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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第50話 真実と覚悟と

連盟に戻った僕はとある取り調べ室にいた。

「全く、あんた達は」
「「も、申し訳ありませんでしたぁ!!」」

僕が呆れながら口を開くと、二人の男たちはきれいな土下座をしながら謝ってきた。
彼らは唯たちとは別に不法侵入をしてきた人物だ。
動機はあきれたことに大人になるためにだとか。
この世界にはそう言った風俗街が存在するため、そこに向かおうとしたようだ。
だが、この世界に入るには明確な理由を上げなければならない。
その理由をかくのが恥ずかしく、今回のようなバカげた犯行に及んだらしい。

「今回は厳重注意だが、次やったらこれでは済まないぞっ!」
「お前たちは、ブラックリストに登録され5年間はいかなる理由だろうと、入国は許可されない。だが次ここに来る際は、恥ずかしくても本当の理由を書くこと。別に個々の職員が見て笑うわけではないのだから」
「本当に申し訳ありませんでした」

職員と僕の言葉に、二人の男は謝り続けていた。

「とりあえず、明日に強制送還します」
「頼む」

職員の口にした対応に頷いた僕は、取調室を後にした。
この1フロアはすべて取調室だ。
先が見えないほどの長さを誇る通路にあるドアの数は100を超える。

「高月大臣」
「なんだ?」

しばらく歩くと、後ろの方から女性職員に呼び止められた。

「不法侵入した6名の取り調べが終了しました。こちらが供述調書です」
「そうか。ありがとう」

唯たちの取り調べの結果が記された書類を受け取った僕は、女性職員に労いの言葉をかける。

「それと、一番最後のページに書かれている二名の職員が……」
「何かしたのか?」
「は、はい。その、被疑者を恫喝しておりました」

僕の鋭い視線での問いかけに、女性職員は一歩後ろに下がった。

「そうか。報告ありがとう。君は自分の職場に戻りなさい」
「はい。失礼します」

女性職員は僕に一礼すると、そのまま去っていった。

(やれやれ、本当にするとはな……)

とりあえずその二名の処分は非常に重くしようと考えながら、僕は大臣室へと戻るのであった。










「……それぞれ一致しているな」

大臣室で供述調書を確認した僕は、感想を漏らす。
言っていることはばらばらだが、内容はすべて同じだった。
僕の家に向かおうとしたところで、謎の光に包まれて気づいたら外部エリアの草原にいた。
そして遭難者救助用の列車に乗って管轄エリアまで向かい、そこから確保された場所まで向かった。
それが、大体の内容だった。

(それにしても、唯たちまで隔離結界に取り込まれたんだ?)

まず最初の疑問がそれだった。
隔離結界は、空間を捻じ曲げることによって僕以外の生命体と隔離する結界だ。
つまり、どうあがいても入り込むことは不可能。
中から出られても、外から入ることは不可能なのだ。
それができてしまったことが、一番の疑問だった。

(生命体……なるほど、そう言うことか)

少し考えたところで、僕はその理由がわかった。
とんでもなく最悪な偶然による理由だが。

「とはいえ、被害者を拘束するわけにもいかないな」

僕は右手を開くようなしぐさをして通信用のホロウィンドウを展開する。
相手は、この連盟にある牢獄の看守の責任者だ。

『はい、どうされましたか?』
「現在牢獄に入っている平沢唯ら6名を解放し、応接室に案内しろ。彼女たちは犯罪被害者であることが判明した」
『了解しました。至急解放し、応接室に案内します』

僕は責任者の返答を聞いて”頼む”と告げるとウィンドウを閉じるのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「…………」

そこは魔法連盟の地下にある牢獄。
薄暗く、明かりは壁についているろうそくの明かりのみだった。
時より水の滴る音が響き渡る。
そんな場所に、唯たちは監禁されていた。

「取り調べ終わったんだ」
「うん。すごく怖かった」

最後に戻ってきた唯に、律は思いつめた声色で話しかけた。

「わ、私も、浩介先輩のことを訊いたら……グス」
「………」

6人の表情は暗い物だった。
その理由は言わなくてもわかるだろう。
梓は、浩介のことを質問しただけで、恫喝されたのだ。
その際に自分にあてられた鋭い殺気は梓の中でトラウマと化していたのだ。

「これから私たち、どうなるんだろう?」
「知らねえよ。そんなこと」

澪がつぶやいた言葉に、律が投げやりに返した。
そんな彼女たちの牢の前で鍵を開ける音がした。

「おい、お前らそこを出なさい」
「は、はい」

看守と思われる男に言われるがまま唯たちは牢を出た。

「ついてきなさい」

そう告げた看守はすたすたと歩きだした。
唯たちもそのあとに続く。
やがて、連れてこられたのは黒色のソファーにアンティーク調の家具が置かれた一室だった。
テーブルにはお茶が入ったカップが置かれ、その横にはお菓子も用意されていた。

「あ、あの。これは?」
「君たちの無罪は証明された」

紬の問いかけには応えずに、看守の男はそう告げた。

「ついては、法務課大臣が君たちに話があるそうだから、ここでおとなしく待つように」

そう告げて看守はドアを閉めた。

「……どうする、律?」
「どうするも何も。座って待つしか。なあ、ゆ―――」

澪の問いかけに応えながら律は唯たちの方に視線を向けたところで固まった。

「うわぁ、このお菓子おいしい♪」
「このお茶もおいしいわ」

その理由は、先ほどまでの落ち込み用が嘘のように用意されたお菓子やお茶を口にする唯とムギの姿があったからだ。

「お前ら少しは緊張感を持て!」
「ふぇ?」

律のツッコミ口調の言葉にお菓子を口にしながら首をかしげる唯に、律は力が抜けるような感じを覚えた。

「私たちも座りましょう」
「……そうだな」

梓の呼びかけに応じるように律たちがソファーに腰掛けた時だった。
ノックの音と共に、浩介が姿を現したのは。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「あの、本当に私が同行しなくても?」
「何度も言っているが、彼女たちが武装をしていないことは確認済みだ。それに、彼女らは被疑者ではなく被害者だ」

応接室の前で、僕を案内していた看守の責任者が今回で何度目かになるかわからない問いかけをしてきたため、僕はきっぱりと告げた。

「分かりました。それでは私はここで待機してますので、何かあった際はお声を」
「分かった」

それが責任者なりの譲歩なのかもしれない。
僕は、頷くと応接室の扉をノックして開いた。

「こ、浩介」

中に入ると僕は扉を閉めて彼女たちの方に歩み寄る。
近づくと、若干怯えの色が伺えた。
仕方がないかもしれないけど。

「はぁ……何が”学校近くのファーストフードにいる”だよ。一体何をやってるんだ?」
「そ、それは……」

ため息交じりに声を掛けると、律が視線を逸らした。

「あの、浩介先輩」
「何? あずにゃん」

できる限り彼女たちから恐怖心を解くべく、元の世界にいた時と同じ呼び方で梓の名前を呼ぶことにした。
こうでもしないと、簡単に解けなさそうだと感じたからだ。

「浩介先輩って何者なんですか?」
「……」
「それにここは一体……」

梓から次々に投げかけられる問いかけに、僕はどう応えるかを考えるよりも、今後のことの方が大きかった。

「最初の問いかけには応えられるけど、最後の方は今は無理。それでもいいのなら」
「……」

僕の言葉に、全員が無言で頷いた。

「僕は、魔法連盟法務課大臣の高月浩介だ」
「………へ?」

僕の名乗りに、固まっている唯たちの心境を物語るように律が声を上げた。

「早い話が魔法使い」
「………じ、冗談ですよね?」
「こ、浩介にしてはとても笑える冗談だな」

僕の”魔法使い”という単語に、憂と澪が顔をひきつらせながら声を上げる。

「残念ながら、冗談じゃないんだ」
「それだったら、その証拠を見せてみなよ」

律から至極もっともな言葉が掛けられた。

「分かった」

僕は頷きながらどの魔法を使うか頭の中で考える。
普通の転送魔法では信じてもらえるかわからない。

(だとすれば、身をもって知ってもらうのがいいか)

「え、なに?」

僕は唯の方に手を掲げる。

「リ・ベルリア」
「え、えぇ!?」
「お、お姉ちゃん!?」
「唯先輩?!」

僕の詠唱とともに、唯の体が僕の腕が上がるのに比例して宙に浮かび上がる。
それを目の当たりにした憂達が慌てふためく。

「これでも信じてもらえないのなら、もう少し激しくするけど?」
「わ、わかった。信じるから。唯を下して」

澪の返答を聞いて、僕は腕をゆっくりと降ろしていく。
それに反応して唯の身体も降りていく。

「そ、それにしても、本当に浩介は魔法使い……何だ?」
「す、すごい! 本物の魔法使いだ!」

唯ははしゃいでいるが、それ以外の皆は信じられないと言った感じだった。

「浩介さん?」
「ごめん。今の僕には皆との接し方がわからない」

僕は彼女たちから視線を逸らせる。

「何を言ってんだよ。今まで通りでいいじゃんか」
「そうもいかないんだよ」

律の嬉しい言葉に、答えながら手元に赤色と青色の二枚の用紙を一組にしたものを全員に配っていく。

「浩介君、これは?」
「それは宣誓書」

ムギの問いかけに、僕は簡潔に答えた。

「二枚とも、一番上にはこれから起こるであろうことがかかれている。そして下にはそれに同意する旨の署名欄がある。二色によって、未来は変わる。赤い宣誓書は、受け入れ拒否の場合だ」
「それって、私たちが浩介のことを拒否するということか?」

