健康の意識 忍者ブログ

黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第31話 罪悪感と初詣

「ふぅ、ただいまー」

クリスマス会を終えた僕は、自宅へと戻った。
疲れで重くなる体に鞭を打つようにして、僕は靴を脱ぐと家へと上がる。
そしてそのまま自室がある二階へと向かう。

「さすがに、魔法を使いすぎた」

今日使った魔法を上げると『透視魔法』に『読心術』、『転送魔法』、『修復魔法』の四種類だ。
これだけの魔法を使うのだから、消費するエネルギー量(魔力だが)は莫大だ。
今出ている倦怠感は、それの影響をもろに受けているのだ。
例えると、フルマラソンを全速力で走ったような感じだ。
まず普通に考えても無理だが、ようはそれほどの疲労感だということだ。

「今日はこのまま寝よう」

着替えたほうがいいとは思うが、それをする気も起きなかった為、僕はそのまま眠りに着こうとベッドに潜り込もうと―――

「ん? 通信だ」

したところで、誰かから通信が入ったことを伝えるアラームが鳴り響いたため、僕はベッドから起き上がるとどこからともなく片目だけのサングラスのようなもの(コントローラー)を顔に装着した。
そして耳元のスイッチを手で押すと、目の前に大きな画面が投影された。
画面に映し出されたのは一見すると、どこぞのマフィアの使いかと思われるような強面の顔つきをした男性だった。

『久しいな、高月大臣』
「……連盟長」

男性……連盟長に僕は嫌な予感を感じずにはいられなかった。

『用件は分かってるな?』
「ええ。十分に」

既に向こうには筒抜けのようだった。

『では、話は早い』

僕は耳をふさいで、これから来るであろう衝撃に備えた。

『このバカ者がっ! 人間の前で軽々と魔法を三種類も使うとは何を考えているッ!!!』

連盟長の怒鳴り声は耳をふさいでいる状態のはずなのに爆音のように頭に響き渡った。
ただ、抗議をするところが一か所ある。

「三種類ではなく四種類です!!」
『そんなことはどうでもいい!!』

僕の抗議に、連盟長はバッサリと斬り捨てた。

『一体何を考えているんだ? 一歩間違えればお前の正体が知られていたかもしれないんだぞ』
「それは重々承知です。ですが、それで変に断れば孤立します。この世界での孤立は私という存在の消滅に等しいです」

どうやら、言いたいことを言い切ったようで、口調も幾分か柔らかくなった。
故郷であれば、付き合いが悪くても強ければある程度は評価される。
だが、ここではそのようなものは存在しない。
孤立してしまえば、それは存在の消滅にも等しい結果が待っている。
尤も、存在の消滅を人によっては”孤独”ともいうのだが。

『お前も、そっちでの暮らしになじんできたようだな』
「そっち側で言うのであれば、弱体化。こっち側で言うのであればそれは感情の回復でしょうか?」

僕の言わんとすることがわかったのか、連盟長は”確かに”と相槌を打った。

『しかし、だからと言って魔導鉱石を使用した魔導具を人間に与えるとは……そこから疑いの目が向けられたらどう対処するつもりなのだ?』
「心配はいりません。あれはあくまでもお守り。そしてそれを手にするのは魔法のことなどを全く知らない一般人……発動したことにさえ気づきませんよ。万が一、気づかれた場合は認識祖語の魔法でそのことを認識の外へと追いやります」

僕は、あらかじめ用意しておいた対策を連盟長に述べる。
ちなみに、認識祖語魔法とは、特定の認識した事案を意図的に認識できる範囲から追い出すことを言う。
これをすると、本人は気が付かぬうちに認識した事柄を忘れてしまう。
ただ、記憶の消去ではないのでひょうんなきっかけで再び認識の範囲内に入ってしまう欠点はあるが。

『なるほど。確かにそれなら誤魔化せるだろうな』

感心した様子で顎に手を当てて考え込む連盟長だったが、すぐさまそのポーズを解くと再び口を開いた。

『高月大臣が魔法を見せたのだ。相手はそこそこ信頼における人物であるのは確かだ』
「ありがとうございます」

連盟長のありがたい言葉に、僕は素直にお礼を述べる。
人を診る目はまだまだ未熟ではある物の、ややいいと自負している。
存在の消滅を防ぐためなどと言っているが、結局のところは僕が唯たちにならそれを見せても大丈夫だと判断したから魔法を行使したというのが一番大きい。

『だが』

そこで、連盟長の言葉が掛けられる。

『それでも、私は安心することはできない。私は一国の主だ。完全に彼女たちが信頼に足りる人物だとこちらが確認する必要がある』
「父さん、まさかッ!」

その言葉に、思わず僕は現在の立場を忘れて口を開いてしまった。

『今は連盟長だ』
「……失礼しました」

連盟長……父さんは、先ほどのように激昂した様子で怒ることもなく静かに諭した。
僕は素直に謝罪をすることでそれに応じる。
連盟長というのは、この国で言うところの総理大臣のような存在だ。
そして、僕はその人の部下ということになる。
現在は連盟長として話をしているため、僕もそれに倣って応対しているのだ。
公私の区切りをしっかりとつけるのが、高月家の決まり事だ。

『高月大臣の気持ちも十分に理解できる。だが、これは決定事項だ。それにこれでもできる限り譲歩しているつもりだ』
「ええ、そうですね。元々こちらがまいた種。異論を述べる気も資格もないことは承知しています。それで、”工作部隊”への連絡はいつごろに?」
『本日中を予定している』

僕の問いかけに、連盟長はすんなりと教えてくれた。

『何か要望はあるか? できる限りではあるが聞き入れよう』
「では、工作部隊には”できる限り対象者に悟られることの無いように”とお伝えください」

僕の申し出に、連盟長は”分かった”と応じると、用件が済んだのか通信が切られた。
連盟長はいろいろと忙しいことで有名だ。
僕と親子の話をするほどの時間はないのだ。

(そう思うと、僕ってとことん親不孝者のような気が)

親の仕事を増やしているあたり確実に言えるだろう。

(それにしても、工作部隊か)

僕は、ベッドに仰向けに横たわりながら連盟長から告げられた決定事項を思い起こす。
――工作部隊
それは、読んで字のごとく様々なことを行う部隊だ。
例えば、今のように魔法文化のない世界で魔法が一般人に見られたり知られたりした場合の情報操作や記憶の操作などを行う。
他にも同じように魔法文化のない世界に、任務で向かう魔法使いを陰から補佐する役目もある。
僕の場合は周囲に大勢の工作部隊の者が紛れている。
例えば、この間の男性警察官二名も工作部隊の魔法使いだ。
他にも銀行や大手出版会社などのマスコミ関係では職員として、病院や僕たちが通う桜ヶ丘高等学校にも教師や医者として紛れ込んでいるのだ。
それぞれの目的は、僕に降りかかったトラブルの対処の補佐をすることにある。
ちなみに、工作部隊では全員が催眠魔法を会得しているため、いきなり紛れ込んでも怪しまれることなく溶け込めている。
そんな工作部隊が、唯たちの監視をするというのが、今回の決定事項なのだ。
監視はおそらく1月いっぱいまでは続くだろう。

(一応、当人たちには危害はないし、監視されていることを悟られさえしなければ、生活に支障はない)

免罪符を並べてみたものの、罪悪感が重くのしかかってくる。

(願わくば、唯たちが今までと変わらない生活を送れるようになることを祈るばかりだ)

そんなことを心の中で思いながら、僕の意識はブラックアウトするのであった。









「ん……朝か」

あのクリスマス会からはや一週間ほどが経過した。
唯たちに違和感などは感じられないので、僕はほっと胸をなでおろしていた。

「ご飯でも食べるか」

僕はとりあえず朝食をとることにし、キッチンへと向かった。
そして簡単に朝食をとった僕は、再び自室に戻った。

「あれ、携帯に連絡がある」

そこで、ふと机の上に置かれた携帯電話に、連絡があったことを告げるランプが点滅しているのに気が付き、携帯を手にする。

「律からメールだ」

差出人を確認した僕は、そのメールの内容に目を通した。

『1月4日に神社に初詣に行くから、遅れないように集合』

要約するとそんな感じで、下の方には神社の場所と集合時間が明記されているという実にシンプルな内容だった。

「とりあえず返信しておくか」

僕は律からのメールに『了解』と打つと律のアドレスに送信した。

「さて、次のライブの曲順を考えないと」

軽音部のライブではなく、H&Pのライブだが。
既にH&Pのライブの次の予定が決まっているのだ。
それが4月のコンサート形式のライブだ。
コンサートとは、ライブと同じ意味ではあるが僕たちの演奏するタイプを示した隠語のようなものだ。
通常の”ライブ”では、『Leave me alone』などの曲のみを演奏することにしているが、コンサートの場合はそれ以外の楽曲と通常のライブで演奏するような曲を合わせているのだ。
ちなみに、総合で演奏する歌というのは『天狗の落とし文』のような感じの曲があげられる。
もちろん、一部を除いて演奏をするというスタンスは忘れていない。
さすがにさっき例に挙げた曲は、演奏は難しいが。
そのため、このライブは時間が長い。
前半と後半、そして途中で30分ほどの休憩をはさんだ2時間30分だ。
しかも、会場は完全に貸切のためまさしくオンステージだった。
その分、演奏する曲目も多くなりいつも以上に油断ができないライブでもある。
まあ、いつも全力で取り組んではいるのだがコンサートだけは死ぬ気で行かなといけない。
そのライブに向けての演奏曲のプログラムを組み立てるために、4か月前の今から始めているのだ。
これで1月末までにはプログラムを確定させ、2月から開催までの期間は本格的に練習に取り掛かるのがいつものことだ。
ちなみに、その期間は普通のライブなどは行われない。
人から見れば、充電期間のようにも見えなくもない。
通常はどれほど掛けても2か月だが、今回は復帰後初めてのコンサート。
早め早めに準備をしておこうということになったのだ。

