「ん……」
気が付くと、俺は見覚えのない場所で寝ていた。
そこはまるで何だかの紛争でもあったのかと思うほどひどい状態だった。
何かが燃えたような匂い。
あちらこちらでは白煙が立ち込めていた。
(って、どうして俺は動ける?)
次に気づいたのは疑問だった。
記憶が正しければ俺は天照を使ってユキカゼを救ったはず。
天照は、相手が神だろうが関係なしに命を代償にする。
ならば俺は動けるはずもない。
「俺自身も、死んだという実感がない」
まさか失敗したのか?
俺の願いは聞き入れてもらえずに、全てが滅ぼされたとでも言うのか?
「いや……」
決めつけるのはよくない。
あらゆる可能性を頭に入れて、動かなくてはいけない。
(取りあえず、歩いてみるか)
俺はそう考え付くと、そのまま足を進めた。
「人っ子一人もいないな」
どのくらい歩いただろうか?
俺は思わず愚痴をこぼした。
歩いても歩いても景色に変化がない。
というより、人の姿もない。
(ここは一体どこなんだ?)
ここでは何故か因果律を読み取ることが出来なかった。
それどころか体力や霊力共に満ち溢れている感覚まであった。
明らかに、この空間は異常だ。
「……ん?」
そんな時、俺は人の気配を感じたような気がした。
(……)
「行ってみるか」
感じたのはほんの一瞬だったため、人が本当にいるかどうかの確証はなかったが、俺は感じたであろう方向へと足を向けた。
元々、目的地などは無かったのだから、迷うこともないし。
そう思って足を進める。
そして歩くこと数分。
「…………ひっく」
不意に聞こえてきた誰かの嗚咽のような声。
それは俺にとっては非常に聞き覚えのある声だった。
俺はその声の方向へと足を向ける。
その声の主はすぐに姿を見せた。
「何、泣いてんだ?」
「ふぇ?」
俺の言葉に、その人物は泣くのをいったん止めると俺の方へと顔を向けた。
そして俺の姿を見るや、信じられないとばかりに目を見開かせる。
「いや、こういう時は”どうして泣いてるか?”だったか。……ユキカゼ」
目の前で蹲りながらじっと俺の事を見ているユキカゼに、俺はさらに声をかけるとユキカゼはゆっくりとではあるが立ち上がった。
「ど、どうして渉殿がここに?」
「さあ? 俺も気づいたらここにいた」
ユキカゼの疑問に、俺は肩をすくめて答えた。
「で、ここはどこなんだ?」
「ここは拙者の故郷でござる」
俺の問いにユキカゼはそう答えると辺りを見回した。
焼け焦げているだけの空間を。
「昔、拙者が暮らしていたところに魔物が襲ってきたのでござる」
ゆっくりと語られるその言葉には、悲しみが感じられた。
「村の者も、親でさえも魔物に殺されたのでござる」
「……」
それは、ユキカゼにとっては一番つらい記憶。
であるのならば、ここは彼女の精神世界なのかもしれない。
「それであそこの方で泣いていた時に、お館さまに拾われたのでござるよ」
最後は明るく言った。
「それじゃ、どうして泣いてたんだ? ここにいて過去の事を思い出したのか?」
「違うでござる」
俺の問いに対して、ユキカゼはきっぱりと否定した。
「昔のことは、もう区切りをつけているでござる。ただ、もうお館さまにも渉殿にも会えないと思ったら、なんだか悲しくなってきて……」
そういうと、ユキカゼは俯いてしまった。
(どうして俺はここにいる?)
俺が思った疑問はそれだった。
でも、なんとなくわかるような気がする。
それはきっと……俺に与えられた”時間”なのだと。
「ユキカゼ」
「何でござる?」
俺は、言おうと思っていたことを告げることにした。
「前に、話したいことがあるって言ったの覚えてるか?」
「勿論でござる」
「それを今話そうと思う」
俺は頷くユキカゼに、そう切り出した。
「ユキカゼ、俺は一人の女性としてお前のことが好きだ」
「ッ!?」
俺の告白を聞いた瞬間、ユキカゼは声にもならない悲鳴を上げた。
それと同時に”空間”そのものも揺らぐ。
「う、嬉しいでござる」
ユキカゼは顔を赤らめながらも口を開いた。
「拙者も、渉殿の事が好きでござる!」
「うわッ!?」
そう言って笑顔で抱き着いてきたユキカゼを、俺はよろけながらも受け止めた。
「あ、空が……」
ユキカゼの言葉と同時に、曇り空が青空へと変わって行った。
やはりここはユキカゼの精神世界。
ユキカゼの心理状態とリンクして、この空間自体の様子も変わって行く。
(だとすれば……)
俺はなんとなく予感していた。
この後起こるであろうことを。
「ユキカゼ」
「何でござる?」
抱き着いたままの姿勢で、俺は言葉を続けた。
「どうやらお待ちかねのようだ」
「へ?」
俺の言葉に首を傾げながらもユキカゼは俺から離れると俺の見ている方向へと視線を向けた。
そこにあったのはあの時の妖刀だった。
「な、なんでこれがここに……」
「覚えてないのか? あの妖刀はお前の中に入って行った。ユキカゼの心の中に芽生えたプラスのエネルギーに感化されて姿を現しているんだろう」
「………」
俺の説明にユキカゼは何も答えない。
目の前にある妖刀は只々怪しげな光を発しているだけだ。
