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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
もはや原作の原型がなくなってしまっているような気がします。
これで本作の執筆は終了です。
この作品だけは、本当に筆が進みます。
それが謎だったりするんですが。


それでは、これにて失礼します。

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第9話 特訓!

それは6月に入り衣替えも済んだある日の放課後の事。
その日はムギさんは用事があるとのことで休むとのことだった。
よって僕たちは、唯にギターを教えることにした。

「ギターの弦って細くてかたいから、指を切っちゃいそうで怖いよね」
「そうだぜ。気を付けないと指がスパッと切れてちがどばーっと―――」

ギターの弦を適当に弾きながら呟く唯に、律が相槌を打っていると澪の悲鳴が響き渡った。

「い、痛い話はダメなんだ」

耳を押さえて蹲りながらそう答える澪。
彼女の苦手な物を知ってしまった。

「大丈夫だよ。指は切れてないから」

怯える澪に、唯は澪のそばまであっゆみよると自分の左手の指を澪に見えるように広げた。
それで大丈夫だと分かった澪は立ち上がると、誤魔化すように咳払いを一つする。

「まあ、練習しているうちに指先が固くなってくるから、切れることはないよ」

そう言って自分の手を唯に差し出す。

「お、本当だ。プニプ二~」

そう言いながら澪の手の指を揉む唯。
澪の顔が徐々に赤く染まって来ていた。

「もう、いいかな」
「何をやってんだ? お前達」

黙って見ていた僕は、そう尋ねずにはいられなかった。










気を取り直して、ギターの練習を始めることにした。
澪の差し出した教本を使い、ギターのコードを覚える事から始める。
教本を受け取った唯は適当に開かれたページを見て、固まる。

「まずは楽譜の読み方から教えてください」
「「そこから!?」」

思わずズッコケそうになるのを堪えた。
この日は、楽譜の読み方と簡単なコードの勉強で部活は終わった。
帰りは途中まで皆が同じ通路であることもあり、途中までは一緒に変えるのが当然となっていた。
学校を出て少し歩いた辺りにある信号機が分かれるポイントだ。

「それじゃあな」
「また明日」
「さようなら」

僕と唯は信号機を渡って帰路に就く。
その最中唯は、ずっと唸り続けていた。

「それじゃ、僕はここで」
「あれ? 浩君の家じゃないよね?」

食品が打ってあるスーパーの前で別れることにした僕に、唯が聞いてくる。

「当り前だ。夕食の買い物。そろそろ切れかけていたから」
「そうなんだ。ねえ浩君、どうすればコードを覚えられるかな?」

唯が頷いたのを確認して中に入ろうとした僕を止めるように唯が聞いてきた。

「コードを抑える指使いでもやっておけ」

簡単な事を聞いてきた唯に、至極尤もな答えをする。

「やってみる。じゃあね」
「ああ、またな」

色々と不安を覚えるが、取りあえず食材の買い足しの方を済ませるのであった。










「ふぅ、今日も夕食は美味しかったな」

今日は気合を入れていつもより豪勢な料理のラインラップだった。
皿洗いも終わり、今日の復習をするべく自室へと向かおうとした時だった。

「ん? こんな夜遅くに誰だろう」

突然鳴り響く来訪者を告げるチャイムに、僕は首をかしげると玄関の方に向かう。

(この気配って)

ドアの先の方の気配を感じ取った僕は、それに覚えがあったため、ドアを開けた。

「中山さんに荻原さんそれにみんなまで」
「やあ、突然悪いね」

気さくに言うその手には手土産かケーキ屋の箱があった。

「お邪魔いたします」
「邪魔するぜ」
「お邪魔します」

さらに続く様にして荻原さんに短めの金髪に眼元が鋭いために、威圧感を覚えさせる男性が田村たむら 竜輝りゅうきさんと、短く切りそろえられた黒髪に柔らかい目元という金髪の男性とは正反対の人物が太田おおた まもるさん。が後に続く。
取りあえず全員をリビングの方に通すことにした。