「うーん。前半で入れる曲はこんな感じでどうだろう……」

一通り完成した曲順を確認する。

(やっぱり初めは明るく元気な曲から入っていった方がいいよね)

前半だけで約10~15曲合わせると2,30曲というとてつもないボリュームになるので、曲順を決めるだけでも大変なのだ。
そして、僕にはもう一つのどうしても片づけなければいけない問題があった。
それは……

「これをどうするか……だよな」

目の前にあるのは、三つの米俵。
クリスマス会でのプレゼント交換用の材料を購入した時に手にした、抽選権で運よく手に入れた景品だった。
食費が少し浮くので、最初は幸運だと思っていたのだが、時間が経つにつれそうともいえない状況になってきた。

「スペース的にも邪魔」

米俵三つというのはかなりの大きさだ。
誰も済んでいないこの家ならいいかもしれないが、バンドメンバーが来るので、変なところに置いておくのも気が引ける。
かといって自室や使っていない部屋に置くのは衛生上問題がある。

「仕方ない。格納庫にでも入れておくか」

僕が保有している異空間に存在する格納庫にしまうことにした。
ものの数分で米俵を格納することができた。
結局、格納庫の様子がおかしくなったことに気づいた僕が米俵二つを祖国に送ったのはそれから一週間後のことだった。










そして、年が明けた1月4日。
僕は律のメールに書かれていた神社に向かった。
服装はいつもの通りの私服だ。
違う服を着ていった方がいいのかと思ったが、律たちのことだから普通の服で来るに決まっているので私服にした。

「あ、浩君! こっちこっち」

神社に到着すると、先に来ていた唯たちが手を振って自分のいる場所を知らせてきた。
その手には妹の憂から渡されたプレゼントの手袋がつけられていた。

「浩介、遅刻だぞ!」
「ごめんごめん。ちょっといろいろあってね」

一番最後に来たことに叱咤する律に、僕は軽く謝った。
ちなみに、集合時間まではあと5分ある。
皆が早すぎなだけだが、一番最後に到着ということはそれは遅刻と大して変わらないため、特に反論はしなかった。

「そう言えば、みんなは年末年始は何してたんだ?」
「僕は特に何事もなくのんびりとしてたよ」

律の問いかけに、僕は思い起こすように視線をそらせながら答えた。
ちなみに嘘だが。
本当は曲目を決めるのに費やしていた。
そのほかにもさまざまな”仕事”を片づけたりとかなり多忙な毎日だった。
その後、律とムギに澪が年末年始に何をしていたのかを話し始めた。
比較的家でゆっくりしていたというのが多かった。
そんな中、群を抜いてすごかったのは、

「私の年末年始はこんなでした」

と、話した唯だった。
年末はのんびりとこたつでテレビを見て、年越しそばを食べ、お汁粉を食べてみかんを食べさせてもらったりしていたらしい。
ちなみに年越しそばを作ったりお汁粉を作ったりみかんを食べさせたのは憂だ。

「憂ちゃんくれ!」

そう言いたくなる律の気持ちは、僕には痛いほどわかった。

「そんなに食べてたら太るだろ」

心配そうに尋ねる律。
自堕落な生活を送っている人に必ず現れる代償が体重の増加だ。

「それが私、いくら食べても体重が増えないんだ~」

そんな律に、唯は衝撃的な回答をした。

「そんなはずは――「ないでしょ!」――え?」

別の意味で衝撃を受けた澪の叫びに、なぜかムギも加わる。
かと思えば今度は肩を寄せ合って何かを話すと、肩を震わせて泣き始めた。

(地味に聞こえているだけに、罪悪感が)

「とりあえず、謝っておけ」
「う、うん。ごめんね澪ちゃん」

律に促されるように唯は慌てて澪に謝った。

「べ、別にいいんだ。唯は悪くないんだ」
「そ、そうよ! すべてはモチベーションの低さよ!」

どうやら、この話題には触れない方がよさそうだ。

「み、澪ちゃん晴れ着気合入ってるね」

そこで、唯はなぜか赤を基調とした晴れ着を着ている澪に声を掛けた。

「それは律が電話できていくのかって聞いたから」
「聞いただけ」

どうやら完全に騙され(?)たらしい。

「着替えに帰る!」
「えー、そのままでも十分可愛いよ。ね? 浩君」

プイッと背を向けて帰ろうとする澪の背中に、唯が元気づけるように声を掛けるとこっちにも同意を求めてきた。

「どうして僕に振るのかがいささかわからないけれど、まあそうだね。元がいいからなに来ても可愛いと思うよ」
「か、可愛っ!?」

(はっ!? つい唯に乗せられてすごいことを言ってしまった)

気づいたところであとの祭り、恥ずかしげに頬を赤らめる澪ににやりと笑みを浮かべながら見つめているであろう律。

「今年もいいのを見せてもらいました」
「ムギは相変わらずで――」

ほっこり笑顔のムギに律は苦笑しながら口にすると、聞きなれた声が聞こえた。

「あれって……」
「さわちゃん?」

唯が示す方向に、ひものようなものに紙をを括りつけている山中先生の姿があった。
おそらく、あの紙はおみくじだろう。
そして近くにいるカップルをにらみつけると目に涙を浮かべて逃げるように去っていった

「さわちゃんも相変わらずで」

その光景に、律がポツリと漏らした。

「せっかくだし、お参りでもしていこうぜ」
「そうだね」
「そうね」

律の提案に三者三様に賛成した僕たちは、本殿の方でお参りをすることにした。
鐘を鳴らして二拍手一礼をして、目を閉じながらお願い事をする。

(今年も良い一年となりますように)

お願い事を終えた僕は目を開けながら顔を上げる。
ちょうどみんなも終わったのか顔を上げていた。

「皆は何をお願いしたんだ?」
「私は家内安全を」
「体重が減りますように」
「おいしいものをたくさん食べられますように」
「良い一年になるように」

それぞれがお願いごとの内容を口にする。
ちなみに、どれが誰のお願い事なのかは当人の名誉にもかかわることなので伏せておきたいと思う。

「軽音部のことをお願いしようよ」

そんな律の一言で、もう一度やり直すことにした。
澪とムギに僕の順番で軽音部に関するお願いをしていく。

「ムギちゃんの持ってくるお菓子をもっとたくさん食べられますよう――にぃっ!?」

そんな中、趣旨と異なるお願い事をする唯の頭を手にしていたハリセンで叩いた。
尤も、ほぼ同時に律が手を上げていたが。

「ギターがもっとうまくなりますように」
「いよぉし!」

律の掛け声で、お参りは幕を閉じた。

「にしても、それはなんだ?」
「これ? ハリセンだけど」

本殿を離れていると律から僕が手にしている者について聞かれたので、その物体の名前を答えた。

「いや、それは分かってるって。何でそんなものを持ち歩いてるのさ?」
「今年からは遠慮をしないことにしたんだ。さすがに律たちをまとめる役割を澪に押し付けるのもあれだと思って」
「そ、そんな押し付けられてるだなんて」

突然自分の名前が出てきたためか、若干慌てながら相槌を打つ澪をしり目に僕はさらに言葉を続けた。

「だから、今年からはこれでばしばしと叩いていくから。まあ、澪のげんこつに比べれば痛みは少ないけどね」
「いや、それで安心できないから!」

そんな律のツッコミを聞きながら、僕たちは神社を後にするのであった。

拍手[0回]

PR

第33話 新クラス!