澪の言葉に、僕は首を横に振る。

「それは違う。僕が魔法使いであることを受け入れず、これまで通りの生活を望む場合だ。その場合は、全員のここに関する記憶をすべて消去させてもらう」
「記憶を……消す?」
「もちろん、それによって皆になんら不利益なことは起こらないようにすることを約束する」

唯たちの反応を無視して、僕は淡々と説明を続ける。

「青色の紙は僕を受け入れる場合に書く。その場合、みんなには言語規制が掛けられる」
「げんごきせいって何?」
「簡単に言えば、話す言葉を規制して自由に話せなくなるということ」

首をかしげながら聞いてくる唯に、僕は大まかな答えを返す。

「規制されるのは僕が魔法使いであること。そしてこの世界のこと。これは家族や知人友人や動物にも口にしてはいけない。ただし、ここにいるメンバーは別だけど」
「お、おい。どこに行くんだよ」

彼女たちに背を向ける僕に、慌てた様子で律が声を掛けてくる。

「本人の目の前で決めにくいでしょ? 僕は席を外す。書き終わったら外の方に仲間がいるからそいつに渡して」
「あ、浩君!」

唯が呼び止める声を無視して、僕は応接室を後にした。

「大臣」
「……宣誓書を渡した。受け取り次第こちらに持ってきて」

外に出た僕に声を掛ける責任者に、僕はそれだけ告げるとその場を後にした。

(本当に残酷な運命だよね)

自分の運の無さを恨みたくなる。

(皆、赤い紙を使うよね)

あの二枚の紙は人間の本性を見るための物として使用されていたものだ。
要するに、受け入れた人間はよからぬたくらみを考えていると捉えられることになる。
いまだにそういうことを考える者もいるが、僕は彼女たちならば、青色の紙と赤色の紙の意味通りであり、嘘偽りがないことを信じている。
だからこそみんなは赤い色の紙を使うと考えているのだ。
どう考えてもいやなはずだ。
魔法というわけのわからない物のせいで、自分の自由が束縛されるのだから。

「本当に、最悪だ」

大臣室で、僕は声を漏らす。
だが、赤色を選んでも関係が変わることはないだろう。
いつものように部室で部活をする。
それだけだ。

「なんだ?」
「大臣、宣誓書をお持ちしました」
「ありがとう。もう戻ってもいいぞ」

おそらく宣誓書が入っているのだろう、茶色の箱を受け取った僕は責任者から受け取るとお礼を言って職場に戻るように告げた。

「それでは、失礼します」

責任者の男性職員は、一礼すると大臣室を後にした。

「さてと……」

僕は茶色の箱を茶色のデスクに置く。
椅子に腰かけて箱のふたを開けた僕は、中身を確認した。

「………え?」

その箱の中に入っていた紙を見て、僕は思わず固まった。
なぜなら、その箱の中の紙の色は

「嘘でしょ?」

全部青色だったのだから。





「うわ!? 何だ浩介か。びっくりしたな」
「ちょっと、どういうことだ、あれは!!」

全速力で応接室に向かった僕は、皆に問いただした。

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない! 青色の宣誓書なんて出すなんて、皆正気か!?」

僕の様子に、声を掛ける梓達に僕は問い詰める。
僕には青色の宣誓書を書くことが正気の沙汰ではないように感じたのだ。

「正気だよ、私たちは」
「それじゃ、あれか? 僕を傷つけないためにか?」

僕の推測に、澪は首を横に振る。

「そうじゃなくてね、浩介が魔法使い? とかでも仲間には変わりないんだったらそれでいいじゃん」
「私も。最初は驚いたけど、同じ部員だし」
「わたしもですよ。浩介さんのことよく知りませんけど、でも浩介さんは怖い人には見えなかったので」
「私もです。浩介先輩には色々とお世話になりましたし、拒絶することなんて考えてないです」

律に続いて澪や憂に梓が口々に声を掛けてくれる。

「そうそう。私は難しいこととかわからないけど。浩君は浩君だよ」
「皆……ありがとう」

唯らしい説明だったけれど、それはとても僕の救いの言葉になった。
だからこそ、僕はみんなに頭を下げて感謝の気持ちを告げた。

「何だかみんなだけ言いたいこと言ってずるい」

そんな中、唯一何も言っていないムギが抗議の声を上げた。

「それだったら、皆と同じ意見だって言えばいいんじゃない?」
「それもそうね。それじゃ、私もみんなと同意見よ♪」

僕のアドバイス通りに声を上げるムギに、気づけば僕たちは心の底から笑っていた。
きっと僕にとってこの日、この瞬間こそが幸せだと感じた時だったのかもしれない。

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第52話 お泊り!

「こんなところに来てどうするんだ?」
「これってもしかして、魔法の絨毯とかに乗って行くんですか?」

僕たちがやってきたのは、出撃用のパッチだ。
無機質な鉄製の床や壁に囲まれた中、先の方でぱっくりと穴が開いており、そこから外の風景を見ることができる。

「正解。よくお分かりで」

目を輝かせながら聞いてくる梓に答えながら、僕は自分用のロッカーにしまっておいた赤色の10人ほど乗れそうなサイズの絨毯を取り出すと、それを地面に敷いた。

「さあ、乗って」

皆に乗るように促すと、全員はおずおずと絨毯の上に乗った。
澪は若干怯えた様子ではあったが、わりとすぐに乗ってくれた。
最後に敷かれた絨毯の出口側に面する方向の場所に陣取ると、背中に装着していたクリエイトを絨毯に突き立てた。

「それはなんですか?」
「クリエイト。僕の魔法使用をサポートする相棒。ものすごく優秀だよ」

憂の問いかけに答えながら、出発の準備を整えていく。
ちなみに現在クリエイトは喋れないようになっている。
喋れるようにすることもできるが、色々と面倒くさいのでこのままでいいだろう。

「それじゃ、浮かぶから気を付けて」

そう後ろの皆に告げた僕は、軽く魔力を注入する。
するとそれに呼応して、絨毯が浮いた。

「お、浮いたぞ!」
「それじゃ、発射まで5秒前。5,4,3,2,1」

浮いたことに感嘆の声を上げる律をしり目に、僕はカウントダウンをしながら魔力の放出をさらに強める。

「0!!」
「きゃあああ!?」
「のわぁぁ!?」
「にゃ~~~~!!」

カウントダウンを終えるのと同時に、急発進してパッチを出たため、みんなが悲鳴を上げた。
それを無視して僕は絨毯の高度をさらに上げていく。

「と、飛んでる~~~!」
「でも、風が来ない~!」
「でも怖いです!!」

後ろから驚きなのか悲鳴なのかよくわからない歓声が上がる。
必要な高度まで浮上したところで、上昇を止めて地面と平行にした。

「ほら、下の方見てみな」
「うわ~」
「すごくいい景色ね」
「まるで家が米粒みたいに見える」

僕の言葉に下の方に視線を向けた唯たちが感嘆の声を上げた。

「なあ、浩介」
「何?」

一定の速度と高度を維持したまま飛んでいると、律から声が掛けられた。

「全然寒くなったりとか風圧を感じないんだけど、これってやっぱり」
「魔法です」

律の予想に、僕は頷きながら答えた。

「便利ですよね、魔法」
「うんうん。本当にあるんだね~」

憂に続いて唯がつぶやく。

(お前たちは知らない。魔法の本当の怖さを)

だが、僕はそれを口にしなかった。
それはもしかしたら、人の夢を壊すようなことをしたくなかったからかもしれない。

「それじゃ、アクロバットとかできたりする?」
「お、いいところに目を付けた。もちろんできるよ。何だったらやってあげようか?」

律の問いかけに、僕はそう尋ねた。

「ひっ!?」
「おぉ、それじゃよろしく頼むぞ!」
「私も体験してみたい!」
「私も私も!」

律に唯とムギが続いてリクエストを送ってきた。

「あ、あの。アクロバットは危ないですし辞めませんか?」
「そ、そうだよ! 危険だし」

反対するのは梓と澪の二人だった。
憂は苦笑しているのでどっちなのかがわからなかった。

「それじゃ、危なくない範囲で、アクロバット運転をするか」
「「いぇーい!」」

僕の決定に、歓迎の声を上げる律と唯。
そんな二人をしり目に、僕は魔力の放出方向を調整する。
そして一気に浮上を始めた。

「うぉぉぉぉ!!」

ちょうどいいところでさらに上の方に絨毯を向けていく。
すると、円を描くように空中で一回転した。

「どう?」
「すっごく楽しかった」
「浩君すごくうまいね~!」
「わ、私は怖かったです!」

対照的な感想に、僕は苦笑しながら高度を少しだけ下げていく。

「ねえ浩君」
「なに?」

しばらく進んだところで、唯が声を掛けてきた。

「もし私たちが魔法を使えるとしたら、一番すごい魔法使いになるのは誰?」
「これまたアバウティーなことを聞くな」

唯の問いかけに、相槌を打ちながら考えをめぐらしていく。
この6人はいろいろなタイプに分かれている。
律は大雑把タイプ。
ちまちましたことは苦手な律に一番ピッタリなものだと思う。
細かな制御は不得手だが、大規模魔法には長けている。
澪は正確タイプ。
性格的にもそう見えるからだが、怖いことが苦手な彼女には、魔法使いとして少し欠けているのかもしれない。
梓は理論タイプだろう。
感覚ではなく、理屈から固めていくタイプ。
魔法使いとしては優秀だが、臨機応変な対処の点で少々悩む。
憂は万能タイプ。
すべての面においてオールアラウンダーの能力を持つタイプだ。
いい面も悪い面も特にないため、普通という評価だ。
だが、チームとしては重宝される。
ムギはどちらかというと攻撃タイプだろう。
力持ちなのと学ぶ姿勢が強いのはとてもいいことだ。
特に前者の場合は攻撃力はピカイチなことが多い。
その代わり防御魔法の方が弱くなることが多々あるが。
もちろん、このタイプは僕の勝手な偏見だ。
確実に間違っている可能性が高い。
それに、それぞれの性格だけで魔法使いとしての強さは決まるのではない。
つまり、何が言いたいのかというと。