「それで、どうしたんですか? 皆さんお揃いで」
「要件は二つ。まずはライブの打ち合わせだ」

田村さんが本題を切り出すと、持っていた黒のカバンから一枚のチラシを取り出した。
そこには『DK復活記念ライブ』という名前がつづられていた。

「出来ればH&P復活ライブの方がいいと思うんですが」
「もう、これで確定したから修正は無理よ」

どうやらタイトルはこれで確定のようだ。

「えっと、日時は……って、あと三週間弱しかない!?」

もう驚きっぱなしだ。

「一応俺達の方で曲目は考えてあるが、こういう形で行く」

ライブの曲順が記された紙を中山さんから受け取ると、僕はそれに目を通していく。

1:Leave me alone
2:Devil Went Down to Georgia
3:only for you
4:Darling……Kiss immediate
5:Through The Fire And Flames

「最初は簡単な曲で、デビュー曲を織り交ぜつつ高難易度曲で締めくくる……さすがですね田村さん。曲の構成はこれでいいです」

特に問題はなかったため、僕は紙を中山さんに返す。
曲順などの構成を決めるのは、主に田村さんの役割だが今までで失敗したことはそれほどない。
音楽ゲームで使われた楽曲『Leave me alone』から始まって、カバー曲のみで構成されているラインラップではあるが、僕たちの歴史を思わせる物としては十分であった。

「でだ、ここからが本題」
「はい」

嫌な予感がした。
この間の荻原さんの言葉からして、出てくる言葉はもう限られていた。

「これからお前の腕を見極める」
「分かりました」

そう、これは田村さんの”試験”だ。
僕は素早く立ち上がると、テーブルや椅子を横にずらし、カーペットをめくって行く。
すると、隠し扉が床に現れる。

「本当にどういう構造をしてるんだい? ここは」
「あはは」

中山さんの呆れたような言葉に、僕は苦笑しつつも扉を開ける。
そこから先は石造りの急な階段が姿を現した。
そこを僕たちは下りて行く。
薄暗い階段を降りた先にあるスイッチを押すと明かりがついた。
そこは地下だった。
コンクリートに囲まれた何もないその部屋にはドラムやキーボード、アンプなどが置いてある。
そう、ここは僕たちH&Pのスタジオなのだ。
防音設備十分で、真夜中に大音量で演奏しても外には漏れないぐらいだ。
皆はそれぞれ自分の持っている楽器のスタンバイを始める。

「練習をかねて、全曲通していくので良い?」
「勿論だ」

どうせなら練習もしようと考えた僕に、田村さんはOKと返事をする。

「それじゃ、みんな。準備はいい?」
「ええ」
「当然だ」
「こちらも」

全員が演奏の準備を終えているため、大丈夫と返してくる。
後は荻原さんだけとなったのだが……

「ったりめーよ。どんな曲も完璧に引いてやるぜ! おらー!」

いつもの彼女からは想像もできない威勢のいい言葉に、僕は中山さんと顔を見合わせて苦笑する。
いつもは気弱な女性だが、ベースを手にした瞬間その性格が一変する。
それが今の通りであったりする。

「じゃ、行くか」

田村さんの言葉に、僕はギターを持つと深呼吸をする。
それで僕は気分を切り替えた。
今から僕はバンドH&PのDKなのだと、考える。
軽音部のみんなの事は頭の片隅へと追いやった。

「1,2,3,4」

田村さんのリズムコールが終わるのと同時に、太田さんのキーボードが産声を上げた。
続いて荻原さんのベースと田村さんのドラムが音に命を吹き込む。
次は中山さんの簡単なギター演奏で曲は始まる。
この曲は僕がボーカルを務め、田村さんがサブボーカルとなる。
時より弦を弾きながら歌を紡ぐ。
自分がいる場所は非常に不安定な場所。
いつ何がやってくるかもしれない危険地帯だ。
その緊迫感を兼ね揃えた曲がこの楽曲のイメージだ。
ついにサビだ。
僕は複数のコードを引きながら歌を紡ぐ。
紡ぎ切ったところで、間奏が入る。
ここからは僕のギターテクが問われる。
ベースの音とドラムの音を頼りに、音を奏でて行く。
そして間奏の終わりで音を伸ばし、ビブラートを効かせる。
最後のサビも先ほどと同じ要領でギターを弾いていき一気にフィニッシュへと向かう。
中山さんと合わせて弾き、同時にストロークをして曲は終わった。