それから二日後の始業式。
二年生へと進学した僕たちは、クラス分けを確認することにした。
クラス分けは昇降口に張り出されており、色々な生徒たちがそれを確認していた。
その中には、友人同士なのだろうか、同じクラスになれたことを喜ぶ人もいれば、担当の教師を確認してげんなりとしている者もいた。

「あった。私は二組だよ」
「あ、私もだ」
「私もよ」

どうやら唯と律にムギは同じクラスのようだった。

「それじゃ、澪ちゃんに浩君も?」

この流れで来れば、澪も同じクラスになっていると考えるだろう。
だが、それは悪い方向で裏切られることになった。

「……一組」
「僕は四組だ」

まったくもってばらばらに割り当てられていたのだから。

「「「……」」」
「な、なんだよ?」

その現状に言葉を失う唯たちに、問いかける澪の肩に手を乗せると涙ぐみながら慰めていた。

「ふ、ふん。律の方こそ、もう宿題を見せてあげられないんだぞ」
「いいもん、ムギに見せてもらうから」

澪の精いっぱいの反論だったが、律は鮮やかにそれを躱して見せた。

「別に、クラスの割り当てぐらいで何をムキに」

そんな二人のやり取りを見ていた僕は、思わずそう口にしてしまった。

「くらいじゃない! クラスに知っている人がいないと一人で寂しいんだぞ!」
「ご、ごめん」

澪のすごい剣幕に圧されて、僕は謝った。

「あ、皆さん。おはようございます」

そんなやり取りをしている僕たちに、声を掛ける人物がいた。

「お。おはよう、憂ちゃん」
「すごく似合ってるわ。初々しいわね」

志望校であるこの学校に合格した唯の妹の憂だった。

(憂だけに初々しいってか?)

ムギの感想に、僕は心の中でそうつぶやいた。

(うわ、寒い)

自分で言っておいてあれだが、非常に寒いギャグだ。
僕は即興で思いついたあまりにも寒すぎるダジャレを、頭の片隅へと追いやることにした。

「そ、そうですか? 浩介さん」
「よく似合ってるんじゃない?」

なぜかこちらに確認を求めてきた憂に、僕はそう答えた。

「あ、ありがとうございます」

それでも満足だったようで、嬉しそうにお礼を口にした。

「あ、お姉ちゃん」

そこで、憂は何かに気が付いたようで唯の襟もとに手を伸ばす。

「クリーニングのタグ、つけっぱなしだったよ」
「あ、まったく気が付かなかった」

さすがは憂だ。
今日も妹スキルは健在のようだ。

「それに寝癖もあるよ」
「今日、寝坊しちゃったんだ」

目ざとく寝癖を見つけた憂は常備しているのかコンパクトサイズのクシを取り出すと髪の手入れをしていく。
そんな二人の姿はまるで妹に世話を焼く姉のような印象を抱いた。

「おまえら、姉と妹交換した方がいいんじゃないか?」

だからこそ律のその言葉には僕も同意見だった。
そんな事をしていると、予鈴が聞こえた。
それを聞いた憂はクシを素早くしまうと一礼して去っていった。

「それじゃ、私たちもいこっか」
「そうだね」

そして僕たちも昇降口から移動する。
階段の前にたどり着いたところで、僕たちは足を止めた。

「二組って二階なんだ」
「いかにも、上級生って感じがするな」

しみじみとつぶやく律だが、僕と澪のクラスは一階に存在する。
何故学年ごとに括らずにバラバラの階にしているのかが理解できなかった。

「じゃあな、一階二年一組と四組の秋山さんと高月君」
「うるさい!」

律のからかうような言葉に澪が怒鳴るが当の本人は気にした様子もなくすたすたと階段を上っていく。
それに続くようにまた休み時間にと言ったムギと律と話をしながら唯が階段を上がっていった。
残されたのは一階に教室がある僕と澪だった。

「あの三人、絶対に昼休みに地獄見るな」

この学校の購買部は一階にある。
そして購買部では常に食料の確保という戦争が繰り広げられることが多い。
つまりは、そういうことだ。

「………澪?」
「……寂しい」

いつまでも返事がなかったため、思わず名前を呼んでみるが、反応はなくとてつもなく切ない言葉が返ってきた。

「ちょっと暗いって。明るく行こうよ! 明るく!」

結局、澪の雰囲気は元に戻ることはなかった。










「…………」

二年四組の教室に入った僕は、すぐに自分の席を確認して席に着く。
あたりを見回すが、やはりと言っていいのかどうかは分からないが、知っている人物が一人もいなかった。

(何となく澪の気持ちがわかったような気がする)

まるで陸の孤島に迷い込んだような錯覚を感じてしまう。

(新しい知り合いでも開拓するか)

とにかく行動あるのみ。
僕はそう思い立って席を立ちあがろうとしたところで、ふとある疑問が頭をよぎった。

(このクラスの男子って誰だろう?)

二年生は一クラスに二名の男子が存在する。
僕がその一人でもう一人がこのクラスにいるはずだ。
尤も、新入生は一クラスに五人男子がいるそうだが。

(まずは男の方から攻めたほうがいいか)

女子同士の結束力にはかなわないものの、男子の結束力も捨てたものではない。
まずは同性同士で親交を深めるのもいいかもしれない。

(そう言えば、慶介のやつはうまくやれてるのかな?)

ふと、前の学年で一緒だった慶介のことを思い出した。
暗くならないようにするためにといった理由でわざとあのような変態キャラにしているが、あれはあれで打たれ弱いところもある。

「浩介じゃないか!」

心配ではないが、少しだけ気になった。

「お、今年も同じクラスか!」

それにしても、今年の男子はどんなタイプなんだろうか?

「おーい、聞こえてるか~?」

慶介みたいな癖の強いのはできれば勘弁してほしい。

「浩介~! 聞こえてますか~! 元気ですかっ!!」
「だぁぁぁっ! うるさいっ!!!」

先ほどから耳元でしつこいほど声を上げ続ける奴の頭に全力で拳を振り下ろした。

「いきなりだな、おい」
「人の耳元で大声で叫ぶからだ」

最近慶介の方にも大勢ができてきたのか、僕の全力の一撃を喰らっても数秒で回復するようになってきた。

(本当に、こいつは人間か?)

人間離れした回復力に思わずそんなことを考えてしまう僕だった。

「ところで、浩介、聞いてくれ! 俺の今年の計画をっ!」
「まったくいい予感がしないが、言ってみな」

何だか去年もこんなやり取りをしたような気もするが、僕は続きを促した。

「俺たちももう二年生。つまりは先輩ということじゃない?」
「確かにそうだな」

慶介の前置きに、どうせくだらないと思いながら適当に相槌を打つ。

「だからこそ、俺は今年、先輩としてできることをしたいと思うっ!」
「おぉ……慶介にしては珍しく非常にまともなことを言ってる」

ようやく慶介にも先輩としての自覚が出てきたようだ。

「珍しくとはなんだ、失敬な!」
「わ、悪い。話を続けて」

慶介の怒りに僕は謝ると先を促した。

「おう。そこで俺は思ったわけだ! 先輩としてできることが何かを!」
「それは、なんだ?」
「ずばり、コスプレをして女子を追いかけて声援を受けることSA!!」
「……」

大きな声で、恥ずかしがることもなく宣言したその言葉に、教室の空気が凍りついた。

「慶介」
「おう、何かアドバイスでも―――ペプラガバァ!?」

僕は慶介の頭に目がけて拳を勢いよく振り下ろした。

「本当に変わらないな、お前のそのバカさ加減は」
「お前のこぶしの強さも、な。それ、世界狙える」

地面に沈んだ慶介は手をぴくぴくと動かしながら反論してきた。

「もしそんなことをしたら、お前を宇宙の果てまで吹き飛ばすぞ」
「それって、死刑宣告!?」

そんな脅し(わりと本気だが)を慶介にしておくことにした。
そうじゃないと、こいつの場合は本当にやりかねない。

「それはともかく、今年もよろしくな、浩介!」
「はいはい。こっちもよろしくな。慶介」

そして僕と慶介は互いに握手を交わした。
何だかすっかり親友になってしまったが、それも悪くはないなと思う僕なのであった。










そんなこんなで昼休み。
この時期では様々な部活が新入部員確保の為に勧誘を行っている。
まさに四月は新入部員が確保できるかどうかの戦いの時なのだ。
そんな中、軽音部も例にもれず、その勧誘を行うこととなったのだが……

「うわ、もう始まっちゃってるよ」
「やっぱり大きい部は手際が違うわね」

既に廊下では数多くの部活動が勧誘活動を行っているのを見た唯が呆然とそれを見ており、ムギは少しばかり追いつめられたような表情を浮かべていた。

「軽音部だからって甘く見るなよ。澪、チラシは!」
「こ、これだけど」

闘志を燃やした律に圧されるように僕と律に渡したのは、軽音部の勧誘のチラシだった。

「「地味」」

それを目にした僕と律の意見は一致したようだった。
チラシにはシンプルに『バンドやりませんか?』の文字があった。

「インパクトがないんだ。なんか軽音部だけにある物を書くとか」
「例えば?」
「そうだな……お菓子食べ放題の軽音部! とか」

唯の問いかけに、少しの間考え込むとまじめな表情でそう答えた。

「それはいいねっ!」
「「よくない!!」」

軽音部としての趣旨から大きく逸脱した内容に、即答で否定した。
そんなうたい文句を書かれた日には確実に変な誤解を与えさせるだろう。

「だったら何かないのかよ? インパクトがあるやつ」
「それなら、私に任せなさいっ!」

腕を組んで聞く律の肩に手を置き、自信満々と言った様子で名乗りを上げたのは、顧問の山中先生だった。

(何だか嫌な予感がする)