「まあ、強いて一番なのを言うとすると、やっぱり梓かムギあたりだと思うよ」

ということだった。

「ほ、本当ですか!」

やはり、魔法というのに憧れているからなのか、僕の言葉に目を輝かせて聞いてくる梓。

「魔法っていうのは座学も重要なカギを握るからね。特に物理に数学関連でいい成績をとっている人ほど、すごい魔法使いになっている傾向が強い」
「どうして、数学と物理が重要なの?」
「それは、単純だ。今こうして空を飛ぶ際にもベクトルをどっちの方向にどれほど掛けるか、全員の体重を考慮してどの程度の魔力を注入するかを計算しなければいけない。そうしないと、飛べたとしてもすぐに墜落しちゃうから」

唯の問いかけに答える僕に、唯は”へぇ~”と理解しているのかいないのかよくわからない感じの返事を返した。
ちなみに、魔法というのはアニメのような”感覚で~”という生易しい物ではない。
どのような魔法も複雑な計算にベクトル予想等々をする必要がある。
そう言う意味では魔法というのも侮れないのだ。





「ねえ、いつ着くんだ?」

かれこれ30分ほど飛んでいると、さすがに飽きてきたのか律が僕に訊いてきた。

「もう着いてるよ」
「へ? 冗談を……森ばっかじゃん」

僕の答えに、律は軽快に笑い飛ばしながら相槌を打つ。
確かに、ここらへんには森しかない。

「……まさか」
「そのまさか。ここ一体すべてが高月家の敷地です」

律の予想に僕は頷くことで肯定すると、そう告げた。
その数秒後、魔界の空に6名の絶叫が響き渡るのであった。










「はい、到着」

程なくして、高月家本家に到着した僕たちは絨毯から降りた。
そして全員が、家の外観を眺めている。

「思ってたよりも大きくないね」
「悪かったな」

唯の率直な感想に嫌味を込めて謝った。

(中に入ってもそれが言えるかどうか、見物だ)

絶対に真逆の反応をするような気がする。

「とりあえず中に入るよ」

僕はそう声を掛けると玄関の方に足を進める。

「あ、待ってよ浩君!」

その後ろを唯たちがついてくる。
玄関のドアノブをつかみながら魔力を込める。
この家は、さりげなくではあるが高度なセキュリティー魔法が掛けられている。
特定の魔力を持つ者しか敷地内や、家の中に入ることはできない。
さらに、一種の結界のように敷地を覆っている力により、万が一の事態が発生してもここにいれば助かるような魔法もある。
今、僕は一種のルーティング(認証)を行ったに過ぎない。
そしてドアノブを引いてドアを開いた。

「どうぞ」

閉じないように処置を施すと、先に全員を中に招いた。

『お邪魔します』

全員がそう言いながら中に入っていく。
そして最後に僕が続く。

「って、広!?」
「すごい、ここだけで一部屋分あるよ」

最初に驚きの声を上げたのは律だった。
玄関だけでも6畳分の広さはあるのだから、当然と言われればそういうことになる。

「靴を脱いだらまっすぐ歩いて、三つ目のドアがダイニングへの入り口になってるからそこに入って」
「よし、唯隊員!」
「合点であります、律ちゃん隊長!!」

僕の案内をよそに、唯と律はは合図を送る。
そして、

「探検するぞー!」
「おー!」
「こぉらー!」

いきなり探検すると言い出して走り出す律たちに、拳を構えながら声を荒げる澪。

「ここ、色々な魔法が仕掛けてあるから、下手にドアを開けたりするとけがでは済まないよ」
「や、やめておきます」
「くっ、ここは魔境か」

最後に”それでもいいのならば、どうぞ”と付け加えると二人は潔く引き下がった。
ちなみに、今の話は本当のことだったりする。
今、家の中にもセキュリティーが施されており、ダイニングや浴室などは大丈夫だがそれ以外の場所はルーティングを再度行う必要がある。
それをしないでドアノブに手を触れると、一番ひどいところでは四方八方から槍が放たれる仕掛けも存在する。

「皆、先にダイニングの方に行っててくれる?」
「浩介先輩は?」
「僕はちょっとやることがあるから」

梓にそう答えると、全員はダイニングの方に向かっていった。
すぐさま中から歓声が聞こえてくる。

「さて、やりますか」

それを聞きながら、僕は静かに息を吐き出すと浴室や化粧室以外のすべてのドアの周辺に簡単な結界を展開する。
これをしておけば面白半分にドアを開けようとしても近づけない。

(高月家の魔力を持つ者以外が結界に触れたらダイニングに戻るようにするか)

一通り結界魔法を発動し終えた僕はダイニングへと向かう。

「ごめんね、なんかお茶も出さずに」
「それは大丈夫。にしても……」
「すごいな」

ダイニングを見渡した澪がポツリと感想を漏らす。
確かに、すごい。
天井はいたって普通だが、周囲に置かれた家具はいかにも高級そうな雰囲気を醸し出しているし、何よりテーブルが優に2,30人分の席があるのではないかというほどに長い。
ちなみに、僕が知る限り、この席全てが埋まったことは一度もない。

「部屋の方だけど、1フロアに3部屋ずつで……4階でもいいかな?」
「ちょっと待てい!」

僕の問いかけに、律から待ったが掛けられた。

「あの、この家って3階建て……ですよね?」

顔をひきつらせて聞いてくる憂。

「ああ、そう言うことか」

それで彼女たちの言わんとすることがわかった。

「この家の外観は3階建てだけど、中は家の外観の数百倍の広さと高さがあるんだ。ゲストルームは100を優に超えていたと思うけど」
「お前はいったい何者だ!」

律から鋭いツッコミが入った。

「この世界を治める名家」
「へ?」

(そう言えば、このことは話していなかったっけ)

固まる律たちの様子に、僕はそれを思い出した。

「高月家は、魔法使いで知らぬ者がいないと言われる名家何だよ。まあ、これは皆が知っても意味はないと思うから、”知っている人は知っている名家”程度の認識で構わないよ」
「知れば知るほど、恐ろしいやつに見えてくるんだけど」
「律たちが恐ろしく思う必要はない。魔法使いじゃないし、僕が牙をむける事はないから」

律の言葉に、僕はそう返した。
実際問題、律たちが何をしようと、こちら側に不利益が発生しない限りは何もできない。

「それじゃ、ゲストルームに案内するから、ついてきて」

僕はそう声を掛けるとダイニングを出てすぐ前にあるドアを開ける。

「ここも広いですね」
「本当だ~」

ドアの先のリビングに感想を漏らす唯たちをしり目に、僕はリビングの奥の方にある階段に目を向ける。

「あそこの階段から上の階に行くことができる」
「それって下の階に行く時は必ずここを通る必要があるということよね?」

ムギの問いかけに頷くことで答えた。

「さあ、行くよ」
「おー!」

そして僕たちは階段を上がっていく
1フロアごとに出入り口であるドアに結界を張っていく。
そうでもしないと

「律ちゃん隊員、ドアが開きません!」
「くっ! おのれ浩介め。鍵をかけたな!」

このように変なところに行こうとする者が出てくるからだ。

「唯先輩に律先輩、人の家のドアを勝手に開けるのは失礼ですよ」
「うぅ~、あずにゃん厳しいっす」

梓が二人に注意をしてくれた。

(どっちが先輩何だか)

時よりそんなことを考えてしまう。
そんなこんなで、4階まで階段を上がった。

「ここがゲストルームだ」
「突入~!」
「子供か……まったく」
「まあまあ」
「失礼します」

僕を押しのけるように中に入っていった律と唯にため息交じりにつぶやく澪とそれをなだめるムギが続いて、最後に憂と梓が中に足を踏み入れた。
それに続くように僕もゲストルームに足を踏み入れた。

「…………」

中に入った皆は部屋を見て固まっていた。
ちなみに部屋の構造は棒の部屋と同じ構造だ。
つまりは……

「ひ、広いな」
「す、すごいです」

ということだった。

「ちなみに、ここ一人一部屋用なんだけどもし広すぎて落ち着かないのであれば二人で一部屋という風にもできるよ。ベッドも夕に三人は寝れる大きさだし」
「そ、それじゃあ……」

僕の提案に梓がおずおずと手を上げた。
それに連鎖するように全員が手を上げた。

「なら、ペアを組んで。言っておくけど、無理やりはダメだからね」
「分かってるって」

僕の忠告に律が相槌を打ちながら、ペアを決めていく。
結果次の通りになった。

唯ームギ
憂ー梓
澪―律

「そのカギは、なくすと部屋に入れなくなるから気を付けて。開け方はドアのどの部分でもいいからかざすこと」

鍵の取り扱いについて説明をし終えた。
ちなみに、鍵はしっかりしている者に渡している。
名誉のため誰なのかは言わないが。

「さて、今度は肌着か。とりあえずいったん部屋を出よう」

僕はとりあえず全員をゲストルーム(現在は唯とムギの部屋だが)から外の通路に追い出した。

「何をするんですか?」
「お取り寄せ」

憂の疑問に答えた僕は、何もない空間に右腕を上げると右手を広げるようなしぐさでホロウィンドウを展開した。

「うわ、何か出た!?」

律が驚きの声を上げるのを聞きながら、僕は次々にウィンドウを展開していく。
そしてコンソールで必要事項を入力していく。

「浩介先輩、それってなんですか?」
「これ? これはヴァ―チャリング・システムって言って、パソコンが進化したような感じのやつ」

梓の疑問に答えながら、準備を整えた。

「これを使って、唯たちの世界から肌着を転送する」
「い、一応聞くけど、どうやって?」
「この画面は、平沢家の唯の部屋の様子を示している。これを基に、必要なものがある場所を指定してそれを所定の位置に転送させる。ちなみに、唯の場合はこの部屋の中に出てくるようになってる」