「次だ! 1,2,3,4」

次は『Devil Went Down to Georgia』だ。
早めの田村さんのリズムコールが言い切るのと同時に、僕は弦を弾く。
そして始まる曲。
全体的にアップテンポなこの曲の難関はギターソロ。
4,5分速いテンポでギターを弾き続けたところで、やってくるこのソロが、最大の山場だ。
歌が途切れる箇所では難易度の高いギターのテクニックを求められる間奏もギタリスト殺しと言われる一因だ。
その箇所は、僕と中山さんの演奏バトルのような感じで交互に弾いていく。
そして、全ての音が消えた。
その間、僅か1秒。
それはソロ開始の合図。
最初はゆっくり目で簡単な音を。
だが、徐々に悪魔が牙をむく。
テンポは一気に早まり、音は小刻みになって行く。
複雑なコード変更をしながらも嵐を乗り切る。
ただ乗り切るのではない。
この嵐すらも自分だというのを表現しなければならない。
ソロも最終局面だ。
徐々に晴れて行く嵐の様子に希望を見出した僕は、総会であることを表現するべくピックを振り下ろすことでソロパートは終わった。
後は比較的簡単なパートの為、見事に演奏をし終えた。
その後も3,4曲目を演奏し終えいよいよ最終楽曲を迎えた。
曲名は『Through The Fire And Flames』
先ほど演奏した曲にはやや劣るものの、かなりの高難易度の曲だ。
約7分間、腕を休める場所がないのだ。
つまりはギターをずっとストロークし続けなければいけない。
それも小刻みだったり大振りだったりと、一定ではないのが難易度を上げる。
さらに難易度を釣り上げる要因としてあるのが、3秒ほどの空白の後に訪れる間奏だ。
先ほどのソロほどではないが、非常に小刻みなストロークに素早いコード変更を求められる。
それが2分間にも及ぶことが、最たる理由だ。
しかもここでも曲のテンポが一気に上がる。
だが、弾ければ得られる者は非常に大きい。
弾き切った瞬間に浴びせられる拍手は心地いいのだ。
しかも、この間奏では一つのストーリーも出来上がる。
ある人は『桃太郎』を、またある人は時代劇で悪者を退治していく人の戦う話など。
内容は様々だが、そう言うのを提供できるあたりが、僕自身がこの曲を好む理由の一つだ。
間奏を終え、やってくるのは小刻みなストローク。
だが、ここでも罠がある。
最後の最後で速弾きをしなければいけなくなるのだ。
その速弾きも終わり、曲はきれいにしまった。

「よし、完璧だ。この数年間腕は鈍っちゃいねえな」
「ありがとうございます」

曲がすべて終わり顔中に浮かべた汗をタオルで拭いながら感想を言う田村さんに、僕はお礼を言う。
やはり、褒められるのは嬉しい物だ。

「だが、もう少し練習をする必要がある。ということで、明日から毎晩練習をする」
「え゛?」

田村さんの宣言に、僕は顔をひきつらせているだろう。
一応、僕には学業という物があるので、それをやられると成績に影響が出る。

「まさか嫌だとは言わないよな? これはお前への罰だ。留学とかでいきなり外国に行きやがって。俺達がどれだけ驚いたか知ってんのか!」
「…………」

田村さんの罵声に、僕は何も言えなかった。
イギリスに行く際、その寸前までみんなには相談していなかったのだ。
それには色々と訳があったのだが、それは言い訳に過ぎない。
皆に迷惑をかけたのは紛れもない事実なのだから。

「勿論、夕食面に関しては俺達がサポートする」
「分かりました。みんなこんな僕だけど、これからもよろしくお願いします!!」

そう言って頭を下げると、皆は当然と返してくれた。
こうして、僕にとっての練習地獄は幕を開けるのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
本作で最も長い話となりました。
色々なフラグを立てたりしましたが、これで軽音部は本格始動となります。