そう感じた僕は山中先生たちに気づかれぬようにその場を後にした。

「裏切り者っ!!」

どこからか響く声を背に受けて。










「まずはこのインパクトの少ないチラシを何とかしよう」

安全地帯教室に戻った僕が始めたのはチラシの改良だ。
いくら何でも一文だけというのは寂しすぎる。

「うーん、何を書いたものか……」

僕は腕を組んでどのように書くかを考えた。

「おーい、浩介! 飯でも――「うるさい」――はい、失礼しました」

(とりあえず、これで行くか)

慶介を追い払った僕は悩みぬいた末に、『初心・中級者大歓迎。分からない場所は懇切丁寧に教えます』と付け加えることにした。
ありきたりだが、これはこれでいいだろう。

「よし、これを印刷するか」

僕は新たに出来上がったチラシを印刷するために、コピー機のある職員室へと向かった。

「失礼します」
「どうした、高月」
「小松先生。ちょっと印刷機を借りに」

中に入ると、近くにいた古文担当の小松先生が声を掛けてきたので、僕は用件を口にした。

「印刷機はそこだ。何だ勧誘用のチラシか?」
「まあ、そんなところです」

目ざとく僕の手にしていたチラシに気づいた小松先生の言葉に、僕は頷きながら答えた。

「いろいろ大変だとは思うが頑張りな」
「ありがとうございます」

小松先生のありがたいエールに、お礼を言うと僕は100部印刷することにした。

「失礼しました」

そして僕は職員室を後にすると、先ほど刷ったチラシを配るべく行動を開始することにした。

(まずは屋外からか)

屋内はすでに多数の部活が勧誘活動を行っている。
だが屋外ではそれほど多くの部活が勧誘活動を行っているわけではない。
つまり、邪魔も入りにくく疑問などに答えられる時間も十分に取れるのだ。
そんな思惑で、僕は一人で屋外の方へと向かうのであった。

拍手[0回]

第32話 ミスと春

1月も終わりあっという間に二か月経って、3月の上旬となったある日のこと。

「あ、今日はチョコケーキ」

最後に部室に入ってきた唯は、ほくほく顔でいつもの席に腰掛ける。

「はい、唯ちゃん」
「ありがと、ムギちゃん」

今日もまたいつものようにお茶の時間に突入した。

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん? どうしたんだ、そんな改まって」

話を切り出した僕に、律は不思議そうな表情を浮かべて用件を聞いてきた。

「来月に控えた新歓ライブ用に用意した楽曲だけど、最後の一曲が完成したんだ」
「おー!」
「どんな曲なの?」

この三か月間、新入生に各部活がどんなことをするのかを伝えるために催されるクラブ紹介の際に演奏する新曲を練習していた。
曲数は『私の恋はホッチキス』と『カレーのちライス』の二曲。
そして、そこに『ふわふわ時間』を加えた三曲がすでに完成・練習を始めた曲だったが、もう一曲できそうだという澪の言葉で、急きょ新曲を作曲することとなった。
新曲は僕がイメージをムギに伝え、ムギはそれを基にキーボードで曲の構築を作成し、それを使って音を飾り付けていくという形式なので、一番負担が大きかったのはムギだろう。

「これが、その新曲だよ」

そう言ってカバンからムギに借りた音楽プレーヤーを取り出すと机の上に置いた。

「澪には、また作詞と曲名の決定をお願いしてもいいかな?」
「うん、任せて」

作曲はムギと僕で、作詞は澪が行うという役割分担が軽音部ではできていた。

「それじゃ、曲の再生を……あれ、電話だ」

音楽を流そうとしたところで、着信を告げる携帯によって遮られた。

「ちょっとごめんね」

僕は謝りながら部室を後にすると、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。

「もしも――」
「おい、一体どこで何をしてるんだ!」

僕の声を遮るようにして耳に聞こえてきたのは、田中さんの罵声だった。

「えっと、学校ですけど?」
「はぁ、学校だぁ!? 今日は夕方からコンサートの練習をするって言ってたよな!」

田中さんの剣幕に圧されながら、記憶を掘り起こすと、確かにそんなことを言われていたような気がした。

「す、すみません。すぐに行きますっ!」
「3分だけ待ってやる! すぐに来い!!」

(そんな無茶苦茶な!?)

田中さんの無茶な要求に反論をしようにも、すでに電話は切られていた。
ここから普通に走っても10分はかかってしまう。

(僕が悪いとはいえ、全力疾走させなくても!!)

そう言っている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
僕は駆け込むように部室に戻った。

「うお!? びっくりした」
「ごめん、急用が入ったから帰るね!」

こじ開ける勢いでドアを開けたため、驚いた様子の皆をしり目に、僕は荷物をまとめながら事情を説明する。

「それって、どういう――」
「これが、新曲のスコア! 僕抜きで練習をしておいて! できなくても、曲を覚えるようにして!! それじゃあっ!!」

叩きつける勢いで新曲のスコアを机に置いて指示を出した僕は、そのまま部室を後にした。
そして、校門を出たのと同時にギアを上げた。

「お……お待た、せ」
「きっかり三分以内。やればできるじゃねえか」

息を切らしている僕に、田中さんが感心した様子で声を掛けた。

「それじゃ、早く中に入って始めようとするか。ロスした分は取り戻すぞ」
「わ、わかりました」

田中さんが前を行く中、中山さんは僕の肩に手を乗せると僕に向かって頷いた。
それは、『お疲れ様』と言われているような気がした。
それに僕は苦笑で返すと、家の鍵を開けて中に入るのであった。
結局この日は夜遅くまで来月に開かれるコンサートの練習をすることとなった。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
急いで出したスコアと曲によってこの後とんでもない事態に発展するということを。










3月も下旬となりそろそろ春の足音が聞こえ始める季節がやってきた。
この季節の定番と言えば受験の結果発表だろう。
そして僕たちもまた、その例にもれず結果発表を待っている一人だ。
もっともそれは……

「憂ちゃん、合格してるといいわね」
「そうだな」

ムギの言葉に、澪が頷く。
そう、今日は桜ヶ丘の合格発表日なのだ。
そして唯の妹の憂もまたここの試験を受けていた。
部活の仲間の妹の受験の結果ということもあって、僕たちもそれに同行する形となったのだ。

(まあ、憂なら合格間違いなしだろ)

なにせ、姉が合格したのだから。
そんなことは口が裂けても言えないが、僕の中ではもうすでに憂の合格は確定していた。
そして到着した桜ヶ丘高等学校。
合格者の番号を張り出している掲示板の前には、数十人程度の受験生の姿があった。
受験生たちは”番号があった”や、”そんな……”などと喜びと絶望を浮かべている者が大勢いた。
去年の僕もああだったのかと思うと、時間の流れを感じてしまう。
それはともかく。
憂は掲示板の方に視線を向ける。
僕たちは、憂の合格発表の結果をか固唾をのんで見守っていた。

「ぁ……ぁぁ」

そんな中、非常に緊張(というよりは不安と言ったほうが妥当だろうか?)の色を隠せないと言った様子で見ている人物がいた。

「そんなに心配だったら見てくれば?」
「そ、そうする」

僕がぽそりと口にした言葉を聞いた唯は頷くと唯の方へと駆けて行った。

「試験を受けた本人よりも緊張してる」
「まあ、唯らしいけど」

ぽそりとつぶやく律に、僕は苦笑しながら相槌を打った。
その数秒後、抱き合って喜びをあらわにし始めた。

「どうやら合格みたいね」
「本人よりも姉の方が喜んでる」
「親バカと言うより姉バカか」

その光景を見ていたムギや澪に律は、口々にそう漏らしていた。
そして僕たちも合格した憂に祝福の言葉をかけるため歩み寄る。
徐々にあたたかくなり始めるこの時期、憂は志望していた桜ヶ丘高等学校に合格するという嬉しい知らせは、心も温かくさせてくれるような気がした。










「コンサートまで残すところ2週間か」

憂の合格発表を終えた僕たちは解散となり自宅へと戻ってきていた。
というのも、学校の方で部活の自粛をするようにとの連絡がされていたからだ。
三日ほど前から自粛の連絡が入っており、理由としては合格発表の準備及び、入学式に向けての準備のためらしい。自粛の間は自宅で音を覚えたり、練習をしたりなど各自でできることをするように伝えている。

(とは言っても、確実にしないであろう人物が数名)

4月に入って自粛が解除された日からもう特訓をする必要があるのは明らかだった。

(まあ、それを見越して割と簡単な曲を組み込んではいるんだけど……)

