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黄昏の部屋(別館)

こちらでは、某投稿サイトで投稿していた小説を中心に扱っております。

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第70話 男とは

「失礼します」
「あら、いらっしゃい。高月君」

生徒会室に足を踏み入れると、そこには栗色の髪を伸ばした物静かな令嬢の雰囲気を醸し出す女子生徒がいた。

「なぜ自分の名前を? いえ、それよりも生徒会長はどちらに?」
「私がその生徒会長なんだけど」

なんと、驚いたことに目の前の女子生徒が生徒会長だったらしい。
そう言えば、マラソン大会とその後の時間ループ事件で犯人が成りすましていた女子に似ていたような気がした。

(どうでもいいことだと思って完全に忘れていた)

なり増された生徒のことを記憶しても意味がないので、気にも留めていなかったのが、裏目に出たようだ。

「それは大変失礼を。お名前をうかがっても?」
「いいわよ。私は曽我部 恵よ。よろしくね」

立ち上がりながら、人当たりのいい笑みで名前を口にした曽我部生徒会長は、僕に手を差し伸べてきた。

「高月浩介です。軽音部の副部長をしています」

それに僕も応じることにした。

「それで、用件は何かしら? もしかしてお茶を飲みに来たとかかしら?」
「違いますので、嬉しそうに用意をしようとしないでください!」

なぜかお茶を飲みに来たことを前提に、話を進めようとする会長に、僕は慌ててツッコんだ。

「そう? まあ、立ち話もあれだし。お茶でも飲みながら用件を聞かせてくれるかしら」
「分かりました」

結局会長に押し切られるまま、僕は会長に進められるがままに座らされた。

「軽音部で飲んでいるお茶よりはあれかもしれないけど、どうぞ」
「それじゃ……」

ちゃっかりと自分の分まで注いだ湯呑を自分の席に置くと、会長は席に着いた。
僕は会長の斜め右側の席だった。

「あ、おいしいです」
「ふふ、ありがとう」

嬉しそうに微笑む会長をよそに、僕は咳払いをする。

「それで、本題を話しても?」
「そうね。それじゃ、聞かせてもらえるかしら?」

ようやく本題に入ることができた僕は、会長に用件を告げる。

「学園祭の行動使用届の提出期限を数日だけ伸ばしてほしいんです」
「……どうしてかしら?」

表情から笑みが消え真剣なものに変えながら聞いてくる会長の目をそらさずに、理由を答える。

「現在、部長である田井中さんは風邪で書類に記入できるような状態ではありません」
「でしたら、副部長である高月君が必要事項の記入をして届け出ればよいのでは? 副部長にも提出する権限はあることだし」

会長の返答は尤もだった。

「その必要事項の一つでもある”名称”が、まだ決定していないんです。勝手に決めるのは仲間の存在を無視することにもなりますし、部活動に支障をきたす恐れもあります」
「………」

僕の言葉を、会長は真剣な表情で聞いていた。

「せめて1日だけでいいんです。どうか伸ばしていただけないでしょうか」
「申し訳ないけど、規則は規則なの。それに、そんな理由で締め切りの延長を許していたら、他の部もやりかねない。軽音部だけ特別に許可を出すわけにはいかないの」

だが、無情にも返ってきたのは却下の答えだった。

「ご存知かもしれないですが、軽音部にも新入部員が入りました」
「ええ。確か中野さんよね? でも、それがどうかしたのかしら」

入部届の最終的な行き先はここ生徒会になるのだから、会長である彼女が知っていてもおかしくはないのだが、なぜか名前まで知っていた。

(まあ、いいか)

今はそんなことを気にしている余裕はなかったので、僕は考えるのをやめた。

「学園祭でのライブはいわば彼女にとっては初めての舞台です。そう言った場所に立たせてやるのが先輩である僕たちの役目ですし、僕は立たせたいと思います。例え、どんなことをしてでも」
「ちょっと高月君、目が怖いわよ」

いつの間にか相手を威圧しかけていた僕は、慌てて自分を落ち着かせた。

「お願いします! 一日だけ、提出を待っていただけないでしょうか?」

そして僕は会長に頭を下げた。
本当ならば生徒会役員に頭を下げるのもいやだった。
僕にとってはそれは屈辱を意味した。
別に、頭を下げるのが嫌なわけではない。
教師や医者には簡単に頭を下げることができる。
でも、生徒会役員だけは嫌だった。
僕は、それを我慢した。
それでライブができるのであれば、頭など何百回でも下げる。
それでもだめなら、力ずくでも頷かせる。

「貴方の心意気は分かったわ。でも、規則は規則なの。だから、”名称”が未記入のままでもいいから提出してもらえるかしら?」
「え?」

一瞬会長の言わんとすることが理解できなかったぼくは、思わず聞き返した。

「必要事項が記入されていない書類は、書き直しということでもう一度部長や副部長の方返されることになるの。そしてその書き直しの期限は最高で届の締め切り1日後まで」
「……あ」

そこに来てようやく、会長の理屈が理解できた。

「つまり、使用届さえ出してしまえば、締切日の翌日まで使用届の提出期限を延ばすことができる」
「そういうこと。そうすれば、例外を作ることもなく伸ばすことができるし、混乱は防げるわ」

会長の提案はとても魅力的なものだった。
強硬手段ではないとは言えないが、それでも正当な方法で締め切りの延長ができる。

「ただし、表面上は”未提出”になるから、気を付けてね」
「分かりました」

会長の注意に、僕は頷いて答える。

「でも、それをするには一つだけ条件があるの」
「………………………はい?」

再び思考がフリーズしてしまった。
小悪魔な笑みを浮かべながら会長はその条件を口にする。

「分かりました。呑みます」

僕はその条件を呑むことにした。

「それじゃ、交渉成立ね♪ まずは、講堂使用届を出してもらえるかしら」
「はい」

僕は会長に促されるまま、澪から預けられた講堂使用届を渡した。
ちなみに、どうしてこれを僕が持っているのかというと、澪曰く『浩介に渡しておいた方が安心できる』らしい。
この時ばかりは律に同情したくなった。