それでは、これにて失礼します。

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第8話 アルバイト

その週の休み、ついにバイトの日を迎えた。
徐々に日差しが強くなるこの頃、そろそろエアコンのフィルター掃除でもしようかと考えてはいたが、バイトがあるため断念。
しばらくは、”あれ”で乗り切るしかない。
尤もエアコンなどそんなに使ったことはないのではあるが。

「えっと、集合場所は……」

早めについていた方がいいだろうと、この間届いたバイト先からの教についての指示が記されている用紙を確認すると、僕は家を出るのであった。










「ごめんなさいね、本当は彼女たちと一緒にしてあげたかったんだけどね」
「いえ、お気になさらず」

集合場所に到着した僕に告げられたのは僕たちの内誰かが別の場所の担当になる必要があるとのことだった。
何でも、人数調整の為とのこと。
問題はそれが誰かだ。
律は、まじめにやるかが心配だ。
唯は、誰かがフォローしていないと危なっかしい。
ムギさんは……ポワポワしていてかなり無防備で危険だ。
澪に限っては極度の恥ずかしがり屋だ。
知らない人と組んでまともにできるわけがない。
一月経とうとしているにも拘らず、まだ僕と普通の会話が出来ないほどなのだから。
そう言った経緯で、僕が別区画の担当になると買って出たのだ。
唯たちにはメールにてその旨を知らせた。
別区画になってしまい、方角的は唯たちの区画から徒歩5~8分ほど離れた場所で調査をすることになった。
それはともかく、別区画用の待機場で僕はその区画の担当する人を待つことにした。

「あれ、高月さん?」
「ん?」

突然かけられた透き通った女性の声に、僕は思わず視線を声の方へと向けると、そこには銀色の長い髪に麦わら帽子をかぶり目元がくっきりとした女性が立っていた。

「荻原さん? どうしてあなたが」

彼女の名前は荻原おぎわら 涼子りょうこさん。
もう気付いている人もいるかもしれないがH&Pのバンドメンバーだ。
バンドの際の名前は”RK”となっている。
そんな彼女の服装は白色のスカートに白のカーディガンを羽織り、その下には青地のシャツという軽装姿だった。

「どうしてと言われても、交通調査のアルバイトを。高月さんも?」

荻原さんの問いかけに、僕は頷くことで答えた。

「それでは、よろしくお願いします」

雇い主である人の号令で、交通量調査のバイトは幕を開けるのであった。









「そうだったんですか、部活の仲間の人のために、バイトを」

交通量調査の傍ら、事の経緯を話し終えると、荻原さんは納得した様子で相槌を打った。

「まあ、そんなところです」

車が通るたびにカウンターを押していく。
非常に単純な作業だが、眠気と戦わなければいけないという難しさを兼ね揃える。

「荻原さんはどうして?」
「私は……生活費が」

言いずらそうな様子ではあったが、理由を言ってくれた。

「……すみません」
「ち、違うんです! 先月ちょっと楽器系でお金を使い過ぎてしまって」

慌てて否定してくれるが、それは嘘だということはすぐに分かった。
原因は僕だ。
三年間、英国留学の為にバンド活動を休止していたためだ。
ちなみに彼女はベースをやっている。
性格は非常に気弱で、そこが澪と似ている部分がある。
……尤も彼女にベースを持たすと、それはすべて崩壊するが。
どういう意味かはまた別の機会に話そう。

「あ、そうでした」

不意に何かを思い出したのか、荻原さんが口を開いた。

「田村さんがとても怒っていらして『今度腕が落ちてないかを確かめる』とおっしゃっていました」
「うげぇ」

荻原さんの口から出た田村さんとは、ドラムを担当する男の人だ。
面倒見が良くて社交的ないい人なのだが、口が悪く怒ると非常に怖い。
僕が留学するので、バンド活動を休止したいと言った際に猛反対をしたのも彼だった。
バンドをしている際の名前は”YJ”であったりする。
とにかく、ギターの練習をするようにしようと心に決めた瞬間だった。
この交通量調査は二時間での交代制だ。
上手くすれば五人全員の休憩時間が重なることがある。
それが今出会ったりする。
ムギさんが拡げたレジャーシートの上でムギさんが持ってきたお菓子を口にする。
毎日たくさんお菓子を持ってきているが、大丈夫なのかという唯の問いかけに、ムギさんは『毎日あまるほど貰っているから』と答えた。
本当に調べてみようかと思った瞬間でもあった。
そして澪と律はシートの上で横になって空を見ていたが、しきりに親指が動いていた。
……まるで、カウンターを押すかのように。

(職業病か?)