とはいえ、懸念材料はある。
まず、『カレーのちライス』だ。
これはテンポが速い。
巷では『BPMの暴力』という言葉がある。
素早いテンポによって難易度がうなぎ上りに上がってしまうのだ。
それが、この曲には存在する。
非常に速いテンポで、一歩先を見据えた演奏法が求められる。
この曲はドラムのリズムキープがモノを言う。
ドラムが走りすぎたりリズムが狂ったりすると、元のリズムに戻す必要がある。
それを何度も繰り返していれば曲自体にゆがみが現れるだけでなく、他の演奏者の体力を大幅に奪うことになる。
そして次の曲の演奏にも影響が生じるのだ。
そして『私の恋はホッチキス』も、ギターパートが鬼門と化している。
出だしの方のギターリフ(ギターの一定コードを繰り返して進行させること)が比較的に難しい。
果たして、唯がこれを引けるのかがキーポイントだ。
そして、最後にこの間完成した新曲。
これは新歓ライブの趣旨に反した曲目だ。
新歓ライブでは、その部活がどういったものかを伝える事と同時に、軽音部に興味を持ってもらう必要がある。
それほど難しくない楽曲にすることによって、未経験者(つまり、初心者だが)に壁を感じさせないようにするのが狙いだ。
現に、ギターは難しそうだからやらないという声をよく聞く。
なので、ギターは簡単に弾けるということを伝えさえすれば、初心者も入部しやすいだろう。
後は、僕たち先輩組が丁寧に教えていくだけだ。
だが、あまりにも簡単すぎるのはNGだ。
簡単すぎる曲をやりすぎると、今度は『大したことのない部活』という不名誉なレッテルを張られる。
簡単すぎず、難しすぎずのバランスをうまくとった曲編成にする必要がある。
よって、生まれたのが新曲だった。
まだ曲名が決まってない(というより歌詞もまだ完成していないが)曲だが、ギターのソロが群を抜いて難易度を吊り上げている。
そのソロを弾くのが、僕のパートだった。
自分で言いだしたことは自分で責任を持つという意味も込めている。

「後は、勧誘をしてロビー活動を充実させれば、勝ったも同然」

もうすでに、僕にはウイニングロードが形成されつつあった。
そして、うまくいくという自信もあった。
そう、この時までは。










それは始業式まで残り二日と迫った日のこと。

「それじゃ、今日は新歓ライブで演奏する曲全部を通して弾いてみよう」

全員が演奏の準備を済ませたところで、僕はそう声を上げた。

「ミスしてもいいから弾ききる。そして演奏中に見つかった問題点を改善していくようにしよう」
「オーケー」
「わかった」
「了解であります! 師匠」

僕の練習プランに各々が返事を返す中、僕は律に向かって頷いた。
律は頷き返すと、スティックを頭上に掲げ

「1,2,3,4,1,2」

リズムコールをした。
そして始まる演奏。
最初は『ふわふわ時間』だ。
これはこの間のライブで演奏しているため、大丈夫だと思っていた曲。
だが……

(悲惨なほどにヨレてる)

ドラムのリズムキープが全くできていないという予想以上に悲惨な問題が浮き彫りになった。
そしてそれについていくようにしてギターもリズムキープができなくなってきており、もはや不協和音一歩手前の状態だった。
そして、最初の曲を弾き終え、僕は次の曲に移るように声を上げた。

「次、『私の恋はホッチキス』!」

リズムコールはせずにスティックを数回鳴らすと曲の演奏が始まる。
最初はドラムのフィルから入り、そしてギターのリフへとつながる。

(テンポずれてたけど、いい感じ)

一番懸念していたギターのリフは多少リズムがずれたものの、許容範囲内にぎりぎりではあったもののおさまっていた。
唯のギターの音に乗せて、僕はわざとミュートをさせた状態で弾いていく。
これによって音にメリハリをつけやすくしている。
僕にとってはそれほど難しくないが後半の間奏部分ではやや複雑なコード変更を求められるために、簡単とは言えない。

(うーん。やっぱり音が伸びてない)

唯のギターの音がすぐに途切れたことに心の中でそうつぶやく。
そんな問題点はあったものの、いい感じで演奏し終えることができた。

「次、『カレーのちライス』」
「1,2,1,2,3,4!」

律のリズムコールで再び演奏が始まった。
比較的早いテンポでコードの進行をしなければいけないこの曲。
難しいはずなのだが、リズムのキープはそこそこできていた。
ドラムのリズムキープ自体がヨレているのが原因だと推測できる。
僕はリズムギターとしてのパートを弾いていく。
リズムギターの方はそれほど複雑なコードではないので、難易度としては中間程度だろう。
そのまま2番に入っても1番と同じ要領で弾いていく。
2番が終われば来るのはギターのソロだ。
ここが唯の担当するパートの最難関箇所と言っても過言ではない。
速いテンポのまま複雑なコード変更を強いられるからだ。
その部分を、唯は何度も失敗しながらも弾ききることができた。
後はサビを残すのみ。
サビでは僕の方が小刻みに弦を弾いていく必要がある物のやはり難易度は低い。
そして最後は全パートの音が揃って終わることができた。

(これで、残すは最後の曲か)

ついに、最後の曲となった。
だが、疑問なのはいまだに曲名はおろか作詞すらできている様子がないことだ。
いつもなら完成していてもおかしくはないはずだが。

(まあ、澪もいろいろあるんだろうな)

そもそも僕が作詞すればいいだけの話を、他人にやらせている時点で文句を言える資格など皆無だった。
そんなことを思っていると、律は無言でスティック同士を打ち鳴らす。
次の瞬間、キーボードとギターが産声を上げた。

「ちょっと待って!」

明らかに違う演奏に、僕は慌てて演奏を止めた。

「どうしたんだよ? 浩介」
「そうだよ。もしかして、何か間違っていたのか?」

いきなり演奏を止めた僕に、怪訝そうな表情を浮かべる律に、不安げに訊いてくる澪。

「根本的に間違っている。一体何の曲を演奏しているつもり?」

僕が渡した曲は、最初にキーボードの音色が、次に僕の担当するパートのギターが産声を上げるはずだった。
だが、今演奏した曲は唯のギターとキーボードが同時に音色を響かせてしまっている。

「何の曲って、浩介がよこしたやつに決まってるだろ」

そう言って渡されたのは、僕がこの間渡したスコアだった。

「げっ!?」

それを確認した僕は、思わず引き攣ったような声を上げてしまった。
その曲名は『命のユースティティア』だった。
この曲は、メリハリのある曲調と数十回にも及ぶ転調が特徴の曲だ。
これはそもそもH&Pのコンサート用に用意していた楽曲だ。
それがどうして、軽音部にわたっているのだろうか?

(まさか)

そこで、ふとある可能性が頭をよぎった。
それは、曲のデータを渡す時のことだ。





「よし、これで選曲完了!」

その日はコンサート用の楽曲の選曲作業をしており、数多ある楽曲を再生しながらいいと思う曲をピックアップしていた。
そして、最後の一曲に例の『命のユースティティア』を決めたのだ。

「あ、そう言えばムギから渡された追加の新曲の音が完成したんだっけ」

そこで、追加の新曲の素に音を色づけし終えたことに気づいた僕は、その楽曲データを携帯音楽プレーヤーに入れると、その曲のスコアをカバンに入れたのであった。





(あの時に開くフォルダーを間違えて、コンサート用に選曲していた曲を誤って転送して、スコアも曲名を見づにカバンに入れたということか)

そして、曲を渡した日も急な呼び出しの為に僕自身が確認することができなかった。
まさに、負のスパイル。
とはいえ、すべて僕のミスだが。

「これ、間違えて入れたやつなんだ」
「なにぃっ!?」

僕の説明に、驚きをあらわにする律。
声に出したのは律だけだが、驚いているのはみんなも同じだった。

「どうするんだ?」
「さすがにこの時期にやり直すのは厳しいわよ」

澪からどうするのか尋ねられる。
ムギの指摘通り、新歓ライブまでそんなに日がないこの状況での曲の変更は致命的だ。
もはや僕にとれる道は一つしかなかった。

「この曲で行こう」
「でも、この曲浩君のパートがないよ?」

この曲の問題点は、ギターが一本のみということ。
これはH&Pの方でもどうするのか話し合いが行われた。

「ギターソロを僕の方へ。それ以外は僕は伴奏という具合にアレンジするから大丈夫。とりあえず僕抜きで演奏をしてみてくれる?」
「分かった。律」

僕の言葉に頷いた澪は律に合図を送る。
それに律が答えると、先ほどと同じようにスティック同士を打ち鳴らした。
そして始まる曲の演奏。
転調の部分さえ気負つけていれば難易度はそれほど高くはない。
後はリズムキープを正確にすることさえできれば問題はそれほどない。
唯のコード進行も安定しており、この曲の重要なパートでもあるキーボードもほぼ正確に弾けていた。
そして、2番が終わり問題の間奏に入った。
前半はキーボードであるムギの速弾き、そしてそこから唯のギターの音が曲にアクセントを入れる。
たどたどしくはある物の、ギターソロを弾ききった唯はラストスパートをかける。

(曲のバランスもそこそこだし。これなら数回練習すれば人に聞かせても大丈夫な感じになるかな)