「”名称”がないわよ。明後日までに書き直してね」
「はい、すみません」

そしてすぐさま会長から使用届が返された。
もちろん、これも形式的なものだ。
これで、使用届の提出期限は明後日までとなった。
あとは今回の問題が解決するだけだ。

「それでは」
「あ、約束の件、お願いね」

ものすごく面倒なことになったけど。

「ずいぶんと根回しがいいのね」
「……立ち聞きですか? 山中先生」

生徒会室を出たところで、僕は山中先生に声を掛けられていた。

「ごめんなさいね」
「まあ、いいですけど」

僕は山中先生に背を向ける。

「ちょっと待ってくれる?」
「何ですか?」

去ろうとする僕を呼び止める山中先生に、僕は用件を尋ねた。

「高月君は、今回の件解決できると思う?」
「おかしなことを聞きますね。先生は」

軽く笑いながら、僕は山中先生に向き直った。

「”できる”ではなく、”させる”んですよ」
「…………そうだったわね。ゴメンね呼び止めてしまって」

僕の言葉に、一瞬驚いたように目を見開かせた山中先生だったが、すぐに微笑みを浮かべながら口にした。
僕はそんな山中先生に一礼をすると、今度こそその場を立ち去るのであった。










その翌日、僕とムギに梓と唯の四人で風邪で欠席している律の見舞いに行くことになった。

「えっと、この道をまっすぐ行って……」

律の家がかかれた地図を手に先導する唯に、ついて行く形で僕たちは歩いていたのだが……

「あの、ここさっきも通りましたよ」
「あれぇ?」

梓の指摘に、唯が首をかしげた。

『大丈夫! 律ちゃんの家への案内は私に任せて! ふんすっ!』

等と自信満々に息巻いていたが、ふたを開ければこの状況だ。
もはや、天才級の天然かもしれない。

「もう唯は後ろにいろ。僕が先導する」
「そうですね、それがいいですね」
「浩君もあずにゃんもしどい!」

唯が抗議の声を上げてくるが、僕はそれを無視した。
そして、改めてメモを手に歩き出すのだが……

「ここだな」
「あれ、ここ何回も通ってましたよね?」

一軒の住宅の前に立ち止まった僕と梓は唯の方を見る。
そこは何回も通り過ぎた家だった。

「間違えちゃった、テヘ★」
「もう二度と唯には道案内はさせないっ!」

かわいこぶる唯に僕はそう告げるとインターホンを鳴らそうとし――――

「ごめんね。私、人様の家のインターホンを押すのが夢だったの!」
「そ、そうなんだ」

―――たところで横からインターホンを押したムギが無邪気に笑いながら謝ってきた。
そこまで目くじらを立てることもないので、僕は普通に返事を返した。

「はい、どちらさ――――ですか」
「…………田井中律の見舞いできたんだけど。部屋の場所はどこかな?」

戸を開けた少年は、僕を見るなり近くのドアの陰に隠れてしまった。

(そんなに、僕は怖いか?)

微妙にショックを受けながらも、僕は用件を少年に告げる。

「ね、姉ちゃんの部屋だったら、階段を上ったところにあります」
「え、 ”姉ちゃん”?」

少年の返答に、梓が驚きのあまり固まった。

「へぇ、律ちゃんに弟がいたんだ~」
「ねえねえ、名前は何ていうの」

二人の言葉に、律の弟は、ドアを閉めて隠れてしまった。

「あれ?」
「えっと……律先輩の部屋に行きましょう」

隠れてしまった律の弟のことはいったんおいておき、お見舞いの方を優先させる結論になったようだった。

「僕はここで待ってる」
「えぇー、一緒に行こうよ」

僕の言葉に、唯が不満そうに言いながら一緒に行くように促してきた。

「あのね、男が女の部屋に行くのは倫理的に問題でしょうが。僕はここで待ってる」
「あれ、でも浩君。私の部屋には入ってきたよね」

唯から鋭い指摘が入った。
何気なく僕は唯の部屋に入っていた。
今になって倫理も減ったくれもないわけだ。

「だったら唯隊員に重要な任務を言い渡す」
「ははぁ!」

僕はノリでごまかすことにした。

「僕の分も田井中隊長を見舞ってくるのだ!」
「そんなの唯先輩でも誤魔化されるはずが――「了解であります!」――誤魔化されてる!?」

唯の操縦方法は、すでに習得済みだ。
そんなこんなで、唯たちの女性人は律の部屋に見まいに向かい、僕は玄関の壁にもたれかかるようにして腕を組み目を閉じると、唯たちを待つことにした。

「…………」
「………」

先ほどから律の弟の入った部屋のドアから気配のようなものを感じる。
まるで僕がいるのかどうかを確かめるように。
というより、実際には確かめているのだろう。
先ほどから下がったり近づいたりを繰り返しているのだから。

(人見知りなのかどうかは知らないけど、いい加減鬱陶しい)

これで数十回目にもなるため、そろそろ鬱陶しさを感じてきた僕は、閉じていた口を開くことにした。

「そこの少年。さっきからバタバタバタバタ鬱陶しい。男ならどっしり構えろっ」
「ッ!」

僕の怒号に、中の方で反応があった。
そして、ゆっくりとドアが開いた。

「それで、少年。名前は」
「………」

出てきたものの、やはり問いかけには答えない。

「そうだな。まだこっちの自己紹介がまだだったな」

なので、こちら側から歩み寄ることにした。
子供に対しての接し方は分からないので、いつも通りに。

「僕の名前は、高月浩介。君の姉と同じ高校に通っている」
「俺は……田井中 聡」

僕の自己紹介に、少年は自分の名前を告げた。

「高月さんのこと――「ストップ」――え?」

僕は話している途中で、止めさせた。

「苗字ではなく、名前で呼ぶといい。こちらも君のことを聡と呼ばせてもらう」
「は、はい。浩介さんのことは、姉ちゃんからよく聞いてました。とっても豪快で面白い人だって」

(面白い?)