目をひきつらせながら聞いてくる律に、僕は隠さずに正直告げた。

「それって、服が仕舞ってある場所とか浩介にわかるよな?」
「当然」
「却下」

予想通り、僕の案は却下されてしまった。

「そう言うだろうと思って、案は考えている」
「どんな?」
「僕は後ろを向いて、手元には転送を開始させるボタンだけが表示された画面のみ表示させる。あとは唯たちの方で場所の入力を行う。入力はそれがある場所をタッチするだけで指定できるから唯たちでもできる。これならどう?」

つまりは場所の決定は唯たち自身でやってもらい、後の転送開始は僕の方でするという形式だ。

「それだったら、良いけど……梓、浩介が後ろを見ないように見張っておいて」
「はいです!」

律の指示に素直に応じた梓に、僕はとことん信用されてないなと心の中で嘆いた。

「それじゃ、まずは唯から」
「それじゃ、失礼して~」

唯が画面を操作させる。
場所の確定が完了すると、転送ボタンが押せる状態になるので僕の方でも知ることができる。
そして、転送ボタンが押せるようになった。
僕は即座に転送ボタンに手を触れた。

「これで唯の部屋に目的の者が転送された。同じようにやるから、協力してね」
「それじゃ、次はムギだな」

こうして僕は全員分の肌着をそれぞれの部屋に転送していくのであった。

「それじゃ、夕食は午後6時ごろ。時間に遅れないようにダイニングの方に集合すること」
「了解であります!」
「私も」

敬礼して答える唯にならってムギも敬礼しながら相槌を打った。

「ちなみに遅れたら夕飯抜き」
「ッ!? 澪、時計を見逃しちゃだめだぜ!」
「誰が見逃すか!」

僕の夕飯抜きの宣告に、律の目が一瞬大きく見開かれた。
これで、みんなちゃんと夕食時になればダイニングに来るだろう。

「それじゃ、夕飯までの1時間弱、部屋でゆっくりとしてな。あ、それと部屋のテーブルに注意点を書き記したメモを置いといたから、くれぐれも破ることの無いように」
「またあとでね~、浩君!」

唯の声に見送られながら、僕は4階を後にした。
ちなみに注意点とはこんな感じのものだ。

―――

・4階や3階以外のフロアへの侵入は禁止。

・部屋の家財道具を壊さないこと。
壊した場合は、全額弁償してもらいます。
なお、家財道具は安くてもひとつ数十万円します。

・夜12時を過ぎると各階の出入り口がロックされ開かなくなります。
 ロック解除はまず無理なので、この時間帯に出入りしないこと。

――

「守ってくれればいいんだけど」

フロアの進入を禁止する旨の項目は書いても無駄だと薄々気づいていたが、書かずにはいられない性分なのだ。
ちなみに、この家のセキュリティーはかなり強度で、3階と4階のフロアへの入り口のドアが開かなくなるようにされている。
しかも物理的に突破しようとするとサイレン音が鳴り響く仕組みだ。
それをされると、まず僕は寝れなくなる。
そしてみんなもたたき起こされることになるので、かなり迷惑がかかる。
ちなみに、ロックの解除はしようと思えばできるのだ。
ただ、それにはドアに魔力を注入してルーティングをする必要があるため、かなり面倒くさい。
寝起きにやらされるのはゴメンなので、無理だと書いてあるのだ。
本当に面倒が起らないことを僕は心の中で願うのであった。

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第49話 再会と拘束と

「はぁ……久しぶりの我が家だぁ」

数時間ほどして、僕は実家でもある高月家の自室へと戻っていた。
自室の広さは約20畳。
二階建ての構造となっている。
一階は作業用の机などの物が置かれているいわゆる作業部屋のような場所。
二階はベッドやクローゼットなどが置かれた寝室のスペース。

「何が”がんばれ”だ」

僕は二階の余裕で三人寝れるぐらいの大きさのベッドに横になりながら、天井を見上げて連盟長のありがたいお言葉に対する不満を口にする。





魔法連盟に向かった僕はいの一番で連盟長室を訪れていた。
そこはアンティーク調の家具が配置され、威厳のある部屋となっていた。
その奥の方に鎮座している男こそが、僕の父親にしてこの世界を治める魔法連盟の連盟長”高月 宗次朗”なのだ。

「法務課大臣高月浩介。ただ今帰還しました」
「うむ、帰還ご苦労」

僕の言葉に立ち上がりながら労いの言葉をかけてくる連盟長。

「それで、用件は?」
「これからもがんばれ」

なぜか応援の言葉を掛けられた。

「……………………それだけ?」
「それだけだ」

当然だと言わんばかりに答える連盟長に、僕は怒鳴りたくなるのをこらえて連盟長室を後にした。
そしてその足で自宅に戻って今に至る。

「軽く寝ておくか」

夕食の時間までかなりある。
どうせ母国に帰ってきたのだから、ゆっくりと過ごしたいところ。

(まあ、ここでそれを求めるのは酷だけど)

唯たちの世界の方がよっぽどゆっくりと過ごせると言っても過言ではないほどのレベルでここは気が抜けない。
いつどのようなことが起きても不思議ではないのだから。
そんなこんなで、僕の意識はゆっくりと闇の中に飲み込まれていくのであった。










「ッ!!」

食事と入浴を終え、早めに眠りについていた僕の意識を覚醒されたのは、けたたましく鳴り響くサイレンの音だった。

『警告! 国内に6名の不法侵入者を検知しました! 襲撃に備えてください! 職員は至急指定エリアへ向かい不法侵入者を確保せよ! 繰り返す――――』

同時にアナウンスも聞こえた。

「ったく、かんべんしてくれよ」

思わず愚痴がこぼれたが、僕は素早く仕事着でもある黒一色の服を着こむと、高月家を後にした。

「大臣!」
「状況は!」

警察の魔法使い版でもある魔法連盟に到着した僕は、法務課に入ると状況を問いかける。

「6名分のエネルギーパターンを採取し終えました!」
「失礼」

職員が展開したホロウィンドウを覗き込んで、不法侵入者のエネルギーパターンを確認した。
エネルギーパターンとは一種の生体反応のようなものである。
どのような生命体であれ、無意識的にエネルギーを外部に放出している。
このエネルギーは魔法使いであればだれでも認識することができる。
逆に、魔力のない者はそれを感知することすらできない。
尤も時よりそれを”オーラ”として認識できることもあるらしいが。
そして、魔法使いにとってエネルギーパターンは重要な手掛かりとなる。
理由としては、それを基にどこにいるかを探ることができることと、相手の情報が手に入るからだ。
相手の種族はもちろん、魔法使いか否か、その実力など、取得できる情報は膨大だ。

「不法侵入者は魔法使い。能力レベルはSS!」

エネルギーパターンを確認した僕の言葉に、周囲がどよめく。
能力レベルは魔法使いの強さを示す基準である。
尤も、これは”魔力のみ”で判断しているため、本当の実力は未知の範囲でもある。
もしかしたら、それよりも上か下の実力しかない可能性もある。
ちなみに、僕の場合はSSS+だったりする。
閑話休題。

「落ち着け。相手がどのような奴でも、確保しなければならない。それが我々の使命だ。まずは同行の確認だ。至急作業にかかれ!」
『はッ!』

僕は全員に指示を出し、ホロウィンドウをいったん閉じてからて大臣室に向かう。

「エネルギーの行動ルート割出」

大臣室に入って再びホロウィンドウを展開するとサーチをかける。

「見つけたっ!」

程なくして結果は出た。
エネルギー反応は、スピードを上げながらこちらの方に向かっている。

「このルートは確か……」

僕は横の方に別のホロウィンドウを展開させる。
その画面に表示させたのはこの世界の外部エリアの地図だった。
外部エリアとは、この世界のエリアではあるが、草原などしかない場所のことだ。
このエリア内では魔力が打ち消されるために、魔法が使えなくなる。
とはいえ、魔法科学であるVSの転送システムは使えるので、職員たちは簡易転送をしながら捜索に当たれるのだ。

「この反応がある場所は……遭難者救助用の列車か!」

不法侵入者の移動経路がわかった僕は、すぐさま通信を入れる。

「至急遭難者救助用の列車に向かえ! 不法侵入者はそこにいる!」
『了解!』

急いで指示を出した僕は、通信ウィンドウを閉じながらほっと一息つく。

(よりによって遭難者救助用の列車を使って来るとは)

僕は心の中でため息をつく。
遭難者救助用列車とは、文字通り外部エリアに迷い込んだ者を管轄エリア(連盟のすぐ近くの場所)に送り届けるための物だ。
運賃も無料で、一日に二往復する列車だ。
救済用に用意した列車を犯罪に使用されるとは、何とも皮肉なことだ。

「どうした?」
『不法侵入者2名を確保しました』

通信を告げるアラームが鳴ったため、ホロウィンドウを開いて通信を開いた僕に、犯人確保の一報が入った。

「後の4名は?」
『逃走したのか見当たりません』
「引き続き捜索に当たれ」

僕は捜索の指示を出して通信を切る。

「とりあえず、不法侵入者の一味は確保できたわけだから良しとするか」

何故侵入したのか、仲間の名前や連絡先を聞き出せれば全ては解決だろう。

「取り調べはこっちの管轄ではない。あいつらを信じよう」

取り調べの結果はこっちの方に来ることになっている。
後は不法侵入者の量刑をこちらで決めるのみだ。
僕はどうせ来たのだからと簡単な事務作業をしていく。

「こんなもんだろ」

事務処理を終えた僕は、体を伸ばして固まったであろう筋肉をほぐしながら一息ついた。

(少し仮眠でもとるか)