僕の中で曲の練習する優先順位が完成した。
一番優先するのは『カレーのちライス』で、その次に『ふわふわ時間』と、『私の恋はホッチキス』が続く。
『命のユースティティア』は数回程度で十分だろう。


こうして、僕のミスによって新歓ライブへと僕たちは練習を進めていくのであった。

拍手[0回]

『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

遅くなりましたが、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回は魔法要素が強めですので、そういったものを受け付けられない方はご注意ください。
今回は非常に長く初めて1万字を超えました。
おそらく今後はこれほど長いのは書かないと思います。


それでは、これにて失礼します。

拍手[0回]

第30話 クリスマス会とプレゼントと

「家の戸締りよし、プレゼントもよし。忘れ物は無し!」

クリスマス会当日。
僕は、忘れ物がないかどうかを念入りに確認していた。

(集合時間までまだ30分もある。完璧だ)

僕は一通り問題がないことを確認してから家を出ると、ドアに鍵をかける。
そして僕はクリスマス会の会場である唯の家へと向かうのであった。










「浩介!」

唯の家にたどり着いた僕によく知る人物の声が掛けられた。

「ん? 律たちか。ちょうどいいタイミングだな」
「本当ね」

僕とほぼ同時に着いた律たちにそう言うとムギは笑顔で相槌を打った。

「それじゃ、チャイムなら――「えい♪」――あぁー!?」

チャイムを鳴らそうとする律よりも早くにチャイムを鳴らしたのは、ムギだった。
家の中から”はーい”という声が返ってきた。

「チャイムを押すのが夢だったの」
「そ、そうなのか」

ムギのとてもささやかな夢に、律は苦笑を浮かべるしかなかった。
それから少しして玄関のドアが開けられた。

「「「「お邪魔します」」」」

僕たちは声をそろえて言うと、律が口元に手を当てる。
それは声を遠くに聞こえるようにするための仕草だった。

「唯ー、来たぞ~」
「おー、皆上がって上がって~」

律の呼びかけに少し遅れてにかいから現れた唯の首元には飾り付けのようなものがマフラーののように巻かれていた。

「な、何をやってるんだ?」
「飾り付けをしていたら止まらなくなっちゃって」

僕の疑問に、唯は照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
思わず『小学生か、お前は』と突っ込みそうになるのを必死にこらえた。

「あ、コートをもらいます」
「ありがとう」

そんな僕たちに、声を掛ける妹の憂は本当にしっかりとした子だ。

(しっかり者の妹と天然の姉……ものすごいデコボコ姉妹だね)

ものすごく失礼なことを心の中でつぶやきながらも家の中に上がった。
憂に先導されるようにして上の階に上がると、リビングのテーブルの上にものすごく豪勢な料理の数々が用意されていた。
一部を言うと、クリスマスケーキはもちろんのこと北京ダックやサンドイッチなどだが、到底10代の少女が作れるような代物ではない。

「うわ、すごい料理」

それは律たちも同じだったようで、豪勢な料理の数々に感想を漏らしていた。

「これ全部憂ちゃんが作ったの?」
「失礼な。私だってちゃんと作ってるよ!」
「何を?」

ムギの問いかけに抗議の声を上げる唯の言葉に、僕はすかさずに疑問を投げかける。
まあ、どうせ唯のことだからどうせお皿の盛り付けぐらいだと高を括っていた。

「このケーキ」
「すげえ!」
「本当だ。すごいじゃない、唯」

掲げて見せたクリスマスケーキに、僕と律は思わず称賛の声を上げる。
人は見かけには寄らない物だ。
これからは、見かけだけで判断するのはよそう。

「の上にイチゴを載せました!」
「「さっきの”すごい”を返せっ!」」

そう心の中で決めかけた時に唯が続けて言った言葉に、僕と律は思わず同時にツッコんでしまった。
ある意味期待を裏切らない唯だった。

「で、でもお姉ちゃんは本当にいろいろと手伝いをしてくれたんです!」

そんな中、慌てた様子で声を上げたのは憂だった。

「掃除を手伝ってくれようとしたり、飾りつけをしようとしてくれたり」

(全部未遂だし)

フォローしようとしているが、さらに墓穴を掘っているような気がする。

(というより、飾りつけをしようとしてこのありさまか)

僕はふと視線を周囲の壁に取り付けられている飾りに向ける。
未完成なのか、途中で垂れ下がっているのがとても悲しげに見えた。

「それから……えっと――」
「分かったから、もういいよ憂ちゃん」
「見ているこっちが惨めになってくるから」

必至にフォローの言葉を探す憂を、僕と律が止めた。

「それじゃ、和ちゃんは遅れてくるらしいから、先に皆で乾杯しよう!」

先ほどまで話題になっていた唯はと言えば、飲み物が入った瓶とグラスを持ちながら提案した。

(……何となく、お似合い姉妹のような気がしてきた)

それを見ていた僕は先ほど地面がしていた感想を変えるのであった。
こうして、各員にグラスが渡され飲み物も注がれた。
つまりは、乾杯の準備が整ったということになる。

「それじゃあ」
『乾杯!』

律の掛け声に合わせて、僕たちはグラスを合わせて乾杯をした。

「いや~、今年もあっという間に終わっちゃうねー」

グラスに注がれた飲み物を一口飲んだ律がしみじみとした様子で口を開く。

「嫌ね~、年よりくさいわよ」

そんな律に、やれやれと言わんばかりの表情で相槌を打つのはいつの間にか僕の隣に座っていた山中先生だった。

「って、さわちゃん!?」
「これおいしいわ。おかわり、もらえる?」

驚きの声を上げる皆をよそに、山中先生はいつの間に手を付けていたのか小皿を前に差し出していた。

(いるのは分かってたけど、いったいどうすれば僕に気配を悟られずに隣に座れるんだ?)

「まさか、壁をよじ登って家に侵入してきたんですか!?」
「ちょっと、私をなんだと思ってるのよ?」

律の想像に山中先生が心外だと言わんばかりに疑問の声を上げる。
律の想像を聞いていて僕が感じたのは

「婚期を逃した蜘蛛女泥棒?」
「あん? 今なんて言ったのかしら?」
「び、美人のクノイチ!」

ぼそっと呟いたはずが山中先生の耳に聞こえていたようで、凄まじいさっきを纏った目で睨まれたため、慌てて言い直した。

「なら、いいわ」
「毒舌も、度を越えると身を滅ぼすんだな」

言い直したことが功を奏したのか、睨みつけるのをやめた山中先生を見て、ほっと胸をなでおろしていると澪のつぶやきが聞こえた。
非常に的を得ているために、僕はどう反応したらいいのかがわからなかった。

「大体、顧問である私を誘わないなんてどういうつもり?」
「えっと……」

第二の僕になってたまるかと言わんばかりに視線を泳がせて言葉を濁らせる律。
彼女の代わりに答えるような人はいないだろう。
下手すればとんでもない雷が落ちることになるのだから。

「先生は彼氏と予定があると思ったので誘いませんでした」

そんな中、それをした平沢唯と言う名の勇者が現れた。
……とは言っても、ただの天然だとは思うが。
それはともかく、やはりと言うべきか大きな雷が落ちることになった。

「そんなことを言うのはこの口か~!」

涙目になりながら唯の頬を引っ張っている山中先生の姿を見て、天然の恐ろしさを理解することにした。

「罰として唯ちゃんはこれを着なさい!」
「どうしてそんな服を持ってきてるんですか、アナタは?」

”じゃーん!”という効果音でも付きそうな勢いで掲げられたサンタ服(もちろんコスプレだが)に、思わず疑問を投げかけてしまった。

ちなみに、返ってきたのは意味ありげな笑みだった。
それはともかく、サンタ服を受け取った唯は着替えるためにすたすたとリビングを後にした。
それから数分後に、唯は戻ってきた。

「じゃーん!」

サンタのコスプレ姿で。
しかも恥ずかしがる様子もなかった。

「ダメね、恥じらいが足りないわ」
「ガーンっ」

山中先生の容赦ないコメントに、唯は涙目になりながら床に座り込んだ。
そんな彼女の頭をやさしくなでているのは、妹の憂だった。

「やっぱりここは……」
「ひっ!?」

山中先生の矛先が向けられた澪は、怯えた様子で立ち上がった。
それとほぼ同時に山中先生も立ち上がる。

「ほら、逃げろ~!」
「いや~!!!!」

そして始まった追いかけっこ。
僕は巻き添えに合わないように隅の方に移動しておく。
やがて、追いかけっこの舞台はリビングから移動したようで階下の方に向かっていった。
下の方から聞こえる二人の声は真鍋さんが遅れてやってくるまで続いた。










「もう、お嫁にいけない……」

ソファーに顔をうずめている澪の背中には哀愁が漂っていた。

(ご愁傷様)

僕はそんな彼女に、心の中で手を合わせるのであった。

「気を取り直して、プレゼント交換をするぞー!」
「おー!」

凄まじい切り替えの早さでプレゼント交換をすることとなった。

「あ、でも山中先生はプレゼントを持ってきてるんですか?」
「それなら大丈夫よ。ちゃんと用意しているから」

真鍋さんの疑問に応えるようにして出されたのは青い包み紙に水色のリボンでラッピングされたプレゼントだった。

「本当は彼氏にあげるはずだったの」
『………』

山中先生の言葉に、どんよりと重い空気が漂う。

「それじゃ、始めるわよっ!」

何かを振り払うように大きな声で叫んだ山中先生は勢いよくテーブルに手を置いた。
その拍子にビン同士がぶつかり合いガラス特有の音が鳴り響いた。
そして無言でプレゼントを出すように告げる山中先生に従うように、それぞれが用意していたプレゼントをテーブルに置いていく。

「歌が終わったらそれで終了よ」

そう言って今度は適当にプレゼント配り始めながら、歌を歌い始めた。

(プレゼント交換ってこんなに惨めなものなのか?)