聡が告げた僕のことを話した律の言葉に、首をかしげる。

(どうやら、一回話をする必要があるようだな)

僕は心の中で、律と話し合いをすることを決めた。

「あの、リビングの方で話しませんか?」
「それじゃ、言葉に甘えよう」

聡の提案に、僕は賛同すると彼の案内の元、僕はリビングへと向かうことにした。









「あ、どうぞ」
「失礼して」

聡に促されるまま、僕はソファーに腰を下ろす。

「あの、学校で姉ちゃんどんな感じですか?」
「やはり気になるか?」

僕の言葉に、聡は無言で頷いた。

「そうだな……あいつは、時より不器用なところがある。それが悪いことではないが、不器用さが故に損をすることも多い」
「は、はあ」
「テンションは常に高いかな。その点旬の高さはある種のムードメーカと言ってもいいだろう。だが、空気を読まないとこれはやかましくなるだけだ。何事も程度の問題か」
「そ、そうですか」

何だかさっきから生返事のような気がしてくる。
だが、聞かれたことには何事も真摯に応えなければいけない。
たとえ相手が子供だろうとも、誤魔化すのは相手に失礼だ。

「だが、心はまっすぐな奴だ。どこかの弟のようにな」
「え?」

今度の言葉はちゃんと伝わったのか、聡はこっちの方を見つめてくる。

「誇るといい。君の姉はとても素晴らしい人物だ。もし、悪口を言うやつがいたら僕に言うといい。そいつにきっちりと話をつけるから」
「………あははは!」

僕の言葉に、目を見開かせて呆然としていた聡だったが、突然笑い出した。

「何かおかしいことでもいったか?」
「いえ。なんだか、見かけとは違ってたから」

僕の言葉に、笑いながらも聡がその理由を答えた。

「先ほどから、私はどういう風に君に見えているんだ?」
「えっと……とても怖い感じの人です」
「やはり、そう見えてたか」

自分でもわかってはいたが、そういう風に見えてしまうのを指摘されるとどこかショックでもあった。

「私も治そうとはしているんだが、なかなかこれは治らない。なにせ、この”怖い感じ”を求められる立場にいたからな」
「それって、どういう意味ですか?」

ふと漏らしてしまった僕の言葉に、聡は興味深げに聞いてきた。

「知らなくていいことだ。男というのはな、大事な仲間や人を守れてこそ真の男となる。僕のこのみかけもまた、そうなるための物でもある」
「すみません、分かりません」

僕の言葉の意味が理解できなかったようだ。
当然だ。
理解できないように言っているのだから。

「今は分からなくていい。いずれ分かる時がくる。その時、君は一体その背中で何を守り、何が為に力をふるうか………楽しみにしておこう」
「あ、あの!」

僕は聡から視線を外すと、再び声を掛けられた。

「何だ?」
「浩介さんのことを――「あ、浩介。こんなところにいたんだ」――」

聡の言葉を遮るように現れたのは、澪だった。

「澪に皆……って、何故唯は背負われてる?」
「唯先輩何だか、眠っちゃったみたいで」

ムギの背中に背負わされてすやすやと眠っている唯に、首をかしげていると梓が答えてくれた。

「見舞いに行って逆に眠ってどうするんだ」

僕は深いため息をつきながら、澪たちの方へと向かう。

「そう言えば、聡。僕に何か言いたいことがあったんじゃないのか?」
「あ……また別の機会でいいです」

僕はふと聡が僕に何かを言おうとしていたのを思い出したので、聞いてみるがはぐらかされてしまい、結局聞くことができなかった。

「それじゃ、あんまり長いするのもあれだし、帰るか」
「はい!」
「そうね」

澪の提案に、梓とムギに僕は頷きながら答えた。

「それじゃ、またな」
「あ、はい」

澪の言葉に、聡は頷きながら返事をした。

(何だ、女性恐怖症じゃなかったのか)

一瞬そんなことを考えていただけに驚きだったが、もしかしたら聡は人見知り名だけなのかもしれないと、僕は新たに結論付けることにした。
そして、僕たちは田井中家を後にするのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載

こんばんは、TRcrantです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回、タイトルがちょっとあれですが、内容的にはちゃんとしているものです。
今回もまた魔法要素がありますので、苦手な方はご注意ください。

何気に2週連続更新という記録を作り上げてはいますが、この分だとひと月連続の記録が出せそうです。


それでは、これにて失礼します。

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第69話 くだらない=重要なこと

「………」

僕は窓から頬杖をついて外を眺めていた。
小鳥が優雅に飛んでいくのが見えた。

「ほぉひはんはひょ? ふぇっふぁふのふぃふひゃふみな――――にぃぃ!!?」
「行儀が悪い。食べ終えてから話せ、馬鹿者」

くちゃくちゃと食べながら話しかけてくる慶介の足を思いっきり踏んづけながら言い放った。
頭じゃなかったのはある種の気遣いだ。

「んぐ……すまん」
「で、なに?」

口の中の食べ物を飲み込んだ慶介に、僕は用件を尋ねた。

「いや、せっかくの昼休みなのに、ぼーっとしてるから声を掛けたんだよ」

今は昼休み。
購買しかないこの学校では、教室で昼食を食べるのとそれ以外の場所で食事をとる生徒の二種類が存在している。
ちなみに僕は教室派だ。

「ちょっと考え事をな」
「何だ、また軽音部がらみか?」
「またとか言うな」

考え事ですぐに軽音部の名前が挙がってしまうあたり、とても複雑な心境になる。

「困ったことがあればこの大親友の俺に相談したまえ!」
「………僕の親友って、どこにいるんだ?」

胸を張る慶介に、僕は尋ねた。

「ここにいるって! この俺、佐久間慶介と言うナイスガイが!」

(それは演技か? それとも本気なのか? どちらにせよ、自分のことを美化できるのはすごい能力だと思うよ)

自信満々に口にする慶介に、僕は心の中で呆れ半分尊敬半分という複雑な心境だった。

「あんたはバッドガイだし、親友じゃない。よって相談しない」
「ばんなそがな!!?」

(そこまでショックを受けなくても)