時間にして午前10時。
まだ職務中だが、小一時間程度であれば仮眠をとれるはずだ。

「大臣!」
「何?」

そう思って仮眠を取ろうとしていた僕のところに、職員が血相をかいて入ってきた。

「強盗傷害事件です!」
「何!? 詳細は?」

職員から告げられた事件の知らせに、今度は僕が驚く番だった。

「商店街通りにある雑貨屋です。金2万円を強奪して住宅街方面に逃走中! 追跡班からの応援要請です」
「分かった。すぐに向かう。パッチを開いて出撃準備を」
「了解」

(やれやれ、本当にのんびりできないな)

部下の職員に指示を出しながら、僕は心の中でため息を漏らす。
とはいえ、そういう仕事なのだから仕方がないわけだが。

(家に戻ってもだれもいないし。ちょうどいいか)

一応家族には両親と妹が二人ほどいるが、妹は特別任務でこの世界を出ているようで、しかも両親ともに仕事の為に家にはいなかった。
今戻っても寂しいだけなので、体を動かしていた方がいいだろう。

「よし、行くか」

そして僕は強盗犯の追跡に向かうのであった。










「見つけた……そこの三人、今すぐ逃走をやめ降伏しろ! さもなくば五体満足は保証しない!」
「げ、死神!!」
「おい速度を上げろ!!」

少し前を絨毯に乗って飛んで逃げている男たちを見つけた僕は、三人組の男に降伏を告げる。
だが、男たちはさらに速度を上げた。

「おーけー。それが答えか。ならばお望みどおりに」

僕は空中で止まり右手の指を鳴らす。
それだけで僕の周囲に大量の魔法弾が出現した。

「合計1万発の魔法弾で、地獄の逃走を楽しみな。フェルティア!」

僕は1万発の魔法弾を一斉に男たちに向け放った。
それらを絶妙なコントロールで躱すが、一発が絨毯に命中した。
それは爆発して乗っていた三人を空中に放り出す。

「はいはい。確保確保」

ここまでくれば流れ作業だ。
後は拘束で移動して男たちを拘束すれば終わる。

「なっ!?」

だが、そこで予想外のことが起こる。
男たちは魔力エネルギーを放出したのだ。
意味が無いようにもみえるが、魔力エネルギーを一斉に放出すると風のようなものが発生する。
その風量は放出する魔力の量に比例して増していく。

「くそっ。見失ったか」

つまりは、魔力放出のせいで当初予定していた落下地点が大幅にずれたということになる。

(魔力の探知もできないか)

しかも魔力反応の追跡も魔力放出によって阻まれてしまうため不可能。
とはいえ、

(この角度であの量の魔力を放出したということは……)

それも計算してしまえば大体の落下地点を予想できるわけだが。
僕は計算して予測した落下地点の方に向かっていく。

「えっと………いた」

予測した方向の近くに経っている三人組の男と、6人の姿もあった。

「兄貴、早く逃げないと死神が!」

空にいるのになぜか聞こえてくる三人組の一人の声に、僕は彼らに聞こえるように声を張り上げる。

「それは諦めてもらおうか」

その声に、全員が反応した。

「私の目からは決して逃れることはできない。どこまでも追っていき捕まえてやる」

そして三人組の男の前にゆっくりと降り立った僕は、鋭い視線を男に向ける。

「え?」
「はい?」
「嘘……」
「ど、どうして?」

後ろの方から驚きの声が聞こえる。
どこかで聞いたような気もするが、今はそれはどうでもいいだろう。
重要なのは目の前の男どもを捕まえることだけだ。

「浩君?」

そんな中に掛けられた言葉に、僕は一気に気分を壊されたような感じになった。

「あ? 誰だ、この私をそのような馬鹿げた呼び方で呼ぶの……は」

緊迫した雰囲気をブチ壊した不埒者に、鋭い視線を向けながら振り向いたところで、思わず固まった。

「どうして、お前らがここにいるっ」

そこにいたのはここに入るはずのない唯たちだった。
しかも憂もいる。

「そ、それは……」
「というより、これって何かの特撮か? カメラはどこにあるんだ?」

僕の問いに答えようとするが躊躇った様子の唯をしり目に、律が質問を浴びせてきた。

「それはだな………っ!!」

突然の予期せぬ事態に、僕は答えに困っていると、背後にいた男たちが動きをみせた。
危険を察知した僕は地面を蹴り宙に浮かぶことで危険を回避する。

「………」

そして地面に着地したところで、さらに事態は悪化したことに気づいた。

「おっと、動くなよ! 動くとこいつの命はない!」
「ッ!」
「ヒィッ!?」
「き、きゃあ!?」

三人の男たちが唯と澪と梓の首元にナイフを突きつける。

「お姉ちゃん!?」
「澪!!」
「梓ちゃん!」

三人の悲鳴に、残った三人が叫び声に近い声を上げる。

「………要求は?」
「そんなもん、言わなくてもわかってるだろ?」
「俺たちを見逃すッス」

男たちの要求は逃がすこと。
実に単純な要求だった。

(ここで見逃すと嘘をついて捕まえるか)

ふとそんな案が思い浮かんだ。
だが、そうそう簡単に事が運ぶだろうか?

「おっと、うそをつこうと思っても無駄だぜ。途中までこいつらも連れて行くからな!」

(だろうと思った)

となると方法は一つ。
ちなみに、見逃すという選択肢はない。
凶悪犯をみすみす取り逃がすようなことはできない。
最悪の場合は彼女たちを犠牲にしてでも捕まえるつもりだ。
だが、できればやりたくはない手段。
彼らの為に、犠牲にするのは何が何でも避けたいことだ。
犯人を取り押さえることしかない。
だが、方法だ。

(すり抜けを使うか………でも、あいつらが指示に従うか?)

すり抜けとは僕が編み出した魔法攻撃の一つ。
今のように人質に一般市民がされている場合の攻撃手段だ。
簡単に言えば、関係ない人には魔法のダメージを0にし、当てたい人物にのみダメージを与えさせるものだ。
そのための絶対条件は、非対象者(つまりは人質にされている人だが)の五感の一つを奪わなければいけない。
それは”視覚”
人間が得る情報の大半が視覚だ。
それを奪うことによって魔法の情報は大幅に奪われてしまう。
尤も、人によっては第六感や心眼等々を使ったりするのだが。
そこを利用して、魔法の威力を犠牲に独特な細工を加えて”視覚が奪われた非対象者には魔法が無効化される”という効果が発生するようになったのだ。
それはともかく。
視覚を奪うには目を閉じさせることが重要。
ここの世界の人であれば、魔法というものを知っているので、大抵は素直に目を閉じてくれる。
だが、魔法を知らない人は目を閉じることを拒む。
知っているのと知らないのとでは恐怖の度合いが違うのだ。
尤も、目の前にナイフを持っている人がいて目を閉じろと言われて閉じるバカはいないが。
そう言う意味では、このすり抜け魔法はあまり使い物にならない魔法の一つでもある。
閑話休題。

だとするとのこされた方法は、

(目に見えない速さでけりをつけるか)

それしかなかった。
幸いにも、僕には俊足という音速には遠く及ばないがほとんどの人の目を欺かせるほどの素早さを誇る技がある。
それを駆使すれば三人組の男の背後に回ることなど、造作もないことだろう。

「さあ、どうするんだ!」
「僕の答えなど最初から決まっている」

男の言葉に答えた後は一瞬だった。
俊足を利用し一気に男たちの後ろ側に回り込んだ僕は、あらかじめクリエイトにかけておいた”触れたものを眠らせる”睡眠魔法を利用し三人の身体に触れさせていくことで強制的に眠らせた。

「あ、あれ?」
「た、助かった……のか?」

次々に地面に崩れ落ちた、人質の澪たちは突然の出来事についていけてない様子だった。

「浩介! これはいったいどういうことなんだよ!」

僕は律の問いかけに答えずに、彼女たちに背を向ける。

「大臣!」

程なくして最初から追跡をしていた追跡班の職員達が駆けつけてきた。

『だ、大臣!?』

職員が発した言葉に唯たちが驚きの声を上げた。

「強盗傷害の被疑者だ。拘束しろ」
「協力感謝します!」

一人の職員が礼を告げると三人の男たちを拘束し連行していった。
残されたのは唯たちと僕に数人の職員だった。

「浩介先輩。教えてください。一体これはどういうことなんですか?」
「浩君」
「大臣、この者たちは?」

僕に声を掛け続ける梓と唯に怪訝そうな表情を浮かべながら僕に確認してくる。

(仕方がない)