妖刀や魔物などにとって、プラスのエネルギーは邪魔な存在だ。
だとすればそれを消そうとするために現れるのは当然のことだった。
「拙者たちはどうなるのでござる?」
「奇跡的に、向こうから攻撃を加える意思はないようだ。だが、このまま放置していればここからは出ることはできないだろう」
それは奇跡だった。
何故か妖刀自体にこちらに危害を加える意志を感じない。
表を操ることでこちらに危害を加えるようなものはないのか、それとも俺達に危険性を感じないのか。
だが、それはどうでもいいことでもあった。
はっきりしているのは、ここから出なければいけないということなのだから。
「ど、どうやってあれを封印すれば……ここでは紋章術も使えないでござるし」
「果たしてそうだろうか?」
「わ、渉殿?」
不思議そうな顔で見てくるユキカゼに、俺はさらに言葉を続ける。
「ここはユキカゼが作り出した世界。ならば、それはユキカゼ自身が作れる」
「拙者自身……でござるか?」
良く分からないのか頭にはてなマークを浮かべているような様子で聞き返してくるユキカゼに、俺はさらに噛み砕いて説明する。
「要するに、ユキカゼが剣を出したいと念ずればそれが出てくるということ」
「な、なるほど~。それじゃ、やってみるでござるよ」
俺の説明の意味が分かったユキカゼは、感心した様子で頷くと目を閉じた。
何かを心の中で念じているのかと思った次の瞬間、突然周囲に光が迸る。
「うおっ!?」
「ほ、本当でござる」
俺とユキカゼの両手にあるのは大きな太刀だった。
それは言葉では表現しづらいほどの美しさを持っていた。
剣自体が発する気も凄まじい物だった。
とはいえ……
「これでは戦いには不向きだな」
「うぅぅ、お恥ずかしい限りでござる」
剣の刃先がジグザグ状になっているため、ダメージを加えにくい。
それどころか、本気で切りかかったら折れるのではないかと思えるほど、薄かった。
「きっとこれが出てきたことには意味がある。それを考える時間はないから………」
俺はさっきとは別の理由で顔を真っ赤にしているユキカゼにフォローを入れつつ、目を閉じて霊力を剣に流し込む。
すると俺の手にする剣の刃先を包み込むようにして霊力で形成された刃先が現れる。
「おぉ~、なるほど。輝力で包み込んで補強すればいいのでござるな」
俺のやっているからくりが分かったユキカゼもまた同じようにして刃を形成する。
「でも、どうやってあれを封じ込めると良いでござろうか……」
「あの時のあれで十分だと思うが?」
「あれは、お館さまやみんなの助けがあって出来る術でござるゆえ」
文言に、ブリオッシュが入っていたりするのはそういった理由なのかもしれない。
あくまであれは、ブリオッシュとユキカゼの二人で成り立つ技なのだろう。
「だったら、俺の持っている紋章術で良ければ使うか?」
「え? 良いでござるか?」
ユキカゼの問いに俺は”もちろん”と頷いて答える。
「使い方と詠唱は覚えてるか?」
「勿論でござるよ!」
ユキカゼの自信に満ちた答えを聞いた俺は、妖刀に向き直る。
「それじゃ、始めるぞ!」
「はい!」
そして、俺達は一気に駆け出した。
「天高く舞い上がれ」
最初の先陣を切ったのは俺だった。
ユキカゼの創り出した剣は、数回切り付けても折れることはなかった。
「点に轟く一筋の光は!」
続いてユキカゼが妖刀を斬りつける。
「絶望の闇を打ち消す光となる!!」
止めとばかりに斬りつけると、ユキカゼは大きく舞い上がり、俺はバックステップでユキカゼと合流した。
「渉殿!」
「あ、行くぞ! ユキカゼ」
ユキカゼからの合図に、俺はユキカゼが天高く掲げる剣の腹に自分の持つ剣の腹を重ねる。
すると、二本の剣は剣先を伸ばし数mの大きさとなった。
「「紋章術、終焉の幻想郷!」」
タイミングを合わせて妖刀に向けて振るったその一撃が決め手となった。
妖刀に走る罅は徐々に広がって行き、やがてそれは光を放ちながら消滅していった。
そして光が俺達へと降り注いだ。
「うわぁ……」
その光に害のようなものはなく、神秘的な物となっていた。
ユキカゼも時を忘れて光に魅入っている。
「わ、渉殿。体が!」
「……大丈夫だ」
ユキカゼに言われて自分の手を見ると、透けていて地面が見えた。
俺は特に気にすることもなく冷静にユキカゼを安心させる。
「俺はここではお尋ね者だから、外に追い出されるだけだ」
「追い出されたら渉殿はどうなるのでござる?」
そのユキカゼの問いには、俺はどう答えればいいかと頭を悩ませた。
おそらく、これで俺の願いは成就したことになる。
そんな俺に来るのは”消滅”だ。
「どうにもならない。現実世界に戻されるだけだ」
「そうでござるか。ならば安心でござるな」
ユキカゼの安心した表情を見ると、胸が痛くなる。
「それじゃ、またな」
「またでござるよ。渉殿」
そのユキカゼの答えを聞きながら、俺はこの空間を経由してある術を施し終えるのとほぼ同時に意識は再び闇へと沈んだ。
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