まるで雷に打たれたようなショックを受けた慶介は、地面に崩れ落ちてしまった。

「冗談だよ。その件はとても感謝している。ありがとう、慶介」
「浩介……やはり、お前はええ奴やなぁ」

すぐさま立ち直った慶介は僕の頭をトントンとたたき始めた。

「…………」

それは親愛を込めてやっているのだろうが、僕に言わせてみれば

「バルーチ!?」
「気安く叩くな」

鬱陶しいことこの上なかった。

「あ、高月君!」
「ん?」

そんな馬鹿げた山門芝居を繰り広げている中、声を掛けてきたのはオレンジが買った紙をツインテールにし、左右をピンタイプの髪留めで止めている女子生徒だった。
確かクラスメイトだったような気がしたが、名前は知らない。

「田井中さんが、練習をするから部室に集合だって」
「律が? あいつが珍しいな」

いつもは率先してティータイムに洒落こむ律が、部長らしいことをしていること(何気に失礼だが)に驚きを隠せなかった。

(……なんかいやな予感がする)

ふと、そんな予感めいたものを感じた。

「ありがとう、名もなき女子生徒A」
「ちょっと! 私をまるで背景のように扱わないでよ!」

女子生徒から怒られてしまった。

「記憶とは移ろいゆくもの。色々な人と出会うと、関係性のない古い人物の名前は忘れる物さー」
「いや、意味が分からないよ。それにそれは人としてどうかと思う」

何だかいつの日にか言われたような言葉を女子生徒に言われてしまった。

「まあ、冗談はともかく。ずっと覚えておく努力はするよ。さすがに忘れようとするのは失礼だし。それで、名前は何ていうの」
「はぁ……それじゃ、もう一回だけ言うね」

僕の問いかけに、女子生徒はため息をつきながら言うと咳ばらいをした。

「私の名前は佐伯 三花。所属はバレー部だよ」
「佐伯さんね。それじゃ、僕は部室に行くとするか」
「いってらっしゃーい」

佐伯さんの名前を覚えた僕は、席を立つとその場を後にしようとする。

「あ、その男には気を付けてね。変態だから」
「え?」

注意をしておき、僕は今度こそ部室へと向かうのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「どういう意味なんだろう?」
「さて、浩介も言ったところで」

浩介の意味深な言葉に首をかしげている三花に、慶介は”ふむ”と頷いた。

「佐伯さん」
「何 佐久間君?」

名前を呼ばれた三花は慶介に用件を尋ねる。

「今夜、俺との優美な一夜を過ごさない――――サンコット!?」
「な、なに!?」

渋い声を出しながらナンパをしようとした慶介の頭に、どこからともなく飛んできた本が直撃した。

「これって、教科書? って、高月君のだ」

地面に落ちた教科書を確認した三花は持ち主の名前を見つけた。

「これが伝説のツッコミなんだ」

一年のころ、クラスの女子の間で有名な話があった。
それは『あるクラスの男子生徒の片方のツッコミがとてもすごい』というものであった。
その凄いツッコミを三花は目の当たりにしたのだ。

(でも一体どうやってこれを投げたんだろう?)

三花は教室を去っていく浩介の姿を見ていた。
仮に教室の外から教科書を慶介に向かって投げ飛ばしたとすると、それはものすごいことになるのではという結論となった。

(うーん。一回バレーの大会のヘルプに呼んでもらえるように部長に頼んでみようかな?)

そんなことを三花は考えていた。

「いてて。さすがは浩介、抜かりはないな」

(佐久間君もある意味すごいかも)

少しして復活していた慶介に、三花は心の中でそうつぶやいていたとかいないとか。
この日も、2年4組は平和だった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「あ、浩君だ」
「皆も来てたんだ」

部室に入ると、練習の準備を始めている唯たちの姿があった。

「律と澪の二人は?」
「あ、律ちゃんは今澪ちゃんを呼びに教室の方に言ってるわ」

僕の疑問に、ムギが答えてくれた。
僕は生返事をしながら演奏の準備を始める。

「皆、お待たせ―」

少ししてやってきた律の後ろに、不機嫌な雰囲気を醸し出す澪が続く。

(きっと昼食の最中に呼ばれたんだろうね)

何となく不機嫌な理由がわかってしまった。
僕は、二人から視線を外して準備を進めることにした。

「いやー、今年はどうやって盛り上げてもらおうかね~」

そんな中、律がそんなことを口にし始めた。
口調はいつも通りふざけた感じだった。
この後はいつものように澪があきれた声色でツッコみを入れる。
それが、いつもの軽音部のやり取りだった。

「去年はパンチラだったから、今年はへそ出しとかがいいかも。あ、だったら―――」
「練習するんだろっ!!」

だが、今回は違っていた。
部室に、いつになく強めの怒鳴り声が響き渡った。

「……すっるよ~」
「だったら……」

二人のやり取りは、いつものに戻った。
また聞こえた。
歯車が軋むようなあの音を。

「てい! たこ焼き~」

突然澪の頬に両手の指を丸い形にしてくっつけはじめた。

「ポニテ~」

澪の背後に回って髪を持ち上げたりする律。
いつもであれば、和やかな雰囲気だったそれも、今回ばかりはそんな感じは全くしなかった。
言うなれば、完全に空回りしているような状態だろうか。

「もう、やめろよ」
「あ、そうだ。おススメのホラー映画のDVDを持ってきたんだけど~」

そう言ってバックの中を漁り始める律。

「もう、練習しないなら戻るぞ」

そんな律に、澪は背を向けながらそう告げた。
それはいつものやり取りだった。
いつもであれば律の小粋なジョークが出てため息をつきながら練習を始めると言った感じになるだろう。
ムギや唯たちも不安そうな表情を浮かべていたがそうだと思っていたのか、何も行動を起こそうとはしていなかった。

「だったら戻れば?」
「は?」

律が口にしたのは、少しばかりいらだった様子の声色だった。

「悪かったよ。せっかくの和とのランチタイムを邪魔してさっ」
「……そんなこと言ってないだろっ!!」

律の嫌味を込めた言葉に、ついに澪が怒鳴り声を上げだした。

「あ、あれ? どうしたの二人とも?」
「そ、そうだ! お茶にしましょう? お茶にしよう。今日根おいしいお菓子を用意したの」

険悪な二人に、ようやく事態を察した二人が声を上げる。

「言ってるじゃん!」
「いつ私がそんなことを言ったんだ!」

だが、律たちはそんなことにお構いなしとばかりに口論を続ける。

(いつもの僕ならこういう時どうするだろう?)