僕は心を鬼にして彼女たちに向き直る。

「こ、浩君?」

僕の異変に真っ先に気づいた唯が一歩後ずさる。

「君たち、ここでは見かけない顔だが、パスポートは持ってるか?」
「ぱ、パスポートってなんだよ?」
「あの、浩介さん。貴女はいったい何者なんですか?」

僕の問いかけに、戸惑いながら応える律と憂。
当然だ、彼女たちはこの世界に入国するパスポートなど所持していない。
つまり彼女たちがここにいるのは、

「不法入国の現行犯だ。拘束しろ」

犯罪ということになる。

「お、おいどういうことなんだよ!」
「浩介君!」
「着手っ!!」

僕の言葉に驚きながら声を上げる律たちを遮るように、僕は数人の職員に彼女たちの拘束を命令した。

「ちょ、ちょっと離せって!」
「い、いやっ! 助けてください、浩介先輩!」
「静かにしろ!!」

数人の職員に取り押さえられ、抵抗するものの人間の……しかもただの女子がかなうはずもなく一瞬にして彼女たちは魔法連盟へと連行された。

「私はあとで戻る。彼女たちの取り調べを終えたのち、至急こちらに報告するように。それと取り調べに行き過ぎが無いよう監視をしろ」
「はっ!」

僕の指示に職員は応じるとそのまま連盟の方に去っていった。

「はぁ……」

それを確認した僕の口から出てきたのは、ため息だった。

「いつかばれるのではないかと思っていたけどね……」

運命とは時に残酷なものだと感じた。

(本当はこうするべきではないんだが)

僕の立場を考えれば、それは決して許されない行動。
だからこそ、彼女たちを捕まえさせたのだ。

(でも、罪に問われることはない)

僕の予測が正しければ、彼女たちはお咎めなしになる可能性が高い。
それを公式的に認めさせるために拘束させたのだ。
尤も、もう一つの理由もあるが。

「問題は、職員の連中が取り調べで行き過ぎたことをしないかだ」

彼女たちは”軽音部所属の高月浩介”の面しか知らない。
そんな彼女の言動は、職員たちにとっては侮辱にも等しいはずだ。
ここでは僕は”カリスマ法務課大臣、高月浩介”として通っている。
彼らにとっては僕は一種の憧れの存在らしい。
尤も僕自身は、そのような価値があるとは思ってもいないのだが。
つまり、何が言いたいのかというと取り調べに当たっている者たちが唯たちに危害を加える可能性が高いということだ。
それだけは決してあってはならない。
監視を命じたのは二人。
何事もなければ、いいのだが。

「本当に、僕は爆弾だよな」

再びため息をつきながら、僕は魔法連盟へと戻っていくのであった。

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第51話 説明!

「それじゃ、説明をさせてもらうよ。かなり長くなると思うから、それだけは覚悟してね」
「「合点です!」」
「……二人とも真面目に返事をしなよ」
「そうですよ!」

律と唯らしい返事の仕方に澪と梓から厳しい声が上がる。

「まあ、居眠りをされるよりはましだから」

僕はそうフォローの言葉を告げると、咳払いをして話を始めた。

「まずは、ここの世界について説明をするね」

そう告げて僕は説明を始めた。

「ここの世界は、皆も気づいている通り、唯たちが知っている世界ではない。ここは、人ならざる者が住まう世界、名前は『忘れられし』……そっちの言葉で簡単に言うと、”魔界”」
「ま、魔界って、ゲームやアニメに出てくるあれ?」

唯の問いかけに、いささか意味が分からなかったが、僕は頷いて答えた。

「ていうことは、魔王とかがいたりして――「いるよ。というか僕のことだし」――いるのかよ!? ていうか浩介かよ!!」

僕のカミングアウトに、律がのけぞる勢いで驚きをあらわにした。

「魔王というのは強さの称号のようなもの。僕はこの世界で一番強い魔法使いであるという意味。持ってつけられた二つ名が」
「二つ名は?」
「”死神浩介”。その名の通り、狙った獲物は決して逃さずに仕留める」

唯に乗せられるようにして、僕は二つ名を告げた。
ちなみにもう一つの名前があるのだが、彼女たちには言うことはないだろう。

「す、すごいんですね」
「それで、話を戻すけど」

僕は咳払いをすることで、話を元に戻した。

「ここにいるのは魔法使いとか魔女だとかそういう感じの者たち。そして、ここは通常の方法ではたどり着けないように厳重に保護されているんだ。僕だって特殊な方法を用いた転送魔法を使ってここに出入りしている。そのため魔法使いでない者がここに来ることは、限りなく0に近い」

とはいえ、先ほどのように魔力を有する者がここを不法に訪れてしまうことがあるのだが。

「それじゃ、どうして私たちが? 私達は魔法使いじゃないですけど」
「それはこの僕が保障するよ。皆は魔法使いではない」

憂はともかく、梓達とは部活動で一緒に活動をしているのだ。
魔力を持っていれば僕が真っ先に気づく。

「な、なんだか夢が壊されたような気分です。隊長」
「皆がここに来た理由は転送魔法の誤作動だ」
「ご、誤作動?」
「何だかしょうもない理由が聞こえたぞ」

僕の告げた理由に、律がツッコみを入れた。
確かに、しょうもない理由だ。

「この誤作動はどうしても直らない物だ。それゆえに僕も対策を施していた。それは”隔離結界”による空間を隔離する方法」
「空間を………角煮?」
「いや、気持ちは分かるけど。それは違うぞー」

腕を組み視線を天井の方に向けながら考え込む唯に、律がツッコみを入れた。

「簡単に言うと、僕以外の人や動物を追い出すみたいなもの」
「なるほどー」

唯が右の掌に握り拳を作っている左手をポンと重ね合わせる仕草をしながら、納得したのを確認して話を先に進めることにした。

「本来であれば、みんなもこれに伴っていつもと同じ空間に移動するはずだったんだけど」
「それがなぜか私たちが結界内に入ってしまったんですね」

僕の説明の先を読んだ憂の言葉に、僕は頷くことで答えた。

「何かおかしな現象とかが起こらなかった? ここに飛ばされる予兆の前に」
「おかしなことと言うと……あ、携帯電話が変になった!」

僕の問いかけに、澪が答えた。
僕は彼女から話を詳しく聞くことにした。
なんでも、いきなり圏外になり、そして待ち受け画面が砂嵐になったらしい。

「間違いない。それこそが隔離結界による影響だ。空間を捻じ曲げたせいで電波が通らなくなり、しまいには結界内の魔力が電子機器の調子をおかしくしたんだと思う」
「そう言えば、なんだか携帯電話の電源がつかなくなっちゃったんだけど」

唯から携帯電話を受け取った僕は、電源をつけようと試みたものの、確かに電源がつくことはなかった。

「世界移動の際に壊れたか……壊れた携帯はこっちで預からせてもらうよ。専門のスタッフがいるから修復してもらう」
「それなら、私も」
「私も」

僕の言葉に、律に続いて全員が携帯を差し出してきた。
僕は苦笑しながらそれを受け取ると用紙を入れていた茶色の箱に入れてふたを閉めた。

「それで、話を戻すけど。この結界は外から入ることは絶対に無理なんだ」
「え?」

僕の言葉に、驚きをあらわにする澪。

「それは魔法使いであっても。そうでない皆は特に」
「それじゃ、どうして私たちが」
「それが一番の問題」

梓の問いかけに、頷きながら僕は立ち上がった。

「これから言うことは、冗談ではない。つらい現実になるかもしれないけど、しっかりと受け止めるんだ」
「わ、わかったよ」
「………」

誰かが呑み込んだ時の音を立てる。
だが、全員が首を縦に振っていた。
それを確認した僕は、真実を告げた。

「皆の体の中に、僕の一部が取り込まれているんだ」
「…………」

僕の言葉に、一瞬の静寂が僕たちを包み込んだ。

『えぇ~~~~~~~~!!!?』

そして劈くような叫び声が僕を襲った。

「そ、そそそそそそそれって、どういうこと?!」
「私たち、浩君になっちゃうの?!」

やはりと言うべきか、混乱が起きてしまった。

「ごめん、言葉が不足していた。僕の魔力残渣が皆の体内に取り込まれているんだ」
「魔力残渣っていったい何? というより、そもそもどうしてそんなものが」

僕の説明で落ち着きを取り戻したのか、澪が疑問を投げかけてきた。

「魔力残渣とは、魔力のかすのようなもの。まあ、人体には害がないんだけど、時たま魔力反応で追っている魔法使いに本人と間違われてしまうことがある」
「それって、ものすごく危険なのでは?」

梓の言うとおり、これはかなり危険なものだ。
通常は魔法使いの場合だと自分が発する魔力の方が大きいので、このようなことは起こらない。
だが、魔法使いでない人でなおかつある特定の条件が重なると、誤認される事態が発生するようになるのだ。

「まあ、それの対策はちゃんと考えているから心配しないで」

とは言ったものの、魔力残渣は時間が経たないと体外に出て行かない厄介な物質。
そして、彼女たちの場合はそれが非常に難しい。

「でも、どうしてそんなものが……もしかして浩介先輩と一緒にいたからですか?」
「でもそれだと私までそれがいっぱいある理由に説明がつかないよ?」

梓の疑問に、憂が異論を唱える。

「梓の答えは半分合っている」
「半分、ですか?」
「正確に言うと、僕の魔力に触れたから」

それが魔力残渣が彼女の体内にある理由。

「唯たちもだけど、みんなは無意識的に自分のエネルギーを外部に放出、吸収を繰り返している。人によってはそれが、オーラのようなものに見えるらしいけど」
「へぇ、全く知らなかったよ。ということは私のおーらが、あずにゃんに吸収されているということ?」
「断言はできない。というより、その場にいる人物全員のオーラを取り込んだからと言って、体に異変が出るわけではない。皆は、取り込んだエネルギーを自分のモノにする技術を知らないんだから」

