKで交互にギターを弾いていくギターソロで、MRが歯ギターを披露したのだ。
そして縦構えのままDKの凄まじい速度での速弾きでギター走路を終えると、ROのキーボードとRKのベースの音色に乗せてDKが歌声を奏でる。
さらにそこにMRのギターの音色が加わり、最後にYOとDKが音色を奏でる。
最後はバンドメンバー全員で歌声を上げ、そのままギターを弾いていきドラムの音で曲を終えた。
「サンキュー!」
そしてDKのその一声で
再びステージの照明は薄暗くなった。
それは完全な終了を意味していた。
「ッ!」
梓は何かを思い立ち、急いでその場を後にすると、裏側へと回り込んだ。
裏側にはスタッフ専用の出入り口があり、そこから出てくるH&Pの姿があった
「あのっ!」
「ん?」
そして彼らの元まで駆け寄ると、その場を後にしようとするH&Pのメンバーに梓は声を掛けた。
それに反応したのはYOだった。
「私をH&Pのバンドメンバーに加えてください!!」
梓は崖から飛び降りる覚悟でそう告げると、体をほぼ直角に折り曲げた。
「……………君、名前は?」
「あ、な、中野梓です」
ROの問いかけに、梓は慌てた様子で名前を述べた。
「中野か……」
YOはそうつぶやくとほかのメンバーに視線を向ける。
向けられたメンバーは、YOの言いたいことを察し、頷くことで答えた。
「よし、中に入って待ってろ」
「は、はい!」
門前払いされなかったことに梓は嬉しさをかみしめながら返事を返すと素早く来た道を戻っていった。
「俺は、ここのオーナーと話をつけてくる」
「それじゃ、僕たちも行くか」
YOはそう告げて再びライブハウス内に入っていき、DKたちも中に戻っていく。
「ぎたーはあるな……よし、それじゃこれから君には好きなフレーズを実際に弾いてもらう。準備を始めてくれ」
「は、はいっ!」
しばらくして、ライブハウスのオーナーに、少しばかりスタジオを借りる許可をもらい戻ってきたYOは梓にそう告げると、梓は震える手で演奏をする準備をしていく。
ギターを取り出しアンプにリードを接続する。
「YO」
「何だ? DK」
梓が準備をする中、DKはYOに声を掛ける。
「私は評価を色を付けたりするのは嫌いだから公正にする。だから――」
「俺も公正に評価をすればいいんだろ?」
DKの言いたいことを察したYOがDKの言葉を遮るように口を開いた。
それにDKは無言で頷いた。
「安心しろ。俺はいついかなる時もお世辞は言わない」
「だったな。YOはそういうやつだよな」
YOの言葉にDKは口元に微笑を浮かべるとYOと拳どうしを合わせた。
それはお互いの信頼の暁でもあった。
「じ、準備ができました」
「そうか。では、どうぞ」
YOは準備ができたことを告げる梓に演奏するように促した。
緊張した様子ではあったが、梓は落ち着かせるように深呼吸をすると右手に持っていたピックをストロークさせた。
演奏されたのは梓が軽音部で最初に弾いて見せた物と同じフレーズだった。
軽快で、それでいて刺激的な音色に、さりげなく入れられたビブラートがまた音に膨らみを加えていく。
「ど、どうですか?」
「そうだな。とてもうまい演奏だと思う。お前らはどうだ?」
フレーズを弾き終えた梓の問いかけに、YOは感想を述べると後ろで聞いていたメンバーに話を振る。
「僕もYOと同意見だよ」
「私もです」
「私もだね」
「右に同じく」
RO、RK、MR、DKと続いて感想を述べる。
「あ、ありがとうございますっ!」
満場一致の称賛の声に、梓は明るい表情で頭を下げるとお礼を述べる。
「だが、俺はお前のメンバー入りに反対だ」
「え?」
YOから告げられた衝撃の言葉に、梓の表情が固まった。
助けを求めるように後ろのメンバーの方に視線を向けるが、誰一人YOの言葉に異を唱える者はいなかった。
「ど、どうしてですか?」
「それについてはリードのDKが説明しろ」
「ここで私か」
人使いが荒いなとつぶやきながら、DKがYOの前に出た。
「君の演奏は確かにうまい。さすがは親の影響で小4からギターをやっているだけある」
(あれ、どうしてDKさんはギターを始めたきっかけや時期を知ってるの?)
DKのコメントにふと疑問が湧き上がるが、それはDKの『ただし』とつづけた言葉で頭の片隅に追いやられた。
「君の演奏には人を楽しませる要素はない。うまい演奏も重要だが、それ以上に見て楽しませることもプロには求められる」
「………」
梓に告げられた厳しい言葉に、梓は真摯に受け止めていく。
「でも、それは今後の成長次第でどうにでもなる。YOもそうなのかは知らないが、私が一番問題にしているのは」
「な、なんですか?」
梓は緊張の面持ちでDKの次の言葉を待つ。
「君が、”本気でメンバーの一員になる気がない”ということだ」
「っ!?」
DKのその言葉に、梓は一番大きな衝撃を受ける。
「君の演奏を聴いていて一番大きかった印象は、”迷い”と”哀愁”の弾いてもらったフレーズの曲調と合わない二つ」
(私は、迷ってるの?)
自分でも気づかない心の声に、梓は自問自答する。
そんな彼女に、DKは言葉を続ける。
「おそらく、君はどこかでバンド活動もしくはそれに準じたことをしているが、何らかの理由でここで掛け持ち、もしくは現在加わっているバンドをやめて活動を行おうと考えている。……違うか?」
DKの問いかけに、梓は首を横に振ることで考察を正しいと認めた。
(あまり当たってほしくなかったな。そこは)
DKは心の中でつぶやいた。
「ならば、認められない。少なくとも、そのバンドとの未練を完全に断ち切らない限りは」
「………」
DKの言葉に、梓はうつむくだけで何も反応を示さなかった。
「未練を断ち切ることができたのであれば、その時は手紙でもいいし直接でもいいから連絡をよこすように。分かったか?」
「はい。ありがとうございました」
先ほどとは打って変わって肩を落としながら梓は去っていった。
「…………」
「いくぞ。DK」
その後ろ姿を見るDKに、YOはそう呼びかけるとYOの後に続いて歩き出す。
(これは僕の罪……なのかな?)
そう心の中でつぶやきながらDK……浩介は帰路につくのであった。
[0回]
PR