僕はふと今まで通りの自分の対処法を思い浮かべてみることにした。

『てめぇら、何くだらねえことをやってんだ!! 痴話喧嘩なら表でやれ、この大馬鹿野郎!!』

(うん。間違いなくダメそう)

余計に雰囲気を悪くするような気がする。

(そう言えば、昔もこんなことがあったっけ)

魔法連盟のころ、仲のいい二人の職員が、大喧嘩をしたことがあった。
理由は忘れたが。
その時、僕は先ほどのように二人を叱った。
というのも、喧嘩で仕事に支障をきたしていたからだ。
その結果、二人は連盟をやめていった。
今でもなぜそうなったのかが理解できない。
僕は正しいことをしていたつもりだ。
だが、その結果優秀な部下を二人も失うことになった。

(雷を落とすのがだめならば)

僕が取るのは一つしかなかった。
僕は魔法である物を手にする。

「え?」

それをあたふたとしている梓に差し出した。
梓はそれを渋々受け取ると、僕の思惑に気づいたのかはっとした表情になった。

「あ、あの! 皆さん、仲良く練習をしましょう……」

それ……ねこ耳を受け取った梓はそれを頭に付けて、練習をするように促した。
部室が痛い沈黙に包まれた。

(ダメだったかな?)

梓を生贄に、可愛さで攻めてみたのだが、これもダメだったのだろうか?

「そうだな」
「練習するか」

何とか口論を止めることができ、練習に持っていくことができた。
ほっと胸をなでおろしながら、今回一番の功労者でもある梓の頭を軽く撫でることで労った。
それからすぐに、練習の準備を終えた僕たちは、文字通りの練習を始めることとなった。

「それじゃ、まずはふわふわからな」

律によって最初に演奏する曲は『ふわふわ|時間《タイム》』に決まった。

「1,2」

律のリズムコールによって演奏が始める。
最初は唯のギターから、そして僕たちのパートが演奏を始めていく。

(ん?)

だが、最初の一音で違和感を感じた僕は、演奏の手を止めた。
その理由はすぐに判明した。
それは律だ。
正確に言うと、ドラムのパワーが非常に弱い。
ヨレていないのはいいが、パワー不足で音自体に勢いがなくなっていたのだ。
それに気づいたのか、みんなも演奏の手を止めた。

「あのさ律。ドラムが走らないのはいいけど、パワーが足りなくないか?」
「………」

澪の言葉に、律は反応を示さない。
まるで心ここに非ずと言った様子でボーっとしていた。

「おい、律!」
「あーごめん」

澪の強い呼びかけに、律は気の抜けた様子で反応を示した。

「何だか調子が出ないや。また放課後なー」
「え、律ちゃん?」
「いいよ、唯」

立ち上がりながらおぼつかない足取りで部室を後にしていく律を呼び止めようとする唯を、澪が止めた。

「でも……」
「いいんだ」

なおも食い下がる唯に、澪は再度そう告げると律の去っていった方に視線を向けて

「バカ律」

とつぶやいた。

(律が、馬鹿だったらその理由に気付かない澪は、いったい何なんだろうね?)

そんな澪のつぶやきに、僕は心の中でつぶやいた。
それなら、何もできない僕はいったい何なのだろうかという疑問にもなるわけだが。

(まあ、”無能”かな)

自分で言っていて、何とも悲しくなってしまった。
結局、その後に練習をする気にもなれず、いったん解散することになった。
だが、この日の放課後に律が姿を現すことはなかった。










「律先輩、来ませんね」

翌日の放課後、重苦しい空気が部室内に漂っていた。
この日も律は姿を現すことがなかった。
唯の話では、HRが終わって気付いたらいなくなっていたらしい。

「一体どうしちゃったんでしょう?」
「そりゃ、やっぱり澪ちゃんが冷たいからじゃない?」
「え?」

梓の言葉に、山中先生が肩を竦めながら答える。

「軽音部の為に一日律ちゃんの玩具になってきなさい!」

かと思えば、澪に指を指してそんなことを口にする顧問。
微妙に違うような気がする。

「そうじゃないと、律ちゃんは心が荒んでヘビメタの道に進んで、二度と戻れなくなっちゃうわ!」

(絶対にありえない)

ヘビメタの道に進むという論理が、僕には全く理解できなかった。

「それ、失恋したさわちゃんだよね?」
「あぁん?」

とはいえ、唯の捉え方もだけど。

「でも……」

そんな中、再び口を開いたのは梓だった。

「でも、もしこのまま律先輩が戻ってこなかったら……学園祭はどうなるんでしょうか?」
「学園祭以前に、軽音部の存続の問題だと思う」

梓の言葉に、僕はポツリとつぶやいた。
そしてまた部室は重苦しい沈黙に包まれる。
それを破ったのは椅子を弾いて立ち上がる音だった。

「練習しよう」
「律先輩抜きでですか?」
「呼びに行かなくていいの?」

澪の提案に梓や唯たちが異論を唱えて反対する。

「それは……――「もしくは代わりを探すとかもあるわね」――え?」

澪が言葉を詰まらせる中、山中先生がそんな道を示した。

「万が一を考えて代わりを探すのもありよ。高月君ならドラマーの知り合いも多いんじゃない?」
「それは、確かにいますけど――」

山中先生の考え通り、僕にはドラマーの知り合いもいる。
僕が頼めば、なんだかんだ言いながらも来てくれるかもしれない。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
それをした瞬間、律の居場所は本当になくなる。

「律ちゃんの代わりはいません!!」
「……ムギ」

突然大きな声で叫んだムギに僕は驚きながらも、ムギの言葉を待った。

「待ってよう。律ちゃん必ず戻ってくるから。待っていようよ」
「………………」

僕は静かに息を吐き出す。
それは安どのため息。
まだ、ちゃんと律の戻ってくる場所はある。
そして、無能な自分への呆れ。
でも、ここで何か直接的な行動を起こすわけにはいかない。
きっと逆効果になる。
人間関係の問題は、僕にはどうしようもないのだ。