そこが一番不思議だった。
人間は力と知識さえあれば魔法使いになれるということの証明なのかもしれない。

「つまり、浩介君が放出している魔力を私たちが取り込んでいったからそれがたまったっていうこと?」
「それじゃ、憂はどうしてですか?」

ムギのまとめに頷く僕に、梓が疑問を投げかけてきた。

「魔力残渣は何も僕が放出する物だけじゃない。色々あるよ。例えば、去年僕が憂から受け取った風呂敷。あれも魔力残渣を放出するから」
「洗濯したんですけど」

思わず”汚れ物か”とツッコミたくなったが何とかこらえた。

「洗濯程度で落ちない。逆に魔力残渣を拡散させることになるだけ。残渣を消したい場合はその魔法を使うか薬品を使うしかない。まあ、後者は服も溶けて消えるけど」
「うへぇ、なかなか手ごわいんだね」
「まあ、それほど悲観するべきじゃない。さっきも言ったけど、人体にも影響はないし、僕と誤解して皆に危害を加えるような存在がこの世界に入った瞬間に、僕がすぐに察知して潰すから」

僕は自信をもってみんなに安心させるように告げた。

「浩介君何だかかっこいいヒーローみたい♪」
「そ、そう?」

ヒーローなどという言葉を掛けられたのは初めてのため、頬をかきながら相槌を打つ。

「照れてますな、律ちゃん隊員」
「照れておりますのう」
「ゴホンっ!」

二人の冷やかしの視線に咳払いをすることで話題をそらした。

「そう言うわけで、二人が飛ばされたのは外部エリアという、何もない場所。そこでは魔法などが使えなくなるから、誰も寄り付かない。入ればエリアに仕掛けられているセンサーに反応してサイレンが鳴り響くようになってるから」
「それじゃ、あのサイレンは」
「お前たちがセンサーを反応させたためになったんだろうね」

サイレンの理由がわかった憂に頷きながら、僕は説明した。

「それで、この建物は?」
「ここは魔法使いたちが事件を起こさないよう監視・事件解決を行う魔法連盟という場所。分かりやすく言えば警察の魔法使い版みたいなもの」

唯たちはまだよくわかっていないようだが、魔法使いたちが一番信頼し、脅威に思っているのがここの魔法連盟なのだ。
職員たちはみな優秀。
それでいて市民のために働くという、まさに尊敬に値するレベルの精鋭で形成されている。
尤も、一部にはそういうのとは無縁の者もいるが。

「それじゃ、法務課大臣ってすごいの?」
「さあ? ここではNo.3に入っているらしいけど」
「それって、かなりすごいじゃん!」

律から言われるが、僕にはあまりよくわからなかった。

「そんなわけないでしょ。僕は所詮連盟長のおまけだし。選挙で選ばれたとはいえ、すごいと感じることなんてしてないし」
「ちょ、ちょっと待って、今選挙って……」

僕の言葉に反応したムギが慌てた様子で言葉を遮った。

「法務大臣って選挙で選ぶの?」
「そうだよ。5年ごとに一回ね。候補者はいるにはいるけど、僕の批判をしてくれず、ほかの候補者通しでつぶし合うから結局は僕が当選を続けて……これで28回目だったっけ」

僕は一度も選挙でほかの候補者の批判はしていない。
それどころか、他社の掲げた公約を評価し、それに対する自分の立場などの説明しかしていないような気がする。
選挙とはよくわからない物だ。

「って、どうしたの皆? 固まっちゃって」
「あの、今28回って言いましたけど、浩介先輩いくつですか?」

なぜか唖然とする皆に問いかけると、代表して梓が問いかけてきた。

「あー、そういうこと」

それで何となく理解できた。

「人間の年齢に換算すれば16歳。ただ実年齢はその10倍はあるはずだよ」
「えっと、16に10をかけると……160!?」

計算をして僕の年齢を導いた唯が信じられないと言った様子で僕の方を見た。

「な、なるほど。だから大人びていたのね」
「ていうか、学校に通う意味ある?」

ムギに続いて律が手厳しい言葉を僕に投げかけた。

「念のために言うけど、学校は中学までしか通ってない。一応大学レベルの学力は有している。僕には学ぶことではなく”通うこと”に意義があるから」
「…………」

皆はそこから先を聞くことはなかった。
聞かれても答えないけど。

「ということは、私たちは敬語で話すべき? さん付けとか」
「同学年だから必要がない。それに敬語は嫌い。下級生だったらともかく同学年の人にまで言われるのは精神的に疲れる」
「そ、そう」

嫌いになったのは、個々の大臣をしているからだったりもする。
そう言う意味では魔法連盟は僕の好き嫌いに大きな影響を与えているようにも思える。

「以上で、説明は終わり。何か質問は?」

僕の問いかけに、みんなは腕を上げなかった。
どうやら納得したようだ。
まあ、納得せざるを得ないから仕方がないかもしれないが。

「ということで、これから僕の家まで行くからついてきて」
「え? どうして?」

僕の言葉に、律が訊いてきた。

「あぁ、ここから出るための門は今日一日使用禁止になってるから」
「なぜ?!」

僕の宣告に澪が声を荒げる。

「唯たちの不法侵入によって特別警戒態勢になったから」
『うぐっ』

僕の簡潔な返事に、全員の表情が固まった。

「安心して。寝着は家に余分にあるしタオルとかもあるからお風呂にも入れる。部屋もいっぱい余ってるから」
「でも、あの……下着が……その」

頬を赤くして恥ずかしげにうつむく梓に、僕は少しばかり考え込むとすぐに結論を出した。

「それはそれぞれの家から取り寄せるから安心して」
「取り寄せるって、どうやってですか?」

梓の問いかけに今応えてもいいが、少々時間がかかる。
これ以上応接室を占領するのも良くない。

「詳しい説明は家に着いてから。ここで話してもきりがないし、みんなも落ち着く場所の方がいいでしょ。まあ、ご希望であれば牢獄の方を用意するけど?」
『今すぐ家に行こう!』

僕の言葉に、みんなが団結した。
こうして、僕は唯たちのゲストを連れて高月家へと向かうこととなった。

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第53話 家探しとお風呂パニック

「部屋には戻ったけど、やることも特にはないんだよね」

仕事もここに帰る前に大方片づけてしまったので、本当にのんびりすることしかやることがない。

「ん?」

どうしたものかと考えをめぐらせていると、ドアがノックされた。

「私たちはこういうものだ!」
「今から浩君の部屋を捜索する!」
「は?」

いきなり意味の分からないことをまくし立てた律たちは僕の部屋に入ってきた。

「何、これ?」
「ご、ごめん。なんか律がいきなり浩介の部屋を家探しするって言いだして」

理解に苦しんでいる僕に、澪が手を合わせながら謝ってきた。

「律~、黙示の棚には手を触れるなよ~? それ、触ると爆発するから」
「うわぁ!?」

僕の忠告から少し遅れて律の驚いた声が聞こえてきた。

「律先輩!?」
「律!」
「のわ?!」

その声に反応した、澪たちが僕を押しのけるようにして部屋に入っていく。

「ここ、僕の部屋なんだけどな」

首をかしげながらぼやいた僕は、部屋に戻る。

「そのケースがどうしたんだ?」
「で、出たんだ!」
「もしかして、遺体が?!」
「ひぃぃぃ!!」

ムギの言葉に、澪が耳をふさいでしゃがみこんだ。

(というよりそれって)

律が手にするケースに心当たりがあった僕は、なんとなく理解できたような気がした。

「お、お金」
「へ?」
「あの、浩介さん。どうしてこんなところにお金を入れているんですか?」
「どう見ても不用心ですよね?」

憂の疑問に、梓も頷く。
確かに、その通りだ。
それでもここに置いておかなければいけないわけがある。

「金庫にもどこにもお金の置き場がなくなったから、ここに置いてるだけ」
「置き場がないって、どんだけあるんだよ」

律に訊かれた僕は、考えてみた。

「僕の個人資産でたぶん京は越えてたと思う」
「京?」
「それって億、兆の次の桁?」

ムギの問いかけに、僕は頷いて答えた。

「寄付をしたり、色々なサービスを使ったりしているんだけど、給料の方でもらうのが多いからなかなか減ってくれなくて。人にあげるわけにもいかないし。本当にどうしたものか」
「浩介、お前むちゃくちゃだ」

頭を抱えている僕に、律からそんなツッコミが入った。
見ると、みんなも固まっていたり苦笑していたりと、反応は様々だった。

(本当に、これをすべてなくせる日は来るのかな?)

そんなみんなをよそに、僕は心の中でそうつぶやくのであった。










なんだかんだあって迎えた夕食の時間。
全員は集合時間の10分ほど前にダイニングに来ていた。

「さて、夕食の前に、自己紹介をするかね」

目の前には肉じゃがやハンバーグなどのごく普通の一般家庭で出される料理の数々が並べられている中、上座に腰掛けている父さんが口を開いた。
あまりにも自然な形でいたためか、みんなは誰なのかを尋ねることができていなかったようで、ちらちらと父さんの方に視線を向けていた。

「私の名は、高月 宗次朗。こいつの父親だ。いつも愚息が世話になっているようで」
「そ、そんな。私は平沢唯です」
「ひ、平沢憂です」
「た、田井中律です」
「秋山、澪です」
「な、中野梓でしゅ!」

全員、父さんの何かを感じ取っているのか緊張の色を隠せない様子で自己紹介をしていた。
梓の場合は……もはや言うまい。

「初めまして、浩介君のお父様。琴吹紬と言います」
「ほぉ。その肝の据わった様子は素晴らしい」

唯一普通に対応が出来ているムギに、父さんは称賛の声を掛けた。

「父さん。話はほどほどに。ご飯が冷める」
「っと、そうだった。それじゃ、いただきます」
『いただきます』

僕の言葉に、思い出したように声を上げると、手を合わせて食事を始める合図の言葉を口にした。
それを受けて僕たちも同じように口にすると料理に手を付ける。

「おいしいですね。この肉じゃが」
「だろ? 愚息ではあるが、料理の腕は素晴らしいな」
「調子のいいことを」

父さんの言葉に、僕は反論しながら、肉じゃがを口にする。

「え? この料理、浩介先輩が作ったんですか!?」
「そうだとも。浩介は昔から料理の腕が良くてな」
「ただ単に、父さんたちの腕が悪すぎるだけ」

驚きをあらわにする梓に自慢げに話す父さんに、僕はツッコミを入れた。
どうやら我が家で料理の才能があるのは、僕だけのようだった。
母さんの場合は、食べられることは食べられるが、まずくもおいしくもない普通の味の料理しか作れなかった。