やけになって歌う山中先生の姿に、思わず僕は心の中で疑問を抱いてしまった。
それはともかく、プレゼントは順調に各人に回されていく。
いつ終わるのかわからない歌声をBGMに回していく。

「サンキュー!」

それは山中先生のその言葉で終了となった。
僕が持っていたのは山中先生が彼氏に渡すはずだったという代物だった。

「あ、これ私が買ったやつ」
「それじゃ、交換ね」

律の持っていたプレゼントの箱と山中先生が手にしていたはことを交換する。
その時に、澪が何かを言いかけていたのが気になった。

「さて、一体何かしら? とてもいいものが入っていそうな感じ」

包装紙を取り除きながら期待を胸に箱を開けた。
すると中から凄まじい勢いで何かが飛び出し、それが山中先生の顔面に直撃した。
それは、澪が語っていた”びっくり箱”だった。

(いつでも逃げられるように避難しよう)

先ほどからうつむいている山中先生だが、それがいつ怒りの噴火につながるかわからない。
現に肩が震え始めているし。
どうやら、それは他の皆も同じだったようで、全員が山中先生から距離を取っていた。

「あは、あはは……」

かと思ったら今度は笑始めた。
それがとても不気味さを増させる。

「今日は最高のクリスマスだわ~!」

どうやら怒りを通り越しておかしくなってしまったようだ。

「うわっ!? 山中先生が壊れた?!」

こうして、僕と律たちの皆で、錯乱状態の山中先生をなだめることになるのであった。










それからしばらくして、ようやく正気を取り戻した山中先生に胸をなでおろしつつ、プレゼント交換の続きをすることとなった。
ムギが受け取ったのは澪の買った”マラカス”、律が受け取ったのは真鍋さんが買った”焼き海苔”、真鍋さんはムギが買った”お菓子の詰め合わせ”といった感じだった。
さすがに真鍋さんのプレゼントには唯ですら『お歳暮じゃないんだから』というツッコミが入った。
ある意味、真鍋さんも天然だった。

「僕のは………」

包装紙をできるだけ丁寧に開けて中身を見た僕は、言葉を失った。

「何何?」
「ほれ」

僕の様子に興味を持ったのか、唯がプレゼントの中身を聞いてきたので、僕はそれを出した。

「はうわぁ……ッ!?」

その代物に、一番の反応を示したのが澪だった。
思いっきり後ろに下がったその表情は怯えが入っていた。

「はいはい、それが私のね」
「もしかして、これを彼氏の人にあげるつもりだったんですか!?」

投げやりに答える山中先生に、唯が本日二度目の爆弾を投下した。

「うぅ……そうよ! 悪かったわね!!」

やけになりながら応えた山中先生は再び泣き始めてしまった。

(天然が怖い)

「あ、それは最初に青色のリボンをほどいてから黄色のリボンをほどくようにしてね。じゃないとどんな手段でも開かなくなるから」
「わ、わかった」
「一体どんなプレゼントなんだよ?」

律からジト目でツッコミが入る中、澪は緊張の面持ちで言われた通りの手順でリボンをほどいていく。
そして包装紙を丁寧にはがしていき、箱の蓋に手をかけた。

「………」

僕は耳に手を当ててこれから起こるであろうことに備えた。

「うわぁ!?」
「な、何?!」

箱を開けた瞬間に鳴り響く破裂音に全員が驚く。

(これはちょっと音を高くしすぎた)

強烈な音だったため、耳をふさいでいた僕ですら驚いてしまった。

「一体、これはなんなんだよ?」
「律のびっくり箱からヒントを得て作った手作りびっくり箱。最初に開けた瞬間にクラッカーのような破裂音が鳴り響く仕掛けだったんだけど、ちょっと失敗――「ちょっとじゃない!」――はい、すみません。調子に乗りました」

僕のプレゼントの説明をしていると、一番の被害者である澪からきつい一撃をお見舞いされた。

「まあ、冗談はともかく、本当のプレゼントはちゃんと用意してあるから。箱の中の底の端の部分に穴が開いてるでしょ?」
「確かに、開いてるけど」

咳払いをしながら、説明をすると箱を覗き込んだ澪が相槌を打った。

「そこに指をひっかけるようにして開けてみて」
「………」

僕の指示に、澪は無言で僕を見ている。
その眼は疑いのまなざしだった。

「いや、別にこれ以上驚かせる要素はないから」

信頼を失うのにかかる時間は築くのよりも遥かに短いことを身に染みて知ることとなった。

「それじゃ……」

恐る恐ると言った様子で箱の底に手をかけた澪は、そこの画用紙を取り除く。

「これは……」
「お守りのようなものだよ。身に着けておけば、ご利益があるかもしれないよ」

澪が取り出した小さめの巾着袋に、僕はそう説明した。
巾着袋内に入っている魔石には防御系統の術を施してある。
後は、澪の身に危険なことが起こった際に守ってくれるという代物だ。
とはいえ、一度きりの使いきりタイプなのが欠点だが。
そして、このお守りは最初に手にした人物(僕は開発者なので除く)にしかその効力を発揮しない。
とはいえ、このお守りの欠点は、巾着袋が触れている物すら対象にしてしまうことだ。
つまり、プレゼント用の箱に触れただけで反応してしまうということになる。
それを防ぐために、簡易結界を箱を覆うように展開させることで対処した。
要は、直接触れないようにすればいいだけの話なのだ。
そして、それの解除に当てたのがリボン。
澪にリボンを開ける順番を指示したのもそれゆえだ。
ちなみに、箱を開けた時に鳴り響いた破裂音は、クラッカー音を何度も聞いて覚えた僕が仕掛けた魔法で、箱を開けるのと同時に鳴り響く仕掛けになっている。
音量の設定を大きく間違えてはいたが。
閑話休題

「手作り感満載だな~」
「手作りだけど、効果は期待しても損はないから」

怪しげなものでも見るような目で感想を漏らす律に反論するように、僕は口を開いた。

「ありがとう、浩介」
「どういたしまして」

澪のお礼に、僕は軽く頭を下げるようなしぐさで答えた。

「後開けていないのは、唯ちゃんと憂ちゃんだけね」

プレゼントを開けていない二人に、山中先生は『早く開けるように』と促した。
もう残り二人なので、それぞれ誰が送ったかはわかってはいるが、中身が気になる。

「手袋だ」
「マフラーだ」

箱を開けた唯と憂が中身を口にした。
見てみると、唯が手袋で、憂がマフラーだった。

「「私が手袋(マフラー)を失くして寒がっていたから?」」
「二人以外に当たっていたらどうする気だったんだ?」

運が良いでは片づけられない強運に、僕たちは苦笑した。

「ありがとうお姉ちゃん。これで冬も寒くないよ」

笑いあう姉妹に、僕たちの心も温かくなっていくような気がした

(仲よきことは良きかなよきかな)

いつか口にしたフレーズを、僕はもう一度心の中で口にした。
そんなこんなで、冬真っ只中で寒い日に開かれたクリスマス会は、心温まる気持ちで幕を閉じる―――

「いよぉしー、プレゼント交換も終わったし、一人ずつ一発芸でもするか!」

ことはなかった。

「せっかくのいい話系の流れが」

まったくだった。

「何だったら澪が最初にやるか?」
「ひぇぇ!?」

(もう完全に悪酔いしたオヤジのノリだな)

律と澪のやり取りを見ていた僕は、心の中でそう呟いた。

(とはいえ困った)

まさか一発芸を披露しなければいけないとは。
僕には芸を披露するようなスキルなどない。

(一つだけ、できそうなことはあるけど)

それをするには準備が必要だ。
もしトップバッターにでもなったら万事休すだ。

「それじゃ唯、いってみよう!」
「えぇ、私? うぅ~ん」

どうやらトップバッターは唯のようだ。
肝心の唯は何を披露するかを悩んでいるようだが。

「あの! 私がやります!」

そんな唯に救いの手を差し伸べるように立候補したのは、憂だった。

「それじゃ、どうぞ!」

律に促らされるように、憂は立ち上がるとどこからともなくトナカイとサンタの人形を取り出して、それを手に装着した。

『メリークリスマス。みんな、楽しんでますか?』

そして話し始めた。
だが、肝心の憂は口を一切動かしていない。
そのような芸当ができるとすれば、魔法で言う所の”念話”ぐらいだ。
だが、当然ではあるが憂はそのようなものを行使していない。
つまりこれは腹話術というものだろう。