(だから、”NOTHING”というわけか)

ものすごく的を得ていた。

(でも、焚きつけることぐらいなら僕にもできる。いや、僕しかできない)

それをやった場合、僕への評価がマイナスになるが、学園祭でライブができるのであれば構わない。
”目的のためであれば、手段は厭わない”
それが僕の持論だ。
これまでもそうやって生きてきた。
ならば、僕らしく振る舞えばいい。
そこに、ちょっとした暗示を込めれば、確実だろう。

「今日から軽音部の活動は休止にする」
「え?」
「どういうことだ?」

ゆっくりと席を立ちながら告げる僕に、澪が訊いてくる。

「このまま部活動を続けても意味はない。無意味な行動は取らないのが僕の流儀だ。律がここに戻るまで、活動を休止にする」
「でも、それじゃ練習がっ」
「もちろん、練習は各自でやってくること。活動再開時に音合わせができるようにするんだ」

僕の出した結論に、梓が異論を唱えるが、僕は各自で練習をするように告げた。
僕はギターケースを背負い、鞄を手にする

「こういった人から見て”くだらない”ようなことで休止というのも、いささかやりすぎなような気もするけどね」
「い、今浩君なんて言ったの?」

僕の言葉に、唯が勘違いだとイ言わんばかりに声を上げた。

「だから、人から見てくだらないことと言ったんだ」
「そんな言い方ってないだろ! ライブができるかどうかの問題なんだぞっ!!」

さすがに僕の言葉には頭が来たのか、澪が大きな声で怒鳴り声を上げた。

「当然でしょ。人から見てくだらなくとも、僕たち軽音部のメンバーにとっては非常に重要なことなんだから」
「………」
「そう言うのは、他人や自分自身で解決するのは無理。考えれば考えるほどにドツボにはまっていくから。ちなみにこれは実体験だよ?」
「浩介先輩……」

僕自身も数か月前に同じ内容で皆に大きな迷惑をかけた。
あれも元をただせば、自分の居場所を見失いかけている状態なのだ。
そんなことを他人がああだこうだと言っても、それは全くもって意味がない。
ならば、誰が言うべきか。

「そう言ったことで重要なのは友人と話すこと。話をすれば多少は気が楽になるはずだよ。僕のようにね」

僕は慶介がいてくれたおかげで、踏ん切りのつかなかった自分と別れることができた。
慶介は、僕にとっては恩人なのだ。

「それじゃ、律にとって気を許すことのできる友人って、一体誰なんだろうね?」
「………」

僕の問いかけに、澪は視線を逸らせた。

「もし、律に幼馴染がいれば。異変を瞬時に察知してこういった問題も起こらなかったのかもしれないけど……まあ、過ぎたことだよね」

僕は最後に”とりあえず、可及的速やかな決着を頼むよ”と告げて部室を後にした。

(通じたかな?)

部室を後にした僕は、心の中でつぶやいた。
あれは、すべて澪に言っていた。
律は澪と幼馴染と言っていた。
そして今回の件は澪と律の問題。
二人が話をすることこそが最善の解決法なのだ。
でも、それを直接言うことはできない。
言ってしまえば、確実に澪を追い詰める。
間接的に言っても澪を少し責めているような感じなのだ。
直接的に言って今度は澪が再起不能になったらどうしようもなくなる。

(何とかいい方向に行けばいいんだけど)

後は澪を信じるしかない。
少なくとも、律は数日で部室に来る。
それまでが勝負だ。

『クリエイト、律の状態をどう見る?』
【メンタル面では非常に不安定でしょう。ただ、マスターが最も知りたいフィジカル面ですが、体温が通常よりも高かったのを感じました】

僕の問いかけに、クリエイトは明確な答えを返してきた。
僕の見立て通り、律が部室に来ないのはただの風邪だ。
本当の意味で最悪な状態というわけではない。

(さて、僕にできるもう一つのことをやりますか)

僕にしかできないことは、まだ残っている。
そして僕はある場所へと向かうのであった。

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『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』最新話を掲載&処分者通知

こんばんは、TRcrantです。

本日、『けいおん!~軽音部と月の加護を受けし者~』の最新話を掲載しました。
今回からまた新たな話になります。
原作通りの話ですが、そこにいろいろな要素を組み込んでいければなと思います。

そして、またしても悲しいお知らせです。
再び、注意事項に反するコメントを確認しました。
該当者と対応は以下の通りです。


■処分者

online
generic(上記と同一人物)

■処分理由

2度にわたる、当サイトに不適切なサイトのURLの明記

■処分内容

該当コメントの削除、および当サイトへのコメント禁止。


ドメインを調べると、どうも前回の方と同じ場所が出てくるので、もしかしたら同一人物の可能性が高いですが、確たる証拠もないためしばらく様子を見てみようと思います。

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第68話 軋み

「よし、到着~」

学校を後にし、歩くこと数十分。
ようやく目的の楽器店『10GIA』にたどり着いた。

「それじゃ、私はここで待ってるよ」
「……? どうしてですか?」

外で待つと口にする澪に、梓は首をかしげながら尋ねた。

「右利き用の楽器を見ても悲しくなるだけだから」
「………」

哀愁を漂わせて答える澪に、梓もまた哀愁を漂わせる。
そんな澪に、律が一言

「お、今レフティーフェアをやっているみたいだぞ」
「え!?」

と告げると、澪は驚きに目を見開かせた。

「だから、一緒に行こうぜ」
「おー!」

先ほどまでの哀愁はなんだったのか、先ほどとは打って変わった様子の澪に、僕は苦笑するしかなかった。
そして、店内のレフティー用のベースが置かれているブースの前に向かった。