「すっごくおいしいよ、浩君」
「それは、どうも」

唯の感想に、僕は適当に返しながらご飯を口にする。

「ほぅ……どうかね唯君。性格はこうだが、料理もできてしっかり者の愚息を婿に欲しくないかね?」
「ふぇ?! そ、それは…………」

父さんの問いかけに、唯は頬を赤くしながらうつむいた。
さすがの唯でも、この手の質問では恥ずかしいようだ。

「それじゃ……ぎゃご」
「それ以上やると殴りますよ。父さん」

とりあえず、元凶である父さんの頭にタライを落としながら忠告した。

「もう落としとるではないか」
「……」

父さんの講義を無視して、僕は再び料理に口をつける。

「冗談はともかくだ。愚息のことを、よろしく頼むよ」
『はい!』

父さんの真剣なまなざしの言葉に、全員が声をそろえて頷いた。
その時の父さんの目は、一人の父親の目にも見えた。
こうして、夕食の時間は過ぎていくのであった。










「お風呂の支度できたよ」
「お、悪いどうすのう」
「ありがとうございます、浩介先輩」

夕食も終わり、リビングでくつろいでいる唯たちに、お風呂の支度ができた胸を知らせると、律は演技じみた話し方でお礼を言い、梓はいつものようにお礼の言葉を言ってきた。

「ここを出て左側に進んだ突き当りにあるドアの左側に、大浴場があるから皆で入ってくるといいよ」
「もう驚かないぞー」

僕の言葉に、律は半目で僕を見ながらそう言ってきた。

「覗くなよ?」
「去年の合宿の時に僕は覗いてないでしょうが。ゆっくり入ってこい」

澪の言葉に、ため息をつきながら追い払うようにお風呂に入るように促した。

「やれやれ」

僕はため息をつきながら唯たちが今まで見ていたテレビを見る。
それは最近魔界で流行っている漫才だった。
僕はテレビを消すとリビングを後にした。
僕には食器洗いという仕事が残っているのだ。

「今日は8人分か。腕が鳴るな」

腕まくりをしながら気合を入れた僕は、食器を洗うべくキッチンへと向かうのであった。





「もうみんな寝たかな」

午後10時。
全員が寝静まったのを確認した僕は、リビングから立ち上がった。
手にしているのはお風呂道具。
僕が向かう場所は当然あの大浴場だ。

「はぁ~、一回入ってみたかったんだよね。この大浴場」

大浴場は、文字通り数人が同時に入れる場所だ。
広さにして60畳分はある。
普通の温泉のような広さはある。
その分清掃が大変で、僕一人の為にここを使うのも躊躇われるため、いつもは普通の家庭サイズの浴室を使っている。
だが、今日は唯たちが入ったので、その清掃という名目で、僕も大浴場を満喫しようと考えていたのだ。
体を洗ってから浴槽に浸かる。

「はぁ~、やっぱり広いと違うね~」

浸かっているお湯や入浴剤は同じだが、気分はまるで温泉気分だ。

「そうですなぁ~。このお湯の流れる音とか風流ですのぉ」

そんな僕に、帰ってくる声があった。

「お、分かるじゃないか唯」
「まぁね~、浩君も羨ましいですなー」
「そっちだって入ろうと思えば入れるのに、何を言ってるんだよ唯……………」
「………え?」

この時、ようやく違和感に気づいた。
今この家にいるのは僕を除いて全員女子だ。
ならば、この声はいったい何なのか?
僕の幻聴か?
それは否。
こんなはっきりとした幻聴はない。
僕は油の切れたロボットのような動きで声のした方に視線を向ける。

「「……ぁ」」

そこには僕の横で浴槽に入っている唯の姿があった。
湯気で顔しか見えなかったのが幸いだった。
お湯に濡れないようにするためか髪を後ろの方に括っていたため、一瞬憂と間違えそうになったが声の感じが完全に唯の物だったので、間違わずに済んだ。

「ぬおおおおおおお!!!?」
「はにょわ~~~!?」

驚きのあまりに奇声を発して遠ざかる僕に、連れるようにして悲鳴を上げる唯。

「なんでお前がここにいる!」
「え? そ、それはせっかくの温泉だから、もう一回入っておきたいと思って……」

僕の問いかけに、声が小さくなっていきながらも応える。
どうやら、完全に間が悪かったようだ。

「ごめん、すぐに出る」
「あ、待ってよ浩君!」

急いで出ようとする僕を引き留めたのは、唯だった。

「せっかくだから一緒にお話ししない?」
「…………………分かった」

唯の提案に、僕はしばらく考えたのちに、頷いた。
もう一度浴槽に戻ると、唯に背を向けた。

「「………」」

はっきり言うと、とても居心地が悪い。
聞こえてくるのはお湯の流れる音。
そして時々唯が動く時に発する水音くらいだった。
心臓が痛いほど力強く脈づく。

「ねえ浩君」
「何?」

そんな中、かけられた唯の言葉に、僕は用件を聞く。

「どうして、浩君は高校に通っているの?」
「……」

またそれかと思った。
昼間にも聞かれた問いかけだった。

「確かに、僕の学力なら、高校に通う意味なんてない」
「そうだよね。無勉強で満点近い点数とか出すもんね」

唯の言葉に、その時のことを思い出した。
あの時はちょっとやりすぎたと思っていた。
どのような点数がいいのか、そのポイントをうまく導いていなかったがために、あのような高得点になったのだ。

「あの時にも言ったはずだけど、僕には”通うこと自体に意味がある”。それが本当の答え」
「それって、どーいう意味?」
「……この世界は”力”がすべての一面がある。それが原因で嫉妬の炎に飲み込まれたクラスメイトから、殺されかけた。ただそれだけのことさ」

唯には軽口を叩いているが、あの時の出来事は僕にとってはトラウマ以外の何物でもない。
あの時のことは、今でも鮮明に思い出す。
朝、いつものように教室に入る僕。
化け物と言ってクラスメイトに取り押さえられ、そして手にしたのこぎりで腕を………

「それから学校には通わずに、独学であそこまで上り詰めた。でも、時々思うんだよ。ちゃんと”卒業”をしたいってね」
「…………」
「皆と登校して、時にはバカなことをやったりして、楽しい時間も苦しい時間も一緒に味わう……そんなどうでもいいことが、僕は欲しかった」

言わないと思っていたことだったはずが、気が付くとすらすらと言葉が出てきていた。

「僕はね、唯や皆に感謝してるんだよ」
「感謝?」
「皆と出会ったおかげで、僕は宝石よりも価値のあるすばらしい日々を過ごせてる。だから、ありがとう。それと僕を受け入れてくれたこともね」

お風呂に入ると、心もやわらかくなるようだ。
普段ならば、決して言わないようなことを僕は次々に口に出しているのだから。
と、そんな時後ろの方で動く気配があった。

「え?」

気が付くと僕の頭の上には唯の手があった。

「私も、ありがとう。あの時、通り魔から助けてくれて」
「……そうか。全て知って夢にはできないか」

まるで母親が小さな子供をあやすように撫でられている中、僕は納得がいった。
通り魔事件の際に、僕が取った行動を唯が夢だと思い込んだのも、”魔法”という存在を知らなかったからだ。
だが、今は魔法という存在を知っている。知っている現象を夢にはできない。

「いつまで頭をなでてるつもり?」
「……ダメかな?」

後ろを見ずに、いつまでも頭をなで続ける唯に問いかけると、そんな言葉が返ってきた。

「勝手にしろ」

そんな彼女に、僕はそう答えた。
結局、唯が止めてくれたのはそれから数分後のことだった。
唯を先にあげてから僕も大浴場の清掃をすることにした。
こうして、魔界での一日は過ぎていった。










「ん……」

ふと目が覚めた。

「あれ……寝てたのか」

机の上には夏休みの課題が広がっている。
机の上に突っ伏すように寝ていたので、どうやらやっている最中に眠っていたようだ。

「………夢?」

椅子から立ち上がり、固まった筋肉をほぐしながら、僕は自分に問いかけた。
日付は僕が魔界に帰った日の夕方だった。
どこか夢うつつな感じで、頭がボーっとしている。

(夢じゃない)

それだけは確信できた。
それほどまでに、僕にとっては驚きが強かったのだ。
だからこそあのハプニングのような出来事は、僕の記憶の中に鮮明に焼き付いているのだ。

「本当に、すごい一日だった」

なにせ予期せぬ形で、僕の最後の秘密を知られてしまったのだから、もしかしたら”史上最強の”というべきかもしれない。
だが、結果としてこれはこれで良かったのかもしれない。
なぜならば、僕はまたかけがえのない大事なものを得ることができたのだから。
僕という存在を受け入れてくれる”親友”を。
きっと、僕はこの日のことをこれから先も、忘れることはないだろう。

「さて! 音楽の方もがんばりますか!」

そしてまた僕は新たな相棒であるギターを手にする。
それが、僕がこの世界で手に入れた相棒なのだから。
季節は夏真っ只中。
聞こえるのはセミの大合唱。
感じるのは心地よいそよ風。
見えるのは地面に照りつける陽の光。

(とりあえず、夏の課題をやるのはギターで軽く演奏をしてからにしよう)

そう自分に言い聞かせながら、僕は弦をはじき出すのであった。

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