そんな事を思ってしまう。
ありえないとは思うが、彼女たちであれば十分にあり得る話だというのを、僕はここ一月で学んでいる。
その後、再び調査に戻り、一日目は無事に終了となった。

「じゃあ、私は電車で帰るから」
「私と澪はバス。唯と浩介はある家帰るんだっけ?」

僕と唯は途中までの道が同じなので、途中まで一緒に帰ることになる。

「明日も――「お菓子よろしく」――……頑張りましょう、って言おうとしたんだけど」

ムギさんの言葉を遮って元気よく片手をあげて言う唯に、ムギさんはどういう表情をすればいいのかが困ったような表情を浮かべる。
どんだけ食い意地が張ってるんだ?

「こらこらこら」

後ろから唯の首に腕を回して嗜めるが、それと連動して親指が動く。

「やっぱり職業病だ」

それを見ていた澪がポツリとつぶやく。

「じゃあねー」

手を振ってバス停から離れて行く唯に律たちはそれぞれ返事を返すと、明日の事について話し合う。
とは言っても集合場所等の事ではあるのだが。

「皆―!」
「ん?」

そんな時、唯の呼ぶ声が聞こえてきた。

「本当にありがとね! 私、ギター買ったら、毎日練習するね!」

そう言って笑う彼女の表情に、僕たちもつられて笑った。

(………よし)

そして、僕はある決心をした。










自宅に戻らずに向かったのは、商店街にある楽器店『10CIA』だ。
その際に、人通りの少ない路地裏で、僕は羽織っていたジャケットを脱ぐと、鞄に入っていた黒いジャケットに黒のサングラスを取り出す。
そしてジャケットを羽織り、サングラスを掛ければ僕は”高月浩介”ではなくなる。
今僕は、H&Pメインボーカル&ギタリストのDKとなった。
そして、楽器店のギターが展示されている場所に向かう。

「ディ、DKさん! ようこそ当店へ!」

僕が入ってきて少し経てば、楽器店の人が出迎えてくれた。

「DKさん、今回はどのようなご用件で! ギターの弦でしたら、良い物をご用意しておりますよ!」
「いや、そういうのじゃない」

僕は矢継ぎ早に言ってくる店員の言葉を遮ると、ギターベースの一点を示す。

「あのギター、『GibsonのLes Paul Standard』を頂きたい」
「あちらですか? ありがとうございます」
「それで、少々無理なお願いをしてもいいか?」
「勿論ですとも! 喜んでお引き受けします」

そんな店員の答えを聞いた僕は心の中でほくそ笑む。

「実は私の友人の友人が軽音部に入部してギターを始めることになったんだ」
「はあ」

僕が語り始めると、店員は何を言いたいのかが分からないといった表情を浮かべる

「だが、ギターを買うような資金は到底持ち合わせていない。そこでだ、あのギターの頭金を私の方で支払うからあのギターをリザーブしてもらいたい」
「分かりました。それでは購入手続きに入りますので、こちらへ」