「………」

澪の前には複数のレフティー用のベースが展示されていた。
それを前にして、澪は固まっていた。

「こ、ここは天国ですか!?」

そして突然意味の分からないことを叫びだした。

「~~~~~っ! 店員さん、ここにあるギター全部ください!」
「こら、落ち着け」

嬉しいのか楽器をまとめ買いしようとしている澪を律が必死に落ち着かせた。

「……私たちは先に行きましょうか」
「うん」

そんな澪の様子をしり目に、僕たちはメンテナンスをお願いすることにした。





「あのすみません」
「はい。なんでしょうか?」

カウンターで梓が声を掛けると、眼鏡をかけた男の人が応対した。

「ギターの調節をしてもらいたいんですが」
「はい。それで調整するのはどちらのギターですか?」
「こちらです」

店員の問いかけに、梓は唯にギターケースを渡すように促した。

「これです」

唯がカウンターにギターケースを置いた。

「それでは、ちょっと見せてもらいますね」

そう言って、店員はケースを開けてギターを見えるようにした。

「う゛ッ!?」

それを見た店員の表情がこわばった。
ボディは汚れ、弦が錆びているという状態に、店員が口にした言葉は

「これ、ビンテージギターですか?」

だった。

「違います」
「ただ汚いだけです」

きっぱりと答えた僕と梓は、恥ずかしさでいっぱいだった。
自分のギターではないのに。
一方、そんなギターの持ち主はというと

「まだ使ってから一年です!」
「威張るなっ」

胸を張っていた。
まるですごいだろと言わんばかりに。
まあ、ある意味すごいことではあるけど。

「そ、それでは終わるまで店内でお待ちください」
「よろしくお願いします」

気まずそうに、促す店員に、梓は恥ずかしさのあまりに小さくなりながらも返事を返した。

「それじゃ、終わるまでどこかで見てましょうか? ……唯先輩?」

梓の呼びかけに答えず、梓はじっと店員の作業の様子を観察していた。
今は、錆びた弦をすべて切っている工程だ。

「あぁ、私のギターが丸裸にされて行く」
「何を言ってるんだ?」

目を潤ませながら嘆くようにつぶやく唯に、僕は目を細めながらツッコんだ。

「それにしても、どうして唯先輩はあのギターを選んだんですか?」
「え?」

そんな中、梓は疑問だったようで、ギターを選んだ理由を唯に訊いていた。
確かに、レスポールは重く、ネックも太くて癖が強い。
初心者向きではないとまでは言わないが、僕も唯がこのギターを選んだ理由が気になっていたので、聞いてみることにした。

「だって、可愛いから」
「「……………」」

自信満々に唯が答えた理由に、僕たちは唖然としていた。

「可愛い?」
「うん。可愛いからだよ」

聞き間違いだと思ったのか、目を瞬かせながら聞きかえした梓に、唯は再度同じ答えを返した。
見れば、店員も固まっていた。
(あれを可愛いと表現する唯の感覚がわからない)
せいぜい、かっこいいからだろと心の中でツッコみを入れる。
「え? 可愛いよね? 浩君」
「ま、まあ。センスは人それぞれだし」
「私の言葉を取らないでください」
そんな梓の言葉をスルーしつつ、僕たちは律が待つところへと戻っていくのであった。





「お待たせしました。メンテナンスの方を頼んできました」

離れたところで待っていた律たちの元に戻りながら、梓が声を掛けた。

「あれ、澪は?」
「あー、あいつならまだトリップ中だ」

澪の姿がないのに気付いた僕が疑問を投げかけると、律が苦笑しながら答えた。
どうやらまだベースの方を見ているようだ。

(しばらくそっとしておこう)

僕はとりあえずそう決めるのであった。

「紬お嬢様!」
「紬お嬢様!」

そんな中、ムギの姿を見かけた店員の二人がムギに声を掛けた。

「え? え?」

事態が呑み込めない梓達に、僕は小さな声で説明することにした。

「この楽器店、ムギの家……琴吹家の系列の楽器店なんだよ」
「そうだったんですか」
「びっくりしたー」

僕の説明に、納得する梓に、息をつく唯。
まあ、これが唯たちならではの反応だろう。

「でも、どうして浩介がそんなことを知ってるんだよ?」
「調べたから」

律の疑問に、僕は簡潔に答えた。

「調べたって……」
「気になったから、ちょっとね」
「どうやって調べたんですか?」

非常識だとは思ったが、気になったため調査を頼んだのだが、梓はその方法を聞き出そうとしてきた。

「申し訳ないけど、それは機密事項だから言えない。まあ、知ったからどうこうするわけじゃないし、危害を加えるつもりはないから安心して」
「だったら、良いんだけどな。あんまり、そういうのはしない方がいいぞー」

律から忠告されてしまった。
確かに友人のことを調べるのはあまり気分がよくないだろう。

(まあ、ムギは知らない方がいいかもな)

ムギは一歩間違えれば僕の敵となるような立ち位置にいる。
その所以が、高月家の特性だ。
高月家は魔法使いに対して絶対の力を持つ。
それは、魔法使いを魔法使いでがなくする力。
僕はそれを”破門魔法”と呼んでいる。
魔法使い不適格者に行われる魔法だ。
それと似た行為が、”破門”だ。
これは魔法使いはもちろん、大金持ちの家系にも適用される。
ある条件に一致すれば、それが行われるようになる。
そして、それにふさわしい家系を見極め、執行するのが僕の役目だった。
これまで、数えきれない家系をこの手で破門にしてきた。
そう言った家系に一致しているのは、横領やら詐欺などの犯罪行為を息を吸うみたいに行っていることだろう。
ちなみに、破門された家の者は、一文無しになる。
全ての財産や土地すべてを没収する。
人権を無視した裁きなのだ。
そして、それはここでも適用される。
何せ、僕がここにいるのだから。

(まあ、調べた結果琴吹家は優良中の優良家系だったから。そんなことはしなくて済みそうだけど)

今後一生、ムギの家の破門だけはしたくないなと、心の中でつぶやいた。
閑話休題。

「お待たせしました」

待っている僕たちの下に、先ほど応対した店員が姿を現した。
その手には新品同様の輝きを発しているレスポールがあった。

「お、きれいになったな」
「これからはちゃんとこまめにメンテナンスを――「ギー太!」――……」

(な、名前まで付けてたんだ)