(魔法が使えない人でも、このような芸当ができる。本当に人間ってすごい)

僕は感動のあまりに、拍手を送った。
それはみんなも同じだったようで、拍手を送る。
送られた憂は照れた様子で頭に手を置くと、再び両手を前に突き出すポーズに直した。
そして再び腹話術が始まる。

(よし、憂の頑張りに見合うぐらいのモノは見せないとね)

僕は憂の腹話術を見ながら、首にかけてある真珠の形をしたネックレスを怪しまれないようにつかむ。

(魔力回路限定解放。魔法術式の高速登録開始)

魔力というエネルギーを通すパイプである魔力回路を一部のみではあるが解放させる。
いつもはこの回路は封印されている。
この世界ではそういうものの類は必要ないからだ。
とはいえ、魔力がないと生命に関わるため、ほんの一部のみの開放をしているが。
そして、魔法を素早く発動させられるようにする力も使う。
魔力の消費量が4倍になってしまうが、せっかくのパーティなのだ。
少しぐらい奮発しても罰は当たらないだろう。
まあ、一部からは大目玉を食らいそうだが。
その後も、唯のエアギターや律のエアドラムや、ムギのマンボウの真似などが披露されていくなか、僕は一発芸で披露するための準備を進めていく。
ちなみに、澪の出し物はコスプレだった。

「~~~~ッ!」

とは言っても、階段の陰から姿を現した時間はわずか数秒程度だったが、それでも澪にしてみればとてもがんばった方だ。
そのため、みんなから拍手が送られた。

「それじゃ、浩介行ってみようか!」

澪が着替え終えて戻ってきたのを見計らって、律が指名してきた。

(準備は大丈夫。後は僕の演技力)

もうすでにこれから行う一芸の準備は完了している。
後は僕の技術だ。

「それじゃ、僕は簡単な手品をいくつか披露するね」
「おーっ!」

手品と言う単語だけで、期待の込められたまなざしが僕に注がれる。

「律、そのプレゼントの箱借りていい?」
「いいぞ」
「さて。ここにあるのは種も仕掛けもない普通の箱」

律からプレゼント用の箱を借りた僕はその中身をみんなに見えるように見せながらお決まりの文句を口にする。

「これから、この箱からトランプを出して見せましょう」
「定番中の定番だね」

唯からコメントが入るが、特に反応せずに進めていく。

(媒体は、この棒でいいか)

魔法を使う際に効率を上げる媒体が必要になるため、僕は先ほどテーブルに置いてあった棒状のモノを拝借することにした。

「これにハンカチを覆って、三つ数字を数えると中からトランプが現れます」

そう言いながら箱にハンカチをかぶせる。
そしてハンカチに軽く触れるように棒を当てる。

「ワン、トゥ……」

(ディメディア)

最後のカウントを言うよりも早く、心の中で魔法の呪文を紡ぐ。

「スリー!」

カウントをしきった僕は、ハンカチを取り除くと箱の中に手を入れる。

(よし、ちゃんとある)

転送魔法によって取り寄せたトランプがちゃんと現れていることを確認した僕は、中からそれを取り出した。

『おーっ!』

トランプが現れたのを見た唯たちは一様に拍手を送る。

「さて、それじゃこのトランプを使って、もう一つの手品をお見せしましょう」

僕の芸はまだまだ終わらない。
こと魔法に関しては譲歩しないのが僕の流儀だ。

「トランプには通常、こういった何も書かれていない無地の物がある。これは、トランプを一枚失くした時に代用する物なんだけど、今回はそれを八枚使おうと思う」
「何でそんなにあるんだよ?」

律から尤もなツッコミが入った。
実は無地のカードを八枚ほど入れてあるタイプと普通のトランプだけのものをたくさん置いてあるからだ。
ちなみに、普通のトランプはリビングにまとめて入れてあり、この特殊なトランプは自室に置いてある。
そうでないと、トランプを転送させるときに大量のトランプのセットが現れる羽目になる。
大まかな(○○の家の○○の部屋など)場所とモノしか指定できない転送魔法の特徴が故だ。
それはともかくとして、無地のカードを取り出した僕はそれを律と澪、憂と唯に一枚ずつ配っていく。

(リマインド)

その際にカードを介して再びある魔法をかけていく。

「今配った人はボールペンか何かで好きなマークと数字、それと名前を書いてもらいたい。僕は四人が何を書くのかをもう四枚に書いていくから」
「分かった」
「分かりました」
「任せて」
「わ、わかった」

憂に続いて唯と律と澪が返事を返すのを確認して、僕はさらに言葉を続ける。

「山中先生は僕が四人の書いている内容を盗み見ていないかの監視をお願いしてもいいですか」
「分かったわ」

そして山中先生にも協力をしてもらい、僕は背を向けた。
横には山中先生の監視の目がある。
そんな時、僕の頭の中に声が響いてきた。

『何のマークを掻こうかな……どうせだから三角とか楕円形を書こうっと』
『うーん。やっぱり星だよね』

(……)

唯と律の声に、僕はため息をつきたくなるのをこらえて口を開いた。

「あ、そうだ。好きなマークとは言ったがあくまでもトランプにあるマークでスペードやハートとかだから、間違っても星とか楕円形とか三角とかは書くなよ? 特に律と唯!」
「な、なぜにピンポイント!?」

僕は再び目を閉じて神経を集中する。

『そうだ。ハートのAでいいかな』

(なるほど、澪はハートのAか)

頭の中に響いてきた澪の声に、僕はさらさらと澪の名前とハートのAを書き込んでいく。
今使っているのは、遠距離型の読心術だ。
これは、相手が心の中で思っていることが直接僕の方に声をとして届けられる仕組みになっている。
とはいえ、遠距離にもなるとそれをし続けるのは難しい。
そこで、トランプを媒体として使っているのだ。
もはやペテン師のような気もしなくはないが、僕は頭の中に聞こえる声に意識を集中させて書き込んでいく。

「終わったぞ」

澪から声が掛けられたのを確認して、僕は再び彼女たちの方に振り向いた。

「それじゃ、今度はこのトランプを同じ組み合わせになるようにおいていこうと思う。もし名前とマークに数字が違っていたら手品は失敗ということになる」

そう言いながら、今度は目の方に意識を集中させる。
すると、トランプの裏側……つまり唯たちが書いていた面が見えるようになった。
これがいわゆる透視魔法だ。
中身を見ただけで知ることができる魔法だが、使い方を誤れば犯罪クラスになるため出力を極限にまで抑えている。
よって、どれほど集中させようが服が透けるようなことはありえない。
それはともかく、僕は透視魔法でトランプの裏側に書かれていることを読み取りながらそれに合うように自分が持っているトランプを配置していく。

「それじゃ、ムギ。唯たちが置いたのと僕が置いたのを同時に開いて行ってくれる?」
「分かりました」

指名されたムギは心躍ると言った面持ちでテーブルの方に来ると、トランプを表にしていく。
端の方からハートのAと書いた澪、ダイヤのJと書いた唯、スペードの3と書いた律、クローバーの5と書いた憂という配置だった。
そして僕のも全く同じ配置だった。

「す、すげえ!?」
「全部一緒です?!」
「浩君、超能力者だ!」

カードの内容がすべて一致していたことに驚きを現す律たちに、僕はどこか嬉しく感じていた。
魔法使いであれば当然の芸当なのに、これほどうれしく感じるというのはどうしてなのだろうか?

「とは言っても、このカード本来の使い方じゃないよね? だから、全部消しちゃおう」
「へ? 消すってどういう――」

全てのトランプを裏返しに集めて束にすると、媒体とした棒状のものをカードの上に充てる。

(イレイズ)

そしてまたスリーカウントと共に充てたり離したりを繰り返し、最後のカウントの前に再び呪文を紡いだ。

「はい、これで元通り」
「…………」

全て白紙に戻ったトランプを目の当たりにした律たちは何も言うことはなかったが、代わりに拍手の音が響いた。
こうして、僕が用意した即興の手品は(何とか)無事に幕を閉じるのであった。
その後、山中先生がお腹に張り手で紅葉を作ったりする一発芸を見せてくれた。
とはいえ、ほとんどが引いていたが、当の本人は楽しそうだったのでいいのかもしれない。
そしてそのあとはムギが持ってきたボードゲームで遊び、解散になったのは日が暮れた時間帯だった。
この日、僕は今までにないほど充実した一日を過ごすことができた。
こうして、突如持ち上がったクリスマス会は無事に幕を閉じることができたのであった。

拍手[0回]

カウンター

カレンダー

05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

最新CM

[03/25 イヴァ]
[01/14 イヴァ]
[10/07 NONAME]
[10/06 ペンネーム不詳。場合によっては明かします。]
[08/28 TR]

ブログ内検索

バーコード

コガネモチ

P R