ようやく何をしたいのかが理解できた店員は、僕を会計の方へと案内する。
そしておもむろに一枚の用紙を取り出すと、それに色々と明記していく。

「DKさん、頭金はおいくらで?」
「20万円だが、問題はないか?」

僕の問いに、店員は”勿論です”と応え、ペンを走らせていく。

「それでしたら、こちらの方にその人物のお名前をご記入してください」

僕は店員からペンを受け取ると、用紙の指定された場所に”平沢 唯”と記入した。
そして、20万円を店員に支払う。

「こちらのお控えと残金5万円、身分証明証をお持ちになってご来店されますよう、お伝えください」

僕は控えを受け取ると、内容を確認していく。
その控えは『予約表』と書かれていた。

「それで、差支えなければこちらの方にサインをいただけないでしょうか?」

そう言って差し出されたのは色紙だった。

「私ので迷惑でなければ喜んで」

ペンを受け取ると、DKのサインと楽器店名を書いていく。

「ありがとうございます! こちらは大切に飾らせていただきます!」
「「「ありがとうございました!!」」」

いつの間にか増えた店員に見送られる形で、僕は楽器店を後にした。
これで、唯は5万円でギターを買うことが出来る。
彼女の気持ちと、努力の度合いから見て、第一段階は合格だと思った為の行動だ。
偽善のような気もするが、それでも自分は間違ってないと自信を持つ。
まだ、これを渡さなければ意味をなさないのだから。
もう少しだけ見極めよう。
依怙贔屓だと言われない、もっと強い明確な理由が出来るまでは。










翌日も、交通量調査のバイトだ。
荻原さんとペアになり、バイトをこなしていく。
途中、楽器関係の話に花が咲きいて、カウントを忘れかけたこともあったが、二日間の交通量調査のバイトを終えることができた。
そして給料をもらい、それを先日別れたバス停で唯に手渡す。
日給八千円なので、一万六千円。
それに×5で八万円。
前借したお小遣いと合わせてもまだ遠く及ばない。

「やっぱりこれはいいよ。バイト代は、みんな自分のために使って」

律たちがまたバイトでも探そうかと話している中、唯は突然そう言いながら僕たちに給料の入った封筒を手渡していく。

「私、自分で買えるギターを買うよ。一日も早くみんなと一緒に演奏したいもん。また、楽器屋さんに付き合ってもらっても良い?」

その唯の問いかけに、僕たちは一斉に頷いて答えた。

(大金を前にしてもああ言えるという事は、これはかなりの人材だ)

普通であれば欲望に負けて受け取ってしまうだろう。
だが、それを彼女はしなかった。
それこそ僕の求めていた強く明確な理由になった。
音楽は、確かに技術も必要だが重要なのは”自”だ。
これにはいくつもの答えがある。
だが、僕は自が良ければ良い演奏が出来る。
逆に自が悪ければ奏でる音も悪くなる。
この論理は最後には、故に僕はいい演奏は出来ないというオチがつくのだが、それはどうでもいいだろう。
この時僕は、彼女に予約票を渡そうと決めるのであった。
唯と一緒に帰路についた僕ではあったのだが……

(な、何をやってるんだ? あいつ)

歩道を所狭しと飛び回る唯の姿に、僕は思わず唖然と見ていた。
完全に恥ずかしい人になりかけている。

(まさか、ギターを弾いているとかじゃないよな?)

本当に大丈夫なのかという不安が駆け巡った瞬間だった。










そんなこんなで、週が明けた月曜日の放課後。
僕達は再び楽器店『10CIA』を訪れていた。
ギターブースに訪れた僕たちだが、やはり唯はGibsonのレスポールの前で立ちどまっていた。

「よっぽど欲しいんだな」

その様子を見ていた澪が呟くと律がバイトをしようと再び告げた。

「あら? このギター予約されてますね」
「なに!?」

ギターの所に掛かれた表示に気付いたムギさんが言うと、律たちは慌ててギターの前に移動する。

「本当だ」
「ギターって予約できるもんなのか?」

それぞれが声を上げる中、唯は悲しげな表情を浮かべる。

「唯、ほれ」
「え? なにこれ」

僕はカバンから取り出した折りたたまれた予約票の控えを唯に手渡した。
それを受け取る唯は何だろうと首を傾げながら、紙を開いた。

「予約票?」
「こ、浩介。まさかこれを予約したのって」

後ろから覗き込む澪が口にした紙の名前に、律が問いただしてくる。

「いや、僕の知り合いにプロのミュージシャンがいてそいつにちょっと頼んだだけ。というよりそんな大金があったら、僕はギターを買い替えてるよ」
「た、確かに」
「一体アンタはどういう交友関係をがあるんだ?」

律が呆れた様子でツッコんでくるが、それを軽くいなす。

「既に頭金として二十万は払ってあるから、その紙と生徒手帳があれば五万円で買えるはずだよ」
「ありがとう! 浩君」
「はは。知り合いにお礼を言っていたと伝えておこう」