ギターの名前を叫びながら店員からギターを半ばひったくるように受け取る唯の感覚には、僕でさえ舌を巻く勢いだ。
とはいえ、僕も杖に名前を付けているわけだが。
確実にそれとは話が違うだろう。

【クー子なんて呼んだら、怒りますよ?】
【呼ばないからっ】

念話で釘をさすクリエイトに、僕は素早く答えた。
呼んでいる自分が想像できないし、読んだら確実に地獄を見るのは明らかだ。

「ありがとうございます!」
「い、いえ。お代は五千円になります」

店員が請求金額を告げた。
その瞬間に、唯の動きが止まった。

「お金とるの?」
「いや、当たり前じゃないですか」
「ボランティア活動じゃないんだから、取るに決まってるでしょ」

唯の当たり前にも思える疑問に、答える梓に続いて僕も答えた。
その時、なんとなく嫌な予感がした。

「……お金持ってない。どうしよう」
「「「「「なっ!?」」」」」

予感というのは当たる物だ。
唯の衝撃の発言に、僕たちは言葉を失った。
店員もまさかそうなるとは思っていなかったのか、完全に固まっていた。

「どうかしたの?」

そんな時、僕たちの様子に気が付いたムギが近づきながら声を掛けてきた。

「それが、唯先輩メンテナンスにお金がかかることを知らなくて」
「え、そうなの? 大変……手持ちあったかしら」

まるで自分のことのように、鞄の中を探すムギ。
そんなムギの様子を見た先ほどまで声を掛けていた店員が、慌てた様子で声を上げる。

「お、お嬢様! 代金の方は結構ですので!」
「え、でも悪いわ」
「いいえ! お父様には日ごろからお世話になっていますから、サービスということで結構です」
「でも……」

慌ててただにしようとする店員と、お金を払おうとするムギの押し問答という不思議な光景が繰り広げられてしまった。
結局、ムギが押し切られる形となり、メンテナンス代はタダとなった。

(あの店員の給料の方が心配だ)

僕は店員の給料がどうなるかが不安で仕方がなかった。





「よし、メンテナンスも終わったし、帰るか」
『はーい』

律の提案に、みんなが返事をすることで頷いた。

「って、あの澪先輩は?」
「あー、呼んでくるわ」

そう言って律は未だにベースの前を陣取っている澪の方へと向かった。
そして残った僕たちは、ギターのメンテナンスに関しては無しをしていることにしたのだが、微妙に律たちのことが気になった。
律は澪の襟首をつかんで、強引にこっちに連れて来ようとしたが手が滑ったのか鈍い音と共に、澪がしりもちをついた。

「―――――――――――」
「もういいよ! ――――――」

二人がどんなやり取りをしたのかは断片的にしか聞こえなかったが、何となく聞こえたような気がした。
歯車が軋むようなそんな音を。










午後6時を告げる鐘が鳴り響く中、僕たちは楽器店の前にいた。

「はぁー、ギー太がきれいになって良かった~」
「名前着けてたんだな」

ギターに名前を付けていた唯に、澪が苦笑しながらつぶやいた。

「この後どうする?」
「よし! お茶でも飲みに行くか!」
「またお茶ですか?」

ムギの問いかけに答える律の言葉に、梓はあきれた様子で肩を落とした。

「あ、ごめん。私この後、和ちゃんと会う約束があるんだー」
「えー。それじゃみ―――」

唯の言葉に、不満げに目を細める律が何かを言いかけた時だった。

「え、和も来るの? 私も一緒に行っていいかな?」
「え……」

澪が唯に尋ねた。

「あ、そうか。澪ちゃん和ちゃんと同じクラスだったんだっけ。いいよー」
「やった」

一緒に行くことにOKされた澪は、嬉しそうに笑った。
だが、僕は聞き逃さなかった。
一瞬、律の口から寂しそうな声が漏れたことを。
一瞬ではあるが、澪の名前を口にしようとしていたことを。
そして、澪と唯は真鍋さんと待ち合わせているであろう場所へと向かっていく。

「みんな、後をつけるぞ」
「え? どうしてそんなことをする必要が――「いいからいいからー」――あ、律先輩」

律の言葉に、梓が疑問の声を投げかけるがそれを無視して律が歩き出してしまった。

「浩介先輩」
「…………」

僕は首を横に振って律の後に続く。

「三人とも、遅いぞー」
「………」

律から促されるまま、僕は律の方へと向かう。
それは、はっきり聞こえたからだ。
さらに歯車が軋んでいく音を。










そしてやってきたのは、とあるこじゃれた喫茶店。
僕たちはそこの澪たちが腰かけた席の斜め後ろ側に座っていた。

「っち、なんだかいい雰囲気」

顔を隠しているつもりなのか、メニュー表を手にしている律がつまらなさそうに声を上げた。

「って、言うよりどうしてこんなにこそこそと。浩介先輩も食べてないで何とか言ってください」
「あー、このチーズケーキは美味しいなー」

梓の訴えを完全に無視した僕は、頼んでおいたチーズケーキセットに舌鼓を打つ。

「ふふ。何だか探偵みたい」
『………』

そんな中、面白そうに声を上げるムギに、一瞬僕たちの間で沈黙が走った。

「よし、突入しよう」

そう口にした律は、澪たちのいる席の方に乱入した。
そして強引に話に加わる律。
”何を頼んでるのー?”などの陽気な声が聞こえる。

「律ちゃん……アイス溶けちゃうのに」

その言葉で、僕は律が座っていた席を見る。
そこにはアイスとケーキという若干統一性がないような気もするデザートにも、手を付けずに置かれていた。
僕にはなんとなくわかる。
彼女の心の中は、陽気さとは真逆の状態にあるということを。

「はぁ……」

それを目にした僕は、ため息をつくことしかできなかった。
それは自分の無力さに対する物なのか、いらだちによるものかはわからない。

(できれば、占い通りのことは起こらないでほしいんだけどね)

そんな僕の願いもむなしく、占い通りの……一番僕が危惧していた事態が発生したのは、それから間もない日のことだった。

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