その張本人が僕だなんて、言えない。

「お金は絶対に返すね」
「いや良いと思うよ。料金はその人の将来に投資するって言ってたし」
「何てお願いしたんだ?」
「えっと……『才能あるギタリストにギターを買うお金がないから何とかして』と」

お願いした言葉を聞かれるとは思ってもいなかった僕は、今適当に思いついた言葉を口にする。

「それ、絶対に嘘だろ」
「はいはい。どうでもいいから行って来い」
「うん!」

律のツッコミに、これ以上話が続くとぼろが出そうだったため、唯に買うように急かした。
こうして、唯のギター選びは無事に幕を閉じたのであった。










その翌日、ギターを持ってきた唯によるお披露目会が行われていた。
弾けるか否かはともかくとして、持つだけでかなり様になっている。

「何か弾いてみて!」

そうリクエストをした律に応えるべく、唯はたどたどしくではあるが弦を弾いた。
そして流れるのは間の抜けた音だった。
タイトルはチャルメラ?
唯曰く、ギターがピカピカしているから触るのが怖かったのだとか。

「鏡の前でポーズを取ったり、添い寝をしたり写真を撮ったりはしたんだけど」
「弾けよ」

思わず突っ込んでしまった。
だが、ギターの扱い方ではない。
ちなみにレスポールは非常に耐久力が弱い。
落としただけで割れることがあるため、注意が必要だ。
その点に関しては、添い寝をしても異常がないのは奇跡にも近かった。

「そういや、ギターのフィルムも剥してないもんな」

確かに剥されていない。
そこで何を思ったのか、律が剥してしまった。

「唯ちゃん、お菓子お菓子」

必死に謝る律に、呆然と固まっている唯にムギさんがお菓子の乗っているお皿を差し出す。

(そんなので機嫌が治るわけ)

ないと思いながら唯の方を見ると

(治ってるし!?)

おいしそうにお菓子を食べる唯の姿があった。

「そうだよね、ギターは弾くものだもんね。ただ大事にしているだけじゃかわいそうだもんね」

そう言って律の手を唯が取ると、律の表情が晴れた。
まあ、言っているのは当然のことなんだけど
それで気を良くしたりつの頭を、澪が軽く小突いた。

「ライブみたいな音を出すにはどうすればいいのかな?」
「アンプにつないだら出るよ」

唯の疑問に答えるべく、ギターにリードを差し込むともう片方の端子をアンプに差し込む。
そしてボリュームつまみを上げると機械特有のノイズが走る。

「よし!」

律が唯に合図を出すと、唯はピックを一気に振り下ろした。
奏でるのはただの開放弦音。
それでも、甘く太い音が準備室を包み込む。

「かっこいい!」
「やっとスタートだな」
「私達の軽音部」

その音に酔いしれる唯を見ながら、澪と律が感慨深げにつぶやく。
ここまでがかなり長く感じた。

「夢は武道館ライブ!!」
「「「えぇー!?」」」

片手を上げながらでかい夢を宣言する律に、僕たちは一斉に驚きの混じる声を上げる。

「卒業までに!」

さらにハードルを上げた。
夢や目標はデカければでかい方がいい。
小さい目標ではすぐに行き詰る。
とは言え、大きすぎるのも考え物だ。
そして、再び唯は間の抜けた音を奏でる。

「ごめん、まだこれしか弾けない」

肩を落とす律たちに、唯は申し訳なさそうに謝る

「アンプで音を鳴らすのはもう少ししてからね」

そう言いながら唯はアンプの元に歩み寄ると、つながっているリード線に手を掛けた。

「馬鹿、やめろ!」
「ふぇ?」

僕の忠告は遅かった。
プラグを抜いてしまったアンプから、劈くような爆音が響き渡った。
その音の衝撃に思わず僕は仰け反ってしまう。

「アンプのボリュームを下げる前にコードを抜くとそうなっちゃうんだよ」
「早く言って」

武道館ライフまで道のりはまだかなり長いなと思わせるのには十分であった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRです。

大変お待たせしました。
本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
二話同時公開です。
ようやく軽音部も活動を始める中での出来事です。
次話あたりで楽器関連の話は終わりになると思います。


それでは、これにて失礼します。

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